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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ワンスアポンアタイム 〜雪降る古都で〜
166/189

2 ☆

「まったく奇跡のようなもんだ。こうやって課外活動ができるのもさ」

       まさとし


 旅行先における黒歴史こと、剣と龍のキーホルダーから逃げてきた誠次せいじたちは、五条大橋にまでたどり着く。

 

「この橋は……」

「五条大橋ですね。鴨川の上を通っています。牛若丸と弁慶が初めて出会った場所にもなっているそうですよ」


 聡也そうやが橋の脇にある石像を見つめて呟くと、まことが答えた。


「へえー。しっかしすげえな、京都は。橋そのものが観光名所にもなってるとは」


 悠平ゆうへいがもぐもぐと口を動かしながら言っている。何を食べているのかと思えば、きゅうりの一本漬けであった。一体いつの間に買っていたのだ……?


「この先にあるのが、かの有名な清水寺か」


 誠次が橋の行き先を見渡して言う。

 なるほど、確かに行き交う人も男女のカップルが目に見えるようにして多くなっており、八坂神社に清水寺などのお参りデートスポットが多くあるのだろう。

 何よりも、今日はクリスマス、イブイブだ。明日は更に混むと見込んで、フライングで先に京都の恋愛デートスポットに行っている人も多いのだろう。


「さすがに男四人で清水寺とか八坂神社に行っても……な?」


 聡也が言う。


「まあ、別に男だけで行っても悪いわけではないと思いますけど……」


 頬をかく真がそう返していた。


「はっはっは。じゃあさ、腹も減ってきたし、どっかでなんか食わねえか?」


 悠平のまさかの発言に、一同は驚く。


「ちょっと待ってくれ悠平。ついさっきまで、きゅうり食ってたよな……? それどころか、昼飯だって食べたばかりじゃないか……?」


 誠次が恐る恐る問うと、悠平はどこか気恥しそうに、茶髪をかいていた。


「いやさ……。京都ってなんでも美味えから、まだまだ食えそうな気がするんだ」

「言わんとすることはなんとなくとも分かるが……」


 誠次は周囲を見渡す。

 

「ホテルでの夕食の時間もあるし、それに間に合うように、一品だけだぞ」

「なんだかんだ、乗り気なんですね……」


 悠平の提案に乗った形となる誠次に、真が苦笑する。


「よっしゃ! じゃあ早速、そこのラーメン屋、寄ろうぜ!」


 五条大橋の下、鴨川沿いの河川敷にぽつんと建つ、一軒のラーメン屋を指差して、悠平が歩きだす。


「京都まで来てラーメン、ですか……」

「まあ、ラーメンは四六時中食っても美味いものだ……」


 真と誠次がその後についていこうとするが、もう一人がピタリと止まっていることに、気がつく。

 

「聡也?」


 誠次が振り向くと、聡也は眼鏡を光らせて、そっと口を開く。


「嫌な予感がするんだ、誠次、小野寺……。今日はもう、ホテルに戻ったほうがいい気がする……」

「急にどうしたのですか……?」


 真が首を撚る。


「悠平を呼び戻そう! 急いで、取り返しのつかないことになるっ!」


 聡也が焦りだすが、悠平はすでに、のれんを潜ってしまっていた。


「もう腹を括ろう聡也。別腹だけにな」


 誠次がにこりと微笑むが、そういうことでは無いと、聡也はますます焦る。


「俺たちが旅行先でラーメン屋に立ち寄ると、決まって、嫌な予感がするんだ……」

 

 聡也がぷるぷると震えながら、なし崩し的に仕方がなく、誠次と真に続いていた。

 先にのれんを潜っていた悠平に続き、誠次たちもカウンター席に着席する。


「いらっしゃいませー!」


 カウンターの向こうの厨房に立つのは、男性が一人。個人経営なのだろうか、たった一人で切り盛りをしているようだ。

 しかし……聡也の嫌な予感は、的中する。


「あれ、君たち……どこかで見覚えが……」


 先に気がついたのは、ラーメン屋の()()の方であった。星の数ほどラーメン屋には行っている自覚はあるが、さすがに京都のラーメン屋には行ったことはない。それでもこちら側の顔を知っている風であった。


「ああひょっとして、箱根のスキー場で一緒にラーメン作りを手伝ってくれた、あの時の学生のみんなじゃ!?」


 やがてラーメン屋店主は、完全に思い出してしまう。

 何を隠そう。彼こそは、昨年の年末に誠次たちが旅行で訪れた箱根のスキー場で、フードコートにてラーメンを作っていた男であった。

 北海道で修行を積み、箱根のスキー場で店を任され今、狭いところであるが、京都の鴨川沿いに店を出すにまで出世したサクセスストーリー持ちの男である。


「「「あ、思い出した」」」

「……」


 箱根の時の事を思い出し、誠次と悠平と真が妙な偶然をラーメンよりも先に味わっている最中でも、聡也の表情は曇ったままであった。


「いやあ、偶然ですね。いや、こうしてまた出会えたのはもう運命では!? さらに美味しくなった俺のラーメンを、どうぞ食べていってください!」

「はっはっは! すげえ運命力ですね! ぜひ食べますよ!」


 気まずい表情を浮かべる聡也が端に座ったところで、悠平がラーメンを注文する。

 果たして、悲劇の歴史は、また繰り返されるものなのか……。

 一年の時を越え、その男が作るラーメンは、激マズに逆戻りしてしまった。


「「「……」」」

「だから、やめとけと、言ったんだ……」


 カウンター席のテーブルに突っぷす三人の男に比べて、まだ被害が少なかった聡也は、横目で三人を見つめる。


「やっぱり……美味しくないんですか……?」


 店主の男が、残念そうにしている。

 この流れはまずい……。聡也は冷や汗をかき、そっと口を開こうとする。


「みんな、早いところ、ホテルに戻――っ」

「みんなで考えようぜ……このラーメンを、美味しくする方法を」


 悠平が、一年越しに、爆弾発言をかます。


「……」


 声を失う聡也の横で、誠次と真がうんと、頷いていた。


「そうですね……このままには、しておけません……」

「ああ。俺たちならばきっと、このラーメンを美味しく出来るはずだ」


 嗚呼、さらば、楽しい楽しい修学旅行よ……。

 こうして、またしても誠次たち一行は、ここが時間も足らなくなるような日本が誇る観光名所京都であることも忘れ、ラーメン作りを手伝うことになっていた。

 

           ※


 京都一日目の、夕暮れ。

 約束のホテルでの集合時間で、一番最後となっていた誠次たちの班は、それはそれは、周りの同級生たちや引率の教師から、白い目で見られることとなる。


「なんでお前ら……頭にタオル巻いてんの……? めっちゃ油臭ーし……」


 同じクラスの男子生徒である神山(かみやま)が、ホテルエントランスロビーにて、誠次たちを見つけて、不審そうな声をかける。

 おおよそ冬の装いではない誠次たちは、揃って同じTシャツを着て、頭に煤汚れが目立つ白いタオルを巻いていた。


「神山……」

「っひ、怖っ! な、なんだよ天瀬……」


 疲れきった表情の誠次に声をかけられ、神山は悲鳴をあげる。


「明日の自由行動の昼飯……鴨川添いのラーメン屋が、おすすめだぞ……」

「いや……なんで京都まで来て、ラーメンなん……?」

「そこへ行け……」

「嫌なんだけど!?」


 神山がおっかなびっくりに、至極当然の疑問を(てい)していた。

 エントランスからそれぞれ、班ごとに割り当てられた部屋に行き、夕食の時間までは自由となる。風情ある和室の宿部屋であり、秋ならば窓の外の紅葉が綺麗に見ることが出来るのだろう。

 今は冬のクリスマス前の京都。日の沈みも早く、窓も閉め切られている。


「むやみに部屋の外には出るな、か……。まあ、あの様子じゃあな――」


 とん、と廊下と和室とを繋ぐ戸を音を立てて閉めた聡也は、部屋の中へ視線を戻す。

 部屋の中には、すっかりグロッキー状態となった三名のルームメイトが、畳の上で横になっていた。


「ラーメンをとくと味わったようだな?」

「悪かったって……みんな……」


 うめき声を出す悠平に、やれやれと肩を竦める聡也が水を差し出してやっていた、


「しばらく、暇そうですね。この時間にどうにかして、お腹を空かせないと……」


 真がふらふらと立ち上がり、おもむろに部屋の外へ出ようとする。


「何をするつもりだ、小野寺……?」


 聡也が驚いて、ドアに手をかける真に近づく。


「少し、外を走ってきます……」

「よせ! 早まるな! 修学旅行中だぞ!? なんでランニングに励みだす!?」


 聡也が懸命に真を止めようとする傍ら、誠次もむっくりと立ち上がり、何やら自分の手荷物をごそごそとまさぐりだす。


「誠次……?」

「みんなで……うの……やろう、ぜ……」


 ばさばさばさ、と誠次の手からカードゲームが落ちていく。

 それをじっと見つめた聡也は、左手で、眼鏡をそっとかけ直す。


「お前はどうして……そう旅行先で、ウノをやりたがる……」


 下手に外に出られたり、これ以上体調不良を引き越してもらっても困る。

 四人はそうして、部屋の中央のテーブルの上で、数字と色を駆使したカードゲームに興じる。


「罰ゲーム、何すっか……?」

「正直今の腹の状態ならば、夕食を全て食ってもらいたいまでもある……」


 悠平の言葉に、誠次が言う。


「さすがに夕食は全員で頂きましょうよ……。せっかくなので……」

「ではやはり、女風呂に突撃――」

「「「それは犯罪」」」


 真面目な顔でそのようなことを言う聡也に、今度は三人がツッコんでいた。

 嵐の前の静けさか、それとも、高校生になってまで校則違反をするのはさすがにダサいか。存外魔法生たちは誰一人として決まり事を破る者はおらず、夕食の時間も全員が宴会場に集まっていた。

 

「そう思うと、やはり向原先生が言っていた言葉通り、俺が一番問題児だと思われているのは、あながち間違いではないんだ、な……」


 ホテルの階段を降りながら、昼の錦市場での会話を思い出し、誠次は切なく呟いていた。もちろん、自分から問題を起こす気はないが果たしてどうなることやら。

 ホテルの大宴会場には、京都の旅行に来たヴィザリウス魔法学園の二学年制たちが全員、一斉に入ることが出来た。魔法学園の地下演習場ほどの広さはあり、食事が並ぶテーブル席が連なっても、窮屈しない広さである。

 

『えー、では今日から三日間お世話になります、このホテルの人に、皆さん、ありがとうございます』

 

 ありがとうございます。

 前に立ってマイクを片手に持つ教師の声に続き、総勢三百人に迫る魔法生たちがみな、一斉に壇上に立つホテルスタッフの人々に、感謝の挨拶をする。


『こちら側としましても、将来有望なヴィザリウス魔法学園の皆さまをご招待できて、光栄です。どうぞごゆるりと、京都の旅をお楽しみください』


 ホテル側の責任者からも歓迎の言葉を送られ、魔法生たちは拍手を送る。


『それでは、頂きます』


 いただきます。

 夜ご飯は京の食材をふんだんに使ったすき焼き定食であった。ぬくぬくとした穏やかな空間で、しばし、団らんのひと時を過ごす。

 誠次たちも、あれほど窮屈であった胃袋であっても、目の前でぐつぐつと音を立てて香る、すき焼きの匂いによって枠は空き、美味しく頂くことが出来ていた。


「あ、俺茶碗ひっくり返して卵が全部落ちちまった! 誰か卵くれーっ!」


 途中、北久保の悲鳴が響き渡れば、クラスメイトたちは笑い、至急新たな卵が用意される。

 

「お前らはどこ行ったんだ?」

「祇園でお座敷遊び」

「嘘つけ」


 料理を囲みながら、魔法生たちは今日一日で、京都のどこへ向かったか等といった、お喋りに華を咲かせていた。

 誠次の隣に座る悠平が、そう言えばと、宴会場の前方の方へ視線を向ける。


「今日ははやし先生、あんまり酒飲んでないみたいだな?」


 誠次はすき焼きのしらたきを卵に絡ませ、それをずるずると啜る。なんだか、ラーメンを思い出してしまう……。


「確かに。そう言えば去年の夏前の林間学校では、酔っ払って俺たち男子の部屋に来ていたな……」


 さすがにあの人も、もうそろそろ酒での失敗は卒業するべきと思っているのだろうか。

 そう考えた誠次が、ちらりと教師陣がいる方へ視線を向けると、なるほど。林の隣に座る向原が、彼の動向を細かく監視しているようだ。

 果たしてそれも、教育実習修学旅行編で教師が学ぶべきことなのだろうか。いや、きっとそんな必要はないのだろうと思いつつ、誠次はお茶を飲む。


「すき焼きのシメは、うどんと米どっちにする!?」


 クラスメイトがそんなことを、誠次と悠平に訊く。

 誠次も悠平も、なんとも言い合わずに頷きあっていた。


「「もちろん、米で」」


 麺類はもうしばらく、遠慮したい……。

 夕食を終え、誠次たち魔法生は次に、風呂の時間を迎える。

 さすがに古代ローマのようなテルマエの如き大風呂ではなく、風呂の時間はクラス毎に分けて入ることとなっていた。即ちそれは、時間制限付きの風呂である。また、誠次たちは、Aクラスな為、アルファベット順の決まりに従って一番先の風呂に入ることとなる。


「急げ急げーっ!」

「一クラス一五分とか、短すぎるだろ!」

「女子は三〇分だそうだ!」

「AからGクラスまであるので、しかたないかもしれませんけれど!」


 悠平、誠次、聡也、真が廊下を小走りで歩き、一階の大浴場まで向かう。


「今流した汗は、風呂で洗い流せる! だから迷わず急げ!」


 誠次がそう声をかけるが、ふと、隣を進む悠平の速度が徐々に失速していく。


「どうした、悠平?」

「やっべ……着替えのパンツ、忘れた」


 顔面蒼白となる悠平であったが、戻っている時間などない。

 

「浴衣を上から着るから、公然わいせつ罪にはならないはずだ! 覚悟を決めろ悠平!」

「嫌な覚悟だなおい!」


 聡也に諭され、悠平は涙を呑んで、前へ進む道を選択する。

 大浴場の脱衣場では、誠次たちと同じように、文句を垂れる魔法生たちがそれでも素直に約束事に従って、次々と大浴場へと向かっていく。


「天瀬、女子風呂は向こうだぞ」

「俺を犯罪者にしようとするな……」

「おおっと、日頃女の子に囲まれているお前にはわざわざ危ない橋を渡る必要もないってか?」

「石橋は叩いてから渡りたいからな」

「言ってら言ってら」


 クラスメイトの男子と共に、誠次は腰巻きタオル姿となる。お湯につけても問題のないタオルなので、そのまま入っても平気だ。

 

三ツ橋みつはし。なんだその腹はだらしねえ……」

「フ、夢と希望が詰まっているのさ」


 かぽーん。黄色の風呂桶がずるずると滑る中、2―Aの男子クラスメイトたちはささっと身体を洗い、湯船に殺到する。


「この光景、軽く地獄ではっ!?」


 わしわしと、シャンプーで髪を洗っていた真が振り向き、絶句する。

 そう、お世辞にも広いとは言えなかった大風呂に、約二〇名の野郎が殺到しているのだ。その光景たるや、むさ苦しい以外のなんにでもなかった。


「ある意味、一五分だけで良かった気がしなくもないですね……」

「女子ー! 聞こえるかーっ!」


 お調子者の男子揃ってはなんとやら。プラス、ここが普段の学園ではない遠く旅の果ての場所ということも手伝い、分厚い壁に閉ざされた向こうに、声をかける者も現れた。


「ちぇ、無反応か」

「天瀬、お前がなんか言えよ。お前の呼びかけなら答えるかもだし」


 湯船に浸かっていた誠次に白羽の矢が立ち、早速サウナ室へと逃げ込みたくなる誠次であった。

 

「嫌だ……」

「なんだよ天瀬。壁一枚挟んだ向こうには、裸のクラスメイト女子がいるんだぜ? 妄想くらいさせてくれよ」

「お前も所詮、男の友情より異性の情欲が優先か……」


 次々と胸に突き刺さるような言葉を言われ、次第に誠次は追い詰められていく。


「……ああ分かった。俺も男だ。ならば、言ってやろうじゃないか……」


 ざばぁ……。お湯を纏いながら、湯船の中から立ち上がった誠次は、深く息を吸い込む。風呂場独特の湿った空気を胸いっぱいに、広げ、大きく口を開いて放つ。


「女子のみんなーっ! 聞こえるかーっ!? 俺はここにいるぞーっ!」


 しーん……。

 

「「「うわ、ないわ……」」」

「お前らがやれと言ったんだろーっ!?」


 静まり返った浴室にて一瞬の間の後、引くような目を向けるクラスメイトたちに、誠次は湯船の中にて襲いかかっていた。

 途端、黄色い桶やお湯を含んだタオルなどが飛び交い出し、一気にお風呂場は戦場の形相を見せ始める。

 

「ああ……絶対後でBクラスに告発されて、怒られますよこれ……」

「風呂上がりのコーヒー牛乳は、果たしてゆっくり飲めるのかな、これは……」


 早々にサウナ室に退避していた真と聡也は、透明なドアを隔てた向こうで繰り広げられる光景に、絶句する。


「そう言えば夕島さん」

「なんだ、小野寺?」

「……眼鏡、ここでも外さないのですね……?」


 例えレンズに白膜が張ろうとも、聡也は前を見据え続けていた。


「当然だ。この程度で外すような軟な鍛え方はしていない」

「軟……? 軟って、なんだろう……」


 汗をポツリと滴らせ、真は項垂れていた。


「っておい、この足音は……もうBクラスがやって来たんじゃねえか?」


 腰に手を添えて立つ志藤しどうが、脱衣場の方を見て言う。

 見れば、スモークが張られた仕切りの向こうで、数名のBクラス男子がすでにやって来ている。


「まだまだ全然浸かり足りないぞ!」

「そうだそうだ!」

「籠城して徹底抗戦するか!?」


 意地の悪いAクラスのクラスメイトが、まだまだこの湯船に浸かりたく、鎮座の構えを見せる。


「――おい早く出ろよAクラス! もう時間だぞ!」

「嫌なこった!」

「てめえら、ふざけるな!」


 全裸の男同士が、ドア一枚を隔てて言い争う姿は、お世辞にも綺麗な光景とは言えない。


「おい、こうなりゃあAクラスの連中の着替えを全部女子風呂の方に押し込むぞ!」

「「「それはやめろー!」」」


 大浴場で籠城を決めこもうとしていたAクラス男子たちが、一気に劣勢に立たされ、脱衣場になだれ込む。


「うわ、むさ苦しいっ! 集団でこっち来んな!」

「せめてコーヒー牛乳は買わせろー!」

「さっさと出てけっての!」


 しっちゃかめっちゃかとなっている脱衣場より、濡れ乱れた姿のまま、Aクラスの男子たちは出ていく。ゆっくりと湯船に浸かる間もなく、割り当てられた部屋へと湯冷めせぬうちに戻っていった。

 これにて、京都で迎える一日目のスケジュールは終わりを迎える。部屋からの外出は一切許されず、消灯時間を迎え、明日に備えるのだ。

 ――とまあ、旅のしおりに書かれた決まりごとであるのだが、それを忠実に守るのは、どだい青春の時を過ごす魔法生にとっては無理な話である。


「ちーっす」


 誠次たちの部屋には、風呂上がりで髪を半乾きにしたままの志藤が、浴衣姿でやって来ていた。


「やっぱ修学旅行はこうじゃねーとな?」

「見回りが来たら、寝たふりか?」

「そう言うこと」


 誠次たちもまた、この特別な夜に早々に夢を見るつもりもない。悪巧みな笑みを零し合いつつも、修学旅行で誰しもが通る道であろう、夜更かしへと興じるのだ。


「今日はしっぽりと話そうぜ、誠次。白黒はっきりするんだ」

「なんの話だ?」

「恋の話、だ」


 志藤がニヤリと笑い、同じく浴衣姿の誠次の肩に腕を回す。


「な……っ」

「それはいいな! 誰なんだよ、誠次!?」


 悠平も乗る気で、誠次と志藤の前にどかっと音を立てて座る。


「まったく。夜更しをしてまでする話がこれなのか……?」

「で、でも、自分も興味が多少なりともあったりなかったり……」


 聡也と真も、布団の上に集結する。

 

「しかし、俺だけ言うのは不公平だ。こうなればみんなの分も聞かせてもらうぞ」

「ま、それはしゃーねーか」


 悠平がそんなことを返せば、ギクリとするのは志藤や聡也であった。


「今日はとことん、話そうぜ」


 修学旅行の夜には、魔物が潜んでいるのか。何もかもを話してしまいそうになる雰囲気に呑まれながら、誠次たちはしっぽりと、他愛のない会話をするのであった。控えめに言ってそれは、とてもとてみ、盛り上がっていた。


          ※


「なんか、ね……」

「なんか、さ……」


 一方で、女子の部屋の一室。

 綾奈あやな千尋ちひろとルーナとクリシュティナと同じ部屋になった女子二人は、早々に京で過ごす一日目の夜を終えようとしていた。

 夢に描いたような友との夜の恋バナ。しかし、それをする相手の()()が分かりきり、決まっている場合など、せいぜい惚気のろけ話を聞かされるだけだ。


「一応くけど……さ。みんなの好きな人って、だあれ……?」

「そ、それは……」

「えへへ……ま、まぁ……」

「言わなくとも、な……」

「決まってます、よね……」


 布団にくるまる綾奈と千尋とルーナとクリシュティナが、揃って顔を赤く染める。


「あ、あはは……もう、いいです……」

「私の思ってた楽しい修学旅行の夜と、なんか違うんですけどーっ!」


 枕に顔を埋める綾奈と千尋のルームメイトのクラスメイトは、まこと、ご愁傷さまとしか言いようがなかった。


         ※


 ――オールをして明日を迎えよう。

 そうと意気込んだはいいものの、旅行初日にはしゃぎまくった代償はあまりに大きく、一人、また一人と、睡魔によって眠りに墜ちていく。

 誠次もまた、深い眠りに落ちてしまっていた。すーすー、と寝息を立て、幸せそうな表情で眠っている。

 多くの魔法生が安らぎと幸せな空間で眠りについた部屋の外の通路を、見回りの教師は歩いて監視する。

 その役目を任された教師こそ、向原であった。


「全くもう……。結局林先生は、自分の部屋でお酒を飲んで潰れてしまいますし……これではどっちが正式な引率の教師なのか分かりませんよ……」


 温泉を楽しむのも早々に、浴衣姿で向原は一人、各部屋を訪れては、違反を犯している生徒がいないかをチェックしていく。

 深夜の旅館とあって、周囲に他の人もおらず、一人だ。若干の心細さを感じながらも、教師としてしっかりせねばと言う強い責任感により、その気持ちを呑み込み、次の部屋へ。

 手元のホログラムペーパーと、目の前のドアを照らし合わせると、ここは、2―Aの男子部屋。天瀬誠次たちが寝静まる部屋だ。

 一応、ドアをノックしてから、真っ暗闇の部屋の中へと入る。


「失礼しまーす。ちゃんと寝てますかー?」


 がーがーと、いびきが聞こえる。演技ではないものだ。チェックするとは言っても、部屋の中にドカドカと入り、一人一人を細かく見るといった手間なことはせず、ある種寝たふりをされていても仕方がないような暗黙の了解的なところもありつつ、一応ふすまを開けて中を見る。

 

「え……」


 しかしその時、向原の目には、どうやってもスルーする事ができないような、異常な光景が映っていた。

 暗闇の中、ぼうっと淡く、発光しているような女の子が、とある眠る男子生徒のすぐ横に立っている。

 その男子こそ、天瀬誠次であった。


「貴女、何やってるの……? え……」


 すぐには状況を飲み込めない向原であった。まさか、深夜に異性の部屋に入るなどといった行為が、本当に行われているのか、と。

 しかし、その浴衣姿に銀髪をした少女は、向原を赤い瞳でじっと見つめるようにすると、すぐに真下にいる誠次へと、視線を戻す。その表情はどこか憂いを帯びており、また、悲し気でもあった。


「貴女、どこかで見覚えが……」


 向原には、その少女に微かな見覚えがあるようだった。しかし、明確に思い出せない。


「い、違反行為ですよっ! 早く部屋に戻りなさい! い、いけませんそんなことはっ! 不健全ですっ!」


 顔を真っ赤にして、精一杯の掠れ声で、少女に退出を促す。

 謎の少女は再び向原の方へ視線を向けると、次にはなんと、ぼうっと光るその体が、徐々に透明となっていく。


「魔法……《インビジブル》……?」


 いや、それとは少し違うようだ。やがて少女の姿が完全に消滅し、代わりに、向原のやや湿った茶色い髪が、水気を含んで重い分、ちょっとやそっとの風では靡かないはずの髪がふわりと、揺れていた。

 後に残ったのは、立ち尽くす向原と、眠りにつく四人の魔法生男子だけ。


「お……お……っ」


 その時向原は、確信する。


「お化けだーっ!?」


挿絵(By みてみん)

~はんなり京土産~


「部活の後輩たちに京都のお土産、なにがいいでしょうかね」

まこと

「無難なのは生八つ橋ですが」

まこと

「独特の風味で好き嫌いが別れてしまいそうですし……」

まこと

        「鹿せんべいでいいんじゃないか?」

         せいじ

「部活の後輩を鹿だと思っているんですか、誠次さん……」

まこと

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