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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ワンスアポンアタイム 〜雪降る古都で〜
168/189

4 ☆

「伏見稲荷大社や八坂神社は、昔は夜も行けたらしいわ」

       しおん

 クリスマスイブの京都の街には、朝から雪が降っている。厚着でも肌寒いが、だがしかし、不思議なことに、天は快晴の青空だ。時に風花とも呼ばれる晴れの雪の現象で、京都には粉雪が舞っていた。

 そんな珍しい気候の元、珍しく感情を粟立つかせる彼女も、京都にはいた。


「あり得ないわ、そんなこと……!」


 香月詩音こうづきしおんである。

 ホテル裏の日本庭園で、誠次せいじ武田たけだ向原むかいはら香月こうづきの四人が集まって話をしている中、新たな犯罪の容疑者となってしまった香月は、不機嫌そうに怒っていた。


「危険運転なんて、天瀬くんじゃあるまいし……」

「そのことを掘り返されるとなにも言えん……」

「え……天瀬くん危険運転、したのですか……?」


 誠次がガックシと項垂れると、向原がぎょっとする。


「まあ、てなわけで、同時に二人の魔法学園関係者が、身に覚えのない容疑で容疑者として疑われているってことや。こりゃあもう、何かが起きてるって事で間違いないで。この京都に降る変な雪みたいにな」


 武田は手を伸ばし、手のひらの上に粉雪を乗せながら白い息を吐いて、言う。粉雪はとても人肌の温度に耐えきれず、肌色の上で次々と、短すぎる命を終わらせていた。


「晴れているのに雪は、凄いですね……」


 向原も上を見つめ、驚いているようであった。


「こうなれば香月。香月も俺と向原先生と一緒に行動して、一緒に無実の証拠を集めよう。このままでは香月は、無実の罪を着せられて、逮捕されてしまう」

「前科持ちになるわけね……。一応お金はたんまりあるから、保釈金は払えそうだけど……」

「いや変な余裕を持たないでくれ……」


 顎に手を添えて慎重に呟く香月に、誠次は再びツッコむ。


(もしかして香月さん、魔法学園教師の私より、お金持ってるのかな……)


 新米担任教師として日々頑張っている向原が、心の中で切ない思いを味わってしまっている。


「でも、いわれのない罪で前科持ちにはなりたくないわ。天瀬くん、向原さん。私も一緒に行動します」

「ありがとう香月。香月が一緒ならば、心強い」

「一緒に頑張りましょうね、香月さん! 私たちは今から、無実の罪仲間です!」

「え、ええ……」


 誠次の言葉に香月は喜ぶ一方、向原の無実の罪仲間発言には、やや微妙な表情を浮かべているのであった。


「ワイも上杉うえすぎとその部下には慎重に捜査するよう言っておく。しかし覚えとき鷲の坊主。タイムリミットは今日の夜までや。間に合わなければそこの二人の女の子は問答無用でしょっぴくから、気いつけえ?」


 武田に真剣な眼差しを向けられ、誠次はうんと頷く。


「必ず二人の無実を証明してみせます」

「……」


 粉雪が舞う中、香月が誠次の横顔をじっと見つめていた。

 これはれっきとした異常事態だ。二日目の自由行動が始まり、同級生たちがそれぞれホテルから出ていく中、誠次は一旦自分の寝泊まる部屋に戻り、黒い袋に鞘ごとを収まれたレヴァテイン・ウルを持ち出す。

 同性の友達同士で出歩く人、堂々とカップル同士で出歩く人がいる中で、さすがに教師と共に行動するような同級生はいない。

 よって、誠次はまず香月と共にホテルを出て、すぐ後で向原と合流することにした。香月はエントランスで待ってくれていた。


「準備万端? 天瀬くん」

「ああ。レヴァテイン・ウルもしっかり持った。これで安心だ」

「外は寒いわ。ほら、ちゃんとマフラーを巻いて頂戴」

「あ、ああ。ありがとう……」


 香月が手を伸ばし、やや中腰の姿勢となる誠次の赤いマフラーをしっかりと巻き直す。元々は自分のものなので、その扱いにはけているようであった。

 しかし、未だ人目につく場所で堂々と女性に身だしなみを整えられるのは、恥ずかしい思いだ。

 

「っち、やっぱ剣術士様は女の子と一緒か……」

「いちゃいちゃしやがって……」


 通り過ぎる同級生から妬みの声が聞こえてくるが、なにもいちゃいちゃしに行くわけでもなく、濡れ衣を着せられた同級生と先生の無実の証拠探しという、おおよそ修学旅行に相応しくない行事に巻き込まれている最中である。


「私も準備万端よ。行きましょう、天瀬くん」


 誠次と香月も、共に雪降る京都の街へと出る。


「さて、向原先生と合流しつつ、まずは昨日二人が出歩いた場所をもう一度巡ろう。実際に証言を聞いて、どういうことか確認するんだ」

「そうね」


 二人はまず、誠次が昨日向原を目撃していた錦市場へと向かう。位置的にも、そこはホテルから近いところにあった。

 向原とも、そこの入口でさり気なく現地集合をする。


「天瀬くん、香月さん」

「お待たせしました、向原先生」


 向原はこちらを見つけると、小走りで駆け寄ってくる。


「遠くから見た感じでは、昨日となにも変わらないように感じますけど……」

「しかし、向原先生も香月も、京都の人からあられもない容疑をかけられている立場になっています。一応、慎重に行きましょう」


 向原と誠次はそう言い合い、早速、香月と共に3人で錦市場に入っていく。

 天井をカラフルな蛍光が覆う市場の中、まず異変を感じたのは、誠次であった。


(誰かから見られているような気がする……。しかし、これは一体……?)


 その視線は殺気でも、好奇の視線によるものでもない。空間認識能力をもってしてでも、理解できない何かの思惑による視線が、こちらに向けられているのがわかる。

 やはり、この二人が意図的な何かによって、嵌められようとしていられるのは明白だ。その根源が一体なんなのか、つきとめる必要がある。


「香月、向原先生も、あまり俺から離れないでください」

「へ……」

「……っ」


 ぼそりと、二人に聞こえる程度の声量で呟いた誠次の言葉に、向原と香月は背筋をぴんと伸ばす。クリスマスイブの錦市場はそれでなくとも人が多く、うかうかしているとはぐれそうになってしまう。この人手の多さは、初詣の市場とどっこいどっこいであった。

 はじめに、誠次たちが訪れたのは、向原が買食いをしたと言う惣菜屋であった。


「――よくもその面を平気で見せられるものだな!」


 そこに行くなり、向原には罵声が浴びせられてしまう。


「ち、ちょっと待ってください! 私、お金ちゃんと払いましたよね!?」

「いいや貰ってねーぞ! ウチどころか、他の店だってそうだ! 店に来るなり勝手に商品をつまみ食いしていきやがって!」


 咄嗟に弁明する向原であるが、店主の男は聞く耳を持たない。

 

「俺はこの目で、このせんせ……この人が、きちんとお金を払っているのを見ていました。それなのに払っていないとは、どういうことですか?」

「どうもこうもあるか! この女がタダ食いをしていたんだ!」


 誠次も口を挟むが、向こうは怒りに狂い、口撃でこちらを制圧してくるようであった。


「天瀬くん、ちょっと」


 ぼそりと、誠次が首に巻いているマフラー越しに、香月の潜めた息吹がかかる。


「どうした香月?」

妨害ジャミング魔法を試してみたいわ。もしかすれば、魔法で記憶を変えられているのかもしない」


 真面目な顔でそういう香月を見つめ、誠次もうんと頷く。

 

「すみません、失礼します」


 香月は軽く会釈をしてから、何事かと顔を顰める店主の男へ向けて、白い魔法式を発動し、光を浴びせた。


「な、なにを!?」


 あっと驚くのは、店主の男や、周りの人々。

 向原も自身の立場上、少しだけ負い目を感じるような表情をしていた。

 間もなく、香月は魔法を浴びせ終え、周囲の視線から隠れるように、誠次の背後に隠れるようにして立つ。代わりに向原が、誠次と頷き合い、再び店主に問いかけた。


「すみません。私、昨日このお店に立ち寄らせて貰ったのですけど……」


 先程は殆ど一方的に怒鳴られたと言う恐怖感より、向原の声音はか細いものであったが、


「ああ、貴女ですか。また寄ってくれたのですか! いらっしゃい!」

「「「……」」」


 この熱い手のひら返しの様に、商店街を駆け抜ける冬風の寒さも忘れ、誠次と香月と向原は、唖然となる。


「これはまさしく、魔法のせいでこうなっていたのですよね!?」


 雪降る古都に射し込んだ一筋の光明。向原は咄嗟に振り向き、笑顔で誠次と香月に向け言っている。


「ええ、そのようですね。でも京都中の人々を幻影魔法にかけるなんて……」

「同時に一体誰が、向原先生と香月を陥れようとしているのかと言う疑問も浮かんできます……」

「この二人、高校生なのに達観し過ぎでは……」

「「……」」


 向原がしょんぼりとするのを、誠次と香月は顔を見合わせ、肩を竦める。何者かの幻影魔法による記憶操作。確かに、これは初手から大きな進歩のはずで、もっと喜んでもいいことのはずである、


「武田さんに、このことを伝えましょう」


 誠次は早速、向原が持っているデバイスより、武田に連絡を入れる。


『おう、鷲の坊主。なんかわかったか?』


 電話の向こうでは水が流れる音がしており、温泉でも浸かりながら、話をしているのだろうか。この時代では温泉風呂とは、VRを使わない限り朝と昼だけの特権である。

 軽く微笑んだ誠次はすぐに、京都の人々が幻影魔法にかけられている可能性があることを、武田に伝えていた。


『なるほどな。魔法が絡むともう警察やない、特殊魔法治安維持組織シィスティムの仕事になるな。こっちは上杉うえすぎの部下が監視カメラの映像を洗っとるんやが、やっぱりお嬢さん方は二人とも、今のところ怪しいことはやってへんみたいや。告発人の主張にも辻褄が合わないところが多々あって、みんな首を傾げとるんや』

「ではやはり、香月さんと向原さんは、無実ですよね」


 誠次が念押し気に言うが、武田は首を横に振るう。


『悪いがまだ無実が決まったわけやない。魔法ってやつは便利やからな。頭の硬いおっさんたちにも解るような無実の証明をしてもらわないとな』

「ここまでして、まだ二人を疑っているのですか?」

『そうやない。二人がほぼ白やってのは分かっとる。でも、問題はどうして京都の人がその()()()()魔法にかけられ、その二人が犯人に仕立て上げられているのかや。そこまで分かって初めて、この事件は解決する。どんでん返しがあるかもわからへんで』

「……確かに、その点は疑問に思います」


 そこを調べるのが警察や特殊魔法治安維持組織シィスティムの仕事なのでは、と言いかけた口を噤み、誠次は武田の意見に同調する。

 この二人が今回の謎の騒動に巻き込まれた理由の真相解明。それをしてこそ初めて、香月と向原の身の潔白は証明される。他の人に任せることは出来るだろうが、悪い後味は残ったままで、二人は京都の旅行を過ごしてしまう。そうはさせないためにも、誠次は二人の女性に協力しているのだ。

 

『頼むで鷲の坊主。お前らが見せてくれた奇跡ってやつを、また俺らのような魔法使えん大人に見せてくれや。お嬢さんたちに格好いいところ見せてくれ』

特殊魔法治安維持組織シィスティムの方にも、捜査依頼は出せますか?」

『それは同意する。上杉の方にも、俺から言っておく。また何か解ったら、連絡頼むで』

「はい」


 武田との通信を終え、誠次は二人の女性に視線を向ける。


「警察の人は、二人のことをもう疑ってはいません。その点では安心してください」

「良かったです……。取り敢えず第一関門は突破ですね」


 ほっとする向原の横で、香月は未だに表情を緩ませることはなかった。


「でも、京都にいる全ての、私たちを疑っている人々にかけられた幻影魔法を一つ一つ解いていくのは、簡単ではないわ……」

()()()()()


 誠次が香月に向けて、はっきりとした明るい表情で言えば、香月はアメジスト色の目を大きくする。


「香月と向原先生を嵌めようとしている悪い奴を見つけて、とっ捕まえればいいんだ。こんなことを、許すわけにはいかない」

「ですが、天瀬くんにも予定だってあるはずです。あとは、私と香月さんでどうにかします」


 向原が心配そうにして言うが、誠次は首を左右に振るう。


「ここまで来たら、俺も最後まで付き合いますよ、向原先生。それに二人のことを忘れて京都旅行を楽しめなんて、とてもできません」

「でも……」

「向原先生」


 渋る向原に、香月がここへ来てようやく微笑み、前へと進み出る。


「天瀬くんはやると決めたら最後までやってくれる人です。3人で最後まで一緒に頑張りましょう」

「うう……私これでも一応教師なのに、生徒に慰められるなんて……」


 教師として、また大人としてもしっかりしなければいけない身分と立場にいる向原の心情も痛いほどわかりつつ、それでも誠次は、最後までの同行を求めていた。


「申し訳ありません、天瀬くん……。やはり先生が一人では、不安です。最後まで、ご同行を願えますか?」

「はい。任せてください」


 誠次は頷き、この京都で起こっている奇妙な現象をする為に改めて二人の女性と行動を開始する。


「次は香月が昨日訪れた場所に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」

「わかったわ。ここから近いところだったら、私たちは昨日は八坂神社に行っていたの」

「八坂神社ですか。女の子の班らしいですね」


 恋のパワースポットととして名高い八坂神社は、修学旅行で訪れる学生たちには人気な観光名所だ。香月も他の班員と共に、そこへ向かっていたようだ。

 香月の言葉に、向原もうんうんと頷いていた。

 錦市場を出て左を直進し、四条大橋を通過してそのまま進んだ先に、八坂神社はすぐにあった。

 やはりここも、有名な観光名所かつ、今日がクリスマスイブというカップルにとっては特別な一日ということもあり、大勢の人で賑わっている。


「何かここへ来てから、異常や、思い当たる違和感などはありませんでしたか?」


 誠次は香月と向原の間を歩き、極力二人との距離を開けないように心がけながら、雪降る中、白い息を吐いて尋ねる。


「私はあるとすれば、やはり昨晩の件でしょうか……」

「昨晩?」


 温かい宇治抹茶ラテを片手に、香月が向原の言葉に聞き耳を立てる。

 ギクリとなったのは、向原と、誠次である。(誠次は二重の意味で)。


「昨晩、何かあったのですか?」


 紙コップを口に添えながら、香月が真剣な面持ちで向原に尋ねる。その行為には何ら悪いところはない。何よりも、少しでも情報が欲しいがために、ただ尋ねているのだ。

 しかし向原からすれば、教師の自分が生徒の部屋で寝ていたなど、言うこともできず。

 誠次としても、自分と向原が同じ部屋で近くで寝ていたなどと、香月の前では口が裂けても言えない。


「え、えっと。少しだけ、記憶障害が起こりまして……」


 向原が気まずそうに、マフラー上の露出した頬をかきながら言う。

 

「記憶障害……?」


立ち止まり、首を傾げる香月に、誠次も慌てて両手を掲げる。


「え、えっとだな香月……。向原先生も、修学旅行初日で、きっと疲れてしまっていたんだ」

「なんで、天瀬くんは急に向原先生を庇いだすの? そして反応が、なにかやましいことがある時の貴男なのだけれども」


 やや不満そうな香月にジト目を向けられ、誠次は「うっ……」と、自分は別に悪いことをしているわけではないはずなのに、悪いことをしているような凄まじい気分になる。


「天瀬くん……。今後の連携の為にも、本当のことをお伝えしましょうか?」

「はい……」


 向原に諭された誠次は、彼女が香月に昨夜のことを話しているのを、見守っていた。途中、香月のアメジスト色の目と目が合い、誠次は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「そんなことが、あったのですか」

「ええ、そうなんです……」


 一方で、誠次と香月の間柄というものを、ただの普通のクラスメイト同士、という風にしか認知していない向原は、二人の間に流れる妙以上の空気に、少しだけ首を傾げる。


「香月さん?」

「私は理解があるので、大丈夫です。天瀬くんだって、そうですから」

「り、理解? え、ええはい。決して天瀬くんのせいでは、ありません」

「そうですよね。はい、私はわかっています」

「?」


 いまいち要領を得ずに、向原は香月を見つめる。


「こ、香月……」

「どうしたのかしら天瀬くん? はやく犯人を探しましょう。夜に間に合うように」


 白い息を吐く誠次の隣まで歩み寄り、香月は無表情で、誠次を見つめあげて言う。


「あ、ああ。それは、そうだけど……」

「別に怒っているわけではないわ。天瀬くんに悪気があるわけじゃないのはわかっているし」

「あ、ありがとう……?」


 なぜか礼を述べて、誠次は宇治抹茶ラテを飲む香月の後を追う。

 ひとまずは、向原もこの謎多き現象の被害者の一人であることに納得した様子の香月である。


「どうやら、理解してくださったようですね」

「は、はい。賢い女の子ですから、すぐに把握してくれたようです」

「二人とも?」

「「今行きます!」」


 少女の胸の内の本当の思いを今はまだ理解することなく、誠次と向原は急いで、石造りの階段を駆け上がっていた。香月は気持ち、早歩きとなっていた。

 白い雪が舞い散る中でも、八坂神社で使われているの鮮やかな朱色はよく映えている。春になれば有名なしだれ桜がそこに桜色を合わせ、訪れた人を圧巻の光景で出迎えることもある。


「うさぎの石像も、凍えているようね」


 縁結びの看板のすぐ真横にある、大黒様と白ウサギの像にそっと近づき、香月は優しく微笑んでいた。


「縁結びですか。学生さんなら、やっておきたいところですね」

「恋愛と美の神社ですからね。女性人気が大きいのも、納得です」


 向原と誠次も、周囲を見渡しながら言っていた。

 

「一応確認だけど、香月は昨日はここで、何をしていたんだ?」


 誠次が問う。


「班員の桜庭さくらばさんたちと一緒に、絵馬にお願い事を描いたり、おみくじを引いたりしていたわ」

「それが危険運転と詐欺に繋がるのですか……」


 向原が苦笑している。


「なすりつけの冤罪理由は、犯人からすればどうでも良かったのでしょう。犯人は取り敢えず、向原先生と香月にどうしても罪を被せたかったのだと思います。魔法を使って」

「恨まれているって、ことですかね……?」

「犯人は複数だと思うわ。京都の至るところにいる人に幻影魔法をかけるなんて、一人ではとても出来ないわ」


 誠次に続き、向原と香月が交互に言う。


「複数人か。ヴィザリウスの関係者なのか……? どうして一体、香月と向原先生を狙ったんだ……」


 今のところ二人に共通しているところとは、ヴィザリウス魔法学園に所属していること。女性であること。違うクラスで担任教師と魔法生であること。その点では、そこまでお互いに接点があるわけではないはずだ。


「冷たい……」


 ご利益がある水なるものを触った香月が、あまりの冷たさにびっくりしたのか、手を引いてしまう。

 香月の手袋や、宇治抹茶ラテを持ってやっていた誠次が、その姿を見て微笑み、手荷物を返してやる。


「天瀬くんはやらないの?」

「美容にはあまり興味が……」

「今度は私が手袋を持ってあげるから、やるだけタダよ?」

「わかった」


 誠次も手にご利益の水をかける。なるほど、確かにこの時期の水はとても冷たい。


「冷たかったかしら?」

「ああ、とても冷たい。香月がびっくりするのも分かる」

「別に私は驚いていないわ。でも、荷物をありがとう天瀬くん。流石、細かいところで気が利くわ」

「それはこちらこそ」


 そんな会話をする誠次と香月を、やや離れた後ろから見ていた向原は、ほんのりと漂う温かい雰囲気に、さてはさてはと思うのだ。


「先生も恋結びのお守り、買っちゃおっかなー」

「どなたか、気になる人がいるんですか?」


 香月がさり気なくくと、向原は一瞬だけ顔を赤く染めた後、ぶんぶんと首を横に振る。


「い、いえ! そんな人いませんっ!」


 向原は努めてきりっとした表情をして、香月を睨んだ。


「第一、先生にそんなことを訊いてはいけませんよ!?」

「ここでいきなり先生ムーブですか……。すみません」


 先生に怒られた香月は、素直に頭を下げる。

 こほん、と咳払いをした向原は、いいんですと大人の女性の余裕感のようなものを、見せつけるようにする。曰く、落ち着こうと深呼吸をするのだが、一度揺さぶられた乙女心を簡単にはしまいきれず、まるで蒸気機関車のごとく、顔中から白い煙を出しているようだ。


(意中の人でもいるのだろうか……)


 分かりやすい反応を前に、誠次は内心でそう感じ取っていた。


「でも、ここにはあまり手がかりはないようですね。どうですか二人とも? お腹も空いてきませんか? お昼ごはんとかどうでしょう。今までの情報を整理する意味も兼ねまして、内緒で先生の奢りでいいですよ?」

「動き続けているとはいえ、身体も冷えてきましたしね」


 誠次が白い息を吐いて言う。


「ご馳走になります。情報も纏めたいですしね」


 香月もこくりと頷いた。


「やった! 実は先生、行ってみたいお店があったんですよ!」


 向原が両手を合わせて喜んでいた。

 三人がやってきたのは、祇園通りにあるお店。天ぷら屋であった。

 四人用のテーブル席に3人で座り、上座の向原を向かいに、誠次と香月が下座側に隣同士で座っていた。

 高級感漂うシックな内装に、職人さんが丁寧に天ぷらを揚げる音が響く、見た目からして美味しそうな、天ぷら屋である。


「天ぷら屋ですか。いいのですか、高そうですよ?」


 着ていたコートとマフラーを脱ぎながら、誠次が向原に尋ねる。


「ネットの口コミでも有名な所だったんですよ。でも、一人で来るのはさすがに敷居が高くて、誰かと一緒に来たかったのです」


 向原はやや恥ずかしそうにしていた。


「美味しそうです。向原先生、センスがありますね」


 香月の方も、わかりやすく目をキラキラと輝かせているようであった。

 他人を褒めるときの香月は、こういう風にストレートな気持ちを押し出してくる。


「せ、センス!? あ、あはは先生照れちゃうなぁ……」


 そして、向原もわかりやすく喜んでいるようで、長い髪の頭をかいていた。

 そんな、()()()()な二人の女性が狙われた今回の京都での事件。未だ掴むことのできない謎の犯人像に、誠次は俯いて悩み考える。

 じゅうー、と油が跳ねる香ばしい匂いと音に誘惑されながらも、三人は意見を出し合っていた。


「京都に来るのは、二人とも初めてでしょうか?」

「私は初めてね。記憶にないわ」

「私も初めてです。学生時代の修学旅行は、千葉ラビットパークでしたから」


 三人の席には、アスパラガスやナスと言った、野菜の天ぷらがまず運ばれてくる。天ぷらは揚げたての美味しい時を頂くのがマナーだ。


「ならば、現地の人の恨みを買っているという線は限りなく低いでしょう。わざわざ今日、京都に来るタイミングで二人がこの件に巻き込まれた。この点については、まだ考察の余地はありますが」


 はふはふと、熱い天ぷらを口に含み、誠次は言う。


「魔法が使える、複数の集団による犯行……。そしてそれに私と向原さんが目をつけられた理由とは……。……熱っ」


 まだ冷めていない天ぷらを食べた香月が、思わず口元を手で抑えている。おしぼりを、そっと差し出す誠次であった。


「もしかして、今こうして食事をしている間にも、私と香月さんは狙われているという可能性も無きにしもあらずでしょうか……?」

「犯人の目的は不明ですが、二人が被害にあっていることは確かです。そして、これより最悪なことになる可能性も当然あります。事件解決までは、油断しないでいましょう」

「ビールは、駄目そうですね……」

「び、ビール……?」


 誠次が思わず目を点にして、衝撃発言を行った向原を見る。

 向原は、テーブルの皿の上に乗せられていく黄金色の衣を身に纏った天ぷらを前にして、切なそうな目をしていた。


「お酒、弱いのでは?」

「弱いですけど……天ぷらとお酒なんて、相性ぴったりじゃないですか……」


 香月も意外そうな目を向けているが、向原のぶつぶつとした恨みつらみの発言は、止まらない。


「昨日ははやし先生が飲むかもしれないから、私は飲めなくて、必死に抑えていたんです。私だって、一升瓶くらいは空けたかったのに……。京都のお酒、美味しそうでした……」

「一升瓶って、それはかなりの量になるのでは……?」


 飲んだこともないので完全なイメージになるのだが、それこそ酒豪が一升瓶を抱えているようなイメージだ。意外にもお酒が大好きであった向原であるが、本人もわかっている通り、今はお酒を嗜む余裕はない。

 とほほと肩を落とす向原は、キスの天ぷらを食べ、お茶を飲んでいた。


「おそらくそれは、人並みではないでしょうね」


 ナスを美味しそうに食べる香月がぼそりと呟けば、向原はぎくりとしていた。


「この後は、どうしましょうか?」


 向原が次に向かうべき場所に向けて、話をする。


「天瀬くん。天瀬くんが行きたい場所は、ありませんか?」

「俺ですか?」


 向原からの問いに、白米を食べる誠次は驚く。


「ええ、はい。やはり、私と香月さんの事件に付き合わせてしまっているのは忍びなくて……。それに、思わぬところでなにか手がかりが掴めるかもしれませんし」


 向原が誠次と香月を交互に見ながら言えば、香月もこくりと頷いた。


「天瀬くん。どこか行きたい場所はないの? 一緒に行きましょう」

「あ、ありがとう……」


 誠次は二人の心意気に感謝しつつ、どうしても行きたかった場所を、ぼそりと、口ずさむようにして言う。


「ではえっと……奈良の、シカ公園に、行きたいです」

「……一応訊くけど、どうしてかしら?」


 香月が隣に座る誠次に視線を向ける。


「それはもう、あれシカないだろう。シカに餌をあげたいんだ。鹿せんべい」


 鹿せんべい。それは手にもつだけで瞬く間にシカが寄ってくる、魔法のようなアイテム。鹿と戯れることを夢見る誠次からすれば、なんとしても訪れたい場所であった。


「……」


 すると香月は、一体何を思ったのか、静かに眷属けんぞく魔法を発動し、使い魔である兎を召喚した。

 白い毛に赤い目をした兎は、香月によって抱きかかえられると、そっと、誠次に向けて差し出される。


「はい、天瀬くん、どうぞ……」

「いや、俺がエサあげたいのは、鹿だから……」

「動物なら……ここにもいるわ」

「いや、だから、鹿せんべぇ……」


 誠次が断ろうとすると、香月と差し出された兎が揃って、悲しそうな顔をしだす。

 そんなことをされてしまえば、誠次としては、買わずにはいられない。京都の京野菜、金時人参を。


挿絵(By みてみん)

~かめが進み、うさぎは待つ~


「ねえねえ香月さん!?」

ことね

         「なんですか、向原先生」

           しおん

「八坂神社の恋のうさぎさんに、誰を思ったのですか?」

ことね

「生徒にこのようなプライベートな質問は」

ことね

「教師としては本来気が引けますが……」

ことね

「ここはひとつ、共同戦線の仲間と言う意味で!」

ことね

        「そうですね……」

           しおん

        「その人は」

           しおん

        「かめのような人です」

           しおん

「か、かめ?」

ことね

        「こっちが先に行こうと思えば、引き留めて」

           しおん

        「でもこっちが向こうが進むのを待っていたら」

           しおん

        「いつの間にかに先に進もうとする」

           しおん

        「たくさんの事から自分の大切なものを守って」

           しおん

        「たとえ自分の甲羅が傷ついても、たとえゆっくりのろのろでも」

           しおん

        「それでもゴール地点に向かう事をやめない、そんな人です」

           しおん

「最終的にうさぎが負けちゃう、有名なお話ですね」

ことね

        「ええ」

           しおん

        「でも、待ちぼうけて、先にゴールされるのは、寂しいから」

           しおん

        「せめて、最後は一緒に、辿り着きたいです」

           しおん

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