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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ワンスアポンアタイム 〜雪降る古都で〜
171/189

7

「あの初日の旅館で見た女の子って、まさか……」

       ことね

 スヴェンとロイナスを追い、香月こうづきと共に、誠次せいじは嵐山の中へと入る。

 クリスマス用にイルミネーションが施されている自然豊かな風景。それはやはり、夜になればより一層の美しさを漂わせる。


「なるほど。確かにこれは、たとえ夕方でも見に行きたくはなるな。観光客であるのならば、なおさらだな」


 誠次も、沢山の光に彩られた嵐山の風景を見渡し、思わず立ち止まってじっくりと見物していきたいとさえ思ってしまう。しかし、状況が状況であり、今は夜だ。ゆっくりしている時間もない。


「綺麗……」


 誠次のすぐ隣を付き添う香月もまた、色とりどりの電光色の光景に、うっとりとしているようだった。

 許してくれるのであれば、ゆっくりと観光を楽しみたいものだが、果たして。


「天瀬くん、前を見て」

「ああ、分かっている。――敵の出迎えだ」


 香月の注意喚起の言葉と、レヴァテイン・ウルを構える誠次の視線の先。

 歩道の上に立つのは、スヴェンとロイナスによって生み出されたと思わしき、鎧とロングソードを持った兵士らしき敵だ。そのどれもが、スヴェンとロイナスの纏っていた鎧に比べて、やや貧相な装飾のため、おそらく階級の低い一般兵と言うべき存在なのだろう。それらに共通しているのは、顔を隠すような甲冑と、炎で燃えた後のような黒い煤汚れがついているところであった。

 そして更に。誠次が抱くレヴァテイン・ウルを見た途端、微かに動揺するように、お互いの顔を見合わせている。


「旧魔法世界の兵士たちよ、通してくれ! ここはすでに貴様らの居場所ではない! 元の世界へと帰るんだ!」


 誠次がそう叫ぶが、敵の名も無き兵士たちは無言のまま、一斉に腰のロングソードを抜き出す。

 それは即ち、徹底抗戦の趣であった。


「やめろ!」


 尚も刃を振るうのを戸惑う誠次であるが、誠次目掛けてロングソードの刃が襲いかかる。

 誠次はレヴァテイン・ウルを持ち上げて、敵のロングソードの攻撃を受け止める。


「天瀬くん!」

「分かっている! 攻撃をしてくるのならばやむを得ない……戦う!」


 香月に声をかけられ、誠次は覚悟を決め、敵のロングソードを押し返し、斬り弾く。


「私も戦うわ! 私たちの世界に、来ないで頂戴!」


 香月も攻撃魔法を放ち、道路上に群がる敵の軍勢を下がらせる。


「こちらの言葉は理解できるか!? 怪我をしたくなくば下がれ!」


 誠次はそう言いながらも、敵の胸元へと突撃し、敵が標準武装として装備しているロングソードを次々と両断していく。敵の所持している武器は質が悪く、それでいて錆びついているものや、黒く汚れているものばかりだ。まるで、なにか激しい戦いを行った後のように……。

 そんななまくらの剣を相手に、レヴァテイン・ウルと誠次の剣筋は冴え渡る。

 誠次が敵陣を一直線に突破すれば、あとに残るのは、得物を失った敵兵たち。


「《ナイトメア》!」


 香月もまた、敵兵たちが扱えない様子の魔法で敵を制圧していく。

 圧倒的な魔力を誇る香月を前に、敵兵たちは手も足も出ないが、そんな香月の背後から、迫りくる敵兵が。


「――!?」


 その気配に気づいた香月であったが、振り向いた瞬間にはもう間に合わず、ロングソードが振り下ろされる。

 その攻撃を防ぎ切ったのは、駆け戻った誠次のレヴァテイン・ウルであった。両者の赤いマフラーが風で縺れる中、香月への攻撃を防いだ誠次は、飛び上がりながら足を使って敵を蹴り飛ばし、再び香月の後ろに着地する。


「助かったわ天瀬くん」

「平気だ香月。奴ら、香月の扱う魔法を前に、手も足も出ないようだ」

「そもそも、魔術師相手に対等以上に戦えているあなたが異常なのよ、剣術士さん」


 背後の香月に言われ、誠次は確かにそうかもしれないと苦笑する。


「背中は任せてくれ。香月は思う存分、魔法を使ってくれ」

「安心して天瀬くん。あなたへの付加魔法エンチャント分は残しておくわ」

「助かる!」


 夜の嵐山にて、誠次と香月は敵陣を突破していく。


         ※


 嵐山の山間部。鬱蒼とした木々に囲まれたこの場所も、かつてはイルミネーションによって彩られていた場所なのだろうか。夜を失い、イルミネーションそのものの文化が廃れてしまいつつある現在では、実感のないものだ。


「我が君……。こうして再び巡り会えたというのに……なぜ戦うのです……」


 渡月橋にて誠次と接敵し、一時撤退したスヴェンは、木の幹に拳を打ち据えて、額をそこへ押し付ける。


「どういう事だ。あの女がなぜここにいる?」


 嵐山の只中で、ロイナスも顎に手を添え、思い詰める。


「あの容姿は彼女に間違いないが……。どうして……」

「将軍が語っていた言葉も気になる。京都の人を元に戻せ、と」


 スヴェンが誠次との戦闘時を思い出し、思い出したかのように呟く。


「京都とはこの地名です。そしてそこの人を元に戻す……どう言うつもりなのだろうか」


 ロイナスも首を傾げていた。


「そこにいるのは誰だ?」


 最初に気がついたのは、スヴェンであった。

 腰からロングソードを引き抜き、スヴェンは茂みへと剣先を向ける。


「お前らは……!」


 その姿を見て、スヴェンは黒い目を見開いた。


         ※


「このぉぉぉぉーっ!」


 黒い目を研ぎ澄ませ、誠次が振り抜いた斬撃が、敵が手に持つロングソードを真っ二つに斬り折る。

 剣を折られた敵兵は成すすべもなく、山の中へと撤退する。

 順調に敵を無力化していく誠次と香月であったが、お互いに体力も魔力も消耗しつつある。今日は朝から京都中を歩き回っていた疲労も、蓄積されていた。


「きりがないわね……!」


 誠次の背後に追従し、魔法を出し続けている香月も、口で呼吸をし始めている。

 

「香月! このままでは俺たちが確実に不利となる! 敵を背に背負っている状態ではあるが、敵は山の中にいるようだ! そこへ行き、根源を叩く他あるまい!」

「わかったわ! 一緒に行きましょう、天瀬くん!」

「勿論だ!」


 合図の元、香月は高位攻撃魔法を、足元に向けて放つ。


「《グレイシス》!」


 香月と誠次の周りに、巨大な雪の花が満開となって咲くように、凍てつく冷気の花弁を咲かす。それはただの鉄を打った剣ごときでは穿けない障壁と化し、誠次と香月を四方からの攻撃から守った。

 夜空から降る自然の雪の結晶と、足元から舞い上がる香月が作った雪の結晶が、きらきらと嵐山のイルミネーションの光に反射する中、誠次は白い息を吐きながら、香月の手を取る。

 香月も無言で頷き、誠次と共に、竹が生える山の中へと入っていく。


「なにか、感じ取れない、天瀬くん!?」

「敵が多すぎる……それでいて感情も読み取れない……」

「先程から戦っているあの敵たち、まさかオバケとでも言うつもりなの?」

「君は、その手のものは信じないたぐいだったか。失礼した!」


 誠次はそう言いながら、追いかけて来た敵兵士目掛けて、レヴァテイン・ウルを突き出し、ロングソードを斬り弾き飛ばす。


「あなたがそう言うのなら、信じるわよ!」


 香月もまた、前から迫る敵兵を魔法を使って吹き飛ばし、道をこじ開ける。

 イルミネーションの光など目ではないほどの眩い閃光が、木々の間を駆け抜けていく。極力、嵐山の木々を傷つけぬよう、立ちはだかる敵兵のみを打ち倒す、正確なコントロールの攻撃魔法であった。


「……っ!」


 山の木々の間を香月と共に走る中、誠次が息を呑む。

 草木をかき分けた先で、魔法が発生している。そして、それと戦う二人分の騎士の剣。あの振りと重さは間違いない、スヴェンとロイナスのものだ。いったい、なにと戦っているのだろうか……。


「この先に間違いなくいる! 注意して行くぞ、香月!」

「ええ!」


 魔法の光が周囲で漂う中、誠次は木々をかき分け、山の木々の中でも開けた場所へと到達する。

 そこにいたのは、ロングソードを抜刀する二人の騎士、スヴェンとロイナス。そして彼らと向かい合い、魔法式を発動しているのは、向原むかいはらと、もう一人――。

 

「え、香月が二人……?」


 もう一人の香月、であった。

 彼女はこちらと目を合わせると、一瞬だけ赤い瞳を見開いたが、すぐに誠次の後ろからやって来た香月を見るやいなや、何やら慌てた様子で、後退っていく。


天瀬あませくん! 無事でしたか! って、え、香月さん!?」


 驚く向原は、自身と共に行動していたはずの香月の方を見る。

 向原とともにいた香月は、咄嗟に振り向いて、茂みの中へと走り去ってしまう。


「ま、待ってくれ!」

「天瀬くん!」


 誠次が思わず手を伸ばしていると、後ろに立つ香月の叫び声にはっとなる。

 ロイナスが、誠次の隣に立つ香月へ斬りかかってきていたのだ。


「させるか!」


 それに反応した誠次がレヴァテイン・ウルを突き出し、ロイナスのロングソードと鍔迫り合い、香月への攻撃を防いだ。目の前で刃が交錯し、香月は思わず悲鳴を上げて、尻もちをついて倒れてしまう。


「きゃっ!」

「香月!」

「スルト将軍! やはりこの女は危険ですっ! 今のうちに排除せねば!」


 誠次と鍔迫り合う中、ロイナスが鬼気迫った表情でそのようなことを言う。

 

「香月を排除するだと……そんなことはさせない!」


 激昂した誠次は、ロイナスの剣を押し返し、香月の前に立つ。

 香月もすぐに立ち上がり、誠次の背後に隠れるようにして立っていた。


「あ、天瀬くん……」

「香月は傷つけさせない!」


 あくまで香月を守る為に立つ誠次を見て、ロイナスは悔しそうに、唇を噛みしめる。


「スルト将軍! どうか思い出してください! 我々の故郷を滅ぼした憎き敵を!」

「香月は敵じゃない! そして、俺は貴様らが思うような存在でもない!」


 ロイナスの言葉に、誠次はそう返す。

 スヴェンと向原は、一定の距離を取りつつ、互いに牽制をし合っている。

 そんな者たちの元に、ロングソードを握った兵士たちがやって来る。


「囲まれたか……っ」


 そう呻いたのはなんと、スヴェンの方であった。


「どういうことですか? この変な人たちは、あなたたちが呼んだ者ではないのですか?」


 少し泥で汚れた姿となってしまっている向原が、スヴェンに問う。


「私たちではない。すべてあの女神の仕業だ!」

 

 スヴェンが香月を睨んで言うが、誠次は相変わらず香月を下がらせたまま、油断なくレヴァテイン・ウルを構える。


「向原先生! 一緒にいた香月らしき女性は一体!?」


 誠次が大きな声で問えば、向原もロイナスとスヴェンを挟んで、大きな声を返す。


「渡月橋であなたとはぐれてしまった後、香月さんとだけ合流できまして、この場所まで連れてこられたんです! そうしたら、変な格好をした騎士さんはいるは、兵隊さんはいるはで!」

「私がもう一人?」


 向原の言葉に、香月は驚く。


「スヴェン、ロイナス! この兵士たちは、本当に貴様らが召喚したものではないのか!?」


 誠次は半身をロイナスへ向けながらも、こちらを取り囲むようにして立つ謎の兵士にも注意を向けて問う。


「スルト将軍。我々は元より魔法が使えませぬ故。このような死霊の兵士たちを使役するなど無理なことです」

「その女神ならば知っているはずだ!」


 スヴェンが相変わらず香月に敵視を向けたまま、ロイナスの言葉に被せる。


「しかもなんと人の悪い……我が軍の誇り高き兵士たちを冥府の世界から呼び寄せ、同士討ちをさせるなど……。やはり貴様は血の通っていない、人ならざる者だ!」

「そんな、私はそんなことしていないわ!」


 香月が悲しげに叫び返す。

 誠次は声をより一層張り上げた。


「香月もこの敵兵士には襲われている! 第一彼女も、貴様らが知るような女神と言った存在ではない!」

「目をお覚まし下さい、スルト将軍。この場に女神の姿をした女性が二人もいた時点で、彼女が何らかの関係でこの地で起きている事とやらに関わっていることは明白です。将軍が最初に仰った、京都の人の異変もきっと、女神の仕業でしょう」


 ロイナスが冷静に告げてくる。

 香月が不安そうに、誠次の背にそっと手を添える。

 確かに、向原も言っていたとおり、一瞬であるが香月によく似た少女の存在は気にはなった。しかし、だからと言って、この後ろに立つ香月詩音こうづきしおんが、共に同じ学び舎で2年間を過ごしてきて、魔剣に付加魔法エンチャントを与えてくれる大切な少女であることに間違いはない。

 背後の香月の期待に応えるかのように、誠次はロイナスの言葉には決して首を縦には振らない。


「それでも香月は香月だ! 俺の後ろに立つこの人は、俺が守るべき大切な人なんだ! 貴様らなんかに、傷つけさせはしない!」

「目をお覚まし下さい、将軍! 貴方は女神に魅せられ、本来果たすべき目的を忘れられておる!」


 ロイナスが誠次のレヴァテインを横に受け流すように斬りはらい、尚も香月へと刃を向ける。

 誠次は足を踏み込ませ、その場で反転すると、レヴァテイン・ウルを刺しこみ、再度ロイナスの剣撃から香月を守った。


「俺の使命は、この魔法世界のみんなを守り続けることだ!」

「この魔法世界、ですと? ……ええいっ!」


 ロイナスは刃に力を込め、誠次からバックステップで距離をとる。


「冷静になるべきはそちらの方だ、ロイナス、スヴェン。旧魔法世界からこの魔法世界に至るまで、途方もない月日が流れてきてしまっている。スルトと呼ばれる男はすでに死んでいる。お前たちも、元の世界へと戻るんだ!」


 誠次が腕を横に振りはらい、そう叫ぶ。

 しかし、その言葉が向こうにきちんと届くことはなかった。


「スルト将軍が死んだ……!? ……そのお言葉を取り消せ! いくら将軍のうつくし身であるとは言え、度し難いにも程がある!」


 ロイナスはロングソードをぎゅっと握り締め、怒りに満ちた表情で、誠次を睨む。


「今まで貴男の理想を信じ、共に戦い、そして散っていた同胞たちを愚弄なさるおつもりか!?」

「違う! 争いで散っていってしまった命はしのぶべきものだ! それは過去も未来も現在でも変わりはない! しかし、俺には過去の記憶がない……そして俺が今を生きているこの魔法世界の為に、俺が今ここで負けるわけにはいかないんだ!」


 誠次はそう言うと、レヴァテイン・ウルを両手で握り締め、ロイナスへと向ける。

 

「……っ!」

「ロイナス!」


 スヴェンがロイナスの元へと駆け寄り、誠次たちの元へは、向原が合流した。


「天瀬くん、香月さん!」

「先生、俺の後ろへ!」

「私、い、一応魔法学園の先生なんですけどね……」


 誠次は向原の前に出て、相変わらずスヴェンとロイナスを睨み続ける。


「こうなったら、今はまず、この周りの不気味な敵を協力して倒すのが先決ではありませんか?」


 向原が周りを見渡して、そう言う。確かに、この周りにいる謎の兵士たちがスヴェンとロイナスによって召喚されたものでないのであれば、共通の敵となるはずだ。

 誠次はこくりと頷き、スヴェンとロイナスを見る。

 

「スヴェン、ロイナス! 聞いただろうか!? 今は共に、この周りに蠢く敵を討つのが先決ではないか!? その後でお互いに、話し合おう!」

「紛い物であるとは知っていても……同胞と同じ姿をした者たちと戦う事になるとは……!」

「だが、この状況を乗り越えるのは確かに、将軍と共に戦う方が良いのだろう」


 スヴェンとロイナスは、そうして互いに背を預け合う姿勢となって、剣を構える。

 ロイナスはその間、横目でじっと、誠次を見つめた。


「……あの御方とは、やはり違うのか……」

「……そう考えた方が、良いのかもな……」


 幾億のも時を越えて、ようやく出会えた、主。しかしその姿は似ていても、心はまったく持って違うものであった。あの御方が、何かを守る為に戦うなど、あり得ないことであった。それが今、目の前に立つ年端もいかない少年は、あの二人の女性と、京都の人々を守る為に戦おうとしている。

 

「この世界は、どうなっているのだ……?」


 ロイナスがぼそりと呟いたその時、謎の兵士たちが一斉に向かってくる。

 瞬間、香月と向原が魔法式を発動し、広範囲に及ぶ攻撃魔法を発動する。

 誠次もまた、迫りくる敵の群れに突撃し、たちまち多くの敵を無力化していった。そんな戦いの最中、誠次はスヴェンと背中合わせとなる。


「確認だスヴェン。本当に京都の人々に幻影魔法を行ったのは、お前たちではないのか?」

「はい。私たちは魔法が使えません。そして、私とロイナスも、突如この世界へと送り込まれたようなものなのです」

「送り込まれた? しかし、その話はひとまずおいておくとしても、何故この世界が未来の世界であるとわかった?」

「我が軍の軍師であるロイナスの推理です。昨日のうちにこの世界へと送り込まれたが、この京都で道行く人々の格好を遠目から見ても、あまりにも浮世離れしているもの。そして、こうも大きく変わり果てた世界はまるで別世界のようか、未来の世界。そのどちらかの可能性の中、私とロイナスが手勢を率いて討ちにいった敵のことを思い出したのです」

「敵……? と言うと、神々の軍勢ということか」


 旧魔法世界において、人間と敵対していた神々。そのうちの敵を一人、過去の世界でスヴェントロイナスは手勢を率いて討ちに行っている最中であったと言う。

 会話の最中でも、誠次とスヴェンは、互いに迫りくる敵兵と鍔迫り合い、要領よく敵兵を無力化していく。


「その敵の名前は、ヘイムダル。未来を司る神と言われておりました」


 スヴェンの言葉が耳朶じだをうつ中、誠次ははっとなって顔を上げる。


「ヘイムダル……。まさか、その神がお前たちの時渡りを行ったのか?」

「可能性としてはその線が高いかと。この死霊の兵たちも、あの忌々しき神の仕業に違いがありません」


 先程から中学生がノートの隅に書くような話を聞かされている感覚になるが、それも今に始まったことではない。何よりも、今自分が手にし、敵と戦っているレヴァテイン・ウルは、今この瞬間も誠次の力となり、その本懐を遺憾なく発揮していた。


「もう一つ聞きたいスヴェン。先程からお前らは、香月を女神と言っていたはずだ。その女神とは一体なんだ? やはり過去の世界においても、スルトのレーヴァテインに付加魔法エンチャントを与えていたのか?」

「あの女は――」


 スヴェンが答えようとした矢先のことであった。

 突如、夜の森の中で休んでいたはずの鳥や動物たちなどが、一斉に鳴き声を上げて、漆黒の夜空へと羽ばたき出す。遅れてくる微かな風の線が、誠次たちの足場に到来するや否や、鼓膜をつんざくほどのけたたましい笛の音が、辺りに一面に鳴り響く。


「ぐあ……っ!?」

「五月蝿い……っ!?」

「これは一体……!?」


 誠次、向原、香月は三人とも、そのほら貝を更に野太く、大きくしたような不協和音とも言うべき音色に耐え切れず、その場で膝をついて頭を抱えだす。

 我が君――っ!

 その声は聞こえず、しかし血相を変えたスヴェンが口でそう叫んでいるのは辛うじて読み取れた。スヴェンはマントを翻して、誠次の前に駆け寄り、周囲を警戒する。

 ロイナスもまた、動けなくなった香月と向原の元に寄り、片目を瞑りながらも、周囲を警戒しだす。彼らにもこの笛の音色は、聞こえているのだろう。

 やがて、けたたましい音は森の木々の中に溶けいるようにして、小さくなっていく。しかし、胸の中に残ったざわざわとした妙な感覚は、未だ残ったままだ。


「間違いない、この音色はギャラルホルンだ!」

「ギャラルホルン?」


 スヴェンのマントに包まれながら、誠次は顔を上げて問う。


「この音色が聞こえた途端、私たちはこの世界ヘと送り込まれたのです。ギャラルホルンとは、ヘイムダルが持つ魔力を帯びた角笛です」


 ロイナスが答えた。


「まさか、そのヘイムダルが、今この場にいると言うのか!?」


 誠次が驚き、香月もまた、眉根を寄せる。

 唯一話に乗り切れていないのが、向原であった。正体不明の角笛が収まったが、次々と誠次と謎の騎士たちが交わす意味不明な会話の内容に、恐怖を隠しきれてはいない。

 そんな向原にそっと身体を寄せたのが、香月であった。


「向原先生……。私と天瀬くんの傍を離れないでいてください。……なにかが、来る気がします」

「香月、さん……?」


 微かに震え声となっている香月は、角笛の音を聞くなり、綺麗に整列する敵兵たちの列の先をじっと見つめている。何かを、感じるのだろうか。


「香月、向原先生!」

 

 誠次はレヴァテイン・ウルを手に握ったまま、二人の元へと再び近づき、前に立つ。


「現れたな!」

「ヘイムダル!」


 スヴェンとロイナスが、死霊の兵たちの列の先を見据えて、叫ぶ。彼らを今の時代に呼び寄せた、そして、京都の人々を混乱に陥れた張本人――いや、張本神とやらが、そこにいる。

 イルミネーションの光が微かに差し込み、揺れる中。誠次も黒い瞳を研ぎ澄ませ、スヴェンとロイナスと同じ方を見る。


「――……なん、だと……っ!?」


 しかし、その黒い瞳に映ったモノを見た瞬間、全身に衝撃が奔り、身体が強張る。

 

「あ、あれは……っ!」


 向原は小さな声で絶叫し、あくまで教師として、生徒を守ろうと前に出ようとするが、それは誠次が腕を伸ばして押さえていた。


「スヴェン、ロイナス……確認するが、あれは本当に、神ヘイムダルなんだな……!?」


 息を呑み、誠次が恐る恐る、スヴェンとロイナスに問う。

 二人はロングソードを抜刀したまま、ヘイムダルと呼んだそれを、睨み続けていた。間違いは、ないのだろう。

 間違いない。しかし、それが、旧魔法世界の神、だと……!?


「あれは――゛捕食者(イーター)゛だ!」


 頭部のない黒いずんぐりとした胴体と、禍々しくも不気味に伸びた腕と背中の無数の手。魔法が生まれてより、夜の世界に現れる異形の怪物。゛捕食者(イーター)゛と呼ばれる存在が、そこには佇んでいた。

 思わず身構えた誠次の右腰にある剣が、かちゃりと、金属の音を立てていた。

~はんなり京都土産その3~


「ロイナス。これを見てみろ!」

すう〝ぇん

       「どうしたスヴェン?」

       ろいなす

       「なにか元の世界へと戻る手がかりでも見つけたのか?」

       ろいなす

「いいや」

すう゛ぇん

「しかしこの竜と剣のアクセサリーは……」

すう゛ぇん

「我が君が喜びそうだ!」

すう゛ぇん

「いくつか持ち帰り、我が団員にも配ろう!」

すう゛ぇん

        「我々は観光に来ているのではないのだぞ……」

        ろいなす

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