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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
蛍火の女傑
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2

やんごとなき理由と言う言葉の汎用性の高さについて。

 翌日。昼休みの図書館では、誠次せいじ七海ななみがテーブル席で向かい合い、世間話をしていた。二人の間には、大量の本が置かれており、会話をしなくともその本を読んでいるだけの時もあった。

 無言で向かい合って本を読むというのは、最初はお互いに変な気分であったが、徐々に慣れたようで、なんだか楽しくなっている。

 こちらからだけではなく、七海の方からも時頼話題を振ってくれ、それに答えると言った昼休みが続いていた。


「やあ、いたのか七海」

「おはようございます、先輩」


 学園が夏休みに入って以降も、私服で図書館を訪れることは可能で、今日は偶然会っていた。


「七海。一つ、訊きたい事があるんだ」

「なんですか、先輩? 真剣な顔ですね」


 その流れのまま、椅子に着席しながら誠次は「例えばの話なんだけど」とこんなことを尋ねてみる。

 黒髪のショートヘアーを軽く触り、七海は可愛らしい表情で、読んでいた本から視線を外して誠次を見つめる。


「なんでも訊いてくださいね、先輩っ」

「七海のことが好きな男子がいたとする。七海も、その男子のことが好きだ。つまりは……両想いの関係だ」


 黒い瞳を向けて言いきった誠次の目の目で、七海がなにやら引きった表情をしている。なんといえば良いか、笑顔のまま、全身が氷漬けになってしまったようだ。

 しかし、誠次はそんな七海の様子に気づくことはなく、神妙な面持ちで話し続ける。


「ところがその男は、多くの女性から好意を抱かれており、それに対してとあるやんごとなき理由できちんと誠意をもって答えられないでいる」


 誠次は俯き、しかし迷いを振り切るように、顔を上げて言う。


「正直言って、そいつは女性から見たらクズで最低なダメ男だと思う――」

「私はそんなことはないと思いますっ!」

 

 突然椅子から立ち上がった七海は、なぜ図書館ここにあるかは分からないが、コンビニにあるような本(題名は【本当にあったダメダメ最低男の話!?】)を抱えたまま、はっきりとした表情で誠次を見下ろす。


「な、七海……? 今のはもしもの話であって……」

「その男の人の事情はとても複雑で、大勢の女の子が必要なんだってことはよくわかります! それでもその男の人が人気なのは、きっとその男の人が女の子にとってどうしようもないほど魅力的なのでしょう!?」

「あ、ありがとう……はっ!? い、いやあくまで仮定の話であって! そんな特定の誰かと言うわけでは……」


 誠次が慌てて両手を左右に振るが、興奮しきっている様子の七海は、顔を真っ赤にして誠次に詰め寄る。思いのほか大きかった後輩の胸元が形を作って誠次の視線に入り、誠次は椅子に座ったまま仰け反り始める。


「それでも私は良いと思いますっ! その人が本当に優しいこと、分かりますからっ!」

「あれで分かってしまうのか!? 凄い考察力だな!?」


 さすがは読書家……。ではなく、完全に変な誤解をされてしまったようで、誠次は複雑な心境で七海を抑えていた。


「落ち着いてくれ七海……。その、客観的な意見が聞きたかったんだ……。だから、本当に他意はなくて……」

「あ……、ご、ごめんなさいっ」


 ようやく素に戻った様子の七海は、恥ずかしそうに着席する。周囲の私服姿の生徒たちも、急に大声を出していた七海を、物珍しいものでも見るような目で、遠巻きに見つめていた。


「いや俺こそ、変てこな質問をしてすまない……。勝手に好きな人を作られて嫌だったよな……」


 誠次は己の不注意だったと、後ろ髪をかいて申し訳ない表情でいた。


「そ、それで……仮に私が()()()を好きだったとして、どうしたんです?」


 それでも七海は、この失礼極まりない質問の会話を続けるそうだ。

 いいのだろうか、と誠次は七海へ確認の視線を送りつつ、話を続ける。


「その時女性は、やんごとなき理由を持つ男に一体どうされたら嬉しいのだろうか? 七海なら、どう思う?」


 なるほど、と七海は本を机の上に置き、真剣な表情で考えてくれた。

 

「それは……やっぱり、好きになった人を独占して、自分だけのものにしたいと思います」

「それが普通だろうな……」


 誠次が視線を落とすと、七海はそれを見つめ、優しく微笑む。


「ですけれど、その人はきっと特別な人。一緒にいるだけで、他愛無いお喋りをするだけで、普通の人は嬉しいと思います。だって今は、お互いにするべきことがたくさんあるはずですから。その人が多くの女性と一緒にいるのも、その人にしかできない夢を叶えるためですよね」

「……あ、ああ」


 完全にその人の正体を看破されている誠次であったが、自然な返答に自分でも気づけず、七海にはくすりと笑われる。七海にはすでに、分かられてしまっていたようだ。


「勿論、全てが終わったその時は、その人の答えをぜひ聞きたいです。それがいつになるのかは分かりませんけれど、それまではずっと待っていることだって出来ると思います。女の子って、辛抱強いんですよ?」

「……ありがとう。君に相談できて良かった」

「いえ。()()()()()()()、天瀬先輩」


 七海は小首を傾げ、微笑んでいた。

 誠次は七海に頭を下げてから、椅子から立ち上がる。


「お礼と言ってはなんだけど、もし君に本当に好きな人が出来たらその時は、俺でよければ、なにか相談に乗るよ。俺の意見が役に立てればいいけれど」

「へ……」


 変な声を出した七海は着席したまま、誠次をじっと見つめ上げる。

 

「やっぱり、嫌だったか?」

「い、いえ……あの、好きな人って……その……つまり……!」

「つまり?」


 誠次がきょとんとして七海を見つめ返すと、七海は顔から湯気が出そうな勢いで頬を紅潮させ、最終的にはばたんと、机に突っ伏す。彼女の中の何かが、容量オーバーを迎えたようだ。


「な、七海!? おい!? 大丈夫か!? あれから身体良くなったんじゃないのか!?」

「せんぱいのいじわる……せんぱいのおんなたらし……」


 ぶつぶつと小声で何かを呟いている七海に何かしでかしたと、図書館に集っていた夏休み中の生徒たちは、誠次を白い目で見ていた。


           ※


 眼下に広がる水面を見つめ、息を吸う。ゆらゆらと揺れる水面は、子供のころからずっと慣れ親しんだものだ。

 ゴーグルにスイムキャップを装着した頭の耳に、笛の音が響く。その瞬間にも、足はスタート台から離れ、身体は一瞬だけ宙に浮き、次の瞬間には、水の中へ。小さい頃は少しだけ痛かった衝撃も、今では慣れたものだ。

 飛び込みの勢いを水中で体に乗せ、足と腕の力で加速する。

 ――人の元を辿れば魚になる。魚がやがて進化をし、人になった。だから本来、人の居場所は陸ではなくて水の中。そう思えば、多くの人が感じるであろう水での不自由も、もどかしさも、なにも感じない。

 感じない……はずだった。


「ぷはっ!」


 ゴール地点に手をつき、水中から顔を出す。息苦しさから解放され、口で荒い呼吸を繰り返す。

 すぐにゴーグルを外すと、隣のレーンでは、すでに歓声が上がっていた。


千尋ちひろちゃんまたタイム上がった!?」


 共に泳いだ本城千尋ほんじょうちひろが、先にゴールしていたようだ。

 火村ひむらは、あご先から水滴を落とし、その光景を見つめる。


「はい。紅葉ちゃんもお疲れ」

「……」


 火村は無言で、水から上がっていた。


「あ、紅葉ちゃんさん。一緒に泳いでくださり、ありがとうございました!」


 同じくスイムキャップを被り、ゴーグルを持ち上げた千尋が水から声を掛けてくる。


「……おめでとう」


 火村はぼそりと、告げていた。

 この日火村は、初めて千尋に負けていた。


 魔法学園は夏休みに入った。外の緑は夏の暑さにも負けず、日の日差しを受けて照り輝く。本格的な夏が始まり、いよいよ気温も上がってくる。


「……」

「どうしたの千尋?」


 私服姿の魔法生たちが行き交う魔法学園の食堂にて、篠上しのかみ千尋ちひろは食事をしている最中であった。魔法学園の食堂は、夏休み期間中も安心の営業中だ。機械に頼ることが多くなった世界でもそこでは、安心と信頼の手作り料理が食べられる。


「いえ。部活動のことで、少し思うところがありまして」

「部活? 水泳上手くいってないの?」

「いえ……。私よりは、その……」


 様子がおかしい千尋を見つめながら、篠上はトマトを食べる。

 

綾奈あやなちゃんは、部活どうですか?」

「え、私?」


 篠上はピタリと動きを止め、千尋を見つめる。

 次には、ぎこちない笑みを返していた。


「私は……ぼちぼちかな」

「そうですか。なら、良かったです」

「……」


 ――本当は、駄目駄目だった。 

 春から夏にかけて、弓道の調子が一向に戻ってこない。

 その不調の原因と理由は、自分でもわかっていた。……でも、その解決策は、自分ではどうにもならないものであると言うことも、わかっていた。


「……」

「綾奈ちゃーん?」

「あ、大丈夫大丈夫。私、先に行くね」


 篠上はいそいそと立ち上がる。


「そんな。デザート、綾奈ちゃんの分も私が食べちゃいますよ?」

「う……」


 机の上に残されたデザートはそれでもさすがに無視できず、篠上は真っ赤な顔で着席していた。 

 食堂で千尋と別れ、篠上は一人で廊下を歩いていた。


「えー。高二の夏にさすがに彼女いないとかやばいっしょ!」

「分かってるっての! 絶対作る!」


 廊下をすれ違った他クラスの男子たちが、そんな会話をしている。


「あ、篠上さん……」

「よ、よせよせ! お前じゃ絶対むりだ!」


 間違いなく聞こえているにも関わらず、立ち止まってそんな会話をする男子を背に、篠上は歩いて弓道場へと向かっていた。

 

「篠上先輩! おはようございます!」


 ロッカールームで袴に着替え、弓道場へ。すでに後輩や同級生の何名かが弓道にはおり、それぞれ道具の手入れや射的を行っていた。

 後輩や同級生と挨拶を交わし、弓道場内のいつもの場所まで、篠上は歩く。

 そこには、同じ袴姿をした女子後輩が一人、弓道場内のベンチに座っていた。


「あ、おはようございます綾奈先輩!」

夏木なつきさん?」


 顔のそばかすがトレードマークの、元気の良い後輩だった。何かと篠上を慕い、また篠上も悪い気はせずに普段から弓道を教えている後輩だ。


「待ってました綾奈先輩!」


 しかし、今日はいつにも増して元気が良い気がする。


「そ、そう。どうしたの?」


 篠上は不思議そうに青い目を夏木へと向ける。


「今日はなんだか、良いことが起こりそうですよ!? 女の勘です!」

「そうかしら……?」


 夏木の隣に座り、篠上は赤いポニーテールの髪を束ね直す。

 年功序列により、射的は基本的に先輩優先だ。


「頑張ってくださいね、綾奈先輩!」


 篠上を見送った夏木は、弓道場にある小さな空気窓に向け、合図を送る。そこから人影が、こっそりと動いていた。

 間もなく、弓道場に「失礼します!」と声を出してやってきたのは、剣を持った剣術士、天瀬誠次あませせいじであった。


「わ、剣術士が道場破りに来た!」


 男子弓道部員が驚き、誠次の来訪をこの場の全員に知らしめる。

 構えに入っていた篠上も、びっくり仰天して振り向き、誠次を凝視する。


「あ、天瀬!? 一体どうして!?」

「篠上! 頑張れ!」


 にこり、と白い歯を見せてグッドサインをする誠次に、今度は篠上の後ろにいる夏木が噴き出す。


(へ、下手くそかっ!)


 そう、全ては夏木が仕組んだこと。弓道でスランプに陥っていた篠上の調子を戻すため、あの手この手を考えた夏木がたどり着いた策こそ、大好きな異性の応援、と言う古典的なものであった。

 昨日の会話で夏木からその案を聞いた誠次も、篠上を心配してなにか出来ることはないかと、七海に相談に乗ってもらってからこの場にやってきていた。……ただ誠次の場合、気合を入れすぎてしまっている。


(マズいですね! こんなんじゃ綾奈先輩が怒る!)

 

 怒った篠上の恐ろしさは、夏木も知っている。

 恐る恐る、前に立つ篠上の姿を夏木が見つめると。


「あ、天瀬が見てるんじゃ……上手に出来そうにない……」


 もじもじと、構えていた弓を下ろして俯いている。


(滅茶苦茶乙女だったーっ!)


 なにそれ可愛いんですけどっ!?

 大量の鼻血が出そうな勢いで、人知れず胸の内で絶叫する夏木であった。いつもは部活動で右に出るものはいない弓術と、その技術力に相応しい凛とした姿はどこへやら、やってきた誠次を見るなり恥ずかしそうにしている。


「篠上、頑張れ!」

「む、無理よ……」


 結局、夏木の策は失敗していた。


「このままじゃ駄目だ……!」


 夏木はただちに誠次に対し、撤退を示すジェスチャーを送る。

 その姿を目ざとく見ていた篠上は、夏木に詰め寄っていた。


「夏木さん? どういうわけかしら?」

「ぎゃーっ!?」


 ゴゴゴゴゴ、と。何かの効果音が出そうな勢いで立ちはだかる篠上に、夏木は悲鳴を上げていた。

 夏木と、なぜか誠次も、ロッカールームにて篠上により正座をさせられていた。彼女によるお説教である。


「それで……なんのつもり? 誠次まで出てきて、夏木さん?」

「ま、待ってくれ篠上。俺も夏木も、篠上のことが心配で……」

「そうですよ綾奈先輩! 弓道で綾奈先輩がここ最近絶不調なの、私知っていますからね!」


 弁明をする二人であったが、篠上は胸の前で腕を組み、夏木を見下ろしていた。


「はあ……」


 そして、頭に手を添えて大きなため息をつく。


「二人が何を企んでいたかは大体分かったわ……。夏木さん、先に弓道場に戻ってて。天瀬と二人きりで話がしたいから」

「あ、はい。その……失礼しました」


 夏木はそっと立ち上がり、二人をきょろきょろと交互に見た後、いそいそと弓道部のロッカールームを出ていく。

 誠次は正座をしたまま、篠上を見上げる。


「その、夏木から話を聞いたんだ。最近の篠上、弓道が上手くいっていないみたいだって」

「……そう。聞いたのね」


 青色の目を大きく見開き、篠上は驚いてから、どこか遠くを見ていた。


「あ、立って良いわよ。ごめん、つい癖で正座させてたわ……」

(無意識に人を正座させる癖とは一体……?)


 誠次は立ち上がり、ベンチに座る。

 袴姿のまま篠上も、誠次の隣に座っていた。


「それで。私が今までにないスランプを脱出する為に、あんたが弓道でも教えてくれるの?」


 ベンチに両手をつき、篠上は誠次の顔を覗き込むようにして、尋ねてくる。


「い、いや無理だ。剣術ならともかく、弓術なんてとても俺には出来ない」

「そうよね。私もたぶん、剣なんて扱えないわ……。ましてや、そんな剣……」


 篠上は誠次の腰と背中にある一対の剣を、じっと見つめる。


「ごめん天瀬……。あんたにだけは、心配かけさせたくなかった……」


 次には、気落ちした様子で、篠上はそんなことを言う。

 いたたまれない気持ちとなった誠次は、篠上を見つめ返す。


「篠上……」

「あんたは自分のことで大変なはずなのに……私個人の問題であんたに心配されたくなかった……」


 誠次のことを気遣い、今まで不調のことを黙っていた様子の篠上であった。夏木が言うには、それが春からずっとである。


「篠上。俺になにか出来ないだろうか? 技術面はともかく、精神面でサポートが出来るはずだ。篠上には、普段から世話になっているし、心配だ」

「へえー。どこのどなたの入れ知恵かしら?」


 篠上はまんざらでもなさそうに微笑むと、誠次に肩を寄せる。


「な、なぜバレた!?」

「分かりやすすぎるのよ、あんた」


 誠次は顔を真っ赤にして、ばつが悪く後ろ髪をかく。


「後輩の、女の子に……」

「また女の子って……。本当、あんたらしいわ」


 呆れるのでもなく、篠上は苦笑していた。

 袴姿の足をベンチに座ったまま伸ばし、篠上は誠次を見やる。


「それじゃあ、剣術士様はこの私に何をしてくれるのかしら?」


 悪戯っぽく微笑み、篠上が訊いてくる。

 誠次はちらりと篠上を見てから、決心したように軽く深呼吸をする。


「デート、とか……」

「? 聞こえない」

「デート! その、気分転換で!」


 顔を真っ赤に染めた誠次は、目の前のロッカーを見つめたまま叫ぶ。全身に変な汗が、噴き出ていた。


「デート、ね。ふふ。あんたから言ってくれて素直に嬉しいわ、天瀬」

「おちょくらないでくれ……」


 この上なく恥ずかしく、誠次はぎこちなく後ろ髪をかく。


「確かに。デートしたら、私の調子も元に戻るかも」

「そうだと良いけど……」

「きっとそう。違いないわ」


 篠上はそう言うと、ベンチから立ち上がる。

 彼女の香りが途端にふわりと漂って、誠次の鼻先を掠めてくすぐっていく。

 篠上は楽しげに、腰の後ろで手を組み、上半身を傾けて顔を近づかせ、誠次に上目遣いをしてくる。

 その可愛らしさと妙な色気を感じる仕草に、誠次はどきどきとさせられ続ける。


「場所と日時は、私が指定していい?」

「分かった。篠上の好きなところってどこだ? そこに合わせるよ」


 思えば、篠上と二人きりで街に出掛けたことは、出会ってから今までで一度もなかった気がする。そう考えれば、悪い気もしてきた。せめて、篠上の為にその日は尽くそうと思っていると。


「ありがと、天瀬。じゃあ日時と()()()、後でメールするわ」

「持ち物? アトラクションとか、アクティビティにでも挑戦するのか?」


 篠上らしいかもしれないと、この時までは思っていたが。


「そんなようなものね。千尋や詩音や莉緒やルーナやクリシュティナとしたような今まであんたがしてきた普通のデートじゃ、アンタも私もつまらないでしょ?」

「い、言い方に悪意あるぞ!」

「ごめんごめん。あんたを独り占めできると思ったら、嬉しくて」


 篠上は人差し指を口に添え、うーんと考えていた。

 やがて、誠次からすれば耳を疑うようなことを、篠上からは聞かされる。


「デート期間はざっと()()()、かしら。空けられる?」

「い、一週間!?」


 誠次が驚くと、篠上にとっては予想通りの反応だったのか、くすくすと微笑む。神聖なはずの袴姿と可愛らしい笑顔のギャップが、そこにはあった。


「わ、分かった。どうにか空ける」


 まさかの一週間デートに、誠次は戦々恐々としていた。


「……でも、無理はしないで天瀬」


 部活があるからと別れ際、最後に篠上にはそう言われる。

 こちらも特訓の為、演習場へと向かおうとしていた誠次は、首を横に振っていた。


「大丈夫だ。言っただろ? 篠上のこと、俺も夏木も本当に心配しているんだ。篠上が元の調子に戻れるように、頑張るよ」


 誠次がにこりと微笑むと、篠上は「ありがと」と照れ隠しのように、そっぽを向きながら言っていた。今更隠す必要があるのかとも思ったが、それはそれで、いつもの篠上綾奈らしかった。


 寮室に戻ると、篠上から早速連絡が届いていた。またしても早い返信に、どこに行くつもりなのか、彼女はすぐに決めていたのだろうか。


「いや、待て……。多くないか……?」


 自他共に認めるほどの準備の良さを徹底している自覚のある誠次であったが、それでも篠上から送られてきたメールには、スクロール出来るほど箇条書きで記された、大量だと思える準備のお品書きが。

 数日分の着替えに、水着、虫除けスプレー……等々。

 海にでも山にでも行けそうなフル装備に、誠次は恐れすら抱く。この時点で、ただ何処かへ気楽にお出掛けしましょう、と言った普通のデートではないことは明らかになる。もっとも、篠上もそのように言っていたが。


「一体何処に連れて行くつもりだ……!? まさか、泊まりか!?」


 さらっと最終段まで目を通せば、そこにはご愛敬とばかりに【レヴァテイン・ウル】とも書かれていた。

 ダメ元で篠上には【一体何処に行く気でしょうか篠上さん?】とメールを送り、取り敢えず誠次は、三月にマンハッタンに行った際に使ったボストンバッグを、部屋の押し入れから引っ張り出す。


「――ただいまーって、なにやってんだ誠次……」


 しばらくして、部活から帰ってきた悠平ゆうへいが、ボストンバッグに大量の荷物を押し込もうと悪戦苦闘している誠次をまじまじと見る。


「悠平、手伝ってくれないか?」

「いいけど、まさか家出か……!? この、お前に本来あるべきムフフなイベントを求めて、とうとうこの男寮から抜け出したくなったのか!?」

「ち、違う違う。篠上と、夏休み中に出掛けるんだけど……そのデートの荷物だ」


 ふん、ふんと荷物を膝で圧縮して押し込む誠次に、悠平は絶句する。頑張ればもう一つ分の圧縮袋は入りそうだと、懸命だ。


「いやそれどう見ても普通のカップルの普通のデートじゃねえよな……」

「だよな……。完全に、駆け落ちなんだよな……」


 互いに圧縮袋を力で圧し潰しあう。

 改めてパンパンに膨れ上がったボストンバッグを二人して見つめ、誠次と悠平は互いに立ち尽くしていた。


          ※


 水泳部の活動が終わり、夕島聡也ゆうじまそうやは友人たちと共に、男子更衣室から廊下に出る。そこではジャージ姿の髪の湿った男子たちが、水に浸かって疲れた身体で伸びをしていた。


「夕島、一緒に飯食わね?」

「いや。寮室に戻って夏休みの宿題を片付ける」

「そ、そうか……。相変わらずだな。じゃ、また明日」


 眼鏡を光らせて応答した聡也に、部活仲間たちは分かれを告げて歩いていく。

 聡也も、もはやタイムアタックレベルと行っても差し支えのない夏休みの宿題の片付けの為、エナメルバックを肩に、寮室にもどろうとしたところだった。

 廊下の角で、二人の女性が言い争っているような光景に出くわす。


「水泳部の顧問教師と、生徒会の書記の女子か?」


 魔法が使えない大人の体育女性教師と、日焼けした肌と赤毛の髪が特徴的な水泳部の女子生徒であった。春に誠次との戦いの時に乱入してきたので、顔は覚えていた。

 

 火村は、水泳部顧問の祭田まつりだと口論をしていた。


「どうしてですか!? 水泳部の練習に、参加できないなんて……」

「言ったはず火村。学業の成績も過去にないくらいに落ちている以上、水泳部には参加させない 夏の大会も火村はメンバーから外す。担任の石水いしみず先生と決めたの」

「あれからバイトも辞めました。だからせめて、大好きな水泳だけは続けさせて下さい!」


 火村は頭を下げて懇願するが、祭田の硬い表情に変化はない。


「生徒会の大切な仕事が火村にはあるだろ。弁論会。せめてその時期までは、生徒会に集中しなさい」

「私なら大丈夫です! 勉強も魔法も、水泳だっていつも通りできます! ここで皆と差がますます開くなんて……」


 視線を落とし、悔しそうに言う火村に、しかし祭田がアメを渡すこともない。


「火村。一旦部活から距離を置け。このまま続けていても、絶対に自分の為にならない。今日からこの更衣室を通ることも禁止する。荷物を纏めて、出て行け」

「嫌です! だったら……生徒会も辞めますっ!」


 目の前が真っ白になりかけ、その一言を思わず言った途端、目の前に立つ祭田は、鬼の形相を見せる。


「そう。一学年生の頃の貴女には、期待していたのだけど、正直私の見る目も落ちたとしか言えない」


 突き放すように言った後、踵を返し、祭田は女子更衣室に入っていく。

 感情任せにあんなことを言ってしまった火村は、ただ茫然と立ち尽くす。

 間もなく戻ってきた祭田の手には、ロッカーにあった火村の水着等、部活道具一式があった。そして祭田は、火村にそれを投げ渡す。

 受け取る気力も今はなく、火村の足元に、それらは全て音を立てて落ちた。


「生徒会を辞めるのももう好きにすればいい。ただ、それでも水泳部にも参加はさせない」


 そう言い残すと、祭田は火村の目の前から歩いて去ってしまう。


「……っ」


 ぽろぽろと涙を流しながら、火村は足元に散らばった自分の水泳道具を、力なく拾っていた。

 取り敢えず、今の顧問教師にもう一度頭を下げても、意味がないことは分かっていた。それでも、いても立ってもおられずに、火村は生徒会室に向かっていた。

 

「――そう、それで思わず、生徒会を辞めるって言っちゃったんだね……」


 二大魔法学園弁論会の準備の最中の生徒会執行部室で、冷たいお茶と共に迎えてくれたのは、生徒会長の波沢香織なみさわかおりであった。

 火村は何処までも申し訳なく、椅子に座って頭を下げ続ける。


「私は部活に入ってないから、なんて言うか、そう言うスポ根みたいなのは、ちょっとよく分かってないけど……」


 青い眼鏡を掛けたまま、香織は火村の向かいの席に座って、親身に話を聞いてくれる。


「火村さんが今したいことを、この夏休みはしてみたら? 気分転換でさ」

「そんな……。こんな生徒会が忙しいときに、私がなにもしないなんて……」

「もちろん大変だけど、火村さんの将来を潰しちゃ、それこそ後味が悪いし。生徒会が一番って言ってくれたら、それはそれで私やわーこは嬉しいけど、火村さんは自分のことを優先してほしいな」

「……ごめんなさい。本当に……」

「ううん。気にしないで」


 火村は力なく項垂れる。水泳部も生徒会も両立出来る。そんなことを、理由もなく確信して、生徒会書記に立候補した昨年の秋の自分の記憶が、今は別人のもののように思えた。 


「弁論会までまだ時間はあるし、ゆっくり考えていいよ。火村さんが本当にしたいこと、出来ることはなんなのか。その上で生徒会を辞退する事になっても、私は絶対に文句もなにも言わない。それだけは約束する」

「私は、生徒会失格です……。なのに、どうして……」


 火村が顔を微かに上げて、寛大な香織を不思議に見つめると、香織はぎこちなく微笑んでいた。


「だって、いつもドジばかりしている私を信頼してくれて、今まで色々な仕事をしてくれた火村さんだもん。私が無理にでも引き留めるなんて、出来ないよ」


 香織はそうだと、提案をする。


「そうだ! 一緒に祭田先生に謝りに行こうか! 担任の先生にも!」

「……いいえ。それだと、駄目だと思いますから。お気遣いには感謝します……」

「そっか……。そうだよね……」


 瞳を伏せた火村に、香織もため息混じりに俯いてしまう。


「辞めるなんて言った後でごめんなさい。……やっぱり私、今は生徒会に集中したいと思います。水泳部のことは、その次にしてみせます……」


 まだ納得はいっていない。それは火村の声音より、香織にも簡単に分かってしまう火村の本音だった。

 それでも数千名の生徒たちのトップに立つ一流の魔術師である香織は、火村を気遣う優しさと度量を見せる。


「……ありがとう火村さん。ただ、絶対に無理はしないでね」

「……はい」


 しかし、大方の予想通り、生徒会での火村の仕事量は目に見えて落ちていた。ミスも多く、手つかずだというのが実情だ。いわれるまでもなく、頭の片隅には、水泳部のことや成績のことが強く残ってしまっている。


「ご、ごめんなさい波沢生徒会長!」

「やっぱり、一回ちゃんと休もうか、火村さん……」

「……はい」


             ※


 数日後、誠次と篠上は快晴の東京のリニア車に乗り、とある場所へと向かっていた。

 未だ目的地は知らされておらず、早朝ヴィザリウス魔法学園の正門にて待ち合わせをした際も、「着いてきて」と言ったような軽いノリであった。

 その軽々しさに反し、私服姿の互いの荷物の量は、黒いボストンバッグと赤いキャリーバッグと言う多さと重さであった。


「もう分かってると思うけど、一週間泊まりだから」

「この荷物だとそうだろうな……」


 二人して窓ドアに半身を預け、向き合う姿勢でリニア車の窓の外から射し込む夏日を浴びる。周囲の乗客も、同じく夏休みを迎えているであろう私服姿の若者や家族連れが目立った。


「問題はどこに連れて行かされるかなんだが……」


 それなりの露出度のある篠上の私服は、ただでさえ美しい彼女の姿を更に際立たせている。

 赤いポニーテールを触ったりしている彼女の姿がいちいち魅力的で、誠次は悟られないよう、窓の外に見える過ぎゆく都会の街並みを眺めて問う。


「まあ、ここまで来たら今さら引き返すことも出来ないわよね?」


 レールの上を走っているのだからともかけられる、篠上の言い方だった。


「ねえ。昨年の秋、同じような状況なかった?」


 篠上が逆に尋ねてきて、誠次は顎に手を添える。ボストンバッグはさすがに重すぎるので、足元に挟んでいた。


「あっ、千尋の家に行ったときか?」

「正解。と言うわけで、私の家に向かってるの」


 篠上はるんるんと鼻歌でも歌い出しそうな口ぶりで、言ってくる。


「篠上の家? 都内じゃなくて、遠いのか?」

「正確には私のお父さんの実家、かしら。お祖母ばあちゃんの家よ。だから、私も帰るのは一年以上ぶり」


 そうして篠上とリニア車に心と身体を揺らされて、誠次が辿り着いた場所は、東京湾にある大きな船着き場であった。

 波の音がささやかに聞こえる青が目立つ場所で、誠次はまさかと、慣れた様子で前を歩く篠上に問い掛ける。


「はいこれ、船のチケット」


 そう言いながら篠上に渡されたチケットを見た誠次は、思わず唖然とする。

 目の前に停泊する白く巨大なクルーズ船の行き先は、列島から遠く離れた島、小笠原諸島行きであった。

~スーパーアルティメットダークフレイムバースト・実践編~


「困ったな……」

せいじ

       「どうしました、天瀬さん?」

          まこと

「夏休みの宿題に、好きな魔法を一つ選んでレポートを作成するというのがあるんだ」

せいじ

「実践使用もしなければならないし、どうしようかと思って……」

せいじ

        「あ、確かにそうですね……」

          まこと

        「実際に使ってみないと分からないところもありますよね」

          まこと

「ああ。嘘をつくわけにもいかない……」

せいじ

「そうだ。架空の魔法はどうだろうか?」

せいじ

        「いいですね。実際にやってみましょう!」

          まこと

        「自分に向けて、実際に魔法を撃ってみる真似をして構いませんよ?」

          まこと

        「リアクションは任せてください!」

          まこと

「ありがとう小野寺!」

せいじ

「喰らえ! 《スーパーアルティメットダークフレイムバースト》!」

せいじ

        「こ、これは!?」

         まこと

「新たな闇の炎の力の魔法だ」

せいじ

「敵は消えない炎にその身を蝕まれる、闇属性の魔法だ」

せいじ

        「あ、熱い……っ!」

         まこと

「闇の炎がその身を灰塵に帰す……」

せいじ

        「うわああああああっ!」

         まこと

「よし。これでレポートが出来る!」

せいじ

「ありがとう小野寺!」

せいじ

        「良かったです!」

         まこと

「さっそく、林先生に提出してこよう!」

せいじ

        「はいやり直しーっ!」

         まさとし


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