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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
羊飼いの財布
178/189

4

「誰かの笑顔を見る為って……一体誰の……?」

       せいじ

 快晴の空の下、真っ白な光景が、目の前には広がっている。

 遠くで人々が楽しげに話す声が、次第に近づいてきたかと思えば、それらが悲鳴と歓声混じりに、再び遠ざかっていく。

 ここは、長野県の軽井沢にあるスキー場。

 ヴィザリウス魔法学園の生徒会メンバー、志藤(しどう)西川(にしかわ)は、共にスキーウェアを着込んで、周りから見られてもただのスキーをしに来たお客さんの(てい)で、そこにいた。

 言わずもがな、同じ生徒会メンバーである中岡(なかおか)が参加した、曰く付きのテニス部合宿を見張るためである。

 中岡を含め、女子テニス部員たちを守るため。志藤が考えた作戦とは、自分と西川の二人が一般客を装って、同じスキー場に潜入し、隣のコテージに宿泊するというもの。

 中岡とは連絡を取り合っており、いざという時にすぐ駆けつけられるように、準備はしてある。


「今のところは、楽しい楽しいスキー旅行中、と言ったところでしょうか。テニスは相変わらず全く関係ありませんが」


 ざくっ、ざくっ、と雪に足跡をつけて、西川がスノーボードを片手にやって来る。

 彼の紫色の視線の先。白い雪の上で点在する人々の中でも、そのグループは目立っている方だ。大きな声で話す声や笑う声が、遠くからでも聞こえてくるそこには、ヴィザリウス魔法学園の女子テニス部員たちと、男子テニス部OBの姿があった。今のところは、西川も言うとおり、全員スキーウェアに身を包んで和気あいあいと言ったところだ。

 連絡先を知っている日向(ひゅうが)からも、年代的に同年代と思わしき男子テニス部OBの情報は送られてきていた。なんでも、彼の友人(?)の影塚(かげつか)が、男子テニス部員であったとのこと。無論影塚はあのグループの中にはいないが、男子テニス部の中でも、真面目にテニスに打ち込んでいた影塚たちのようなグループと、そうではなかった者たちによるグループによる分裂があったとのこと。

 つまるところ、今スキー場に来ている彼らこそ、そうではなかった者たちなのだろう。


「……なにやってんだか……」


 真上を鳥たちが飛んでいく中、白い息を吐いた志藤は、呆然と呟く。


「なんと仰っしゃりました? 生徒会長」


 西川が近寄ってきて、志藤は思わずハッとなる。


「いや、中岡ちゃんには悪いけど、いろいろ重なってさ……。思わず呟いちまった……」

「俺も話は聞きました。ヴィザリウス魔法学園の剣術士こと、天瀬誠次先輩が、退学したとか。まるで、逃げるように」

「天瀬は逃げてなんか……!」


 志藤が思わず西川を睨むが、西川は周囲の雪の如く、冷たいまま冷静でいた。


「俺はただ、客観的な意見を述べたに過ぎません。俺自身は、天瀬誠次先輩に対しては特に思うことはありません。しかし――」


 西川はそこまで言うと、軽く息を吸って、遠くを見据えた。


「ヴィザリウス魔法学園からすれば、彼の喪失は、大きな痛手と言えるでしょう。八ノ夜(はちのや)理事長は、自身が持っていた武器を一つ手放したと言っても良いでしょう」

「天瀬が武器だと……」

「ええ。魔法世界の剣術士と呼ばれる存在は、言わば象徴的な役割もこなしていると思いました。ヴィザリウス魔法学園の象徴がいなくなった今、ヴィザリウス魔法学園は一種の転換期を迎えたのではないかと、推測しております」

「俺は……あいつと一緒に最後まで……」


 続く言葉は言い切れず、歯切れの悪いまま、志藤は俯いていた。

 将来の展望を思う者と、過去を引きずる者。東京から遠く離れた白銀の大地の上で、二人の男子は去った者への思いを吐露(とろ)していた。


「そろそろ夕暮れになります。その前に、向こうはコテージに引き上げるようですね」


 忘れてはならないのは、今は生徒会の大切なメンバーの一人である中岡や、彼女と同じテニス部の後輩の女子を守る為に、自分たち二人はここにいるということ。表向きは和やかなムードのまま、向こうのスキー合宿とやらは進んでいるようだ。


「今のところは、問題なし、か……」


 中岡からの連絡も逐一送られてきており、数メートル離れた場所にある雪の上のコテージの中で、志藤と西川は私服姿で暖炉の前にいた。


「やはり、夜ではありませんか? 助けも容易に来られないような時間帯で、情事を無理矢理に行うのが奴らの狙いかと」

「情事って……まあ、そうか」


 相変わらず冷静な分析をする西川に、志藤は温かい飲み物を啜りながら呟く。


「まあ、気は抜けねーな。いつ何が起こってもいいように、下手すりゃこっちに連絡も送られない事態にもなるかもしれねえ。出来ればもっと近くで見張りたいところだが……」


 そう言った志藤が、ちらりとリビングにあるテレビを見る。

 そこではニュースがやっており、周辺地域の天気予報をやっていた。現在自分たちがいる長野県軽井沢。そこでは明日の朝にかけて、今夜は猛吹雪の予報を知らせて来ていた。

 それは雪山の中で、人が自由に活動するには最悪の環境だ。相手は゛捕食者(イーター)゛ではなく、大自然の猛威そのものである。当然、移動するのにも命懸けとなるだろう。

 カーテンを上げた窓の向こうでは、すでに大粒の雪がその身を叩きつけてくるように、闇の中から降ってきていた。


「降ってきたか……」

「……」


 志藤が呟き、西川も闇の向こうへ目を細める。

 パチ、パチっ、と焚き火で薪が灰になっていく音が聞こえる中、志藤の電子タブレットが突如、振動を起こす。

 志藤が着信を確認すれば、隣のコテージに泊まっている中岡からであった。


「中岡さんからですか?」

「ああ」


 中岡がメッセージを送ってきた。内容は、簡素なもの。


【さけ、むりやり】


 志藤と西川は文面を確認し、出来る限りの防寒具に身を包み、荒れ狂う雪が振る雪山に飛び出した。

 

「照らせ、《グィン》」


 二人共に光源を生み出す汎用魔法を発動し、周囲を照らしながら、隣のコテージへと急ぐ。

 

「思ったより早かったな」

「ええ。まだ夜になって間もないと言うのに」


 白い息を吐き合いながら、志藤と西川は、隣のコテージの窓の下につく。明かりの灯る窓へ耳をすませば、凍てつく吹雪を生む風の音とともに、中からは男たちの怒気を孕んだ声が聞こえてくる。

 どうやら中岡の報告どおり、無理矢理に飲酒を迫ってきているのだろう。


「録音、撮ってるか?」

「はい。証拠は確保しています」


 降りしきる雪の下、西川が手袋をはめた指先で、小型の録音機を使用していた。


「中岡ちゃんたちには悪いけど、これは一発勝負だ。動かぬ証拠を出来る限り集めて、落ち着いて突入するぞ」

「その方針で間違いないと思います」


 志藤と西川は頷き合い、作戦を開始する。

 西川は窓の外に陣取ったまま、志藤が真正面から乗り込む。その突入のタイミングは、西川に任せていた。


「空間魔法、発動します」


 西川がコテージ全体に魔法を放ち、中の様子を探る。


(すげえな。一年であそこまで正確な空間魔法を発動できるなんて……)


 それも、まだ魔法の授業ではやっていない、実戦レベルの高度なものだ。なぜそんなものを、しかもこの極寒と言う過酷な状況の中で発動できるのか、志藤は内心で西川の魔法の才能に驚嘆きょうたんしていた。

 それもつかの間、耳元の通信機に、西川からは通信が入る。


『中には計14名。内、男は5人。魔素マナ反応からいずれも魔術師。他の9名は女子で、全員テニス部の女子かと』

「中に部外者はいないか?」

『はい。おそらく、加害者と被害者のみだと思います』

「わかった。サンキュな」


 話しながら志藤は、コテージの正面入口の旧式の鍵の鍵穴に、汎用魔法の魔法を送り込み、鍵穴の形を魔法でかたどる。模った魔法に雪を合わせ、さらに変性魔法を浴びせる。これで、志藤の手元では雪で出来た頑丈な鍵が出来上がっていた。合鍵になるだろう。

 耳を澄ませば、雪が吹き寄せる音と共に、中では男たちが苛立った声で、女性を恫喝するような会話が聞こえてくる。曰く、酒を飲めだの、先輩命令だの、と。

 

「っち。西川……!」

『わかっています。もう少し、お待ちを』


 一刻も早く突入したいが、焦りすぎて相手にはぐらかされてしまえば、それこそ全てが水の泡となる。相手が犯行を犯そうとする瞬間を、捕らえなければ。


『――男性が女性を無理矢理押し倒しました、今です!』

「っ!」


 西川の合図を受け、志藤は鍵を使い、コテージの扉を開ける。

 中では、悲鳴を上げる少女と、倒されている中岡。そして、彼女に覆い被さる男の姿があった。


「なに!?」


 鍵を開けて突如入ってきた志藤に驚く男に、


「てめえら……なにしてやがる!」


 激昂する志藤は、すでに攻撃魔法の魔法式を展開していた。


「志藤先輩っ!」


 押し倒され、仰向けの姿勢ながら涙ながらにこちらに顔を向ける中岡に、志藤は怒りを滾らせる。


「なんだお前は!? ふざけるなよ!」


 もう少しで()()を果たせそうな段階にまで来ているのに、それを中断させられた不愉快さと怒りも含め男たちが志藤を睨む。


「証拠はすでに揃ってる。これ以上間違えないでくれ!」

「格好つけるんじゃねえ! 全部デタラメだ!」

「いいやデタラメじゃねえ! 俺はヴィザリウス魔法学園の生徒会長だ! 魔法学園の魔法生を守るのが俺の責務だ!」


 志藤はそう言いながら、本当の意味での後輩たちを守る為に、過ちを犯した先輩たちと対峙する。


「……っち、生徒会長がなんでこんなところに……!」

「こうなりゃやっちまうぞ!」


 相手はヴィザリウス魔法学園OB。程度の程は分からないが、自分よりも格上の魔術師のはずだ。

 向こうもそれを自覚しているのか、数も五対一と、一方的にこちらを魔法で制圧する算段に出たようだ。いずれにせよここは猛吹雪の真っ只中。隠蔽もなにも、出来るつもりだろうと考えている。

 志藤の目の前で五つの魔法の光が煌めく。

 

「やる気か、仕方がねえ!」


 志藤は魔法を放つ。

 あまり広くはないコテージで、しかもまだ魔法戦の経験が浅い少女が9人もいる。高威力高魔力の魔法は使えず、一人ずつを仕留める必要があった。

 もっとも、向こうはそんなことはお構いなくに、高威力の魔法を放ってくるわけだが。

 志藤が放った攻撃魔法が、中岡を押し倒していた男に命中し、彼の身体は吹き飛ばされ、ソファの後ろに倒れさす。


「みんな、伏せていてくれ!」


 志藤が周囲に向けて叫び、女子たちは悲鳴を上げながらも、頭を抑えてその場に蹲る。


「このっ! 《フォトンアロー》!」


 魔法学園の卒業者らしく、集団戦ではきっちりと詠唱を行ってくる。どこで道を間違えてしまったのだろうか。

 温かい暖炉の炎が左右に激しく揺れ動く中、ここはたちまち、豪雪の真っ只中での戦場となった。

 志藤が防御魔法で敵の攻撃を防ぐ中、視界の端で、中岡が男に首を締められながら、無理やり外に連れて行かれる様子が映った。


「やめろ! この猛吹雪の中で外に行こうなんて、自殺行為だぞ!」

「だ、だったらお前が消えろ!」


 苦しむ中岡の首を後ろからは抑えながら、あろうことか男は、軽装のまま外へと飛び出していく。無論、中岡もセーター一着と言う、雪山の猛吹雪の中では薄着となる格好だ。

 志藤が咄嗟に裏口から外に出ようとする二人を追いかけようとするが、残り3人の足止めの攻撃魔法により、動くことができない。それに中岡以外にも、ここにはまだ守らなければならない少女が8人もいる。


「っち、待て!」

「――ここは任せて下さい、志藤生徒会長」


 焦る志藤の真横の窓から、西川が雪を纏いながら突入。床の上の転がりながら攻撃魔法を発動し、正確なコントロールで、瞬く間にその魔法は敵の右腕に命中。腕を脱臼させていた。


「西川!?」

「この寒さであの軽装では、十分と持ちません。中岡さんの救助を頼みます。ここは任せて下さい」

「わかった。頼んだぞ、西川」

「お気をつけて、志藤生徒会長」


 志藤はこの場を西川に託し、自身は中岡と彼女を連れた男を追って、猛吹雪の雪山の中に飛び出した。

 

「やべえな……俺でも寒いのに、これじゃあ中岡ちゃんはもっと……!」


 目を開けようにも、それすらもままならいほどに、漆黒の夜空からは雪の棘が舞い落ちてくるようだ。それでいて足元は深い足に掴まれており、上手く前へと進むこともままならない。

 それは向こうも同じはずだ。

 一寸先も見えない最悪の状況の中、微かな手掛かりを辿り、志藤は中岡と男の元にたどり着く。

 相手は二人共に軽装であり、肌はすでにあかぎれ始めている。


「助けて、志藤先輩っ!」


 震え、白い息を吐きながら、中岡が助けを求めてくる。


「そのを離せ! お互いに寒さで死ぬぞ!」

「だったらお前が消えろ!」


 男が魔法を発動し、志藤を狙う。

 志藤は防御魔法でそれを防ぐが、これ以上近づくと、中岡の首を締める男の腕に力が入りかねない。

 ならば遠距離から正確なコントロールで、中岡の後ろに立つ男を撃ち抜こうとするが、それもこの猛吹雪かつ暗闇の世界の中では、難易度は桁違いに高くなる。照準が定まらないまま撃って中岡に当てるなどもってのほかだ。


「くそ……っ! 近づけられれば……っ!」


 風も強く、大気は凍てついている。山の山頂から突風が吹いたかと思えば、何か黒い影が、高速で男と中岡の元に接近する。


「え……」


 男が驚く。気がつけば、自身の身体は吹き飛ばされ、宙を舞っていたからだ。下が柔らかい雪のおかげで、尻もちをついても大事には至らなかったが、信じられないような面持ちをする。


「な、何をしたんだ!? 魔法か!?」

「い、いや俺はなにも!」


 しかし志藤は、開放された中岡の元にすぐに走りよる。


「空間魔法でも察知できなかったぞ!?」

(空間魔法でも察知できなかった……まさか――!?)


 自身が着ていた防寒具を脱いで、怯えている中岡に差し出しつつ、志藤は周囲を見渡す。彼が、アイツが、いる――!?


天瀬あませなのか!?」


 返ってくるのは、身体を突き刺すような痛みを伴う寒さのみ。漆黒の先に目を凝らしてみようとも、雪の白い斑点が幾重にも折り重なり、判別できない。


「志藤先輩っ!」


 志藤の着ていた上着を肩に、中岡が泣きながら抱きついてくる。

 はっとなった志藤は、改めて中岡を見て、彼女の肩にそっと手を添えてやる。


「悪かった中岡ちゃん。一旦、コテージに戻ろう」

「は、はい……」


 中岡を拐った男は、どこかへ行ってしまったようだ。この猛吹雪の中であんな軽装では、数分と保たないと思うが、それでものこのこと帰っては来れない事態になってしまっていたのだろう。

 志藤は耳元の通信機で、コテージに残った西川に連絡を取る。


「西川、そっちは大丈夫か?」

『はい。4名とも拘束済みです。部屋の隅で大人しくしてもらっています』

「腐ってもヴィザリウス魔法学園のOB4人相手を一年で制圧できるとか、何者だよ、お前……」

『ヴィザリウス魔法学園の生徒会副会長、西川春斗にしかわはるとです』

「いや、あの、自己紹介はいい……。ともかくこっちも中岡ちゃんを取り戻した。今からそっちに戻るから、何か魔法で目印をつけてくれるとありがたい」

『分かりました。ではコテージの屋根の上に魔法の印を描きます』


 助かる、と志藤は通信を終えようとするが、一応もう一ついておかねばならぬことがあった。


「ああ西川。あと一つ、訊きたいんだが」

『なんですか?』

「ついさっき外の俺を援護してくれたのは、お前か?」

『……いえ、非戦闘員を守りつつ、四人の魔術師と戦うのは流石に骨が折れます。外の援護をしている余裕なんて、一切ありませんでした』

「そっか。ともかく、サンキュな。すぐそっちに戻る」

『はい。ちなみにですが――』


 通信機の先で西川が何か、含みを持たせるような雰囲気を醸し出す。

 一体なんだろうかと志藤は、凍える身体で耳を澄ますと。


『骨が折れると言ったのは、比喩的な意味ではなく、実際に、折れてます』

「……治癒魔法、してくれ……」


 今のは、彼なりの、冗談だったのだろうか……。

 腰元で泣き続けている中岡の頭をぽんと撫でてやりながら、志藤はコテージへと戻っていった。


            ※


 豪雪の雪山の中、足跡をつけてコテージへと帰っていく二人の人影を、遠くから見つめる人の姿が、二つほどあった。凍てつく冷気の中、少年はコテージへと向かっていく二つの人影を、じっと見つめる。


「――迂闊な行動はせんでもらえぬか、剣術士」


 すぐ隣に立つ、もこもこのコートに身を包んだ幼女にとがめられ、剣術士――天瀬誠次あませせいじは軽く頭を下げる。


「すみませんでした……しかしまさか、彼がここにいるとは……」

「志藤颯介か。まさか、特殊魔法治安維持組織シィスティム局長の息子が妾の軽井沢の別荘付近にいるとは、思わなんだ」


 本来の姿である幼女姿になっているなずなが、ほくそ笑む。

 まったく持ってその通りであった。数日後に控えた薺総理としての日米外交を前に、薺の元に身を寄せていた誠次は、ここ数日軽井沢に滞在していた。

 合衆国へ渡るためのパスポートや必要書類。そして総理の側近として、また警護役として、太平洋を渡る為の手続きと準備の為だ。

 そんな中で、見覚えのある友人の姿があれば、例え潜伏中の身だとしても、助けに向かわざるを得なかった。


「志藤……ヴィザリウス魔法学園の魔法生たちのことを……どうか頼む」


 誠次はぽつりとそう呟いてから、何かを振り切るように首を振り、薺を見る。


「俺が突き飛ばした男は、大丈夫そうですか?」

「妾の秘書が、スキー場を運営している事務所まで運んだそうじゃ。コテージの学生たちも、警察を呼んだようじゃぞ」

「ならば、俺たちも別荘へ戻りましょう。ここは冷えます」

「そうじゃな」


 誠次と薺は一旦、すぐ後ろにあるスキー場外の薺の別荘へと帰っていった。

 総理大臣の軽井沢の別荘。らしいと言えばそれらしい響きだ。

 薺は着ていたもこもこのコートを脱ぐと、リビングの暖炉の前のソファに座り、温かいお茶を啜りだす。


「……」


 誠次は窓際の側に立ったまま、薺とは一定の距離を開けていた。


「なんじゃ剣術士。もう少しくつろいではどうか?」


 薺は困ったような表情で、誠次を見つめる。暖炉で燃える焚き火の炎が、彼女の顔を仄かに照らす。

 それでも、決して警戒心を解かない野良猫のような佇まいを見せる誠次に対し、薺は微笑んだ。


「まだ、根に持っておるのか? そなたをヴィザリウス魔法学園から引き離したこと。美里みさとの元からそなたを妾のモノにしたこと」


 少なからずの愉悦心を感じさせる薺の言葉に、誠次は不機嫌そうに、そっぽを向く。


「……俺はどうしても国際魔法教会本部に向かう必要があったのです。その為には貴女の力を頼る他に、思いつかなかった……」

「その通りじゃ、剣術士。そなたは妾を頼る他なかった。そして、妾と行動を共にする以上は、妾の言うことには従う他はない。それとも、未だに迷っているのか?」

「いえ、迷いなど、ありません……。迷いを棄てたからこそ、俺はここにいるのです」


 誠次は持ち上げた右手で握りこぶしを作り、それを見据えて言う。全ては、彼ら彼女らを本当の意味で守るために……。

 気がつけば、目の前の方に座る薺が、蠱惑的な笑みを浮かべて、誠次に向けて手を指し伸ばしていた。

 誠次は無言で薺の前まで歩むと、跪き、薺の手をそっととっていた。

 

「妾は嬉しいぞ、天瀬誠次よ。まさかお主が妾と共に歩む日が来るとは……」

「……」

「果たして妾とお主が行く末が何処へなろうとも、突き進もうぞ、剣術士よ」


 薺は微笑み、誠次の手を引き寄せて、自身の頬に添えていた。

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