6 ☆
「我が名は誠次! 魔法は使えぬが魔剣を持ち、ヴィザリウス魔法学園に通っている! だが現実は厳しく、敵は強敵に次ぐ強敵で、楽な戦いは一度もない! なろう主人公はみな圧倒的な力を持っており、無双できると聞いた! レベルアップとはなんだ! 異世界転生が出来るトラックに轢かれることが叶う道路はここか!」
せいじ
京都の嵐山。それは名だたる京都の観光名所の中でも随一の人気を誇るスポットであり、多くの人で賑わう場所だ。
春には桜、夏には竹の葉の緑、秋には紅葉、そして冬にはイルミネーションと、日本の四季のいいとこ取りな風景がそこにはある。
「凄い……」
夕暮れが近づく時間となり、西日が傾く雪降る青空の下、遥か彼方になだらかな稜線を描く、葉の緑と木の葉の茶色と降り積もった白の三色の山を見つめ、誠次は白い息を吐く。
「これが嵐山ですか……大きいですね」
向原も圧巻の風景を前に、立ち止まっていた。嵐山の名を冠した商店街から抜けて見えた光景は、冬の寒空の下の冷たい空気さえ忘れて、息を呑むほどであったのだ。
「渡月橋……」
共に行動する香月が、嵐山の下を流れる桂川の上に架かる、大橋を眺めて呟く。一見木造に見える意匠であるが、造り自体は台風の日でも安心安全な、鉄骨鉄筋の頑丈なものだ。
「……?」
そんな渡月橋を見つめていた香月が、とある、妙な点に気がつく。
「渡月橋って、一方通行だったかしら?」
「いや、そんなことはないはずだが。なんならば、車も通るはずだ」
香月に尋ねられるようにして言われ、誠次も河の上に架かる橋を見つめてみる。
香月の一見意味不明な言葉も、なるほど、疑問に思うわけだ。
先程から京都中心方面から嵐山に向かう人の列はあれど、嵐山方面より京都市街地側へ戻ってきている人は一人もいない。
「妙ですね。みんな嵐山に行ったきり、戻ってきていない……?」
向原も、不思議そうにしている。
どこか不気味ささえも感じる、人の流れ。まるで嵐山へ吸い込まれていくように、通行人は一列に並ぶようにして歩いていく。
「まだ幻影魔法にはかかっていないようだけれど」
歩いていく人々の様子を窺い、香月はそう呟く。
「渡月橋を渡って、嵐山へ向かいましょう。きっとそこに何かがあるはずです」
ここへ来て、初めて目に見える異常な光景というのを前に、ようやく捜査が進展を迎えたことを感じる。
どくん、と鳴る心臓の鼓動を自覚しながら、誠次たちは渡月橋の入り口へと向かう。
「……っ」
そこから遥か先に見える嵐山を見た途端、一迅の風が吹き、誠次の身体をぞくりと粟立たせる。
「え……!?」
瞬間、渡月橋が捩れて見えるような目眩が起こり、誠次は思わず右手で顔を抑えて、その場に膝をついてしまう。
「「天瀬くん!?」」
香月と向原が、急に姿勢を崩した誠次を見て、驚いて声をかける。
目眩はすぐに収まり、誠次は再び立ち上がった。
「す、すみません。大丈夫です」
(今の感じ……昨年の温泉旅館のときと同じようだった……)
急に身体に力が入らなくなり、目眩を起こす。誠次はこの現象に既視感を懐きつつも、渡月橋へと進む足を止めるわけにはいかなかった。
「イルミネーション、楽しみだよな」
「えへへ、そだね」
道行く人は笑顔を覗かせて、嵐山に広がるイルミネーションの煌めきを前に、誘われるかのようにその光の方へと進んでいく。
その列に加わるようにして歩く誠次たちは、油断なく周囲を見渡していた。
夕暮れ間近に見える天の月が川に反射し、こちらを見つめ返すようだ。古来鎌倉時代、くまなき月の渡るに似ると呼ばれた橋は、数百年の時を越えた今も、多くの人を月が浮かぶ嵐山へと運んでいくようだった。
「夜になれば、とても綺麗なのでしょうね」
「まあ、今は゛捕食者゛がいますから、夜に見るのは叶わない夢でしょうけどね」
香月と向原が前を歩く誠次の後ろで、そんな会話をしている。
「川の上ということで、なかなか寒いですね」
雪を纏いつつ川から吹き寄せる風は存外冷たく、誠次は思わず身体を震わせる。
震える身体の唇から吐いた白い息が、風を受けて自身の視界を真っ白に曇らせる。
乾いた肌に若干の湿り気が帯び、誠次は顔を軽く左右に振るう。
「……?」
ぴたりと、全ての時が止まったかのような錯覚を受ける。
あれほど聞こえていた人の話し声も、そもそも周りから人が一人も、いなくなっている。
聞こえるのはもはや、風が木々を揺らす音と、川のせせらぎのみ。
「あれ、周りを歩いていた人は……? 香月、向原先生?」
立ち止まり、咄嗟に周囲を見渡しても、人っ子一人いない、無人の京都、渡月橋の中間地点であった。
静寂に包まれた京都の世界で一人、誠次は辺りを見渡す。
「幻影魔法、なのか……!? いや、俺に幻影魔法は効かないはずだ!」
わけがわからず、神隠しにあったかのように急にいなくなった人々。そこに恐怖すら感じる誠次は、いるはずの人の名を叫んでいた。
「香月、どこだ!? 向原先生、どこにいますか!?」
叫んでも、返ってくるものは嵐山に反響した自分の声のみ。わけのわからない現象に陥り、誠次は黒い目を見開く。
「一人だけ……。俺しか、この世界にいないのか……!?」
伸ばした手は空を掴み、誠次は驚き戸惑う。
見えなくなっている、と言うわけではない。別の世界に転移したように、誠次はたった一人だけの京都へと、いつの間にかに迷い込んでいた。
「まさか、昨日より香月と向原先生を疑っていた人たちも、嵐山を訪れて、同じ世界に迷い込んだのか……?」
「――貴男は……っ!」
本来進むべき方面であった、嵐山の方より、誠次に反応する男の声がした。
誠次は咄嗟に身構えて、その声の方を見る。
自分より年上の、妙な鎧を身に纏った男だ。黒く、煤汚れたような甲冑を身につける男は、おおよそ京都と言う街はおろか、現代の日本においても、ひいては世界中から見ても異質な出で立ちであろう。
まるでファンタジーゲームの中の世界の登場人物のようだ。現代において、鎧と甲冑をそのような機会でしか見ることがなかった誠次は、そう思うのだ。
「貴様は何者だ?」
動揺する誠次は、無人の渡月橋の上に現れた謎の男を睨んで問う。
当の男の方は、胸に手を添え、こちらへ向けて軽く会釈をしていた。
「お久しぶりでございます、我が君。この私、スヴェンのご無礼をお許し下さい」
「我が君……だと?」
突如現れたかと思えば、こちらを主として仰ぐスヴェンと言う男に、誠次は動揺する。
「はい、我が君――スルト。こうして幾億年の時を経て再びお会いできるとは、感涙に咽ぶ思いでございます」
「スルト……まさか、旧魔法世界の者か!?」
「旧魔法世界……。なるほど。今のこの世は、私たちの世界のことを、旧魔法世界と形容しているのですか」
スヴェンは紫がかった髪の下の視線を微かに揺らし、周囲を見渡し、再び誠次を見る。
「そして我が君、スルト将軍。在りし日のお姿とはやや異なり、今この世に相応しき出で立ちとなっておられるようだ」
「出で立ちもなにも、俺はヴィザリウス魔法学園に所属する剣術士、天瀬誠次だ。スルトではない!」
誠次が腕を振り払って反論する。
橋の上で対するスヴェンは、やや表情を曇らせて、誠次を見た。
「記憶は持ってはおらぬようですね。或いは、忘れられておるだけか……果たして」
「スヴェン! 貴様がこの京都の人々に幻影魔法をかけているのであれば、今すぐにやめるんだ! 京都を元に戻せ!」
「我が君。やはり貴男は、あの女共に誑かされておられです――ならば」
スヴェンはその場で肩を落とすように落胆すると、次には、腰に装備してある、ロングソードの柄に手を添える。
二人以外はいない渡月橋の上で、スヴェンは目つきを変え、腰からロングソードを抜刀した。
「力づくで正気に戻すまでです。ご無礼をお許し下さい、我が君」
「無礼もなにも、京都中の人々を巻き込み、香月や向原先生を惑わせた貴様などに、負けるわけにはいかない!」
誠次は背中の黒い袋の中から、レヴァテイン・弐を取り出し、鞘から刀身を抜き放つ。
嵐山の彼方に沈みゆく夕暮れの光を反射する刀身、そして、漆黒の柄を見たスヴェンは、「ああ……」と、どこか感動しているような吐息を漏らす。
「その剣は、レーヴァテインに間違いありません、我が君。後は、忘れ去られた記憶を取り戻すだけです」
「断る! 貴様こそ、京都にかけた幻影魔法を解除しろ!」
渡月橋より、誠次とスヴェンはほぼ同時に走り出し、夕陽を堺に剣を交える。
「速い……っ!」
最初の接敵で、誠次はすぐに、違和感を感じていた。
スヴェンの初速はこちらとほぼ同じ。この魔法世界の中では特別な身体能力を、向こうも宿しているようだ。
「ご無礼ながらこのスヴェン。我が君とは一度、こうして刃を交えたかったのです!」
交差する刃の先から、スヴェンが笑みを零す。
「俺は貴様の思うような男ではない! 京都の人々を元に戻せ!」
「なにを仰っておられか!」
誠次と鍔迫り合ったスヴェンは、ロングソードに力を込めて斬りはらう。
誠次は一瞬だけ手元から力を抜くと、スヴェンの攻撃を躱すように、空へ宙返りをしながら飛び、再び橋の上に着地する。
「驚きました、我が君。まさか貴方の口から、他者を思うような言葉が出てくるとは」
「スルトとは、冷酷無慈悲な男とは聞いている。俺はそんな者とは違う!」
「……聞き捨てなりません、我が君! いくら記憶を失っているとは言え、我が君のことを侮辱するなど!」
スヴェンは憤った表情をして見せ、片手に握ったロングソードの尖端を誠次へと向ける。
「何がなんでも思い出させてみせます。我が君! 私たちの世界は、我が君の帰還を望んでいるのです!」
「スヴェン。貴様には訊きたいことがある! その前に、京都の人々を元に戻してもらうぞ!」
誠次からしても、過去の記憶の在り処は今、目の前にある。自分が魔法を使えない理由。゛捕食者゛の存在。魔法の存在。そして、過去に何があったのか。
今目の前に立つ彼が本当に、過去からやって来て、レーヴァテインを知る人物であるのならば、手がかりを得られる絶好のチャンスだ。
――しかし。
「……っく!」
目の前で火花が散り、両者が振るった刃が弾き合う。その一瞬の光が光度を増せばそれは、周囲が暗くなり、夜が迫ってきていると言うこと。冬の夜は早い。
「スヴェン! このままでは゛捕食者゛が出る! 一刻も早く京都の人々をもとに戻せ!」
「゛捕食者゛? なんでしょうか、それは」
「分からないのか!? 夜になると現れる、人を喰う怪物だっ!」
香月と向原ともはぐれた状況のままで、焦る誠次の太刀筋は次第に精彩を欠きはじめ、スヴェンに押されはじめる。
「この世界は随分と物騒になりましたな! ……まあ、我々の世界も似たようなものですが」
「――スヴェン!」
スヴェンの背後より、彼の仲間と思わしきもう一人の男性騎士が、走って駆け寄ってくる。
「敵の新手か……っ!」
この状況で敵の増援が来てしまうのは、さらなる窮地に陥る事態であった。
誠次は呻き、腰からもレヴァテイン・弐を引き抜き、それを連結させる。
「手間取っているのか、スヴェン!?」
やって来た新手の男性騎士は、スヴェンと誠次を交互に見る。
「ああ。全盛期の我が君ほどではないにせよ、やはり手強い。私一人では厳しいか……!」
スヴェンは右手に握ったロングソードをじっと見つめ、悔しそうにする。
ここで誠次は、ある異常な事を、してしまうのだ。
「ロイナス! こんなことはやめろ!」
(今、俺はなんて……!?)
自然と、もう一人の男を見て飛び出た間違いない自分の言葉に、誠次はあっとなり、左手で口元を抑える。
「私の名前を、覚えていらしたのですか、我が君」
ロイナス。そうと呼ばれた男は、やや顔を綻ばせ、誠次を――我が君と慕う男を見る。
しかし誠次は、首を横に振っていた。
「ちが、違う……っ! 俺はスルトでは……っ!」
「思い出してください、我が君! 我々は、貴男の力を必要としています!」
「帰りましょう、将軍! 多くの民が、貴男の帰還を望んでいます!」
スヴェンとロイナスに交互に誘われ、誠次は汗を流す。それでも、誘いに乗るわけにはいかない。右手に握ったレヴァテイン・弐を持ち上げ、誠次はスヴェンとロイナス両者へ刃を向ける。
「俺を誑かすな! 俺は、ヴィザリウス魔法学園の……魔法世界の剣術士、天瀬誠次だーっ!」
叫んだ誠次の背後から、青白い光が、高速で接近する。それは誠次の身体を左右に一つづつ、避けるようにしながら突き進み、立ちはだかるスヴェンとロイナス両者の足元に着弾。眩いフラッシュを発生させる。
誠次もまた、あまりに眩しい光と、首の赤いマフラーを暴れさせるほどに巻き起こった激しい風に、片手で目元を抑えて、思わず仰け反る。
「今度はなんだ!?」
「魔法だと!?」
誠次とスヴェン、着弾した魔法を堺に、両者共に驚いていた。すなわちそれは、スヴェンとロイナスの味方ではない者の攻撃であるということ。しかし逆に、こちらの味方と言う保障もない。
誠次が油断なく、前方の騎士二人にレヴァテインを構えたままの姿勢で振り向けば、銀髪の女性が、右手を伸ばして渡月橋の上に立っていた。
「――天瀬くん! 無事!?」
「香月!」
香月は誠次の隣にまで駆け寄ると、誠次がレヴァテインを向けているのと同じように、二人の男に対して魔法式を向けていた。
「貴様は……っ!」
対するスヴェンは、現れた香月を見つめて、黒い目を大きく見開く。
「スヴェン。ここは分が悪い。山の中まで撤退するぞ!」
俺たちでは歯が立たない、とロイナスは、誠次と香月を交互に見て冷静に言う。
「……っく。忌々しい女神め……我が君を誑かして……!」
スヴェンは香月を険しい表情で睨みながらも、ロングソードを腰の鞘に納めると、踵を返して走り出す。
「忌々しい、女神ですって……?」
「待てっ!」
誠次が追おうとするが、その前にはロイナスが立ち塞がった。
「ふ!」
彼が腕を振り払うと、誠次の足元に黒い丸いものが撒き散らされ、それが次々に黒い煙幕を発生させる。
(煙幕、魔法ではない!?)
誠次はバックステップを行って後退する。魔法をわざわざ使わない理由、いや、彼らもまた、使えないのか……?
黒い煙の線を引きながら、誠次が香月の隣にまで後退すると、香月は立ったまま右手を伸ばし、黒煙へ向けて風属性の魔法を送り込む。
あっという間に、黒い煙はなくなったが、その先にスヴェンとロイナスの姿はなく、渡月橋の先と嵐山、そして日が沈み、紫色に染まる薄暗い空が広がっている。日没となり、いよいよ夜になりかけてきている。
「ハアハア……」
呼吸を整えつつ、誠次は香月の方を向き、そして駆け足で寄る。
「無事でよかった香月……! もう会えないかと!」
誠次は香月の華奢な身体を、レヴァテインを握っていない片腕でそっと抱く。古都に舞う粉雪を身に纏った少女の身体は、とても冷たく、しかし温もりを感じた。
「天瀬くん……」
魔法式を閉じた香月も、ほっと一息ついて、誠次を見つめ上げた。アメジスト色の瞳は、微かな動揺を表すように、小刻みに揺れていた。
「渡月橋の上で、急に人がいなくなってしまって」
「俺もそうだった。そしてあのスヴェンとロイナスが現れた」
「なんなの、あの人たち。コスプレ大会でも開いているの?」
「確かに、京都にしては物騒な格好だったが、奴らがこの京都での異常を巻き起こしていたに違いない」
誠次は香月にそう説明した
「あの男の人、私を見て女神とか言っていたけれど」
「信じられないだろうが、彼らはおそらく、旧魔法世界の人々だ。俺のことをスルトとも言っていたし」
「奇妙な話ね。私も天瀬くんも、お互いに身も知らない人にされるなんて」
「スルトもまた、香月に似た女性に魔法の力を貸して貰っていたのだろうか」
誠次は右手に握るレヴァテイン・弐をじっと見つめて言っていた。
「そうだ。向原先生は? 一緒ではなかったか?」
誠次が香月に尋ねるが、香月は首を横に振る。
「いいえ、私一人だけだったわ。あなたと合流できたのも、奇跡のようなものだったし」
「奇跡?」
「渡月橋で一人ぼっちになった時、桂川に反射している月が輝いて見えたの。そしたら、そこへ飛び込んでと言われたような気がして……一人ぼっちだったし……なりふり構わず飛び込んだら、あなたが戦っていて……」
「飛び込んだ……声が聞こえた……?」
香月の口から飛び出るとんちんかんな言葉の数々に、誠次は目を丸くして、改めて香月を見る。
すると香月は、やや恥ずかしそうに顔を赤く染め、誠次から視線を逸らした。
「な、なによ。私だっておかしい真似だとは思うわ。でも本当にそうして欲しいって声が聞こえたのよ! 本当よ!?」
「わ、わかったわかった……。香月が嘘をつくとは思えないしな。信じるよ」
香月を誘った謎の声の導きも気がかりだが、それ以上に今気がかりなのは、向原の方であった。
向原とは離れ離れとなり、誠次は合流を急ぐために、自身の電子タブレットを起動する。
「圏外だと……これもスヴェンとロイナスの仕業か……」
電波は通じておらず、やはりこの渡月橋、ひいては京都は現実の世界ではない可能性が高い。或いは、人を纏めて攫い、電波も電波塔を掘り起こして破壊したか。魔法が使えなかったあの二人が一瞬で後者をしているとは考えられず、やはり、ここは隔絶された別の京都と考えたほうが良いだろう。
「援護は望めない、か。やはりこのまま、スヴェンとロイナスを探すしかないな」
白い息を吐き、誠次は先へ聳える嵐山へ黒い視線を向ける。
香月もまた、誠次とお揃いの赤いマフラーを首に巻いたまま、誠次の隣に立つ。
「一緒に行きましょう、天瀬くん。向原先生と、京都の人たちを救いましょう」
「ああ香月。一緒に乗り越えよう」
残された時間は少ない。真犯人は見つけた。あとはこれをどうにかして、武田に伝えなければ。誠次はレヴァテイン・弐を持っていない左手を香月に向けて差し伸ばした。
「大丈夫。何があっても俺は君を守る。守り続ける」
香月は、紫色の瞳を微かに大きくし、誠次の手をじっと見つめる。そして、そっと手を伸ばし返し、手袋をしている誠次の手を、掴んだ。
どくんと、左手に明らかな血流を感じたのは、誠次の方だ。何かが入り込んでくるような、妙な感覚。言語化できないその奇妙な感覚に生唾を呑み込むが、時間は限られている。
誠次と香月は、渡月橋の上を走り、嵐山へと乗り込む。
~月を渡る橋~
「ここがワタツキ橋か」
せいじ
「トゲツ橋よ」
しおん
「昔、ここを渡っているときに」
しおん
「上に見える月があまりにも綺麗だったらから」
しおん
「この橋にこういう名前がついたらしいの」
しおん
「くまなき月の渡るに似る、とね」
しおん
「なんと言うか」
せいじ
「昔の人の思いつきの良さと」
せいじ
「大胆な行動力には驚かされる」
せいじ
「ワタツキ橋か……」
せいじ
「だからトゲツ橋」
しおん




