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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
50/189

それはきっと、チョコすら溶かすほどの熱い友情 (小話) ☆

雪が降っていたらクリスマスのようにwhiteバレンタインデーとなるのだろうか。

いやしかしホワイトデーはすでにあるし……。

 高校生になり、二度目の夏休みを迎えた。周囲の人々は夏の暑さから逃れるためにも、ここデパートのフードコートを訪れている人だってきっと多い。

 去年と違うのは、家族に連れられて別に好きでもない社交界の場に出る事がなくなったこと。あんな大人たちの談笑や腹の内の探り合いの場に出るくらいなら、友だちとだらだら過ごした方が何倍もマシだ。

 そして――、


「この新作のハンバーガー、いまいちじゃないか?」

「だから、人が買ってやった飯に文句言うなし……」


 目の前に座る女性、エレーナの面倒を見る必要があると言うことか。

 半袖の私服姿で志藤颯介しどうそうすけは、程よく日焼けした腕を組み、がっくしとしながらポテトを食べていく。

 昨年から年明けにかけてのとある一件で、クラスメイト救助のために世話になった女性への些細な恩返しのつもりが、今では空いている実家に住まわせている居候の相手となっている。

 エレーナも言うとおり、確かに居候の対価としては今のところ割には合っていないなと、自分でも感じる。

 ……だが、もしも同じような立場であの人ならばきっと、目の前の行く当てもない人に同じように手を差し伸ばしていたことだろうと、思う。

 その結果が組織の裏切り者として、かつての部下たちから追われる身となり、今では消息不明生死不明の状態となっていたとしても。


「どうしたソースケ? お前の分、食っちまうぞ?」

「……ああ、別に良いぜ。俺もその味は苦手だ」


 エレーナに自分の分のハンバーガーを食わせてやり、志藤は氷だらけとなった薄味のサイダーを飲み干す。


「にしてもこの国は平和すぎる。傭兵業がありゃあ、一発ででかい金も手に入るんだが」


 もぐもぐとハンバーガーを咀嚼し、エレーナは退屈そうに椅子の膝掛けに手をつき、周囲を見渡していた。子どもたちの楽しそうな声や、カップルたちの幸せそうな談笑の声。今年も表向きは平和に迎えた夏の熱狂だが、エレーナにはそれでもいまいち刺激的ではなかったようで。


「平和が一番、だろ?」

「私からすれば退屈だ。まったく、私が居候しているのもこの平和すぎる環境のせいだ」

「物騒な引き籠もりの言い訳すんなし……」

  

 志藤は背もたれに腕を垂らし、肩を竦めていた。


「ん、デンバコが鳴ってる……」


 机の上に置いておいた自身の電子タブレットがランプを点滅させ、志藤は箱形の電子タブレットを軽くタッチする。浮かび上がったホログラム画面は、悠平ゆうへいからのメールが届いていることを告げている。

 【今日寮室来るだろ?】との文面に、志藤は首を傾げる。今日に悠平らの寮室を訪れるのが当たり前のような文面だ。


「なんでだ?」

【天瀬誠次の誕生日バースデイ


 がたんっ。

 エレーナがハンバーガーをむしゃむしゃと食べる目の前で、急に立ち上がった志藤は頭に手を添えていた。

 これにはエレーナも、ハンバーガーを食べる手を止める。


「急にどうしたソースケ?」

「し、しくった……!」


 苦虫をかみつぶしたような顔をする志藤は、盛大にため息をつく。忘れて、いたのだ。


「そう言えば最近のアイツ、やけに上機嫌だったような気がする……。夏は良いよなー、とか。人の生って神秘的だよなー、とか。前触れもなく急に呟いてきて、変な宗教にはまったのかと思ってた……」

「いくらなんでも露骨すぎるだろ……」


 志藤の電子タブレットのメールをエレーナも確認しながら、苦笑いする。

 それら全て誠次による、誕生日への誘導作戦だったようだ。


「ってか、男が男の誕生日祝うか普通? 気持ち悪いが」

「そうか? 俺たちは少なくとも普通だと思うが……」


 志藤は一旦落ち着く為にも、椅子に着席する。髪をくしゃくしゃさせた手を離し、机をつんつん叩く。


「とにかく、もう昼過ぎか。夕方までに誕プレ買わねーと。何もなしはダサすぎる」


 とは言っても、と志藤は再び項垂れる。


「アイツに似合う服とか香水買っても、使ってるの見たことねーんだよな……。ファッションに無頓着すぎるって言うか、二の次って感じなんだよな……」

「……お前らデキてんのか?」

「違ーよ!?」


 ポテトを一つ囓っていたエレーナが、さらっとそんなことを言えば、志藤は顔を真っ赤にして首を横に振っていた。


「と、とにかく、今外出中ならってケーキも頼まれちまった。まずケーキから先に作って貰っておくか」


 このデパートならば、地下に行けばケーキショップも一つはあるだろう。残された時間は多くない。

 プレゼントは歩きながら考えるかと思ったところで、何やらエレーナが自信あり気な表情で、先に立ち上がっていた。


「こういう時に私がいるんだろ? ケーキは任せろ!」

「いやなにを根拠に任せられるんスか!? あまりにも堂々と胸を張るからびっくりしたな!」

「さっき地下を歩いているときに美味そうなケーキ屋を見つけていた。そこで頼めば良いんだろ?」

「さっきって……まさか、ケーキ食いたかったのか……?」

「それもある。よって、ソースケはプレゼントをじっくり選んでくるといい。ケーキは任せろ」


 ま、任せらんねー……っ!

 心の中でツッコミつつ、しかし今は頼るしかない状況で、志藤は()()()()


「じゃあ分かった……! ケーキはアンタに任せる!」

「ああ! ローソクの数は何本だ?」

「一七本だ。なんかわかんねー事あったら、電話してくれよな!?」

「了解! 任せとけ!」


 エレーナは俊敏な身のこなしで、エスカレーターに乗り込んでいた。

 心配すぎるが、今は彼女を信じるしかない。

 志藤もまた机を片付けて、誠次への誕生日祝い探しに、エスカレーターに乗り込む。


「しっかし、マジでどーするよ……。いざ急に誕プレって言われても、迷うな……」


 腕を組んで考えるか志藤がぴんと思いついたのは、本であった。

 そこで早速、デパートの上層階にある本屋へと向かう。デジタル化された媒体が多くなっている昨今であるが、一部の人向けに、やはり旧式の紙の媒体による書物は売られている。限りなく狭いスペースではあったが、そんな一部の人である誠次の為、志藤はあまり訪れることのない本屋へと立ち入っていた。


「つっても、本なんか普段読まねーならな……。なに読むのかまったくもってわかんねー……」


 そうしてコーナーを歩いていると、何やら見覚えのある銀色の髪の少女が、真横に立っていた。


「あれ、香月こうづきじゃね?」

「あら、セトくん」


 Tシャツに膝丈以上の短パンに、サンダルを履いた私服姿の香月詩音こうづきしおんだった。


「俺はエジプトの破壊神か! 奇遇だな、買い物か?」

「ええ、そうね」


 さっと、手に取っていた本を志藤から隠すようにして、香月は答える。


「そっか。なあ香月。お前なら知ってるか? 天瀬が普段どんな本を読んでいるか」

「ぎくっ」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ、なにも」


 香月は無表情で首を軽く横に振る。

 そして次には、顎に手を添えていた。


「志藤くんは、天瀬くんに誕生日プレゼントに本を渡すつもりなのかしら?」

「ああ。って、アイツの誕生日プレゼントってよくわかったな。やっぱ無難すぎて面白くねーか」

「ぎくっ」

「? さっきから変な音するけど大丈夫か?」


 香月は「大丈夫よ」と極めて不自然に背筋をぴんと伸ばして頷いていた。


「天瀬くんなら文芸書は何でも読むと思うわ。剣士を扱ったライトノベルは戦闘のお手本にするとも言っていたし」

「ちょっと待て! アイツの剣術ってラノベ引用か!?」

「と本人は言っているけど、実戦だとまず無理だって言っていたわね」

「本で人を喰う怪物倒せたら世話ないぜ……」


 志藤は、参ったなと髪をかく。

 

「まあとにかく、なにか一冊買っておくか」

「そう。それじゃあ私は先に行っているわ」


 終始挙動不審であった香月は、そそくさとレジに向かっていた。


「天瀬には少し悪いけど、今年は時間なかったし、これにすっか」


 ――何よりも、自分以外からも大量に貰えそうだしな。

 そう自分の中で納得した志藤は、目についた売れっ子作家の小説を一冊、レジにて購入していた。


「そろそろエレーナもケーキを買えたはずだ、けど」

 

 志藤は電子タブレットを確認する。

 そこにはエレーナより、信じがたいメールが送られてきていた。


【買ったぞ。外で待ってる】

「溶けるだろーっ!?」


 外は四〇度に迫る猛暑日だ。そんなところでケーキを持って待っているなど、正気の沙汰ではない。

 もしやあの女性、ケーキが溶けるものだと言うことを知らないのだろうか。

 周囲の買い物客が珍妙な視線を送る中、思わず叫んだ志藤は、すぐにエレーナに室内にいるようにメールを送った後、階段を駆け下り始める。


「時間がねえっ!」


 風属性の魔法を起動し、思い切って階段の一番上から下までジャンプをする。

 着地の瞬間で魔法の風を起こし、衝撃を和らげながら前転をし、受け身をとってすぐに立ち上がり、またそれを繰り返す。

 すぐに一階に辿り着き、非常階段用のドアを開けると、前方にデパートの入り口が見える。

 走って外へ向かおうとした志藤であったが、女の子の悲鳴が耳に入った。


「うわーん! 風船がーっ!」


 泣きじゃくる女の子がデパート一階のエントランス天井を指さしている。余所から持ってきた風船の手を離してしまい、天井まで飛んで行かれてしまったようだ。しかも天井に接触した今、下手に動かせば風船は破裂してしまうだろう。


「ああ、たくっ!」


 よって、求められるのは正確なコントロールだ。

 立ち止まった志藤は、天井に向け右手を伸ばし、伸ばした右手を左手で支えていた。

 物体浮遊の汎用魔法を直接風船にかけ、それを下へと慎重に持って行く。

 やがて風船は、泣いていた女の子の目の前まで運ばれ、そこで滞空する。


「あ、凄い……」

「そんなに大事だったら、もう手離すんじゃねえぞ?」


 女の子の頭にぽんと手を添えて、志藤は微笑む。

 泣いていた女の子も「ありがとうお兄ちゃん……」と赤らんだ顔で微笑んでいた。

 そして再び走り出した志藤の前で、今度は壮年のマダムが悲鳴をあげていた。


「今度はなんだ!?」

「私のタマが天井の柱に登ってしまったの!」


 マダムが日焼け防止のアームカバーを纏った指で、天井を指さしている。

 天井の白い柱に、首元に大きな鈴を付けた三毛猫が登っていた。猫はこちらを見下ろして、にゃあにゃあと鳴いている。


「高いな!」


 志藤は物体浮遊の汎用魔法を使おうとするが、構築を途中で中断する。

 先程の風船のような物ならばともかく、動く生き物を相手に直接魔法を掛けるとなると、その難易度は遙かに増す。もしも運んでいる途中で暴れられたら、魔法が解除されて落とす羽目になりかねない。

 時間もない中、焦る志藤は、右手で狙いを定めた照準を、猫より僅かに横に逸らす。

 汎用魔法から魔法式を眷属魔法に変更し、身体の周囲に回転しながら浮かび上がった魔法文字スペルを、専用のもので打ち込む。

 志藤の眷属魔法による白い魔法式から勢いよく飛び出したのは、太く長い蛇であった。


「行け!」


 飛び出した蛇は猫がいる柱に巻き付き、猫へ向けチロチロと舌を出す。

 猫は完全に志藤の蛇に気をとられ、追い掛けようと柱の上を移動し始める。


「いいぞ! そのまま誘導しろ!」


 魔法式を展開したまま、志藤が蛇に念を送れば、命令通り志藤の蛇は柱に巻き付きながらするすると移動し、下へ下へと移動していく。

 やがて蛇が地上に着くと、ギャラリーたちはやや恐がって、後退る。

 蛇を追い掛けた猫もまた、地上へ着地。あと数センチで伸ばした爪が蛇に接触するところで、志藤は蛇を消す。

 きょとんとする猫を抱き上げたのは、猫の飼い主であったマダムである。


「ああ愛しのタマちゃま! もう離れちゃ駄目でちゅよー!」

「にゃ、にゃあ……」

「うわぁ……」


 肉厚なマダムに抱き抱えられ、ぎゅうぎゅうと頬を寄せられ、滅茶苦茶嫌がっている様子の猫を眺め、本当に助けてやるべきだったのか、しばし途方に暮れていた。

 

「って、やべぇ!」

 

 出入り口は、もうすぐだ。エレーナはそこでケーキを持って待っているはずである。


「ま、待ってそこの学生さん! せめてお礼にこの一千万円の小切手を――!」


 マダムがブランド物の鞄から封筒を取り出しかけるが、志藤はすでに走り出していた。友人に渡すケーキが溶けるか溶けないかが懸かっているのだ。

 そんな急ぐ志藤の真横から、極めて怪しい風貌をした男が前に入るように走る。

 そんな男に向け声を荒げていたのが、他校らしき女子高生だった。


「と、盗撮です! スカートの中を撮られましたっ!」

「ど、退けっ!」


 帽子にサングラスを掛けた男の手には、確かに電子タブレットが握られている。


「いや、一体なんなんだ今日は!? アイツの誕生にいろいろありすぎだろ!?」


 汗を流す志藤は男の背を追いかける。

 充分に足は速い志藤であったが、男も捕まれば現行犯逮捕という後のない状況からか、物凄いスピードで逃げている。

 二人が向かうデパート出入り口の外側から、箱を持って入店する女性が一人いた。


「まったく。保冷剤はきちんと貰っていると言うのに」


 ぶつぶつと不満気に呟いている、エレーナである。ここへ来てようやく志藤のメールに気付き、中へ入ってきたようだ。


「エレーナ! その男を止めてくれ!」


 男の後ろを走りながら、志藤が叫ぶ。

 猛スピードで近付くこちらに気がついたエレーナは、傭兵時代からの状況判断力で、瞬時に破壊魔法を男に向けていた。


「ちょ、待て! 破壊魔法は駄目だ! そいつを止めてくれるだけでいい!」

「あ? ……分かったよ」


 発動する直前、男が目の前まで来たところで、エレーナは破壊魔法の発動を中断する。

 それを好機と見たのか、止まりかけた男がニヤリと笑い、エレーナの真横を通り過ぎようとする。


「傭兵舐めるな」


 男が真横に来た瞬間、エレーナはくるりと身体を捻り、右手に持っていた箱を、男の顔面に叩き込む。


「「あーっ!?」」


 盗撮犯と志藤の悲鳴が重なり、夏のデパートに響く。

 男の顔から広がった焦げ茶色のチョコレートクリームが、無残に周囲に飛び散る。


「あ、やっちまった」


 得意気な表情を浮かべていたエレーナも、ぐしゃりと潰れた箱を見つめ、自分がなにをしでかしたのかようやく理解したようだ。あろう事か、誕生日ケーキを顔面にぶつけ、男を止めていたのだ。

 衝撃と甘味を頭で受け止めた盗撮犯は、仰向けの姿勢でエレーナの前で倒れていた。


「えっほ! えっほ! 確保!」


 追いついてきた警備員によって、顔中チョコレートクリームだらけの盗撮犯は捕まった。

 無残な形となったケーキを呆然と見つめ、志藤は立ち尽くしていた。


「あのっ! ありがとうございましたっ! 是非お礼したいので、電話番号を教えてくれませんかっ!?」


 また、スカートの中を盗撮されてしまった女子高生が赤い顔で志藤に追いつき、そんなことを言ってくる。

 唖然としたまま志藤は、呂律の回らない舌で答えるのであった。


「ぜろいちにーぜろ……やずや、やずや……」

「それたぶん健康食品の電話番号だと思いますけど!?」

 

 デパートからの帰り道の夕暮れ。エレーナは志藤に謝っていた。


「その、悪かったって……。ケーキなんか食った事なかったし、溶けるもんだと思わなかったんだよ」

「百歩譲って外出ちまったのは良いとする……。けど、買ったばかりのチョコレートケーキを顔面にぶち当てんなし……」

「咄嗟に右手が出ちゃったんだよ……」


 結局、新品のチョコレートケーキをもう一つ買っていた。散財に散財を重ね、志藤はがっくりと項垂れながら歩く。


「まあ、良いっスよ……。何だかんだ、人助けも悪い気分じゃない」

「……」


 エレーナは微笑む志藤の横顔をじっと見つめ、おもむろに右手の人差し指を伸ばす。


「な、なんスか!?」

「じっとしてろ」


 エレーナの細長い指は志藤の首筋に添えられ、すっと何かをすくうような手つきで、離れる。


「クリームがついてた。……ぺろ」


 エレーナは志藤の首筋についたままだったチョコレートクリームを舌で舐める。

 ……汚くないのかとは思ったが、彼女からすればこの程度、何ともないようだ。そんなことよりも、彼女にとってそれは、初めての感触のようであり。


「へえー。クリームって甘いんだな。女子どもが喜びそうだ」

「あ、アンタだって女っスよ……」


 志藤にとっても、このよく分からない気持ちは初めての経験であった。エレーナをじっと見つめ、やや赤くなった顔でそんなことを呟く。


「はっ。そう言えば私も女だったな。けど、こうも甘いのは苦手だ。もっと酸っぱくて、辛いのが良い」

「そりゃ腐ったクリームだ……」


 生まれて初めてクリームを食べたエレーナは、人差し指を舐め終え、頭の後ろで腕を組む。「……元から腐ってるからな、私は」と少し寂しげにエレーナが呟いたのを、志藤は何とも言えない表情で聞いていた。


「ま、ソースケと一緒に街を歩けて暇つぶしにはなった。定期的に相手してくれると良い暇潰しだ」

「そりゃどうも」

「あと、仕事も探す」

「それは切実にお願いしますっ」


 頭を下げる勢いで頼もうとした志藤であったが、そこでふと、とあることを思いつく。

 

「そうだエレーナ。アンタって、やっぱ魔法戦は強いんだろ?」

「はっ。今更だな。要人暗殺や捕虜への拷問。それらに必要な魔法は熟知している」

「おっかねえ!」


 口でツッコむが、目はいつものように笑わず。改めて、志藤はエレーナに居候の対価を要求する。


「なあエレーナ。一つ、頼みがあるんだ。場合によっちゃ仕事探しより、そっちを優先してくれて構わない」

「良いぜ。なんだ?」


 衣食住の恩をしっかりと感じているエレーナは、志藤の提案に乗っていた。


            ※


 その日の夜。いつものように演習場でレヴァテイン・ウルの特訓を終えた誠次せいじは、寮室への帰り際に志藤の出迎えを受ける。


「そっか。今日俺の誕生日か。忘れてたな」

「嘘だろ!?」


 タオルを首に巻きながら歩く誠次が、汗ばんだ顔のままぼんやりと呟き、志藤は絶句する。


「自分の誕生日忘れるなよ……」

「最近物忘れが多くなってきていて……。デンバコもなくした時あったし」

「おっさんみたいな事言うなよ、俺が悲しくなるわ」


 そこで志藤は、誠次の右腕に切り傷があることにも気付く。


「手怪我してんじゃん」

「ああ。後でクリシュティナの付加魔法エンチャント能力で治して貰うよ」


 手にあった決して小さくない切り傷を誠次も見つめ、呟く。


「しっかし魔素マナで身体貫通とか治療とか。今更だけど、人間やめてきてないか?」

「俺から言わせれば、念じるだけで目の前に魔法式がぽんぽん浮かんでくる魔術師もどっちもどっちだ」


 おっと、とそこで誠次は持っていたタオルの中から何かを落とし、急いでそれを拾い上げる。誠次が持っていたのは、新品らしき本だった。

 そしてその本に、立ち止まった志藤はひどい見覚えを感じていた。


「ま、まてその本! 持ってたのかお前!?」


 誕生日プレゼント用に志藤が買っていた本であった。

 小さく絶叫し、志藤は問い詰める。


「これか? さっきの特訓中、香月がくれたんだ。……あそっか! これ誕生日プレゼントか!」


 誠次もここへ来てようやく思い至り、香月にプレゼントされた本をまじまじと見つめる。どおりで今日の特訓中、いつも以上に香月の様子がおかしかったような気がする……。


「だ、ダブってやがる……」


 愕然とする志藤に、誠次は微笑んでいた。


「ありがとう志藤。気持ちだけでも充分だ。たまには志藤も一緒に本を読まないか?」

「本なんてがらじゃねーって。読むとすれば漫画だな」

「そっか……。確かに漫画も良いけどさ……」


 少し寂しそうな顔をした誠次を見て、志藤は仕方なく、肩を竦める。


「……分かった。俺もたまにはこう言うの読んでみるよ」


 途端、誠次も微笑む。


「そっか。教養が広がるぞ」

「馬鹿にしてんのか!?」

「いや、全然」


 きょとんとする誠次に、志藤はやはりツッコまずにはいられなかった。

 志藤は金髪の髪をがしかしとかく。


「ったく。俺が特殊魔法治安維持組織シィスティムの局長になったとき、お前を北は北海道、南は沖縄まで派遣して酷使してやるよ。なに、親の特権使えば局長にもなれんだろ」

「裏口かよ。疑惑の謝罪会見待ったなしだな」

「……だよなあ。やっぱ、地道にこつこつやるしかねえか」


 ため息をつく志藤に、誠次は口角を上げる。


「いつか志藤が父親のように特殊魔法治安維持組織シィスティムのトップになった時は、隊員として俺が支える。だから、一緒に頑張ろうぜ」


 誠次の言葉を聞いた志藤が、やや驚いた様子で、黒い瞳を黄色い目で見つめ返す。

 次には、参ったかのように肩を竦めて、笑っていた。


「ああ、約束だ。その時はお前をこき使ってやるよ、天瀬」

「望むところだ、志藤」


挿絵(By みてみん)


なんだかんだこの二人は描けていなかったので、今回描けて嬉しいです。

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