1 ☆
――親友に触るな。
ゲーム画面からその言葉を聞いたとき、私の胸の中に何かが駆け抜け、全身を震わせた……。その意味を確かめたく、おもむろに私は、すぐ隣で毛繕いをしていた少し太り気味の猫を抱き抱え、強引に抱き締める。猫は嫌がり、鳴き声を上げながら私の顔に爪を立てて、腕からそっと離れていく。
震えるくちびると熱い目元に残ったのは灰色と黒の毛と、顔に出来た傷の跡。私はその時、ようやく理解した。
「わたしに触るんじゃないにゃ」
猫の気持ちを。
……なにが言いたいかと言うと、シンプルに感動シマスタ。。。
七月も終わりに近づき、それと共に始まるのは、魔法学園の一ヶ月間の夏休みだ。
今年で二回目となる長期休暇を前に、誠次の目の前にいるクラスメイトたちは、意気揚々としているようだった。
「去年と同じように、夏休み中も騒動を起こさないようにしてくれ。……あの、頼むから、本当にっ! フリじゃなくてっ!」
去年と同じく、学級委員として誠次は魔術師たちの前に立ち、注意喚起を促す。
今年は気温の上昇と共に熱も籠もり、誠次は必死の形相で、教卓に手をついてクラスメイトたちに頭を下げる。
「ひ、必死だな……」「分かってるよ……」「天瀬くん。あなた、少し疲れてるのよ……」
クラスメイトたちは学級委員男子の気迫に恐れながら、誠次を心配するように声を掛けていた。
「まあアンタに言われても説得力皆無よね……」
「仰るとおりなんだよな……」
隣に立つ同じく2-A学級委員である篠上から、ぼそりとそんなことを言われ、誠次も肩を落とす。あまりにも説得力の薄い誠次の言葉であったが、根は真面目である(はずの)クラスメイトたちなので、今年も大丈夫だろう。
また昨年と同じく、夏休み前の終業式を体育館で行う。二学年と言うわけで、列は真ん中へ。一学年生と三学年生のサンドウィッチの真ん中だ。
「――魔法生諸君。また元気な姿を、この私に見せてくれ! 以上だ!」
八ノ夜のノリノリ演説を聞き終えて、これにて長期休暇前の行事は終わりだ。
学級委員会にて各クラスごとの報告を終え、誠次と篠上は学級委員として前期の仕事を終える。冗談ではなく、昨年から引き続き学級委員を代わらずに行うのは珍しいことのようで、他クラスの学級委員の顔立ちは昨年と変わっており、2-Aのみが同じ顔であった。
火のない所に煙は立たないとはよく言ったもので、ある意味当然ながら、誠次と篠上の関係性についてそわそわと噂が囁かれてはいた。――もっとも、少なからずその声は昨年からあったのはあったのだが……。
「それで、春から夏にかけてのあなたのご活躍を訊こうじゃないの」
すぐ横を歩く篠上が、悪戯っぽく訊いてくる。
「プール盗撮犯から始まって、ガブリール魔法博士の騒動に、相村先輩救出。そしてクエレブレ帝国皇女、ティエラの襲撃。以上だ」
篠上に指摘され、廊下を歩きながら誠次は前を眺め、ぼんやりと呟く。
「聞いたこっちが頭痛くなってきそうね……。さすがに笑えないわ……」
篠上は心配そうに、うっと苦い表情をしていた。
「こうも戦い続ける事にも、もう慣れたさ。心配無用だ」
それでもやるべきことに変わりはない、と言うのも、もう篠上には充分に分かって貰えているだろう。だからこそ、彼女は魔法を与えてくれるのだから。
気付けば、隣の歩く篠上が、何やらもじもじとしているように、立ち止まる。
「どうした?」
誠次は首を傾げ、篠上を見つめる。
「あ、あのさ……。よかったら夏――」
「――きゃっ!?」
急に篠上の背後から、走って廊下の曲がり角を曲がってきた女子が飛び出すように現れ、篠上の背に当たる。
「うわっ!?」
「ぬわっ!?」
冗談ではなく、両手を挙げてこちらに倒れかかってきた篠上の身体の肩を押し、彼女を支えてやる。
誠次に支えられた篠上はピタリと、立ち止まっていた。
「びっくりした……。廊下走んないでよ……もう」
「ご、ごめんなさい……って!?」
篠上とぶつかり、謝ってきていたのは、生徒会の書記メンバー、火村紅葉であった。
周辺には、さながら枯れた紅葉のようにホログラムペーパーが散乱しており、火村が持っていたものだろう。
「二人とも大丈夫か?」
火村が尻餅をついてしまっている状況なので、見えてはいけないものが短いスカートから見えそうになってしまい、篠上から手を離した誠次は、明後日の方を向きながら手を差し伸ばす。
「……別に」
誠次が伸ばした手を拒絶した火村は、一人で立ち上がり、灰色のスカートをはらっていた。
「あ、ありがとう天瀬……」
篠上がどこかそわそわしながら、誠次に礼をする。
「走っていたのはごめんなさい。でも、私も急いでいたの」
火村はさっさと床に落ちたホログラムペーパーを拾っていく。
忙しい状況の中、誠次も一応一枚を拾い上げ、さりげなく平べったい紙の中で動く文字を見つめる。
「二大魔法学園弁論会か。そう言えばそんな季節だったな」
「流石、天下の剣術士様はそんな流すように言うのね」
火村がツンツンしながらそんなことを言えば、腰に手を当てた篠上は、物凄く不機嫌そうな顔になっていた。
「何よこの子……」
夏なのに内心で冷や冷やしつつ、誠次は慎重に言葉を選ぶ。
「別に軽く受け流しているわけではない。去年俺も微力ながら手伝った身として、大変なのは知っている」
大阪のアルゲイル魔法学園と行う、日本独自の魔法学園行事。お世辞にも未だ整っているとは呼べない魔法に関する法に対し、現役の魔術師であり、未来を担う存在でもある魔法生たちが直接魔法世界を作っていく弁論会。昔の学生から見れば、学生の声が国の法律を変えると言うあり得ないような学園行事であるが、誠次を初めとした多くの魔法生たちは、それが良いことであると思っていた。
誠次が火村を気遣うような言い方をすると、やはり背中の方で妙な寒気を感じる。
「それに今年は会場はヴィザリウスだろ? 準備が忙しいのはなおさらのはずだ」
「お気遣いどうも。仰るとおり私は忙しいから、もう行くわ」
「あ、もしよければ手伝おうか? それ、一人だと大変そうだ」
真横をそそくさと通り過ぎようとする火村に向け、誠次はそんな声をかける。男として、言わなければならないとは思った。こちらとすれば、それは断られても良いと言う思いで、なおかつ向こうも断るだろうなと思っていたのだが、火村の足はピタリと止まっていた。
やや少し、日焼けして褐色となっている頬をさらに赤く染めながら、火村はぎこちなく振り向く。
「……ありがとう」
「……はあ」
篠上の呆れるような表情にも気付かず、誠次は火村からホログラムペーパーを半分ほど受け取っていた。
火村が行っていたのは、二大魔法学園弁論会開催の知らせを告げる内容と、それへの協力をお願いする内容が書かれたホログラムペーパーを、学園内を回って貼り付けていたそうだ。一定間隔で画像は切り替わり、気になる項目にタッチすれば、一時停止をしたり、詳細欄のページに飛ぶ。因みに今年のヴィザリウス魔法学園側からの議題は、魔法学園の制服についてであった。
火村に言われた委員会棟の廊下に、一定間隔で誠次はそれらを貼っていく。
「――お人好しね」
「そう言う篠上こそ」
何だかんだ、篠上も誠次からホログラムペーパーを半分受け取り、手伝ってくれてはいた。
――ただ、やはりどこか不機嫌そうで、言葉遣いもいつかのように刺々しい。
(篠上って、毎年夏になると機嫌が悪くなるな……)
心なしか後ろを通るときの足音がいやに大きいような気がし、誠次はごくりと息を呑みながら、真剣にホログラムペーパーを貼っていく。
すぐ近くでは篠上が背伸びをして高いところへホログラムペーパーを貼り付けている。
つま先足立ではどうしても目立つ、篠上の体つきを無言で見てしまった誠次は顔を真っ赤にし、それを篠上に悟られないように、一心不乱にホログラムペーパーを貼りまくる。
(言葉を間違えなければ基本的に優しいし……頼りになるし……気遣ってくれるし……。きっと、夏は機嫌が悪くなる季節なのか……)
と、今回は行動を間違えていた誠次の思考はがんじがらめとなっていき、篠上がすぐ隣で作業をしていた事にも気づけないでいた。
気付けば、篠上から声を掛けられる。
「……ごめん天瀬。学級委員の仕事の一環だと思えば、楽勝よ」
「そ、そうか。ありがとう。そう言って貰えると、助かる」
委員会棟の分のを二人で協力して貼り終え、程よい時間となった。
「よし。これで火村から頼まれた分は最後だな」
「私たちにだったらもっと渡してくれても良かったのにね」
頼まれた仕事はきちんとこなしてくれる彼女のお陰もあった。
「じゃあ、そろそろ寮室に帰るよ」
「そうね。あ」
篠上は思い出したかのように、誠次を呼び止める。
「夏休み、連絡するから。ちゃんと出てね?」
「分かった。でも篠上は部活あるだろ? そっちも頑張ってくれ」
「う、うん。ありがと……」
どこかぎこちがなく見えた篠上のにこりとした笑顔に、誠次は少し、不審を感じていた。
一方、二人っきりでの作業を満足に終えた篠上は、るんるんと軽やかな足取りで廊下を歩いていたが。
「あ……また誘えなかった!? 夏になるとなんでこうなるのよもう!」
軽く火照っていた身体。きっとそれは、夏の暑さのせいによるものではないはずだ。
※
ヴィザリウス魔法学園の中央棟。その一階にある職員室に、火村はやって来ていた。ホログラムペーパーを全て貼り終え、担任の女性教師に呼ばれていたのだ。
椅子に座って火村と話す担任女性魔法科教師は、火村にとある画像を見せつけていた。
「はい。これが貴女の最近の魔法実技授業における、魔力データよ」
「軒並み、低いですね……」
火村は気落ちして、事実を述べる。
火村の顔写真の横に伸びる青いバーは、全て平均値を下回っている。ゲームなどでよく見るような、魔法に関するステータスのようなものだ。明るい表情であった一学年生の頃の顔写真が、今では虚しい空元気に見えてしまう。
「そう。今年の初めの貴女と比べても、軒並み全ての魔力が下がっているの。状況判断力、コントロール、魔法式構築速度……等々。はっきり言って、これだけ下がるのは見たことがないわ。普通は上がっていくものなのだし」
先輩魔術師でもある女性担任教師も、魔力が下がるのは初めての事のようで、頭に手を添えて悩まし気に呟く。言い換えれば、普通科のテストの成績があり得ないほどに下がった、と言うものなのだろう。それと微妙に違う点で言えば、魔力は過去の自分よりは下がらないはず、なのだが。
「そこで私も貴女の過去の成績を追っていったの。そしたらこれ、見てみて頂戴」
女性担任教師が差し出したもう一つの画像には、月ごとに別けられた一学年年生の頃の自分の魔力データが、並んでいた。
「ちょうど昨年の秋頃から、徐々に下がっているのよ」
「昨年の秋……。私が、生徒会のメンバーになってから……」
「そう。その通り」
去年の秋頃、生徒会書記になってから、火村の成績は下へ下へと落ちている。
「私が思うに、火村ちゃん何でもかんでも頑張りすぎだと思うわ。勿論頑張るのは良いことだけど、それで全てが中途半端になっちゃうのが、一番勿体ないと思わない?」
「……はい」
「水泳部の顧問の祭田先生からも聞いたわ。スイミングタイムも下がっているそうじゃない」
「……はい」
「あと、日焼けも落ちてきているわ……」
「……それは室内プールだからです」
心配そうにこちらを見つめ上げる椅子に座った担任教師に、火村はがっくしと肩を落としていた。
火村が去ったあと、彼女の成績表を見つめ、どうしたものかと担任教師は頭に手を添える。
「どう思います、林先生?」
先輩魔術師としては一応、ヴィザリウス魔法学園の教師内では尊敬されている林は、二つ程隣の座席に座り、コーヒーを啜っていた。会話は耳には入っていただろう。
「単純に学生なのに忙しすぎだろ。生徒会に部活なんて、あの兵頭でさえやってなかったしな。いくら体力ありそうな元気娘ちゃんだからって、無理があるだろう」
「バイトもやっているそうなんです。やっぱり、そうですよね……。でも魔力が下がるのは、見たことがありません」
「休ませてやればいいんじゃないの? ちょうど夏休みだし、祭田先生に言って部活も休んで貰えば、少しは落ち着くはずだろう」
「そうしましょうか。火村ちゃんの為にも、ね。クラスでも率先してみんなを率いてくれて、助かってるしね」
そんな教師二人の会話を聞き、廊下側のデスクから落ち着かない様子で女性が一人、林を睨んでいた。
「いつも私には適当なアドバイスばかりなのに……」
担任教師として初めて生徒の夏休みを迎えた向原であった。教師は学園が夏休みの間も仕事が山積みで、それらの対処に追われていた。
「あー! 夏休み良いなぁ!」
若かりし日の自分を思い、今は目の前に積み重なる膨大な量の仕事の山に、向原は頭を抱えていた。
一方で、林と火村の担任教師との会話は続く。
「そう言えば、林先生のクラスで急激に魔力伸びている女の子いましたよね。この間の実技授業の報告書見たとき、びっくりしました。逆にあそこまで伸びる魔法生もいるんですね」
「ん? そんなのいたっけ……?」
「相変わらずの放任主義ですね……。ほら、黒髪の可愛らしい娘。あ、この娘です」
女性教師が指を指す。
林の受け持つ2-Aの生徒たちの顔写真のうち、女性教師は桜庭莉緒を指さしていた。
「あー確かにな。お、そうだ向原!」
林がとうとう、廊下側の席に座る向原に声を掛ける。
何事かと、向原は席を立っていた。
「は、はい! なんですか林先生!?」
「アイスコーヒー頼む。二つ分、な?」
ぶちん。その時、向原の中で何かの緒が切れた。
「どうぞっ!」
「サンキュー……って熱っ!? ごりごりのホットコーヒーじゃねえかっ!? 嫌がらせか!?」
「知らないんですか? 冷房の中にいるときは温かいものの方が良いんです」
「いくらなんでも熱すぎるだろ!? ぐつぐつ沸騰してるし!」
前言撤回。夏の暑さとは、時に人をおかしくさせるもののようだった。大人と子どもに、関わらず。
※
篠上と別れた誠次は、一人で寮室に向かうところだった。
夏の夕陽が窓から差し込み、綺麗な橙色のグラデーションを魔法学園の白い廊下に描いている。
「また皆で過ごす夏休み、楽しみだな……」
何だかんだで、昨年の夏休みは前半を殆ど遊んで過ごしていた気がする。とても楽しく、お陰で夏休みの宿題を終わらせられなかったっけとも思い出す。
「よし。今年は計画的に、まず宿題を終わらせてしまおう」
等と、早くも一ヶ月分の予定を立て始める誠次の目の前に、一人の女子がこちらを向いて立ち止まっていた。
「初めまして剣術士先輩。私、1-Dの夏木って言います!」
茶髪のポニーテールに、そばかすがある顔立ちをした、明るそうな印象の女子であった。
「初めまして、天瀬誠次だ」
フレンドリーに明るい笑顔を見せてくる夏木に、誠次はややびっくりして、慌てて挨拶をする。見たことはないはずだった。
「早速ですけど、先輩と少しお話ししたいことがあるんです。談話室、来てくれませんか?」
「話?」
「剣術士先輩にしか出来ない相談です! いいじゃないですかー私知ってますよ? Bクラスの七海ちゃんと先輩が図書館でよく楽しそうにお話ししているの」
「そ、それは別に天文学の事についてであって……」
「じゃあ私にもてんもーがくを教えて下さい! こっちです!」
ぐっと迫る夏木に言われ、誠次はのこのこと彼女のあとについていった。
談話室にやって来るなり、夏木は四人用のテーブル席のソファに座り、誠次も机を挟んで夏木の真正面に座る。ここへ来て、今日の寮室の掃除当番が自分であったことを思い出した誠次である。
「それじゃあ、メロンソーダ一つ飲みます! 剣術士先輩は何か食べます!? 飲みます!?」
「いいや、俺はいい。それよりも話とは?」
「ええーせっかくの機会ですしなにか食べましょうよ!? 先輩の奢りですし」
「奢りかよ! 益々頼む気なくなるな!」
誠次のツッコミに、そばかす顔の夏木は悪戯っぽく笑っていた。
結局、夏木は自分の分のメロンソーダのお金を自分できちんと払っていた。
「それで、なんの用だ? すまないが、俺は君のことをあまり知らないのだが」
「そんなに急いでいるんですか? さすが有名人さんは人気者ですね!」
「いや、部屋の掃除と夏休みの予定を考えたいんだ」
「……か、家庭的で計画的だった……」
メロンソーダを吹き出しそうになりながら、夏木は口元を抑える。
「分かりました話します。私、弓道部なんです!」
えへんと、夏木はどこか誇らしげに胸を張る。
「弓道部か。篠上と一緒なんだな」
「そうです憧れの綾奈先輩! ……て、篠上って、まさか苗字呼びですか!?」
夏木はびっくり仰天したように、ソファに座りながら後退っている。
どこか決まりが悪く、誠次は後ろ髪をかいていた。
「別に、篠上とはそう言った関係ではなくて……」
「うっそー! 一年生の間じゃもっぱら噂されまくりですよ。それがまさか苗字呼びだなんて……。私なんか彼氏出来た日から速攻で名前呼びですよ! 名前呼びの方が、絶対良いですよ! ラブラブです!」
「君ののろけ話を聞くために俺はここに座らされているのか……?」
困惑する誠次に、夏木もあっと我に返り、こほんと咳払いをする。
「お話は他でもありません! 綾奈先輩の事についてなんです!」
「篠上が? 一体どうしたんだ?」
ここまで興味半分と言ったところであった誠次であったが、篠上のことと聞き、身を乗り出す勢いだった。
対して、夏木は少し戸惑ったように両手を持ち上げ「そこまで深刻じゃないですよ……」と保険を入れる。
「私、元々弓道に興味があったんです。それで昨年の新人大会を会場まで見に行ったんです」
「弓道に興味か。珍しいと思うな」
「格好良いじゃないですか! こうやって構えて、ビュッ! って弓を放つの! あと私、射手座です!」
「射手座は関係ないだろ……」
「いざ試合会場で見た綾奈先輩の姿、私は忘れることが出来ません。あの凛々しい横顔。そして自分の番が終わったあとに見せるほっとしたような表情。何もかもが、ドストライクです!」
当時を思い出してか、夏木は興奮した様子で、胸の前で両手の握り拳を作っていた。
「この髪型も、綾奈先輩の真似なんです。黄色いリボンは、大事な人から貰った大事なものって言ってましたよ!?」
「篠上が、そんなことを……」
リボンを去年の文化祭の時に千尋と渡していた誠次は、どきりとして微かに頬を赤く染める。
したり顔をするのは、篠上に憧れ、尊敬する夏木だった。
「やっぱり剣術士先輩でしたか! そんな綾奈先輩が、今大ピンチなんです! 私、本当に心配しているんです!」
※
部活の時間外ではあるが、個別の練習は自由だ。
誠次と別れた篠上は一人ぽつんと、弓道場で袴姿でいた。
意識を集中し、研ぎ澄ます。直立不動の姿勢のまま、ゆっくりと持ち上げた弓矢をつがえ、遠く離れた的へ向け、射る。
風を切る音が、弱い……。
その不調は、自分でもとっくに分かっていた。放った矢は的を大きく逸れ、狙ったところとはまったくもって別の方向へと突き刺さる。
袴姿の篠上は一礼をして、射場から下がる。
「……焦っているのかな、私……」
いよいよ夏休みを迎える初日。夏休みにも部活動は普通にあるので、こんな日でも部活動に励むのはよほどの暇か、あまりに熱心かのどちらかだった。
しかし、今の篠上は、そのどちらでもなかった。
そして、一人で悩む少女はもう一人……。
ちゃぷちゃぷと、水が跳ねる音が耳元で響く。夏の熱で火照った身体が冷やされていくようで、心地が良い。
照明のついた天井を眺め、背中でプールの水に浸かるヴィザリウス魔法学園の競泳水着姿の火村は、水に身を任せていた。
「頑張ることのなにがいけないの……」
右腕を持ち上げ、それを思い切り振り下ろし、水面を叩く。
勢いをつけて潜水をし、急上昇。水中から顔を出した火村は、ぷはっ、と大きく息を吸い、がむしゃらにクロールで泳ぎ出す。
今まで泳いでいるときだけは、嫌なことも忘れられた。やはり、子どもの頃からずっと地元の海で泳いでいたからだろうか。
ところが今では、その泳ぎですら、自分の思い通りにいかない事態となっている。水泳の大会も近いし、弁論会だってある。
「私は……ちゃんと出来るから……」
誰に向けて言った意地の言葉だろうか。一人ではとても広く感じる魔法学園の室内プールに、水が跳ねる音が虚しく響いていく。
~少年たちよ、夏休みを有意義に~
「もうすぐ夏休みだな、みんな」
せいじ
「みんなは実家に帰るんだろう?」
せいじ
「まーそうだな」
そうすけ
「さすがにアイツ一人に家任せっぱなしは、ちょっと心配すぎる……」
そうすけ
「たまには帰らねーと」
そうすけ
「俺と結衣も実家に帰るつもりだ」
ゆうへい
「なんか、なんとか元魔法博士兄妹も遊びに来るらしい」
ゆうへい
「お泊り会だそうだ。両親は相変わらず旅行中だし、兄の俺がいないとな」
ゆうへい
「賑やかになりそうなのな……」
そうすけ
「自分も実家ですね」
まこと
「大阪にいる理も、今年は一度東京に帰ってくるそうです」
まこと
「……喧嘩しないと良いのですけれど」
まこと
「俺も帰らないとな」
そうや
「……兄さんの相手をしないといけない」
そうや
「なんか、全員穏やかじゃなさそうな感じだな……」
そうすけ
「夏休みって普通、のんびりするもんじゃねーの……?」
そうすけ
「いや、俺が言えた事じゃねーだろーけどさ……」
そうすけ
「まったくだ」
せいじ
「ならば、みんなの分まで、俺がのんびりするよ」
せいじ
「「「「それは絶対そうならないと思う……」」」」
そうすけ&ゆうへい&まこと&そうや




