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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
梅雨のドンキホーテ
25/189

4 ☆

 千葉県の海沿いに建つ巨大テーマパーク、千葉ラビットパーク。その名の通り、ウサギをモチーフにしており、自分たちはウサギが暮らす世界に迷い込んだゲストと言うていで、そのパークのアクティビティを楽しむことが出来る。広げたパンフレットによれば、そう書かれていた。


「まさか、ダブルデートになるとは……」


 私服姿の誠次せいじはラビットパークの入り口にて、同じく私服姿の千尋ちひろと、ダブルデートの相手を待つ。早朝から二人で、東京発の送迎バスに乗り、現時刻はまだ正午前だ。

 早朝は小雨であったが、どうにか雲が踏ん張ってくれ、今は白い曇り空が広がっている。――千尋のてるてる坊主が、功を奏してくれたのか。


「申し訳ございません……。つい引き受けてしまって」


 千尋の夏前の私服は、シンプルなブラウスであった。特別な装飾も施されてはいないが、千尋自身の持つ華やかさをそれが際立たせて、嫌味のない美しさがあった。

 千尋は手提げ鞄を持ち、申し訳なさそうにしていた。


「まあ、相手も知り合いの人だし、それにチケットを当ててくれたのは千尋だ。千尋に合わせるよ」


 誠次は足下の水溜まりを踏みつけてしまう。ぴちゃと音が立ち、七分丈のズボンから露出した肌に少量の水がかかる。


「でもダブルデート、か。あの本城千尋ほんじょうちひろさんが、そんな事をするなんて……」


 わざとらしく言う誠次の頭の中では、ダブルデートなど、普通のデートよりも敷居が高く、このような事に慣れてしまった男女がマンネリ回避の為に行うことだと思っていた。


「お、お待ち下さい誠次くんっ。なにも、私が進んで行おうとしたわけではありませんよ!?」


 何か勘違いでもされたと感じたのか、千尋は慌てて両手を振っていた。


「すまない、冗談だ。今日は沢山楽しもう」


 誠次は千尋に向け、手を差し出す。

 それを見た千尋は、顔を赤く染めながらも、そっと手を握り返す。


「もう、誠次くんは時々意地悪です……。でも、私もこうして誠次くんと一緒にいられて、嬉しいです」


 梅雨の湿気とさっぱりしない曇り空を弾け飛ばすような眩しい笑顔を、千尋は見せていた。

 となれば、待ち合わせているもう一方の方が、このダブルデートとやらを画策したのかと思っていると、


「――やーっと見つけた。剣術士くんの背中のそれ、外出るとき袋の中とか聞いてないし!」

「危ないから引っ張るなって、相村あいむら!」


 千尋とは違う意味で華やかな女子が、一人の男子を手で引っ張りながら、人混みの中をすり抜けるようにしてやって来る。

 私服姿の二人は、誠次もよく知っているヴィザリウス魔法学園の一つ上の先輩、相村佐代子あいむらさよこ長谷川翔はせがわしょうであった。


「お待たせー二人とも!」

「遅れてごめんな、天瀬。っと……?」


 長谷川が千尋を見つめ、千尋は「本城千尋と申します」と、軽く頭を下げていた。


「初めまして、長谷川翔です」

「コラコラ翔くん。千尋ちゃんが可愛いからって目移りしないでね?」


 相村が長谷川の腕を引き寄せ、くちびるを尖らせて言う。

 長谷川は何とも言えないようで、困り顔で髪をかいていた。


「そ、そのような理由で、だぶるでーと、を受けた覚えはありません、佐代子先輩さん!」 


 千尋が慌てて反論し、何故か反撃するように、誠次の腕をぎゅっと掴んできた。


「大丈夫だって。みんなの悪いようにはしない。大人数の方が盛り上がるのは、世の鉄則でしょ?」


 相村は何処までも明るく、またお気楽そうに指を立てて、言っていた。


「って言うか二人の私服何それ!? 兄弟!? 似すぎでしょっ!」


 腹を抑えて笑いだす相村の言う通り、誠次と長谷川の初夏の私服は、共に白と黒のシンプルテイストなもの。薄々感じていたが、センスが似てしまっている……。


「本当ですね。まるで誠次くんが、弟さんみたいです」


 これには千尋も興味深そうに、二人の男子を見つめている。


「おい天瀬……。先輩命令だ、服を脱げ」

「嫌ですよ! 何で裸でパークを満喫しないといけないんですか!?」


 誠次と長谷川は今日一日を、似たような服装で過ごすことになっていた。


「しかし正直、長谷川先輩がいてくれるのは心強いです。どうしても女性ばかりが目立ちますからね。知り合いの男性がいると、気が楽になる気がします」


 テーマパークの様子を見るに、女性客の比率が高い。そんな中で知り合いの男性がいるというのは、何処か心強く感じ、誠次は言っていた。


「さっすが剣術士くん! 適応力高いね」

「別に剣術士は関係ないと思いますけど……」


 ぱちんと指を鳴らす相村に、誠次がぼそりとツッコむ。


「まあ、天瀬の言う通りだな。少なくともずっと相村の相手をしなくて済む」

「ちょっと翔ちゃん!? それどういう意味!?」


 長谷川の一言で、疑心で揺らいでいた雰囲気が一気に崩れ、和やかなムードとなる。

 入場の際にチケットを手渡し、いよいよパーク内へ。早速鳴り響くのは、楽しげなオーケストラの演奏音と、人々の歓声。不安定な天候の為、これでも空いている方だと言うが、見渡す限り人の量はお祭りの屋台前のように多い。

 誠次と千尋はその中をはぐれないように手を繋ぎ、進んでいく。


「早速、アレ乗っちゃお!」

  

 先頭を歩く相村が、遙か天高くを指さしている。

 見上げた視線の先にそびえ立っていたのは、急上昇と急降下を繰り返し、最終的には人々を興奮の最高潮にするジェットコースターであった。


「ラビパの目玉! ウサギのような小心者は気絶しちゃうから乗っちゃ駄目なアトラクション。通称、ラビットデストロイヤーコースター」

「基本的にウサギに対して不謹慎だな、ここは……」


 得意気に語る相村に、長谷川がツッコむ。


「面白そうですね!」


 両手を合わせて微笑む千尋の隣で、誠次はごくりと、生唾を飲む。


「お、俺は……遠慮して、おこう、かな……」


 きゃーっ、と悲鳴が遠くからでも聞こえてきて、誠次は完全に尻込みしていた。


「ははーん。さては天瀬、怖いんだな?」


 察した様子の長谷川が笑い、強張る誠次の肩に腕を回す。

 誠次は顔をほんのりと赤く染め、ムキになって長谷川に言い返す。


「こ、怖くなんかありません! 乗れますよ――!」


「――ぎゃああああああああっ!?」


 より一層のスリルを味わうためにと、透明な安全バーで固定された身体が、押し寄せる風と、凄まじいGの攻撃を受ける。挑発を受ける形で乗り込んだラビットデストロイヤーコースターの中央区間にて、誠次は絶叫を上げていた。


「見て下さい誠次くん! 富士山が見えますよ!?」


 隣に座る千尋は、うねうねくねくねするコースターの上でも、終始にこにこと笑顔でいた。


「……あ、あぁ……」


 叫べていた前半はまだ良い方で、後半にもなれば誠次は放心状態となり、うめき声を出す人形のように、脱力する。

 ホログラム映像の中を駆け抜け、砂漠を走ったり、雪山を越えたり。


「あ、ウサコちゃんが手を振っていますよ!」


 楽し気にジェットコースターを満喫している千尋の隣で、誠次はぐったりとしていた。


「いやー! チョー楽しかった!」


 ラビットデストロイヤーコースターから降り、相村は上機嫌で伸びをする。


「空いてたし、何より早く乗れてよかったな」


 長谷川も普通に楽しんだようだ。


「大丈夫ですか、誠次くん?」

「へ、平気だ……」


 千尋に支えられ、茶色の髪をボサボサにした誠次が、最後に出てくる。


「あはは。じゃあ、ちょっと休憩しよっか。来たばっかりだけど」

「申し訳ない、です……。うっぷ……」


 相村の気遣いに感謝しながらも、内臓がせり上がる気持ちの悪い感覚に負けそうになり、誠次は慌てて口元を抑え込んでいた。

 ラビットパーク内では、アトラクションや飲食の料金は基本的に発生しない。パーク側からすれば、チケット代や、有料のアトラクション優先チケット代、お土産やサービス料金で充分に元が取れているのだろう。すなわち、それら付加価値をあまり気にしなく、財布に余裕のない学生からすればありがたいシステムである。


「やっばこれ超可愛い! SNSで自慢できるー!」


 近場のカフェに入り、相村は早速、運ばれてくるウサギの顔を模したデザートを、電子タブレットのフォト機能を使って撮っている。


「ウサギさんと触れ合えるのですね」


 カフェに放し飼いにされている本物のウサギを、千尋は消毒した手で触っている。不思議なもので、臆病なはずのウサギたちは千尋の周囲に集まっており、千尋は幸せそうな表情を浮かべていた。


「ふぅ……」


 ようやく落ち着くことが出来た誠次は、そんな微笑ましい千尋の姿を眺めながら、冷たい緑茶を飲む。ウサギ小屋でもイメージしているのか、木造のログハウスのような内装は、外の喧噪とは隔離された静かな空間で、程よくリラックスできた。


「さっきは挑発したみたいで、悪かったな天瀬」


 隣の席に腰掛け、長谷川が謝ってくる。


「いえ。これで俺も、大人の階段を一つ登ったと言う事でしょうか……」

「たかがジェットコースターごときで大袈裟だ」


 長谷川はナプキンを丁寧に折り畳み、苦笑していた。

 四人は続いて、お土産ショップへ。やはりと言うか何と言うか、ウサギ関連のものが大半を占めている。


詩音しおんちゃんさん、喜んでくれるでしょうか……」


 千尋が真剣に吟味している隣で、誠次も顎に手を添える。


「香月って一見気難しそうに見えるけど、友だち思いだし、何でも喜ぶと思うぞ」

「詩音ちゃんさんのこと、よく知っているようで、素敵です」


 千尋が誠次を見つめながら言い、誠次は照れくさく後ろ髪をかく。


「でも、俺は肝心なところでセンスがないからな……。俺は良いと思うんだどな、ズレているのかな……」


 顎に手を添えて真剣に考える誠次に、


「思いを寄せる異性さんからの贈り物であれば、どんなものでも嬉しいものです。私は、誠次くんからの贈り物でしたら何でも嬉しいですよ?」


 くすりと微笑みながら小首を傾け、千尋は言う。

 遠回しのようで、そこまで遠くはない告白に、誠次はどきりとし、意味もなく手元のグッズを手に取ってはそれを棚に戻す。

 千尋の方も、何気なく出たらしい言葉が少々恥ずかしかったのか、咄嗟に手を伸ばしてウサギ柄のグラスを手に取っていた。


「そ、それでは……。詩音ちゃんさんは紅茶が好きですし、夏はこのグラスで冷たい紅茶を飲んで欲しいです。私とお揃いで」

「ああ。それで良いと思う。俺もルームメイトになんか買っていこう」


 そうして当たり障りのないお菓子を選び、レジカウンターへ。買った商品はその場で包装され、届ける住所を確認して、すぐに空飛ぶドローンで運ばれていく。この後もパークを遊ぶ手荷物にならない便利なシステムだ。


「そっちも終わった?」


 店内で別行動をしていた相村と、出入り口付近で合流する。

 長谷川はまだ選んでいる最中だそうだ。


「ウチはルームメイトの他にも、かおりんやわーこにも送ってやった。生徒会頑張るように、って」


 元生徒会書記である相村は、現生徒会メンバーである同級生にもお土産を送ったようで、えへんと胸を張っていた。


「あ、申し訳ございません! 私、お父様とお母様にもお土産を選びたかったんです。うっかり忘れてました」


 千尋が思い出したようで、慌てて振り向き、再び店内へと向かう。


「へー。千尋ちゃん、偉い」


 相村はそんな千尋の背を見送り、そう呟いていた。


「相村先輩は、ご両親には何か贈らないのですか?」


 二人となり、誠次が何気なく尋ねたところ、相村は笑っていた。


「ウチが親に贈り物!? ないない!」

 

 手を叩くほどに笑う相村の姿は、誠次からすれば、今までのはしゃぎ方とはとても異なる印象を受けた。目の奥は全くもって笑っておらず、無理やり頬を上げていると言う印象だ。


「……そうですか」


 感じ方だけで深い追求など出来るわけもなく、誠次は遠くを見つめていた。

 決して少なくない子連れのゲストたち。両親と仲良く手を繋ぎ、店内を散策している少女が二人の目の前を通り過ぎたとき、その言葉に出来ないような気まずさは増してしまっていた。


「お待たせ」


 間もなくして長谷川がお土産を選び終えたとき、相村はいつも通りのあか抜けた笑顔を見せ、彼の片腕を掴んでいた。


「遅いな翔ちゃん。彼女待たせるとか、サイテー」

「お土産ぐらいゆっくり選ばせてくれよ……」


 これは考えすぎだろうか。二人のやり取りを背後で聞きながら、誠次は落ち着かない胸中のまま、千尋を待っていた。

 千尋を待ち終え、四人は再びテーマパークの広大な敷地内を歩く。時刻は正午を過ぎ、ゲストの数もピークを迎えているようだ。

 そんな中、次に四人がやって来たのは、今までの場所とは毛色が違うエリアだった。


「さすがに……」

「ここは……」


 全体的にピンク色の外観をした建物に覆われ、今まで以上に女性や子供向けであることが強調されたような雰囲気に、男である誠次と長谷川は気圧される。


「いるだけで目がちかちかしそうだ……」

 

 長谷川が頭に手を添えている。


「二人乗り用のゴンドラアトラクションがあるみたいですね」


 千尋がホログラムの看板を眺めて言う。


「じゃ、それに2、2で乗る?」


 どこで受け取ったのか、フローズンドリンクをストローで飲みながら、相村が千尋に声を掛ける。


「はい。では私は、誠次くんと……」

「んー。それだと今までと同じだし、せっかくだからダブルデートっぽいことしてみない?」

「ぽいこと……?」


 今まで通り、四人は列に並び、談笑しながらゴンドラがやって来る順番を待つ。

 事件は、最初の二人組が乗り込むゴンドラがやって来たときに起きた。


「んじゃ、ウチと千尋ちゃんが先乗るねー。二人は後からついてこい!」

「なっ、ちょっと待て、相村!?」


 自分が乗るとばかり思っていた席に、金髪ツインテールの後輩女子が座り、長谷川は土壇場で慌てる。


「じゃあねー翔ちゃん。ちゃんと乗らなかったら、後で罰ゲームあるから」

「男二人でこれに乗るって時点で罰ゲームだろ!?」


 座席の幅は狭く、どんなに端に寄せようとも、手ないしは太股は密着する距離である。極めつけはこのゴンドラは屋外も走行している為、男が二人で乗っている事が多くのゲストに見られる可能性があると言うことだ。


「長谷川先輩……」


 押し黙っていた誠次が、ぼそりと、声をかける。


「天瀬。お前だって嫌だろ? 罰ゲーム覚悟で、ここは降りよう――」

「行きましょう!」

「えぇ……」


 すでに覚悟を決めていた誠次に、長谷川はドン引きする。


「これは相村先輩に試されているんです。目の前のゴンドラを前にして逃げるのは、簡単です……」


 誠次はガッツポーズをして、語り出す。


「でも、ここで逃げたら、このゴンドラを乗った相村先輩にも、千尋にも、”あんたら乗れなかったのー? マジださっ”。……的な視線で見られてしまいます!」

「相村の声真似上手いな……」

「向こうは到底乗れないだろうと思っているはずです。しかし、その予想を覆す行動を起こしてこそ、価値ある結果に繫がると、俺は思うんです!」

「もはや哲学だな」


 優雅に到着したピンク色のゴンドラの前で、熱く語る誠次に、長谷川は冷静にツッコむ。


「あ、あのー。乗らないのであれば、後ろの人がつっかえてますので……」


 スタッフの女性が誠次と長谷川を交互に見て、申し訳なさげに言ってくる。

 ぎょっとした長谷川が振り向くと、二人組の男子高生を興味津々そうに見つめる、列に並んだ人々の視線が、痛いほどに降り注いでいる。


「っく、こうなったらヤケだ……!」


 長谷川は髪をがしがしとかきまくり、誠次と共にゴンドラに着席する。


「で、では、危ないですので、くれぐれも、途中で降りたりなんかは、しないように……」

「「はい……っ!」」

「それでは、”仲良く”、行ってらっしゃい……」


 手を振る女性スタッフの声を背に、ゴンドラはゆっくりと動き出し、ウサギが歩く不思議な世界へと旅立つ。


「もう、後悔しても遅いからな……っ!」

「分かってます……。この試練を乗り越えて、ぎゃふんと言わせてやりましょう……っ!」


 太股同士が触れあう至近距離で横に並んで座り、長谷川と誠次は半分泣き顔で、前の席に座っているであろう二人の少女を追いかけていた。


 ウサギの魔法の世界を旅する優雅なゴンドラは、大自然が溢れかえる森と草原の上を進んでいく。ヴァーチャルリアルの世界の中だというのは言わずもがな。大人たちはこの世界の事を子供に聞かれれば、きっと魔法の世界なんだよ、と答えることだろう。燦々さんさんに輝く紫外線無き人工太陽光と、最先端の立体映像技術によって作られた、偽りの世界。ある意味それは、この魔法世界に生きる人々が理想とする”魔法世界”に、もっとも近いのかもしれない。


長閑のどかだねえ」


 梅雨の時期では滅多にお目にかかれない心地よい風を浴び、相村が大きく伸びをする。


「綺麗なところですね……」


 隣に座る千尋は、開始から行儀良く背筋を伸ばしたまま座り、景色を堪能していた。


「まるで本当に絵本の世界の中にいるようです……」

「あはは、ファンタジーすぎ……。そう言えば昔、クラスメイトに勧められてやったソシャゲがあるんだけど、さしずめ今の千尋ちゃん、そこに出てきた”エルフ”みたいだよ?」


 大草原でくっきりと浮かぶ綺麗な横顔を眺め、相村はそんなことを言ってみる。


「エルフ?」

「そ。大自然にいて、なんか耳尖ってて、金髪の綺麗なおねーさん」

「そ、そんな。私の耳は、べつに尖ってはいませんっ。綺麗と言うのも、違うと思いますし……」


 頬を膨らませ、千尋は相村の言葉を否定する。


「まあフィクションだし。実際にいたらそれはそれで怖い怖い」


 それっきり、相村はお気楽そうに背もたれに背中を預けて、遠くを見ていた。


「それにしてもウチと千尋ちゃんてさ、性格的に正反対もいいとこだよねー。普通だったら、絶対に合わさんない感じじゃん」

「私は、そうでも無いと思います。佐代子先輩さんは、一つ下の私ともこのように接して下さって。私はとても嬉しいです」


 にこり、と微笑む千尋に、相村はうっ、と言葉に詰まりかける。


「ま、眩しい笑顔……。そう言えば、ちゃんとしたお礼まだだったね? 今日こうやってここにいて、楽しめてるのは千尋ちゃんと、そのご家族のお陰」

「ですから、あまりお気になさらずに……」

「気にするって後輩ちゃん。大丈夫。ちゃんと考えてあるから。今夜楽しみにしててね?」

「今夜、ですか? 今夜は園内のホテルで一泊する予定ですよね?」

「そ。だから、それをお楽しみにって事」

「かしこまりました。ヴィザリウス魔法学園の寮以外での外泊は、何だかどきどきします。同じお部屋で、何かご迷惑をお掛けしないといいのですけれど」


 千尋は胸に手を添え、楽しみそうにしている。


「生粋の箱入り娘みたいな反応じゃん……。やっぱ、お嬢様っぽいよね」


 相村はそんな千尋をどこか羨ましそうに見ている。


「お父様が、お国の大事な役職に就いていますから。でも、誤解されがちですけれど、そこまで浮世離れしているわけではありませんよ?」

「お父さん超格好良かった」

「ありがとうございます。私は、立派なお父様を尊敬しています」


 千尋は照れくさそうにはにかみながら、答えていた。


「佐代子先輩さんのご両親は、何をなさっているのですか?」


 自分が訊かれたので、今度はこちらから。と、千尋は相村を見つめて質問する。

 相村は、千尋の緑色の視線から逃れるように、再び遠くを見る。


「ママは普通。パパは……」


 言いかけた相村であったが、口篭もる。

 どうしたのかと千尋が首を傾げると、相村は申し訳なさそうに、にこりと微笑んでいた。持ち上げた両手の指先で、バツマークを作っている。


「ごめん……ウチから振っといてなんだけど、やっぱこの話NGエヌジーで」

「そ、そんな……。ますます気になります!」


 悪気なき興味を向ける千尋に、相村は軽くため息をつき、「そうだよね……」と頷く。そして、ひたすら言い辛そうにだが、重たいくちびるを開いてくれた。


「ウチのパパ、結構偉い人でさ。貿易会社の社長なんだ」

「お金持ち、と言うことでしょうか?」


 千尋は相村の全身をやや驚いて見つめる。


「あはは。そうは見えないっしょ?」

「そ、そんなことは!」

「へーきへーき。自分も、そう思って、こうしてるから……」


 ゴンドラに座っている自分の身体を見つめ、相村は言っていた。


「……なんか変な空気になっちゃったね!? さっきの話は忘れて、今はここにいることを楽しもうよ!」


 辛いことは後に回すか、見ないふりをする。相村はいつだって、そうやって明るく振る舞ってきた。周囲も自分の派手な見た目と印象を受けて、そう言う人なのだと理解してくれる。

 ヴィザリウス魔法学園に入学したその日から、こうすることは決めていた。


 服装も似ている男が二人でゴンドラに大人しく座り、アトラクションを楽しむ時間は、永遠にも感じられた。

 途中でゴンドラが室外に出たときは、多くの人の好奇の視線に晒され、それはそれは死にたくなった。


「言わんこっちゃない……」


 誠次の隣に座る長谷川は、顔を真っ赤に染めあげ、片手で頭を押さえつけている。


「こ、これも。修行、です……」

「なんの修行だよ……」


 胸の前で腕を組み、ただひたすらじっと耐える誠次に、長谷川はツッコむ。誠次も誠次で、全身の震えを押さえつけていた。

 やがてゴンドラは再び室内に入り、二人は落ち着くことが出来る。そうすれば、今度は無言で乗っているのが気まずい時間が訪れてしまう。周囲をウサギが楽しそうに跳ね回る中を、二人の男が真顔で進んでいくのも、如何なものだろう。


「”今日は”あの娘なんだな天瀬。本城千尋さん、だっけか」

「その言い方は、例え先輩でもさすがに怒りますよ」


 むすっとする誠次に、長谷川は申し訳なさげに髪をかく。


「悪い悪い。剣術士として、複数人の女の子が必要なんだよな」

「別に、誰でもいいというわけではありません。本城さんは、俺の戦い方を理解してくれて、自分から率先してレヴァテインに付加魔法エンチャントをしようとしてくれた。信頼してくれて、心からありがたいと思っています」


 もしかしたら、先に付加魔法エンチャントをしていた篠上しのかみへの対抗心と言うのも、あったのかもしれない。いずれにせよ、こうして篠上と共にレヴァテインに付加魔法エンチャントをしてくれる事は、感謝以外の何にでもなかった。


「……みんなは、お前に対して心無い事とか言ってる事が多いけど、俺は少なくとも、お前は凄いと思うよ」


 長谷川は真正面方向を見つめて、言っていた。


「え?」

「魔法が使えないってだけで、俺だったら何もかも諦めて、投げやりになっていると思う。それでもお前は剣を持って、周りと違いながらも戦って、期待に応えている。……それはきっと、俺が知っている以上の活躍だ」


 戸惑う誠次の隣で、長谷川は言葉を続けていた。


「だから老若男女、色々な人に慕われるんだろうな」

「あ、ありがとうございます。でも、急にどうしてそんなことを……?」

「た、ただ、今しかこういう事を言えないって思ったんだ。俺たちは別に仲が良い友人ってわけじゃないけど、無関係ってわけでもない。先輩らしく、後輩に振る舞ってもいいだろ?」


 長谷川はぎこちなく微笑んでいた。

 誠次も口角を上げ、恥ずかしさを紛らわすためにも、微笑み返す。

 

「では、俺からも質問があります、長谷川先輩」

「なんだ?」

「ずばり、長谷川先輩と相村先輩の馴れ初めを教えて下さい」


 ずこっ、と長谷川はゴンドラの上でよろめく。


「……気になるか? 別に面白い話でもないぞ……」

「とても気になります。やはり、生徒会でしょうか?」


 共に昨年の生徒会メンバー同士だったので、そこで仲が良くなったのだろうか。

 誠次は黒い瞳を向け、興味津々で尋ねる。他人の色恋話と言うのは、かくも興味をそそられるものであった。


「小学校が同じで、中学は別々だった。それで、ヴィザ学で再会した」

「小学校と中学校が別々って、学区が変わったのでしょうか?」


 普通に考えれば、小学校と中学校は同じところだと思うのだが。

 誠次の質問に、長谷川は小さく頷く。


「相村の家、相村が中学生になると同時に引っ越したみたいでさ。だから、ヴィザ学で再会した時は驚いた」


 長谷川は遠くを見つめ、回想する。その視線の先には、相村と千尋が乗るゴンドラがあった。


「……小学生の時と、見た目も雰囲気も変わっていてさ。その頃の相村は、本城さんみたいなお嬢様みたいだった――」


挿絵(By みてみん)


~お土産は如何?~


「お久しぶりです、桐野先輩」

しょう

             「長谷川君ですか? お久しぶりです」

                            せんり

「ちょっと相談がありまして」

しょう

「俺、進路でキルケー魔法大学を志望しているんですけど」

しょう

「そちらの環境など、聞かせてもらえればと思いまして」

しょう

                   「講義のレベルはとても高いですよ」

                                せんり

               「日本人も大勢いますので、すぐに慣れるかと」

                                せんり

「そうですか、ありがとうございます」

しょう

「あ、今千葉ラビットパークにいるんですけど」

しょう

「よろしければ何かお土産送りましょうか?」

しょう

                    「ありがとうございます長谷川君」

                                せんり

               「では、ウサギのミミクッキーをお願いします」

                                せんり

「そんなのありましたっけ?」

しょう

                             「はいあります」

                                  せんり

  「喧嘩したウサギが怒って自分の耳を引きちぎった時の状態を模した、焼きお菓子です」

                                   せんり

「……頑張って、見つけます」

しょう


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