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「いやはや、こうも愚かな選択をし続けるとは」
ばしょう
「テニス部の男子OBグループが、女テニの娘を強引に誘って合宿に行こうとしてる、か」
ヴィザリウス魔法学園の地下生徒会執行部室にて、後輩で書記の少女、坂本優花から、会計の中岡が来ない理由を聞いた生徒会長志藤は腕を組む。
中岡は女子テニス部所属であり、その友達の坂本がここまで言い辛かった理由も、なんとなく分かった。
「はい……。当然のように、女子テニス部の顧問には秘密で、断ったら許さないし、他の人には言わないようにようにと注文もされているようなんです……」
坂本は力なく、言ってくる。
「そんな中で、中岡ちゃんが坂本ちゃんにだけには言ってくれたってことか」
「性質が悪いのは、女子テニス部先輩がどうやら誘ってきた男子テニス部のOBとつるんでいるらしくて、合宿を断ったら部活内で嫌がらせを受けてしまうかもしれないんです。なかちゃん、ずっと悩んでいて、どうしても行きたくないのに、行かなくちゃいけないって……」
「つまり合宿に無理やり誘われているのは、断り辛い一番下の一学年生の女子テニス部員と言う事か」
共に生徒会室にいる副会長の後輩男子、西川晴斗も、坂本の話を聞いていた。
「話だけを聞けゃ胸糞悪い話だな……。ぜってえそう言う事だろ……」
志藤はため息をついて両手を頭の後ろに回し、背もたれに背を預ける。
「誰にも相談できないことで……なかちゃんずっと悩んでいて……」
「……」
これから一年間、共にヴィザリウス魔法学園のために頑張る仲間である後輩少女の思い悩む姿をじっと見つめ、志藤は頭の後ろに回した両手を膝の上に乗せてから、立ち上がる。
「坂本ちゃん。中岡ちゃんは今どこにいるんだ? 話してみるよ」
「え、でも……」
「大丈夫だ。上手くやるつもりだからさ」
志藤は安心させるように微笑みながら、席を立つ。
「では、俺も行きます、志藤生徒会長」
珍しく西川までも、自身から率先して着いてきてくれるようだ。
どういう風の吹き回しだ? と言った視線で志藤が西川を見れば、彼自身も自覚があるのか、すぐに答える。
「ヴィザリウス魔法学園の生徒会執行部として、無断欠席はあり得てはいけません。学園内の生徒の手本となるべき生徒会役員において、相応しくない行いは謹んで戴かなければ」
「そういう事かよ……」
仲間思いの良いやつかと思えば、そんな理由であった。或いは、本当は仲間思いで、照れ隠しか。無表情で言う西川の真意は未だに分からず、しかし厄介そうな件に人手は少しでも多いほうが良いというのは、身に沁みてよくわかっている。
苦笑した志藤は西川とともに、坂本に雑務を任せて部屋の外に出た。
放課後の教室にまだ中岡はいると思うと言う坂本の情報のもと、志藤と西川が魔法学園内のエレベーターに乗り込んで地上に上がろうとしたその時、下りのエレベーターから、ちょうど中岡が降りてきたところであった。生徒会室に、向かおうとしていたのだろう。
「あ、中岡ちゃん。探したんだ」
「志藤生徒会長? 西川くん?」
中岡は慌てた様子で、エレベーターから降りる。
「事情は坂本ちゃんからだいたい聞いた。テニス部の事だろ?」
「そんな……誰にも言わないでって……」
「安心してくれ。聞こえは良いことじゃねーし、今のところは先生にも他の人にも言わねえよ。中岡ちゃんも悪くはねーしな。ただ、一応この学園の生徒会長としては、役員が来られなくなるような事態に陥ってるのは看過できないんだ」
「……私、行きたくありません。私だけじゃないんです! 他の娘も、絶対行きたくないって、言ってるのに……行かないと、いけなくて……」
泣きそうになりながら、中岡が訴えるように、こちらを見つめ上げてくる。
「私、どうすれば良いですか、志藤先輩……西川くん……。私は本当に、テニスが好きで……っ」
遂には、ぽろぽろと涙を流し始める中岡をじっと見つめる西川と、彼女の肩に手を添える志藤であった。
「わかった。安心してくれ中岡ちゃん。俺らがなんとかするよ。魔法学園の生徒会長だしな、魔法生が困ってたらなんとかするってのが、俺の職務でもあるしな」
「俺ら、ですか」
「良いだろ西川? 乗りかかった船ってやつだ。一緒に中岡ちゃん助けようぜ?」
「まだ何かが起こるとは決まったわけではありませんが、ただでさえ四人だけの人手では、一人欠けるだけでも作業量が落ちかねません。分かりました」
斜め後ろの西川と志藤は協力し、女子テニス部の後輩たちを巻き込んだ怪しい話の解決に、乗り出す。
男子OBが合宿に連れて行こうとしている場所は長野県の軽井沢。そこでこの時期やっているスキー場のコテージの、一泊ニ日するスケジュールだそうだ。
「いよいよテニス関係ねえな、こりゃあ……」
「やはり、後輩の女性の身体目的でしょうか」
「……」
顎に手を添えてぼそりと呟いた西川に、志藤は絶句する。何ならば、目の前にはまだ中岡が立っているのにだ。
案の定、中岡は泣いている以外の理由で顔を真っ赤にし、一歩引いてしまっている。
「なにか、変なこと言いましたか、俺」
「いやあのな……せっかく今まで濁してるんだから、そこは濁そうぜ……」
「濁したところで、敵の思惑は変わりませんでしょう」
「ま、そうだけどさ……」
イマイチ締まらねーなと、志藤は髪をかく。
「先生にも伝えられねーよな……。下手すりゃ女テニそのものの問題になりかねねえ。どうにかして、穏便に済ませりゃ御の字だがな」
「聞く限り、話し合いをしてくれるような人種ではなさそうですね」
「本当に、助けてくれるのですか、志藤生徒会長、西川くん……」
中岡が不安そうな面持ちをしているが、志藤は変わらず、頷いていた。
「任せてくれって。どうにかするよ」
※
「私は、反対です……!」
夕暮れ時。
誠次がマンハッタンへの足掛かりとして次に頼りにしたのが、クラスメイトの一人である、クリシュティナ・蘭・ヴェーチェルであった。
彼女の兄、ミハイル・藍・ヴェーチェルは、国際魔法教会関係者の中でもさらなる力と権力を持つ幹部と呼ばれる役職であり、そこからどうにか本部と連絡がつかないか、誠次が相談したのである。
しかし、彼の妹であるクリシュティナは、誠次の願いを簡単には受け入れ切れなさそうに、首を横に振っていた。
「どうしてだ、クリシュティナ……」
「考え直してください、誠次。国際魔法教会は去年の出向で結局、貴方とレヴァテインの力を欲していました。そんな所に再び向かうのです。貴方の身が危ないです!」
深い赤色の瞳をこちらに向けて、クリシュティナは必死に説得してくる。
黒い瞳を大きく揺れ動かした誠次は、次には目を伏せて、深く息を吸う。
落ち着きを取り戻した心で正面を見据えると、クリシュティナは尚も心配そうな表情で、こちらを見つめ続けていた。
「誠次……? どうしたのです……?」
「クリシュティナがそんなことを言うなんて……去年の今頃までの事を思い出すと、不思議だなと、思ったんだ」
クリシュティナは元々、国際魔法教会を深く信頼しております、彼らの命令こそが絶対であると言う意識を持っていた。それが今では、逆に不信感さえ抱いている。色々なことがあったが故の当然の心境の変化だとは思うが、それでも。誠次はそこに驚いていた。
指摘されたクリシュティナ本人も、あっとなって自分の口元に手を添えかけるが、その手をすぐに膝まで降ろしていた。
「私にとって大切なのは……貴方が、すぐ傍にいてくれることなのです……いつまでも……っ」
「ありがとうクリシュティナ。……でも行かないと、駄目なんだ。どうか君のお兄さんの力を貸してほしいい」
「……」
クリシュティナは誠次のお願いを聞くが、その表情は硬く強張ったままだ。
「貴方は私に、大切な人を危険な場所へ向かわせるように、させたいのですか……」
「違う、そう言うわけでは――!」
「そう言うわけになりますっ!」
答えを淀そうとする誠次に、立ち上がったクリシュティナは強い口調になり、椅子に座ったままの誠次を、鋭い視線で見下ろす。
「……っ」
まるでこちらを非難するような、しかしそれこそが正しい事のようにどうしても感じて、誠次は何も言い返せずに、その場で俯いてしまう。
もはやクリシュティナの顔も見れなくなってしまった誠次は、ただただ、目の前に立つ女性から掛けられる言葉を、聞いているしか、受け入れるしか出来なかった。
「誠次……私も、ルーナも、貴方に魔法を与える他の人々も皆、貴方によって救われてきた人ばかりのはずです。私は、そんな人々の気持ちも鑑みて、もう貴方をマンハッタンへは、遠くへは行かせたくないのです……」
「クリシュティナ……」
「お断りします。いくら貴方の願いとは言え、聞き入れられません」
最後に、クリシュティナはぺこりと深く頭を下げてから、誠次に背を向けてしまう。
「……こちらこそ、君を苦しませるようなことを言ってしまって、すまなかった……」
掠れかけな声で誠次が言った言葉に、クリシュティナがぴくりと反応したのも束の間、彼女は部屋を後にしていた。
「俺は……」
どうするべきなの、か……。いや、すべきことは分かっている……しかし。
去り行く少女の背の姿の残滓を頭の奥に押し込め、誠次は胸に手を添えて、息を吐き出す。
「これ以上、みんなを悲しませたくはない……のに」
彷徨える思いのまま、誠次はどうすることも出来ない現状に、うちひしがれる思いで呻く。
「……俺は間違ってないはず、だよな……」
自身にもそう言い聞かせるようにして、誠次は胸の前でぎゅっと拳を作る。
朝霞やミハイル、彼ら国際魔法教会に繋がるパイプを持つ人物には悉く、協力を依頼できそうになかった。
誰か、他にはいないだろうか。一人で考える誠次の脳裏にふと、とある人物が思い浮かぶ。
それは多目的室に人知れず置かれていた、とある置物を視界に入れた時のことだった。昨年の秋の文化祭で、どこかのクラスが使用したのだろうか、色々な動物が描かれた看板である。そのうちの一つ、羊の姿を見つめた時。
まさか、彼女に頼むことになるのだろうか。その可能性は、限りなく低い。それになにより、彼女は――。
複雑な思いが浮かぶ中、しかし残された道はそれしか期待できず、誠次は深く考える間もなく、多目的室を後にした。
何日か後、東京都内、千代田区の駅沿い。
リニアメトロを乗り降りし、駅から出た途端に圧倒的な存在感を放つようにして視界に入るのは、時代錯誤をしたかとも思うほどの、立派な日本城であった。
それこそが、日本の総理大臣が住まう、現在の首相官邸である。
「薺紗愛……」
白い息を吐き、私服姿の誠次は呟く。職場に向かうのであろう、スーツ姿の人々の列に習って、誠次も同じ道を辿る。
そう。国際魔法教会と繋がりを持つ者として、誠次の脳裏に浮かんだ人物こそ、この国の首相の女性だ。
日本初の女性総理大臣であり、私設組織である光安を指揮し、国際魔法教会の後ろ盾の元、盤石な体制を築き上げた国民の人気も高い人物だ。
しかし最近は、かつて日本にあったテロ組織レーヴネメシスとの裏の繋がりがしきりに噂され、光安と言う裏で暗躍をしていた組織が明るみとなり、それを指揮していた薺への不信感が、国民の間で日ごとに高まっている。全ては、フレースヴェルグが特殊魔法治安維持組織を取り戻した日から。またそれに連なる活動として、天瀬誠次は幾度となく光安と対峙してきた。
――即ち、薺にとって誠次とは、誠次にとって薺とは、敵対関係にある筈なのだ。
幅広の歩道を横に逸れ、誠次は首相官邸の正門がある道路へと、一人で歩く。報道機関や政府関係者、要人を除けば通ることのない道だ。ましてや、そこを黒い袋を持った男子高校生が一人で進んで行くものだから、目立つことこの上なかった。
流石に現代風の鉄の門で閉ざされているゲートには、当然の如く見張りの警備員がいる。これも薺の腹心である、光安なのだろう。
「君、何のようだ? まさか、入ろうとは思っていないだろうな?」
「薺総理に用があります。会わせてはくれないでしょうか?」
閉ざされた門の前で呼び止められた誠次は、そう尋ねる。
「……」
警備員の男はため息混じりに、心底面倒臭そうな表情をすると、耳元の通信機に、わざとこちらに聞こえるような声で、こんなことを言いだす。
「頭のおかしい奴が来た。追い出す」
「ヴィザリウス魔法学園所属の天瀬誠次――俺は、剣術士です」
誠次は持っていた黒い袋のジッパーを開け、中にある鞘に収まった魔剣を、警備員に見せつけるようにする。
魔法世界の剣術士。幾度となく光安と戦った人物の名は、内部でも知れ渡っている事だろう。
事実、目の前に立つ警備員も、誠次と袋に入った魔剣を交互に見つめ、目の色と血相を変える。
「き、貴様、何の用だ!?」
「申し上げたはずです。薺総理に、用があると」
「ふざけるな! 会わすわけにはいかない」
「この国の、いやこの世界の命運が懸かっている事態です!」
ここまで来て引き下がることは出来ず、どうにかして誠次は、薺との面会を可能にさせようとする。
そんな誠次の余りの血相と気迫に、光安は一瞬だけ身じろぎする。
「会わせてくれないのであれば、無理矢理にでもここを通って、総理に謁見します」
「っち、調子に乗るなよ剣術士。我々光安を舐めるな!」
警備員はそう言い、右手で魔法式を展開しつつ、持ち上げた左手では耳元の通信機で、応援を呼ぼうとする。
展開された魔法式が、一瞬でバラバラに砕け散ったのは、その直後のことであった。
呆気に取られる警備員と、誠次もまた、目を見開く。
「――阿呆か。私の目の届くところで騒ぎを起こすつもりか」
警備員の後ろ、閉ざされた鉄格子状の門の先から現れたのは、壮年姿の薺紗愛であった。右腕を伸ばし、妨害魔法を発動したのだろう。
「薺総理!?」
警備員の男は慌てて頭を下げ、薺が鉄格子を開ける姿を見た。
「剣術士……お主が一人でこの場に来ること、それ即ち、何も起こるわけがないはずであると、それは何よりも分かっておるはずだが?」
険しい表情をしたまま、薺が誠次に向けて問いただす。
誠次は黒い袋を肩に掛け直し、薺を見据えた。
「薺総理。レヴァテイン・弐を持ったままこの場に来る無礼をお詫び申し上げます。本来は丸腰で来るべきなのでしょうが、ご存知である通り、俺と光安、そして俺と貴女との関係は決して良好なものとは言えません」
「別に構わぬ。お主がたった一人で私の首を取りに来たわけではあるまい?」
「総理、滅多なことを……!」
警備員の男が言葉を挟む。
「中へ入るといい。案内しよう、剣術士」
「総理!?」
「平気だ。お主は警備を続けよ」
薺は表情を変えることなく、誠次を首相官邸内へと促す。
「早く来い」
「はい」
話をする為にここに来たはずだ。しかし、いざその時となれば、自分の今の立場と、これからすること、そして目の前に聳える首相官邸の存在感に、足は竦みかける。
「もう少し賢い選択をしてくれると思っていたぞ剣術士。確かに一年前の北海道では、いつでも来るが良いとは言ったが、あれから状況はなにもかも変わった」
「……」
背後で鉄格子が閉められれば、薺と誠次二人は、首相官邸敷地内の手入れが行き届いた中庭を、歩きだす。報道機関が来るときはここも普段は行き交う人がいるのだろうが、今は二人以外はいない、静かで長閑な空間であった。白の石造りの噴水から、水が吹き出てては、儚く散っていく。
「……それでも、光安の強硬すぎるやり方には、賛同などできませんでした。総理は、あれが本当に国の秩序を守るとお思いなのですか?」
緑豊かな美しい光景に心を奪われそうになるが、ここは敵地の真っ只中だ。監視カメラも何台も、こちらの様子を窺っている。誠次は揺れ動く心を落ち着かせながら、斜め前を歩く薺に問う。
「正しいか正しくないかの問題ではない。魔法世界となった今、平和と秩序を保つ為には、明確な力が必要だっただけのこと。その一つが光安だ」
「力で人々をねじ伏せるような組織に、平和と秩序など……!」
誠次が腕を振り払って叫びかけるが、改めて今現在自身が置かれている状況と、目の前に立つ人物の立ち位置を思い出し、ぐっと堪える。
薺もまた、誠次が言いかけた事の続きを理解したのだろう。立ち止まり、誠次をじっと見つめていた。
「私は国際魔法教会が描く魔法世界こそ、正しきものであると信じている。と、同時に、お前に訊きたい剣術士。お前が理想とする魔法世界とは、なんだ? 魔法が使えないながらもこの魔法世界に生まれ落ちた、特別な存在であるお前の思う、正しき魔法世界とは、なんだ?」
薺に問われ、誠次はしばし間をおいて、口を開く。
「゛捕食者゛なく、人が自由に夜の世界を生きることが出来、尚かつ、魔法を元に発展した、誰もが幸せな世界です。魔法は……夢を叶えるものです」
頭に浮かんだ彼女と、彼女の言葉を思い出しつつ、誠次は薺に向けて言いきる。
「……では、何故お前は、ヴァレエフ・アレクサンドル様のご意向に背く? ヴァレエフ様はお前の両親の育ての親であったはずだ」
国際魔法教会最高指導者であり、この魔法世界の魔術師たちの頂点に君臨する老王。三一歳をとうに過ぎた年齢であるが、魔法は扱える今も現役の魔術師である。
その荘厳なる王の側面とは、かつては天文学者であり、失われた夜の日で家族を失った誠次の両親を引き取り育てた心優しい姿。抱かなければならない尊敬の思いも、恩もある。
――しかし。
「……その点についても、ヴァレエフ・アレクサンドルさんとは、話をしたいことがあるのです」
ここで誠次は、ようやく本題を切り出すことができた。
「ヴァレエフ・アレクサンドルさんと面会がしたいのです。薺総理、俺をマンハッタンまで連れて行ってはくれないでしょうか?」
「……なるほど。美里ではなく私の元へ来た理由とは、そういう事か」
「はい。八ノ夜さんには、マンハッタンへ向かうことは反対されています……」
誠次が悔しそうに俯きかけながら、そんな事を言えば、壮年姿の薺は微かに微笑んでいるようだった。
「近く、総理大臣の外交公務としてワシントンへと行く。その際に、私と共に来るか?」
「え……」
その誘いはまるで甘い蜜の如く、太平洋を越える切符を探し求めていた誠次にとってみれば、喉から出るほど欲しかった言葉であった。
同時に、今の今まで敵対していた人物である薺がこうもあっさりと、こちらに手を差し伸べてくれているという状況は、慎重になるべき事態であった。
「ワシントンからニューヨークまでは3時間程か。二人きりで行ける時間も、公務外であるだろう。私であれば、本部でも顔が効くぞ?」
「……っ」
「まあ、急に誘いを受けて困惑する思いも分かる。しばし後でも――」
「いや、連れて行ってください、薺総理」
頭を下げながらの誠次の返事を、薺は少々意外そうな面持ちで見る。
「ほう。即決か。なんとしてでも、ヴァレエフ様と会いたいのか」
「……事態は一刻を争うものであると、直感しております」
「しかしな、私もただでお前の望み通りにはさせるわけにはいかない立場であることは、分かっているだろう?」
「……はい。俺をマンハッタンへと向かわせてくれるその対価とは、なんでしょうか?」
「そうだな――」
薺は誠次をじっくりと見つめてから、誠次にその対価を要求した。
もう、戻れないところまで、誠次は進もうとしていた。
~好きなもの~
「分かったぞ、西川」
そうすけ
「一体何をでしょうか、生徒会長?」
はると
「さてはお前、中岡ちゃんのこと好きだろ?」
そうすけ
「隠さなくたって分かっちまうぜ」
そうすけ
「分かりやすい奴だな、全く」
そうすけ
「そうですね……」
はると
「やっぱ当たりか」
そうすけ
「意外と可愛いところもあるもんだな」
そうすけ
「彼女がいないと私の仕事が増えるので」
はると
「仕事が出来る同級生、と言う面で考えれば」
はると
「好きか嫌いかで訊かれれば」
はると
「好きと言えるでしょう」
はると
「うん」
そうすけ
「訊いた俺が馬鹿だった!」
そうすけ




