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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
梅雨のドンキホーテ
26/189

5

 ゴンドラを乗り終え、降りたところで相村あいむら千尋ちひろがアイスを両手に持っていた。屋台でウサギの頭をしたアイスを貰ってくれたようだ。


「二人ともお疲れー。まさか本当に乗るとはね。はい、ご褒美あげるっ!」

「すごい目立っていましたよ? 誠次くん?」

「「……」」


 二人の女子からアイスを手渡され、誠次せいじ長谷川はせがわは羞恥心で火照った身体を冷やしていた。

 対照的なのは相村と千尋で、とても楽しめたようににこやかな笑顔を見せている。


「じゃあ次はねー」

「次は、なにか……」


 完全に相村にこのデートでの主導権を握られている長谷川だが、きっと今日に始まったことではないのだろう。


「それじゃあ、やっとここでペアに別れて自由行動しようよ」

「ようやくですか!?」


 相村の発言に、アイスに口をつけないでいた千尋が、分かりやすく喜んでいる。

 しかし、相村はちっちっち、と人差し指を左右に傾ける。


「ペアはペアでも、お互い相方を交換してね」


 この人は鬼か。


 相村の提案により、誠次は相村と、長谷川は千尋と、少しの間過ごすことになっていた。


「千尋ちゃんに変な真似しないでねー翔くん?」

「誰がするかっ!」


 落ち着かない様子の千尋と、顔を真っ赤にしている長谷川が、付かず離れずの微妙な距離で横並びに立っている。


「誠次くんと二人きりになれる数少ないチャンスが……」


 先ほど一気に明るくなった表情が嘘のように、千尋はずーんと暗く沈んでいる。手に持っているウサギのアイスも耳がどろどろに溶け、顔が恐ろしいことになってしまっている。


「あ、相村先輩。さすがにこれはっ」


 そんな千尋を見れば、誠次も相村の提案に黙って頷くわけにもいかず、隣に立っている相村に疑念をていす。

 しかし相村は、


「だって、どうせ明日もここで遊べるんだし、今のうちに練習しといた方が良いじゃん。色んな事に慣れておいた方が、お互いの為だよ」


 そんな事を言うと、なんとこちらの右腕に、自分の身体を寄せて両腕を絡みつかせる。


「ちょっ!?」

「ふふん」


 突然の腕掴みに驚く誠次に、胸元の相村は悪戯っぽく微笑む。


「っ!?」


 千尋がとうとう、手に持っていたアイスの食べれる棒を落としていた。ぐしゃりと、ウサギのアイスが粉々にはじけ飛ぶ。


「千尋ちゃんも、()()()()は多いんだし、油断してたら剣術士くん盗られちゃうかもよー?」

「あまり後輩を虐めるな相村」


 まったく、と長谷川が肩を竦めている。彼からすれば、慣れている事なのだろうか。


「もーっ。翔ちゃんもうちょっとノリよくしてよねー?」


 誠次の腕から離れた相村は、長谷川へ向け頬を膨らませる。

 長谷川はため息を一つして、申し訳なさそうな表情で誠次を見る。


「天瀬。少しのあいだ、本城さんを借りる。悪いけど、相村と付き合ってやってくれ」

「ちょっと!? それなんかウチが面倒くさいみたいじゃない!?」

「本城さんもどうか安心して欲しい。天瀬はまあ……気をつけろよ……」

「そ、そんな! 誠次くんの何がピンチなんです!?」


 千尋が口元に手を添え、誠次と相村の間を心配そうに見つめる。


「もーいいし! こっちはこっちで楽しむから!」


 相村は誠次の服の袖を掴み、「行こ」と告げ、引っ張ってくる。


「……行ってきます」


 一応、長谷川は承諾している風なので、誠次は千尋の視線を痛々しいほどに感じながらも、相村について行く。


「相村先輩! 歩くの早いです!」


 相村は誠次を連れ、人混みの中をずんずんと進んでいく。長いポニーテールが揺れ、表情はよく見ることが出来ない。

 他の人にぶつからないように、相村の後をついていたところ、相村が急に立ち止まり、誠次は相村の背中とぶつかりそうになる。


「うわっ、どうしたのですか?」

「わたし……翔ちゃんからどう思われてるのかな……」


 その時、相村の背中から感じたのは、不安だった。周りが対照的な明るい話し声に満ち溢れている中で、相村が呟いたその声は震えているようにも聞こえ、誠次の耳にはハッキリと入ってくる。


「相村先輩……」

「やっぱり。うるさくてやかましくて、迷惑なのかな……」


 ――そんなことはないはずです。と、今の自分が軽々しくそんなことが言えるわけもなく、誠次はじっと相村の俯いた横顔を見つめる。


「長谷川先輩と離れたのは……」

「ウチと翔君の関係を間近で見て、客観的な意見をきたくてさ。剣術士くん甘々だから、バレンタインの時みたいに厳しくお願いね?」


 相村は力なく笑っていた。

 不安気な様子の相村をじっと見つめていると、誠次はいても立ってもいられなくなっていた。この時までは、ただ漠然と、相村に落ち込んでいる姿は相応しくないと思っていただけだった。


「ここでは人が多すぎます。落ち着いて話せる場所に行きましょう」


 今度は誠次が相村の腕を掴み、引っ張って行く。


「ちょっ、剣術士くん?」


 相村は驚いたようだったが、誠次の後をついて行く。

 パンフレットとして入園時に手渡された薄いホログラムペーパーのナビ機能を使い、誠次はパンフレットの指示通りにとある場所に向かう。


「よし。ここなら落ち着いて話せるでしょう」

「うわ……。やっぱ剣術士くんって、ちょっとズレてるよね……」

「そんな人に恋愛相談をする貴女も貴女ですよ」

「なるほど。こりゃあお姉ちゃんも一本取られちゃったわ」


 自信満々に誠次が相村を連れやって来た場所は、”にんじん畑のティーカップ”と呼ばれる乗り物であった。茶色い敷地にカラフルなティーカップが回る場所である。

 

「それに、ここなら周囲を気にせず話すことが出来ます。ちょうど、周りからも中が見えませんし」

「……ま、いっか」


 相村は苦笑しながらも、誠次と共にティーカップに乗り込む。


「二人の馴れ初め、実は先ほどのゴンドラで長谷川先輩と一緒になったときに、聞いたんです」

「え……。翔ちゃんなに勝手に話してくれてんのよ……」


 着席しながら、相村は少しだけ恥ずかしそうに、頭に片手を添えていた。しかし次の誠次の一言で、ティーカップ内の空気は急変する。


「相村先輩、父親が社長なのですね? つまり貴女は、社長令嬢だった」

「……そうは見えないって顔してるけど」


 細くなった相村の視線に、誠次は返す言葉に詰まり、


「い、いえ、そんなつもりでは……」


 図星であり、しどろもどろになってしまう。


「いいよ別に。……私も、そうは思われたくなくて、こんな見た目や仕草、話し方もしてるし」


 まるで何かの夢から醒めたかのように、相村は急に目を細め、冷たい口調となっていた。これが、本来の彼女なのだろうか……?

 真向かいに座る誠次は、内心で驚きつつ、相村をじっと見つめる。


「小学校の時から、翔ちゃんは同じクラスでずっと好きだった。優しくて、他の男子とは違って。……でも、パパがそれを許してくれなかった」


 社会的地位の高い父親を持つ身分とは、千尋と似通っているなと感じた。


「令嬢として、身分と合う人を選べ、ですか?」

「ありがちだよね……。ウチの家がまさにそう。何よりパパ、魔法が大嫌いなの」


 うげっ、と言うような苦い表情をして、相村は言っていた。


「魔法が嫌い?」


 そこでヴィザリウス魔法学園の理事長、八ノ夜美里はちのやみさとを思い出した誠次であったが、きっとそれとは違うベクトルの話なのだろう。


「パパは、魔法を認めたくなくてさ。将来も魔術師じゃなくて、一般職に就かせようって躍起になってた」


 相村は中央の回し台に両手を乗せ、その指先をじっと見つめていた。

 敢えて比べるとすれば、千尋の父親である直正なおまさとの違いは、ここであった。


「魔法を反対していた……。魔法とは一切関係ない貿易会社だからこそ、魔法世界の一部となっていく周囲の企業にはおそらく遅れを取り始めたのでしょう。その焦りから、魔法を嫌うように」


 推測であるが、誠次は顎に手を添えて言う。


「多分そう。身分が身分でプライド高いし、本人はその元凶の魔法を認めたくなくて、憎んでたんだろうね」

「自分が魔法を憎んでたからって、子供である貴女にそれを押しつける事は……」


 魔法が人を狂わせる……。それは、あってはならないことのはずだ。

 呟いた誠次の真剣な顔を見た相村は、目を大きく見開いた後、思わずと言ったようにくすくすと笑いだす。


「ありがとうね剣術士くん。バレンタインの時もそうだけど、真剣に相談に乗ってくれて。そりゃあ女子にモテるわけだ」

「ありがとうございます。ですが、下心はありません。俺は二人の先輩に、幸せになってほしいんです」

「へー。それはどうしてかな?」


 相村は回し台に身を乗りだして、尋ねてくる。


「ヴィザリウス魔法学園で、俺は先輩と上手く打ち解ける事が出来るとは思っていませんでした。魔法は使えず、それでいて変なところで恵まれたこの存在。否定したい気持ちも、分かります」


 これには誠次も視線を落とすが、今はそれが重要な事ではない。せっかく仲の良い先輩同士のカップルなのだ。自分が何かの助けになれればいいなという気があった。

 ――何よりも、相村の様子は、いつもの明るいそれではなかった。


「でも、初めて生徒会室に行った時、相村先輩も長谷川先輩も、俺に気さくに接してくれた。それが俺は、嬉しかったんです。ですから俺は、そんな好きな二人の先輩の幸せを、望んでいるんです」

「うっわ……。それウチが恥ずかしいんですけど……」


 どうして相村の方が恥ずかしがるのだろうかと、誠次はきょとんとしていた。

 こほん、と相村は咳払いをし、小休止していた会話を再開させる。


「ウチのパパ頑固だからさ。小学生のある日、ウチ思い切って、将来の夢言ったんだ。一流の魔術師になるって。……当然、反対されたって言うか、ものすごく怒られた」


 思い出すのも辛い記憶のようで、相村は言葉に詰まりかけている。


「まさか、その発言がきっかけで、中学生になる直前に引っ越しを?」

「鋭いねー剣術士くん。一ポイントあげる!」


 相村は指で一という数字を作り、笑顔を見せるが、明らかに瞳の奥は笑ってはいない。


「本当は家も飛び出したかったけど、その頃は一人でなんて生きていけないじゃん。だから、悔しくてもパパの言うことに従って、中学校はみんなと別のところに行ったんだ。パパの知り合いの人が経営している所謂、お嬢様学校ってやつ?」

「知り合いの学校。となれば魔法とは関係ない、隔絶された場所ですか」

「それだけならまだ良いんだけど、今考えたらヤバいところだったよ、あそこは。変な宗教みたいでさ、女の校長先生がちょっと何言ってるのかよく分からな――」


 そこまで言い掛けたところで、相村は何かを思い出したように、急にはっとなって口をつぐむ。


「相村先輩?」

「嘘……っ。いや、嘘でしょ……っ!?」


 何かを思い出した様子の相村の身体は小刻みに震えだし、口に両手を添え込んでいる。


「大丈夫ですか、相村先輩!?」


 誠次の呼びかけに反応し、相村はようやく正気を取り戻したようだった。


「へ、へーきへーき……。ティーカップて乗ってるだけで酔うんだね」

「……やっぱり、場所移動しますか?」

「ううん。せっかくだし、今だけは二人で思いっきり楽しもうよ! ほら座って!」


 相村はそう言うと、両手を突き出して、回し台に添える。


「それでねーっ! ウチ、中学校卒業と同時に、家出する形でヴィザ学来たのーっ!」


 相村はティーカップを回しながら、誠次に向け叫ぶようにして言う。

 ティーカップはみるみるうちに遠心力を増していき、誠次と相村はそれぞれ背もたれに押しつけられる姿勢となる。せっかく近付きかけた距離も、レールの上の乗り物の無慈悲な力により、引き剥がされる。


「ウチはーっ! それで! 満足なの! ヴィザ学来れて本当によかったーっ!」

「ちょっと!? あのっ、速すぎますっ!」

「いえーいっ!」

「うっぷ……」


 誠次と相村を乗せたティーカップは、ますます速く回っていく。少女の迷いも、何もかもを振り切るように、ただ闇雲に、がむしゃらに。


「ねえ剣術士くん!?」

「な、なんですか……?」


 気持ちがこれ以上なく悪くなり、誠次は力なく訊き返す。


「もしもさーっ! ウチが翔ちゃんと出会う前に君と出会ってたら、ウチは君の事が好きになってたのかなーっ!?」


 鼓膜を揺さぶるのは、ただの風か、彼女の心情の強さか。いずれにせよ、どちらからもからかわれているのだろうと思った誠次は、口から手を離して答えていた。


「丁重にお断りしますーっ! 長谷川先輩と、末永くお幸せにーっ!」

「あははそっかーっ! そんなこと訊いちゃうウチって、本当駄目だよねーっ! 剣術士クンこそ、千尋ちゃんを大事にねーっ!?」


 霞んでいた視界の焦点がようやく定まり直したとき、目の前に座っている相村の姿が、誰か別人のように見えていた。


          ※


 白一色の空に、徐々に灰色が混ざり始める。予報ではここから先、天候は再び悪化していくそうだ。

 千葉ラビットパークでは、このテーマパークでのメインイベントである、マスコットキャラクターたちによるパレードが、行われようとしている。

 ゲストたちはそれを見ようと、園内中央部に集まりつつある。そして、そのパレードを見渡せる特等席と呼べる場所に、四季紫京香しきむらきょうかはいた。

 ラビットキャッスルと呼ばれる、ラビットパーク内では一番大きな建物。そこにある有料高級レストランのテラス席で、優雅に赤ワインを堪能する。


「素敵。まるで紫陽花のよう」


 彼女が見つめていたのは、眼下で色とりどりに咲く花びら――のような、ティーカップたちだった。紫色のそれに乗っていた若い少年少女の笑い声が、ここまで聞こえてくるようだ。


「ウサギを追いかけ、不思議の国へようこそ、()()()


 頬杖をつき、異様とも見える黒いドレスに身を包んだそのしなやかな身体を、微笑で震わせる。

 そして鳴り響く、ラッパの音。どうやら、地上でパレードが始まったようだ。


「皆さん」


 くるりと振り向き、四季紫は席を立つ。彼女を取り囲むようにして立っていたのは、若い青年たちだった。


「私たちが望む色鮮やかな夜の為、人々にこの考えの偉大さを教えるのです。私たちこそが、正しいのです」

「四季紫様……っ」


 四季紫が差し出した手を愛おしそうに掴み、青年が頬に寄せる、周りに立つ多くの者は、その光景を羨ましそうに、羨望せんぼうの眼差しで見つめていた。


「貴女はまだ泡沫うたかたの夢の中。さあ、楽しい愉しいお茶会のお時間です――」


         ※


 陽気なBGMが鳴り響き、目の前のメインストリートを、マスコットキャラクターやキャストたちが手を振りながら通っていく。


「そっか。去年のアル学との弁論会の時、天瀬は戦っていたのか……」

「それだけじゃなく、私の大切なお友だちも守ってくださったのです。誠次くんが剣術士として魔法の力を必要とするのであれば、私は私の魔法で恩返しをしたいのです。……そしてあわよくば、結ばれる運命に……」


 両手を頬に添えて、瞳を閉じながらうっとりと呟く千尋の姿を見た長谷川は、驚いていた。


「い、意外と積極的なんだな……」

「……はっ!」


 素に戻った千尋は、慌てて背筋を伸ばす。


「アイツ、まったく自慢とかしないんだな……」

「はい! 誠実で、勇敢で、優しくて、格好良くて、お友だち想いで、誠実で――!」

「兵頭先輩が気に入っていたわけだ……」

「……?」


 長谷川と千尋は誠次と相村と別れてから、最寄りのベンチに腰掛け、会話をしていた。初めこそ緊張していた千尋であったが、長谷川の真面目さを垣間見て、今では普通に会話をしている。

 千尋は顔の前で両手を添えるようにして合わせ、長谷川に質問する。


「では、長谷川先輩さんは、相村先輩さんのどのようなところをお好きになられたのです?」

「え、い、いや……」


 千尋に逆に質問をされ、長谷川は急に顔を赤く染め、髪をかく。


「……言わなきゃ、駄目か……?」

「はい。不公平です」

「……っ」


 長谷川はひたすら言い辛そうに、真っ直ぐな瞳を向ける千尋と視線を合わせられずに、あさっての方を向く。


「相村には言わないでくれ……。相村は、なんて言うか……いつもうるさいけど、明るくて、気さくで……俺にないものを持ってるんだ」

「長谷川先輩さんは、お暗い人なのですか……?」


 千尋の緑色の視線は、そうではないような気がします、と言いたげだ。

 だが、長谷川は首を横に軽く振る。


「そうじゃなくて……まあ、ある意味そうかもしれない。俺は誰かを引っ張って行くって言うのが出来なくて、いっつも誰かを陰で支えているような存在なんだ。周りが良ければそれでいいって自分でも思ってるし」


 かつて、自分が支えていた生徒会長の後姿を思い出しながら、長谷川は言っていた。


「縁の下の力持ちと言うのも、素敵な事だと思います」

「そうかな……ありがとう。相村は、何かと俺の背中を押してくれる。生徒会も、きっと相村がいなかったら、俺は途中でやめてたかもな」


 集まってくれたゲストへ向け、必死に手を振っているラビットパークのみんなのリーダー、ウサオくんを眺め、長谷川は言っていた。


「相村は気づいてないみたいだけど、俺は相村の明るいところに、惚れたんだと思う。相村と話してると、楽しいしさ」

「直接は伝えないのですか?」

「恥ずかしいから無理だって……」


 長谷川はがっくしと頭を垂れる。そうして見つめた視線の先の、地面に残った連日の雨の名残である水溜まり。そこに反射した空の光景に、何か不可解なものが混じっている。


「……っ!?」


 白の背景できらめく、魔法の光。それが高速で接近している事を悟った長谷川は、千尋の手を掴み、ベンチから立ち上がる。


「きゃっ!? 長谷川先輩さん!?」

「伏せろ!」


 驚き戸惑う千尋への叫び声での返答は、左手で自分が器用に発動した防御魔法と共に。すぐに頭上に左手を向けた直後、上空から襲いかかってきた攻撃魔法の光は、長谷川の防御魔法によって防御、弾かれる。

 しかし、攻撃はそれだけではなかった。


「きゃあっ!?」

「な、なんだ!?」

「これもパレードの出し物なのか!?」


 まるで雨のように、上空より次々と襲いかかる、攻撃魔法の光の弾丸。目に見える大きさのそれらは、閃光をまき散らしながら、次々と地面や建物、花や人にまで直撃する。


「《フォトンアロー》の攻撃を受けている……どこから!?」


 長谷川は防御魔法を展開したまま、周囲を見渡す。


「逃げろーっ!」


 直後、押し寄せる人の群れに呑まれそうになり、長谷川は防御魔法を解除。怯えている千尋の手を取り、行く先も分からず走り出す。


「待って下さい! お子さんがっ!」

「なに!?」


 千尋の声に長谷川が振り向くと、マスコットキャラクターとキャストたちが乗り物から飛び降りて逃げ惑うメインストリートに、親とはぐれたのであろう年端もいかない男の子が一人、泣いてうずくまっている。

 魔法による無差別攻撃は尚も続いており、いつその凶弾が男の子に直撃してしまうか、時間の問題だ。攻撃が集中しているメインストリートではすでに何人かが倒れている。


「私、行きます!」

「本城さん!? 危険だ!」


 千尋は人々の群れとは逆走するように走りだし、メインストリートへと向かおうとする。

 そんな千尋の後姿を信じられないようなものを見る目で見つめていた長谷川は、慌てて後を追う。


「と、通して下さい!」

「何考えてるんだ!? お嬢さんも早く逃げなさい!」

「お子さんが取り残されています! 助けないと!」


 多くの人とぶつかりながらも、千尋は懸命に、惨劇の場となったメインストリートへと向かう。


「警備員は、魔術師じゃないのか……!?」


 立ち止まってしまっていた長谷川は、ゲストと同じく逃げ惑う警備員たちの見た目から、そう判断する。まさか、魔法による攻撃など想定していなかったのだろう。


「本城さん! 危険だ!」


 長谷川は防御魔法を発動しつつ、千尋と同じくメインストリートへと走る。

 先に男の子の元に到達した千尋は、周囲の光景を見て、絶句する。流血し、その場でうめき声を上げている者や、気を失っている者。コンクリートを削る威力の攻撃魔法は、人々を容赦なく傷つけていた。


「こ、こちらです!」


 千尋がメインストリートに足を踏み入れ、蹲っている男の子に手を差し伸ばしたその瞬間だった。


「ま、待ってくれ! 助けてっ!」

「み、見捨てるのか!?」


 まだ意識がある負傷者たちが、千尋の元へよろよろと走って近付いてくる。


「そ、そんなつもりはっ!」


 まさかの事態に対応できていない千尋の元へ、駆け付けた長谷川が防御魔法を頭上で広げ、魔法による攻撃を防ぎ続ける。


「このままじゃここに釘付けにされる!」


 梅雨の雨あられのような、攻撃魔法の集中砲火は、長谷川の防御魔法へ瞬く間に押し寄せる。

 

「援護いたします!」


 千尋もすぐに防御魔法を発動し、メインストリートに襲いかかる攻撃魔法を、長谷川と共に防ぐ。


「今のうちだ! みんな逃げろっ! 動ける人は、動けない人を連れて早く!」


 普段にはなく声を張る長谷川の言葉に、血を流す人々が動き出す。


「でもこの人数……全員避難するまで時間がかかるぞ!」


 負傷者は多く、搬送には時間がかかりそうだ。どちらにせよ、この攻撃魔法をやめさせなければ、二人もここから一歩も動くことが出来なくなっていた。


           ※


 メインストリートで起きた騒動は、瞬く間に1ブロック離れたティーカップ乗り場の方まで、その混乱を伝える事になる。


「なんだ……?」


 乗り場から降りた直後、目の前を我先に横切っていく人々を前に、誠次は立ち止まる。


「騒がしいけど、どうしたのかね?」


 よっと、と軽快なステップで階段を降りていた相村もまた、誠次の隣で立ち止まる。

 息を切らしている人もおり、それでも逃げるように一目散に走る。この場に元々いた人も、ただならぬ雰囲気を感じ取り、わけも分からないまま同じ方へ歩き出す。テーマパークのイベント、と言うわけではなさそうだが。


「あの、何かのイベントですか?」


 誠次は目の前を横切ろうとした男性に声を掛ける。


「イベント!? 魔法で人を襲うイベントがあって堪るかっ!」

「魔法で人を襲う?」

「ああ。若い学生が魔法で守ってくれるが、アレは持たねえぞ!」

「学生って……まさか!?」


 誠次が聞き返そうとするが、男は誠次の手を振り払い、逃げ出していく。


「メインストリートで何かが起こっているみたいです」


 誠次は振り向き、相村に告げる。


「翔くんと千尋ちゃんは……?」

「連絡してみましょう!」


 相村が長谷川。誠次が千尋。お互いがお互いの相方へ連絡を掛けてみるが、応答はなし。

 誠次と相村は、震える身体で顔を見合わせる。


「メインストリートに向かいましょう。二人と合流しなければ!」

「うん!」


 誠次と相村は人々の群れに逆らい、メインストリートへ向け急ぎ、走った。

 悪い胸騒ぎは、最悪の結果となって的中する。メインストリートで防御魔法を繰り広げていた長谷川と千尋を、すぐに見つけた。


「千尋!」

「翔くん!?」


 誠次と相村が叫ぶ。

 二人の周囲には倒れている人もおり、それらを狙うのが、上空から降り注ぐ無数の攻撃魔法であった。この軌道はいずれも出鱈目ではなく、的確に二人の防御魔法を狙っている。


「誠次くんっ!」

「相村!」


 二人の魔法生が力を合わせて防御魔法による結界を作り上げているが、それがいつ壊されるか、時間の問題であった。

 

「二人とも! 今助けるから!」


 相村がメインストリートに飛び出そうとするが、それを制したのは、相村の腕を掴んだ誠次であった。


「待ってください! 今出て行けば、貴女も狙い撃ちにされます!」

「でもあのままじゃ二人が危ないっ! 逃げ遅れた人だって!」


 焦る相村は、長いポニーテールを揺らし、誠次を見つめ返す。


「攻撃魔法を発動している術者を止めます! あのまま集中砲火の中に飛び込んでも、この攻撃魔法自体を止めさせない限り、ジリ貧になります」


 頬にひと筋の汗を垂らす誠次は相村を落ち着かせ、相村もまた、誠次の言葉を聞いて、深く息を吸い込む。


「長谷川先輩! 千尋! 俺は今からこの攻撃魔法を食い止めます! まだ粘れそうですか!?」

「手は離せないが、俺は平気だ! 頼む天瀬!」

「お願いします、誠次くん!」


 そう言った長谷川と、千尋もこちらに付加魔法エンチャントをする余裕がなさそうで、懸命に防御魔法を発動し続けている。


「相村先輩はこのまま木の茂みに隠れていてください」

「待ってよ! ウチも剣術士くんと一緒に行く!」


 そうして茂みから飛び出そうとした誠次の腕を、しゃがむ相村の手が引き留めていた。


「危険です! 相手の戦力は不明で、授業の演習とも異なります! これは実戦です!」

「足手纏いにはならない! ウチだって魔法生だし、剣術士くんの先輩だよ? それに何より、こんなことするの、絶対に許せないっしょ!」


 周囲の人々の悲鳴を見て聞き、相村は引き下がろうとはしない。

 今はメインストリート脇の木々に身を潜める誠次は、相村のいつにない真剣な表情を前に、頷き返す。


「分かりました、先輩。一緒に攻撃魔法を発動している魔術師を止めましょう!」

「ありがとう剣術士くん! で、肝心のその魔術師はどこに?」

「あの魔法は無属性攻撃魔法の《フォトンアロー》です。《フォトンアロー》による魔法の矢は、直線的な軌道しか描けません。つまり上からの攻撃は、上にある魔法式からによるものとなります」

「でも、見えないよ?」


 灰色が混ざり始めている上空にあるはずの白い魔法式は、ここからでは見ることが出来ない。いや、実際には見えているのだろうが、この曇り空では背景に溶け込み、視認することが難しいのだろう。

 誠次は懸命に目を凝らすが、術者の正確な位置を知ることは出来なかった。


「高いところから無差別攻撃を受けていることには、間違いありませんが!」

「ひょっとして、あそこ!?」


 誠次と同じく周囲を見渡していた相村が、誠次の頭の後ろの方を指さす。

 つられてそちらを見れば、このテーマパークで一番の大きさと高さを誇る城が、そびえ立っていた。


「ラビットキャッスル……」


 誠次は息を呑み、背中に手を添える。すぐに触れた硬い感触は、誠次の右手を待ち構えていたように、右手にすっとなじむ。


「距離も角度も丁度ですね。急ぎましょう!」

「うん! こんな楽しいところでこんなことするの、絶対に許さないんだから!」


 意気込む相村と共に、誠次はラビットキャッスルへ急ぐ。

~生徒会の一日~


「緊急速報ーっ!」

みゆう

          「何事ですか副会長!?」

                    もみじ

「雨でどこにも遊びに行けなくて暇ーっ!」

みゆう

「私をどこかに連れて行ってはくれないだろうか!?」

みゆう

          「緊急の用かと思ったら、遊びの約束ですか……」

                            もみじ

          「うーん。ちょっと空きがないです」

                       もみじ

「そっかー残念無念」

みゆう

       「……生徒会事務用のチャットを私的に使わない方がいいかと」

                               ちか

「ねーねー。生徒会室にウチのデンバコストラップ落ちてない?」

さよこ

「一つないんだよねー」

さよこ

           「それ拾って職員室に届けたかも」

                        かおり

「そっかありがとーかおりん!」

さよこ

      「あの、作りすぎたてるてる坊主、よければそちらで預かってもらえませんか?」

                                しおん

「詩音ちゃん? いいよ。部室で飾ってあげる」

かおり

       「すみません。どなたか、俺の特訓に付き合ってくれませんか?」

                             せいじ

「うんいいよ! あとで演習場集合ね?」

かおり

            「ありがとうございます!」

                    せいじ

「もはや無法地帯……」

       ちか

           「かおりんがチャットグループに人入れすぎなんだよ……」

                                みゆう


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