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竜とアシタカと金曜ロードショーが好きな作者の一言「ファフニールはヒロインです。そして、もの○け姫はいつ見ても最高すぐる」
アシタカひこの事を語れば一時間は保ち、文字にすればエッセイが出来上がるレベルです。。
やっぱり、無い……。
夕暮れを迎え、寮室に戻ってきた七海凪は、自分の鞄をひっくり返し、どうしても見つからないものを探していた。それは魔法学園の図書館で借りた本であった。
「やっぱり、あの時に病院に残してきちゃったのかな……」
ティエラの手を反射的に拒んでしまい、逃げるように病室を後にした時に、置き忘れたか落としたか。
「返却予定日は……明日……」
寮室にかけられているカレンダーを眺め、七海はぺたんと床の上に座り、途方に暮れる。夜間外出禁止法なので、今から再び病院に行くという事も出来ないだろう。
「また明日、ティエラさんの元に行かないと……」
別れ方が別れ方だけに、気まずすぎる。それでも、借りたものはちゃんと返しにいかなければ、他の人に迷惑が掛かるだろう。
「なんで、ティエラさんはあんなことを言ったんだろう……。私なんて、何の取り柄もなくて、一緒にいてもいい事なんて一つもないのに……」
ぼそりと呟き、どうしようもない現実に嫌気がさしかけ、七海はベッドの上に横になる。いっその事、このまま目を瞑って、ティエラと出会った事が夢であって欲しいとも思ってしまう。
――こんな自分でも、困った人を助けて、感謝されると何かが変わるのかもしれないと思ったが、自分はどこまでも自分のままだった。ティエラが目の前で倒れたとき、僅かでもそう思った自分が、どうかしていたのだろう。
「中途半端に近づいて……一体なにがしたかったんだろう、私……」
自分には出過ぎた真似だった。ともかく明日は朝早くに病院に行って、ティエラの病室から図書館の本を回収しよう。それで、いつも通りの日常を送ればよい。ティエラにも、ちゃんと謝らなければ。
七海はそう思い、ちょうど日曜日であった今年の七夕へ向け、そっと瞳を閉じる。
――その夜、七海は不思議な夢を見た。なぜか自分が一人で、夜の都会を走っている。無人に光もない、暗闇の中を、闇雲に走り続けている。
――その頼りない両手では、なぜか先輩の剣を握り締めていた。
※
『七夕の他にも、今日はポニーテールの日でもあるんですよ! 由来は諸説ありまして、せっかくなので明日の七夕を前に、私もポニーテールにしてみました! 似合うでしょうか!?』
「へー。ポニテの日かー」
日暮れと共に部活を終え、シャワーを浴び終えていた篠上綾奈は、ワイヤレスの球形ドライヤーで、濡れた赤い髪を乾かしていた。
「2―Aのポニテ女子と言ったら、この私?」
周囲に誰もいないのをいいことに、篠上は鏡に映った自分を見て、にこっと微笑むが。
「……なーんて」
やや時間が経ち、たちまち恥ずかしさを覚え、以降は無言で髪を乾かしていく。
直後、寮室のチャイムが鳴った。
「千尋かな?」
篠上は髪を降ろした姿のまま、モニターフォンの元まで向かう。廊下に立っていたのは、白銀のロングヘアーをしたルーナであった。
「ルーナ? あんな真剣そうな顔で、何かあったのかな……」
篠上はすぐにドアを開け、玄関までルーナを迎えに行く。
「急にすまない綾奈……」
ルーナは俯き、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「ううん。どうしたのルーナ?」
「実は、クリシィと喧嘩したんだ……」
「……はい?」
取りあえずルーナを部屋に上げ、篠上はお茶を用意する。
ルーナはしょんぼりとしており、いつも通りの覇気がない。
(あんなに仲が良いのに喧嘩なんて。一体、どうしちゃったのかしらルーナ……)
キッチンでお茶を用意する最中、ちらりとルーナを見つめ、篠上は首を傾げる。思えばルーナとクリシュティナは、学園の中でいつも一緒なイメージがある。端から見ても仲が良いと思うものだが。
「それで、どうしたのルーナ?」
クッションの上でルーナが正座をする目の前のテーブルに、冷たいお茶が入ったグラスを置き、篠上は横のベッドの上に座る。反動で篠上の胸と、二段ベッドの枕元に置いてある猫のぬいぐるみが弾んだ。
「クリシィと喧嘩したんだ……」
「どうして?」
「つい先ほどまで、私の隣で、クリシィは料理を教えてくれていたんだ」
「料理? 練習してたの?」
ルーナは恥ずかしそうに顔を赤く染め、頷く。
「私はまともに作ったことがなくて、いつもクリシィに甘えていたんだ」
「うーん。料理なんてこの年じゃまだ、むしろ私やクリシュティナみたいに作れる方が珍しいと思うんだけど……」
「しかし、出来るに越したことはないだろう? ……その、喜んでくれるはずだろう……?」
ルーナは篠上を見上げ、食いつくようにして尋ねる。
「喜んで、くれる……? 誰が?」
篠上が小首を傾げ、ルーナは慌てていた。
「いや、今のは忘れてくれっ! ともかく、私も料理が出来るようになりたいと思っていたんだ。それで、クリシィに教わっていたんだ」
「ふーん」
王国付きのメイドと言うことで、クリシュティナの料理の腕は一級品だ。彼女の手料理を食べたことがある篠上だが、とても美味しかった思い出がある。
「クリシィが頑張って教えてくれているのは分かっている……。でも、マヨネーズを禁止されたのは納得がいかないんだ!」
「あ……そう……。そういうことね……」
篠上が肩を落としているが、ルーナは気付く事なく、ぷんすかとご立腹だ。
「何でなんだ? マヨネーズは美味しいではないか! ゆで卵に付けても美味しいし……待て。さては私は、卵が好きなのかもしれない……」
あごに手を添えてぶつぶつと語り出したルーナの斜め後ろで、篠上は明日の予定を気にし始める。
「綾奈っ!」
「ひゃっ!? な、なに?」
気付けば、ルーナが目の前まで迫ってきていた。お互いの大きな胸と胸が触れ合いそうになりながら、篠上は息を呑む。
「お願いだ綾奈! クリシィの代わりに、私に料理を教えて欲しい! こうなった以上、もうクリシィに頼むのは無理なんだ」
「別に教えるのはいいけど、マヨネーズはそんな使わないわよ?」
なんだかんだで、料理の腕を褒められるのは嬉しく思い、篠上はつい相談に乗ってやる。
「……心得ている」
大好きな調味料を封じられ、ルーナはしょんぼりとしながらも、はっきりと頷いていた。
※
「ルーナちゃんさんと喧嘩をしてしまったのですか!?」
「ええそうなんです……千尋」
一方、ルーナと喧嘩別れをしてしまったクリシュティナは、水泳部終わりの千尋と共に、魔法学園の通路を歩いていた。プールのシャワーを浴び、髪も若干湿ったままの千尋は、心配そうにクリシュティナを見つめている。
「ルーナには感謝しています。でも、ルーナの為を思って言っているのに、時々頑固なんですルーナは」
クリシュティナはぷいとそっぽを向き、ふて腐れてしまっている。
「私にも分かります、そのお気持ち。綾奈ちゃんも頑固ですからねー。素直な綾奈ちゃんは可愛いのに……」
千尋もぶつぶつと文句を言う。
「そうです。明日の七夕の願い事、私は【みんなが喧嘩しないで仲良く出来ますように】って書いておきます。それでルーナちゃんさんとクリシュティナちゃんさんが仲直りできるといいですね」
「せっかくのお願いを勿体ないですよ、千尋」
「いえいえ。何より、私のお願いって結構当たるんですよ? この間も私が作ったてるてる坊主さん、晴天とはいきませんでしたけど、見事に雨を止めてくれましたし!」
千尋は両手を合わせて、張り切っていた。
※
ルーナとクリシュティナとの外出を終え、誠次は買ってきた浅草名物のお土産を寮室に並べ拡げていた。一際大きな袋には、お好み焼きセットが入っている。
「うん。今日は志藤も呼んでお好み焼きパーティーだな」
「ホウ。実ニ楽シソウダナ、小僧」
「そうだろうファフニール? お前も一緒に食うか?」
ルーナの使い魔であるファフニールの声が、頭の中で響くようにして聞こえ、誠次は訊く。
「頂クトシヨウ」
「きっと竜もハマる味だと思うぞ。……って、はあ!?」
なぜファフニールの声が聞こえるかと思えば、寮室の窓からこちらを覗き込む、竜の鋭い眼光があった。
「ファフニール!? どうして男子寮棟の前に突っ立ってるんだ!?」
誠次は驚きながら、窓へ近付く。もう夕暮れの為、窓は開けられないが、確かにファフニールが魔法学園の敷地内に立っている。茶褐色の鱗と、刺々しい骨格を持つ、勇ましい外見の竜だ。
「姫ガ呼ンデクレタカラニ決マッテイルデアロウ、小僧」
「大騒ぎもいいところだろう!? ……え、まさか誰も気付いていないのか!?」
四階建ての男子寮棟の高さ(二学年生は二階)にまで届く首を曲げ、ファフニールは何ともないように悠然と佇んでいる。
「我ハ自分ノ姿ヲ消スコトモ出来ル。何ヲ隠ソウ、竜ダカラナ」
「竜関係あるのかそれ……?」
得意気に語るファフニールに、誠次はジト目を向ける。
「それで外に出て、何をしているんだ?」
「散歩ダ。否、散飛ト言ッタ方ガ良イカ?」
「ルーナが許可しているのか?」
「アア。姫ガ窮屈デアロウト、我ヲ時々コウシテ放シテクレル」
「そうか。やっぱりルーナは優しいんだな」
誠次が微笑んでいると、ファフニールも軽く頷いたようだ。
「左様。王国ガ健在デアッタノナラバ、民カラモ慕ワレル良キ統治者ニナッテイタデアロウ」
「そうか……」
極夜の日に”捕食者”に滅ぼされ、今は亡きオルティギュア王国で、ルーナが民の為に尽くす姿は想像に難くない。王国民も皆いなくなった後では、泡沫の夢なのだろうが。
両親もその時に失ったルーナを思って胸に手を当てていた誠次を、ファフニールはじっと見つめていた。
「……案ズルナ小僧。姫ハ、貴様ニ出会エテ心カラ幸セヲ感ジテイル。女中モナ」
「二人が良いと言ってくれるのならば、俺はその期待に応える。二人の笑った顔を、もっと見たいから。そっちの方が、張り詰めた顔よりは似合うよ」
「フ。相変ワラズ罪作リナ男ヨ」
ファフニールは穏やかに笑っているようだった。
「トコロデ、コウシテ貴様ノ処ニ来タノハ、他愛ノナイ話ヲスルタメデハナイ」
「なんだ?」
声音が変わった、と感じた誠次は、真剣な表情でファフニールを見上げる。
ファフニールもまた、誠次を信頼するように力強く、爬虫類の動物のそれのような双眸で、人間を睨む。
「何カ強力デ、凶悪ナモノガ、コノ魔法学園ニ迫ッテキテイル」
「強力で凶悪? アバウトだな」
誠次も真剣な表情となるが、釈然とはしなかった。
「竜ノ勘ダ。我ト同ジ……否、以上ノ力ヲ感ジル」
夜に染まりつつある天を睨み、ファフニールは告げてくる。
「”捕食者”か?」
誠次の問いに、ファフニールは太長い首を横に振る。
「違ウナ。敢エテ言ウノデアレバ、我ト小僧ト似テイル存在ダ」
「俺とファフニールと似ている……旧魔法世界の存在と言うことか」
不思議な感覚のまま、誠次は呟く。
ファフニールが語る旧魔法世界とは、この今の人間の歴史の一番最初、海から微生物が生まれたとされる事よりも更に以前の世界の事。そこでは今の魔法世界のように……いや、それ以上に魔法が礎となって作られた世界があり、人間も生きていたと言う。竜と、神も。そこは北欧神話のみならず、現代に伝わる様々な神話がごちゃ混ぜになった世界のようだが。
自覚はないが誠次は、そこで剣術士と呼ばれていた男になぞられていた。
「アクマデ予感デアルガナ」
「気にしておく。何が起こるかは、分からないからな」
誠次はそう言いながら、制服の青いネクタイを解いていた。みんなが帰ってくる前に、風呂に入るためだった。
「我ノ目ノ前デ服ヲ脱グトハ」
「ん?」
誠次はTシャツをたくし上げ、まるで窓へ向かって腹を見せつけるようにしていた。竜相手に自慢をするわけでもないが、割れた腹筋や凹凸のある筋肉が覗いている。
「汗でベトベトでシャワー浴びたいんだ。まだ何か話があるのか?」
「否……。シカシ小僧、一ツ言ッテオク」
「なんだ?」
上半身を裸にし、誠次はスラックスのベルトを解き、片足を上げていた。
「我ハ雌ダ」
「はぁ!? 痛っ!?」
すてん、と誠次は足を踏み外してその場で転ぶ。
何故このタイミングでわざわざそんなことを言うのだろうかと、しかし誠次は、何故か反射的にスラックスをぎゅっと掴んで持ち上げていた。
「め、メスだったのかファフニール!?」
「左様。姫ホドデハナイガ、胸モアル」
「え、そ、そうなのか……?」
ちらりとファフニールの胸(?)らしき箇所を見つめる誠次である。
「……胸ハ冗談ダ」
「冗談かよ!」
西暦の史上初めて、竜に冗談を言われた人間だろうか。
「シカシ小僧、見タナ?」
「そりゃあ竜の胸なんて滅多に見られるものじゃないからな!」
何故か自分の胸元を隠しながら、誠次はファフニールに向け叫び返す。
心なしか、無表情のままのファフニールが満足そうに笑って見える。
「フ。小僧トテ所詮ハ男カ」
「い、いや別にっ。竜相手に欲情するほど俺は飢えてはいない!」
竜相手に欲情するかどうか、そんな奇天烈な考えをするにまでこの魔法世界は至ってしまったのか。
浴場へ向かおうとする誠次は、軽い目眩を感じていた。
その後、部活から戻ってきたルームメイトと志藤と共に、お好み焼きパーティーを楽しむ誠次であった。
「何で別の皿に自分の取り分けてんのお前?」
割り箸を口に挟みながら、志藤が訊いてくる。
誠次はせっせと自分で食べる分のお好み焼きを口に運びながら、皿にファフニールにあげるようのお好み焼きを切り分けていた。
「餌付けだ」
「なんか飼ってたっけお前?」
「とびきり巨大で、人の言葉を話す、空飛ぶ生き物だ」
「……」
くちびるの端に鰹節を付けたままの志藤は、天を見上げて考えるような仕草をしてから、
「なんか滅茶苦茶怖くないかそれ!?」
「最初はそうだったけど、今じゃ愛嬌を感じてきている」
「うわー……」
うんうんと頷きながら、誠次は皿に乗ったお好み焼きの切れ端を眺める。彼……いや彼女は、お好み焼きにマヨネーズはかけるタイプなのだろうか。きっと主人が大好きなのだから、かけるタイプだろうと直感した誠次は、マヨネーズをかけ、一人玄関へと向かう。
「みんなは楽しんでいてくれ!」
「おーう」
四人の男子を残し、誠次はせっせとお飲み焼きを運んで、中庭へと向かう。
昇降口に出入り禁止の魔法障壁はかけられているが、魔法は効かないため、誠次は半透明な壁をレヴァテイン・弐と共に簡単に通り抜ける。
「綺麗な星だな」
明かりもカーテンで遮られているため、昔は見えなかったと言われている都内の星空も、鮮明に見ることが出来た。
「ファフニール! 言ったとおり、持ってきたぞ」
誠次が呼びかければ、間もなく、星空を覆うほどの巨大な影が、上空から飛来する。凄まじい風が巻き起こるが、室内にいる人からすれば、突風が一瞬だけ吹いたぐらいの衝撃だろう。わざわざそれを確認する為に、危険な夜の窓を開ける生徒はいなかった。
「――ホウ。律儀ダナ」
中庭に着地したファフニールは、頭を降ろして、誠次の手元のお好み焼きに顔を近づける。
「お前にも恩がある。俺の命の分を返せたとは思っていないが、受け取ってくれ」
「別ニ貴様ヲ思ッテノ行為デハナイ。全テハ姫ノタメデアッタ」
「そう言えばそうだったな。でも、美味いから是非食べてほしい」
ファフニールは巨大な顔を、誠次の目と鼻の先にまで近づける。頭だけでこちらの身長分の大きさはあるので、迫力満点だ。
「フム。香バシイソーストマヨネーズノ匂イガシテイルデハナイカ」
「……美食家、なんだな……」
やや開けた口の中から、蛇のように細長い舌を伸ばし、ファフニールは吸い込むようにしてお好み焼きを平らげる。言うなれば、カメレオンの捕食に近い動きだ。
一瞬にして綺麗になった白い皿を見つめ、誠次は驚愕しながらも、ファフニールを見上げる。
「美味かったか?」
「美味デアッタ」
満足そうに喉を鳴らすファフニールに、誠次も微笑みかけていた。
「そうか。持ってきた甲斐があった」
「礼ダ小僧」
ファフニールはそう言うと、自身の巨大な身体を地に這わせるようにして、沈めてくる。
「乗ルガイイ」
「飛んで行ってくれるのか?」
「竜ハ礼節ヲ重ンジル」
「竜社会は律儀なんだな」
苦笑した誠次は、刺々しい鱗にしっかりと掴まり、ファフニールの背中に跨がる。鱗は硬く冷たく、お世辞にも快適とは言えない乗り心地だが、ファフニールは構うことなく両翼をはためかせる。
「遊覧飛行か。この星空を近くで眺められるなんて、最高の贅沢だと思うな。……夜を失ったこの魔法世界じゃ」
二度目となるファフニールの搭乗に、誠次はすでに慣れを感じていた。いや、慣れたと言うよりは、元々慣れていた気がすると言うべきか。
やがて、ファフニールは大地から足を離し、上昇していく。内臓が下るような感覚を味わったのも一瞬のこと。誠次は全身に爆風を浴びながらも、ファフニールと共に空を飛んでいた。
「フ。随分ト余裕ソウデハナイカ?」
「自分でも不思議なんだ……。もっとも、平行的な動きに限るけどな」
「ホウ? デハ、コウスルト?」
ファフニールは上空で大きく旋回しながら、身体を徐々に傾かせてくる。当然、誠次の態勢は斜めになっていき、誠次は慌ててファフニールの鱗にしがみつき直す。
「ちょっ、怖い怖い! 頼むファフニール! ……もしかして、怒っているのか!?」
「人ノ分際デ小生意気デアッタカラナ」
「竜の礼節は何処へ行ったっ!?」
やがてファフニールは姿勢を安定させ、誠次も安心して、綺麗な夜空を眺めるようになった。
「とても綺麗だ……。見せてくれてありがとう、ファフニール。……なんだか、夢が叶ったようだったよ」
「……」
まるで風を浴びるように、夜空を優雅に泳ぐファフニールは、やや間を置いて話しだす。
「彼奴モ、コウヤッテ我ト共ニ空ヲ飛ビ、夜空ヲ眺メルノガ好キデアッタ」
彼のことだろうと、誠次はすぐに直感する。
「……随分とロマンチストだったんだな」
かつての旧魔法世界でレーヴァテインを振るっていたとされる人物だ。ファフニールには、その人物の生まれ変わりのような扱いを受けている。
誠次が問うと、ファフニールは「左様ダナ」と苦笑するように答える。
「……人と神が争い合っていた戦争があった時代で、人のために戦い続けた番人にも、そんな些細な幸せがあったんだな」
誠次は綺麗な星空を眺め、呟く。そして、しばし口を結んだ後、こんなことを聞いていた。
「なあファフニール。アイツは……スルトは、幸せそうだったか?」
「幸セ?」
「ああ。大切な人たちを守って戦って。……その果てにスルトが感じていたのが、俺と同じ幸せと言う感情だったら良いなって思ったんだ。俺は少なくとも、誰かを助けて守れたときに、その人が見せてくれる笑顔を見られたら、それだけでも戦った甲斐があったって思えて、続く戦いでもレヴァテインを迷わずに振るうことが出来る」
持ち上げた右手を見つめ、誠次は言う。
「だが、お前が言ったスルトは冷酷で無慈悲。自分で言うのもなんだが、俺とは真逆の性格だったと思う。そんな人が魔法世界の番人として誰かを守るために戦うなんて、ある意味矛盾していると思うんだ。いっそ世界征服、なんて方がよっぽど性に合っている」
「確カニナ」
ファフニールは瞳を細めているようだ。
「アイツは、なんのために戦っていたんだ……? なんのために、その身を炎で焦がしてまで、レーヴァテインを振るっていたんだ……」
誠次は俯きながら、呟く。
「……彼奴ニモ、守リタイモノガアッタノデアロウ。ソレガナンデアッタノカ、今トナッテハ我ニモモウ分カラヌ」
ガ、とファフニールは、背中に乗る誠次へ視線を向ける。
「小僧ノ信念ハ、間違ッテハイナイト思ウガナ」
「ファフニール……」
「勘違イハスルナ。姫ヲ守ル貴様ノ信念ハ、正シイト思ッタダケノ事」
誠次は思わず苦笑し、ファフニールにそれがばれないように、彼女の鱗をそっと撫でていた。
「……安心してくれ。ルーナを国際魔法教会の支配から解き放ったのは、紛れもなく俺だ。そうさせた以上、俺はルーナの幸せの為にも、戦うよ」
「他ノ女子ニモ言ッタヨウナ事ヲ」
「し、しょうがないだろ!? それ以外に上手い言葉が……今の俺には見つからないんだ」
呆れ声のファフニールに、誠次は顔を赤く染めて反論する。
「……貴様ハ、ヤハリ我ノ知ル男デハナイナ」
じっと考えていた様子のファフニールであったが、最終的にはそんな事を言ってくるのであった。
「そう思えてくれて光栄だ。俺はヴィザリウス魔法学園2-A所属の、天瀬誠次だ。魔法が使えない、魔法世界の剣術士」
誠次はファフニールの背中にぽんと手を添え、そう言っていた。夏の暑さも虫の鳴き音も、夜空ではその鳴りを潜め、涼しい風が吹いていたところであった。
――頭上で一筋の流星が墜ちた。
その瞬間、空中を優雅に舞っていたファフニールが、突如として翼を閉じ、猛スピードで進み始めたのだ。
「ファフニール!?」
身体を激しく打ち付けるような風を受けながら、誠次は片目を開く。
また何かの悪戯かとは思ったが、そうではないようで。誠次はファフニールの背中の突き出た鱗を両手で懸命に握り、一体どうしたのかと声をかける。
「急にどうした!?」
「狙ワレテイル!」
「狙われている!? 一体何に!?」
「後ロダ! 来ルゾ!」
ファフニールの言葉に、誠次は咄嗟に頭だけで振り向く。
「あれは――っ!」
目視できた。月の明かりに濡らされたビルとビルの間を、弾丸のようなスピードで突き抜け、こちらを追従する巨大な黒い影が一つ。
しかしそれは、”捕食者”ではなかった。奴らよりははっきりとした鋭利なシルエット。そして、胴体から左右に向けて伸びる大きなマントのような形に、後方へ続く長い尾。
膨大な量の風を浴びながらも、誠次は黒い二つの目を、大きく見開く。
「黒い、竜だと!?」
突如として都会の街中に現れ、こちらを猛スピードで追う黒い竜は、こちらへ向けた頭部の口を開け、その中で激しい電流を蓄え始める。
~彼女らの仲が良ければ、彼女らもまた仲が良いのは必然~
「クゥーン!」
ぱいふー
「ドウシタ白虎ヨ?」
ふぁふにーる
「ガルルルっ!」
ぱいふー
「フム」
ふぁふにーる
「グルルルっ!」
ぱいふー
「ナルホド」
ふぁふにーる
「ニャーっ!」
ぱいふー
「……ファフニール。白虎はなんて言ってるんだ……?」
せいじ
「寮室ノ風呂ノオ湯ガ溢レテイルヨウダ」
ふぁふにーる
「姫モ女中モ外出中ラシイ」
ふぁふにーる
「大変だーっ! ルーナっ! クリシュティナーっ!」
せいじ




