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その国は、いち早く魔法と言う存在を受け入れ、それを礎とした強大な国家を作り上げた。
薺紗愛と合衆国大統領による会談が、2月半ばの米国ワシントンDC現地時間、午前に終わった。この後はランチタイムの後、米国主導による合衆国内観光が催される。
「しかし参ったな。妾はゴルフにもカジノにも興味はないのじゃが」
用意されたバージニア州アーリントンのホテルのスイートルームで、薺はベッドの上にごろんと寝転がり、子供のように駄々をこねる。
「お主、代わりに行かぬか?」
「遠慮します」
表向きは薺のSPとして、共に合衆国に渡った天瀬誠次は、部屋の入口付近に立ちっぱなしでいた。
窓の外から見えるのは、日本の東京よりも広く、巨大で、彼方にまで続いていると思うほどのアーリントンの大都会の街並み。
「しかし大統領はたいそう驚いていたな。お供は必要最小限で、ほとんど手ぶらのような状態でここへ来たのだから」
「貴女は英語が堪能でありますし、会談に支障はきたさなかったかと。あちら側のSSも、何名か手配されています」
後は薺の側近でもある秘書官の芹澤の能力の高さも、目を見張るものがある。アポイントメントから日程の管理、筆記まで。何から何まで一人でこなせてしまう能力の高さは、忠誠心と合わせて薺が傍に置いておくわけである。
「まあ、今日と明日はしばしの辛抱じゃ、剣術士」
「わかっています。俺は本来、一人ではこの国にすら渡ることが出来なかった一介の学生であります。特例も特例なのは、承知しています」
薺はどこか満足そうに微笑むと、窓の外に広がる昼のアーリントンの街並みを眺めていた。
「一つ教えておく剣術士。人とは染まりゆくものだ。始めは無秩序であった理性も、善良な人間であればあるほど、その場の意識によって染まり、変わってゆく。お主もそうであろう?」
「俺は……」
「仮にお主が家族を゛捕食者゛に喰われず、ごくあるありふれた家族の一員として生きていたら、お主はその剣を握っていたか?」
薺に言われ、誠次は俯く。
それが返答代わりとなり、薺はふっと微笑んだ。
「それが真理じゃ、剣術士、天瀬誠次よ。お主は八ノ夜によって戦士へと育てられた。まったくあの魔女め……。読書が好きなただの少年をこうまでするとは、まこと、魔女のなせる業か」
「あの女性は俺を救ってくださり、導いてくださった! 業などではありません!」
あくまで心はあの女性の物であると、そう叫び返した誠次に、しかし薺はほくそ笑む。
「それに気が付けぬ時点で、お主の心はすでに魔女のものだ」
「……では貴女は」
誠次が続けた言葉に、薺は微かに赤い瞳を向ける。
「俺が魔女に魅入られていると言うのであれば、貴女も、ヴァレエフ・アレクサンドルを心酔しています。何故ですか?」
誠次が問いかける。
薺は遠くを見つめるようにして、ぽつりと、呟くように口を開いた。
「心酔か……。お主にはそう見えるのだろうか」
「一国の方向性を決める総理の身でありながら、私情によって動いているきらいはあると、感じます」
「お互い様であるかもな。私もまた、ヴァレエフ様によって救われ、人生を変えられた」
そう言った薺の表情をじっと見つめる誠次であったが、幼い女児の姿である彼女の心の内を読み解くには至らず、気まずい時間が流れていた。
「総理大臣になるまでは、何をされていたのですか?」
「国際魔法教会本部にいた。幹部として、国際魔法教会の掲げる理念と理想の世界の実現のために、務めていた」
「どのような経緯で、国際魔法教会へと?」
「よくある話じゃ。妾もまた、親を゛捕食者゛によって喰い殺され、行き場を失った。拠り所もなく、ただ彷徨っていたところを、ヴァレエフ様によって救われた。同じであろう? お主と」
「ええ、確かに……。そうかもしれませんね……」
一介の高校生と総理大臣。立場は大きく違えど、その境遇は殆ど同じであったことに、妙な繋がりを感じ、誠次は軽く息をつく。
しばし待っていると、コンコンと、部屋の外からノックの音が聞こえてくる。続いて、芹澤の声が廊下の方から聞こえた。
「総理。そろそろお時間です」
「わかった。ほら、剣術士よ。いつまでそこに立っているつもりだ? 早くスーツに着替えないか」
「……え、俺もですか!?」
「当たり前だろう。お主は妾のたった一人のSPなのじゃからな? なに、姫君を守る事は慣れているのであろう?」
薺に含みのある物言いをされ、誠次は肯定も否定もせずに、羽織っていたコートを脱いでいた。
案の定、報道機関非公開のランチタイムでは、誠次は多くの好奇の視線に晒されることとなる。おまけに四方八方を飛び交うのは、ネイティブ英語ばかりであり、英語は基本的な文法しか理解できていない誠次には、やはりアウェイの場。しかも対面にいるのは、合衆国大統領の関係者ばかり。一介の日本の男子高校生がこの場にいることなどまったくもって前代未聞で、意味不明でもあった。
これは貴重な経験である、と言うにもあまりにもスケールが異なりすぎであり、食事も喉を通らない。
「これも社会見学ですね、剣術士」
「勘弁してください……」
芹澤が傍につき、一応は彼女によって守られている立場となっている誠次は、たいそう居心地が悪く、胸元のネクタイをそっと緩める。誰かから英語で話しかけられても、芹澤が英語で答えてくれるのだ。
「貴方からすれば、堅苦しいスーツを着て話し合いをするよりは、剣を振り回していた方が性に合うようですね」
「そんなことはありません。俺はいつだって出来れば、武力での解決は望んでなどいませんでした」
誠次と芹澤が日本語でそんな会話をする傍らで、壮年姿の薺は次々と合衆国政府関係者と会話をこなしていく。
あの様子を見る限り、やはり合衆国大統領側も、薺の本来の姿は知ってはいないのだろうか。
ランチタイムも終わり、厳重な警備の元、合衆国側の案内で、ワシントンDCを観光する。
友との別れと、骨折の痛みも今は忘れ、しばし豪大なワシントンの街並みを見学していた。無論、目の前には大勢の背丈も恰幅も良いスーツ姿のSSたちがいるので、気は休むことはない。
「魔法大国アメリカ、か……」
魔法が生まれるなり、魔法と共にいち早く発展し、時代の流れに乗り、繁栄を続けた大国の姿。
一年前に訪れた東側と同じく、西側のここも、あらゆる所で魔法が使われており、人々の生活の一部に馴染みこんでいる。
日本が本来辿るべき道が、今のこのアメリカの姿であったのだろうか。答えを求めて周囲を見渡しては、ここに味方が誰一人としているわけではないという事実が、誠次にひたすらの緊張感を与えてくる。
昼の内にワシントンDC観光は終わり、日米首脳会談の日程は、明日朝の共同記者会見で終わる。
薺と芹澤と誠次は再びアーリントンのホテルに戻り、明日に備える。明日には、ニューヨーク行きの航空機に乗り込み、いよいよ再び、マンハッタンの国際魔法教会本部へと赴くことになる。
「ヴァレエフ・アレクサンドル……」
ちょうど一年前に直接会った以来の、邂逅。やはり年齢的な問題もあるのか、去年は一年を通して、テレビで彼の事を知ることも少なかった。なによりも信じがたいのは、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ暗殺の件や、セリム・アブラハムのクーラム王国の件でも、国際魔法教会が深く関わっているということだ。
そして、伝えなければならない。゛捕食者゛のことも。
「明日の朝は霧が濃くなるそうじゃ。向こうの外交官が言っていた」
部屋に戻り、スーツのネクタイを解いていると、薺にそんな言葉をかけられる。
「霧、ですか」
ちらりと、誠次は窓の外に見えるアーリントンの空を見渡す。現時点では快晴の天候であり、これより霧が立ち込めるなど、想像もできなかった。
「そういえば言っていなかったか、剣術士。明日はニューヨークまでは政府専用機では行けない。民間の航空機で行くぞ」
「プライベートジェットでは行けないのですか?」
「公務外になるからな。仮に飛ばそうでもしたものならば、同時に釈明会見も開かなければならなくなるだろうな」
「なるほど。税金では飛ばせないと言うことですか」
つまり明日の朝のフライトは、一般人に混じって日本の首相がアメリカの領空を舞う事になる。おそらくとも言わず、幼女姿で行動するのだろう。
「影武者はすでに用意してあります。首相の会見が終わり次第、政府専用機を先に影武者とともに日本へ返し、私たちは民間機でマンハッタンへと向かいます」
芹澤がそう伝え、誠次へ航空機に乗る為の電子チケットを転送していた。
「その……ありがとうございます」
誠次が生真面目に礼をするが、薺も芹澤もここへ来て、感謝の言葉を受け取ったところで、と言った具合だ。
「妾はヴァレエフ様の望みを叶えたいだけじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そして私は、薺総理に忠誠を尽くす立場です。薺総理の望みを叶えるのも、私の仕事でありますから」
あくまでビジネスパートナーであることを強調されたが、そこは誠次からしても同じような事である。
しかし、この目の前にいる二人の力がなければ、自分が国際魔法教会本部へと向かうことも出来なかったのも事実であった。その点ではやはり、誠次は感謝していた。例え、自分の立場と身分を捨てたとしてもだ。
――翌朝。アーリントンには白い霧が立ち込める。その霧の濃度たるや、一寸先をも見えなくほどであり、誠次にとっては苦い思い出となった、猛吹雪の光景を思い浮かばざるをえないものだ。
「航空機、飛びますかね?」
「霧など魔法で吹き飛ばせます。それに、上空に出て雲海を越えれば関係ないでしょう。航空会社の方も、フライトスケジュールに変更はないようですし、目的地であるニューヨークの天候は快晴のようです」
薺が合衆国大統領と生放送での共同演説を行っているのを、ホワイトハウス内のやや離れたところから見守る誠次と芹澤が小声で会話をする。
時代の流れとともに航空機の技術も革新し、濃霧の中でも問題なく飛行は出来るようだ。それに、元より帰る場所などなくなった身としては、行き着く先が明瞭であるのならば、いずれにせよ進み続ける他ないのだが。
かつての大統領の名が冠されたワシントンの空港でチェックインを済ませ、芹澤が先導し、誠次と幼女姿の薺が航空機に乗り込む。
「ワオ! ジャパーニーズドール!?」
途中、すれ違った現地の人に、薺の姿を見るなりそんなことを叫ばれる。
歩きながら誠次が気まずそうな表情を薺に向けるが、彼女自身は大して気にはしていないようだ。
座席はあくまで一般人として乗り込むために、エコノミークラスだ。二十代後半の女性と、十代後半の男性と、十代前半の少女の組み合わせ。それに東洋人であることも相まって、一体どういう組み合わせなのだと、思われていることには違いない。
「ふう。いつもは大人の姿で座ることが多いから、相対的にスペースは変わらなんだであるの」
エコノミークラスの座席に深く座り、床につかない足をふらふらと漂わせて、薺が呟く。その点では今の彼女は少しオトクなのだろうか。
「昨日より続いている合衆国のホリデー、プレジデントバースデイのせいか、乗客は多いですね」
「大統領の誕生日ですか」
「ええ。合衆国初代大統領の誕生日が、祝日となっています」
窓際の席に薺が座り、その隣の通路席に誠次、そして通路を挟んで向かいの通路席に芹澤が座っている配置だ。
「合衆国の父たる初代大統領も、自分の生まれた日がこのような濃霧であるとは、浮かばれないだろうな」
薺は窓の外に広がる真っ白な光景を見渡そうとしつつ、呟いていた。
「……」
誠次もまた、決して幸先が良いとは言えない状況に、生唾を飲み込んでいた。濃霧の濃さによる航空機への不安半分、今から自分が向かう場所行う事を鑑みた際の緊張感が半分である。
機内に英語オンリーのアナウンスが流れ、機体の羽が可変を開始し、いよいよ離陸を開始する。
約一時間のフライトであり、目的地は合衆国の東の大都市、ニューヨーク州だ。
濃霧の中、最小限の揺れで航空機は滑走路を離れ、白い空へ舞った。
離陸してから数十分は、静かで何事もないフライトが続いた。エコノミークラスを利用している家族の子供の兄弟が、仲睦まじげにおもちゃで遊んでいたり、その両端に座る両親は、読書をしているようだ。
自分もまた、落ち着かない心を整理しようと、なにかないかと探そうとするが、読書用の本も持ってはいない。
諦めて、機内備え付けのラジオで、何と言っているのか分からない洋楽でも聞こうかとヘッドフォンを装着しようとした瞬間の事であった。
周囲が騒然とするほどの、男の人の大声が、後方で起きた。
「国際魔法教会に騙されるなっ!」
ヘッドフォンを装着しようとした腕が、ぴたりと止まる。
英語であるが、確かに、国際魔法教会を罵倒するような声が聞こえてきた。
思わず隣に座る薺に視線を向けると、彼女はどこか気怠そうに頬杖をついたまま、誠次を見つめ返す。
「やれやれ。眠るつもりだったのじゃが、煩い者がおるようじゃのう」
「一体なんだ……?」
誠次が座席の陰から後方を窺うと、こちらと同じように後ろを見つめる乗客の視線の先に、通路で仁王立ちをする外国人の男がいた。
客室乗務員が慌てた様子で、その叫んだ男に英語でなにかを伝えに行くが、男は今度は英語を用い、なにか怒鳴り返すようにする。
それでも客室乗務員の女性が男に注意をしていると、男は、彼女を平手打ちし、通路に倒していた。
オーマイガ、と言った小声がそこらで聞こえ始める中、男は再び日本語を用い、叫んだ。
「国際魔法教会によってこの世界は終わりを迎えようとしている! 我々の真の敵は"捕食者"ではない、国際魔法教会だ!」
「静かにしないか! 一体何を寝ぼけたことを言っている!」
喚く男のすぐ斜め前。スーツ姿の男が立ち上がり、反論する。
「国際魔法教会を批判するとは……あの組織がなければ、人類はとうに滅んでいた!」
「そうか……やはり、操られているようだな……?」
「な、なにを……?」
反論した男が後ずさろうとしたその瞬間、彼の前で、破壊魔法の魔法式が輝いた。
その閃光がスーツ姿の男の腹部を貫通した後、白いシャツが弾け飛び、赤い血が、シャワーのように噴き出した。
「きゃあーっ!?」
響く女性の悲鳴を皮切りに、その騒ぎは、高度10000メートルを飛ぶ機内全域に伝わる。
座席の中でおとなしく座っていたはずの人たちが、次々と、立ち上がったのだ。
――彼らは、共通の意思を持って。
「「「国際魔法教会に裁きを!」」」
(反国際魔法教会による、ハイジャックか!?)
次々と声を高らかに、宣言しつつ立ち上がる人々を見て、誠次は驚き戸惑いながらも、確信する。
十数人は超えるほどの、かなりの人数が立ち上がり、一斉に反旗を翻している。
「総理が搭乗していることがバレていたのか……?」
彼らの起爆剤の要因として真っ先に考えられるのは、隣の座席に座る薺の存在であった。
誠次が咄嗟に薺を見ると、彼女は面白くなさそうに窓枠に頬杖をつき、窓の外に広がる濃霧の光景を見つめているようだった。
「とんだ面倒ごとに巻き込まれたようじゃのう」
「狙いは貴女では?」
誠次が問う。怯え、悲鳴を上げてパニックになっている他の乗客とは違って冷静でいられるのも、長くそのような現場に居合わせてきた状況からなる、処世術のようなものであった。
「民間機に一国の総理が乗るなど、偶然もいいところじゃ。となればあ奴等の狙いは他にあろう」
「他――っ」
誠次が黒い瞳を再び通路側に戻す。
するとその直後、航空機内では禁止されている、攻撃魔法の起動音と、その光が通路に奔る光景を目の当たりにする。
「ぐあっ!?」
吹き飛ばされたのは、反国際魔法教会を訴えた男。
その通路上におり、魔法を放ったのは、聞き覚えのある名を語る、国際魔法教会の人物であった。
「私の名前はギルシュ・オーンスタイン! 国際魔法教会の幹部だ! この私の前で国際魔法教会を侮辱するとは……覚悟は出来ているんだろうな!? 」
(ギルシュ・オーンスタイン……。確か、去年の夏の一件で、ティエラを監視し、利用していた男か!)
誠次はシートベルトを身体から取り外しつつ、振り返る。
航空機内で魔法を放つという危険すぎる行為は当然、万国共通のルールだ。逃げ場のない超高度の中でいたずらに魔法を用い、航空機の運航に支障を来たしでもすれば、大事故に繋がってしまう。
「動くでないぞ、剣術士」
「――っ?」
シートベルトを取り、自由になった身体で立ち上がろうとした誠次を、隣の座席に座る幼女姿の薺が制す。
「ギルシュを止めなければ。航空機内で魔法を使うなどあってはならないことのはずです」
「ここで迂闊に目立てば、面倒事に巻き込まれ、国際魔法教会本部であの御方に会えなくなるかもしれぬのだぞ?」
「しかし――――」
「ヴィザリウス魔法学園を捨てたお主が、なにを今さら迷うことがある? お主がすべきことは、ヴァレエフ様に会うことではないのか? 厄介事にすぐに首を突っ込むお主のその性格の故、この結果となっておるのではないのか?」
「貴女に一体何がわかるのだ!」
「妾にはわかる、剣術士よ。ここで国際魔法教会幹部のギルシュと刃を交えるような事が起きれば、お主の本部での立場の保証は出来ぬぞ?」
「それでも、俺は……っ!」
誠次が反論する傍ら、ギルシュ・オーンスタインとそのお供であろう、同乗していた国際魔法教会関係者が、続々と立ち上がり、一斉に魔法式を展開していた。
「国際魔法教会に反逆するとは!」
決して広いとは言えない航空機内で、また本来戦闘を想定されていない空間での、民間人を巻き込んだ魔法戦が繰り広げられる、合図であった。
国際魔法教会関係者が放つ攻撃魔法が次々と飛んでいき、男たちに命中していく。その一部が、防御魔法で防がれれば、たちまち反撃の攻撃魔法が向かう。
子供も老人だっている機内で、非戦闘民たちの悲鳴が飛び交う。
「……っ!」
誠次は唇を噛み締め、しかし、今までであれば迷いなく踏み出すことが出来た己の足を、動かす事に躊躇いをしていた。
雪降る山の中、こちらに向けて怒鳴り叫ぶ彼の姿。多くのものを振り払ってきた今、目の前の戦いに介入し、戦うのか……?
額から汗をじんわりと滲ませ、誠次は座席から斜め前に座る、地元の兄妹らしき二人の幼い子供の姿を見る。
地元のベースボールチームの帽子を被った男の子が、隣に座る女の子を必死に抱き締め、恐怖に耐えている。
「何が人類を守るためだ……俺はっ!」
握りこぶしを作り、そう息を吐いた誠次は、隣に座る薺の鋭い視線から逃れ、立ち上がった。
やれやれ、と薺は頬杖をついたまま遠くを見て、ため息をつく。
誠次は手荷物検査を通り抜けて共にあるレヴァテイン・弐の入った黒い袋を、棚の上から取り出していた。
「ギルシュ! こんなことはやめろ!」
すでに魔法戦を繰り広げているギルシュは、誠次の姿を見るなり、驚いたようにあっと声を上げる。
「剣術士だと!? 何故ここにいる!?」
そんな誠次目掛けて、ギルシュの配下である国際魔法教会の関係者たちが、魔法を放つ。
その魔法の光が誠次に直撃したかとも思ったが、代わりに、誠次が手にしていた黒い袋が破れ、中から連結状態のレヴァテイン・弐が露になる。
「お、おのれ剣術士! お前ら、足止めをしろ!」
ギルシュは周囲に向けて叫ぶと、自身は後方へと向かっていった。
「待てギルシュ! 薺さん、芹澤さん! 周囲の民間人を守ってください!」
誠次は背後の二人の女性に向けて叫ぶ。
「妾に命令する気か、剣術士?」
「このまま戦闘を続けては航空機が墜落するやもしれません! 食い止めます!」
背中を向ける誠次の後ろでは、薺と芹澤が互いを見て、アイコンタクトを交わす。
「《フェルド》!」
敵対する国際魔法教会の敵が放った炎属性攻撃魔法が、誠次めがけて襲いかかる。
誠次はレヴァテイン・弐を黒い袋から鞘ごと抜刀し、狭い通路上で振るう。
乗客たちは悲鳴をあげて、頭を抱えて蹲っている。
「冗談じゃない! 子供だっていると言うのだぞ!」
誠次は狭い通路を走り、敵の男の目の前にまで到達し、回し蹴りを行う。
再度魔法式を構築しようとしていた男は、誠次の足に腕をはらわれ、構築を中断させられてしまった。
「くそっ!」
呻く男へ向けて、誠次は更に腹部へ向けてタックルを繰り出し、身体を押し倒す。
誠次に馬乗りにされながらも尚も、抵抗しようとする男は、至近距離で魔法式を組み立てようとする。
「ええい!」
誠次はやむを得ず、レヴァテイン・弐を振るい、男の胸を斬りつける。
血が飛び散り、周囲の人々が悲鳴をあげる。
「治癒魔法で治療しろ!」
春にガブリール元魔法博士に教わった英語を、自身が馬乗りにして制圧した男へ向けて叫び、誠次はすぐに立ち上がる。
直後、機内が振動するように大きく揺れ、通路上で立っていた誠次は、大きく姿勢を崩され、その場で膝をつく。通常時のフライトでは起こりえない、危機感を感じるような激しい揺れだ。
鳴き声や悲鳴がそこらで響く中、誠次は顔を上げる。
「この揺れは一体……!?」
「おそらく、コックピットで問題が起きたかと」
背後からそう声をかけてきたのは、秘書の芹澤であった。
「薺さんは幼女の姿では戦えません。ましてや、幹部同士での戦闘行為などもっての他です」
「わかりました」
芹澤が確認するようにして言ってくれば、誠次は顔を頷かせる。
変性魔法を使用し、日本の総理大臣と言う立場が明らかになっても駄目だ。
よってこの高度一万フィート上の戦いは、己の力のみでくぐり抜けなければならないだろう。
「芹澤さんはコックピットへお願いします。俺はギルシュを追います」
誠次の言葉に、芹澤は無言で頷き、それを返答とする。
ギルシュは後部座席の方へと向かったはずだ。そちらにはファーストやプレミアムクラスがあったはずである。




