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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
砂漠の王子と電脳の貴公子
163/189

17

「王は一人きりじゃない。信頼できる仲間がいるからこその王だ。そりゃあ、一人で俺は王様王様って言っていても、説得力ないだろ?」

       せりむ

 長く続いた砂漠の世界が終わり、本来あるべき、ディナーショーの跡地の世界に戻ってきた誠次せいじたち。事が起こる前まではあった、華やかな装飾や色とりどりの料理に、煌びやかな灯り。それら全てが今や、遠い過去のものの一部のように、辺りには散乱している。

 あれほど身体にあった砂漠の砂の感触も、身を焦がすほどの灼熱の陽気すらも、今はない。あるのはこの身に刻まれた、戦士としての誇りと矜持を抱いた傷痕のみ。


「決着をつけるぞアフマド! お前の野望も、ここで終わらせてやる!」

「セリム殿下。まさか貴殿がそこまで、クーラムの玉座を求めているとは。遊び呆けている学生と言うわけではなかったのですね」

「違う! 俺が求めているのは玉座なんかじゃない! クーラムの人々の笑顔だ!」


 セリムとアフマドが言い合い、互いに折れることなく、得物を向け合う。

 

「アフマド様……っ! 我々の……どうかクーラムの悲願を……!」


 アフマドの部下たちが起き始め、アフマドに尚も加勢する素振りを見せ始める。


「これ以上まだ戦うつもりか……っ!」


 誠次もレヴァテイン・ウルを引き抜き、セリムと共に戦う素振りを見せる、が。


「「……っ!」」


 誠次とセリム共に、連戦に次ぐ連戦で疲弊し、動きに精細を欠きはじめていた。

 このまま再びアフマドと、その背後に立つ配下たちを相手にするのは、厳しいだろう。

 

「色々とイレギュラーはあったが、どうやら最後に勝つのは私たちのようだ、殿下、剣術士。いつだってそうです。最後に勝ち、残り続けるものが正しき歴史となり得る」

「だったら、最後に勝つのは俺たちの方だ!」


 セリムは叫び、槍を構えて突撃する。


「負けるかーっ!」


 誠次もセリムと共にアフマドに向かって突撃し、残された力を振り絞って、レヴァテインを振るう。


「無駄だ!」


 アフマドは槍を横薙に振るい、誠次とセリムの攻撃を同時に受け止める。

 三人の刃が交錯し、火花を散らして押し合うが、最終的に競り負けたのは誠次とセリムの方であった。

 

「「ぐあっ!?」」


 吹き飛ばされ、二人は背中からディナー用のテーブルの上に倒される。白いテーブルクロスがひっくり返り、割れた皿やグラスの破片が飛び散った。

 

「終わりだ。《サイス》!」


 無表情となったアフマドが、死の破壊魔法を描き放つ。

 死を司る白亜の鎌が、倒れる誠次とせリムへ向けて放たれたが、それは二人の目と鼻の先で消滅した。

 薄っすらと目の前に広がるのは、半透明な防御魔法の膜であった。


「――誠次くんっ! セリムさんっ!」


 千尋ちひろの声が聞こえたかと思えば、


「劇の内容、いつの間にかに変わったのか?」「頑張れ、砂漠の王子様ーっ!」「行けーっ! 立てーっ!」


 続いてなんと、観客としてやって来ていた一般人の声も聞こえてくる。どうやら、演習場のロックが外されたようだ。それにより、廊下にて待っていた人々が、一斉になだれ込んできたようだ。

 クラスメイトを含めて彼ら彼女らは、これがプログラムを変えたショーの一環であると、勘違いしているようである。


「はは……こりゃあ参ったな。みんな、ショーだと思ってやがる……」

「守るものが増えたな、王子?」


 驚く誠次とセリムは、共に立ち上がる。数だけならば、二人を応援する人々の数は、アフマドの軍勢を遥かに上回る。


「声援は何よりもの力、か……」


 セリムが納得したように、頷く。

 並び立つ誠次もまた、うんと頷き、レヴァテイン・ウルを再び構える。


「守るべきものの為に……」


 研ぎ澄ませた黒い瞳を銀の刃に向けた誠次が、ぼそりと呟けば、その傍らには千尋が寄り添った。


「誠次くん。私の付加魔法エンチャントを!」

「頼む千尋」


 誠次がレヴァテインを斜め下に向けて構えると、千尋がそこへ向け、両手を差し出す。そこから浮かんだ黄色の魔法式が、レヴァテインに別の力をもたらす。


「愚かな……ほふる相手が増えただけだ!」


 アフマドが手を掲げ、振り下ろす。それが合図となり、アフマドの配下らが一斉に魔法を発動する。その光の羅列を見つめた誠次は、せリムへ向けて声をかける。


「セリム。敵の攻撃は全てかき消す。構わず突撃してくれ。アフマドとの決着をつけるんだ!」

「信じるさ、誠次!」


 頭部からも出血しているセリムは、流す血をそのままに、槍を構えて走り出す。

 そんなせリムへ向けて、敵の軍勢が放った魔法が、一斉に向かう。

 誠次は千尋の付加魔法エンチャント能力を使用し、セリムへ殺到する攻撃魔法の全てを、自身が発動した黄色の魔法の光で消滅させる。


「なに!?」


 驚くアフマドの配下たち。レヴァテイン・ウルから放たれた黄色の眩くも美しい魔法の光が、星屑のように天井を覆い、降り注いでいる。

 演習場に集う人々の誰もがみな、この光景を見ることになったのだろう。アフマドの配下も、関係なく。


「アフマドーっ!」


 降り注ぐ光の粒子の下、セリムが叫びながら、アフマドの元へ到達する。

 アフマドもまた、魔法を使えずに、己の手が握る槍をもって、セリムと真っ向から切りあった。

 

「殿下っ!」


 二人が切りあう場こそ、ステージの上であり、千尋が当初考えていた物語のラストシーンの場所。即ちそこは、砂漠の王子が最後を迎える場所でもあった。


「っ!」


 アフマドが切り返した槍の一撃が、セリムの頬を掠める。

 

「貴殿ではまだ若すぎる! その程度で砂漠の国の未来を守るなど、到底不可能だ!」

「何度も言わせるな! やってみなくちゃ分からないだろ!」


 セリムは怯まずに、槍をすくい上げるようにして振るい、アフマドの顎先に切り傷を浴びせた。


「頑張れーっ!」


 セリムを応援する、人々の声。

 すると、アフマドは徐々に押され始めていた。


「馬鹿な……」


 アフマドの目に映るのは、気迫を乗せて迫りくるセリムと、彼を応援する人々の姿。その後ろにあるものは、自分には、ないものであった。

 いつも見えていた、アランの面影はもうそこにはなく――。


「お前の野望もここまでだ、アフマド!」


 セリムが槍を頭上で掲げ、振り下ろす。

 アフマドが自身の槍でその一撃を受け止めるが、衝撃で後退り、ステージ上に引き摺った跡をつける。


「うおおおおおっ!」


 そこへ更に、足を踏み込んだセリムは、槍を投擲するように、アフマドに向かって突き投げる。


「その技はっ!?」


 まさか、自身の得物を手放してまでセリムの追撃が来るとは予想だにしていなかったのだろう。おおよそ、自分は教えたことのない技だ。

 尖く、突き穿つように放たれたセリムの槍は、アフマドの右肩深くに突き刺さり、その右腕を使用不可能に陥らせた。


「ぐあっ!? お、おのれ……っ!」


 右肩に突き刺さった槍の柄を握り締めながら、汗を垂らすアフマドは、ゆっくりと顔を上げる。

 その視線の先には、立ち尽くし、こちらを見下ろす、同じく満身創痍のセリムがいた。


「剣術士の技を、真似したんだ。確かにアンタには、こんな技教えてもらっていなかったな。だからこそ、アンタを仕留めるとっておきの策だった」

「馬鹿げた、技だ……」


 アフマドは恨めしげに、セリムと、彼の背に見える、黄色く光る剣を携えた誠次を睨んだ。

 

「私たちの、負けか……あと少しのところだったのに……」


 魔法も使用できず、利き腕も失い……いやそれよりも前から、こちらの策も突破された。

 目の前に立つ砂漠の王子と、日本の剣術士によって。

 セリムの父親の形見でもある槍を右肩に突き刺したまま、アフマドは項垂れ、その場に膝をついた。戦いの勝者には相応しき名誉を。敗北者には相応しき末路を。それこそが、クーラムの習わしだ。

 そうして今、敗者として勝者に全てを委ねる選択をしたアフマドは、歩み寄るセリムの足音を、痛みの中、聞いていた。


「あ、誠次。この摩訶不思議な光は助かった。もう大丈夫だ」

「セリム……」


 誠次が心配そうな表情でセリムを見つめるが、セリムは安心してくれ、と肩を竦めていた。

 それだけではない。物語はフィナーレを迎えようとしている。激しい戦いの末、逆転を決め、勝利を勝ち取った砂漠の王子が最後に何をするのか、この場にいる誰もが固唾を呑んで見守っている。


「わかった」


 脇役であった誠次はレヴァテイン・ウル付加魔法エンチャントを任意で解除する。すると、会場全体に広がっていた黄色の光は消えていき、魔法は使用できる状態となった。

 アフマドの配下たちも、同じような状況になったわけだが、誰一人としてまだ戦いを続けようとする者は、現れなかった。やはりステージの上にいる二人の男の姿を、見守っている。

 固唾を呑んだのは、セリムがアフマドの目の前にまで歩み終えたときだ。

 

「アフマド……たしかに俺は若くて、頼りのない王なのかもしれない。だけど……上手くやってみせるさ。少なくとも、父上やお前よりはな」

「それを聞けて……安心しましたよ……クーラムの未来に、栄光あれ……」


 アフマドはそう言うと、右肩に突き刺さった槍を自身の左手で引き抜き、それを自身の眼前に転がすように落とした。


「……」


 セリムは無言でそれを拾い上げると、アフマドの差し出すように頭を垂れた首を見据え、その尖端を突き立てた。

 誰かが口に手を添えて、思わず出た悲鳴を抑える。

 セリムが突き刺した槍は、アフマドの頭の上に、彼の身体を貫くことなく、ステージの上に突き刺さった。


「――何言ってるんだ、アフマド?」


そしてセリムは、アフマドへ向けて、自身によりも先に、治癒魔法をかけてやる。


「なにをしているのです殿下……私に生き恥を晒せと申すのですか……?」

「悪いけど、生き恥とか、しきたりとか、俺には難しすぎる。もっとこう、スマートにさ。柔らかく考えて、大人も子供も、みんなが幸せになれる国を作れば、それでいいはずだ」


 セリムはにこりと微笑み、アフマドへの治癒魔法を終えた。


「……そんな甘い考えでは、クーラムは近隣諸国に屠られます!」

「あーもう! お前の頭の硬さは筋金入りだな、アフマド! って痛たたたた……っ」


 セリム自身も負傷している。それでも、アフマドへ先に治癒魔法を施したのだ。

 それも含めて、アフマドにはにわかに信じ難いことであった。


「愚かな……。私を再び味方につけても、また裏切るかもしれないのに……」

「だったら、その時はまた俺がお前を食い止めてやる。何度も何度も、お前を正すさ」

「……っ」


 かけられるセリムの言葉に、アフマドは顔を上げて、そうしてから目頭を赤く染めて、顔を落とす。


「今までありがとうなアフマド。俺がクーラムを守って、変えてやるさ……。今日が新生クーラムの第一歩だ」


 セリムがそんな事を言えば、観客たちは「クーラム?」と首を傾げてしまっている。あくまでディナーショーの一部と思って見ている観客たちからすれば、知らない単語だろう。

 思い立ったように、千尋が慌てて、セリムへ口をパクパクして、合図を送る。

 するとセリムは、思い出したかのように、槍を床から引き抜き、それを頭上へと高々と掲げる。


「よし! 俺たちの勝利だ! これからこの国は俺と共に、平和になっていくんだ!」


 こんなんでいいのか? とやや困惑気味な様子であったが、それでも成すべきことは変わらない。


「ブラボーっ!」「物語はこうでなくっちゃ!」「格好いいーっ!」


 満場一致の大歓声。お客さんたちはそんなセリムへと拍手を送り、新たな砂漠の王の誕生に、祝福で応じていた。

 

「完璧なハッピーエンドだな」

「はい。これこそ、最高のエンディングです!」


 歓声を浴びせられるセリムを見つめ上げ、傷だらけの誠次とそれを支える千尋も誇らし気に、拍手を送っていた。

 アフマドの一味たちも、お客さんたちからは、演劇を盛り上げる本物の役者のように映ったのだろう。


 こうして、表向きは平和に、今年のヴィザリウス魔法学園の文化祭も、幕を閉じることになる。その時は、第三演習場の戦いが終わりを迎えたのと、ちょうど同じ頃であった。


「……あ」


 お客さんたちが続々と帰っていく魔法学園の地下にある生徒会室では、もう一人、名も知られずに戦いをしていた少女が、勝利の余韻に浸るように、椅子の背もたれに深く背中を預けていた。

 机の上に散乱している空いたお菓子のゴミの山が、彼女の激闘の証と勲章でもあった。


「どうなったんだ……?」


 ひたすら生徒会室や売店を行き来していた志藤も、汗ばんだ髪をかき上げて、水木に尋ねる。


「終わった……」

「どっちの意味!?」

「こっちの勝ち」


 水木の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす、志藤。

 熱暴走を繰り広げていたPCも、すっかり落ち着きを取り戻し、途端、部屋の中は一〇度以下に設定したエアコンのお陰で寒すぎる状態となっていた


「に、西川。エアコン頼むわ……」

「は、はい……」


 白い息を吐きながら、西川が震える手でリモコンを操作する。


「これから細かいところチェックするから、まだ油断はできないけど」


 水木の仕事はまだ終わっていない。

 一方で、志藤にも生徒会長として、やらなければならない仕事が山積みであった。


「貴男にもまだ、仕事があるでしょ? 生徒会長として」

  

 熱気も失せ、一瞬にしていつも通りの物静かな様子に戻った水木に指摘され、志藤はああと頷く。


「本当にサンキューな水木。マジで助かったわ」

「別に……」


 慌ただしく準備をする志藤に、水木はPC画面を見つめながら、言う。


「……私もこの学園を守りたかったし、いい暇つぶしだったよ……でも」

「でも?」


 志藤がくるりと振り向けば、水木はため息を零してから、口角を上げていた。


「命懸けの戦いだったら少なくとも、現実よりはゲームの方がいい」

「あー。それは、そうだろーな……」


 あまりゲームをやらない自分でも、そこだけは紛れもなく、理解ができる。スリルがあるのは少なくとも、ゲームの中の世界だけで十分だ。


「それに何よりも……」


 水木はそして、軽く口角を上げたまま、監視カメラ映像が映す学園の正門を見つめていた。そこではこの時間にも関わらず、とある著名ゲストが、この後行われる後夜祭の為にやって来てくれていたのだ。

 数名のマネージャーやスタッフらに囲まれて車から降りてきた青年の姿を見つめながら、水木は呟くようにして、言っていた。


「大切な友だちのお願い事も、無事に叶えさせてあげたかったし」


            ※

 

 演習場では、クラスメイトたちと共に誠次も、散乱したディナーショーの後片付けを行っていた。そこには、アフマドの部下……否、セリムの兵たちも含まれている。

 そして、アフマド自身もまた、魔法を用い、荒らしてしまった会場の片付けを行う。


「まさか、私の敗北も、この演劇に組み込まれていたプランだったのか……?」

「そんなことはないです、アフマドさん。そもそも私の演劇では、砂漠の王子様は志半ばで死んでしまうのでした……。その結果を変えたのは紛れもなく、セリムさんの思いなんです」


 アフマドの疑念に、千尋が答えていた。


「殿下の思いか……」


 アフマドがそう呟いていると、演習場の入り口が開き、そこから少人数がやって来る。

 そこの先頭には、長い前髪で片目を隠した青年、ユジュンがいた。


「セリム!」


 ユジュンは演習場に入るなり、みんなと一緒に演習場の後片付けを行っていたセリムに声をかける。

 怪我も治療し、すっかり元通りとなっていたセリムも、ユジュンの姿を見るなり、喜んで駆け寄っていた。


「ユジュン! 無事だったか!」

「それは僕のセリフさ……。無事でいてくれて、本当に良かった」

「途中から思い出したんだ。このVRの設定、何かで見たことがあると。そしたら、大学時代にお前が俺に見せてくれた、ゲームの場面と重なった。同じ攻略法を試したら、上手くいったんだ」


 セリムがそう言うが、ユジュンは悔しそうに、俯いていた。


「本当に申し訳ないセリム……。僕は君を、騙すような真似をしてしまった……」

「こっちこそ悪かったよ。大方どうせ、アフマドが悪さをしてたんだろ? お前が進んで敵になるなんて、あるわけ無いって思ってたさ。まあ今回は、流石にしんどかったけど」


 セリムは苦笑し、頬を軽くかいていた。


「この学園のみんなには随分と迷惑をかけちまった。どうにかして詫びないとな」

「僕もだ……」

「――そんじゃ、アンタには一つ、手伝ってほしいことがあるんだ」


 そんな二人に声をかけたのは、この場にやって来ていた志藤しどうであった。


「俺はこの後、生徒会長として文化祭の締めをしなくちゃいけない。でも、この騒動のお陰で準備もなにも出来てないんだ。だから、それを手伝ってくれると助かる」

「……貴男たちにも、随分と凄腕のプログラマーがいると思うのですが……」

「それなんだけど、流石に休ませてやりたくてな。もともと低血圧っぽそうだったし、今頃ぐっすり眠っているよ」

「わかりました。僕に出来ることがあれば、手伝います」


 ユジュンは頷き、志藤の後について行く。

 部屋を出る直前、ユジュンは立ち止まり、2―Aのクラスメイトたちと共に片付けを行うセリムの方を見た。

 セリムもまた、ユジュンの視線に気がつき、軽く手を掲げる。


()()()()()

「……っ」


 ユジュンは片側の見える目を見開き、そして微かに頷く。


「ああ、また……」


 優しげな笑みを浮かべてから、ユジュンは部屋を後にしていた。


「文化祭の後といえば、後夜祭よね」

「って言うか俺たち、ここの後片付けの時間考えると、参加できなくね?」


 クラスメイトたちが驚愕の事実に気がつき始めると、セリムがすかさず口を挟む。


「みんなはここまででいい。あとは俺たちがやるさ」

「でも、演習場の設備は俺たち魔法生のものだ。要領分かってるやつがいないと、駄目じゃね?」

「ならば、俺が残ろう。文化祭実行委員であり、学級委員でもあるしな。責任は果たす」


 誠次がそう言えば、千尋も同じくこの場に残ると言う。


「私こそ、文化祭実行委員として責任がありますから。ここに残ります。クラスの皆さんはどうか、後夜祭を楽しんでください」


 クラスメイトたちは最後まで渋ってくれたが、青春の1ページに華やかな思い出を刻むであろう後夜祭の甘美な誘惑には抗えず、頭を下げて会場である体育館へと続々と向かっていく。

 しかし、それでもこの場に残り、共に後片付けを行おうとするクラスメイトはいた。


「なーにが文化祭実行委員の責任よ。私だって学級委員よ」


 綾奈あやなや、


「厨房に一度立った以上は、後片付けをするまでがシェフの努めです」

「私にも、ウェイトレスとしての仕事は残っている」


 クリシュティナ、ルーナ、


「行っても面白くはなさそうだし、だったら後片付けを手伝うわ」

「右に同じ。片付けはみんなでやれば早く終わるよ」


 香月こうづき桜庭さくらばも、この場に残って後片付けを手伝ってくれるそうだ。

 

「待て、この私に対する正式で建設的な謝罪をだな……!」


 怜宮司がずかずかとアフマドの元へと向かおうとするが、それを制するのが、結衣ゆいであった。


「はいはい。たかが記憶を飛ばされただけで肝っ玉の小さい男ね」

「なんだと!? 人の記憶は大事なものだろう!?」

「アンタが私に言うな!」

「うぐ……」


 そう言われてしまうとなんとも言い返せなくなり、俯きかける怜宮司であったが、結衣はため息混じりに彼に手を差し伸べた。


「久しぶりに私をプロデュースしなさいよ。流石に後夜祭は無理そうだけど、ここだったら、真似事はできるはずだから」

「え……桃華……」


 結衣はこほんと咳払いをして、やや恥ずかしそうにだが、ステージを見上げていた。


               ※


『えーと……どうだったかな……何ていうか、俺たち新製生徒会にとっちゃ、初めての大きな仕事だったんだ、この文化祭は。正直、生徒会ぽい仕事はした実感は沸かないままだけど、なんか、みんなが楽しそうだったら、それでもいいかなって』


 生徒会長として、後夜祭の会場である体育館のステージ上に立ち、志藤が文化祭の締めと後夜祭の開催の演説を行っている。

 過去の歴代生徒会長と言う肩書にあまりにもあてはまらない志藤の口調は、今どきの魔法生からは、どこか新鮮な目で見られることだろう。


『みんな楽しかったか? 俺は正直大変だったけど、少なくともやり甲斐はあった。駄目なところは駄目なところで、反省して次に活かすよ。自分で自分に言い訳をするつもりじゃないけど、人間誰しも一度や二度の失敗はある。その分学んで、協力したり、時には喧嘩したりして、お互いに色んなことを知って、人として成長できたらなって、思うんだ。だからさ、今日の文化祭で上手くいったことも上手くいかなかったことも含めて、大切な思い出の一つとして、胸に残しておいてほしい』


 志藤はそこまで言うと、少々申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


『悪い。堅苦しい話はここまでだ。後夜祭、楽しんでくれ!』


 そう言った志藤に向けて、ステージ下の魔法生たちは拍手と歓声を送っていた。

 一部の魔法生にとっては待ちに待った(?)ヴィザリウス魔法学園、後夜祭の開幕だ。


「水木は……やっぱり来ないよね……」


 一応、彼女には後夜祭に参加する旨を伝えていた火村ひむらは一人、ため息をつく。ゾンビのメイクは微妙に落としきれておらず、目元には微かに、化粧の痕が残っている。

 そんな火村の耳には、幾らか聞き覚えのある、とある青年の声が聞こえてきた。


『みんな! 後夜祭は楽しんでいるかい!? 特別ゲストとして参加することになった、大垣耕也おおがきこうやだ! 一緒に盛り上がろうっ!』


 ハッとなり、ステージ上を見上げれば、正真正銘本物の彼が立っていた。


「えーっ!?」


 火村は顔を赤く染めて、思わず、絶叫していた。まるで墓から蘇ったゾンビの如く、それはそれは、血気盛んにだ。


          ※

 

 盛り上がる体育館から遠く離れた地下の中。もう一つの小さな小さな後夜祭が、演習場でも開催されていた。


「お、やってるやってる」

「手伝いに来たが、不要だったようだな」


 悠平ゆうへい聡也そうやが合流したときにはすでに、演習場の後片付けは終わっていた。

 今は、薄暗い照明が灯されるだけの空間に、歌を歌う少女がいる。その周りには、戦闘を終えた兵たちが、癒やしを求めて群がるように、立っていた。


「帳さん、夕島さん、こちらです」


 演習場に残り、共に後片付けを手伝っていた真が二人の男子を呼ぶ。


「あれは……」

「桃華さん? 復活したのか……」


 悠平と聡也が共に驚く。

 ステージの上、スポットライトを浴びて、バラード調の曲を歌う桃華は、義理の兄である悠平の姿を確認すると、軽くウインクをする。


「はは、コイツはすげえや」


 映像でしか桃華の歌う姿を見ていなかったセリムは、感動しているようだ。少し違うが、この光景に興味を抱き、祖国を救う手掛かりとしても焦がれた催事。それが今まさに、目の前で繰り広げられている。


「なあアフマド! 俺たちの国にもアイドル作ろうぜ!」

「無理難題です、殿下。歌って踊れる者など、おりますまい……」

「ロシャナクがいるだろ? 戦いよりは、きっとそっちの方が楽しいし、似合ってるぜ」

「無理言わないでください、殿下……。歌も踊りも、私には無理です……」


 セリムに名指しされたロシャナクは、恥ずかしそうに縮こまっていた。しかし、ステージ上の桃華の華やかな姿を見て、るんるんとリズムに乗っていたのを、セリムは見逃さなかった。


「ロシャナクー。やってみてくれってばー」

「……殿下が言うのであれば……その……少しだけ……」


 実は桃華の歌って踊る姿に、年頃の少女たるもの、内心で物凄く興味を惹かれていたロシャナクは、最終的にはまんざらでもなさそうにしていた。


「ああ。きっとみんなも喜んでくれるはずだ」


 祖国で待つ人々を思い、セリムはグラスに入ったノンアルコールの炭酸水を、あおっていた。


「……」


 そんなセリムの横顔をじっと見つめていたアフマドは、迷いを振り切るように、首を左右に振る。

 そして、少し離れたところにいる誠次の元へ、足を運んだ。


「剣術士」


 呼び名を呼ばれ、誠次は桃華から視線をアフマドへと移す。黄色であった瞳は黒く戻り、そして今は、怜宮司が直接操作している照明の色彩を浴び、色とりどりの光を反射させていた。


「アフマド……さん」

「さんなどいらない。私は敗戦した。敗者には相応しい呼び方があるはずだ」


 それに、とアフマドは桃華の舞を楽しむセリムの後ろ姿を見つめた。


「殿下の事も呼び捨てなのだろう? であれば、臣下である私にもそうしなければ、殿下の面子が立たない」

「わかりました。しかし、貴男は紛れもなくこの学園に混乱を招こうとした。それが副次的なものであったとしても、許すわけにはいかない……」

「では、私の首を落とすつもりか?」


 アフマドが問うてくるが、誠次は怒りを鎮め、首を横に振った。


「あとのことは、セリムに託します。彼は聡明で慈愛に満ちた、賢王となれる人物です。彼が国を治めるのであればきっと、クーラムは安泰のはずです」

「一介の学生の言葉とは、思えないな」


 アフマドは軽く息をつき、彼方を見据えていた。

 

「あ、天瀬くん」


 ふと、香月が誠次の元へ寄ろうとするが、その足は途中で止まってしまう。

 桃華の綺麗な歌声が響く中、アフマドの口から出た言葉が、微かに聞こえてきたのだ。


「――副次的なものと言ったか、剣術士。しかしな、我々がここヴィザリウス魔法学園を襲ったのは、実際に国際魔法教会ニブルヘイムの指示によるものだった。お前がヴィザリウスここにいる限り、国際魔法教会ニブルヘイムは次の手を、必ず打つことだろう」

「そ、そんな……」


 誠次の言葉に同調するかのように、どくんと、香月の胸が音を立てて鳴る。


国際魔法教会ニブルヘイムの狙いは君だ、剣術士。君がここにいる限り、ヴィザリウスは狙われ続ける事だろう。相手はあまりに強大だ。それ故にクーラムも屈した。一個人である君が、彼らを相手にこの学園を守り続けることなど、あまりにも無謀な真似だと、私は思うがな」

「しかし、俺がいなければ……」

「屈した身からして、一つアドバイスを送ろう、剣術士。国際魔法教会ニブルヘイムはあまりに強大だ。君が大切だと言うこの魔法学園の友人を守りたいのであれば――君はここにはいるわけにはいかない」

~少女がしたイケナイこと~


「あれ、耕哉くん」

まねーじゃー

       「どうしたんだいマネージャー?」

        こうや

「今日の予定、東京で一件あります」

まねーじゃー

       「は?」

        こうや

       「今日はオフでは!?」

        こうや

「私のPCのスケジュールBOXに」

まねーじゃー

「ヴィザリウス魔法学園の文化祭の予定があります……」

まねーじゃー

「あれ……?」

まねーじゃー

       「聞いてないぞ!?」

        こうや

       「しかし待っているファンの為だ」

        こうや

       「この僕大垣耕哉……」

        こうや

       「颯爽とかけつけよう!」

        こうや

「おっかしいなあ……」

まねーじゃー

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