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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ガブリール魔法博士によるなんと素敵な魔法世界
20/189

7

 海中で出現した”捕食者イーター”により、水中へ引きずり込まれた誠次せいじとシア。

 誠次は自分を掴んでいた足の触手を、レヴァテイン・ウルで斬り裂き、水中でどうにか姿勢を安定させようと試みる。


(水中に”捕食者イーター”だとっ!?)


 誠次は暗い海中で目をらし、うごめく一体の影を視認する。頭部のない太った人間のような体躯たいくに、背中から生えている無数の触手。

 イカかタコを思わせる奇妙な軟体動物のようなそれは、背中の触手でシアを絡め捕り、水中を優雅に泳いでいるようだった。


(シア! このままじゃっ!)


 急に水中に引きずり込まれ、息が続かない。堪らずに誠次は、痛む全身を使って、海面へと浮上する。まずは新鮮な空気を、大量に取り込まなければ。


「ハアハアっ!」


 人を喰わせるわけにはいかないっ!

すぐさまシアを救うために、誠次は大きく息を吸い込み、再び水中へと潜る。


(水中で大振りは不利だ……)


 そうと判断した誠次は、連結させていたレヴァテイン・ウルを分解させ、片方を腰の鞘に収める。水中での戦闘など想定しておらず、訓練も特訓も行ってはいなかった。

 水中でも篠上の付加魔法エンチャント能力は発動することをすぐに確認し、それが作り出す足場を使い、誠次は潜水の姿勢でシアをさらった”捕食者イーター”を追う。

 ”捕食者イーター”は誠次の姿を確認したようで、まずは背中の触手を、一斉に誠次へ向けて突き出す。


(俺はみんなを守る……桃華とうかっ!)


 付加魔法エンチャント能力を咄嗟に桃華のものに切り替えた誠次は、水中で緑色の刃を幾度も振るう。それから放たれた無数の衝撃波は、”捕食者イーター”の触手をことごとく斬り裂いた。


(時間がない。篠上だってまだ上で戦っているのに!)


 苦しそうに気泡を吐き出すシアを見た誠次は、彼女の息が続かないと判断し、篠上の付加魔法エンチャント能力を用いて”捕食者イーター”へ接近する。

 ”捕食者イーター”もまた、格好の獲物だと言わんばかりに、誠次目がけて突撃する。鋭く尖った野獣のような漆黒の爪を、誠次目がけて突き出す。ヤツらは水中でも地上と大差ない機敏な動きをしてみせていた。


(っく!)


 素早い腕の動きに、誠次は堪らずに急停止し、その場でレヴァテインを構え、”捕食者イーター”の凶爪を受けきる。反動で大きく後ろの方へ吹き飛ばされ、誠次は肺の酸素を大きく失ってしまった。


(不利すぎる! かと言って空中へ逃げようにも、シアが連れて行かれる……!)


 凄まじい水流に押されながらも、誠次は必死に戦局を変えようと、上手く酸素が行き届かない脳で知恵を巡らせる。

 そうしている内に、下の方から迫り来る”捕食者イーター”の触手に気がつけなかった。瞬く間に左足を絡め捕られた誠次は、水中の奥深くへと更に引きずり込まれる。


(しまった!)


 思わず右手をレヴァテインから離してしまい、レヴァテインは緑色の光を放ちながら、水流に呑まれて離れていってしまう。


(レヴァテインはもう一つある……!)


 水中で歯を食いしばり、誠次は腰のレヴァテインを抜刀する。依然として左足は、”捕食者イーター”の触手に巻き付かれたままだ。


(そのまま俺を主の元まで運べ! 至近距離で一撃を叩き込んでやる!)


 残された酸素を全身に行き渡らせ、誠次は”捕食者イーター”の触手の動きに身を任せる。目も開けられないほどの凄まじい水流の中、辛うじて見ることが出来たのは、シアが腹部を触手で拘束されて気を失っている姿だった。

 そこへ向け、緑色の閃光を放つレヴァテインを振ろうとした瞬間、


(岩!?)


 まるで頑丈な貝の殻を砕くように、誠次の全身を陰で覆うほどに、巨大な岩が誠次の目の前まで迫ってきていた。

 誠次は咄嗟に狙いを変え、衝撃波を振るって岩を両断する。間一髪、身体との接触はかわせた。

 ”捕食者イーター”は、抵抗する誠次をシア同様に大人しくさせようと、誠次の身体を振り回すように、水中で容赦なく触手を動かす。これではまるで向こうが人間で、こちらは釣り糸に捕まり、必死に逃げようとする魚のようだった。


(うっぐ!?)


 全身が激しく振り回され、誠次の平衡感覚は大いに狂っていた。上も下も分からない状態の誠次へ、”捕食者イーター”は胴体の部分にある大きな口を、あんぐりと開ける。


(届けーっ!)


 滅茶苦茶な視界の中でも、誠次は水中を漂う手放してしまったレヴァテイン・ウルの眩い光は、捉えることが出来ていた。

 それが見えなくなったと言うことはつまり、自分は”捕食者イーター”の口の中に海水ごと封じ込まれたのだろう。コンクリートさえ噛み砕く強靱な歯が上下から身体を串刺しにする寸前、誠次は桃華の付加魔法エンチャント能力を使う。

 口内で巨大化した刃は、”捕食者イーター”の分厚い肉壁を貫通し、内臓にまで到達する。”捕食者イーター”内部にあった僅かな空気溜まりで酸素を補給すると、誠次は黒い身体を切断するように、レヴァテインを縦に振るう。


「人を食べることしか能が無い貴様ら如きにっ! 人間が負けると思うなーっ!」


 しかし、捕食者イーターの口内は本当に人のような造りだった。違う点は、尖った歯と、舌が無いことだろうか。変な意味、味わうつもりもなく、ただただ栄養のために人を喰う。

 ……おれの家族は、いやそれ以外の人間も、こんなところで最期の瞬間を迎えた。生きたまま口に放られ、鋭く尖った歯が肉と骨をすり潰される感覚を味わいながら。


「……っ! 消えろーっ!」


 そうと考えた時、誠次に堪えようのない殺意が芽生え、両手で掴んだレヴァテインを最大火力で掲げていた。

 耳をつんざくような”捕食者イーター”の悲鳴を全身で聞いていると、次の瞬間、誠次は”捕食者イーター”の口内から吐き出される。”捕食者イーター”の吐瀉物の中に、やや血生臭いにおいがしたのは、そう言うことなのだろう。

 吐き出された誠次は水中を回転しながら漂い、今一度目の前の”捕食者イーター”を睨む。

 口内を滅多斬りにされた”捕食者イーター”は、苦しみ藻掻もがくように両手足を伸縮させ、誠次から距離を取ろうとする。食い意地だけはやはり大きく、背中の触手にはシアを捉えたまま、深海へと逃げようとする。


(戻ってきたかレヴァテイン……。そうだ、諦めるものか!)


 水中を漂ってきた手放してしまっていたレヴァテインを、誠次は姿勢を制御したまま左手でキャッチ。すぐに右手で持っていたレヴァテインと連結させ、緑色の刃を更に伸ばす。


(逃がすものか。……お前らを、絶対にこの魔法世界から消し去ってやる!)


 両手で握り締めたレヴァテイン・ウルを頭上で掲げ、思い切り振り下ろす。

 刀身から更に伸びた魔法の刃は、逃げようと後退する”捕食者イーター”に優に到達した。”捕食者イーター”は自分の身を守ろうと、強靱な両腕を交差させて盾にしようとしたようだったが、レヴァテインはそれごとぶつ切りにしていく。緑色の魔法の刃が胴体に達したとき、とうとう”捕食者イーター”は。背中の触手からシアを手放していた。

 それでも誠次は容赦なく、”捕食者イーター”の身体を縦で真っ二つに割るように、両断する。

 緑色の刃により、真っ二つに裂けた”捕食者イーター”は、誠次に向けて恨みがましく、斬られた右腕を伸ばそうとしていたが、そこまで。壊れた人形のように、動かなくなった巨大な身体は、水中を漂うようにしてから、暗く深い漆黒の深海へと沈んでいく。


(シア!?)


 ”捕食者イーター”の絶命を見届けた誠次は、すぐに篠上の付加魔法エンチャントを使い、水中をゆらゆらと漂うシアに近づく。

 くちびるは青冷めており、一刻も早く地上へ搬送しなくては。

 誠次はシアを抱き抱え、魔法の紋章を蹴って水上へと浮上する。


「――セイジ!」


 港では、結衣を含めたみんなが待っていた。悠平が貸してやったのか、彼のジャケットを上から羽織っている。

 気を失っているずぶ濡れのシアを、四人の中でもガブリール魔法博士が前に進み出て、同じくずぶ濡れの誠次から受け取る。


剣術士ソードマン! これは一体!?」

「水中から”捕食者イーター”の襲撃を受けた。撃沈したが、肺の中にも水が入り込んでしまっているかもしれない。人工呼吸を頼む!」


 そう言い残すと、誠次はすぐに振り向く。


「水中で”捕食者イーター”だと……!? いや、今はそれよりも、妹を救ってくれて感謝する!」

「こうなればいつ地上に”捕食者イーター”が出てきてもおかしくない。みんなはシェルターまで急いでくれ! 必ず篠上しのかみと一緒にそこに戻る!」

「みんなは俺に任せて、安心して行ってこい!」

「お願いセイジ! 絶対に綾奈あやな先輩を助けて!」

「任せろ!」


 帳兄妹の言葉を背に、誠次は未だ篠上が残る潜水艦へと、急ぎ向かう。

 

 誠次が最後の少女を救おうと飛び立った直後の事であった。

 タイヤが地面を削りながら急停止する音と、眩しく光るランプが、気を失っているシアを含めた五人の後ろから、発生する。

 ガブリール魔法博士は、自分が維持でもつけていたマントを、シアに纏わせながら、振り向く。音と光の正体は、複数あった。


「――お前たち! ここで何をしている!?」


 闇に溶ける黒い車から、一斉に降りてきたのは、戦闘用にも礼装用にもどちらにも対応できる素材で作られた黒いスーツを纏った、年上の青年たちだった。


特殊魔法治安維持組織シィスティム……」


 桃華が悠平のジャケットをぎゅっと握り締め、呟く。あまりに眩しすぎる光が、まるで救助対象者であるこちら側を敵視しているようでもあった。


「夜間外出禁止法を知らないのか!」


 警察と並ぶ日本の司法組織の一つであり、こちらは主に魔法犯罪者や、対”捕食者イーター”による有事の際に出動する日本独自の組織である。

 心羽に至っては、過去のトラウマからか、脅えるように後退りをしてしまっている。


「攫われた人を助けていたんです! このの治療をお願いします! 気を失ってる!」


 前へ出た悠平が、後ろの四人を見渡してから、大声で告げる。


「まずは身元を言え!」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムの女性は、五人へ向け容赦なく攻撃魔法の魔法式を展開し、向ける。


「今はそれよりもあのをっ!」

「身元が先だ! 返答次第では、貴様らを直ちに拘束する!」


 けたたましい音がしたかと思えば、顔を伏せなければならないほどの風が、周囲で一斉に発生する。上からも眩しいライトが灯されたと、見上げればそこでは、特殊魔法治安維持組織シィスティムの有人ドローンが、悠平たちを睨んでいた。


「――私は太刀野桃華たちのとうかよ! 貴方たち、また勘違いする気!?」


 今度は結衣――桃華が前に歩み出て、こちらを包囲する黒装束の青年らに告げる。

昨年の一件で、桃華の中での特殊魔法治安維持組織(シィスティム)に対する印象は、とても最悪になっていた。


「太刀野、桃華……!?」


 それに対し、女性隊員は目を大きく見開くが、攻撃魔法の魔法式を解除するまでには至らず。


「有名人であろうが、特殊魔法治安維持組織シィスティムの前では法律違反者であることに変わりない! 特殊魔法治安維持組織シィスティムこそが、この国の平和と秩序を守るんだ!」


 女性隊員は叫び散らす。


「あの時と……変わってないっ」


 桃華はくちびるを噛みしめ、悔しそうに俯いてしまう。


「手を見える位置に上げて膝を付け! その眠っている女は地面に降ろせ!」

「待ってくれ! せめてあのだけは早く――!」


 悠平が思わず叫ぶが、特殊魔法治安維持組織シィスティムの女性隊員は、容赦なく悠平の足下へ向け威嚇用の攻撃魔法を放つ。女性が放った魔法は、まるで銃弾のように目に見えぬ速度で飛来し、悠平の足下にコインほどの大きさの穴を開けていた。


「……分かったよ」


 やむを得ず、悠平はガブリール魔法博士へと目配せする。

 ガブリール魔法博士も、悔しそうにしながら、気を失っているシアをマントごと地面に横たわらせ、自らは両手を挙げて膝をついていた。


「よし! 全員拘束しろ!」


 女性隊員が声を張り上げ、現在時刻を宣言する。

 悠平からすれば、この瞬間にでも”捕食者イーター”が出てくれればとまで思ってしまったが、不思議なことに奴らは出てこない。こんなにも獲物である人間が、多くいると言うのに。


「――待て」


 やるせなさを感じながら、特殊魔法治安維持組織シィスティムの隊員たちが近付いてくるのを待っていた時であった。とある若い男性の声が、青年たちの行動を止める。

 胸元に付けた大きなバッジは、明らかに他の隊員たちとは格が違うことを示すもの。女性のような長いブロンドヘアーを後ろで束ねた、黒スーツ姿の眉目秀麗な青年が、腰に手を添えて車の横に立っていた。


日向ひゅうが隊長!?」


 分隊毎に分けられた部隊で出撃する特殊魔法治安維持組織シィスティムにおいて、現場での陣頭指揮を行う分隊長と呼ばれる存在である。

 そして、この横浜のレンガ港に駆け付けた特殊魔法治安維持組織シィスティム第一分隊の隊長の青年、日向蓮ひゅうがれんは、拘束されかけていた五人を、切れ長の目で見やる。


「その女性には治癒魔法をかけてやれ。一刻を争う事態かもしれない」

「”捕食者イーター”出現の危険があります。まずは法律違反者の身柄を拘束して、安全な場所へ移動してから治癒魔法を施した方が最善策かと……」

特殊魔法治安維持組織シィスティムが優先すべきは人命救助だ」


 日向は他の部隊員に目配せをする。男性隊員が、それに応えて軽く頷き、地面に仰向けに倒れているシアへ治癒魔法を発動した。


「あ、ありがとうございます……」


 悠平が手を挙げたまま、日向に礼を述べる。


「……学生か?」


 鋭く刺すような日向の目線と言葉に、悠平は思わず口ごもりかける。


「……ヴィザリウス魔法学園の二年生、帳悠平です」

「夜間外出禁止法を知らなかったわけではあるまい?」

「攫われた妹と、友だちを助けたかったんです。そいつはまだ、戦ってる」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムにより、倉庫内で散り散りになっていたイギリスマフィアの男たちが、次々と拘束されていく。

 倉庫内の至る所で怒声や悲鳴が聞こえるが、それらは魔法の光が輝くごとに一つ、また一つと消え失せていく。特殊魔法治安維持組織シィスティムの魔術師たちの訓練されて扱う魔法は、並の魔術師では相手にもならないのだろう。――自分を、含めて。

 もしかしたら自分もそんな彼らの魔法の餌食になっていたかもしれないと思うと、ぞっとする気持ちを隠しつつ、悠平は未だ魔法の光が見える大海原を睨む。


「あれは――」


 日向もまた、悠平と同じく月夜の下の魔法の光を見つめていた。


          ※


 一人残り、潜水艦の端に追い詰められていた篠上は、残された僅かな体内魔素マナを駆使し、防御魔法を発動。反撃もままならず、一人、必死に魔法による攻撃から耐え続けていた。


「しぶとすぎないか、この女!」

「この女だけでも、持って行く!」


 意味不明の英語の叫び声と共に、押し寄せる魔法による攻撃。

 すでに魔法を扱う指先の感覚はなくなり、頭の中もぼうっとし、油断すれば気を失いかける。


(ちょっと……頑張りすぎちゃったかしら……)


 顔を持ち上げるのも辛く感じ、篠上は足下を見つめる。今日一日だけで、沢山走り回ったり、魔法も使い続けた。そのツケは、確実に自分の身体に襲いかかっていた。弓道部で鍛えた身体も、魔法が絡まればあまり意味がなかった。


(格好つけてないで、早く、来なさいよね……馬鹿……)


 目の前で何かが弾け飛んだ音がする。それは自分の防御魔法が作り出していた、魔法の障壁だった。


「突破した! ようやくだ!」


 篠上を警戒し、今まで遠距離から攻撃を繰り出していた男たちが、一斉に近付きながら、それでも魔法を発動する。

 篠上は口で荒い呼吸を繰り返しながら、重たい右腕を持ち上げていた。

 ……視界が、霞む。体内魔素マナ振り絞って浮かばせた魔法式に、魔法文字スペルを打ち込まなければ。

 まるで自分を挑発するように、目の前で不規則に回転する魔法文字スペルを操作しようと、篠上は指を伸ばす。その指先の向こうから、敵が放った攻撃魔法が、こちらに迫り来るのが見えた。


「――セイジっ!」


 ほとんど反射的に彼の名を叫び、篠上は光を失いかけていた青い瞳を、ぎゅっと瞑った。

 攻撃魔法が立ち尽くす篠上に直撃する寸前、誠次が遠距離から放った緑の刃が、それを斬り裂き、篠上と男の目の前を横切っていく。


「――篠上っ!」


 はっとなって顔を上げた篠上は、駆け付けた誠次を見て、思わずその場で尻餅をついていた。


「遅すぎるのよバカーっ!」

「バカとはなんだバカとは!」


 篠上の付加魔法エンチャント能力を使って、彼女の目の前に降り立った誠次は、反論しながらも手を伸ばす。


「待たせて悪かった。もう安心してくれ。俺に全てを任せろ!」

「来てくれてありがとう……。お願いセイジ。私を連れてって!」


 篠上は誠次の手を取り、誠次が腕を引いた力を頼りに、立ち上がる。


「おのれ剣術士ソードマン……!」


 誠次の剣に完全に恐れを抱いている男たちは、再び遠距離から魔法を発動する構えを見せる。

 誠次は片腕を持ち上げ、握り締めたレヴァテインの尖端を男たちへと向ける。

 男たちがそれだけで怯んだのを確認するや、誠次はすぐに振り向き、立っていた篠上を抱き抱えて飛翔する。


「空飛ぶなんて、まだ信じられないわ。……魔法みたい」

「正真正銘、魔法だ」


 驚いていた篠上は、誠次に抱き抱えられたまま、それでも彼の首に自分の腕を回す。

 夜風を浴びながら、誠次は篠上の身体の無事を確認し、彼女を見つめる。


「奴らももう手出しは出来ないはずだ。……それに、海の中に”捕食者イーター”が出た。水中も奴らのものだ……」

「そ、そんな……。だから時間が掛かったのね……」


 篠上は恐怖を感じ、誠次に抱きつく腕の力をぎゅっと強くする。


「だからアンタの身体も濡れてるのね……」

「確実に奴らは棲息圏を拡げている……。このままでは、何かが手遅れになる気がして仕方がない……」


 魔法テロが滅び、立て続けに起きた特殊魔法治安維持組織シィスティムの騒動。そして、国際魔法教会の影。本当の平和の魔法世界の為に、解決すべき問題は多々あった。

 その魔法世界の問題が、レヴァテイン・ウルを持った自分が関わることで、何か変わるとでも言うのだろうか。意味なんてない、なんて、信じたくはない……。


「……聞いて、セイジ」


 空を駆けながら、思い悩んでいた誠次は、掛けられた声にはっとなって、胸元の篠上を見つめる。


「ちゃんとセイジは助けに来てくれた。そのお陰で、みんな無事なのよ? 私はアンタが必要だって言うのなら、絶対に傍で魔法チカラをあげるわ。どんな困難も、私たちとセイジとだったら乗り越えられる。そうでしょ?」


 何だろうか、尻を叩かれたような気がして、誠次は微笑み、顔を上げる。


「……そうだな。ありがとう。みんなから魔法チカラを貰えば、俺は負けない。どんな障害だって、絶対に乗り越えてみせる」


 やがて二人は、みんなが待っているレンガ港へとたどり着く。

 レンガ港の変化は、遠くからでも誠次には感じていた。まるで黒い紙に白い絵の具を塗りたくったかのように、真っ暗闇だった港に膨大な量の白い光が灯っていたからだ。


「いったいなんだ?」

「眩しい……」


 誠次はレヴァテイン・ウル付加魔法エンチャントを解除し、篠上を抱き抱えたまま、地面の上へと着地する。

 光が作り出す影には、大勢の人が走っては何かをしている。


特殊魔法治安維持組織シィスティムか。みんなは?」


 眩しい光の中、誠次は友人たちを探す。

 光の中からやって来たのは、見覚えのある、特殊魔法治安維持組織シィスティムの青年だった。


「まさかとは思ったが、君だったとは」

「!? 日向さん!?」


 昨年秋に北海道で知り合った特殊魔法治安維持組織シィスティムの青年が、そこには待ち構えていた。

 さすがに恥ずかしさを感じたのか、篠上は誠次の首に添えていた自分の腕を離し、自身の足で地面の上に立つ。

 かつては夢想にも似た憧れを抱いていた組織の隊長という身分で、日向本人もそれに遜色ない優秀な魔術師であることは確かだ。しかし、今は組織に対する複雑な胸中により、彼の姿を真っ直ぐと見つめることが出来なかった。

 ――そのことについて、彼自身も感じているのか、口調は北海道で会ったときよりも、更にぎこちのないものとなっていた。


「君の友人から、大体の話は聞いた。イギリスのマフィアに捕まった魔法博士を助けたみたいだな」


 以前よりも鋭さを増したようにも見える長い睫毛まつげの切れ長の瞳を、誠次の横に立つ篠上に向けながら言う。


「水中にも”捕食者イーター”が出現しました……」

「水中だと? もはやそこも奴らの支配下なのか。……倒したのか?」

「はい」

「……」


 驚きも戸惑いもせず、日向は淡々と誠次との応答を続ける。

 奇妙な感覚を抱いたまま、誠次も日向に向け、口を開いていた。


「あの、夜間外出禁止法を破ったことは……」

「この魔法世界の発展に貢献した魔法博士の顔に免じて、見逃そう。……君の友人たちは近くにある緊急避難シェルターに護送した。そちらの女性に怪我はないか?」

「は、はい。私は、平気です……。天瀬の、お陰で……」


 二人の間にある、ただならぬ歪な空気を察したのか、篠上は誠次の横顔をじっと見つめながら、言う。

 

「ならば、君たち二人もそこへ護送する。見逃すとは言っても、夜間外出禁止法を破ったことは、追って学園側へ通達する」


 日向の言葉が終わると同時に、控えていた黒スーツ姿の青年たちが、誠次と篠上の横につく。

 もはや無言の圧で、歩けと言われているようなもので、それに反抗するわけにもいかず、誠次と篠上は歩きだす。

 日向の横を通り過ぎる時、彼の心情を推し量ろうと、横顔を見た誠次であったが。


「……」

「……」


 結局、その張り詰めた表情の内側の感情を読み取ることは出来ずに、日向はこちらに背を向けていた。

 ――昨年末頃に起きた、特殊魔法治安維持組織シィスティム内部の反乱事件を知らないわけではあるまい。そこで戦い、死んでいった者もいる。

 だから、誠次は思い切って立ち止まり、日向に向け声を荒げていた。


「日向さん! 特殊魔法治安維持組織シィスティムの信念は、変わらないんですよね!?」


 寧ろ、そうであって欲しいと願う。かつておれが、(厳密には一人の女性ではあるが)彼らに命を救われた時に感じた理想の組織に対する憧れを、続けたいと思うから。

 振り向いた誠次の両肩を強引に押さえつけるのは、日向の配下の男性隊員だ。

 無理矢理に身体を押されながらも、辛うじて見えた彼の背中は、誠次の言葉を受けて一瞬だけピクリと反応したようにも見える。


「……特殊魔法治安維持組織シィスティムは”捕食者イーター”を討伐し、人を守る。その信念に変わりはない」


 今度は、向こうがこちらとは目線を合わせずに、そう言い返す番であった。

 

「学生の分際で、いい加減にしろ!」


 篠上が心配そうに見つめる中、誠次は「一人で歩けます!」と強引に男の手を振りほどきながらも、日向に向け、思いの丈を必死に叫ぶ。


影塚かげつかさんは無事なんですか!? 志藤しどうさんと佐伯さえきさんを守るために戦った、貴方の同期はっ!」


 ピクリと、日向の眉が動いたが、そこまでだった。


「……連れて行け」

「身の程を弁えろ!」


 後ろから特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性に腕を引っ張られ、ほとんど引きずられながらも、誠次は食いさがる。


「俺はっ! 特殊魔法治安維持組織シィスティムがまだ人のためにあることを、信じていますっ! かつて俺が命を救われた時から!」


 男性隊員の怒声を浴びながらも、誠次は日向の背中へ向けて、大きな声で叫んでいた。


「……」


 日向からの返答は、もうなかった。彼の姿は、夜の闇の中に沈んでいく。


「俺の憧れていた特殊魔法治安維持組織シィスティムは……もう……」


 波のさざめきと共に、誠次の言葉もまた、夜の闇の中に溶けていく。倉庫内で繰り広げられている特殊魔法治安維持組織シィスティムとマフィアの間に起きた戦闘は、終始特殊魔法治安維持組織シィスティムの優勢により、その幕を閉じる事になる。

私事ですが、最近は時間と環境に少しの余裕が出て来たため、勝手ながら主に上巻の挿絵や細かい文の修正作業を行っております。これからの変更点として、挿絵のあるページには章横にマークを付けていきたいと思います。まだまだ上手とは言い切れませんが、どんな容姿や場面なのか、分かりやすければ幸いです。

反対に挿絵が不要であれば、挿絵は必ず最終段に載せますので、一番下の切り替わりよりも手前でスクロールして頂ければと思います。


ここでまた無駄話のコーナー!(恒例化してしまうかも)

最近の作業中に見ているアニメは、某家庭教師が赤ちゃんヒットマンな話(ブルーレイ版お値段三万円っ!)

とりま、覚醒ツナ君が男前すぎて辛い……。ギャグもシリアスもバトルも程よく、今見ても熱い作品です!

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