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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ワンスアポンアタイム 〜雪降る古都で〜
167/189

3

「俺の帽子は……500キロだ」

       せいじ

 修学旅行二日目。誠次たちが迎えた早朝の京都の老舗ホテルの一室では、三人の男子が驚き戸惑う声が響いていた。みな一様に、重苦しい表情で、顎に手を添え、小首を傾げている。


「なぜ……」


 と、まず寝癖でボサボサの髪の誠次が第一声をあげる。それでも、後頭部の三本束髪は今日も元気に伸びている。


「これは……」


 悠平ゆうへいが豪快なあくびをしながら、呟く。


「一体……」


 まことが寝ぼけ眼をくしくしと擦りながら、呆気に取られる。


「眼鏡眼鏡……」


 聡也そうやは相変わらず裸眼のまま、眼鏡を探している。


「「「どういうこと!?」」」

「すー……すー……」


 メガネを探す聡也を除く三人が目を点にしていたのは、なぜか自分たちと同じ部屋で、女性教師、向原琴音むかいはらことねが浴衣姿で寝ていた為であった。位置的には誠次の布団の隣で、畳の上で熟睡している。


「幻滅しました。さすがに、女性教師にまで手を出すとは思いませんでした、誠次さん……」

「いや違う! 何かの間違いだ!」

「間違いって、つまり、そういうことか……?」

「違うっ! 本当に! 誓って!」


 真と悠平から次々に疑惑の眼差しを向けられ、朝から乾いた喉で、誠次は全力で否定する。


「仮にだぞ!? 仮に俺が向原先生を呼んだとして、年上の女性を畳の上で寝かせるド畜生だろうか!?」

「うぅ……うるさい……ですよ……っ」


 誠次の必死の弁明の言葉に反応するように、布団から飛び出た誠次の上半身の後ろから、向原がむくりと、上半身を起こしていた。浴衣を帯で結んでいるだけの姿なため、大きめな胸元がややはだけてしまっており、三人の男子は慌てて上を向く。一人は、相変わらず眼鏡を探しているので、ノーコンテストだ。


「あれ……私……ここ、どこですか……?」


 まだ寝起きで頭が冴えていないのだろう。ぼんやりとした表情で、向原は浴衣の帯を締め直しながら、なんとなく尋ねてきている。

 答えたのは、向原に背を向けている、誠次であった。


「京都の、旅館です……」

「え……なんで、天瀬くんが……って、この部屋……」


 やがて向原は、いま現在自分が置かれている状況に、ようやく気がついたようだ。この部屋の中にいる面子を確認し、やがて、震える青い目で、真正面をじっと見据える。


「もしかして、私、ここで寝ていたのですかっ!?」

「そうだと思います……」


 真がぎこちなく頷いている。


「ええと……思い出せない……なんで私、この部屋で、寝ていたのですか……?」

「いや、なんでって、こっちがきたいんですけど……」


 ポリポリと髪をかきながら、悠平が言う。


「これって、教師の私と、生徒たちとの間での、不純ななにがしか……あああっ!?」


 両手で頭を抱えだし、向原は小さく絶叫する。そう口走ったあたり、教師の中でも若い彼女の中でもやはり、この状況でなにかを想像してしまうイケない事態があるのだろう。うら若い男子高校生ならば、なおのさらだ。

 

「と、とにかく、このことは、内緒でお願いします! 後で、呼びますので、先生のところに来てください! いいですね!?」


 ろれつが回りきらないまま向原は一方的に言いつけて、立ち上がる。

 そして、踵を返してくるりと振り向くと、慌てた様子のまま、男部屋を後にしようとする。


「あ、急ぐと、転びますよ……」

「きゃっ」


 慣れない浴衣で足をつっかえそうになっており、誠次が忠告を入れるのと同時に、向原は転けそうになってしまっている。それでもどうにか踏ん張った教師の意地を胸に、ほとんど泣き出してしまいそうな表情のまま、向原は早朝の通路へと飛び出していた。

 時刻にして朝六時を過ぎたばかり。まだ、朝の全体集合までは時間があった。


「ええと……」


 あっという間の出来事のように感じる、旅行先で迎える初めての朝。誠次は後ろ髪をかきながら、視線を二人の男子の元へと戻す。


「自分はまっぴらゴメンですよ……。京都まで来て、厄介事に巻き込まれるのは……」

「こうなったら。腹括って白状しようぜ、誠次……」

「だから本当に身に覚えがないのだが!?」


 あられもない罪状で、ルームメイトからも敵視を向けられる事態となった誠次は、布団から思わず飛び出て、立ち上がる。

 そうすると、誠次の寝相もあまりよろしいものではなかったため、はだけた浴衣から帯がするりとほどけ落ちていく。それすわなち、やはり想像力豊かな男子高生ならば、そう言ったことを想像させるもので……。

 ふぁさっ、と軽い音を立てて帯が布団の上に落ちたとき、いよいよ悠平と真は、誠次を軽蔑の目で見始める。


「なんてことをしてくれたのですか、誠次さん……」

「せめて、バレないように上手くやれよ……。わざわざ見せつけなくてもいいじゃねえか……」

「本当に違うんだ! 頼む、信じてくれ!」

「よっしゃ! 眼鏡があったぞ!」


 聡也がようやく眼鏡を発見し、それを得意気な表情で、顔に装着していた。


「それで、どうするつもりだ誠次? 下手をすれば、俺たちの修学旅行が潰れかねない」


 一瞬にしてキリッとした表情となった聡也が、誠次に問いかける。

 誠次はこほんと咳払いをして、一つ頷いた。


「わかった……! 俺は本当に何もやっていないし、向原先生とも話してくる! みんなの修学旅行を台無しにはしたくはない!」

 

 浴衣の帯を締め直した誠次は、すぐに部屋を飛び出した。


「よお天瀬! 朝っぱらからどこに行くんだよ?」


 部屋の外にはすでに起きていた魔法生が、幾人か点在していた。みんなの表情は浮かれており、言わずもがな、京都で迎えるこれからの二日目を楽しみにしているようだ。

 そんな中で険しい表情を浮かべ、ずんずんと通路を進む誠次は、異質な存在感であった。


「身の潔白の証明のためだ!」

「は……?」


 ぷんすかと、仏頂面で突き進む誠次に、通路に佇む同級生たちは呆気に取られる。

 旅のしおりには、先生が寝ている部屋の場所、なんて記載はない。よって誠次は、まず教師たちが寝ている部屋を知るために、ホテルエントランスにいるスタッフに確認をしに行っていた。


「すみません。ヴィザリウス魔法学園の生徒ですが、先生方がいる部屋はどこにありますか。ちょっと、問題がありまして……」

「4階のこの部屋です」


 普段ならば教えることではないだろう事も、修学旅行の高校生相手ならば、スタッフも何かの異常が発生したと思い、素直に教えてくれる。


「ありがとうございます」


 誠次は礼を言ってから、ホテルの4階まで上がっていた。


         ※


 その頃、ヴィザリウス魔法学園の教師たちが寝泊まる部屋の一室、女性の二人部屋では、早朝から慌ただしい準備が行われていた。二日目の個人自由行動の日こそが、教師陣にとっては一番の難所である。問題が起こらないよう、それぞれ決められた生徒が行きそうな場所に、交代制度で向かい、さり気ない監視活動をしなければならない。迷惑がかからないように、ミスは許されない、一発勝負の現場こそが、教師における修学旅行の場である。


「私は真面目、私は真面目……」


 ……のだが、早速不安そうにしているのが、浴衣姿のままで部屋の隅に蹲っている、まだまだ新米教師の向原琴音であった。


「ねえ石水いしみず先生!?」

「なあに向原さん?」


 涙ぐみながら向原が、洗面所の方で鏡を前に化粧をしている2―Bの担任教師、石水に声をかける。今日は入念にリップの塗りを確認し、「んー」と満足そうに微笑む。


「私って昨日、お酒一滴も飲んでいませんでしたよね!?」

「んー。そうだった気がするー」

「なのに……なのになんで……!? 私はあんなところであんなことを……!?」


 あろうことか見守る男子生徒の部屋で、共に寝るなど……。自身が思い描く清く正しい真面目な教師にあるまじき大失態だ。


「何しでかしたのかは知りませんけど、早く準備しちゃいなさい。急がないと集合時間に遅れるわよ?」

「うぐ……はぁい……」


 向原はおずおずと立ち上がり、朝の準備を始める。

 石水はすでに準備を終えたようであり、先に部屋を後にしていた。


「準備ばっちり……。仕事一筋二九歳の無念、この京都で晴らすんだから!」

 

 ……などと、石水もまた、生徒と同じような、修学旅行への格別の思いを胸に抱いていたようだ。

 そう懸想していると、脇の階段から上がってきていた少年に気がつかず、ぶつかってしまう。


「痛い、まさか、これが私の運命の人なの!?」

「いえ石水先生……。天瀬誠次です」

「ぎゃあ!」


 倒れてしまった石水に、誠次は手を差し伸ばす。


(今運命の人とか聞こえたような……)

「な、なんだ2―Aの天瀬くんでしたか……。この階まで何の用ですか……?」


 何かを誤魔化すように苦笑いをしながら、石水は誠次の手をとって立ち上がり、いてくる。


「向原先生に用がありまして……。どこにいるか、分かりますか?」

「向原先生!? え、嘘、まさか生徒と先生と言う、そう言う禁断のイベントを起こすつもりなの!?」

「イベント……?」


 石水の頭の中はすでに、ドキドキワクワク少女漫画ムーブ状態に陥っており、完全に浮かれているようだ。

 朝から血行よく顔を真っ赤に染めながら、石水は、後方をぷるぷると指差していた。


「あの部屋です……」

「ありがとうございます。朝からすみません」

「一応……集合時間には、間に合うように……」

「はい」


 浴衣姿のままの誠次は、向原のいる部屋へと向かう。

 背を向け、再び歩きだした石水は「私が、向原さんに、負けた……? やっぱり、若さなのかしら……」等と、ブツブツと呟きながら、階段を降りていく。


「向原先生」

「――天瀬くん!? ここまで来たのですか?」


 部屋の外から扉をノックした誠次に、浴衣から私服に着替えていた向原は驚く。


「あの……昨夜と言うか、昨日のことですが……」

「通路で話しださないでください!? 話は中でしましょう!」


 ドアが勢いよく開き、慌てる向原が誠次の手を取り、部屋の中へと入れていた。


「先生もようやく落ち着いてきました……。先程は取り乱してしまっていて申し訳ございません……。魔法生の見本たる教師が動揺していては、いけないことですよね。どっしりと構えていなくては」

「い、いえ。あの状況でどっしりと構えられていたら、逆に引きます……」

「で、ですよね……」


 それこそ、深酒の後のことのように。お互いに身に覚えのない誠次と向原は、昨日の事について話をする。


「ご、ごめんなさい天瀬くん。本当に支度したくをしながら話しても大丈夫でしょうか……?」

「朝、女性の方が大変だと思いますから。お気遣いなく。集合時間まであまり時間もありませんし」


 ボサボサな髪にドライヤーを当ててクシを合わせながら、向原は誠次と会話をする。


「本当に何も覚えてはいないのですか?」

「はい。確か、深夜の見回りに行ったことは覚えています。ですが、その後の記憶がまったくないのです……」


 状況的には、見回りのために誠次らの部屋に訪れた向原が、そこでそのまま眠りだしたと言う、普段の学園生活の中でも真面目な教師である彼女からすれば、あり得ない事である。


「お酒を飲まれていたとかは?」

「石水先生も言っていた通り、一滴も飲んでいません。もともと私はお酒に弱くて、少しでも飲むと、仕事に支障をきたしますから。見回りもお酒を飲まないことを念頭に、一番最後の役を担いました。まあ年下の下っ端ですから、一番最後でもあったのですが」

「では後続の教師もおらず、向原先生が部屋に戻ってこないことも気が付かないことでしたね……」


 となればやはり、向原は見回りに来たまま、突如発生した睡魔にうち勝てず、生徒の部屋で眠りについたという事になる。


「本当にごめんなさい……。自分でもおかしな話かと思いますが、そういう事になります……」

「俺も確認をしたかっただけですので。その……お互いに何もなかったということで、大丈夫ですよね……?」

「は、はい! 本当に大丈夫です! このことはお互いの為に、内緒にしましょう!」

「俺のルームメイトの友だちも、義理堅いのでみんな大丈夫です。しかし、呆れられてしまってはいます……。ですので、先生のからも釈明をお願いします」

「わかりました。急に睡魔が襲って、我慢できずに天瀬くんの布団で寝てしまったと、説明します」


 やっぱり、無理があるような……。向原の口から出る言葉だけでは、とんでもなく取ってつけたような理由感が溢れてしまっている。

 向原も誠次の表情から、微妙な雰囲気を感じ取り、「あはは……」と力ない笑みを浮かべる。


「まるで魔法にかけられたようですね……。それとも、京都を楽しみすぎてしまったのでしょうか……反省します……」

「魔法、か……」


 誠次は顎に手を添えて、考える。

 こちら側としては、オールをしようとしたものの、いつの間にかに眠ってしまっており、朝起きたら先生がいたと言う状況だ。どう訊かれようとも、そう答えるしかない。

 ――コンコン。

 向原の証言を得た誠次が、部屋の外に出ようとした瞬間であった。

 部屋の外からノックをする音がして、誠次と向原は目を合わせる。


「いけません! 隠れていてください、天瀬くんっ!」

「は、はい!」


 今度はこちらが、教師の部屋に一人でやって来ている生徒といかがわしい思いをされかねない。誠次は慌てて廊下から、すぐ横の浴室に入り、扉を閉めて身を潜めた。


「まだ集合時間じゃないはずですけど……」


 何事だろうと、向原がドアをノックした者に対応するため、玄関まで向かう。


「はい、どうされました?」


 部屋の外に立っていたのは、トレンチコートを着た、私服姿の大人の男二人であった。

 向原からすれば見たこともない二人組の男であったが、そのうちの片方側が、右手に持ったホログラムデバイスを、掲げて見せる。


「朝早くに失礼。私は京都府警の刑事、上杉うえすぎと言う者だ」


 続いて、その横に立つ男も口を開く。


「警視庁本部所属、武田たけだっちゅーもんや」


 きっちりとしたスーツを着こなし、その上にトレンチコートを羽織る上杉に対し、無精髭にゆるゆるのトレンチコート姿の武田は、一見締まりがない印象であり、当人も眠たそうにあくびをしている。


「こんな姿でいるのは勘弁してや。休暇中だったもんで」

「は、はあ……」


 向原は青い目をぱちくりと瞬きさせ、警察が一体何用かと、首を傾げていた。


「さて、おたくは向原琴音さんで、間違いないですな?」


 地元の人なのだろうか、ほんのりとした京都弁混じりの口調で、上杉は訊いてくる。


「は、はい。ヴィザリウス魔法学園の、教職員です」


 困惑した面持ちのまま、向原は答える。

 僅かな間で、上杉と武田は頷き合っていた。


「クリスマスイブの日にこんなことを言うのもなんですが、貴女に容疑があります。署までご同行願えますかな?」

「へ……よ、容疑?」


 真剣な表情の上杉の口から出た言葉に、向原はぽかんとなり、やがて、絶叫する。


「容疑ってなんの容疑ですかっ!? やっぱり、わいせつですかっ!? 生徒とイケナイことをしてしまったなにがしかの罪なのですかっ!?」


 顔を真っ赤にして、向原がまくしたてるように大きな声を出す。

 そうすると、二人の警察官は困惑した表情をする。


「い、いえ……そういうものではなく……」

「無銭飲食や窃盗の容疑や。俺も信じられないんだが、錦市場や多くの店から、アンタを名指しで呼んで、勝手に物食われたとか、勝手に商品持っていきよったとか、何件も被害届が出てるんや」

「ち、ちょっと待ってください!」


 向原は思わず口を挟む。そう、色々とおかしいのだ。


「私、ちゃんとお金は払いました! それに名指しって……初めて行ったようなお店で、なんで私の名前が出てくるんですか!? 私、名乗ったりもしていません!」

「我々もその点については首を捻っております。なぜ、修学旅行の引率で訪れた一教師の名を、京都中の人が知っていて、しかも犯罪者だと言っているのかと。しかし、罪状がある以上、我々も責任を持って捜査する必要がありますさかい、署までご同行を願います」


 上杉がそう言って、身体を引き、向原が進み出るように道を開ける。

 一方で、何がなんだか分からず、魂が抜けたような表情をしているのは向原であった。


「こんなのって……おかしいです……。私はただ、自分の生徒たちの為に……真面目に、京都で修学旅行をしていたのに……」

「……」

 

 ボサボサの髪をかきながら、武田は軽いため息をする。


「――ちょっと待ってください!」


 そんな声と共に、教師向原がいる部屋の浴室から出てきたのは、浴衣姿の誠次であった。


「え……」

「なんで、子供が……?」


 そうすれば、二人の警察官から向けられるのは向原へのますますの怪しい目。なぜ、修学旅行中の生徒と教師が同じ部屋にいるのだろうかと言う、不純な感じを思わせる、もの。

 向原も、出てきてしまった誠次に、ぎょっとしていた。


「あ、天瀬くん!? 隠れていてくださいと言っておいたのに……」

「今はそんなことよりも、聞き捨てなりません。あまりにもおかしくはありませんか?」


 もはやお構いも出来ず、誠次は向原にそう言ってから、彼女の隣まで歩いた。


「それに俺は、錦市場で向原先生がきちんとお金を払っているところを見ていました」


 昨日の班行動の際、錦市場を歩いていた時に向原と会ったのだがその時、向原は確かにお金を払っていたはずだ。


「君はヴィザリウス魔法学園の生徒かな?」

「はい」


 上杉の質問に、誠次は頷いて答える。


「この坊主……どっかで見覚えが……」


 一方で武田が、誠次の顔をじっと見つめて呟く。そして、パチンと指を鳴らした。


「ああ思い出した。坊主、フレースヴェルグにおらんかったか?」

「え、あ、はい」


 自分が所属しているレジスタンスの名を警察関係者に呟かれ、誠次は思わず反射的に反応していた。


「「フレースヴェルグ……?」」


 聞き慣れない単語に、向原と上杉が顔を顰めているのを見て、武田は慌ててはぐらかす。


「ま、まあこっちの話や。しかしよう出てきたな、坊主。そんなにこの先生のことを信じとるのか?」

「信じるも何も、俺はこの目で向原先生がきちんとお金を支払っているのを見ていたのです。それに、京都の人が向原先生のことを知っていて、しかもこぞって罪があるというのは、いくらなんでもおかしいはずです」

「せやな。俺もそうは思うとるんや」

「おい武田。話しすぎだ」


 上杉が武田を咎める。

 肩に手を添える上杉であったが、武田はまあまあと肩を竦める。


「悪いな上杉。でも、この坊主たちにはちょっとした貸しがあってな。それにこの事件、きな臭いにも程があるやろ」

「……確かに、不可解な事件ではある。まるで京都の人がみな、この向原さんを陥れようとしているようだ」


 上杉も疑心に満ちた険しい表情をするが、彼らの職務は職務だ。曲がり通ることは、許されない立場にある。

 しかし、それをどうにかするのが、関西人の人情であるのか。

 武田はほくそ笑み、誠次の肩に手を添える。


「坊主。ちっと手伝ってくれへんか?」

「向原先生の容疑を晴らすためであれば、協力したいです」

「天瀬くん……」


 武田の誘いに頷いた誠次に、向原が心配そうな表情を向ける。


「よう言ったで、坊主――いや、フレースヴェルグの坊主。制限時間は今日の夜までや。それまでに、この向原先生の容疑を晴らす証拠をなんでもいい、揃えてくれや。もちろん俺たちも捜査はするで」

「証拠……。わかりました、それが揃えさえすれば、向原先生の疑いは晴らしてくれるのですね?」

「勿論や。俺たち警察だって、誤認逮捕で内外部からピーピー言われんのは堪忍やからな」


 武田がそう言いながら、流し目をしつつ上杉の方を見れば、上杉も一応は納得したような面持ちであった。


「今回の件ばかりは、確かに不可解な点も多いことから、早急すぎる逮捕は間違いかもしれない。容疑者にも逃走の意思はないと見て、特別に、夜まで逮捕は待ちましょう。しかし今日の夜までに彼女の無実の証明が出来なければ、署までは来てもらいますさかい、いいですね?」


 上杉はそう言ってから、誠次と向原に視線を送る。


「は、はい……。私は、本当に無銭飲食も窃盗もやっていませんから! 真面目ですから! 必ず無実を証明します!」


 例え誤認逮捕でも、公務員としての自身の経歴に響くことには違いない事態に、向原も容疑者として大人しく署まで行くつもりはなかった。ましてや、来年の自分の生徒のためにも。

 誠次が首の皮一枚で繋ぎ止めたチャンスに、向原ははっきりとした表情で言う。


「では、向原さんにはこれを」


 上杉はそう言って、向原に小型のデバイスを差し出した。


「それにはGPSがついておりますので、今日一日中は肌身離さず持ち歩いているようにお願いいたします。また、私たちへの直通の連絡先もあります。くれぐれも、ご注意を。貴女の今日一日の行動は監視されていると思っていただきたい」

「わかりました……」


 壊れ物を扱うような慎重な仕草で、向原はそれを私服のポケットに入れていた。


「このことは今のところ、おたくら他のヴィザリス魔法学園の関係者には言っておりませんので、その点に関してはご安心を」

「しかし夜までに間に合わなければ、向原先生は罪人として警察署に行くことになり、ヴィザリウス魔法学園の他の人にも知られる事態となる……」

「そういう事になるな」


 誠次の言葉に、上杉は頷いていた。


「そんじゃ頼むで天瀬くん、向原さん。俺も上杉も、なにも間違ったことはしたくはないから、頑張ってくれや」

「健闘を祈ります」


 少し違うが、警察によって情状酌量の余地を与えられたと言ってもいい。その点では分かってくれている武田と上杉は、軽くお辞儀をすると、二人がいる部屋の前を後にする。

 ひとまずはホッとした誠次と向原も、お辞儀をして二人の警察官を見送っていた。

 そして、向原はすぐに部屋のドアを閉めて、誠次の手をとって、畳の間へと歩く。


「あ、天瀬くん……どうしま、しょう……先生……捕まっちゃう……」


 途端、へなりと、座布団の上に足を折るようにして座り込む向原は、両手を顔に添えて、今にも泣き出してしまいそうであった。警察とのやり取りの際の最後の方に見せていた気合に満ちた態度と言葉も、恐怖を隠していた強がりであったのだろう。


「ひとまずは、チャンスを貰えてよかったです。問答無用で同行を促されていては、手も足も出ないところでした」


 誠次もバクバクと鳴る心臓をどうにか落ち着かせ、生唾を飲み干した。


「あの、お茶飲んでもいいですか……?」

「どう、ぞ……」

(先生の分も入れてあげよう……)


 室内で作れる京都の温かい宇治抹茶を、誠次はティーパックから二人分、作っていた。


「どうか先生、お気を確かに。生徒の俺が言うのもなんですが、先生はきっとあんなことをやってはいないと、信じています」

「ありがとうございます、天瀬くん……。あのときも飛び出して、私の無実を訴えてくれて……」


 湯呑に入った誠次がよそった温かいお茶を両手に、向原は涙目で座ったまま言う。

 温かいお茶により、お互いに心はだいぶ落ち着いたが、ざわざわとした嫌な胸騒ぎは続いている。このままではきっと、このあと食べるホテルでの朝食も、喉を通らないものだろう。


「問題はここからです。なんとしても向原先生の無実の証明の証拠を、集めなければ」

「まさか、本当に協力してくれる気ですか……?」


 力なく座ったままの向原が、立ったままの誠次を上目遣いで見つめるようにする。


「当然です。武田さんとも約束しましたし、向原先生が悪いことをする人だとは、思えません」

「う、うわああああんっ!」


 遂には子供のような泣き声を出して涙を流す向原に、誠次は慌てて部屋にあったティッシュを差し出していた。


「駄目ですよ天瀬くん……。せっかくの修学旅行なんですから……先生に構わずに、楽しんでください……」

「いや……このまま楽しむのは、かなり無理があります……。見過ごすわけにはいきません」

「本当にごめんなさい……先生の事に付き合わせてしまって……」


 ぐしゅぐしゅと、ティッシュで涙を拭う向原は、どうにか再び、落ち着きを取り戻す。


「しかし、それより前の先生が俺たちの部屋にいた事や、さっきのことも含めると、異常が過ぎます。何かに呪われているレベルではありませんか?」

「私、なにかしてしまったのでしょうかね……? 京都の祟り神様に、怒られているのでしょうか……」


 ぐすりと鼻をすする向原がそのようなことが、しかし実際、そのようでなければあり得ないことの起こり具合であった。

 まず誠次と向原は、部屋の中で情報を纏める話し合いをする。


「一応確認しますけど、こちらの方もやはり、記憶にはないのですよね……?」

「は、はい。と言うより、むしろこっちはハッキリしています! ちゃんとお金は払って、盗んだ物もありません!」


 向原は顔をがばっと上げて、誠次を見つめて言う。


「わかりました、やはり向原先生を信じます。共に協力して、無実を証明しましょう」

「ありがとうございます……天瀬くん」


 こうして、意図せずして誠次の京都の修学旅行における二日目の行動は決まった。容疑者として身に覚えのない容疑にかけられた、向原の無実の証拠を集めることだ。

 

「他の協力者も欲しいところですが、今回の件は、俺と向原先生の二人だけの内密のことにするべきでしょうか」

「そうですね……。他の先生も見回りで忙しいはずですし……ましてや、一番楽しい学校行事修学旅行中に生徒に、私の都合で振り回すわけには……。何よりも……無銭飲食と窃盗は、恥ずかしいです……」


 そうして再び、魂が抜けたような表情を見せる向原に、誠次が慌てていた。


「気を確かに向原先生! やっていなければ、堂々としていていいのですよ!?」

「は、はい……。そろそろ、朝の集合時間のはずです。天瀬くんはまだ浴衣ですし、一旦解散して、後でホテルの裏とかで落ち合いましょう」


 向原はそうして、何かを閃くように、咄嗟にホテルのパンフレットを取り出し、そこに魔法で数字を書き込む。


「これ、私の電子タブレットの電話番号です。連携の為にも、登録してください」

「わかりました。では急いで準備を終わらせます」


 そうして、向原の個人的なメールアドレスを受け取った誠次は、それを手に一旦自分の部屋へと戻っていた。

 

「遅かったな、誠次」


 聡也をはじめ、同じ部屋にいた3人ともすでに私服姿に着替えており、準備万端だ。

 この三人ならば信頼はできるだろうが、向原の言っていたとおり、楽しいはずの修学旅行で余計な心配をかけさせたくはない。


「遅くなってすまない」


 誠次も素早く私服に着替えてから、朝の仕度を終わらせる。


「今日は個別行動ですね。皆さんはどこへ行くとか、ありますか? 自分は金閣寺あたりに行ってみたいです」

「俺は取り敢えず、錦市場リベンジ編で」

「また食い歩きをするつもりか……? 俺は清水寺あたりかな」


 真の言葉に悠平が張りきれば、聡也が呆れ果てている。

 大宴会場でビュッフェ形式の朝食をとり、昨晩と同じように、教師からの個別行動に関する注意を念押しにされてから、晴れてヴィザリウス魔法学園の修学旅行、二日目の自由行動が開始される。


「どうした向原? そんな少ししか食べないで、腹でも壊したか?」

「い、いえ! そういうわけではっ!」


 向原も、生徒と同じように朝食をとっていた。

 

「――おい、ワシの坊主」


 手あたり次第に食べたいものをプレートに乗せていく誠次に、不意に隣から声がかけられる。

 何事かと顔を横に向けると、先程の刑事武田が浴衣姿で同じくプレートを手に立っていた。


「貴男は、武田さん。どうして……浴衣……?」

「言うたやろ、休暇中やって。ここのホテルで寝てたんや。それよりも、良いニュースと悪いニュースがあるで。どっちから訊きたい?」


 関西圏の人らしく、ニヤリとした笑みを浮かべて武田は訊いてくる。


「良いニュースからでお願いします」


 誠次はパンを取りながら、武田を見つめて言う。


「やっぱ今回の件、なんかしらの裏があることは確定や。向原さんも、絶対やってないんやろうな」

「……?」


 どうしてそうと言い切れるのだろうかと、誠次は本来中立的な立場にあるべきの警視庁所属の男を見つめて首を捻ると、武田は手に持っていたトングを得意気な表情でカチカチと鳴らす。


「それが悪いニュースに繋がる。お前さん、香月詩音こうづきしおんって女の子、知っとるか? ヴィザリウス所属や」

「知っているもなにも、クラスメイトの女性です。香月さんがどうかしたのですか?」


 誠次が呆気にとられていると、武田はやや声を潜めて、言葉を発する。


「容疑にかけられてる。向原さんと同じく、京都中の人々からや」

「そんな……いや、そんなはずは……! 罪状は!?」

「……危険運転と、詐欺や」

「うーん、あり得ないっ!」

ーはんなり京土産 その2ー


「あ、京都に行ってるお兄ちゃんからお土産だ」

ゆい

「なにかなー?」

ゆい

「……って、木刀?」

ゆい

       「俺も弟から木刀が送られてきたんだが……」

       しんや

「これって……」

ゆい

       「つまり……」

       しんや

「「妹VS兄世紀の対決が始まる!?」」

ゆい&しんや

       「京都から大量の武器が密輸されたと聞いて!」

        ここは

       

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