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PS4にて未来のデトロイトを舞台にした人間とアンドロイドのゲームをプレイして、私の先読みの甘さを痛感。主人公が三人いるのですが、コナーがどストライクでした。ハンクとの友情は勿論、中でもパルクールアクションはようつべで外国人さんの動画を見漁るほどはまりました。
怪我しそうで怖いので、実際にやりたくはないですけどね……。
照り付ける太陽が、むき出しの肌を焼いていく。流れ落ちる汗は拭ったところであふれ出し、腕で顔を拭うのも一〇回目からかは数えてはいない。
摂氏七〇度は優に超える一面黄土色の足場は、靴を履いていなければあっという間に足の裏の皮膚を焼く事だろう。
蛍島の海岸沿いの砂浜にて、誠次はレヴァテイン・弐を握り締め、敵と戦っていた。
「ハア、ハア……」
顔中に滴る汗を腕で拭い、誠次は俯いていた顔を上げる。例えわずかでも集中力を切らせば、意識はすぐに離れそうになり、頭に必死の指令を送り続ける。それすらも満足に出来なくなれば、それはすなわち熱中症になったということになる。
「これくらいでバテてんの!? しょぼいわね!」
視線の先には、タンクトップにホットパンツ姿の火村がおり、激しい呼吸を繰り返す誠次を見下ろしていた。
「……っく。動いていない魔術師のくせに……」
誠次は歯を食い縛り、砂浜の上に突き刺したレヴァテイン・弐を引き抜く。
太陽の光を銀色の刃が反射し、それが誠次の目に襲い掛かった途端、
「《エクス》!」
火村が放った攻撃魔法までもが、誠次の足元に襲い掛かる。
足場である砂浜が吹き飛び、誠次はバランスを崩していた。
「っち!」
誠次は下半身を踏ん張らせ、倒れることだけは避ける。火村が教えてくれたここら辺の砂は柔らかくて重たく、踏み込んだ足を上げるのにも力がいる。どうやら、風が運んできた新しい砂のようだ。艶やかな砂の粒たちは、倒れれば優しくこちらの身体を受け止めてくれるのだろうが、その次に待つのは灼熱と言う罠。まるでこちらを誘うかのように、滑らかな稜線を描くそれらを忌々しく睨みつつ、誠次は再びレヴァテイン・弐を砂浜に突き刺し、踏ん張りきる。
巻き上がった砂が落ちる中、視線の奥から火村が再び攻撃魔法を放ってくるのが見えた。それは砂浜をかき分けながら直線状にこちらに向かってくる。砂漠のサメのような軌道を描く攻撃魔法の一撃を、誠次は砂浜からかきだしたレヴァテイン・弐で斬り裂き、弾き返していた。
「砂遊びでもしてるつもり? 剣術士さん?」
「嫌いな相手をとことん煽るのは得意だな!?」
「お互い様よ! アンタだって、始める前はウチを馬鹿にしていた!」
遠くから叫び返してくる火村の指摘通りであった。
――君では相手にならないと思う。
特訓をする前、こちらが言ったそんな不用意な一言が、火村のやる気に火をつけてしまったようだ。少なくとも向こうは、こちらに対して遠慮などする気は毛頭もないのだろう。あの何の気なしな発言に後悔したところで、どうにもならない。
「このままではろくに近づく前に負ける……!」
背後から燦燦と日差しを浴びせる太陽も、誠次に次の一手を迫るように日差しを送り続ける。顎先や手先から滴り落ちた汗の粒は、こちらの足元の砂浜に到達するなり、蒸発しているようだ。
「謝ったら許してあげるけど!?」
「誰が、君になど謝るものか!」
「あっそ。じゃあ火傷でもすれば?」
火村はそう言い放つと、なんとここへきて赤い魔法式を展開。円形のそれを、誠次に見せつけるかのように組み立てていく。
「もはや特訓じゃなくて私闘だよな……」
ぼそりと悪態をついた誠次は、しかし内心で焦っていた。
「《フェルド》!」
火村が発動した火炎を吐き出す魔法。小規模であったが、それは魔法式から放たれ、確実にこちらの身を狙って迫りくる。
砂浜の表面を焦がしながら迫った火炎を、誠次はレヴァテイン・弐を砂浜深くに突き刺して盾とし、自らは後退しながら躱しきる。
大きくバックステップをとった足すらも砂浜にとらえられそうになりながら、誠次は再びレヴァテインを握り締めると、それを二つに分解。一つを砂浜に刺したまま、もう一つを砂浜から引きずり上げる。
殺す気か。火傷どころじゃないだろう。とでも言ってやりたかった心情ではあるが、体力を消耗した今、実行する余裕はない。
砂浜に突き刺したままのレヴァテインを睨み、誠次はその突き出た柄に右足を乗せ、一気に跳躍する。
「馬鹿正直に飛んで近づいてくるなんて……」
呆れた様子の火村が、上空の誠次へ向けて右手を伸ばすが、
「うっ!?」
その伸ばした手は、殆ど反射的に、自分の顔の目元の上へと戻してしまう。
昼も近づき、高く昇った太陽は、不用意に空を見上げた火村の緑色の目を鋭く刺激していた。
「眩しっ! ちょっ!?」
「貰った!」
怯んだ火村の目の前に着地した誠次は、彼女の胴に、レヴァテイン・弐の連結部分である刃のない背の方を押し当てていた。
「俺の勝ちだな」
「ひ、卑怯じゃ! あんなの環境のせいじゃ!」
「場にある使えるものはなんでも使って勝つ。洞窟でも君に話した通りの戦い方だ」
「っぐ……もう一回!」
「わかった」
罵り合いながら、特訓と言う名目の私情入り乱れまくりの私闘を繰り広げる二人の様子を、篠上綾奈は離れたところである砂浜と堤防の境目である木々の木陰から見守っていた。
暇そうにあくびを一つし、日焼け止めをぺたぺたと身体に塗っていく。背中の届かないところは、物体浮遊の魔法を使って器用に、的確に。
「剣の兄ちゃんすげー! 俺、絶対魔法の方が強いって思った!」
誠次と火村の戦いを見守っていた男の子が、興奮した様子で叫んでいる。
「二人とも怪我しないといいけど……」
治癒魔法が効く火村はともかく、誠次はクリシュティナの付加魔法能力が今は使えない状態だ。
しかし戦いである以上、怪我人は生まれる可能性は高くなる。今回の、朱梨と誠次の戦いの際もそう。
……まさか、朱梨が来たばかりの誠次を突然戦いに誘うなど、綾奈にとっては思いもしていなかったことだ。それに乗る誠次も誠次であるが、それは自分の為だと言うことを思えば、何も言えなかった。
――だからこそ、朱梨に言われた、惚れた男を戦いに赴かせる魔性の魔女と言う言葉が、いやに頭に引っかかってしまう。誠次には、怪我なんてしてほしくはない。だからと言って、彼に剣を置くようにするなど、それは彼の過去を否定することになりかねない。
それになにより、彼は戦うことを途中でやめるような人ではないことを、昨日の救助の瞬間にも悟った。
そんな人だからこそ、わたしや、みんなは――、
「誠次の為に、私たちがいるんだから……」
自分にそう言い聞かせるようにして、綾奈は体育座りをした顔を埋めていた。
一方で、今度は誠次は、火村に負けていた。
接近したは良いものの、まさか、海の中まで泳いでいかれては勝ち目はない。ましてや、「毒クラゲがおるから来んなっ!」と叫ばれれば、立ち止まるしかなかった。結局火村が投げつけてきたのはナマコであったのだが。
「休憩にしないか……?」
顔にへばりついたナマコを引きはがし、ぴゅーと水や内臓を吹くそれを海へ放り投げて、誠次は火村に提案する。
「ウチも、結構魔素使い切ったかも……。足がふらつく……」
「泳ぎながら魔法を撃つなんて、そんな難しいことをよくやろうとするよな」
「そんなの別に……アンタがウチの事を助けてくれた時にプールに入ってきた男たちだってやっとったし!」
火村がムキになって言い返してきて、誠次は「そう言えばそうだったな」と呟く。
「まあ。遠距離攻撃を放ってくる相手に対して、近接戦闘能力しか持たない俺が、相手に接近する為の特訓……。確実に為になったはずだ」
朱梨との戦いの反省点として、弓矢による攻撃に、こちらが引き気味で戦っていた点がある。はっきり言って、遠距離戦での勝機は皆無に近い。よって、一刻も早く、朱梨へ接近する必要がある。
二人には、その為の遠距離戦の特訓の手伝いをして貰っていたが、いらない砂浜まで付けられていた。
「やっと終わった? じゃ、次は私の番ね」
木陰で待っていた綾奈が立ち上がり、入れ替わるように火村が座り込む。
「ああ。頼む綾奈」
「はい兄ちゃん。ちゃんとジュース飲んで」
石垣に座ってこちらの特訓を観戦していた男の子が、缶に入った見たこともないような飲み物を手渡してくる。溺れていたのを助けた男の子で、どちらかと言えば落ち着いていた方の男の子であった。
「ありがとう。そう言えば、君の名前は?」
「ゆ、ユウキ!」
「そうか、良い名前だ」
男の子は、どこかそわそわした様子で、答えていた。
離れた位置に立つ綾奈も、道場で見せたような凛々しい顔つきとなり、誠次を見つめている。
「頼むぞ綾奈」
「ええ。あんたの為にも、本気で戦うわ!」
誠次がレヴァテイン・弐を構える。目の前で光る銀色の刃の先で、右手をこちらに向けてくる綾奈の姿がある。
「……っ」
その姿が、袴姿の朱梨と重なって見え、誠次は汗を流す頬の口元を固く結んでいた。
なにがなんでも、あの人に勝たねばならない。その思いは時に、自身の身体を最大限の緊張感で強張らせた。
「――《フォトンアロー》!」
その為か、綾奈の頭上で展開された魔法式から放たれた光の矢を、誠次は躱し損ねる。
気づいた時には、光の矢がレヴァテイン・弐に激突し、誠次は悲鳴を上げて尻もちをついていた。
「「あ……」」
綾奈と火村が呆気にとられ、誠次を見る。
「熱っ!?」
下半身に襲い掛かった尋常ではない熱に、誠次は悲鳴を上げて、海へ一目散に飛び込んでいた。
昼を過ぎ、特訓を終える。誠次は一人で、ひりひりとする身体を木陰にて休ませていた
バケツに入った満杯の氷が、ぴきっと音を立てる。表面が溶け、水晶のように奇麗な形をした氷を鷲掴みにし、それをおでこにあてがう。
綾奈も火村も、シャワーを浴びるために今はいない。ユウキが用意してくれた氷の恩恵を誠次はあずかっていた。
「……」
「……」
青空を見上げるように首を曲げ、氷のマイナス温度を感じていると、こちらをじっと見つめる視線を感じる。
言わずもがな、隣に座る男の子、ユウキであった。
「……」
「……」
波の音が寄せては返す音が、何回か響く。カモメの鳴き声と、遠くで虫の鳴く音も聞こえる。漁港帰りだろうか、旧式のガソリンエンジンのトラックが道路を行き交う音が何回かしたところで、誠次は口を開く。
「……なにか、用か?」
すでに氷やドリンクのお礼は言っていた。
誠次が問うと、ユウキは待ってましたと言わんばかりに、きらきらと青い目を輝かせてこちらを見つめる。今思えば、氷もドリンクも、子供ながらに考えた年上への口利き品のようなものだった。
「え、えっとさ! 兄ちゃんって、女の子にモテてるでしょ!?」
「……」
じんわりと溶けた氷の水が顔をつたって流れていく。
誠次は無言で、そっぽを向いていた。
「無視するなよーっ!」
ユウキは誠次の視界に入るために、誠次の周りを忙しなく動き回る。
「これから兄ちゃんのこと、タダジュースの兄ちゃんって呼ぶぞ!?」
「それは困るっ!」
焦った誠次は、抵抗を諦めてユウキを見る。
「でさ、どうしたらそんなにモテるの!?」
「モテると言われても、日焼けしてる方の女の子には別に好かれてはいないぞ。むしろ、嫌われている。俺もあまり好きじゃない」
ものすごく意地悪く、誠次は答えていた。
しかし、子供の目とは時に純粋であり、鋭い洞察力もある。そして、相手の気持ちを汲み取ることもない真っすぐさ。いい意味でも、悪い意味でもだ。
「でも、あの、その……。ここが大きいお姉ちゃんとは……付き合ってるんでしょ!?」
顔を真っ赤にしながらユウキは、自分の平らな胸元に手を添えて、誠次に言ってくる。
年端もいかないであろう少年でさえそのようにさせてしまう綾奈のポテンシャルの高さに内心で驚き半分、納得半分しつつ、誠次もまた顔をほんのりと赤くした。
「お、俺……好きな女の子がいるんだ……」
俯いて言いながら男の子は、誠次の隣に座る。
「結婚するんだー、とか言ってたな」
「そ、それはアイツが先に言いだして、俺も思わずって言うかさ……」
アイツ、とは一緒になって女の子を取り合いしていたもう一人の男の子だろう。
ユウキはムキになってぼそぼそと呟く。
「正直言うと、アイツの方が……学校でも女子にモテるんだ……。勉強出来るし……顔もイケメンで……優しくて……」
面白くなさそうに、砂浜の貝殻を拾いあげたユウキは、それをじっと睨んでいる。
「でもシオリと一緒にいた時間は俺の方が長いんだ! 蛍島の家が近くて……」
「なるほど。幼馴染と言うわけか」
「そう! おさ、おなな、おお幼馴染っ!」
こうなれば、誠次も顎に手を添え、親身になって考えてやる。
「兄ちゃんだったら、どうするかなって思って……。運動は出来るんだけど、俺、魔法は苦手で……」
ユウキはそんなことを言うと、どこか羨ましそうに、誠次の背中のレヴァテイン・弐を見つめていた。
「俺も剣持てば……兄ちゃんみたいにモテモテになれるのかな」
「そんな理由で持つべきものではないさ」
ユウキの視線を追った誠次は、背中に視線を向けてから、海を眺めて言っていた。
「でも同時に、こいつがいなかったら、きっと俺は何もなかったんだと思う。まあ、本州にはそんな何もなかったころの俺と、友だちでいてくれた奴がいるんだ。そいつとの繋がりは、今も続いている」
「好きな子同じになったりしなかったの?」
「そう言えば中学校の時はそうだったな。……話、聞きたいか?」
「う、うん! 教えて!」
誠次たちはその後、ユウキの相手を適度にしながら、特訓を再開していた。
やがて来る夕暮れ。さすがに今日は家に帰るとの事で、火村は誠次と綾奈と海岸沿いの道路上で別れる。
「今日は暇つぶしが出来たわ。この島って本当に泳ぐ以外やることないし」
「そうよねえ。やっぱりゲームするしか……って、なんでもない……なんでもないっ」
口を滑らした綾奈に、誠次と火村がジト目を向けていた。
「バレやすいな……」
「チョロいわね……」
「二人して何よ!?」
ぷんすかと怒る綾奈に、誠次と火村は謝っていた。
「じゃあまたね、二人とも」
夕日を浴びる赤毛の髪を潮風になびかせ、火村は別れを告げてきた。
「またな、火村。特訓付き合ってくれて、ありがとう」
「ええ。また今度、火村さん。学校で会ったらよろしくね」
夕陽がゆらゆらと浮かぶ海を横に、二人と一人は別々の道を歩く。きっとおそらく、島で会うことはもうないだろう。こちらにやることがあるのと同じで、彼女にもするべきことがあって、この島に来たのだから。
家に帰ると、綾奈が夕食を作ってくれる。
「今日も美味しいご飯だ。ありがとう綾奈」
「嬉しい。明日も頑張って美味しいの作るから、期待しててね」
あ、と綾奈はそこで思い出したかのように誠次に言う。
「明日はお婆ちゃんとちょっと用事があるから、一緒にいられないかも。ごめん誠次……」
「構わない。お互いに、やるべき事をやろう」
「うん。あ、もう溺れないでよね?」
「分かってるさ……」
もぐもぐと口を動かして、誠次が面白くない顔をしていると、エプロン姿の綾奈は、くすりと微笑んでいた。
今日もどっぷりと疲れ果て、夜ご飯を食べてから、誠次は部屋に戻る。これにて、蛍島で過ごす日程の半分は終わった。明日目が覚めれば、いよいよこの蛍島で過ごす日々も後半に入る。それと同時に近付く、朱梨との決戦の時。
「大丈夫だ綾奈……。俺は絶対、綾奈の為に勝ってみせる……」
まだ確証はない。それでも、彼女の為であれば、不思議と力がみなぎる気がし、誠次は目を瞑って穏やかに眠っていた。
翌朝。すっかり慣れたと言っても良い、虫と鳥の鳴き声で、誠次はベッドの上で目を開ける。
慣れたとは言っても、暑さには慣れない。設定で自動オフにしているエアコンの風はすでに途切れており、誠次はすぐにベッドから降り、廊下に出る。
寝ぼけ眼を擦りながら、階段を降り、一階へ。リビングにある冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出すと、麦茶を一気に喉に流し込む。
リビングのソファには火村が寝転がっており、お菓子を食べながらテレビを見ていた。
「お邪魔してるわ。このテレビ番組、この間東京でやってたわね。やっぱこの島のテレビちょっと遅れてる」
「そういうこともあるんだな」
「うん。あ、麦茶頂戴」
「分かった」
誠次は棚からコップを取り出すと、そこに麦茶をよそって、ソファの上でぐうたらしている火村に差し出す。相変わらず布面積が小さい服を着ているので、見えてはいけないところが一々見えそうになっており、誠次は視線を合わせずにテレビ画面を見つめていた。
「夏休みと言っても、朝はさすがにつまらない番組ばっかね」
「朝からバラエティ番組ばかりが続くのもな」
誠次は火村が食べていたスナック菓子に手を伸ばし、同じく食べながら言う。
そこから異常事態に気付くまで、そこそこの時間が経過した。
「……」
「……」
「って、なぜ自然といるんだっ!?」
「今さら?」
火村はソファの上であぐらをかいて座っていた。両手を頭の後ろに回せば身体が仰け反り、やはりお腹などが丸見えだ。
「お邪魔してるって言ったけぇ。それに、アンタは寝てたし、鍵空いてたし、他に誰もいなかったし」
「寝てた……って、俺の寝顔みたのか?」
「うん。幸せそうな顔で寝てて、なに夢見てるんだかって思った」
「別になにも……」
「もしかして」
火村はそう言うと、わざとらしく微笑み、誠次の顔を覗き込む。
「ウチか篠上さんの裸とか? 想像した?」
「ち、違う! 誓って違う!」
誠次は懸命に首を横に振っていた。
火村はつまらなそうに、誠次から視線を逸らす。
「単純すぎ」
「……弄ぶな」
ため息をついた誠次はところで、と火村を見る。
「今日はどうしたんだ?」
「どうしたって、今日もやるんでしょ、特訓?」
「綾奈がいないから、今日は軽めのメニューをこなすつもりだったんだけど」
「……じゃあ、やらないの?」
火村が立っている誠次を見上げ、どこか不満そうに問う。
「いや別に……。まさか、また手伝ってくれるのか……?」
誠次が恐る恐る訊くと、火村は待ってましたと言わんばかりに、ソファから勢いをつけて立ち上がる。
「しょうがない! 暇だから付き合ってやるけん!」
「……あ、ありがとう」
不思議なこともあるものだと、誠次は黒い瞳をぱちくりとして、火村を凝視していた。
「お金なら、ないぞ……?」
「は、はあ!? 暇だから付き合ってやるって言っとるんじゃ!」
火村にとってのメリットが薄すぎると疑う誠次であったが、火村は本当にそこまでの対価を要求してはいなかった。どうやら向こうは本当に、暇つぶしの遊び相手のような要領で、今朝ここに来たらしい。
「分かった……ありがとう。準備するから待っててくれ」
「ん」
火村はごくごくと麦茶を飲み干してから、部屋の後片付けをしていた。
誠次は洗面台で水を顔に浴び、鏡に映った自分を見つめる。
「金銭の要求ではない……。では、どういうつもりだ……?」
迷いを振り切るようにタオルを掴み、それで顔を拭く。仄かに香るのは、綾奈の普段の匂いのようで、誠次はどことない罪悪感を味わっていた。
綾奈には火村と特訓をするとのメールを送り、誠次はレヴァテイン・弐を腰と背中に装備し、先に外に出ていた火村の元まで向かう。家の鍵は生体認証のオートロックであり、誠次はすでに登録済みだ。
「ここまでなにできたんだ?」
港町から山にある篠上家までは、車でもそれなりの時間を掛けていた。
こんな朝早くから、まさか徒歩ではあるまいと、誠次は火村に訊く。
「あれ」
火村が指さした方には一台の自転車が。それは家の門の目の前に停められている。
「まさか、自転車でここまで駆け上がったのか?」
「舗装された道なら緩やかだし、いいトレーニングよ」
火村は涼しげな表情で言っていた。
「凄いな……」
少なくとも自分が同じ真似をしたら、足がパンパンになってしまいそうだ。呆然と呟きながら、火村の横を通り過ぎていると、慌てて後を追いかけてきた火村が誠次を立ち止まらせる。
「ちょっと待ってよ。私の自転車ここに置いておく気?」
「は? なら運べばいいだろ」
「非効率的」
火村はそう言いながら、自転車のストッパーを外し、手でチャリチャリと押して戻ってくる。
そして、ハンドルを誠次に差し出してきた。
「はい。乗って漕いで」
「俺が乗って、君が歩くのか?」
誠次がきょとんとして問うと、火村は呆れかえったようなため息をつく。
「非、効、率っ! ウチが後ろに乗るから、漕ぎなさいって言ってるの!」
「にけつか!? 法律違反だぞ!」
頑なに誠次が言うと、「うわウザっ」と火村は嫌そうな顔をする。
「夜間外出が暗黙の了解でいいことになってるんだから、二人乗りぐらいじゃ誰も気にしないってば」
「確かに……」
それに、山の下まで下るのにも、それなりに時間が掛かる。ここから特訓することを考えると、自転車や乗り物には乗りたかった。
「……分かった。でも、にけつは初めてだから、転んでも文句言うなよ?」
「そん時は笑ってあげるわ。ダサいって」
「……はあ」
誠次は言い返したい衝動を抑えて口篭もり、火村からハンドルを受け取り、サドルに跨がる。
「よっとっ」
火村は誠次のすぐ後ろに跨がり、誠次の腹に手を回す。
視線を下へ向ければ、小麦色に日焼けした腕が、自分の腹に添えられている。
ぎくっとした誠次は背筋をぴんと伸ばして、火村が完全に荷台に座るのを待つ。
「へー。やっぱちゃんと鍛えてるんじゃん。洞窟でも見てたけどさ」
「あまり触らないでくれ……くすぐったい……」
「男なら我慢しぃ」
火村は横向きで誠次の後ろに座ったようだ。
確認の為に誠次が視線を横に向ければ、火村が「出発っ」と合図を送る。
踏み出した勢いで、自転車は山沿いの舗装された道路に出る。軽く漕ぐだけで、人二人分の重さによる加速が加わり、自転車は大きなカーブを描く山沿いの坂道を下り始める。
左側には、朝日を受けて輝く綺麗な青い海があり、その上ではカモメらしき白い鳥が縦横無尽に羽ばたいていた。
加速を続ける自転車の上で風を浴びながら、誠次はしばしその光景に見惚れていた。
「――天瀬っ! 前から車来とるけぇ!」
「なっ!?」
後ろに座る火村の声により我に返り、誠次は慌ててハンドルを切る。車との正面衝突を寸での所で回避し、自転車は左右にふらふらと揺れながら、どうにか安定する。
「あんたアホ!? 本気で衝突する気!?」
当然、後ろに座る火村は怒り、誠次の耳元に罵声を浴びせる。
「だから、にけつは初めてだって言っただろう!」
「それにしても下手くそじゃ! ウチの方がまだ上手く漕げる!」
「なら君が漕げばいいだろう!?」
「アンタそれでも男!? 女の子に漕がすなんてサイテー」
「なんなんだ君は!?」
二人はいがみ合いながら、それでも転けないようにバランスをお互いに保ちつつ、風を浴びて坂道を下っていく。
「……」
「……」
無言になれば、それはそれで、気まずい。火村と接触している腹部の火村の手の感触が強くなった気がして、誠次は気まずい思いを浮かべていた。
「その、いいところだな、この蛍島は。自然もいっぱいで、”捕食者”も出なくて」
「なんだかんだウチは好きかな。中学校の時は都会の東京にも憧れてたけど、今となっちゃどっちもどっちね」
誠次がぽつりと呟けば、火村が言葉を返す。
すぐ後ろから聞こえる火村の声音は、徐々に小さくなっていっているようだ。それは自転車の加速による風当たりが強くなったせいなのか、それとも。
「都会の荒波にでも揉まれたのか? ……水泳部だけに」
「……馬鹿にすんな」
むぎゅっと、火村が誠次の腹をつまんで抓り、誠次は「痛っ!?」と悲鳴をあげた。
「わ、悪かったすまない!」
「許す」
火村は力を緩めると、はあと、大きなため息をつく。レヴァテインの柄越しにでも分かった背筋への吐息の感触に、誠次は思わずぞくりとしてしまう。
「それにしても意外だな。俺は別に構わないが、にけつなんかするなんて」
「あんた知らないの? 大垣耕哉くんの出世作の青春ラブストーリー映画の伝説のシーン」
(ああ、また始まった……)
内心で辟易しながら、誠次は一応話を聞く素振りを見せる。
「ヒロインの娘を自転車の後ろに乗せて、坂道を下るの」
「随分とベタだな」
「そうかな? 親に反対されても、女の子は耕哉くんと頑張っていっしょになろうとして、耕哉くんも女の子の為に頑張って、その願いが叶った最高のシーンなんだけど」
「へー」
そうして黙るとむすっとしてくちびるを尖らせた火村は、誠次の腹を再び抓る。
「痛たたたたっ!? だからやめてくれってば!」
「いまいち反応薄い。それに、そんな強くしてない」
「充分痛いんだ。それに前も言ったけど、男の俺には良さが分からない」
冗談ではなく、火村の抓り攻撃は痛く、誠次は文句を垂れる。
「あと、言っておくけど。次やったら本気で怒るからな?」
「へえー。命の恩人さんに、そんなこと言っちゃうんだー。ウチは死ぬ気でアンタのこと助けたのになー」
「っぐ……」
そんなことを言われれば、やはりなにも言えなくなる誠次は、しゃかしゃかと自転車を漕ぎ続ける。
火村は風を浴び、赤毛のショートヘアーを指ではらっていた。
「ま、これでも学園での態度はちょっとは申し訳なくも思ってたり、してるかも……」
唐突に告げられた言葉は、一瞬だけ何を言っているのかよくわからなかったが、声音からは謝罪の意が含まれていると感じられた。
素直になれない、と言うのは、お互い様でもあった。
「ウチは一年生の頃からずっと、アンタにはなにか特別な力があって、何も努力しないで皆から慕われてるんだって思っとった。……でも、それなりにしてたんだね」
肌寒くすら感じるほどの潮風を浴びながら、誠次は自転車を漕ぐのを止め、坂道の力だけで下り始める。
「……俺こそ、君の事は最初は自分一人でなんでも出来るような人だと思ってた。悩みなんか一切なくて、絵にかいたような優等生だ。……生徒会のメンバーとして、他の魔法生よりも実績があるのも事実だ」
「「だから、落ち込んでいる姿は新鮮だった」」
お互いのその言葉が重なり、はっと顔を上げた誠次は、それきり後ろを見ることが出来ずに、ただただ波の音に誘われるように、海へと向かっていった。
堤防の石壁に火村の赤い自転車を止め、誠次と火村は砂浜で互いに剣と魔法を用い、戦い合う。
「ハアハア……っ!」
「もう、息上がってんの……っ!?」
「お互い様……だろっ!」
砂浜に埋もれたレヴァテインを拾い上げ、誠次は火村に向かい、突撃する。
火村は右腕を持ち上げ、誠次へ向け攻撃魔法の魔法式を向ける。放たれた白い魔法の弾の軌道は一直線で、かなり遅い。
誠次は余裕で、白い魔法の弾を切り裂き、消滅させていた。
「この程度か火村! 魔力は綾奈の方が数段上だぞ!」
「うるさいアホっ! 魔法使えないアンタに言われたくないわ!」
口で荒い呼吸を繰り返しながら、火村は誠次を睨む。
砂浜を巻き上げるほどの威力の攻撃魔法を、誠次の周辺に何発も放つ。
誠次はすぐに攻撃を回避し、巻き上がる砂浜をもろともせずに、火村の元まで突撃する。
「なっ!?」
砂塵を斬り裂いて現れた誠次に対応できず、火村は背中から砂浜の上に倒れていた。
「きゃっ!?」
悲鳴をあげて倒れた火村に、誠次は左手を差し出していた。
「ほら」
「……」
火村は誠次の手をとって、立ち上がる。
「もう一回」
「俺は構わないが、いいのか?」
「勿論よ!」
「ならば頼む」
誠次は砂浜に置いたレヴァテインを拾い上げ、絡みつく砂をはらい、腰の鞘に納刀していた。
蛍島の砂浜にて特訓をする二人の姿を、置かれた火村の自転車の辺りから見つめる一つの視線に、気づくこともなく。
~コウヤ・ハザード~
「女子高生を中心に人気絶頂の俳優、大垣耕哉くんか」
せいじ
「……なにがいいのだろう……」
せいじ
「そう言えば火村の他にも、クラスメイトの女子も昼休みに話をしていたし……」
せいじ
「そうだ、試しに映画を見てみよう!」
せいじ
「お邪魔するぜー」
そうすけ
「うおっ、部屋の壁にポスター貼ってるけど」
そうすけ
「こんなの前までなかったよな……?」
そうすけ
「オオガキコウヤ……? 誰だよこいつ……」
そうすけ
「知らないのか志藤!? 今大人気の俳優だぞ!」
せいじ
「今見てる映画も面白くてさ、一緒に見ないか志藤!?」
せいじ
「なにが悲しくて男二人で女の子向け恋愛映画見なくちゃいけないんだ……」
そうすけ
「ただいまー」
ゆうへい
「って、二人してなに見てるんだ?」
ゆうへい
「知らねーのか、帳? 大垣耕哉くんを――」
そうすけ




