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「千葉ラビットパークの、チケットですって……?」
翌日。大きな窓の外の天気はどしゃ降りの雨。ヴィザリウス魔法学園の2-Aの教室にて、本城千尋は香月詩音と休み時間に会話をしていた。
千尋が出したチケットを見た途端、香月は紫色の目を細めていた。
「はい。クジで当たりまして」
「相変わらずの強運ね……。……」
表情こそ表に出さないが、凄く羨ましそうにしているのが、香月の全身からオーラとなって滲み出ているようだ。
千尋は少しばかり申し訳なさそうにしていたが、チケットを大事に見つめる。
「まあ、それは本城さんが当てたものだし、行って、ぜひ感想を聞かせて頂戴。あと、お土産も期待してるから」
「ありがとうございます詩音ちゃんさん! 幼い頃に、家族で一度だけ行った覚えがあるのです。その時とは違い、やはり施設も増えているのでしょうかね」
楽しみそうに手を合わせる千尋の眩しいほどの笑顔の前では、香月も彼女の幸せを応援する他なくなる。
「そうね。あと、マスコットキャラクターの設定も頭に入れていくと、パレードもより楽しめるわよ」
「このウサギさんをモチーフにしたと思われる、可愛らしいキャラクターでしょうか?」
千尋は、チケットの表面を動いている二足歩行のウサギのキャラクターを眺め、尋ねる。
「ええ。この女性用チケットに写っているピンクのリボンのウサギが、ウサコちゃん」
香月は細い指を差し、懇切丁寧に教え始める。詳しい、のだろう。
「男性用のチケットに写っている水色のネクタイのウサギが、ウサオくん」
「ふむふむ」
千尋はツインテールの頭を上下に揺らし、香月の説明を真剣に受ける。
「そしてもう一人。彼が鉄郎よ」
香月が自分の電子タブレットを使って宙に浮かばせた写真には、ワイシャツ姿の何の変哲も無い人間が映し出されていた。
「て、鉄郎?」
今の今までウサギをモチーフにしていたはずのキャラクターたちの中に平然と立つ、完全な成人男性の姿に、千尋は呆気にとられる。
香月の説明は止まらなかった。
「ええ、鉄郎。千葉ラビットパークは、この三人のキャラクターたちによる、”ドロドロの恋愛模様”が繰り広げられる舞台なの」
「あの、お子さん向けですよね……?」
恐る恐る、千尋が訊く。
香月は「そうよ」と頷いていた。
「ウサコちゃんを取り合うウサオくんと鉄郎の激しい恋愛模様は、見る者を必ず興奮の渦に巻き込むわ」
「も、勿論。ウサオくんが勝つのですよね……?」
かなり心配となり、千尋は訊く。なにも、こんなよく分からない男性に、魔法の世界のファンタジーなキャラクターが負けて欲しくはないのだ。
「最初はウサオくんと付き合っていた優柔不断なウサコちゃんは結局……鉄郎に浮気してしまうの」
「え……」
香月の言葉に、千尋は戦慄する。
「子供向けなのにそんな物語が……。どうなってしまうのでしょうか……?」
「どうなるかそれは……行ってからのお楽しみよ」
香月は薄く笑う事だけに、留まってしまう。
「そ、そんな……。とても、気になります!」
千尋はうずうずと、今から行く日が待ち遠しく、チケットを見つめていた。
梅雨の中の体育は、体育館の中で行われる。基本的に男女別に行われている体育だが、この日は雨が降っているため、両方とも体育館で行われる。
「走れッ! 何事も基本が命だッ!」
男子体育教師岡本のハードワークぶりは、雨が降っても衰えることはない。
男子たちは絶叫や悲鳴を上げながら、体育館の中を走らされる。
「ただしッ、どうしてもキツかったら歩いていいッ! 喉が渇いたら水を飲めッ! 遠慮はするなッ!」
と、一応は変に優しいところもあるので、一概には鬼教師とも言えないだろう。何よりも岡本も、生徒と同じように走り、同じように疲れ、体育館の外周を大きく歩いている最中なのだから。
「あー、きっつ!」
だらだらと汗を流し、志藤はかれこれ数十分は歩かずに走る。
「悠平のやつ、相変わらずどんな体力だよ!?」
先頭を走る悠平の足は、未だ軽快そうで、とても追いつけそうにない。クラスメイトの女子が見ている、と言う理由でもなく、いつだって彼が一位だ。
「案外やるじゃん志藤ー」
「頑張れ頑張れー」
「ファイトー!」
体育館の中心でダンスを踊っていた女子たちが、走り回る男子たちを茶かし始める。
「悲しいかな……。男って見られてると、やる気出ちまう単純な生き物なんだよな……」
自身が男として生まれたことの不幸を今だけは噛みしめ、志藤は泣き顔でペースを上げる。
「あれ、剣術士くんは意外とそこまでだねー?」
志藤よりやや遅れ、誠次は息を切らして走っていた。
「っく……! 情けない……!」
こちらも女子が見ている以上、格好悪い姿は見せたくはなく、必死に食らいついていた。
「岡本先生ー。天瀬くんが手を抜いてます!」
女子の誰かが、そんなことを言う。
すると後ろの方から、何か尋常ではない鬼気迫る気配が、誠次の背中を震わせる。
「天瀬誠次……。貴様、手を抜いているのかァーッ!?」
後ろを見ればなんと、全力ダッシュで、岡本が迫り来ている。体育館だというのに、砂埃が舞っているのは何事か。
「て、手は抜いてません! 足も抜いてませんっ!」
先頭集団のひとつ手前、と言うのが誠次の限界だったのだが、剣術士として岡本はもっと走れるものと勘違いしているようだ。
「上手いことを言うな剣術士! 俺に追いつかれたら貴様は後片付けだーッ!」
「ぎゃあああああ!?」
悲鳴を上げて逃げようとする誠次の真横を、岡本が凄まじい速度で駆け抜けていく。
「……ご、ごめん天瀬……」
クラスメイトの女子が謝罪する中、力を使い果たした誠次は、コースの途中で崩れ落ちていた。
魔法学園の体育授業が終わり、誠次は言いつけ通り、岡本と共に体育館の後片付けを行う。
「どうして、女子が使ったマットを俺が片付けなければ……」
白と青の体育着姿のまま、誠次はぶつぶつ呟く。何ならば男子は体育で器具を一切使用していなかった。
「貴様は負けたのだから仕方ないだろう、天瀬誠次。そして俺は、先ほどの全力ダッシュで、両足の肉離れを起こしたようだ……」
岡本は自分の足を恨めしく見つめている。
「元プロサッカー選手も……歳には勝てませんね」
「すまない。次の授業には確実に遅れてしまうだろうが、俺が次の先生には言っておく。だから、後片付けを代わりに頼む! 俺は一刻も早く保健室に行かなければ!」
岡本はそう言うと、なんと誠次に、体育館と体育倉庫のマスターキーである電子スキャンカードを手渡す。
「え、いやいいですけど、生徒の授業を遅らせるんですか!? だったら、女子の片付けは祭田先生に頼めば良いのでは!?」
誠次が進言するが、岡本は首を真横に振るう。
「申し訳ない。全ては、俺の責任だ! 次の授業の教師には俺が伝えておくッ!」
「いや、責任もなにも――」
「た、頼むぞ天瀬誠次ッ!」
何処か様子がおかしい岡本は、両足をずるずると引きずり、体育館から出て行ってしまう。
「え……なんで、こうなるんだ……?」
一人寂しくぽつんと体育館に残された誠次は、とぼとぼとマットの片付けを行う。
一つ目を体育倉庫に押し込み、二つ目を取りに戻った誠次の元へ、救世主が現れる。
「――一緒にやりましょう、誠次くん」
「千尋。……って、まだ体操着?」
入り口からひょっこりと姿を見せたのは、体操着に白いニーソックスを履いたままの姿の、千尋だった。
「授業遅れるぞ? 俺は大丈夫だけど」
「そんなことはありません。それに誠次くんこそ。ですので、一緒に後片付け、やりましょう?」
いつもより押しが強いなとは感じつつ、実際に助かることになる誠次は、「ありがとう」と言う。
「岡本先生、女子体育教師の祭田先生に気があるようで。それで、ついこんなことを受けてしまうようです」
千尋が魔法を発動しながら、そんなことを言う。
「なるほど。それで女子の分もと張り切ったわけか……」
思えば、プール盗撮事件の時も妙に張り切っていたような気がする。
千尋が魔法を使ってマットを丸め、誠次がそれを担ぎ、横に並んで体育倉庫と館内を往復する。
「災難、ですね……」
「構わない。寧ろ、恋のキューピット役も悪くない」
誠次は苦笑しながらも、前を見据えていた。
「誰かが誰かを真剣に好きになるって、良いことだと思うから。こんな時代なら、尚更だ」
そう言った誠次の横顔をじっと見つめ、千尋は歩きながらおもむろに近づき、誠次の肩に顔を寄せていた。
「ち、千尋!? 今は二人きりとは言え……」
「だったら私は、誠次くんが大好きです。これも、私からすれば素敵な事です」
「あ、ありがとうございます……」
誠次は顔を真っ赤に染めたまま、千尋と共に体育倉庫へと入っていった。授業終わりにシャワーも浴びれず、梅雨のじめじめとした気候のせいも相まって、汗は沢山かいたままだった。
「あ、あの。つきましては誠次くん!」
体育館の外で跳ねる雨の音に負けじと、千尋が突如、意を決したように大きな声を出す。
「どうした?」
「よ、よろしければ、私とここに行ってみませんかっ?」
顔を真っ赤にして言った千尋の真横、旧式の跳び箱の上に、一枚のチケットが置かれていた。
千尋にとって、自分から異性を誘うという行為は、初めてのことだったのだろう。その誘い方はやや強引であったが、真剣な表情でもあった。
「千葉ラビットパーク……。これ、高いんじゃないのか?」
一万円は下らない入園料を誇るはずの有名で巨大なテーマパークだが、千尋は「ご安心を」とこちらの行く気を保たせる。
「クジで当たりました!」
「さ、さすがのくじ運だな……」
「そんなに変な目で見ないでくださいませ……」
その余りの幸運ぶりに、誠次は驚愕しつつ、チケットを取ってみる。たったそれだけで、不安そうにしていた千尋の表情が綻んでいたのを見る。
「でも、是非とも行ってみたいな。テレビとかでよく特集してるけど、実際に行ったことはないんだ」
「良かったですっ。男の方ですから、こう言うの興味ないかとも思いまして……」
ほっとした様子で、千尋は胸をなで下ろす。
「ありがとう千尋。問題は、この雨だよな……」
「私がてるてる坊主を作ります! きっと、私のよく分からない幸運が発動しますよ!?」
千尋は白い布の胸を張り、えへんと自慢気に言っていた。
「分かった。頼りにさせてもらう」
「お任せください」
直後、不運にも二人は体育倉庫にて、次の授業開始のチャイムの音を聞いてしまう事になる。
「あ……。遅刻確定だな」
「えへへ。どうせだったらもう、二人でゆっくりと片付けちゃいましょうか。林間学校のバスを思い出しますね」
悪戯っぽそうな笑顔を浮かべて、教師陣からも評判の優等生な千尋は、悪巧みな事を言いだす。
「とても成績クラストップの優等生とは思えない発言だな」
「本当の私のこと、誰よりも知っているのは誠次くんだと思いますけど?」
千尋は誠次の手を取り、ぎゅっと握り締める。湿度と汗で湿り気を帯びていた誠次の手は、さらさらの千尋の手に拭われたようだった。
「そ、そうかもしれないな……」
デートの前から、積極的な千尋の行為に先ほどからどきどきとさせられつつ、誠次はぎこちなく頷く。
「手伝ってくれてありがとう千尋」
「かしこまりました。一緒に遅刻しちゃいましょう?」
誠次と千尋は二人で魔法と力を合わせ、体育館の後片付けを終わらせていた。
誠次をテーマパークへ誘う事が出来た千尋は、その後の休み時間を、ご機嫌な様子で過ごす。
「まあ……。美味しそうな食べ物に、楽しそうなアトラクションが目白押しです!」
「上機嫌ね」
教室にて、ひとつ前の席にいつも座っている篠上綾奈は、赤髪のポニーテールを纏め直しながら、千尋を見る。
「GWは綾奈ちゃんが楽しんだのですから、大人しく私にバトンタッチして下さい」
「分かってるわよ。精々楽しみなさいよね」
少しばかり羨ましそうにしつつも、篠上は微笑んで千尋を見送る。
「後は天気よね……。ここ最近は雨ばっかで、よくて曇り空」
雨は髪の毛がへたへたするわ、と篠上は赤い髪を撫で、不満そうにしている。
「てるてる坊主をいっぱい作るんです。頑張って雨を止めて見せます!」
そう言う千尋の机の上には、すでに大量の丸められたティッシュの山がある。千尋は張り切り、白いティッシュを丹精込めて、手のひらでころころと転がしていく。
「――お、いたいた。やっほー」
透明なガラス張りの廊下側より、珍しい来客があった。
三学年生の相村佐代子が、手を振っていたのだ。
「「相村先輩?」」
二人とも華やかな印象がある先輩のことは、知っていた。千尋は先日会ったばかりであるが、
「去年の文化祭の時に、お会いしましたよね」
篠上がポニーテールを束ねなおしていた手を髪から離し、相村にぺこりとお辞儀する。
「おっ、覚えてる覚えてる。しっかし相変わらず大きいねー肩凝るっしょ?」
相村は「御利益あるから触らして!」と、開けた窓から両手を伸ばしていた。嫌がる篠上も合わせ、じめじめした梅雨の季節にも負けない明るい雰囲気だ。
「そーだ。千尋ちゃん。昨日のお礼言いたいからちょっと来てくれない?」
「お礼ですか? 別にいりませんよ」
千尋は謙遜するが、相村は千尋の夏服の袖を掴んで離さない。
「ウチの気が済まないんだってばっ」
そう言って千尋を廊下に連れ出した相村は、千尋の目の前でくるりと振り向く。
「ね、当日何か奢るから、ダブルデートしようよ!」
「だぶる、でーと……? 二回連続でデートする事でしょうか?」
はて、と千尋は小首を傾げている。
「ち、違う違う……。四人でデートするの!」
「よ、四人でですか!? い、いけません! 私は誠次くんだけで充分なのですっ!」
今度は顔を真っ赤に染め上げる千尋に、相村は困り顔で両手を胸元まで挙げる。
「いやいや、そんな下品な感じでもないし……。だから、千尋ちゃんは剣術士くんと。ウチはウチのカレと一緒って言うのは変わらないけど、四人で仲良く遊ぶみたいなノリ。きっと楽しいよ」
「四人で、ですか……」
千尋は俯き、考えてみる。思い返せば、誠次と共にそれらしいことをしたのは、昨年の文化祭の時だけだった気がする。その時、自分は初めて同い年頃の異性と二人で過ごし、終始緊張しっぱなしで、上手に相手をすることも出来ないでいたような思い出がある。
あくまで千尋から見て、経験が豊富そうである相村から何か学べれば、誠次をもっと喜ばせられるかもしれないと、気持ちは傾く。
「あくまで……お相手と仲良く出来ると言うデートの本質は、そのダブルデートで変わらないと言うことでしょうか?」
「……? う、うん……言葉難しくて正直よく分からないけど、いきなり二人きりでデートよりは、女友だちが一緒にいた方が気が楽って、よく聞くよ? 失敗もあんまりしないってね」
「お友だち……?」
「そう! これも何かの偶然でさ。私たち、もう友だちでよくない?」
相村はにこりと、白い歯を見せて笑っている。
千尋の方も、せっかくの誠次とのデートを失敗はしたくないと言う気持ちが強くあった。千尋から見れば、このような事に慣れていそうな相村は、信頼に値し、
「かしこまりました。では、そのダブルデートとやら、お受けいたします! 男の方を喜ばせる手ほどき、よろしくお願いいたします!」
「や、やる気すご……。んでも、こっちこそよろしくね、千尋ちゃん。早速、メアド交換しよっか?」
「はい!」
ポケットに入りきらないほどふんだんにデコレーションされている電子タブレットと、一切の装飾品を取り付けていていないシンプルな電子タブレット。中庭が見える透明な窓の外を伝う雨粒が輝き、正反対の二つが触れ合っていた。
※
ヴィザリウス魔法学園に通う生徒の中では最年長組となる三学年生。その3-Eの教室に、長谷川翔はいた。細身の長身で、ひょろひょろと言うよりは、スマート。そして、あっさりとした所謂塩顔と言う分類の、男から見ても女から見ても、嫌みの無い整った顔立ちをしている。
彼は今、クラスメイトの女子に頼まれていた制服の修繕作業を手早く終えたところだ。
「ほら、ほつれてたブレザーの糸も、これなら大丈夫だろう」
「ありがとうー翔くんっ! 本当、翔くんって器用だよね」
「はあ、お嫁に欲しい……」
「俺は男だ……」
やれやれと息を吐き、手持ちの裁縫セットを鞄にしまう。
それを見ていた女子の一人が、興味深げに長谷川に声をかける。
「随分古いもの使ってるね。何年前の?」
「裁縫セットか? 母親の母親の代から使ってたものを、俺が使っているんだ」
「新しいの買えば良いのに。道具も昔ので不便じゃね?」
「確かに、キットは旧式だけど、俺からすればこれが一番使いやすいんだ。子供の頃からずっとこれを使っているからさ」
「変なのー。でも、最新の私が使っても絶対に翔くんの腕前に敵わないよ」
笑いかけられ、長谷川も意味もなく笑い返していた。
「進路マジどうしよ……」
「就職か海外の大学か。まだ遊んでいたいけど、本当、早く日本にも魔法大学作れって話だぜ」
三学年生ともなれば、今まで見て見ぬふりをしてきた将来のことについても、いよいよ真剣に考えざるを得なくなる。教室で二年間を共にしたクラスメイトたちの他愛ない話声の中にも、そんな内容の会話が聞こえてくるようになる。
そして、授業が始まっても目立つ空席も増えた。それらは即ち、この魔法世界で魔術師として生きていくことを諦めてしまった人たちがかつて座っていた場所だ。実際に一年生の頃から仲が良かった友人が前触れもなく退学したのは、ショックなものである。
「翔くーん」
すっかり聞き慣れた声がした方を振り向けば、教室ドアのところで、相村佐代子が立っていた。
「昼ご飯、一緒に食べよ?」
「……っ」
クラスメイトたち、いや学年中に元生徒会役員同士が付き合っていると言うことは知れ渡っているが、やはりまだまだ慣れない。ましてや相村のようにオープンに振る舞うような真似は出来ず、長谷川は恥ずかしく立ち上がる。
学園の廊下を、すぐ隣をくっつくようにして歩く相村は、自分のクラスで起きた出来事などを楽しそうに話している。
「――それがマジで面白かった」
「こっちのクラスは平和だよ。相村が喜びそうな話はなにも」
「それって翔くんが真面目すぎるだけじゃない?」
「相村がお気楽すぎるんだ」
このようなやり取りは、一年前から変わっていない。
雨が降っているため、ヴィザリウス魔法学園の”カップルの聖地”とまことしやかに囁かれている中庭は使えず、二人は学園通路に点在する休憩所を使うことに。
「うっわー。マジで翔くんのお弁当って、その、ザ・おかんのお弁当って感じだよね……」
きちんと早起きをして作る長谷川の弁当は、栄養バランスを考えた、そつない手作り弁当である。
対する相村は、お弁当と言うよりは、そもそも購買のパンであった。
「ウチもちゃんと料理出来るようになりたい。また教えてね、翔くん」
「せっかく相村に教えても、すぐ忘れるからな……」
「ち、ちゃんとメモ取ってるってば! ただ、やる機会が無いってだけで……」
相村は囓っていたパンを落としそうになり、慌てて手で受け止めていた。ただ、パンに塗ってあったチョコレートが、相村の頬に付いてしまう。
それを見た長谷川は、携帯しているハンカチを差し出していた。
「チョコレートが付いてる。拭いておいた方が良いよ」
「あ、ありがと……。って、本当にこれじゃあどっちが彼氏で彼女か分からなくなる……」
「? 性別的に男の俺が彼氏で、女の相村が彼女だろ?」
「そうだけど、そうじゃない……」
変なことを言う相村に、長谷川は首を傾げていた。
「……あ、あのさ翔。今度、またデートしてほしいんだけど……」
一通り弁当を食べ進めていたところ、隣で神妙な顔立ちをしていた相村が、そんなことを言ってくる。
「いいけど……。相村、進学先はどうするか、ちゃんと決めたのか? 俺たちはもう三年生なんだし。二学年の頃から、適当なところばっかだっただろ?」
こちらとしては、相村の事を思っての発言であるが、このような話になると決まって、相村は機嫌が悪くなる。それがただただこちらに反骨しているだけだと言うのならば、むしろその方が分かりやすくていいのだが、相村は少しばかり違っている。
「……うん。ごめん」
それは、いつもの彼女の様子からすれば珍しい姿だ。むきになって反論するのでもなく、茶化すのでもなく、忠告を受け入れて謝罪をする。
「何度も言ってるけど、翔と同じところが良い。同じ大学に行きたい」
「でも俺の行こうとしているキルケー魔法大学は、相村の今の成績じゃ……」
「分かってる……」
だから、翔がこっちに合わせるなんて、それは絶対に駄目。それは、相村が心に決めていることのようで、念押しに言われる。
「……俺は、なんて言うか、相村といると楽しい。それは、心から思っている」
分かりやすく落ち込む相村を励ます為にも、長谷川は自分から柄でもないと感じつつ、そんなことを言う。
「ありがとう翔……。ウチも頑張るから。だから……そのやる気のチャージのためにデートしようよ!」
「相村……」
……本当に落ち込んではいなかったようだ。
瞳を輝かせ、見事に開き直った相村を前に、長谷川は思わずため息を溢す。
「もー。佐代子って名前で呼んでってば!」
「みんなに茶化されるから勘弁してくれ……」
「ダブルデートペアの後輩お二人さんは名前で呼び合ってるのに」
「……? ちょっと待て相村。ダブルデートってなんだっ!?」
きっとこの先も、相村佐代子と言う女性に振り回されるのだろうなと思いつつ、長谷川は些細な抵抗を諦めていた。
~The answer is only one, YOU~
「もしもし、天瀬くん」
しおん
「香月、どうしたんだ?」
せいじ
「千尋さんから聞いたわ」
しおん
「千葉ラビットパークへ行くそうね?」
しおん
「そうなんだ。週末の休みに」
せいじ
「楽しんできて頂戴」
しおん
「ありがとう」
せいじ
「ペアチケットだし、千尋と目一杯楽しむよ」
せいじ
「ウサギ関連で、一つ知っておいてほしいことがあるの」
しおん
「? なんだ?」
せいじ
「ウサギって、寂しくされると死んじゃうの」
しおん
「ウサギって、寂しくされると死んじゃうの」
しおん
「お土産は何がいいでしょうか……」
せいじ
「もしもし?」
せいじ
「おーい?」
せいじ
「……楽しんできてほしいのは本当」
しおん
「雨に注意して、行ってらっしゃい」
しおん
「ありがとう」
せいじ
「ウサギが大好きな香月に、なにかお土産買ってくるよ」
せいじ




