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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
色褪せぬ思いと、色づく想い
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2

 入学式が終わり、二学年生先輩による一学年生への学園施設紹介が、早速始まった。一年生である新入生の数は、なんと昨年のおおよそ二倍ほど。クラスはA~Gより増やすわけにもいかず、各クラスの収容人数を増やすと言う体制を、東日本の魔術師を担うヴィザリウス魔法学園はとっていた。


「新入生のみんな、初めまして! 2―Aの学級委員、篠上綾奈(しのかみあやな)って言います」


 数週間前までは自分たちが使っていた1―Aの教室から出てすぐの廊下にぞろぞろと並んだ後輩たちへ向け、篠上が声を張り上げて自己紹介をする。

 篠上の姿を見た後輩たちの反響は、大きかった。……特に、男子生徒。


「可愛い……」

「高校生活が、始まった……」

「お、大きい……」

「こほんっ」


 篠上自身にも、そのような視線には自覚があるところなので、やや恥ずかしそうに顔を赤く染め上げ、咳払いをしている。


「同じく、2―Aの学級委員の天瀬誠次(あませせいじ)だ。初めまして」


 一方で、白い眼帯を付け、背中と腰に一つづつの剣、レヴァテイン・(ウル)を装備している誠次の自己紹介の時の反応は、騒がしかった空気がしんと静かになると言うものから 始まっていた。


「マジか……」「あ、本物だ……」「あれが、剣術士……」


 あまり居心地の良くないひそひそ声が聞こえてくるのは、誠次の中では、覚悟していたものだ。奇妙なものを見るような、こちらを見る視線の数々は、1―Aの隣の1―Bの方からも感じる。

 だから、と誠次は大きな声を張る。


「この眼帯の事は気にしないでくれ。少し怪我をしてしまったんだ。そして、俺はよく剣術士と呼ばれている。この二つの剣は、魔法が使えない俺が、この魔法世界で代わり使う力なんだ。もちろん、悪用したりはしないから安心してほしい」

「゛一年間を一緒に過ごした゛私が保証するわ」


 急に、篠上がどこか声を自慢気に張り上げて、誠次を庇う。

 篠上のこう言うところの気遣いの良さや気立ての良さは、いつも誠次が内心で助かっているところであった。


「だから安心して。コイツは人畜無害です!」

「いやなんか家畜みたいだな、それ! それとも俺って何かの化学兵器なのか!?」


 ビシッと指を指して言ってくる篠上に、誠次はツッコむ。

 そして、後輩たちは二人の先輩のやりとりを見て、程よく緊張が解れたように失笑しているのであった。


「あ、あのっ! お怪我の具合は、本当に大丈夫なのでしょうか!? 天瀬、先輩!」


 名簿順に並んでいる列の後ろの方から、急に一人の女子生徒が手を上げて、声を張り上げる。随分と元気が良いその少女を中心に、何やら他の後輩女子たちもそわそわと誠次を見つめ、小声で話している。


「え……」


 女性の勘と言うほどでもなく、篠上が何かを察した様子だが、隣に立つ誠次は気楽に声を返す。


「ああ。本当に感染症の予防だけで今は付けているだけなんだ。外しても普通に右目は見れる」

「そ、そうですか! ……良かったですっ」

「お、お大事に!」


 もう一人、顔を赤らめた別の後輩女子が言葉を重ね、隣の篠上が「……え」と増々慌てふためいているようだった。


「心配してくれてありがとう」


 そんな篠上の落ち着かない様子には気づけず、誠次は呑気にも後輩の女子に言葉を返しているのだった。


「そう言えばアンタって、ネットじゃすっかり有名人なのよね……」


 ぼそりと、篠上がそんな事を小声で言ってくる。


「そうだったな。SNSとかほとんど使わないし、油断してた……」

「……すっかり人気者、ね」


 後ろ髪をかく誠次のすぐ隣で篠上はくちびるを尖らせ、周囲には聞こえない程度の声量で、呟くのだった。

 学園内の施設紹介は、張り切る篠上の力量の高さもあり、つつがなく進行していた。


「ここは弓道部が使う弓道場です。ちなみに弓道部の部員は募集中です!」

「……しれっと勧誘したな」


 あまり重要な設備ではないはずの弓道場をくまなく説明している篠上に、誠次は入り口付近で立ち止まり、ジト目を篠上へ向けていた。

 これでは男子入部希望者が多くなりそうだが、誰でも良いと言うわけではないだろう。

 そんな事を思っていると、誠次の隣へ何気なく近づく、一人の少女がいた。

 赤い眼鏡を掛けた、桃色の髪の後輩少女だ。


「すごい人気、ですね」


 なぜだろうか……。どこか高圧的と言うか、馴れ馴れしいと言うか、なんと言うか……。

 赤い眼鏡を掛けた少女に声を掛けられた誠次はやや驚きながらも、共に篠上を眺める。


「そうだろうな。見た目は可愛いし、性格も実はよくて、料理も上手いらしいんだ。篠上はモテるよ」

「……まあ、でもそんな篠上先輩、貴方にぞっこんみたいですよ」

「はっ!?」


 とてつもなく恥ずかしく、誠次は赤面して頬をかく。まさかこの短時間で見抜いたのかと、謎の後輩少女に若干の恐怖心を感じ、誠次は顔をよく見れないでいた。


「……俺は複数人の女性の魔法(チカラ)を、エンチャントとして受け取らないと、魔術師のように戦えないから。みんなには悪いと思ってるけど、ちゃんと説明して、それでも一緒に居てくれるって言ってくれたんだ」

「ふぅん」


 まるで最初から誠次の答えを知っていたかのように、後輩女子の反応は早かった。「変わらないんですね……」と小声で、どこか安心したように肩を竦めながら、呟く。


「それはやっぱり……貴方が、゛いい人゛、だからじゃなくて……?」


 隣に立ち、背中で両手を組んでいる少女は、どこか言葉に詰まりかけながらも、そんな事を言ってくる。初対面のはずなのに、随分と踏み込んだ会話をしている気がする。

 そして誠次もまた、初対面のはずの少女を相手に、つらつらと言葉を発する。


「みんなにもそう言われるんだ。そんな印象に恥じないように、頑張っているけど」

「……ちなみになんだけど、私が最初に言ったすごい人気ですね、は貴方のことですよ。せい……天瀬先輩。主に、と言うよりほとんど女子後輩に」


 慌てて言い直した様子の少女を不審に思いつつ、また、どこかトゲがあるそんな物言いにも、驚きつつ、誠次はまたしても赤面する事になる。


「みんな珍しがってるだけだ。すぐに落ち着くはずだ」

「どうだか……。貴方目当てで、この学園を選んだ()だって、大勢いますよ。まるで、男性゛アイドル゛状態ですね?」


 ……一体何者なのだろうか、この後輩。とてもズバズバ言ってきて、どれも妙に説得力があって、それがいちいち恐ろしい……。もしかして、心理学の勉強でもされていたのだろうか。

 隣の少女からただ者ではない気配を感じ、誠次は気づかれない程度に、じりじりと距離を離していく。

 するとなんと、向こうもこちらを逃がさないと言わんばかりに、じりじりと距離を詰めてくる。まるで、待ち焦がれていた獲物をようやく引き込んだなにかのようだった。


「さすがにそれは君の考えすぎだ……」


 ぎこちなく伸ばした手をネクタイへ向け、必要ないと言うのに、誠次は青いネクタイをぎゅっと締め直す。


「私をそうさせたのは……貴方の方ですよ……。先輩……」

「あ、あまり年上をからかうな……」


 後輩の女の子に攻められている状況が情けなく、誠次は努めて威厳ある先輩の真似事をしようとする。


「……私は、貴方を知っています」

「……それは、ネットで有名だから、だろ?」


 ちらと、誠次は少女の横顔を眺めてみる。眼鏡の持つイメージとは難儀なもので、一見地味そうな印象ではあるが、整った顔立ちのようにも見える。短いツインテールの桃色の髪のせいで、結局ちゃんとは見えなかったが。


「じゃあ、こう言ったらどうです? ゛先輩が、私を知っている゛」


 まるで小悪魔のように、後輩の女の子は微笑んだようにも見える。まるで役を演じていたかのように、今まで声も巧みに変えていたようで、年下なのにどこか大人びたしっとりとした、聴く者を魅了するような声音だった。


「君は……」

「――天瀬」


 気づけば、目の前まで来ていた篠上が両腕を胸の下で組み、極めて不機嫌そうにこちらと後輩少女とを交互に睨んでいた。


「最初は見て見ぬふりをしていたけど、さすがにこうも長時間仲良さげに話されていると……その、私だってどうしても気になるわ……」

「す、すまない。仲が良いと言うわけではなくて……」


 知らぬうちにものすごく気を遣わせてしまっていたようで、誠次は篠上に謝る。

 篠上は続いて、弓道場の壁を背に、誠次の隣につく少女に青い瞳を向ける。


「……私の相方を、困らせないで……」

「……はい」


 後輩の少女は誠次の隣から離れ、篠上の目の前を通りすぎていく。


「ごめんなさい篠上先輩。私は貴女を困らせる気はありませんでした。……貴女にも、恩がある……」

「え……っ?」

「引き続き学園紹介、よろしくお願いしますね、先輩?」


 どこか楽しげに、また、曲に合わせてダンスでも踊っているかのような軽やかな足取りと、くるりと回る華麗なターンを見せ、後輩少女はクラスメイトの列に戻っていく。


「……知り合い?」

「いや、全然」

「……そう」


 篠上は誠次を信頼し、横に立ち並ぶ。その仕草は、まるで先程の後輩少女を彷彿とさせる。意図的、なのだろうか。


「……その、本当に心配させたようで悪かった」

「う、ううん。あんたが大変なのは、私が一番分かっているつもりだから……。私こそ、ごめんなさい……」


 一年間を共に過ごし、その微妙な距離感にも、お互いの心情にも、確実に変化が起きている。

 誠次はちらりと、篠上の横顔を見つめる。自分の近くにいる少女たちの魅力に、敢えて、今までは見て見ぬふりをしてきていたのもあるかもしれない。

 情熱的な赤い艶のある髪と、魅力的な顔立ち。制服の上からでもわかるスタイルの良さは、今年一七歳となる男子の身には、どう考えても応えるものだった。


(普通の恋愛、か……)


 思えば戦い続きだった昨年を思いだし、誠次はぼんやりと考え込む。背中と腰にあるレヴァテイン・ウルは、自分に強大な力を与えた代わりに、異性との付き合い方を特殊なものにさせていた。何故かレヴァテインへのエンチャントは、女性からでしか効果が発揮されないのである。そして、女性によりそれぞれ剣へかかる魔法の効果が異なる為、複数の女性からこれまで誠次は魔法の力を借りていた。


「……」

「ち、ちょっと……見すぎっ!」


 いつの間にか、ぼうっとしたまま篠上を凝視していたようだ。耐え切れなくなった様子の篠上が、羞恥で顔を真っ赤に染め、俯いて顔を背けている。


「あ、す、すまない……!」


 篠上を見つめていたことに気付いた誠次も慌てて、彼女から視線を逸らし、ぎこちなく伸ばした手で後ろ髪をかく。


「……っ」

「……っ」


 目の前で多くの後輩たちが歩く中、お互いにしばし無言となってしまった。

 篠上は赤い横髪を落ち着きなく何度も触っていた。


「それにしてもさっきの子、どこかで見た事があるんだよな……」

「それは私も。どっかで会ったことでもあったのかな……」


 話題を無理矢理に変え、誠次と篠上は互いにあごに手を添えていた。

 同年代の中では身長も低く、少女の桃色の髪はすぐに後輩たちの影に隠れて見えなくなっていた。


「――あ、最近流行りの、アイドルのさくらちゃん! ほら、あの子に似てない!?」

「あ、言われてみれば確かに! そうだよ、それだ!」


 閃いた様子の篠上に、なるほどなるほどと、誠次も指をぱちんと鳴らす。


「――だから違うんですけど!?」

 

 遠くの方から、テレビに出ている芸人顔負けのツッコみが聞こえたような気がした。その声は、やはりどこかで聞いたような気がするものだった。


            ※


 学園の至るところを、二世代の生徒たちが歩き回っている中、職員室もまた慌ただしい時間を迎えていた。学園施設の説明は元々、教師がやるようなことを、生徒に押し付けているようなものだ。それは本来、魔法学園の教師不足を補う為の措置のようなものだったが、今は莫大に増えた生徒の数を受け持った新人担任教師の身辺整理の時間も兼ねている。

 三列に並んだ職員室の机の中央。すなわち、二学年生担任用の新たな机に腰かけるはやしは、腕を組みながら背もたれに深く腰を掛け、一年前までは自分たちの使っていた廊下側の机の方を見やる。

 そこにはこれ以上になく緊張しているご様子の、一学年生担任となった女性がいた。


「や、やっと汚れが落ちた……。コーヒー溢した後をそのままほったらかしにしているなんて、本当にどういう神経ですか!?」


 ふうと額の汗を拭い、スーツ姿の向原琴音むかいはらことねが机を挟んで、元の所有者であった林に抗議の言葉を送る、


「だから、物置きすぎて気づかなかったんだってば。言わば、積み重なった地層ってやつ?」

「開き直らないでください! まったくもう……私だって大変なんですからね!?」


 言われなくとも分かると、林は「だから俺が掃除しとくって言ったのによ……」と言いつつも、頭を下げる。 


「しっかしまさかお前さんが、1-Aの担任教師になるとはな」

「人手不足ですからね。新入生の数もこの学園で過去最高ですし」

「沢山子作りできるほどいつの間にかに世の中が平和になったってことかね」


 ずずず、とマグカップに入れたホットコーヒーを啜る林の前で、向原がかっと顔を赤くし、両手で胸元を抑えていた。


「せ、セクハラっ!」

「はっ!? いや、べつに今のはそう言う意味で言ったんじゃないからな!?」


 コーヒーを噴き出しそうになりながら、林は慌てていた。


「まあ、なんだ……。お前には日頃なぜか身の回りの世話とかになってるし、なんか困ったことがあったら、先輩として相談には乗ってやる」


 お世辞にも清潔感があるとは言い辛いぼさぼさの茶色の髪をかき、林はどこかぎこちなく言っていた。


「それは……よろしくお願いしますね」


 一瞬だけきょとんとした向原は、林をじっと見つめてから、ぺこりと頭を下げる。


「そう言えば、とばりくんに妹さんいたんですね? 昨年の文化祭の一件で彼の事は知ってましたけど、妹さんが私のクラスの新入生です」

「マジか? 知らなかったぜ。一応仲良くやってるつもりなんだけど」

「嫌われてるんじゃないですか?」

「お前それは……ちょっと、傷ついちゃうだろうがよ……」


 向原の一言に、見に覚えがありすぎる林が胸に手を添え、かはっ、と崩れ落ちていた。

 少々申し訳なさそうな表情を浮かべる向原の手元には、担任として受け持った生徒たちの顔写真入りの簡易データが出力された、電子タブレットのホログラム画像がある。昨年のそれと比べて明らかにスクロールバーが長くなったそれの画像の一部に、誠次と篠上に恩義を感じる少女の、やや緊張した面持ちがあった。

 

          ※


「ここは演習場。許可を貰えば誰でも使えて、ここで魔法の特訓も出来る」


 タイル張りの演習場の中にて、誠次は下級生へ向け、施設の説明をする。

 後輩たちより向けられる誠次を見る不思議そうな視線は止まる事を知らないが、それをうまくいなす術も、この一年間で学んでいた。


「あまり危険な事はしちゃ駄目よ?」 


 篠上も年上の先輩らしく、それらしい注意をしていく。

 演習場の説明を終え、誠次たちは主に部活動が活動する為に使う部室が立ち並ぶ棟、特別学科棟へと向かう。熱心なことに入学式が終わった直後から一部の部活は始まっており、専ら新人を獲得するために、躍起になって活動しているようだ。


「一階は今は水泳部が活動中かしら。千尋ちひろがいるわね」


 廊下にて、横を歩く篠上が呟く。

 本城千尋ほんじょうちひろとは、篠上の小学生からの仲の良い友だちであり、クラスメイトの女子だ。父親が魔法執行省の大臣である本城直正ほんじょうなおまさであり、育ちの良いお嬢様のような少女である。


「新聞部のスポーツ欄、見た?」

「いや、今月号はまだ見てない」


 ヴィザリウス魔法学園の新聞部は、古き良き伝統を守るためとかで、毎月遥か昔ながらの紙の媒体を使った【ヴィザリウス魔法学園新聞】なるものを発行し、学園の棟内の至るところに、お手製の白黒新聞を貼り出している。

 誠次も暇さえあれば時々見ているが、どうしてそれが今、篠上の口から出たのだろうか。


「千尋の特集してたのよ? ヴィザリウス魔法学園の水泳部人魚姫マーメイド、って! 水泳部じゃすっかりエースなんだって!」


 まるで自分の事のように、篠上は喜んで話している。


「それは是非とも見たいな」

「でしょ? 今度切り抜き見してあげる」


 それにしても、と誠次は篠上を見る。


「千尋の事で、すごく嬉しそうだな」


 篠上は歩きながら、なにかを思うようにうんと頷いていた。


「千尋は大切な友だちだから。小学校のときからずっと。もちろん、この学園で出来た友だちだって大切よ? ……アンタの、事も」

「俺も篠上と千尋が仲が良いと、なんか安心するんだ。……俺のせいで、仲が良かった二人の仲を引き裂く事だけは、絶対に嫌だから」


 俯く誠次の横顔を、篠上は微笑んで見つめてくれていた。


「私も千尋も、アンタだからこそ安心して魔法チカラを貸せているの。私も千尋だって、アンタを悩ませる気はないから、安心して。アンタがちゃんと私たちの事を考えてくれているって事は、私たちみんな知っているから。も、もっと頼りなさい」


 このような篠上の気遣いは、いつもとても力になるものだった。迷いそうになる自分の背中を、押してくれている気がする。

 多くの少女に囲まれ、力を貸してもらっている誠次は、そんな少女の一人からの後押しを受け、顔を上げる。


「ありがとう。俺に魔法チカラを貸してくれるみんなの仲が良いのは、きっと篠上とか、元から性格が良いからなんだって思うんだ」


 おれは周りに恵まれている、と誠次は感じていた。

 後ろから見れば、微笑み合いながら会話をしている先輩二人組に、後輩たちはただただ呆然としていた。ただ、察しが良ければ一部の男子たちは、篠上に対して抱き始めていた儚い夢を、ここで崩されてしまった事だろう。

 誠次に対する後輩男子からの憎悪ヘイトが募っていく一方で、学園紹介は続く。


「ここが水泳部の活動場所の温水プールです。普段の体育の授業でプールはないので、ほぼ水泳部のみが利用する事になります。男女別にプールは分かれています」


 体育の授業でプールはない。そして、男女別と言う事実を聞かされた男子たちが、目に見えて落胆しているようだ。さすがに気にしない素振りを見せているが、その裏の心情と言うものはよく分かる。


(なに。気持ちは、わかるさ……)


 何故ならば、誠次もそうであったから。腕を組んで目を瞑り、うんうんと頷いていた。


「見学できるかしら。せっかくだし、ちょっと確認してみるわね」


 まるで旅館の温泉のように、男子と女子で入り口の時点から分かれている更衣室の前で後輩たちを残し、篠上は自分の学生証をかざして女子更衣室のドアを開ける。当然だが女子ならば女子。男子ならば男子の学生証でしか、更衣室のドアは開かないシステムだ。


「天瀬は男子をお願い。許可はたぶん大丈夫だと思うけど」

「了解」


 誠次も自分の制服から学生証を取りだし、プールサイドと繋がっている男子更衣室の鍵を開ける。どこか初々しいようで変わってはいない、しかし出来れば撮り直したい、緊張しきった自分の顔が写っている学生証だ。


「じゃあ男子たちはこっちへ――」


 誠次が後輩たちを誘導しようと振り向くと、そこで思わず全ての動作を止める。


「貴方たち、は……?」


 篠上が女子更衣室のドアを開けた瞬間、平然とした面持ちで、更衣室の中へと入っていく私服姿の男性三人組を、片目ではっきりと見つめていた。入学式に訪れた父親、と言う年代にしては若すぎて、学園関係者でもない私服姿だ。


「どうしたの天瀬?」


 横を素通りした三人組の男の存在に、篠上は気づけていないようだ。

 誠次にとってそれは、同級生のとある少女により、すっかり馴染み深い現象となっていた。


「幻影魔法、《インビジブル》か……」


 一年前。それを使用し、自身の姿を透明化させていた少女を、自分に魔法は効かないとの事で見え、追いかけた誠次だったが。

 またしても、これでなにかが始まろうとしているのだろうか。


「みんなを下がらせて、篠上は先生を呼んでくれ!」

「……っ!?」


 戸惑いを見せる篠上であったが、すぐに頷き、


「で、その後は!?」

「その後?」

「アンタは私たちがいないと、大して強くないんだから。……また、一人でする気?」


 はっとなった誠次は、こちらを真摯な眼差しで見つめる篠上を見て、頷く。


「一緒に来てくれ」


 ――そして、今度は後輩女子たちの悲鳴を受けながらも、誠次は女子更衣室の中へと走って向かう。一年越しに、ここから再び、剣術士として一年間が始まろうとしていた。

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