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ヴィザリウス魔法学園の三学年生と八仙花会の魔術師教徒による激しい戦いが続くグラウンドを後に、誠次と香織とシヴァは一人で逃げ出した四季紫を追いかけ、スタジアム観客席の三階通路を走っていた。
「待て四季紫! お前を最後まで信じた教徒たちはどうするつもりだ!?」
「そんな役立たず、知りませんわ!」
四季紫は通路内部へと続くゲートへと入る。
誠次たち三人も、すぐに後に続いた。
「シヴァ、お願い!」
香織の指示を受け、頷いたシヴァは空中を浮遊し、逃げようとする四季紫の目の前に立ち塞がる。
「私が……っ! 私はこんなところで……っ!」
忌々しげにシヴァを一瞥した四季紫は、振り返る。別の道を探す算段だったのだろうが、シヴァが逃がしはしない。
ふぅ、と、息を吹き掛けるような動作をするシヴァ。彼女の口元で、ダイヤモンドダストがきらきらと煌めく。すると、四季紫の周囲を取り囲むように、氷で出来た美しい彫刻品のような華が咲く。
「鬱陶しいですわっ!」
四季紫は氷の華を睨み、叩き割ろうと足で蹴るが、シヴァが作った氷はびくともしない。
「そこまでだ、四季紫!」
氷の華の茨の中、追いついた誠次と香織が立ち止まる。
「私をどうする気? まさか、その剣で殺すのね!?」
四季紫はすっかり怯えた様子で、白い刃を光らせる誠次を見つめる。高温多湿な梅雨の季節の中で全力疾走をしたためか、汗を盛大にかいており、厚化粧が崩れてしまっている。
「殺しはしない。無駄に傷つける気もない。ただ、約束はしてもらう。今後は絶対に、相村佐代子先輩に手を出すな。そして、こんな狂った集会を行うな!」
さもなければと、誠次は連結させたレヴァテイン弐の尖端を、四季紫に向けていた。
「なんであんなことを……。今まで一体、何人の人を”捕食者”に!?」
そう言った香織と誠次の間に、シヴァが冷気を漂わせて下り立つ。
「さあね、もう覚えていないわ。……本当は私だって、”捕食者”と共存できるはずなんてないと思っているわ」
四季紫は黒髪をだらりと垂らして、そんなことを言い出す。
「”捕食者”と仲良くなれるなんて、本気で思って信じ込んで。きっと全員、この救いようのない魔法世界に絶望しているのね」
「おのれ……。誑かしたのは貴様だろう!」
怒る誠次が問うと、四季紫はほくそ笑む。
「ええそうね。でも事実じゃないかしら……? 夜の外に人を喰う怪物がいるなんて、こんな不条理な人生。私は嫌よ。だから私は、手を差し伸ばしていたの。少なくとも、この魔法世界に絶望した人に夢を見せることは出来たわ」
「人の命を犠牲にさせてまで見せるまやかしの夢など……!」
歯痒い思いと怒りを口の中で噛み殺し、誠次は大きく息を吐き出す。
「もう貴女のような考えや、集団が生まれないためにも、これ以上無意味な人の犠牲を出させないためにも、俺がこの魔法世界を変える! レヴァテインと共に!」
「変えるって、どうする気よ? まさか、”捕食者”を全て消し去ってくれるとでも言うの? あの怪物がいる限り、この狂った世界はどうにもならない」
「諦めるものか!」
背筋をぞくりとした何かが駆け抜けていくような奇妙な感覚を覚え、言葉の割に、誠次は身震いをしていた。
「――し、四季紫さんっ!」
子供の声が突然聞こえ、誠次と香織は同じ方を見る。氷にまみれた通路から、ラビットキャッスルで戦った少年が、四季紫の元へ駆け寄ってきていたのだ。
「貴様は……」
誠次が油断なくレヴァテインを構え向けると、少年は怒りに満ちた表情で、誠次を睨む。
「よくも僕の……四季紫さんをっ!」
「君も洗脳されているのか。君に勝ち目はない。大人しく降伏してくれ!」
「嫌だ! 僕にとって四季紫さんは……命の恩人なんだ! 僕は四季紫さんを守る!」
少年はほとんど泣き出しそうな声で、攻撃魔法を誠次に向ける。
「命の、恩人……?」
「僕のママもパパも”捕食者”に食べられた! 僕を拾ってくれた四季紫さんの為だったら、僕は何でもするっ!」
「……っ!?」
少年の叫ぶ声を受けた誠次は、思わず、後ずさる。
「やめろ……お前は……違う……っ!」
「……セイジ?」
口で荒い呼吸を繰り返し、狼狽する誠次を、付加魔法状態中の香織が心配そうに見つめる。
全身から汗を吹きだし、左手でぎゅっと左胸を抑えつける誠次の白い目には、なぜか少年の姿が別の人に見えていた。
「八ノ夜さんの為だったらなんでも出来る! 八ノ夜さんは、俺が守る!」
――幼い姿の、自分であった。
違うと、瞳を閉じて必死に首を左右に振るが、幼い頃の自分は背後の四季紫を守ろうと、消えてはくれない。
「違う……俺は八ノ夜さんを、信じている……っ!」
「お兄……さん?」
少年も尋常ではない誠次の様子に、やや戸惑っているようだ。
「やめろ……やめろレヴァテイン! 俺にまやかしを見せるなっ!」
右手で握るレヴァテインが上下に揺れ、誠次は自分でもわけが分からずに叫び散らす。
「落ち着いてセイジ。なにも見えないわ」
そんな誠次の右手にそっと、香織の冷たい手が添えられる。
香織の接触を感じた誠次は、ようやく我に返り、再び焦点を少年へ定める。
「平気、セイジ?」
「……すみません。なぜか、急に幻覚が見えて……」
呼吸を整え、誠次は改めて少年を見る。
「傷つけるつもりはない。ただ、君の後ろの女性は、あまりにも多くの罪を犯した。このままにしておくわけにはいかない」
「嫌だ……。四季紫さんがいなくなったら、僕は一人だ!」
(……っく)
少年の姿が一々過去の自分と重なり、誠次はこの上ない気持ち悪さを感じ、口で盛大に息を吐く。白く光るレヴァテインを握る右手は、雨ではなく汗でびっしょりであった。
「――現状を変える簡単な方法を教えてあげよう」
その新たな声は、誠次と香織とシヴァの背後から聞こえた。
まずシヴァが、背後から近付く何者かの気配に気付いたようで、咄嗟に振り向く。正確には、それは人ではなかった。
飛来した白く細長い魔法の槍が、浮遊していたシヴァの真横を掠め、攻撃魔法を展開していた少年を、魔法式ごと貫いた。
「「え!?」」
誠次と香織が驚き、咄嗟に身動きできないでいると、少年は苦悶の表情を浮かべ、腹部に突き刺さった魔法の巨大な槍を引き抜こうと必死にもがく。
「がああああっ! 痛い……痛いっ!?」
「これは!?」
戸惑う誠次の目の前で、少年の腹部に突き刺さった魔法の槍が、その光度をみるみるうちに増していく。
このまま近付いては危険だ、と本能が身体に警笛を鳴らし、誠次は身動きできないでいる香織を抱き寄せ、少年から距離をとる。
「お兄、さん……。騙、した……。傷つけ、ないって……」
自分の身の丈以上はある白い槍を引き抜く事ももはや叶わず、口から血を吐く少年は、恨みがましく誠次を睨む。
「ち、違う! 俺はそんなつもりでは!」
少年の苦しそうな姿をどうにか直視し、誠次が叫び返すが、白い槍はその光度を増々上げていた。
「シヴァ! あの男の子の槍を凍らせてっ! お願い!」
香織が咄嗟にシヴァに指示をだし、シヴァはすぐに誠次と香織の前に出て、少年へ向け青い魔法式を向ける。少年の腹部を貫いた白光の槍を、少年もろとも凍らせようと、魔法の冷気を注ぎ込むが。
「――無駄なことを。《ゲイボルグ》!」
直後、苦しんでいた少年の腹部の槍が、眩い閃光を発動して爆発を起こす。シヴァが作り出した氷の華も、魔法の槍の爆発に巻き込まれ、氷の粒となって舞い散っていた。
「ぐあ!」
「きゃあ!?」
誠次と香織も悲鳴をあげ、身体を吹き飛ばされる。香織は座席に、誠次はスタジアムの壁に背を打ち付け、倒れる。
四季紫もまた、槍の爆発に巻き込まれ、瓦礫に強く背中を打ちつけて吐血した。
「――私から言わせて貰えば、私が信じるのは神のみ。絶対的な支配の力と、圧倒的な闘争の力を持った、唯一無二の存在」
こつこつと靴音を立て、グラウンドから伸びる一人の長身の男性の巨大な影が、誠次たちを埋め尽くす。
「がはっ。貴様、は……!」
崩れた氷の山から起き上がり、誠次は片手で頭を抑えて立ち上がる。
目に入ったのは、黒いスーツを着た、見覚えある若い青年だった。
「やあ、久し振り。……天瀬誠次くん」
その男は、スラックスのポケットに片手を入れたまま、白く凍てつく冷気の中、悠然と立っていた。かき上げたセンターバックの茶髪に、眼鏡を掛け、胸元には黄金の光を放つバッチがある。
「新崎和真っ!」
見間違いはない。昨年の特殊魔法治安維持組織で起きた(表向きは)反乱事件の際に、前任の局長に代わって新局長の座に就いた、特殊魔法治安維持組織のトップの男性だ。
「おかしいな。年上にはさんを付けろと、師である八ノ夜美里さんは、君には教えなかったのかい?」
「貴方はっ!」
立ち上がった香織が新崎を睨む。香織にとって新崎は、姉をメーデイアと呼ばれる魔法犯罪者用の牢獄に送り込んだ、憎い人であった。
「君も随分と勇敢だな。どうか、お姉さんのようにはならないでくれたまえ」
「……許さない!」
歯向かおうと利き腕である左手を伸ばす香織であったが、新崎が発動した魔法が、香織の全てを凌駕する。新崎が発動した攻撃魔法の衝撃波が香織を襲い、香織は再び地面に尻餅をついていた。
「香織先輩!? よくも!」
激昂する誠次であったが、新崎はその行動を伸ばした右手で制する。
「職務執行の邪魔をしないでくれたまえ」
「職務って!?」
「見れば分かるさ。人が縋るべき神の存在は、この魔法世界に二つも必要ない」
「何を、言って……」
戸惑う誠次の目の前を、確かな自信を顔に宿したまま、新崎は通り過ぎて行く。
誠次はその隙に、倒れてしまっていた香織の元へ駆け寄り、上半身を支えてやる。
誠次と香織が見つめる新崎は、這いつくばっている姿勢の四季紫の目の前で立ち止まる。
「し、特殊魔法治安維持組織ね!? 私を保護して頂戴っ!」
四季紫は新崎に縋るように、スラックスを掴んでくしゃくしゃの顔を上げる。
「八仙花会の会長、四季紫京香か」
無表情であった新崎の眉根がピクリと寄ったのは、その時だ。
自身を慕っていた少年の死に対し、なにも感情を覗かせない四季紫も四季紫であったが。次の瞬間、新崎は足で四季紫の顔面を蹴り飛ばしていた。
「痛いっ!」
飛び跳ねる血は、四季紫の鼻から飛び散ったものだ。まさかの瞬間に、誠次は一瞬だけ動けなくなる。
「な゛、なにをずるの!? 私ば、八仙花会の会長—―!」
「言っただろう? 私が信じるのは私のみと。特殊魔法治安維持組織内部にいる君の信者が何かをすれば、それももれなく私は処刑する。彼らを導くのは君ではなく、私だ」
新崎は、鼻血を出して蹲る四季紫の顔を、二度蹴り上げる。
「新崎っ!? やめろ! こんなこと、特殊魔法治安維持組織のすることではない!」
「学生は黙っていて貰おうか。特殊魔法治安維持組織とは本来、こうあるべきなのだ」
誠次が新崎の背に叫びかけるが、新崎は聞く耳を持たずに、スーツの胸元の皺を伸ばし直す。
「四季紫京香。故に君を野放しにしておくわけにはいかない。ここで処刑する」
冷酷な宣告は、有無を言わさぬものであった。
鼻と口を震える手で抑える四季紫は、怯えきった表情で、助けを求めるように誠次を見てくる。もう言葉が発せないようだ。
「や、やめろ新崎っ!」
四季紫へ向けゆっくりと右手を持ち上げる新崎へ向け、香織を支えたまま誠次は叫ぶ。
「甘いな剣術士。災いの根は断ち切るべきだ。君の持つ剣もその為にあるのだろう?」
「ち、違う! 俺のレヴァテインはそんな事のために使うものじゃない!」
「そうか、では見せてくれないか?」
新崎はわざとらしい仕草で、左手で顔を抑えて天を仰ぐ。
「なんの罪もない多くの人間を供物として”捕食者”へ捧げ、自らは安寧の為に高みの見物をしていた女を、君はそのレヴァテインで斬らなければならない」
新崎は身体を反らし、誠次を四季紫へ向け誘うように、手を差し向ける。
「そんな必要は、ない……」
「一撃ではいけない。彼女に殺された人の無念を晴らすためには、少しづつ斬り裂く必要があるな。同等の苦しみを味合わせろ」
「嫌だ……」
「いい加減にして!」
香織の使役するシヴァが、主人の意思を受け、新崎の背中へ向け《アイシクルエッジ》を放つ。シヴァも怒ったようで、険しい表情で新崎を睨んでいた。
だが新崎は、なんと背中からの攻撃も、まるで全方位が見えていると言わんばかりに、ギリギリのタインミングで回避してみせる。
「嘘……後ろにも目があるの!?」
驚く香織には目もくれず、新崎は破壊魔法の魔法式を、這いつくばる四季紫へと向ける。
「邪魔はしないで頂きたいな、波沢。それとも、君も姉と同じ目に遭うか?」
新崎は冷酷に語りかけながら、なんと今度は対象者である四季紫のことを見ることもせず、伸ばした右手で破壊魔法を放つ。
あっと驚いたような表情を四季紫が見せたのも一瞬のこと。新崎が放った《サイス》は、四季紫の身体を通過しながら、心臓の鼓動を一瞬で停止させた。
「お陰でプランが狂ったが、目標達成に変わりはない。さて」
息絶えた四季紫を満足そうに見た後、新崎は再びスラックスのポケットに手を入れ、誠次と香織の方を向く。
新崎の鋭い視線が、誠次と香織に向けられる。
「少し仕置きをしなくては。特に波沢。君たちは姉妹揃って、困った家系だ」
「……っ、シヴァ!」
香織の目の前にシヴァが立ち、彼女と共に新崎を睨む。
「セイジ、確りして!」
「あ……ああ。……分かっている!」
誠次もまた、レヴァテインを構え直し、新崎へと向ける。
「面白い。この私とまともに戦おうとするとは」
新崎はほくそ笑むと、ほぼ一瞬の動作で破壊魔法の魔法式を構築、完成まで持っていく。
「消え失せろ!」
新崎が放った破壊魔法の光が、正確無比な軌道を描き、香織と誠次を守るシヴァの腹部に命中する。
次の瞬間、シヴァは粉々の氷の破片となって、空中で消滅する。
「シヴァ!?」
「この程度か」
焦る香織の前で、新崎はゆっくりと近付いてくる。
「フ。戦うべき敵を見誤ったようだな」
その間、誠次は身動き一つとしてする事が出来ずに、ただただ新崎の動向を凝視しているだけであった。
「隣の騎士様は、すでに戦意を喪失しているようだ」
勝て、ない……。なにをどうやっても、新崎に対して明確に勝つことのできる未来が浮かばない。そして、全身は強張り、足腰も立っているのがやっとの状況。誠次は、新崎和真に心底の恐怖を感じていた。
新崎は、そんな誠次の心境を見透かしたかのように、ほくそ笑む。
「天瀬誠次くん。君の実力は高いのだろう。だが、いつまでもその人情が、足を引っ張る。生半可な気持ちでは、この世界で戦い抜くことは不可能だ」
「なんだと……」
「耳を貸しちゃ駄目よ、セイジ!」
「故に私は、人としての温情を自分の身体から消した。情けや容赦を全て捨てれば、残るのは敵を倒す強力な意思のみ。それこそが、特殊魔法治安維持組織局長となった私が望んだ私だ」
新崎はネクタイを締め直しながら、そう宣言する。
「――誠次くん!」
遠くから雨の音に紛れ、千尋の声がする。
「貴様は……貴様のような人間がなぜ、特殊魔法治安維持組織のトップに立った!?」
雨なのか、汗なのか、分からぬ透明な液体が頬を伝う。
震える声で誠次は、新崎を見つめ、問いただす。
「全ては必然だったのだよ。私には圧倒的な魔法の力と、強靱な意思がある。私こそ、この国の魔術師たちのトップに立つに相応しい男だ」
新崎は眼鏡を光らせ、誠次を見つめる。
付加魔法が、まるで狙ったかのようなタイミングで終了してしまい、それでも黒い瞳は新崎を捉えたままだった。
「……違う。貴様のような男が、魔術師の王になるなど、俺は否定する!」
「では、実力を証明しよう。君の余りある活躍ぶりは、私にとってもはや目障りだ」
新崎が属性魔法の魔法式を展開し、誠次目がけて放とうと一瞬で構築完了する。
レヴァテインを用いて防ごうと試みる誠次であったが、その前に躍り出る人影が一つあった。
「――俺の生意気な後輩に、手を出すな!」
駆け付けた長谷川が放った攻撃魔法が、新崎の右腕を掠め、背後の売店に直撃する。
「長谷川、先輩!?」
思わず脱力し、膝から床の上につく誠次を、遅れてやって来た千尋が支える。
「かおりん下がって!」
魔素切れを起こし始めている香織を庇うように、相村佐代子も一緒であった。
「フ。魔法生の仲良しこよし集団の登場というわけか」
新崎は完成した魔法式をキャンセルし、空中に浮かべていたそれを消滅させた。
「特殊魔法治安維持組織がどうして魔法生を襲うんだ!?」
油断なく攻撃魔法を向ける長谷川の問いに、新崎は肩を竦める。
「魔法生か……。見たところ先輩のようだが、君は彼がただの魔法生だとでも思っているのかい?」
長谷川の背後で膝をつく誠次を眺め、新崎は問い掛ける。
「ああ。初めて会ったときから、内心でムカついていた。男や女からもちやほやされて、人望もあって、後先考えない行動力もあって、とにかく誰とでも仲良くなろうとする。口から出る言葉は一々痛々しくて、間違ってはいないかもしれないけれど鼻につく」
「翔ちゃん……」
ぼろくそに言う長谷川に、傍らの相村は苦笑する。
しかし誠次から見た二人の先輩の後ろ姿は、今やとても頼り甲斐があるものだった。
「随分と言ってくれるじゃないですか……翔先輩?」
同時に、腹の底からムカつきが起き、誠次はレヴァテインを支えに再び立ち上がる。
「なあ誠次。俺を叱責した男がそんなんじゃ廃るだろ?」
「翔先輩こそ、油断していると俺が代わりに相村先輩までも取ってしまいますよ?」
「ほざけ、生意気な後輩。佐代子は俺のものだ」
「何だか、より一層仲悪くなってる気がするんだけど……」
相村が絶句して、張り合うように横並びで立つ二人の男子を見る。
「どうして素直に仲直りできないのでしょうか……」
「男の子の喧嘩ってこうなのかな……」
互いに素直になれない誠次と翔を見て、千尋と香織も残念そうに微笑んでいる。
「ご覧の通り生意気な男だが、それでもヴィザリウス魔法学園の後輩だ。それを傷つけるのであれば、先輩である俺が黙っちゃいない」
「翔先輩。アイツは二人も目の前で人を殺した。俺はアイツを許すことが出来ない」
「二人も……そうか。特殊魔法治安維持組織は本当に終わってしまったんだな……」
誠次がぼそりと声を掛けると、翔は残念そうに目を伏せる。
「特殊魔法治安維持組織! これ以上俺の友だちや、俺の後輩に手を出す気であれば、俺が戦う!」
「この私に一騎打ちを挑む気か?」
前へと進み出た翔に、新崎は怪訝に顔を顰める。
「一人じゃない。ウチもいる!」
「俺も戦う! みんなでなら、きっと!」
相村と誠次も翔に続き、新崎を睨む。
新崎は新たに立ちはだかる二人の魔法生を見つめ、軽くため息を溢す。
「……興がそがれた。あわよくば剣術士を始末できると思っていたが、今ここで無理に戦う必要もない」
なんと新崎は、こちらに背を向けて、四季紫の亡骸の前でしゃがむ。
決して、向こうが勝機をなくしたわけでもなく、それは圧倒的な余裕から生まれる行為であった。
「特殊魔法治安維持組織として、この場の処理をしなければならない。君たちは早く、魔法学園に帰りたまえ」
「新崎和真! 私は、貴方がお姉ちゃんに対して行った事を、絶対に許さない!」
香織が叫ぶが、新崎はもう一切耳を貸すこともせず、ただじっと、四季紫の亡骸を見つめていた。
間もなく、特殊魔法治安維持組織の隊員たちが大勢、誠次たちがいるスタジアム三階通路へとなだれ込んでくる。新崎によって命令されているのだろうか、魔法生たちには見向きもしていない。
向こうが戦う意思をなくしたというのならば、こちらも今ここで無理に戦う必要はない。
そうと判断した誠次は、レヴァテイン・弐を分解し、それぞれを背中と腰の鞘に収める。
「新崎」
立ち去る前に、誠次は今一度新崎に声を掛ける。
新崎はこちらに背を向けたままだった。大勢の特殊魔法治安維持組織隊員たちが見守る中、誠次は迷いなく、言い切る。
「今日ここでお前と対峙して、ハッキリした。俺は改めて、人を守る。その為にも、まずは特殊魔法治安維持組織を変える。いや……元に戻す、と言うべきか」
「……」
「俺がかつて憧れていた組織を取り戻す。この魔法世界で生きる、全ての人の為に!」
「……面白い。みすみす私はこの席を退く気はないが?」
「ならば、引きずり下ろすまで。お前は特殊魔法治安維持組織のトップ……この国の魔術師の王に相応しくはない!」
「……楽しみに待っているよ。戦い続ける君が、強敵となって私の前に立ち塞がることを」
誠次は倒すべき敵の姿を目に強く焼き付け、魔法学園の仲間と共に、今は振り向いていた。
グラウンドでは、駆け付けた特殊魔法治安維持組織によって、八仙花会の教徒たちは抵抗虚しく捕らえられていた。
グラウンドに戻った誠次たち五人を、ヴィザリウス魔法学園の三学年生たちが出迎える。
「元の鞘に収まった、と言うべきですか?」
「お前のお陰さ、誠次」
誠次が茶目っ気を交えて言うと、レヴァテインと鞘を見つめた長谷川が苦笑する。二人とも、照れ隠しではあった。
「あの時はごめんな誠次。ダサかったな、俺」
「いいえ。こうやって戻ってきてくれて、感謝しています。新崎を前にした時も、助かりました」
「二人の喧嘩、詳しく知りたいかも」
香織が面白そうに尋ねてくる。
「それはですね、後で教えて差し上げます!」
「「頼むからやめてくれっ!」」
両手を合わせて微笑んだ千尋に、誠次と長谷川はいよいよ顔を真っ赤にして、視線を背けていた。
「ありがとね、剣術士……じゃなくて、天瀬くん。ラビキャまで張り切ってついていったのに、結局捕まって迷惑かけて、ごめんね」
相村も駆け寄り、申し訳なさそうにして言っていた。
「構いません。それよりも、ヴィザリウス魔法学園に、戻ってきてくれるんですよね?」
誠次が問うと、相村は周囲を見渡す。
こちらを取り囲むように、三百六十度の円の形を周囲で作っているのは、三学年生たちだった。相村は彼ら、彼女らを見渡し、再び誠次に視線を戻すと、いつも通りの悪戯っぽい笑顔を見せていた。
「もちろんっ!」
その言葉が響き渡った途端、周囲の魔法生たちは一斉に中心まで詰め寄っていた。
「金返せーっ!」「彼氏取ろうとするなーっ!」「時間守れーっ!」
「聞ーこーえーなーいっ!」
揉みくちゃにされ、さながら野球で優勝が決まったかのように、マウンド上ではしゃぐ魔法生たち。遂には相村は女子生徒たちの手によって、胴上げをされていた。
「ちょっ、パンツ見えそうなんですけど!?」
「「「聞ーこーえーなーいーっ!」」」
スカートを懸命に抑えながら天を舞う相村に、女子生徒たちは笑いかける。
多数の特殊魔法治安維持組織と報道用ドローンが見守る中、相村は梅雨のじめじめとした空気にも負けずに、晴れやかな笑顔を見せていた。
いつの間にかに雨は上がり、氷が溶けた魔法世界の夜で、ヴィザリウス魔法学園の魔法生の熱い友情は揺るがなかった。
※
後日。梅雨が明け、からっとした陽気な天気が続けば、いよいよ列島に夏が訪れる。
冷房機能がフル稼働するヴィザリウス魔法学園の談話室にて、誠次と千尋は相村と会話をしていた。
「やっぱパパ、裏じゃ色々と違法なことやってたみたい。それを八仙花会の力でもみ消したりしてて、パパの会社は八仙花会に資金を渡したりしてた関係だったみたい」
「相互癒着ってわけだったんですか」
相村の言葉に、誠次は続けるようにして言う。
「うん。今はパパの会社は、倉本さんって人が後を継いでるみたい。今後は、魔術師をいっぱい雇ってまっとうな会社にするつもりみたい」
「八仙花会も、四季紫さんが消息不明になって、信者さんたちも散り散りになったようですね」
「これであんな狂った集会も、終わってくれるのだろう……」
千尋の言葉に、誠次は思わず俯く。
「大丈夫、剣術士くん?」
「いえ、平気です」
「ともかく、本当に二人には感謝してるよ。ウチはやっぱ、ここでちゃんと魔法を学んで、将来みんなの為に何か出来る魔術師になりたい」
相村は照れ臭そうに頬を指でかいていたが、迷う事なく言い切っていた。
「良かったです。翔先輩と、末永くお幸せに」
「ええ。よろしければ、また一緒に遊んで下さいね」
「ありがとうね、二人とも。ウチ、本当に二人と友だちになれて良かった。そんな二人には、ウチの元会社から贈り物。今度こそ、二人きりで楽しんでね」
相村が手渡してきたのは、千葉ラビットパークのチケットだった。
「ありがとうございます。そうします。今度は、二人でゆっくりと過ごしますよ」
「はい。夏休みとか、どうでしょうか?」
「安心してくれ。夏休みは暇だ」
「お暇、なのですね……」
例年通りの誠次に、千尋はくすくすと微笑んでいた。
ラビットパークで相村のを攫うために八仙花会が起こした今回の無差別攻撃事件。そもそもなぜ、一人の女性を誘拐するために、あんな大きな騒動を起こしたのか。四季紫が死んだ今となってはわからないが、ただ一つ分かっていることはあった。
放課後、次に誠次は、志藤と香織と共に、図書館棟で集合していた。夕日が差し込む窓が、時間センサーにより自動でカーテンが閉められていく途中の館内で、三人の男女は長机の椅子に腰掛けている。
「新崎和真か……。やっぱ、そいつが今の特殊魔法治安維持組織のトップで間違いないんだな?」
志藤が誠次に問い、誠次は頷く。
「ああ。相当な切れ者に違いはないのだろう」
「調べたんだけど、昔はヴィザリウス魔法学園の生徒だったみたい。お姉ちゃんより更に上の世代で、生徒会長だったんだって」
「魔法生時代にはすでに、特殊魔法治安維持組織から誘いを受けているほどの秀才、か」
志藤が両手を頭の後ろに回し、背もたれに深く寄りかかって伸びをしている。
三人の間には、香織がネットで用意した新崎和真の顔写真入りの経歴データが、ホログラムで浮かんでいる。
「本当に、これでいいのか……」
志藤が呟いた言葉に、誠次が夕日を反射させる黒い視線を向ける。
「今の特殊魔法治安維持組織は、新崎の思い通りの組織となっているだけだ。みんなの為にあるはずの特殊魔法治安維持組織が、たった一人の男の所有物になっているのは、異常だ」
誠次が言う。
「私も、変えたい。憧れのお姉ちゃんが、胸を張ってまた特殊魔法治安維持組織で活躍できるようにも、したい」
今は山梨県で隠居している姉の茜を思い、香織は胸に手を添えて告げる。
「……俺は、父さんが纏め上げた組織を……特殊魔法治安維持組織を否定させたくはねえ。無謀かも知れないけど、新崎の私有物になっちまってる今の特殊魔法治安維持組織に、俺が知らん顔できるわけもないな」
頭から腕を離した志藤は、次には胸の前で腕を組み、真剣な表情で言っていた。
「天瀬……」
次には、隣で本棚に背を預けて立っていた誠次に横目を向ける。
「俺も、特殊魔法治安維持組織を変える。父さんが作り上げたものを新崎って野郎が滅茶苦茶にしたんだ。佐伯さんや茜さん。それ以外にも、本当に特殊魔法治安維持組織を必要としている人のためにも。この落とし前つけるのは、子供の俺の役目だって思うんだ。……馬鹿げてるって、思うか?」
誠次は首を横に振る。
「間違っていないはずだ。ガブリール魔法博士と今回の相村先輩の件で、今の特殊魔法治安維持組織の異常性を知った以上、黙っているわけにはいかない。学生の俺たちでも、行動すべきだ」
誠次はうんと頷き、右腰のレヴァテインの柄へ、そっと手を添える。
「このままでは、平和な魔法世界へ、いつまで経っても変わらないし、ならない。理想がいつまでも遠退いていく一方だ。だから戦う。もしもの時は、俺がみんなの剣となって、戦う」
「大袈裟だな。俺はあくまで、そんな野蛮な感じじゃなくいくように願ってるんだけど」
志藤が思わず苦笑するが、黄色味を帯びた瞳は、曇りなく前を見据えている。
「……っでも、向こうは絶対にそう簡単にはいかせてくれないだろうな」
肩を竦めた志藤は、ふうとため息をつき、立ち上がる。
そして、誠次へ向けて右手を伸ばしていた。
「俺も戦うぜ。そして取り戻そうぜ。俺たちの特殊魔法治安維持組織を、平和な魔法世界を」
「私にも協力させて。絶対に、変えようね」
香織もまた、雪のように白い肌の手を差し伸ばしていた。
二つの手をじっと見つめた誠次も、自分の右手を伸ばす。
「はい。特殊魔法治安維持組織を取り戻す。その為に、力を合わせましょう」
これは勇気か、無謀か。真実を知らぬ世間からすれば後者……いや、もしかしたら世間からはそれ以上の負の感情を抱かれる少年少女の決意であった。
しかし誠次は信じていた。この決断が、後に英断となる事を。全ては、魔法世界の本当の平和の為に。その世界で生きるはずの、魔術師たちの為に。
「新崎。俺はお前を絶対に止める。みんなが心から笑顔を見せて、夜空の下を自由に歩ける魔法世界のためにも、これ以上お前の好きにはさせない!」
確かな決意を抱き、誠次は二人の魔法生と手を重ねていた。
~テツロウ・アウト・マジックワールド~
「二度目のラビットパーク、晴れて良かったな!」
せいじ
「はいっ! 梅雨も明けたみたいですしね」
ちひろ
「あれ、急に人がいっぱいになってきたぞ!」
せいじ 「誠次君!? 一瞬で姿が見えなくなって……」
ちひろ
「しまった、俺のミスだ!」
???
「その声は、誠次くん!?」
ちひろ
「セイジクン?」
???
「俺は鉄郎だ」
てつろう
「鉄郎……?」
ちひろ
「あ、ラビットパークの登場人物の一人ですね!」
ちひろ
「ああ、俺はそこで全てを守るんだ」
てつろう
「そして守り終えたら、元の世界に戻らないといけない……」
てつろう
「まあ」
ちひろ
「みんなといられないのは寂しいけれど、仕方のないことだ」
てつろう
「もともと俺はこの世界にいてはいけない存在だし……」
てつろう
「帰らないといけないのは、誰かがそう決めたのですか?」
ちひろ
「……いいや。でも俺は周りと違うから」
てつろう
「この世界の皆さんが貴方を必要としているのであれば」
ちひろ
「無理に帰らなくてもいいと思うのですけれど……」
ちひろ
「……そっか」
てつろう
「少し、考えてみるよ」
てつろう
「はっ!?」
てつろう
「またどこかで誰かが困っている!」
てつろう
「今俺が助けに行くぞ! とりゃーっ!」
てつろう
「あ、かなり格好つけて行ってしまいました……」
ちひろ
「千尋、はぐれてすまなかった」
せいじ
「あ、誠次くん!」
ちひろ
「構いません」
ちひろ
「ですけど、今度ははぐれないように、手を繋ぎましょう?」
ちひろ
「ああ、分かった」
せいじ
「今日だけは誠次くんを独り占めです!」
ちひろ
「あ、歩き辛いと思うんだけど……」
せいじ
「えへへ、もう離しませんから!」
ちひろ




