表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ミルキーウェイで会いましょう
35/189

2 ☆

 七月の初旬。そこで迎える七夕と言う行事は、ヴィザリウス魔法学園でも行われていた。意識的には、夏のクリスマスのようなもので、魔法学園の公園のような中庭にも、笹と竹のツリーがそびえ立っている。

 深緑をカラフルに彩る短冊は、魔法生たちの願いを抱いて魔法で浮かび上がり、ツリーに取り付けられる。


「七夕か。これも、日本ならではの行事なのか?」


 夏の制服姿でルーナは、備え付けの短冊を片手に持ち、巨大なツリーを見上げている。暑い事に変わりはないが、中庭には時よりミスト状の水が噴射されるので、ましにはなっている。


「いえ、中国でも七夕と言う行事はあります。中国ではどちらかというと、恋愛色が強い傾向にありますが」


 クリシュティナもルーナ同様、短冊とペンを持っている。


「恋愛か……。別に、そのような事を書いてもいいのだろう?」


 ややもじもじとしながら、ルーナは傍らのクリシュティナに尋ねる。


「それはそうですね。日本の七夕のお願い事に特に決まりはありませんし、誠次せいじへの想いを書いても問題ないかと思います」

「な!? なぜ分かった……」

「私はすでに誠次の為に――」

「わ、私もっ! ……誠次ともっと一緒にいられるように……書く」


 小声になりながらも、ルーナは短冊をじっと見つめて言っていた。

 クリシュティナもまた、やや恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、お手本になるほどの綺麗な字で、短冊に文字を書いていく。


「――見つけた、ルーナ、クリシュティナ」


 二人の背後から現れたのは、同じく短冊を握り締めている天瀬誠次あませせいじであった。


「「せ、誠次っ!?」」


 竜と虎が二人して慌てふためき、持っていた短冊を隠すように握り締める。


「やっぱり二人も何かお願いするのか?」


 誠次はルーナとクリシュティナの横を通り過ぎながら、まずはとツリーを楽しげに見上げる。

 

「そ、そうなんだ。誠次もお願いするのか?」


 ルーナは忙しなく前髪を触りながら、誠次にく。


「ああ。せっかくだし、お願い事はするだけでも得した気分になるからな」


 誠次は微笑みながら、手持ちの短冊を見つめる。


「誠次は何をお願いしたのでしょうか?」


 クリシュティナも誠次の隣に立ち、尋ねてくる。


「ありきたりだけど、世界平和だ」

「「……」」


 ありきたりで殊勝な事を書いたものだと我ながらでも思っていると、ルーナとクリシュティナが何やら恥ずかしそうに同時に俯いている。

 誠次はきょとんとして、二人を交互に見つめていた。


「二人ともどうしたんだ?」

「い、いえ。ご立派な願いだと思いますっ」

「それに比べて私たちは、なんと身勝手な……」


 小声となり、遂には聞こえなくなってしまうほどに二人の声量はか細いものとなっている。

 何か変なことでも言ってしまったのだろうかと不安になりながら、誠次は【魔法世界が平和になりますように!】と書いた短冊を、二人の前に差し出す。


「ちょうどよかった。俺だと魔法で飾れないから、代わりに飾ってくれないか? 出来れば高いところがいいな」

「任せてくれ」「お任せ下さい」


 ルーナとクリシュティナは同時に手を伸ばし、誠次のお願いが書かれた短冊を預かろうとする。

 二人の白い指が同時に触れ合うと、二人の青と赤の視線が、互いを見つめ合う。


「私がやるクリシィ。手出しは無用だ」

「こういうことは私の役目ですルーナ。七夕初心者のルーナは見ていて下さい」

「七夕初心者とは……?」


 静かな火花を散らす二人の前で、誠次がそっとツッコむ。


「ま、待ってくれ二人とも! 俺の短冊が真っ二つになる!」

「このままではマズイ! クリシィ……私は姫だっ!」


 みしみしと音を立て始めた誠次の短冊を見つめ、ルーナは胸を張り、きっぱりと宣言する。

 無論、昼休みにお願い事を書きに来た生徒は他にも多数いる。その中でルーナは、自分が亡国オルティギュアの姫であることを高らかに宣言した。当然、周囲の魔法生たちは一斉にルーナを見つめていた。

 はっとなったクリシュティナは、悔しそうに俯く。


「……オルティギュア王国の特別ルール、()()()()を使われるとメイドの私では手も足も魔法も出ません……」

「オルティギュアの民主主義は遠かったんだな……」


 愕然として悔しがるクリシュティナに、誠次が遠い目をしていた。

 結局、短冊はルーナの手により、三人分とも飾られることになる。昔は七夕と言えば、夏祭り同様夜の行事だったそうだが、これもこの魔法世界の夏祭り同様、昼に行う事になっている。

 燦々さんさんと輝く太陽の下、魔法の力でまるで翼が生えたかのように飛翔する、三枚の短冊。視野を広げれば、他にも多数の短冊が、魔法生たちの扱う魔法によって飾られていく。


「……?」


 自分の短冊を見守っていた誠次が、目を細める。

 青と白の背景に輝いていた太陽が、急に巨大な黒い影によって覆われた気がしたからだ。その黒い影のシルエットは、誠次にとってひどく見覚えのあるものだった。


ドラゴン……?」


 飛行機の見間違いでもなく、一対の巨大な羽と、細長い尻尾。そして、筋骨隆々のがっしりとした胴体は、この世界が魔法世界となる前までは空想上の生物として見られていた存在に違いない。

 そんな竜を従える少女であるルーナの横顔をじっと見つめ、誠次は再び青空へ視線を戻す。黒い影は、一瞬のうちに、また幻のように、姿を消していた。


「……ルーナ。ファフニールを出していたのか?」

「ファフニールか? いや、今は私の中で眠っている。最近はよく眠るようになっていてな」

「そうか。なら、俺の見間違いか……鳥だったのかな」


 何かが駆け抜けた後のような風が吹き、誠次たち魔法生を包んだそれは、笹と竹の葉と短冊を揺らしていく。あと数時間もすれば、青空は夜空へと変わり、星空が広がるのだろう。運がよければ、天の川も見られるかも知れない。


(いつか、父さんと母さんとヴァレエフさんが見ていた光景を、みんなで一緒に……)


 かつて父と母と恩師が追い求めたそらへの想いを馳せ、誠次はツリーに飾られた自分の短冊をじっと見つめていた。

 やや吹いた生暖かい風を浴び、誠次は二人の少女に黒い視線を向ける。


「ありがとうルーナ、クリシュティナ。そうだ、今度の休みに、三人で出掛けないか?」


 思いついたように、誠次が提案する。


「「え?」」


 ルーナとクリシュティナ共に、そっくりな反応で返される。元姫と元メイドと言う身分であるが、そこら辺の女子高生となんら変わらないような二人の反応に苦笑しながらも、誠次は頷いていた。


「ほら。日本の事を紹介するって言っても、何だかんだで出来ていなかったしさ。雑誌とかで外国人観光客人気のおすすめスポットとか調べたし、二人と一緒に行ってみたいと思ったんだ。ロシア愛ならぬ、日本愛を二人には深めて貰いたくてさ」


 誠次は人差し指を突き出し、得意げに言う。


「ありがとう……誠次。……楽しみにしている」

「はい、是非。……嬉しいですね」


 ロシアからやって来た二人にとっては早速、七夕のお願いが叶ったようだ。竜虎は二人揃って、幸せそうな笑顔を見せていた。


             ※


 商店街で気を失ったティエラは、柔らかいベッドの上で目を覚ましていた。腕に刺さっているチューブをぼんやりと眺めれば、ここが病院なのだと言うことが分かる。


わたくしは……」

「――熱中症だったそうですよ」


 寝かされていたベッドの横で、商店街で出会った黒髪の少女、七海凪ななみなぎが椅子に座っていた。私服姿の彼女は、今時珍しい紙の媒体を使った本を読んでいたようだ。


「そうですか……。感謝致しますわ、ナギ。この恩は、絶対に忘れませんわ。グラシアス」

「そんな。私はただ、救急車を呼んだだけですよ……」


 内股を合わせ、再び七海は、自信がなさそうに俯いてしまう。


「ガンダルヴル魔法学園。そこの二年生だったんですね。倒れたときに、身元確認の為に学生証を見ました。失礼でしたら、ごめんなさい」

「構いません。ええ、その通りですわ」

「私は……ヴィザリウス魔法学園の一年生です。ティエラさんの一つ下の年代ですね」


 そうなれば少しは緊張が解けるかもしれないと、七海は当たり障りのないように言葉を選んでいるようだった。


「ヴィザリウス、魔法学園!?」


 ティエラは急に上半身を起こす。覇気を失っていた紫色の瞳にも、輝きが戻っていた。


「う、うん。はい……」


 ティエラとは対照的に、七海は頭を下げている。


「ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイトは知っていて?」

「ルーナさん? ……あ、一つ上の先輩で、ものすごく美人で、スタイルの良い外国人の先輩。結構目立って、有名な人です。男の子はもちろん、女の子にも人気があります」

「まあっ!」


 ティエラはぱあっと、表情を明るくする。およそ一年間追いかけ続けた相手が、もうすぐ近くにいるようなものなのだ。無理もなかった。


「やはりルーナはこの極東の地でも、輝きを放っているのですね……」


 そうでなければ、自分のライバルにはなり得ないだろう。強く凛々しく美しい相手の健在ぶりを妄想し、ティエラはやる気に満ち溢れていた。


「こんな所でじっとしていられませんわ! すぐに会いに行きませんと!」


 ベッドから完全に身体を自立させようとするティエラであったが、すぐに目眩がやって来て、ティエラの全身から力を奪い去る。


「む、無茶ですよ。お医者さんも安静にしているよう、言っていましたし……」

「そんな! ここへ来て、こんな所で……」


 しかし、熱気にやられた身体は早々に回復してはくれていない。こんな状態で再会し、因縁を晴らそうにも、まともに戦える状態ではなかった。


「あの……私でよければ、介抱しますから。今日は職業見学で学園を早退していたんですけれど、授業終わりなら、ここへ来れます。この病院、学園から近いですし」


 七海が思い切った様子で、ティエラに告げる。


「迷惑でなければ、いいのですけど……」


 しかし次にはすぐ、恐る恐ると言った様子で、俯いてしまう。


「迷惑だなんて、とんでもありませんわ。ナギ。貴女は、お優しいのですね」


 どうして目と目を合わせて話してくれないのだろう、とティエラはやや少しの寂しさを感じながらも、首を横に振る。


「私には、それくらいしか取り柄がありませんから……」


 持っていた本をぎゅっと抑え込むようにし、七海は言う。


「それは、昔の本ですの? 珍しいですわね」

「うん……。でも、これが好きだから……」


 七海は本で口元を隠しながら言っていた。


「読書家、ですのね?」

「うん……。そんなに詳しいってわけじゃないですけど……」


 でも、と七海は顔を上げる。


「でも、本は好きなんです……」


 頬を赤く染め、本を大事そうに抱いていた。


             ※


 七夕の前日の土曜日。ヴィザリウス魔法学園は週六日授業であるが、土曜授業は午前中に終わることがほとんどだ。誠次は、ルーナとクリシュティナと共に私服姿で街へ出掛けていた。街はどこも夏模様に衣替えしており、顕著なのはやはり七夕行事であろう。

 

「おおっ! クリシィ! 日本のメイドがいるぞ!」

「話には聞いていましたが、本当にあのような格好をしているのですね……。あれでは逆に働きづらそうですが……」


 歩いていた電気街では白と黒のひらひらの服を着こなしたメイド喫茶の店員を発見し、ルーナとクリシュティナの興味を大いに引いていた。


「彼らにも仕えるべき主人がいるのでしょうか?」


 クリシュティナが誠次に尋ね、誠次は返答にやや困って頬をかく。


「ええと、お客さん、か?」

「不特定多数を相手にするのは、きっと大変でしょうね……」


 クリシュティナは懸命に働くメイド服の少女たちを労るように、心配そうな眼差しを向けていた。


「そうか。二人ともメイド喫茶を知らないのか」

「メイドの喫茶だと……。これも日本独自の文化のようだな」


 ルーナが感心しているようだ。

 お姫様が懸命に働くメイドを眺めている光景というのも、なかなか見れるものではないだろうが。

 メイド喫茶に寄るという事も一瞬考えたが、ルーナとクリシュティナの手前、可愛らしいメイド服を着こなした他の女性にうつつを抜かす事が許されるはずもなく、誠次は急いでその場を撤退する。

 甘い誘惑を乗り越え、三人が向かったのは、当初の目的であった浅草であった。

 

「ここが雷門だ。今は七夕祭りが行われているけど、普段から凄い人が多くて、有名な観光客スポットなんだ」


 誠次が説明する。


「凄いですね。まるで、緑のトンネルのように笹と竹の葉が垂れ下がっています」


 感動するクリシュティナの言うとおりであった。巨大な風雷神門の先では、緑のトンネルが広がっているように、七夕祭りの装飾が施されている。今となっては少ないが、その昔には、大勢の外国人観光客で賑わっていたそうだ。


「ちょうどここも七夕祭りをやっているみたいだな。ピークは明日だろうけど、それでも凄い人数だ。迷子にならないように気をつけよう」

「方向音痴のクリシィと私を一緒にして貰っては困るな、誠次」

「お言葉をルーナ。たまたま道を間違えるだけです」

「それが方向音痴と呼ばれるのじゃないのか……?」


 誠次が冷静にツッコんでいた。

 誠次たち三人は、竹と笹の葉で作られたトンネルをくぐり、屋台街を巡る。

 

「浅草と言えばもんじゃ焼きだよなー!」


 時より漂うソースの香ばしい匂いを嗅ぎ、誠次は期待に胸を膨らませる。ルーナとクリシュティナも、昔ながらの日本らしさが残る屋台街をくまなく眺め、感動しているようだった。


「ソースと鰹節のハーモニーが堪らないんだ!」

「「美味しそう……」」


 外国人にこの国の良いところを伝えられ、それで喜んでくれるのは、紹介するこちらも嬉しくなるものだ。


「あの子たちは……」


 綺麗なガラス細工を扱うお店のショーウインドウを眺めていたところ、ガラスに反射した何かをクリシュティナが見つけていた。


「どうした、クリシィ?」


 この時期にぴったりの風鈴を眺めていたルーナが、クリシュティナをじっと見つめる。


「どうやら困っているようです」

「迷子か?」


 誠次も振り向き、ちょうど向かい側にいる兄妹らしき幼い子供たちを見つける。二人の子供は、無数に行き交う人の流れを見て、怯えたように下を向いてしまっている。その表情は、今にも泣き出しそうだ。


「近くに行きましょう」


 そんな兄妹らしき二人の子供をいち早く発見したクリシュティナは、二人に確認を取りながら、人の群れを横切るようにして歩き出す。もちろん、誠次とルーナも後に続いた。


「二人とも、大丈夫ですか?」


 困り果てた様子の二人の少年少女の前までたどり着いたクリシュティナは、微笑みながらしゃがみ、優しく声を掛ける。


「……っ」

「パパとママが、いない」


 怖がって縮こまり、兄と思われる少年の背に隠れた少女の前で、少年が返事をする。僅かばかりのプライドを見せるように、いなくなった両親に対して不満そうな感じを出しながら。


「ここら辺の近くにはいるのですか? ここまでは、一緒にいたのですよね?」

「うん……」

 

 少年は自信無さげに、頷く。


「今調べたけど、近くに迷子センターがある。そこへ連れて行って、お父さんとお母さんを呼んで貰おう」


 誠次がクリシュティナの後ろから声を掛ければ、クリシュティナは頷いていた。

 妹と思わしき少女の腕をしっかりと握る少年を見つめ、クリシュティナは「ついてきて下さいね」と声を掛ける。

 少年と少女は、無言で頷き、クリシュティナのすぐ後をついていく。

 浅草の屋台街には、外国人観光客向けや、迷子の為の案内センターがあった。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 そこにいた職員に、二人の子供を預けると、やはり兄妹であった子から、クリシュティナは頭をぺこりと下げられていた。


「いいえ。貴方こそ、妹さんの手をずっと離さないでいて、立派でしたよ」


 クリシュティナが答えると、少年は誇らしげに胸を張る。


「だって、七夕って織姫と彦星が会える日なんでしょ!? 絶対離れちゃ駄目だって思ったから!」

「……そうですね。二人にとっては、一年一度だけ会う事の出来る、大切な日ですね」


 少年の言葉に、クリシュティナは微笑み、うんと頷いていた。


「お父さんとお母さんが迎えに来るまで、傍にいてあげて下さい」

「うん」


 最後にそんな言葉を掛け、職員に事情を説明していた誠次とルーナの元まで、クリシュティナは戻る。


「これでひとまず安心のようだな」


 幼い兄妹を無事に預けられ、ルーナもほっと一息ついている。


「感謝します誠次。最善策を見つけて下さって」

「俺は特に何も。クリシュティナが二人を見つけたからだ」


 誠次はクリシュティナの後ろの方で、職員らにあめ玉を貰う二人の兄妹を眺める。


「ミハイルさんと自分を重ねたのか?」


 誠次のその言葉に、クリシュティナは軽く目を見開いていた。しかしそれも、すぐのこと。


「……はい」

「ミハイルさんもきっと、同じような状況だったらクリシュティナの手を掴んでいたと思うよ。あの人は、クリシュティナのことを大事に思っている」


 国際魔法教会に籍を置くミハイル・ラン・ヴェーチェルは、今となっては年に一度会えるか会えないかと言う状況になってしまっている。

 そんなクリシュティナを不憫に思い、気遣う誠次であったが、当のクリシュティナははっきりとした表情で顔を上げていた。


「お兄様の事はもちろん大切です。私がもう少し子供の頃であれば、私もきっとあの女の子のようにお兄様の陰に隠れていたでしょう」


 ですが、とクリシュティナは誠次を見つめてから、にこりと微笑む。 


「マンハッタンで私はようやく、過去の自分と別れる事が出来ました。これからは、ずっと貴方の傍にいたいです、誠次。とても年に一度だけではありません。また、このように一緒にお出かけしましょうね、誠次?」


 クリシュティナの信頼の言葉は、とても出会ったばかりのころとは違った、温かな感情の籠ったものであった。


「うん。俺もクリシュティナから魔法チカラを貰った以上は、クリシュティナをちゃんと守るよ。クリシュティナのお兄さんに負けないように。俺もクリシュティナにとって頼りになりたいし。こんな俺でも、守りたいものは守れるはずだから」


 誠次は気恥ずかしく、後ろ髪をかきながら答えていた。


「それでしたら私も、誠次にとってもっと頼りになる存在になりたいです……」

「隙あらば誠次の懐を狙う姿勢は、さしずめ虎の狩りのようだな、クリシィ?」


 ルーナがジト目でクリシュティナを睨んでいると、クリシュティナは慌てて前を向く。


「竜には真正面から挑んでも勝ち目が薄いですからね」


 もう黙って譲るつもりはないと、クリシュティナは不敵に微笑んでいた。

 やや危なくなりかけた空気を払拭するためにもと、慌てて誠次がぽんと手を叩く。


「い、一難越えたら、お腹空かないか? 昔からある有名なもんじゃ焼き屋に行って、腹いっぱい食おう!」


 もんじゃ焼きもまた、日本の風習が成せる美味しい一品だ。きっと二人も喜んでくれるはずだと、誠次は張り切っていた。

 木造の建物がおもむきあるお好み焼き屋にて、誠次はさっそく二人にもんじゃ焼きの作り方を伝授する。


「安心してくれ。俺は天瀬家でもんじゃ焼き作りの天才と呼ばれた男だ!」

「天才の無駄遣いでは……」


 一年前香月こうづきに言われたことをそっくりルーナに言われる、誠次であった。

 しかし二人とも、もんじゃ焼きを初めとした昔ながらの日本食には、満足そうに舌鼓を打っているのであった。


挿絵(By みてみん)

~元メイドのお悩み~


「これがもんじゃ焼きというものなのですね」

くりしゅてぃな

        「トッピングでチーズとか入れると更に美味しくなるぞ」

              せいじ

「良い匂いがしてきましたね」

くりしゅてぃな

        「そろそろ食べ頃だな」

              せいじ

「ところで、誠次。この際に、一つ訊きたいことがあります」

くりしゅてぃな

        「どうしたんだ?」

              せいじ

「……私の名前とは、そんなに言い辛いものでしょうか?」

くりしゅてぃな

        「もんじゃ全然関係ないな!」

              せいじ

        「でも確かに、クリシュティナ、って言うのは、慣れるまで時間がかかると思うな」

              せいじ

「はい」

くりしゅてぃな

「みんな最初は必ず言えません」

くりしゅてぃな

「諦めて、くりちゃん、と言われることが多々あります」

くりしゅてぃな

「私は不満はありませんが、皆さんに逆に不便をかけているかもしれないと思うと」

くりしゅてぃな

「このルーナによってマヨネーズがトッピングされてしまったもんじゃ焼きも喉を通りません」

くりしゅてぃな

              「ギクっ!?」

                るーな

「俺は珍しくて、逆に覚えやすかったけどな」

せいじ

「俺だって剣に、レヴァテイン、なんて名前をつけるぐらいだったし」

せいじ

「……って、すまないクリシュティナ。これじゃなんのアドバイスにもならないな……」

せいじ

            「いえ」

             くりしゅてぃな

         「誠次がそう言って下さるのでしたら、気にしないことにします」

             くりしゅてぃな

         「もんじゃ焼き、食べてみますね」

             くりしゅてぃな

          「もぐもぐ……」

             くりしゅてぃな

          「もぐもぐ……」

             くりしゅてぃな

「す、凄まじい勢いで無言で食べ始めた……」

るーな

           「実は内心ですごいストレスだったんだろうな……」

              せいじ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ