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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
55/189

8

海難救助の際は無闇に飛び込まず、救助を呼びましょう。

 また、波の音がするあの夢を見る。寄せては返す水の動きは、たいそうな事を言えば、地球が生きて呼吸をしているようなものだ。人間はその母体が時頼見せる凶悪な力を前に、無力なものだった。

 まるでそれは、両親に叱られた時の子供の些細な抵抗と似ているのかもしれない――。


 幼い子供と、母親らしき女性が、灯台の見える砂浜で穏やかに過ごしている風景だ。

 潮風に草木が揺れ、波が砂浜を優しく覆う。

 髪を揺らし、誠次せいじは、遠くから二人の姿を見守っていた。砂浜に足跡を残し、二人は幸せそうに歩いている。

 風が急に強くなり、女性が被っていた麦わら帽子が青空に舞う。それを取ってやろうかと天に手を伸ばすと、青かった景色が一瞬で黒に染まる。

 それは、満天の星が輝く夜の色。あっと驚いた誠次が砂浜に視線を戻すと、黒い波が、子供だけを攫っていく。

 悲鳴をあげて口元を抑える女性が、黒い波に攫われていく子供を助けようとする。

 黒い波に引きずられる子供は、涙と海の水で顔を歪ませながら、懸命に女性の元へ戻ろうとしていた。

 助けなければ。やめてくれ!

 誠次はその場で黒い波に向けて叫び、子供を助けようと砂浜へと走った。足が重たい。上手く前へと進めない。

 子供を攫う黒い波は、やがて意思を持つように不規則に動き始め、その巨大な身体を海から現わせる。頭部のない、ずんぐりとした胴体をしたヒトの形。゛捕食者イーター゛であった。

 砂浜に深く埋もれていく誠次は、背中にあったレヴァテイン・ウルに手を伸ばそうとするが、そこに剣はなかった。

 虚しく空を掴んだ誠次の目の前で、やがて子供は、゛捕食者イーター゛に呑み込まれ、見えなくなっていた。一瞬で地獄へと変わったその砂浜に残されたのは、膝から崩れ落ちる女性と、何もすることが出来なかった誠次の、二人きりだった。

 灯台に光が灯り、誠次の姿を照らし出す。まるで、何かを責め立てるように、゛捕食者イーター゛を前にしてやれなかった誠次の姿を、光の暴力で曝しだす。

 その時にようやく視線が合った女性の顔は、怒りに狂ったような表情で、強く誠次の脳裏に残っていた。

 

          ※


 ぴと、ぴと。水滴が落ちる音が静かに広がったかと思えば、雷の落ちる音が遠くで重なる。水と雷。相反する二つの音の調べを聞きながら、誠次せいじは目を覚ました。

 身体の四肢の先端はまだ自由が効かず、胴も重たい。昏睡状態だったのだろう。上半身は裸にされており、仰向けで倒れている下には砂が薄く広がっていた。

 まだ、おれは生きている。また、生かされた。何度も繰り返し続けた死からの生還は、何度感じても命の有難みを感じるものと同時に、その度に不思議なものだとも思えてしまう。

 

「そう、か……。また、生かされたのか……」


 一瞬で消え失せる命もある一方で、こうしてよく生き永らえている命もある。その違いの差はなんなのだろうか。神様の悪戯、と言う言葉だけでは片づけられない宿命のようなものを感じるのも、今ばかりではない。

 こうして生き残っていることもまた奇跡だと感じれば、生きて何かを成せと、死者の世界に住まう何者かに言われているような気もし、誠次は弛緩しきった身体に力を込めていた。


「――運がいい。まだ生きてるなんて、てっきり死んだかと思ったわ」

 

 思いのほか冷たい声音は、くしゅんと言う鼻を啜る音と共に。

 霞む視界が、徐々に鮮明になる。まず目に映ったのは、薄暗い岩肌の天井。高さはそうでもないようで、立ち上がれば頭に擦れそうなほどの狭い洞窟の中のようだ。

 小麦色の肌をした少女が、遠くの岩場の上に座って、こちらを見下ろしていた。まだ顔の輪郭はぼやけているが、赤毛のショートヘア―の髪からぽたぽたと落ちている水滴を見るに、彼女もこちらと同様に全身をずぶ濡れにしているようだ。


「起きるなら起きるって言ってよ。急に咳込んでびっくりした」

「無茶、言うな……っ、けほっ!」


 どこか聞き覚えのある、刺々しい声音の少女であった。

 誠次は上半身を起こすと、こちらを救助してくれたと思わしき人の姿を見る。


「君は……」


 知っている顔だ。透明な水滴がぴとぴとと、小麦色の肌や赤毛の髪の先から垂れている。緑色の目は不満そうに、こちらをキツく睨んでいる。


「ヴィザリウスの……火村ひむら!?」


 ヴィザリウス魔法学園の生徒会書記メンバー。そして同級生の火村紅葉ひむらもみじその人だ。

 こちらと同じく水でびしょ濡れの状態の火村は、柄付きのタンクトップにショートパンツと言う私服であった。

 遠くで波の打つ音と、近くでぴちゃりと水の跳ねる音がする。


「ここは一体……。どうして火村が?」

「こっちがきたいんですけど……。ここは正真正銘蛍島よ」


 蛍島を知っている口振りの火村は、手で自分の身体をはらい、少しでも水気を飛ばそうとしているようだ。


「剣を浜に捨てて、海に飛び込み人が見えて。まさかって思ったけど本当にあんただったなんて……。なんでこの島にいるのよ」

「それはこっちこそ……。どうして、ここに……」


 文字通り、水掛け論が続いてしまっている。

 びしょ濡れの服のせいで全身が気持ち悪い思いのまま、誠次はゆっくりと立ち上がる。


「外出ないでよね。少なくともこの波じゃ無理よ」

「蛍島のどこだ、ここ……」

「蛍島の北、崖の下の浸食洞窟。海蝕洞かいしょくどうってとこ」

「海蝕洞……。波が岩に押し寄せて長い年月をかけて作られた、天然の洞窟か……」


 地理の授業で習った覚えがあった。海水の波によって崖の岩が浸食され、長い歳月をかけて空洞が生まれることにより出来る天然の洞窟。

 火村の言う通り、洞窟の外は激しい波が押し寄せていた。無理にでも泳いで外に出ようとするものならば、たちまち身体は激しい波によって攫われ、岩肌に全身を打ちつける事だろう。


「溺れかけてたあんたを泳いで助けようとしたら、二人でここまで流されたってわけ」

「まさか、形成魔法をしてくれたのは」

「……私よ。じゃけえ、あんたが無茶苦茶なんじゃ! ただでさえ波の中は危険なのに、それも二人も助けようとするなんて、水泳が上手い人でも無理に決まっとる! プロのダイバーでも無理じゃ!」


 感情が昂った火村は、こちらに対し怒鳴りつけるようにして言っていた。

 責められた誠次は、殆ど意地で、火村からも視線を逸らしながら言い返す。


「助けられると思ったんだ! 今までだってそうしてきた! 今回は、その結果がうまくいかなかっただけだ!」

「はあ!? ()()ってなによそれ!? あんた、自分が死ぬところだったのよ!?」


 火村は信じられないようなものを見るような目で、誠次を睨みつける。

 そんな目で見ないでくれ、と言いかけた口をつぐみ、誠次は力なく項垂れた。

 そんな誠次の心情を知ってか知らずか、火村の口撃は続く。


「魔法世界の剣術士サマの命も安くなったものね!? なによあんた。あんたのことが大好きな人が、沢山いるんじゃないの!? その娘たちはどうなるのよ!?」


 そう指摘された誠次の脳裏に、綾奈あやなを始めとした、魔法学園の面々の顔や姿が思い浮かぶ。


「……わかってる。わかってるさ……! でもあの二人の男の子の命が危険だったんだ! 自分の身の心配をしろって言われても、じゃあ他人の命の心配はしちゃいけないのか!? そこから目を背けて、知らない振りをするなんて、それじゃあ機械と同じだ! ただ自分に与えられた使命を全うするだけで、そこに感情と言うものは一切ない。そんなの、せっかく人として生まれた意味もないじゃないか!」

「なにもそこまで言っちゃ……」

「考えることがちゃんと出来る人として生まれた以上、他人を思う気持ちだって、あっていいはずだ……。例え力があっても、もしもそれが出来なくなった人は、自分の利己だけを追求して、エゴイストになっていく……。そんなの、なにもかも自分一人でできる神様と一緒だ……。俺はそんなものにはなりたくない……。力があると言うのならば、俺はそれをみんなの為に使いたい……」


 今も屋敷に一人で佇んでいるであろう朱里しゅりの姿を思案し、誠次は喉を震わせた。


「……ちょっと意味わかんないけど……まあ、あんたが飛び込んだお陰で、二人の男の子も最初の女の子も無事みたい」


 どこかばつが悪く、火村は右手の先で自分の湿った髪をくるくると巻きながら、電子タブレットを使って島の誰かとやり取りをしているようだ。

 

「でも、漁師のみんなもこの海の時化しけだととても船で助けに来られないって」

「……収まる気配は、ないのか?」


 誠次は、洞窟の出入り口で相変わらず満ちては引きを繰り返す白い波を見つめ、愕然としていた。改めて、自然の驚異と言うものを身に染みて実感したようで、全身が動けなくなってしまっていた。

 誠次の問いの答も、火村ではなく、波が答えたような気がする。


「今は神様がどうとか言う前に、ここから生き残れるかどうか。違う?」


 火村が誠次に向けて手を伸ばす。

 曲がりなりにも、でもなく今の彼女は命の恩人でもあった。かつて自分が救ってきた人が、自分に救いを見出したのと同様に、今の自分もまた、彼女にそうするべきなのかもしれない。


「……助けてくれて、ありがとう火村」

「なんかあんたに素直に礼を言われると調子狂うんだけど……」


 火村に引っ張られる形で誠次は立ち上がった。


「……俺は篠上綾奈と一緒に、この蛍島に来たんだ」

「篠上綾奈って……まさか篠上って、あの篠上さんのとこの娘だったんか!?」


 火村はびっくり仰天したように、誠次を見つめている。


「知っているのか?」

「篠上朱梨さんの事はこの蛍島で生まれてから、ずっと知っとった。水泳部の千尋ちひろちゃんの話で、綾奈ちゃんっては名前は知っとったけど、まさか親族だったなんて思わんかったけぇ」

「蛍島で生まれたって事は、君は蛍島の出身なのか?」

 

 誠次が問うと、火村はやや頬を赤くし、しかしどこか不機嫌そうに頷いた。


「そう。中学までは父島の中学校にいた。高校ヴィザリウスに入るときに、一人で東京に来たの」

「そうだったのか。お互いに、知らなかったのか……」


 綾奈も、火村がこの島の出身であることを知らないようであった。綾奈の生まれ自体は本州で、生活もずっと本州だったため、昔から火村と島で会う機会はなかったのだろう。

 妙な偶然もあるものだと、誠次は感じていた。それに、なんと言えば良いのか、どこか似ている二人が……。


「で、それでなんであんたが篠上さんについて来てんのよ……。あの娘と付き合ってんの?」

「いや、そういうわけではない……」

「じゃ、どういうわけよ……」


 火村はムスッとして、誠次を睨む。誠次の答えに明らかに不機嫌そうであった。


「どういうわけって……信頼できる男友だちとして、呼ばれたんだ」

「ただの男友だちを実家に誘うなんて、あり得ないわよ」

「……」


 誠次が言い逃れを続けていると、火村は「ムカつく……」と呟く。


「じゃああんたは篠上さんの事はどう思ってるのよ? まさか、あんたに近寄るそこらの女の一人、ってわけ?」

「そんなわけじゃない……」


 これ以上変な言い逃れをしていても、火村は不機嫌になるだけだった。誠次はそこで、観念するように白状する。


「……俺の剣は、様々な女性の力があってこそ、その効力を発揮できる。だから、多くの女性が、必要なんだ……」

「ま、波沢なみさわ先輩から聞いてたけど。それってつまりは女の子を道具にしてるんでしょ?」

「違う……。道具だなんて、そんなわけあるか……。俺からすれば、みんな大切な人なんだ……。だから、守りたかったんだ……」


 濡れた前髪の底から出た誠次のか細い声が、洞窟の中に響いていた。


「なんなのよあんた……。GWの時とは、まるで別人ね」


 そんな指摘をされ、誠次は再び俯いてしまう。


「君になにが分かるんだ……」


 底知れぬ寒気を感じ、誠次は全身が身震いするのを感じた。

 情けないほど無気力になりかけ、誠次は掠れそうな声で返事をする。

 そんな気落ちする誠次の上裸の背中を見つめ、火村はやれやれとため息をこぼす。


「とにかく、この波が収まる明日の朝まで助けは来ないんだし。こうなったら、嫌々でも協力して」

「……分かった」

「言っとくけど、慰めなんか期待しないで。生き残るために、身体を温めないと。焚火に使えそうな木、拾ってきて。魔法が使えないあんたの代わりに、ウチが火を起こしてあげるから」


 火村はそう言って、思いっきり誠次の背中を叩く。弾かれた火村の手や誠次の背中から、水が少しだけ跳ねた。

 態勢を崩し、思わず前へと数歩進んだ誠次の背には、薄っすらと紅葉色の模様が出来ていた。


「ほら、男ならしゃきっとする!」

「……わかってる」


 すりすりと背中を擦る誠次は、少々むすっとした面持ちで振り返り、にこにこと笑う火村を見つめていた。まさか、嫌われている彼女にまで励まされていると、男としてはわけもわからないなけなしのプライドが、芽生える。――それは、魔術師と剣術士としても。

 彼女に情けない姿を曝すのが嫌で、誠次はムキになり、一心不乱に、使えそうな漂着している立木をかき集めた。


「はあ……。あんたじゃなくて溺れてたのが耕也くんだったら、私は喜んで海の底まで一緒に行っていたのに……」

「いや心中はするなよ……」


 ある意味で、火村の意中の相手ではなかったことに安堵する。

 なんだかんだで、火村も手伝ってくれていた。

 波は相変わらず激しく、近くに立っているだけで飛沫が飛んできて、波打ち際の岩場にいる身体を濡らして来る。

 ゴツゴツとした足場は滑りやすく、誠次は慎重に平坦ではない足場を歩き、流れ着いている木々を拾い上げる。出て来た洞窟の方へ振り向いて見上げれば、遙か高く垂直に崖が広がっており、形成魔法の足場を使って渡るのも、一か八かの危険な賭けであった。

 ここは火村の言うとおり、大人しく海からの迎えを待った方が賢明だと思えた。風も強い。

 

「そうだった。綾奈にも連絡しておかないと……」


 誠次は電子タブレットを取り出し、自分が火村と共に蛍島の北の洞窟に漂流してしまった事を伝えた。

 いつもは返信が早い彼女であったが、今回はすぐに返ってこない。

 誠次は【明日には帰る。心配しなくて良い】と続けて送り、薪集めを再開した。


「ほら見なさい天瀬! 魚ゲット!」


 岩場の方では、本当に魔法を使って魚を捕まえた様子の火村が、こちらにどや顔を見せつけていた。その火村の横では、宙に浮かんでパタパタと尾を跳ねる魚がいる。どうやら魚に直接魔法をかけ、捕らえたようだ。

 一日ぐらい飲まず食わずでも問題はないと思うのだが、なぜかこちらまで嬉しく感じ、微笑みかけていた。


「今笑ったわね?」


 目ざとく、にやけ笑いをする火村にはその姿を見られてしまう。


「……べ、別に」


 誠次はそっぽを向いていた。

 無駄に体力を消耗するわけにもいかず、誠次と火村は洞窟の中へ再び戻る。予想通り、ここへ来て湿り気を帯びた服は冷たく、また塩もべたついて不快さが増していた。

 湿った木の皮を剥ぎ、乾いた中身を並べて、たき火を作る。そこへ火村が炎属性の攻撃魔法と風属性の汎用魔法を発動し、火は簡単に点いていた。

 

「無人島に流れ着いても、魔術師ならどうにかなりそうだな」

「そうでしょう? 今頃ウチがいなかったら、あんたなんか海の藻屑よ?」

「感謝はしてるって……」


 焚き火の前で腰掛け誠次は、ゆらゆらと揺れる炎を挟んで向かいに座る火村には視線を向けずに答える。

 同じように火を挟み、誠次をじっと見つめる火村は、不機嫌そうな顔だった。

 火村が言いたいことは、こちらも重々承知のつもりだった。でも、このことを火村に言ったところで、なんの解決にも繫がらない。


「……どうして、助けてくれたんだ?」


 気まずさを感じた誠次は、そんな質問をしていた。

 体育座りをしていた火村は、信じられないような顔をしていた。


「あのさあ……いくらあんたのことが嫌いでも、剣をほっぽり投げて海に無謀に飛び込んだ人を見捨てられると思う? それに、蛍島で水死体なんてニュース、目覚めが悪いにもほどがあるわ」

「しかし、それでは君も危険だったはずだ」

「お互い様でしょ? アンタだって、男の子を二人も助けようとしてた」


 火村は小麦色の顔を赤く染め、誠次の鼻先をつつく様に人差し指を伸ばしてきた。


「泳ぎ、得意なんだな。水泳部だったっけ」

 

 それもこの海に囲まれた島の生活による賜物なのだろうか。


「そうね。泳げば嫌なことも忘れられるし、気がついたらいつも水の中にいる気がする」


 水が好きなのに苗字が火とは何かの皮肉かと、心の中で思う誠次であった。


「こうなったら、下手に魔法学園じゃなくて、普通科の高校にしとけばよかったかも……」


 ここへ来て初めて見た、弱気な彼女の姿に、誠次は引き寄せられるように視線を向けた。


「どうして?」


 誠次がくと、火村は同じく体育座りをしている足を握る腕の力を込めていた。


「……魔法よりも水泳に専念してれば、よかったなって思ったの」

「別に魔法学園でも水泳部はあるじゃないか」

「もっと言えば、バイトも生徒会もやらずに、水泳部にだけ専念すればよかった、って言っとるんじゃ」


 火村は誠次を睨んで言う。

 視線が合うと、誠次はすぐにそれから逃げるように逸らす。相変わらず、火村の姿はどこか扇情的であってしまった。炎の光を受けて輝く小麦色の肌も、妙に色気を感じてしまう。

 本人がそれらをあまり気にしていない理由は、この島の人々の格好や気質を思い出せば何となく納得できた。


「上手くいってないのか? 部活動」

「……悔しいけど、GWにあんたに言われた通りよ。色々やり過ぎたわ……」


 火村はしょんぼりとして、裸足の足元に転がっていた石ころを掴み、どこへでもなく放った。


「タイムも落ちているし、先生にも部活に来なくていいって言われた。勉強の成績も落ちてるからって……。それになにより……」

「なにより?」

「泳いでても楽しくなかった……。心のもやもやが、水の中をいつまでもついてきて、離れてくれないの……。こんなこと、今までなかったのに……」


 パチパチと、焚き火が音を立てている。


「あんたにもそういう時、ないの? 剣で戦ってるときとか」

「少なくとも、戦いの最中に他のことを考えている余裕なんて、俺にはない。相手がこちらの命を狙っている状況ならば、なおさらだ」

「比べるもんじゃないって言いたいのね」

「その点に関しては悪いが、そうだと言い切れる」


 誠次のはっきりとした返答に、火村は大きくため息をついていた。


「なんであんたなんかにこんなお悩み相談してるんだか……」

「俺だって、俺の悩みが君に言ったところで解決できるとは思っていない」

「なによ、文句あるんけぇ!?」

「こっちこそだ!」


 炎を挟んで睨み合った二人は、次にはあっとした表情となり、共に申し訳なさそうな顔をする。


「……ウチたちって、根本的なところで相性最悪な気がするわ……」

「同感だ……」


 火村の電子タブレットには、彼女を心配する島民からの連絡が何件も来ていたが、その都度火村は大丈夫だと返しているようだった。

 一方で、この島の知り合いらしい知り合いも綾奈しかいない誠次の元へ、綾奈からの返信はまだなかった。

 時は流れ、夕方へ。岩を削ると思えるほどの強く激しい雨が降りだし、薪を集めておいて正解だったと思えた。


「強い雨だな……」

「この島じゃよくある事よ」


 真っ白になりかけている豪雨の視界に誠次が圧倒されていると、座っていた火村は興味なさそうに火を眺めたままだ。


「ま、じっとしていましょ。変に動いても体力消耗するだけよ」

「わかった」

「二人きりだからって、変な真似しないでね?」

「命の恩人相手だ。そんなことするわけないだろ」


 洞窟内の突き出た岩の上に服を伸ばして乗せ、誠次は上半身裸な姿のまま、火に当たっていた。あれからというもの、相変わらず火村には背を向けている。火村の方もこちらに背を向けているようで、二人ともそもそも疲れが出ており、口数も減っていた。

 それでも横になって寝ようとはしないのは、やはりお互いがお互いをまだ信頼しきってはいないからだろう。

 

「――ねえ、起きてる?」


 電子タブレットも充電切れの心配があるため容易には使えず、体育座りの姿勢のまま、うつらうつらとしていたところ、火を挟んで後ろに座る火村が声を掛けてくる。


「ああ」


 誠次は顔を僅かに上げる。


「……暇つぶしに、あんたの事でも話しなさいよ。私喋ったんだから、不公平」

「……分かった。どこから話せば良いんだ?」

「全部」

「長くなるぞ?」

「どうせ暇だから平気。お腹空いたのも忘れられそうだし」


 気付けば誠次は、火村に自分の事を事細かに話し出していた。香月こうづきとの出会いから始まり、今に至るまでの戦いの話。


「それで、夏休みには――」

「――ちょっと待って……。今だいたいどれくらい……?」

「うーん。三十パーセントぐらいか……――」

「――どんだけ波瀾万丈な学園生活送っとんのじゃ……」


 全て話し終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっており、明かりも背後の焚き火ぐらいになっていた。

 全てを話すと、どこか胸のつっかえが取れたような気がし、誠次は話を最後まできちんと聞いてくれた火村に感謝していた。所々相づちを打ってくれたり、ツッこみを入れてくれたり、ちゃんと聞いてくれている事は分かった。


「ありがとう火村。話を聞いてくれて」

「なんであんたがお礼言うんじゃ……。話しなさいって言ったのはウチじゃ……」


 長い長い話を終えれば、さすがに火村も眠たそうであった。


「頑張ったのは……ま、耕哉こうやくんほどじゃないけどね」

 

 火村は散々長い話をした誠次を茶化すように、微笑んでいた。


「彼のなにが良いんだ? 男の俺には分からない」

「決まっとう。昔はすっごい苦労したらしくて、今は優しくて、友だち思いで、女の子にモテモテ。いっつも先頭でみんなを引っ張るようなリーダー気質って言うの? ウチめっちゃめちゃ好きなんじゃ!」

「ふーん……」


 誠次はこの上なく興味なさそうに、焚き火に薪をくべていた。


~お土産は如何? 蛍の島から編~


「ユウジマソウヤ様。サインヲオ願イシマス」

どろーん

          「宅配か?」

           そうや

          「蛍島? ……誠次からか」

           そうや

          「どれどれ」

           そうや

          「これは、蛍の模様のタオル……?」

           そうや

「あ、夕島さんにもそれ届いたんですね」

まこと

「自分は、掃除するときによく使います」

まこと

「なんと、暗いところでこのタオル、光るんですよ!?」

まこと

          「なるほど。じゃあ俺は、勉強するときに使おうかな」

            そうや

          「暗いところで勉強するときに、明かり代わりになりそうだ」

            そうや

「真っ暗な部屋の中でも、このタオルを持っていれば安心だな」

ゆうへい

          「勉強するときは……電気点けよーぜ?」

            そうすけ

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