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ここだけのヴィザリウス裏話……。
実は七海さんの当初の設定は他クラスの同い年の同級生でした。(上巻のエターナルフォースブリザード回での図書館での誠次くんと聡也くんの会話を陰で聞いていた女の子、のような形で登場させるつもりでした)
しかし終盤まで書いていると、後輩の方が良いことに気づき、イラストも合わせて急遽変更。その為、地の文の細かなところに七海さんが同級生の時の設定が残ってしまっている部分があります。さすがに変えるところはきちんと変えていますが、同い年だったころの名残が残っているような地の文もあります。
そこを探してみるのも、面白いかもしれませんね。
(いや決して細かい修正箇所を見逃しているわけでないです。決して)
ニーズヘッグの雄叫びが鼓膜を震わせ、誠次は顔を顰めていた。今までにないほどの、五月蠅さであった。
使い魔の術者であるティエラも、頭に響く黒竜の怒号を味わい、悲鳴を上げていた。
「君の使い魔だろう!? なんて言っているんだ!?」
「わ、分かりませんわ! 動物の声なんて聞こえません!」
「なんだと!? ルーナのファフニールは話せているぞ!?」
「あ、あり得ませんわ! 使い魔はただ主の言うことを聞くだけの存在のはずです!」
どうやら、なぜかティエラはニーズヘッグと言葉で会話が出来ていなかったようだ。
その時、誠次の真後ろ方向にあった、棟内と屋上とを繋ぐ階段通路のドアから、電化製品かなにかがショートするような、バリバリと耳障りな音がする。
「な、なんですの!?」「な、なんだ?」
ティエラが後退り、誠次は首だけ振り向く。
「まさか、ルーナ!? ファフニール無しであそこから来るなんて、いくらなんでも速すぎますわ!」
ティエラは空いている左手で攻撃魔法の魔法式を展開しながら、誠次の首には相変わらずリジルを突き立てる。もしもルーナが侵入した場合は、いつでも誠次の首を刎ねる事が出来ると、見せつけるように。
やがて、背後の方で魔法障壁が破壊される、ガラスが割れたような音がした。
息を呑む誠次の視線の先、魔法障壁を破り、夜の屋上にたどり着いたそれは、月明かりの下にゆっくりと歩んだ。
「――ハアハア……あの、来ました!」
現れたのは、黒髪に青い目の、一つ下の学年の少女であった。何よりも驚いたのは、彼女が両手にレヴァテイン・弐を持っていたことであった。
一方で、誠次にリジルを振りかざしていたティエラは、小さく絶叫し、後退る。
「な、ナギ……!?」
ティエラはとうとう誠次の喉元からリジルを離し、驚愕の表情で七海を見つめている。
継続的に続いていた喉の痛みから解放された誠次は、肺の中に溜まっていた息を一斉に吐き出す。
「ティエラ、さん……? その格好は……」
同じく驚愕の表情で七海は、恐る恐るこちらに近づき、ティエラを見つめていた。
「ティエラさん……これは一体……なにしてるの!?」
「貴女こそ……どうしてレヴァテインを……どうしてここが!?」
ありえませんわ、とティエラは七海を否定するように、首を左右に振り乱す。
知り合いなのか? と呟いた誠次は、距離を開けて見つめ合う二人を交互に見る。
「君! レヴァテインをこっちへ!」
誠次が後ろに組まれた腕を必死に動かし、立ち尽くす七海へジェスチャーを送る。彼女がレヴァテインを持ってやって来たわけは分からないが、現状を突破できる千載一遇のチャンスであった。
「あ、はい……っ」
誠次の呼びかけに、我に返ったかのような反応をみせた七海は、両手で握っていた抜刀状態のレヴァテインを、誠次の元へ近付いて運ぼうとする。
「――《フォトンアロー》!」
直後、ティエラが放った無属性の攻撃魔法が、七海の足下のタイルに当たり、衝撃と白い煙を発生させる。
「きゃあっ!?」
足下で発生した小規模な衝撃に、七海は腰を抜かしたように、レヴァテインを抱えたまま尻餅をついてしまっていた。
誠次もまた、《フォトンアロー》の眩い光を前に目を瞑り、七海へ向け冷酷に左手を伸ばすティエラを睨みつける。
「そんな……ティエラ、さん……?」
「その魔剣を私に渡しなさい、ナギ!」
ニーズヘッグを消したティエラは誠次を無視し、尻餅をついたまま後退る七海へ、左手の手の平を差し向ける。
「ティエラさんやめて! どうして……こんなことを!?」
立ち上がろうと必死に足を引きずるが、うまく力が入らないようで、七海は床に突き立てたレヴァテインを支えにして、ようやく中腰の姿勢となる。
「貴女が知る必要はありませんわ、ナギ。……どうして、よりにもよって貴女が……」
ティエラは少しばかり俯いた後、迷いを振り切るように、据わった紫色の瞳で、駆け付けた日本人の少女を睨む。
彼女の表情に、僅かでも悲しみが混ざっていたようにも感じ、誠次は滴る汗を弾け飛ばし、叫ぶ。
「友だち同士ならやめろ!」
「友だちではありませんわ!」
「っ……」
ティエラがそう叫ぶと、七海は愕然としたように、下を向く。
「七海凪……。見られたからには、貴女にも消えて貰いますわ!」
「っ、逃げろ!」
くちびるを噛み締めながら、ティエラが魔法式を七海へと向ければ、誠次が必死に叫ぶ。
七海は、一瞬だけびくんと身体を震わしたが、動こうとはしなかった。
「逃げたくない……。病院でみんなが困ってるの。雷も、ティエラさんも止めないといけないから……。ティエラさんからも、もう逃げたくない……」
レヴァテインを支えに立つ七海は、ティエラは向け、か細い声を返す。
「病院が今、大変なことになってるの……。停電で、なにもかもが滅茶苦茶で、命が危険な人だっている……。ティエラさんが、やってるんだよね……?」
「っ!? 病院の、皆さんが……。子供たちも……?」
ティエラの紫色の瞳が、動揺するように大きく揺れ動く。
「うん……。だからティエラさん。こんなこと今すぐやめて! 病院のみんなが困ってるから!」
「い、いや……私は……名誉と誇りのため……」
「……」
明らかに動揺しているティエラを見て、誠次は口を結ぶ。ここで自分がなにかを言って刺激するよりは、知り合いの七海を信じた方が良いと判断した。
「ティエラさん……今から、そっちに近づくよ?」
立ち尽くすティエラをじっと見つめたまま、七海はゆっくりと、歩きだす。
夏の夜風はここへ来て、存在を主張するように強く吹き出し、七海を拒むかのような向かい風であった。
それでも七海は、一歩づつ、慎重にティエラの元へ近付く。
「こんなこともうやめて、また一緒にお話ししようよ? 本とか、読んで貰いたいの、いっぱいあるんだ。日本の事も、沢山教えたいから……。そしたらまた、私と、お友だちになってくれる……かな……?」
七海は優しく、慎重に話しかけていた。
「ナギ……」
ティエラは近付く七海を見て、なにかを観念したように、軽く息を吐き出す。
そうして、張り詰めた身体の力を抜いたとき、右手に握っていたリジルの柄の先端が、屋上のタオル床の上に触れ、甲高い音を鳴らす。天の川から、再び流星が墜ちていった。
瞬時に目を開けたティエラは、もはや迷いのある目など、してはいなかった。
「――七海凪。私は貴女と馴れ合うために、この国へ来たのでは決してありませんの。今や私の敵はルーナではなく、この私に堂々と国を治める者の在り方を言いつけた、この剣術士ですわ」
凍て付くような殺気を感じさせる言葉と、共に。
ティエラが再び臨戦態勢となったのを直感し、誠次は青冷めた表情で顔を上げる。
「ティエラ、さん……?」
ティエラから溢れ出る、有無を言わさぬような気迫に、七海もまた、後退る。
「ここまで来て私はもう、引き下がれませんのっ!」
汗か涙かもわからぬ透明な液が、瞳を閉じて迷いを振り切るように顔を左右に振ったティエラの周囲から舞う。
「ティエラさんっ!?」
七海の叫びも虚しく、ティエラはその場でリジルを振るう。
レヴァテインで咄嗟に対抗しようとした七海であったが、力量の差は歴然であった。たった一度の刃同士の接触だけで、七海が両手で握っていたレヴァテインは、弾き飛ばされる。
七海の手を離れたレヴァテインは、誠次の目の前で金属の音を立てて転がり、滑りながら目の前まで来る。
しかし、あともう少しで足が届きそうなところで、運もなくレヴァテインは止まり、誠次の足にも届かなかった。
「く……あともう少しで……!」
「ナギ……刃向かうのであれば、貴女にも容赦はしませんわ!」
ティエラは右手で掲げたリジルへ、左手で起動した魔法式を添えるように向ける。たちまち完成へと向かう魔法式の白い光を浴び、ティエラの美しい顔に白亜の逆光が迸る。
その光景を見た誠次は、黒い瞳を大きく揺らす。
「付加魔法だと!?」
「付加魔法が貴女だけの専売特許だとは思わないことですわ! 剣術士っ!」
紫色の瞳を煌々と光らせ、ティエラはリジルの刃に左手を這わせ、まるで色を塗るように伸ばしていく。
膨大な魔力が集結し、風が吹く。それは、誠次の足下のレヴァテインが動き、ティエラへと近付いていくほどに。
「――誠次っ!」
途中、七海がやって来た所から同じく、ルーナが屋上へ突入してくる。
ルーナは、七海が階段で置いてきたもう片方のレヴァテインを持ち、誠次の元まで駆け寄る。
「こ、これは一体……!?」
その戸惑う声は、あろう事かリジルへ付加魔法を行っているティエラから聞こえた。
「あっ、嫌……嫌ですわっ!」
自分で得物へ魔法の力を与えていたはずのティエラの左手から、膨大な量の魔素が溢れ出し、それが全てリジルへと吸い込まれていく。まるで、逆にリジルに無理やり魔素を吸収されているようだ。
直感に近いなにかで、危険を察知した誠次は、震える声で叫ぶ。
「ティエラやめろ! それは危険だ!」
「腕が……勝手に動いて……っ!」
暴力的なまでに眩しい光の中、ティエラはそんなことを言う。白い光が降り注ぐ顔も、今は苦痛に歪んでいる。
「《エクス》!」
ルーナが咄嗟に攻撃魔法を発動し、ティエラへ向けて放つが、効いている素振りがまるでない。白い魔法の弾がティエラの身体に接触した瞬間、光が弾け飛んだのだ。
「なんだと……!?」
「ルーナ、縄を解いてくれ!」
もはや止められないと悟った誠次は、まず後ろの紐の解除をルーナに求める。
「わ、分かった!」
ルーナは風属性の攻撃魔法を用い、誠次の後ろの紐を素早く切り裂く。
自由になった手の感触を確かめる間も僅かに、誠次は立ち上がり、ティエラの元まで走って向かう。
「誠次、危険だ!」
「無理やりにでも!」
素手で付加魔法を強制終了させようと突撃した誠次であったが、あと一歩、間に合わなかった。リジルに触れられる直前で、リジルによる付加魔法は完了してしまう。
「くそっ!」
一際眩しい光が閃光となって至近距離で誠次の両目を襲い、誠次は悲鳴をあげる。
そして、目の前に立つティエラもまた、よろめきながら悲鳴をあげている。
「い、嫌っ! なにかが……なにかが、私の中にっ!」
黒炎に似た真っ黒な魔素を、リジルは全身から放出している。
左手を頭に押しつけ、ティエラは言葉にならない悲鳴を発し続ける。右手はもはや言うことを聞かないようで、リジルが勝手に動いているようにあり得ない動きをしている。
「間に合わなかった!」
「危ない、天瀬先輩!」
七海の悲鳴混じりの声が、誠次の身体を衝き動かした。
ティエラ――いや、リジルが振るったリジルが、咄嗟の回避行動を行った誠次の鼻先を掠め、中央棟の屋上の床に突き刺さる。
(……なに!?)
鎌が床に突き刺さった、だけでは、付加魔法状態のリジルは終わらなかった。青白い電流が刃から流れ出し、亜高速で誠次らの背後の避雷針へと直撃する。あまりの電流だったのか、避雷針からは火花が飛び散り、ジリジリと言うような音が発生していた。
「竜を狩る雷の魔鎌の威力、とくと味わってくださいませ!」
そして、完全に豹変したティエラは、リジルを構えて真正面の誠次へと向ける。
「貴様何者だ!? ティエラはどうした!?」
「ティエラ……? ああ、そうでしたわね私の名前。ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ。……でも今は、リジルとお呼びになって? 剣術士」
リジルと名乗るティエラの身体は、目に見えぬほどの速度で鎌を突き出し、誠次の胴を寸断しようとする。
咄嗟に身を引いた誠次であったが、続けざまにリジル本体から雷が放たれる。
尻餅をつく形で誠次が身を屈めると、目に見える青白い雷は髪を掠め、再び避雷針へと向かい、二発目の火花をあげて直撃する。避雷針がなければ、すでにこの場の全員ともやられていたことだろう。
皮肉なことに、先ほどまで誠次を苦しめていた棒状の導体は、今この場の三人を守る命の保護装置となったのだ。
「現代の人間どもの発明品。忌々しいですわね……」
当然、リジルに操られているティエラは避雷針を睨み、それを寸断しようとする気でいる。
あれを破壊されたら、この場の三人とも、今度こそ終わりだ。
「止める! ルーナ、と……」
「な、七海凪です!」
レヴァテインの片方を抱き抱えながら、七海が戸惑う誠次に自分の名を伝える。
「分かった。七海! レヴァテインを!」
「させませんわ!」
ティエラがリジルを構え、誠次と七海の接触を寸断しようと、床を蹴って跳躍する。
その身のこなしは普通の人間ではあり得ない俊敏性を誇り、間違いなく、誠次とルーナと同じ力の持ち主だろう。
「《プロト》!」
ルーナが誠次の目の前に防御魔法を展開する。
白い半透明な魔法の障壁が、誠次の目の前に出現するが、ティエラの振るうリジルは、それをものともせずに斬り裂く。
「っく!」
身軽な運動神経は、こちらもだ!
防御魔法の破片が飛び散る中、誠次は咄嗟に七海の身体を押し倒し、リジルの凶刃を躱す。
「きゃあ!」
誠次によって背中で倒された七海は、胸元で悲鳴を上げていた。
「まだまだ行きますわ!」
微笑むティエラは、リジルを大きく振り上げ、斧を扱うように振り下ろす。
誠次は七海の手元から咄嗟にもう一つのレヴァテインを取ると、前転をしながらティエラの攻撃を躱す。
立ち上がり様に繰り出されたティエラの連撃を、誠次は振り向きながらレヴァテインを振るい、どうにか受け止める。互いの得物が接触した瞬間、銀と黒の狭間で、眩いスパークが発生した。
誠次のすぐ後ろにいる七海は、刃同士の接触による衝撃波をもろに浴び、悲鳴を上げていた。
「……その魔剣、私の雷をも通さないとは、相変わらずですわね!」
「レヴァテインを知っているのか!?」
「忌々しい魔剣め。普通の剣ならばこのリジルは、なまくらだろうが名刀だろうが関係なく、持ち主を感電死出来るのですわ!」
鍔迫り合いの末、互いは一旦距離をとる。
電流の帯を纏いながら、リジルの刃筋は、夜空を背景に動き回る。
誠次はレヴァテイン・弐を両手で構え、ティエラの動きを油断なく見据えた。一歩でも隙を見せ、後方の避雷針を破壊されれば、それはこちらの敗北を意味する。
「ルーナ! もう一つのレヴァテインを俺に! 投げてくれていい!」
両手に握るレヴァテインをティエラへ油断なく向けたまま、後方にいるルーナに、額から汗を流す誠次は、レヴァテインを要求する。
「私の付加魔法を使ってくれ!」
ルーナはレヴァテインを誠次に向けて投げながら、すぐに付加魔法の魔法式を展開、発動する。
紫色の光は一瞬でレヴァテイン・弐に纏わり付き、誠次は正面を向いたまま、紫色に光る自身の相棒をキャッチしていた。
すぐさま、レヴァテイン・弐に紫色の光を両方に行き渡らせると、誠次の黒かった瞳も紫色に変色する。
「本領発揮というわけですわね、剣術士?」
やや離れた位置で立つティエラは、面白げに誠次を見つめ、その場でリジルを横薙ぎに振りはらう。
「ティエラ……いいやリジル。これ以上貴様の自由にはさせない!」
「威勢の良さは命取りですわよ、剣術士?」
「お前を破壊して、ティエラを助ける!」
「助けるだなんて……虫唾が走りますわ」
冷酷な目を向けるティエラに対し、誠次は「良いな?」と、後方に控えるルーナに視線を向ける。
赤らめた顔をしているルーナは、すぐに頷いていた。
笑いだすのは、ティエラの方だった。
「ふふふ。この愚かな小娘は自分の力量を見誤り、我に溺れたのですわ。助けるなど無益で、無駄なことですわよ?」
ティエラは自分の身体を太股から指で撫ぞり上げ、最終的にはくちびるへと至り、ちろりと舌を出して舐める。やはりティエラではない何かが、ティエラの身体を勝手に使っている。
「……どちらにせよ。お前は止める。ここでこれ以上暴れさすわけにはいかない!」
天の川の星々が見下ろす中、一時的に二刀流となった誠次は、右と左、どちらからも紫色の光を発生させるレヴァテイン・弐を構え、ティエラと対峙する。
※
ヴィザリウス第二体育館では、クリシュティナとギルシュによる一騎打ちが続いていた。
クリシュティナは体育館の出入り口付近に陣取り、ギルシュを逃がさぬようにする。
ギルシュの相手は、クリシュティナの使い魔の白虎が務めていた。
「ガルルルッ!」
「っく、国際魔法教会を離反した鬱陶しい野良猫風情が!」
クリシュティナに罵声を浴びせながら、ギルシュは白虎に攻撃魔法を繰り出す。
白虎は俊敏な身のこなしで、攻撃魔法を搔い潜り、ギルシュの眼前に跳びかかる。
「馬鹿なっ!」
ギルシュの腹部に、白虎の繰り出した右腕が振り下ろされる。鋭い爪を突き出した白虎の一撃は、ギルシュの腹部を浅く切り裂いた。
暗闇の体育館に、ギルシュの腹部から出た赤い血が飛沫となって舞った。
「おのれ……!」
ギルシュは後退しながら、破壊魔法の魔法式を展開する。
白虎は、暗闇の中でも窓から差し込む月光に美しい白い毛を震わせ、壁を蹴って、一瞬でギルシュへ接近する。
破壊魔法の魔法式が完成する前に、白虎はギルシュの懐に跳び込み、爪を突き立てる。
人間に対して圧倒的な素早さを誇る野良猫相手では、もとより動くことの少ない魔術師は不利だった。
「ガルッ!」
白虎はギルシュを次第に体育館端へと追いつめていく。
白虎の健闘を見守るクリシュティナの背後で、体育館の扉が開いた。
――汎用魔法による、遠隔操作で。何事かとクリシュティナが振り向くと、夜の世界が広がるグラウンド方面から、砂埃を立ち上げて迫る一つの影があった。
「ば、バイク!?」
そのバイクは連絡通路に侵入すると、鮮やかなハンドリングで曲がり、なんと猛スピードのまま第二体育館に突入してくる。
慌てて身を引いたクリシュティナへ向け、バイクの搭乗者はハンドルから離した片手で魔法式を向けていたが、
「なんだ、君か」
クリシュティナと分かると、すぐに魔法式を解除する。
「八ノ夜理事長!?」
あわわわと、慌てるクリシュティナは、館内に遠慮なくバイクで乗り込んできた八ノ夜を驚愕の表情で見つめる。
八ノ夜はバイクを急停車させ、片足を床につけて遠くを睨んでいた。
「侵入者はアイツか?」
「は、はい」
「追い詰めているじゃないか。よくやったな、ヴェーチェル」
バイクに跨がる八ノ夜に褒められ、クリシュティナは少々嬉しそうに、顔を赤く染めていた。
「後は私に任せろ。君は安全な場所に行くんだ」
「それはつまり……誠次の元ですね?」
「えっ?」
驚く八ノ夜に、クリシュティナは自信満々な表情を見せていた。
「レヴァテイン・弐が強奪されていたんです。誠次の身が、心配です。それに、誠次の傍にいた方が、安全だと思うので……」
「……それもそうだな。中央棟の屋上だと、ラスヴィエイトは言っていた」
「ありがとうございます、八ノ夜理事長」
クリシュティナはぺこりとお辞儀をして、白虎を生んでいた魔法式を解除する。
ギルシュを威嚇していた白虎は、白い魔素粒子となって、四足歩行の足下から消えていく。
しかし、ギルシュにとっては、最悪の状況に変わりはなかった。
「八ノ夜美里……」
ごくりと息を呑み、ギルシュはバイクから降りてこちらへ徒歩で近付く魔女を、怯える目で見る。
八ノ夜にはすでに、クリシュティナに見せていたときの優しげな感情など、一切なかった。所々で射し込む月光が見せる彼女の表情は、冷酷に目を細め、一切の情けすらも持ち合わせてはいない、残忍な魔女としての顔。
「ヴァレエフ様から特別な力を得ていながら、国際魔法教会を裏切った魔女めっ!」
後退るギルシュの言葉に、八ノ夜はピクリと、眉を動かすだけ。ただ無言でゆっくりと、ギルシュへ近付いていく。
「なぜだ……私こそが、ヴァレエフ様から特別な力を与えられるに相応しいはずなのに! なぜ……なぜこんな小娘なんかに!」
「この魔法世界の神様は気まぐれだからな。……私は一切信じていないが」
八ノ夜は冷酷に言い放つと、怯えるギルシュへ向け、幻影魔法の魔法式を向けていた。
※
「斬り裂け! リジル!」
「させるか!」
ティエラの魔素を強制的に吸い上げたリジルに対し、誠次のレヴァテイン・弐は雷を遮断する性質から、誠次はティエラとまともに戦う事が出来ていた。
無論少しでも油断して、何万ボルトの値を叩き出すリジルの刃に触れれば、ただではすまないであろう状況に変わりはないが。
「行け、レヴァテイン!」
ルーナの付加魔法を受けたレヴァテインの片方を天に向けて投げ、自らはもう片方を握り締め、誠次はティエラの元まで突撃する。
「……っち」
ティエラは誠次を迎え撃とうと、リジルを両手で握って構える。
(今だ!)
突撃の途中、誠次は投げつけておいたレヴァテインを、天より引き寄せる。念じるだけでレヴァテインは軌道を変え、ティエラ目がけて急速で降下する。
天より剣槍が落ちてくるのを目で見たティエラは、咄嗟にバックステップを行い、誠次のレヴァテインを回避しようとする。
「そこだ!」
それを逃がさないのが、一直線に突撃していた誠次であった。
落ちてきたレヴァテインを左手でキャッチし、一時的に二刀流となった左右の魔剣を、ティエラ目がけて突き出す。
「今すぐその鎌を手放せ! 貴様は力に呑まれている!」
「断りますわ!」
ティエラの細身からは想定できないような強大な力でリジルを振るい、レヴァテインを二本とも弾く。やはり、リジルの強大な力が働いているのだろう。
「ティエラさん! やめて!」
背後から聞こえる七海の悲鳴にも、もうティエラは耳を貸さず、逆に誠次の身を切り裂こうと、リジルを手元で回転させる。
「甘いっ!」
誠次は床を蹴り上げ、バク宙をしながらリジルの刃を躱し、更には高度のある空中からレヴァテインを投擲する。
ティエラは飛来したレヴァテインをリジルで弾くと、床に着地した誠次目がけて、攻撃魔法を素早く放つ。
「っ!」
着地した誠次は横に転がるようにして、攻撃魔法の弾を躱すと、起き上がりながら再びティエラにレヴァテインを投げ付ける。
しかしティエラは、常人を超越したと言ってもいい反応速度で、リジルを振り回し、レヴァテインを再び弾き返す。
「負けるか!」
瞬間移動をするように、紫色の魔素の残滓を場に残して、すぐに手元へ戻ったレヴァテインを今度は連結させ、誠次は突撃した。
レヴァテインとリジル。互いの武器が接触すれば、火花ではなく、目に見える濃度の魔素粒子が、互いの刃を削っていくように、散っていく。
「聞けリジル……! お前たちに勝ち目はない! もうすぐ魔術師の援軍が到着し、お前たちを拘束するだろう」
「当然私は刃向かいますわ。この小娘の身体を限界まで使ってでも!」
「そんなことを……!」
「貴男が戦えば傷つくものは生まれますわ……貴男がそう言ったのですから!」
黒と紫の魔法の刃が交錯し、鍔迫り合う中、誠次とティエラは睨み合う。
リジルの黒い粒子の底から、ティエラの微笑んだ顔が覗く。
「ならば傷つくべきはティエラではなく、貴様だリジル!」
「すでにこの身は魔鎌と共にありますわ! 今さらどうすることも出来ませんわ!」
「諦めるものか……!」
両者は一旦距離をとり、態勢を整える。
口で荒い呼吸を繰り返す誠次の顔には、刃物で斬られたような細い線が幾つも走っており、流血もしていた。レヴァテインが防ぎきれなかった雷が、肌を焼いたのだろう。
「っち。レーヴァテイン……。あの魔剣さえなければ……」
一方で、力を消耗しているはずのティエラはおもむろに、左手を頭上へと伸ばす。展開した超巨大な魔法式は、間違いなく眷属魔法であった。
再び、ニーズヘッグの力を使う気であろう。
しかし、見れば分かるほどの巨大な魔法式から生み出される使い魔を再び使役するとなると、膨大な体内魔素を使用し尽くす事だろう。
事実、誠次の背後にいるルーナも、もう立っているのがやっとの状況だ。
「止めろ! 竜の力を何度も使うなど、ティエラの身体が保たない!」
ルーナが叫ぶが、ティエラは微笑んでいる。
「力に溺れた脆弱な小娘の身など知ったことではありませんわ」
「く……! 止める!」
あのまま再び眷属魔法を使われれば、ティエラの身体が保たない! ルーナの叫びで直感した誠次は、接近戦をしかけて強制的に眷属魔法の中断させようと、足を踏み込むが。
「喰らえ!」
それこそゲームの魔術師のように、ティエラは片手で持ったリジルを杖のようにして、誠次へと向ける。尖端から放たれたのは、青白い雷撃のビームだ。
「なにっ!?」
ぎょっとした誠次は、咄嗟にレヴァテインを連結させ、盾にするようにして自分の身体の前へと突き出す。
電流はレヴァテインに直撃し、眩いフラッシュを巻き起こし、流れた電流が背後の避雷針にまで到達し、七海とルーナが咄嗟に身を伏せる。
「ぐおおおおーっ!」
見事に雷撃を防ぎきったレヴァテインをその場で振り払い、周囲の床の上に細長い蛇のような雷が帯電する中、誠次はレヴァテインをティエラの右腕向けて投げ付ける。
「間に合えーっ!」
「同じような真似をしたところで!」
ティエラは余裕そうに、超高速で真正面方向から来たレヴァテインを、リジルを横薙ぎに振るって弾き飛ばす。
「……かかったな」
戻ってきたレヴァテインをキャッチした誠次は、勝機を確信する。
首を傾げるティエラが誠次の手元に目を凝らせば、そこにあるのはレヴァテイン・弐の半身だけであった。
「なに!? いつの間に――っ!」
「――来い、レヴァテイン!」
突進の最中、ティエラの放った雷撃によるスパークに紛れ、誠次はレヴァテインを分解、片方をすでに投げ付けていた。
ティエラが振り向けば、背後であった闇雲の果てより、紫色の閃光が奔る。目にも留まらぬ速度でそれは飛来し、ティエラの右手に握るリジルを弾き飛ばした。
「ぐああああっ!?」
「やったか!?」
弾け飛んだリジルが誠次の後ろへと音を立てて転がっていき、誠次はその行方も追わずに、戻ってきたレヴァテインを掴みながらティエラを睨む。
「――あああ! ――間に合いましたわ!」
苦悶の表情を浮かべるティエラの左手の上で、魔法式が完成してしまう。
「馬鹿な男ですわね……。心臓や脳、そうでなくても左腕を貫けばそこで中断させられたものを」
「……っく! 遅かったか!」
僅かばかりの情けが招いた、敵の眷属魔法の完成に、誠次は歯を食い縛る。リジルのみを分離させればどうにかなると思ったが、もう手遅れだったようだ。
「この小娘をどうやっても助けたいようですけれど、その努力も無に終わりますわ。招来せよ、ニーズヘッグ!」
ティエラの身体に残っていた体内魔素を限界以上まで酷使し、黒い竜は再び天の川の空へ打ち上がる。
「あはははははっ!」
飛翔した一対の黒い翼を仰ぎ見て、ティエラは壊れたような笑い声をあげる。
「もはや遠慮はいらないですわ! この魔法学園をもろとも潰してさしあげなさい、ニーズヘッグ!」
高笑いをするティエラの足元には、何千人以上もの魔法生たちがいる。ニーズヘッグが暴れ始めたら、無事では済まないだろう。
誠次はくちびるを噛み締め、覚悟を決める。
「かくなる上は、斬り止める!」
「こうなったら、私のファフニールを!」
ルーナもまた、己の体内魔素を限界まで酷使して眷属魔法を発動しようとするが、その前に走る人物がいた。
「ドラゴンさん! 私の声が聞こえますか!?」
七海が誠次のすぐ横まで走り、空を舞うニーズヘッグへと声を大にして語りかけていた。
「っ!? 危険だ! 下がれ!」
すでに顔に無数の切り傷を作っている誠次は、このままニーズヘッグと戦う気でいたが、七海は首を懸命に左右に振り、誠次を見つめる。
「私だったら、あの子とお話が出来るかもしれないんです!」
「あの子、って……到底無理だ! 話が通じる相手ではない!」
ティエラの命に従い、攻撃を行い続けた黒い竜の前で無防備になど出来るわけもなく、誠次は紫色の光を放つレヴァテインを構える。ましてや、主人との会話もまともに成立しない凶暴な竜だ。魔法生の後輩を危険に晒すわけにはいかない。
しかし、七海は強情に首を横に振る。
「私も、諦めたくないんです! どんなに辛い道でも、絶対に最善の方法とみんなが守られる道があるって、私も先輩のように信じています!」
「君、は……?」
誠次が不思議に七海を見つめると、七海はどこか寂しそうに、微笑んでいた。
「やっぱり……覚えていませんよね……」
「すまない……」
「い、いいんです! それより今は、あのドラゴンを止めないと!」
後輩の言っていることが理解できず、しかし七海は真剣な表情でこちらを真っ直ぐと見つめる。
もしや、本当にあの竜と会話をしているのだろうか、ニーズヘッグも空中で舞ったまま、攻撃をしようとはしていない。
「なにをしているのですのニーズヘッグ!? 主人に従いなさい!」
リジルを失ったティエラが怒鳴っても、だ。
まさかと、傷だらけの顔の誠次は唖然とする。
「お願いです天瀬先輩! その光を収めて下さい……。戦いを終わらせます」
「しかし、ここで付加魔法を終了して、もし万が一ニーズヘッグが攻撃を開始したら、もう防ぐ手立てがなくなる。魔法学園のみんなが危ない!」
「私が説得しますから、お願いします!」
七海の青い瞳をじっと見据え、紫色の瞳を閉じた誠次は、しばしそのまま立ち尽くす。相変わらずティエラは、上空を舞うだけのニーズヘッグへ向け、怒り狂った声で怒鳴り散らしている。
「あのドラゴンさんも、本当は戦いたくなんてないって思っているんです。私には、分かるんです。だから、ティエラさんと繫がりをもった私をここに呼んだんだと思います」
「君は一度ティエラに裏切られた。それでもティエラを……ティエラの使い魔を信じるのか?」
誠次の問い掛けに、七海は首を左右に振っていた。
「最初にティエラさんを裏切ったのは、私の方ですから……。中途半端に親切をして、仲よくするような真似をしていて、結局私は逃げてしまったんです。だから、今度こそは、ティエラさんとちゃんと向き合いたい。ちゃんとお友だちになりたい、から……」
「……」
誠次は紫色の瞳を瞑り、逡巡する。この二人の関係など、こちらは知る由もない。
――しかし、その可能性があるというのならば、信じるべきだと思った。
「俺はどうやっても、戦うことを優先で考えてしまっていたようだ……。守ると言いながら、戦うことでその言葉の正しさを求めようとしてしまう。……そうだな。もとより、戦わないで済む方法があれば、それを選ぶべきだった」
「天瀬先輩……。本当に先輩が心優しい人だってこと、私は分かります。だから、みんな先輩のことが大好きで傍にいるんですよ。どうか迷わないで下さい。先輩のしていること、私は、間違っていないと思いますから……。……気持ち悪いかもしれないですけど、私、ずっと見ていたんですよ? 先輩の、こと……」
「君は……ありがとう。ならば、君を……信じる」
間もなく開いた誠次の瞳は、黒色に戻っていた。握りしめていたレヴァテイン・弐の付加魔法も、途中で任意解除する。
「すまなかった。俺は大切なことを……忘れかけていた」
傷だらけだが、魔力解除した誠次のそんな穏やかな顔を見た七海は、優しそうに微笑んでいた。
「良かった……。先輩、あの時と同じ、優しそうな顔に戻ってくれて……。そしてあの時話してくれて、ありがとうございました……。変でしたけど、私、少しでも先輩とお話出来て、嬉しかったです」
あっと、誠次は彼女に出会った頃の、微かな記憶を思い出す。
確か、図書館で本を取ってくれたあの時の――。
しかし、次に声を掛けようとしたときにはすでに、彼女は真横を通り過ぎていた。
「任せてください、先輩」
「……頼んだ、後輩」
誠次は振り向かず、ルーナの元へ向かう。ルーナも長い戦闘で魔素切れを起こしており、立っているのがやっとの状態だった。
「すまない、誠次……」
「大丈夫だ。来てくれてありがとうルーナ。そして、俺のために戦ってくれて……助かった」
「――ルーナ! 誠次!」
ルーナを支える誠次の後ろから、クリシュティナが駆けつける。
「二人ともご無事ですか!? ――黒い竜!?」
クリシュティナもまた、天の川の空を見上げ、そこで舞う竜の姿を見て驚く。
「あの娘は、七海さん!? 危険ですっ!」
クリシュティナが、一人でニーズヘッグと対話しようとする七海の元へ向かおうとするが、誠次がその手を引き留める。
「待ってくれクリシュティナ。今は彼女に任せよう」
「任せるって……」
傷だらけの誠次の顔を見たクリシュティナもまた、深く頷き、ニーズヘッグと意思疎通を試みる七海を見守る。レヴァテインの付加魔法を終わらせた今、この魔法学園を守れるのは、七海であった。
数千の命を、平和的な方法で、自ら率先して守ると決めた七海は、祈るように両手を胸の前で合わせ、念じるように瞳を閉じている。
「レーヴァテインの力を終わらしただと……!? 小癪な……! ニーズヘッグ! 噛み殺しなさいっ!」
「聞いてニーズヘッグさん! 貴方の声が私に聞こえたから、私はここまで来られたの! それはきっと、貴方がティエラさんの暴走を止めてほしかったからだったって、私は信じてる!」
明らかにニーズヘッグは、七海の言葉を聞いて、落ち着きを取り戻しているようだった。
「ニーズヘッグ!? こうなれば!」
激昂するティエラは、床の上に落ちたままのリジルの元へ向かおうとする。
「させるか!」
誠次は咄嗟にレヴァテインの片方を投げ付け、ティエラの目の前の床に釘を打つように、突き刺す。
「お、おのれ剣術士!」
「彼女の邪魔はさせない!」
一方で、ニーズヘッグは七海へ顔を向け、夜空で翼をはためかせてじっとしたままであった。
「みんなが困ってるから、こんなことしちゃ駄目だよ! このままじゃ、みんながティエラさんを許してくれなくなっちゃう!」
七海の言葉がニーズヘッグへ届いたのか、果たして。
ニーズヘッグはゆっくりと降下し、七海の元へ近付く。たちまち凄まじい風が吹くが、七海は怯む事なく顔を上げ、ニーズヘッグと視線を交わす。
「そんな……使い魔が主人の命令を破り、他の人の言うことに従うなんて……」
誠次に支えられるルーナが、茫然とした様子で呟く。
「本当に、終わった……」
誠次も驚きながら呟く。
ルーナとクリシュティナをベルナルトから救出した時も、ファフニールはルーナの命令を破っていた。
それらは同じく、主人の身を想っての、行動であった。
急に、ニーズヘッグが雄叫びをあげる。何事かと身構える誠次に、防御魔法を展開しようとするクリシュティナ。
ニーズヘッグのしなやか且つ鋭利な鱗が覆う尻尾が、床の上に転がったままのリジル目がけ、振り下ろされたのだ。
迫力ある尻尾の叩きつけに、思わず顔を覆った誠次。次の瞬間に目を開ければ、持ち手から真っ二つに粉砕されたリジルが、黒い光を失いかけていた。
「ぐあああああっ!?」
両手で頭を抱え、膝から崩れ落ちたのはティエラの方であった。取り憑いていた霊が剥がれると言うべきか、彼女の全身から黒い光が、天の川の空へ向かって消えて行く。
ティエラは意識を失い、ヴィザリウス魔法学園中央棟の屋上に、倒れていた。
「あの武器が、ティエラさんをおかしくさせたんだね……」
七海が呟いている。
その声に消えかかるニーズヘッグがどう答えたのか、後ろから見守る誠次には相変わらず分からない。
「みんなを守れて……良かった……本当に、良かった……――」
三人の男女の先輩がこちらを見て、何かを叫んでいる……。
黒くなっていく視界の果ての景色が、反転し――……。
「また、会えた……あの時、ごめんね、ティエラ……さ――」
全ての力を使い果たした七海は、意識を失ったティエラの横に寄り添うようにして倒れ、一夏の大きな冒険を終わらせていた。天の川の下で、力を使い果たした二人は、再会を果たしていた。
~最後かもしれないから!~
「任せてください、先輩」
なぎ
「……頼んだ、後輩」
せいじ
「――あ、質問いいですか!?」
なぎ
「は!? この状況でか!?」
せいじ
「い、今しかないと思ったんです!」
なぎ
「なんだ!? って、ニーズヘッグが暴れてる!」
せいじ
「えっと……えっと!」
なぎ
「は、早く頼む! 落ち着いて!」
せいじ
「す、好きな食べ物なんですかっ!?」
なぎ
「今それを聞くのか!?」
せいじ
「え……サバの味噌煮っ!」
せいじ
「ありがとうございました!」
なぎ
「行ってきますっ!」
なぎ
「今の話が竜の会話になんの役に立つのかわからないけど頑張れ!」
せいじ




