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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
53/189

6

長い章になったので、もしかしたら週二投稿するかもしれません。相も変わらず夜明けの目立たない時間帯に投稿しまふ。

そして性懲りもなく小話も書いてますので、いつの間にかに上げたいと思います。フレンズの次は兄ーズの話になりそうです。

我ながら兄キャラ出しすぎでは……?


 ワイヤレスイヤホンから流れるお気に入りの俳優の歌を聞きながら、火村紅葉ひむらもみじは自宅のベッドの上に倒れこむ。


耕哉こうやくん、歌手になる夢も叶えて、凄いな……」


 壁に貼った大好きな彼のポスターを眺めて、火村は気だるげに枕に顔を埋める。

 夕暮れ近くになって鳴り響いている蝉の鳴き声は、なにもないこの島ではより一層濃く耳元に残る。都会の便利な生活ではあまり感じなかった、煩さと、懐かしさ。

 寝返りをうって天井を見つめる。タンクトップがずれて腹が露になるのも、気にならなかった。


「私、なにすればいいんだろ……」


 今思えば、何もかも、水泳部の顧問である祭田まつりだの言う通りだった気がする。二足の草鞋わらじを履くどころか、何足も。それで学校の成績が下がるようでは、本末転倒だ。

 しかし、素直になりきれないところがあって、どうしても反発してしまった。

 ふと、天井に向けて伸ばした右手から、汎用魔法の魔法式を発動してみる。


「……何考えんてんだろ、ウチ……」


 馬鹿な真似だったと、目を瞑って腕を下ろし、すぐに魔法式を解除すると、変わっていなかった二階の自室がある階段下のリビングから、母親の声がした。

 自分の部屋がそのまま変わっていなかったことはちょっぴり嬉しかったが、そこまで。夢に挫折してのこのこと生まれ育ったこの蛍島に戻ってきた自分を迎えてくれた母親の態度は、どこか余所余所しく、愛想もなかった。


「紅葉。夜ご飯出来てるから」

「はーい」


 ドアの向こうに向かって返事をし、紅葉は上半身を起こす。

 正直に言って、居心地は良くなかった。唯一落ちるつけるのは自分の部屋だけで、家の中のリビングでさえも、まるで自分はここにいてはいけないような気がしてしまう。


「いつまでここにおるん?」


 階段を降りると、洗濯物を畳んでいる母親が、細めた目で問いかけてきた。


「一週間。来週の定期船には、帰る」

「そう。アンタが急に帰ってくるって言われたから、お母さん驚いたわ」


 母親は紅葉の横を通り過ぎ、寝室へと向かう。

 リビングの三人掛け用テーブルの上には、母親が用意してくれた夕食があった。テーブルの横の壁には、母親と父親と自分が写った写真が何枚かある。父親は、今は島で一つだけの町役場で仕事をしている。母親も同じ町役場で働いているが、父親に比べて早めに切り上げて帰ってくることが多かった。


「そがにウチが帰ってきたことが、不満なんか……」


 紅葉はぶつぶつと呟きながら、椅子に座る。

 同時に、それだけ自分が期待を背に受け本州へと一人で渡っていたということなのだろうか。

 とてもこの一週間で自分の何かが変わるとは思えない。この里帰りも、きっと気休め程度のものになるのだろう。

 もぐもぐと夜ご飯を食べながら、紅葉はそう思っていた。


「大体、なんでアイツがおるんじゃ……」


 会いたくもない同級生男子への愚痴を零しながら、火村は母親が作ってくれたサバの味噌煮に、ふん、と箸を突き立てた。


「ちょっと優しいなんて、どうせ、他の女の子にも、してるんでしょ……!」



         ※


「痛たたた!?」


 夕暮れ、しこたま矢を放った誠次せいじは、道場内に座り、左手指を綾奈あやなに差し出していた。

 誠次の目の前でしゃがむ綾奈は、誠次の痛む左手を手当てしていた。


「あーあ。いくらなんでもやりすぎよ」


 やれやれと肩を竦める綾奈の奥には、結局誠次には一つも命中することが出来なかった的があった。


「やれると思ったんだ……」

「子供じゃないんだから」


 矢を擦り、先に左指に限界が来た誠次は悔しく、歯を食い縛る。


「クリシュティナいないんだし、怪我とか本当にやめてね?」

「……すまない」


 心配までされるとバツが悪く、誠次は気を落とす。


「分かった……。俺の負けだ綾奈。当然と言えば当然だけど、やっぱり一日でどうこうなるものじゃないな」


 綾奈によって絆創膏が貼られた自分の左手を見つめ、誠次は観念したように言う。


「そんなに弓道が気に入ったのなら、今からでも弓道部に入って来たら? 私がつきっきりで教えてあげるけど……」

「俺が入っても、きっと仲間の輪を乱してしまう。篠上綾奈()()()()()()を独り占めするわけにもいかないしな」

「もう……馬鹿……」


 綾奈は少しだけ恥ずかしそうに、視線を横に逸らしていた。


「私も少しは勘を取り戻せた気がするわ。付き合ってくれてありがと誠次」

「まだ本調子じゃないのか?」


 少なくとも素人目から見ても、綾奈の放った矢は半分以上は的に命中していた。


「うん……。お祖母ちゃんにも劣るわ」

「そう考えると、朱梨さんは化け物だな……」

「――誰が化け物だ。失礼だな」


 その声が聞こえたとき、誠次と綾奈、二人がぎょっとして道場の入り口を見る。

 朱梨が一礼をしてから、道場内に入ってきていた。


「す、すみません……」

「構わないよ。私とて、たった一日で弓の腕を極めたわけではない。途方もない努力をして、今に至ったのさ。……お邪魔だったかな?」


 しゃがみ込みあっていた誠次と綾奈を一目見ると、朱梨は軽く口角を上げる。

 誠次と綾奈は顔を見合わせてから、互いに勢いよく身を引く。

 朱梨はその間に、柱に立て掛けてあった弓矢を取ると、おもむろに引き絞り、的に目がけて放つ。

 感じたのは音の違いと、矢を放つに至るまでの迷いのなさ。全てが洗礼された動作で放たれた必中の矢は、遠くの的の中心を射貫いていた。


「「……」」


 格と技術の違いというものを目の前でまざまざと見せつけられ、誠次と綾奈は何も言えずに、朱梨を見つめる。


「よしてくれ二人とも。夜ご飯の支度が出来たから呼びに来たんだよ。風呂も沸いている。好きな順……或いは、二人一緒に入るといい」

「わ、私先に入ります!」


 綾奈が立ち上がって、朱梨の言葉を遮るようにして言っていた。


「そう恥ずかしがるな綾奈。男の背中を流すのも良いことだぞ?」

「ぶっ!」


 誠次が吹き出し、綾奈は「お祖母ちゃん!?」と詰め寄っていた。

 結局、綾奈が先に風呂に入ることになり、誠次は頭を下げて、道場を後にした。紫色の空を眺めながら、袴姿のまま、誠次は縁側を歩く。

 ただ空を舞う蛍のように、綾奈がいない今は行き場もなく、前を歩く朱梨の後をついていく。


「あの、部外者のはずの俺を泊まらせてくれて、ありがとうございます」

 

 二人きりの無言が気まずい、と言うわけでもなく、言わなければ気が済まない気持ちで、誠次は朱梨の背に話しかけていた。


「こちらこそ苦労をかけた。わざわざこんな遠いところ、綾奈が無理やりに連れて来なければ来ようともしないだろう」


 朱梨は立ち止まり、振り向いた。差し込む茜色の夕日の日射しが、朱梨の横顔を艶やかに照らし出し、誠次は彼女が若返ったかのような錯覚を受けた。


「ここには蛍以外なにもない島だが、好きな場所だ。くつろいでくれ。それとも、都会育ちにはこの場が辛いか?」

「いえ。しかし……綾奈さんは、貴女の事が本当に心配で、俺にまで頼ったのです。……綾奈さんの言葉を、聞き入れる気はないのですか?」


 ほんの一瞬だけ、朱梨の目に戦闘時に見せた気迫が宿ったような気がするが、ほんの一瞬だけだ。


「……分かるはずだ。私をこの家から出したければ、或いはこの家の形を変えたければ、そなたか綾奈が私に戦いで勝つ他ない」

「なぜ、貴女はそうまでして戦いにこだわるのですか? 他に方法はないのですか?」

「そうさな……」


 朱梨は少し寂しげに、どこか遠くを見据えていた。


「……剣術士。夕食の後、私と二人で夜の山へ行かぬか? そこで語り合いたいことがある」

「え……」

「同時に剣を持ってきてほしいのだが、安心してくれ。蛍が住まう山奥へ誘い込んでまで争うつもりはないよ」


 どうかな? と朱梨が琥珀色の視線をこちらへ投げかける。

 未だその皺の目立たぬ顔立ちの奥にあるまことの心は分からず、誠次は「分かりました」と頷いていた。

 しばらく案内された居間で待っていると、風呂上がりの綾奈が、ラフな私服姿でやって来る。解けたセミロングの髪はまだ湿っており、赤い髪を白いタオルで拭いていた。


「お風呂温かいわよ、誠次」


 誠次は座り、外の景色を眺めていた。茜色の空の色合いが変わる光景を眺め、空を舞う蛍たちがゆらゆらとダンスを踊っているようだ。

 朱梨はすでに、料理の最後の準備をしに、台所にいる。手伝いは必要ないらしい。


「先にお風呂に入ってきたら?」

「いや、この後朱梨さんと山に行く。帰ってきてから、浴びるよ」


 未だ袴姿のままであった誠次の隣に風呂上がりの綾奈は座り、共に見慣れてるはずの風景を眺める。

 

「髪下ろしてると、朱梨さんに似ているな」

「……ちょっと!? 私まだおばさんじゃないわよ!?」


 綾奈が文句を言い、誠次は慌てて言い直す。


「髪型が、だ。昔は朱梨さんもポニーテールだったのかな」

「どうかな。お祖母ちゃん。あまり自分のことの話、したがらないから」


 綾奈は伸ばした裸足のつま先を眺めるように、どこか寂しそうに言っていた。


「……私も将来、年を取ったらお祖母ちゃんみたいになるのかな」


 それは当分先のことになるだろうが、綾奈は誠次にくように呟く。

 

「なんだろう。逆にあんたがおじさんになった姿が、全然想像できないわ」

「どういう意味だ、それ……」


 唖然としながら誠次が綾奈を見るが、綾奈はしきりにこちらの姿を見つめるだけだ。


「だから……ずっと近くで、確かめてみたいわ」

「……それは、俺だっていつかは大人になって、年を取って、死んでいくんだろう。もしもその時に、なにか後世に語られることが出来るのであればそれはきっと、レヴァテインを使って何かを成し遂げたときだと思うんだ」


 すぐ横に置いてあった二つの剣にそっと手を添えてから、誠次は言った。


「何かって……?」

「……゛捕食者イーター゛を滅ぼして、平和な魔法世界を実現させる」

「……」


 誠次の黒い瞳をじっと見つめていた綾奈は、やはり寂しそうに、遠い目をしていた。今の二人は、同じところを見てはいなかった。


「――できたよ二人とも。夏とはいえ夜の山は冷える。居間に来るんだ」

 

 気づけば朱梨は二人のすぐ背後におり、誠次と綾奈は同時に立ち上がっていた。縁側に置きっぱなしのレヴァテインの柄に、それぞれ蛍が一匹ずつ、止まっていた。

 誠次と綾奈は居間で朱梨の手料理をご馳走になる。


「毒は入れてないから、安心して食べるといい」

「お祖母ちゃんはそんなことしなくても勝てるから、でしょ?」

「その通りだ綾奈」


 微妙に笑うべきか笑わないべきか分からない孫娘会話を耳にしながらも、口から伝わる料理の味はどれも絶品であった。昨夜の宴会場で食べた漁師の飯がガツンとくるものならば、こちらは繊細な和食。どちらもとても美味しく、蛍島に来てからご馳走ばかり食べていた。


「美味しいです、とても……!」


 朱梨の手料理を美味くもぐもぐと頬張る誠次の隣で、綾奈は「私だって料理くらい……」とぶつぶつと呟く。

 朱梨は机を挟んだ二人の目の前に正座をして座り、手料理を食べる二人の子の姿を満足そうに見つめていた。


「そろそろそなたらの学園の話とやらも聞かせてくれないだろうか。そもそも、そなたと綾奈の馴れ初めも、綾奈から一方的にメールで教えて貰っているだけだからな」

「はい。同じクラスの学級委員同士で、俺は日頃から色々と助けて貰っています」

 

 温かい食卓を前にすれば、先程までの緊迫した会話の記憶は薄れ、誠次は素直に答える。それこそ、毒でも入っているかのように、朱梨の料理は美味しかった。

 隣に正座をして料理をもぐもぐと食べている綾奈も、よく参考にしたのだろう。


「おや、少し聞き方が悪かったか。私が聞きたいのは、恋人としてどこまでの関係まで来ているのか、だ」

「っぶ!」


 隣でお茶碗を持っていた綾奈が吹き出し、誠次も口に含んでいた雑煮を吐き出しかけた。


「なんだ。驚くことでもないだろう? 今時の恋人など、その歳ならばするべき事はしているのだろう?」


 誠次としては、すでに綾奈の方から説明を受けていると思っていた。しかし、肝心の隣に座る綾奈も、助けを求めるように、こちらに横目を向けてきている。


「その、ですね……。俺は少し、特殊で――」


 誠次は朱梨に、自身が魔法世界の剣術士としてどうやった戦いをしてきたか、説明していた。

 朱梨は優雅に茶を啜りながら、誠次の言葉に耳を傾けていた。


「――そうか、綾奈も彼氏じゃないと言っていたのは、そう言う事情があったから、か」


 全てを聞き終えると、朱梨は何やら、ゆっくりと立ち上がっていた。まるで、全ての合点がいったかのように、迷いのない表情をしているとは思った。

 誠次と綾奈は二人して正座をして、朱梨を見上げていた。


「綾奈は後片付けを頼むよ。誠次。先の約束通り、少し散歩に付き合ってほしい」

「「はい」」


 二人して同時に、返答をしていた。

 朱梨は歩き、ふすまの先へと姿を消す。しばし、無言の空気が二人の間に漂っていた。


「やっぱり、受け入れられないのか……」

「大丈夫誠次。私は絶対にあんたのことは間違っていないと思うから。お祖母ちゃんだって、きっとわかってくれるはず」


 綾奈がそっと手を伸ばし、誠次の右手の握り拳に添える。


「朱梨さんと話してくる。俺も綾奈の為に、最善の事をしたい」

「……ありがと誠次。お皿洗って、待ってるね」


 二人は同時に立ち上がり、別々の方向に歩きだした。

 朱梨が通ったふすまを開け、彼女の後を誠次は追う。朱梨は寝室にて、外出用の履き物を手で持っていた。


「外に出て話がしたい。ついてきてくれるな?」


 言うまでもないが、すでに外は暗い夜だ。これが本州ならば狂った真似であるが、ここは隔絶された怪物なき島。

 誠次は、慎重に頷いていた。


「付き合わせてすまないな。重い話が続けば、肩も凝るだろう。夜の山道は危ないから、足元に気を付けるように」

「平気です」

 

 先頭を歩き、木々が生い茂った山の中を歩く朱梨は、手に電子タブレットを持っていた。

 その姿を奇妙に誠次は見つめていると、そのことに気が付いたのか朱梨は、くすりと微笑んでいた。


「私とてこれくらいは使うよ。若いころの名残さ。車だって運転する」

「あ……そうですよね」

「古い考えに縛られているだけの強情なババアだと思っていたのかな?」

「いえ、そんなことはありません。昔の方が今よりも科学技術は発達していて、今は魔法世界に移り変わっていく最中なのですから」

「本州や世界にはそれを受け入れられない頭の固い連中とやらもいたようだ。それらは移り行く時代の流れに抗ったが、いずれも激流に呑まれ、潰えていった。無事にそこに残ったのは、箱舟に乗り、変わりゆく世界を傍観する魔術師たちなのかもな」

(レーヴネメシスとアイソレーションズのことか……)


 いずれも自分が目の当たりにしてきたものたちだ。

 誠次がやや俯いているのを横目で見ていた朱梨は、それきり何事もないように歩き直す。

 草木を踏み、朱梨と誠次は森の奥へと歩いて進んでいく。光が時より煌めけば、蛍が誠次の目の前を踊るように漂い、消え失せていく。命の光を燃やす蛍たちを引き連れ、朱梨は前を歩く。

 その背に追いつこうと、誠次は早足になるが、いつまでも朱梨との距離が縮まる事はないようであった。

 やがて、数分に渡って森を歩いたところで、朱梨は唐突に立ち止まる。

 誠次は朱梨の元へ近寄ろうとするが、「そこで待て」と、朱梨が背中を向けたまま、誠次の足を止める。


「私はよくここに散歩をしに来るのさ」


 朱梨の問うような声の先から、微かな水のせせらぎが聞こえる。暗くてよくは見えないが、おそらくここは山を流れる川の近くなのだろう。

 誠次は周囲をくまなく見渡していた。


「さて、そなたと二人きりになったのは、綾奈抜きで話をしたかったからだ」

「はい」


 その通りだろうと、夜の外にこちらを誘う理由は他に見当たらなかった。


「そなたにきたい。そなたは、綾奈をどう思っている?」


 振り向いた朱梨は、誠次へそんなことを訊く。

 心臓が少しだけ跳ねた誠次は、眉をひそめていた。


「それは、戦いにおける仲間と言う観点で、でしょうか。それとも、異性として、男である俺がどう思っているかでしょうか」

「まどろっこしい言い逃れは好かん。そなたも分かるだろう?」

「……」


 誠次は観念し、口を開く。


「異性としても、好きです……。ですが、俺にはその気持ちを伝える権利はありません……」

「権利がない。どういうことだ?」

「先に言ったとおり、俺は多くの女性の魔法の力を必要としています。ですので……一人だけを異性として愛することが、出来ないのです……」


 誠次が力なく言う。

 そんな誠次の姿を、朱梨は細めた目で見つめていた。少なくともその目に、こちらを同情するかのような温かい感情は籠もっていない。


「――では私から言いたいことを言おう。――綾奈と別れて欲しい」

「っ!?」


 思わず竦んだ全身は、おそらく拒否反応によるものだろう。

 一歩だけ前へ踏み込んだ足が、足元の固い砂利を踏みしだく。

 しかし、身体は朱梨の放つ言葉により、止められる。


「少し違ったか。恋人同士ではないと言うが、それならば綾奈に無闇に近づくな。綾奈には、私からも言っておこう」

「な、なぜ、ですか……」


 掠れかける声で誠次が訊くと、朱梨は迷いも見せず、即答してみせる。


「私とて、人としてあるべき感情は抱いている。矢を交える間とは言え、綾奈は可愛い孫娘だ。なにも孫を思って言ったことだよ。そなたにも分かるだろう?」

「……俺は、みんなを守るためにも今日まで戦ってきました! そして、これからも。時には間違いそうになるときも……みんなが俺を信じてくれたから、ここまで戦ってこられたんです! 綾奈さんは、俺が守ります!」


 だからどうか……! 喉まで出かかった声は、目の前に立つ朱梨の険しい表情によって、遂に言葉となって誠次の口から出ることはなかった。


()()()。まさかそなた、本当に気付いていないのか? そなたの在り方、及び戦いの理由はすでに、矛盾している」

「矛盾……?」

「綾奈を守りたい、仲間を守りたい。その心がけは立派だよ。このような世界ではなかなか出来ることではないがな。だからこそ、綾奈をそなたの戦いに巻き込むのはやめて欲しいのさ」

「どう言う、事ですか……」


 誠次の震える声を聞いた朱梨は、なにか可哀想なものを見るような目で、誠次を見つめる。


「そなたが真に綾奈の事を思うのであれば、綾奈にとっての幸せとは、戦いとは無縁のところにいるべきだ」

「そんな……それでも敵は来ます! そんな奴らと戦うには、俺にはみんなの魔法の力が必要なんです!」

「ではそなたが戦うのをやめればよかろう」

「っ!?」


 遂に怒鳴った朱梨の心情を表すかのように、彼女の背後で蛍が次々と光を宿す。

 どこかで見覚えがあるような気がすれば、その光が魔術師の扱う魔法の魔素マナに似ている事に気づく。


「そなたの戦いに女子おなご魔法ちからとやらが必要なのは分かった。その上で敢えて言ってやろう。元より魔法が使えないそなたが戦う理由がどこにある? 仲間を守るために戦うと言っておきながら、そなたはただ、仲間を危険にさらしているだけだ」

「俺が戦わなければ、仲間が危険だったのです!」

「しかしそなたが戦えば、仲間とやらは危険を伴う。……これこそが、そなたの存在意義の矛盾さ」


 そんな指摘をされた誠次の全身に、ぞわりと、寒気が走る。足に力は入らず、額からは大量の汗が滲む。

 朱梨の周囲で命を輝かせる蛍の光は、益々強くなっていた。


「理解したか、剣術士。そなたにとって最善の策とは、二つの剣を捨て、平凡な学生として慎ましく生きることだ。それが、綾奈を初めとしたそなたの周りの女子たちや仲間とやらの幸せに繫がる。子を産んで未来への子孫を作るのも自由さ」

「そんな……そんなことは……っ!」


 誠次はとうとう後退り、震える両手を持ち上げて、頭を抑えつける。蛍の光は、目を瞑ってもなお、誠次を挑発するように光の眩しさを教えてきた。


「そうだな。一週間のうち、そなたが私と再び戦うのであれば、今度そなたが負けた際は綾奈を振ってもらう。無論その前に剣を置けば、傷つくこともないだろうが、そなたはそれでは納得できまい?」

「俺はただ……仲間を……みんなを守りたくて……」

「水掛け論だな。私が言ったことこそが、真理だよ」


 ――その通りであると、思ってしまった。朱梨の言葉は正しく、間違っているのは、守ると言いながら、その為の魔法チカラを求める自分なのだと。元より、魔法を持たぬ身が戦うことからが、間違っていた……。

 魔術師ではない自分が、剣を持って戦うには、魔法の力がいる。その矛盾性を突き付けられた誠次は、もはや沸いて出た感情でしか物事を判断できず、否定の言葉を失っていた。


「……そなたには酷な話をしてしまったようだ。前者はともかく、後者を選ぶのであれば、私もそなたと綾奈の仲を認めよう。なにも綾奈がそなたのことを好きだというのならば、その恋路を阻む気はない」

「俺に剣を置いて……普通の学生として日々を過ごし、戦うことをやめろと言うのですか……」

「その通りだ。それが綾奈にとっても、なによりもそなたにとっての幸せだと、私は思うがな。それともなんだ? そなたは、戦うことによって幸せを感じるとでも?」

「そんなことはありません! 俺だって、出来れば戦いたくなど、ありません! よりにもよって人となんて!」


 僅かばかりに差した光明とばかりに誠次は叫ぶが、朱梨に深く届く事はない。声を荒げる誠次であったが、朱梨は薄く笑うだけであった。

 自分の倍以上の命の経験を積んだ女性に、誠次の感情に触れた言葉など、まるで響いてはいないようだった。


「ならば早々に剣を置け。そなたがこの魔法世界で無理に戦う理由など、どこにもありはしないのさ。お前の自己満足に、綾奈を巻き込むな。老い先短い老婆の願いとして、聞いておいてくれ」

「……っ」


 朱梨の言葉から、少なくとも彼女も、綾奈の身の事を深く思っての言葉だと、誠次は理解してしまう。理解してしまったが為に、誠次の若すぎる意思では、押し通すことが出来なくなっていた。


「……さて、話は済んだ。帰ろうか、誠次」


 朱梨はゆっくりと歩きだし、立ち尽くす誠次の横を素通りする。

 すぐには動けないでいた誠次の背をじっと見つめ、朱梨は軽くため息をつく。


「そなたの考えが纏まるまで、ここで待たないこともないぞ?」

「……行きます」


 顔を下げたまま、誠次は朱梨の後を追う。


「結構」

 

 朱梨は冷静に頷くと、誠次を再び綾奈が待つ家へと案内した。

 山中に立つ夜の篠上家では、綾奈が一人、部屋の照明を点けて二人を待っていた。


「お帰りなさい、誠次、お祖母ちゃん」

「……ただいま」


 朱梨は早々に自室へと向かい、誠次も綾奈の横を通り過ぎ、用意された一人部屋の寝室に向かおうとする。

 綾奈は、誠次の様子がどこかおかしいことに目ざとく気付き、誠次の後を追った。


「誠次。お祖母ちゃんと、なに話したの?」

「……いいや。蛍を、見せてもらった」

「そ、そう。私はアンタの隣の部屋で寝るから、何か困ったことがあれば、言いに来てね?」

「ありがとう……」


 誠次はぎこちなく微笑み、綾奈の隣を通り過ぎる。


「……馬鹿。分かりやすすぎる……」


 明らかに様子がおかしい学級委員の相方に、縁側で立ち止まった綾奈は、胸にそっと手を添えていた。

~顔の見えない会話にご用心~


「もしもし、チカ?」

もみじ

         「……なに」

           ちか

「帰りたい……」

もみじ

         「つい最近までは実家に帰りたいって言ってたのに」

           ちか

         「言動がころころ変わってる」

           ちか

「ごめん。そっちは今忙しいんでしょ……?」

もみじ

「一週間だけ待ってて……」

もみじ

         「……」

          ちか

         「ま、いてもいなくても大丈夫だから」

          ちか

「え……」

もみじ

「本当、ごめん……」

もみじ

         「? ちょっと待って紅葉」

         ちか

         「切れちゃった……」

         ちか

「一応聞いておくけど、励ますため、だったんだよね……?」

かおり

         「はい」

         ちか

         「文字だけじゃ伝わりにくいものですね」

         ちか

「水木さんの場合、会話しててもだと思うけど……」

かおり



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