16
「れーぐーじ! 頑張れ!」
まいごのこども
砂漠で始まった因縁は、砂漠で終わりを迎えるのか。
手のひらの上に乗った砂が、風に煽られ、青空へと消えていく。ここは灼熱の砂漠の上。ここ数日で、すっかり聞き馴染んだ居場所だ。
戦うことにもすっかり慣れた右手をぎゅっと握り、誠次は目の前に立ち塞がる敵兵を睨む。
「手を引き、大人しく投降しろ、剣術士。貴様は本来、我々クーラムの問題には関係がないはずだ」
砂漠の戦士たる敵兵は、誠次への勧告を行うが。
「関係がないと言うのであれば、貴様らこそ、即刻ヴィザリウスから手を退け!」
そう怒鳴る誠次目掛けて、矢が放たれる。
誠次は顔を逸らして風の音を耳にする。誠次目掛けて放たれた矢は、すぐ後ろの黄色の砂の山に突き刺さる。
それと同時に、三人組の敵が砂漠を駆け下り、誠次の元へ殺到する。
砂漠の乾いた砂に足をとられかけながらも、誠次は向かってきた先陣の男の武器の太刀筋を見切り、レヴァテイン・弐を振り上げる。
一閃。砂塵のさなか、誠次が振り抜いた一撃は、見事に敵の武器を両断し、破片は宙を舞う。自分の目線と同じ位置にいる、ぎらつく太陽の熱視線を浴びる中、誠次はすぐに呼吸を整え、続く二人目の男の攻撃を躱す。
その隙を見せた背中に、手元で回転させたレヴァテイン・弐を突き刺し、誠次はすぐに引き抜く。
「覚悟!」
「次は貴様かっ!」
すぐに迫る三人目の敵は真正面から挑み、誠次のレヴァテインと、砂漠の戦士の標準装備なのであろうシミターが、真っ向から鍔迫り合う。
砂漠の砂の上での鍔迫り合いでは、流石に敵に分があった。連戦による疲労の蓄積も少なからず関係している。
足元がずるりと滑り、誠次はうめき声を出す。
「っく!」
「我々を舐めるな!」
堪らず、誠次はその場から大きくバックステップをとり、距離を離そうと試みる。
そんな誠次目掛けて、武器を失った敵が攻撃魔法を発動する。
砂漠の砂が穿たれ、舞い散り、誠次に襲い掛かる。まるで針のように、降り注ぐ砂の粒は、誠次の頭に降り注ぐ。
「っち!」
誠次はレヴァテインを振るい、襲いくる砂を切り払い、目を細める。
「セリム……お前もまたこの砂漠のどこかで戦っていると言うのであれば、俺も戦い続ける。負けるわけにはいかない!」
砂漠の砂を被りながらも、誠次は前を向く。口の中はからからで、すでに体内の水分はないのか、汗もすでに頬を伝わらなくなっていた。
誠次らと離れるところ数マイルのところ。セリムとアフマドは互いの得物を用い、一騎討ちを行っていた。
「貴男に武術を教えたのは父上と私です。師であるこの私に、貴男の勝ち目などないと思いますが」
「やってみなきゃ分からないだろ!」
槍を振るい、アフマドの頭上からそれを叩き落とす。
華麗な槍捌きを見せるアフマドは、セリムの一撃を躱すと、反撃に槍を突き返し、セリムの左肩上部を掠めて突いた。
「っく!?」
「わかりますとも。貴男のクセも間合いも、すでに私は知ってしまっている」
どす、と鈍い音がしたかと思えば、アフマドの足がセリムの腹部にめり込み、セリムは背中から砂の上に吹き飛ばされる。
「ぐはっ!?」
痛みから閉じていた目を開けると、アフマドが放った攻撃魔法が、彼方から襲いかかってきていた。
それはセリムの胸部に直撃し、セリムの身体は砂山の中へ押し込まれるようにして、吹き飛ばされる。
「戦を糧として生きる私たちから、戦を失くせばなにも残りますまい。今までクーラムの為に戦ってきた戦士たちが貴男の考えを否定するのは当然のこと」
「例えそれが……もはや俺たちのクーラムではなくなっていたとしてもか!」
崩れた砂山の中から身体を起こしたセリムは、血を吐きながら、叫ぶ。攻撃魔法の直撃により、内蔵を損傷したようだ。ずきずきと痛む腹部を抑えながらも、セリムは槍を構える。
「セリム殿下。クーラムは確かに生まれ変わります。……私が治める、新たな戦闘民族として」
「無関係の民まで争いに巻き込ませるつもりなのか!?」
「自国の存亡の危機に、関係がないと言う民など元より不要です」
「アフマド!」
再び挑もうとしたセリムの視線の先で、アフマドの後ろより、一つの幼い人影が、太陽の光を背にムクリと動く。
やめろ、無理に動くな!
そう心に思い、思わず視線をそちらへ向けてしまったセリム。セリムの視界に映ったのは、ナイフを片手に、アフマドの背後に忍び寄る、ロシャナクであったのだ。
「よせ――っ!」
「本当に殿下は、甘いお方だ……」
目を細めたアフマドが、セリムの口の動きと視線を見切り、背後へと身体を逸らす。
音の出る攻撃魔法よりも、ナイフによる接近戦を選択したロシャナクが、アフマドの胴体を貫く寸前、アフマドが槍を掲げ、その攻撃を受け止める。
身体の大きさからしても、ロシャナクにパワーはなく、いとも簡単に押し返され、弾き飛ばされる。
「ロシャナクっ!?」
「配下の身を案ずるあまり、勝ち筋を自ら失うとは」
咄嗟に走り出したセリムの足元に、アフマドが魔法式を展開する。
直後、砂の上に光り輝く円形の線が奔り、魔法は発動された。火山からマグマが噴火したかの如く、灼熱の炎が、乾燥しきった砂を焼き焦がす。そして、セリムの身体すらも。
「ぐあああああっ!?」
「殿下っ!」
倒され、砂の上で蹲るロシャナクが叫ぶ。
炎に包まれたセリムの右腕が、白い煙をたてる。砂の上に膝から崩れ落ちたセリムの右腕は焼き焦げ、纏っていた白い衣服やマントも、燃えていた。
「くそ……ハアハア……!」
顎や鼻の先から落ちた汗が、さらさらの砂に黒い染みを作っていく。そして、身体から流れ落ちる血もまた、乾いた大地に降り注ぐ。
「勿体のないことを……。ロシャナクであれば、この私を討ち取るかもしれなかったのに」
「お前を倒すのは……俺で十分だ!」
セリムは左手で槍を砂に突き刺し、それを支えにして、立ち上がる。
その姿と顔を見つめたアフマドは、何かを思い出したかのように、軽く微笑む。
「ふ……。やはり、あのお方のご子息か。戦場に立ち勇ましく戦っておられたあのお方の姿が、重なって見えた」
「アフマド! 俺の父親はもう死んだ! ならば、亡霊の姿を追い求めるのはやめろ!」
セリムは左腕のみで魔法式を展開し、攻撃魔法を放つ。
アフマドはその攻撃を難なく防御魔法で受けきると、反撃にセリムのものと同じ攻撃魔法を放つ。それがセリムの足元に着弾し、砂漠の砂はセリムに牙を向き、彼に頭上から覆いかぶさってくる。
「まだまだっ!」
砂漠の砂の波をもろともせずに、セリムは突撃を行い、アフマドの目の前にまで到達する。左手のみで振るう槍の攻撃は、アフマドを一時的に後退させたが、追撃には至らず。
「殿下! 後ろです!」
ロシャナクの声に反応し、咄嗟に振り向きながら、槍を振るう。
狂いなくセリムの背を斬ろうと接近していたアフマドの槍と、セリムの槍が鍔迫り合い、互いに顔を押し付けあう。
「面白いことを言いますな、セリム殿下。貴殿ではなく私が、アラン国王の背を追い求めていると仰るのですか?」
「そうだろう! お前がやりたいのはクーラムの繁栄なんかじゃない! 自身の保身と野望の為の支配を望んでいるだけだ!」
右腕の自由の失っても尚、セリムはアフマドに食らいつき、激しい激突を繰り広げる。
しかし、アフマドが思い切り振り抜いた攻撃を、セリムは受け止めきれず、背中から砂の上に倒されてしまう。
立ち上がろうとしたセリムの首筋に、アフマドが突き出した槍の先があてがわれる。
「ではこう言えばどうです? 貴殿の父であり、先代のクーラム国王を殺害したのは……――」
「お前なんだろ……アフマド?」
憔悴し、戦闘にも疲れを見せるが、それでも顔を上げて、セリムは言い返す。
真相を知っていたセリムに、アフマドはやや驚いた顔をしていた。
「おや、ご存知だったのですか? この私が、アラン国王に毒を盛ったと」
「信じたくはなかった……。だから俺はお前と一緒に、この国へ来た。お前が想像どおり俺の親を殺したのならば、この島国で俺も葬ることができる絶好の機会だからな。だから……確かめたかった」
セリムは残念そうな面持ちで、アフマドを見つめあげる。
「なるほど。あえて自身の身を危険に晒すことで、私の裏切りを確かめようとした……。結果として貴殿の囮作戦は上手くいったようですが、最後の最後で詰めが甘かったようだ」
アフマドの槍が、セリムの顎下を持ち上げ、肉を薄く切り、血を滴らせる。
「一つ訊きたいアフマド……。ユジュンを巻き込んだのはお前か?」
「ユジュン……? ああ、あの韓国人の本当の名前ですか。確かに貴男は知っているのでしたよね。大親友の真の名を」
アフマドが思いついたかのようにして、セリムに言う。
「気がついたのですか殿下。Eもまた、貴殿を裏切っていたことを」
「世迷言を……ユジュンを利用したのは、お前たちの方だろうに! あいつはそもそも裏切ってなんかいない!」
「いいえ殿下。奴は最初から貴男の近くにいることで得られるであろう、富や名声が目当てであった」
「違う! 友だちは……ユジュンはそんな奴じゃない!」
セリムは左手を持ち上げ、槍を突き出そうとするが、アフマドはすぐに反応し、左肩を足で蹴る。
セリムは悲鳴を上げて、アフマドが押さえつける足を振りほどこうともがくが、冷酷な目を向けるアフマドは動こうともしない。
「ぐああああああっ!」
「さてそろそろ時間もない。さよならのお時間です、殿下。クーラムとアラン国王の夢は、我々が引き継ぎますので、ご安心を」
「お前たちになんか……クーラムを託せるかよ……っ!」
もがくセリムが、火傷を負った右腕を持ち上げ、アフマドの足を掴む。
無駄なことを……と呟いたアフマドが、槍を突き刺そうと身構えたその時、砂漠の砂をかき分け、響く声があった。
「――セリムーっ!」
轟いたこの声にハッとなり、セリムとアフマドは同時に顔を上げる。
砂が盛り上がった山の上に、太陽を背にして誠次が立ち、そこから声を張っていた。
「まさか……砂漠の戦士たちが敗れたのか……?」
「セリム! まだまだだろう!? クーラムで待つ民の為にも、諦めるなーっ!」
砂漠の山を煙を巻き上げて下りながら、誠次は叫び、転び、転がる。それでも最後には立ち上がり、ふらふらな足取りで、セリムとアフマドの元へ駆け寄る。
「愚かな……熱射病ではないか」
誠次の姿を見て、そう呟くアフマドに、
「誠次……っ!? このっ!」
気合を込めたセリムは、アフマドの足を持ち上げて彼を反対に押し倒す。
「なに……っ!?」
砂の上に倒されたアフマドはすぐに立ち上がろうとするが、セリムは攻撃魔法を発動し、アフマドへと照準を合わせる。
「負けられるものか!」
アフマドは防御魔法をすぐに発動し、自身の身を攻撃魔法から守ると、立ち上がった。
「《フレア》!」
そうして、今度はアフマドが炎属性の攻撃魔法を発動し、セリムに向けて放つ。
セリムも左腕で防御魔法を発動するが、碌に魔素を注ぎ込む余裕もなく、防御魔法は脆くも破れてしまう。
そうして、灼熱の火球がセリムの足元に着弾し、セリムは吹き飛ばされ、誠次の元へと背中から落ちた。
「セリム!?」
「防御魔法が二重だった……ロシャナクか!」
気がついたアフマドが振り向けば、砂の上に這いつくばりながらも、主を守るために、懸命に右手を伸ばしているロシャナクの小さな姿があった。
「貴様さえいなければ、殿下をすぐに殺せたものを!」
今度はロシャナクに攻撃魔法を向けるアフマド。
「させるか!」
それに対し、せリムを支える誠次は腰の鞘からレヴァテイン・弐を片手で引き抜き、投げ飛ばした。
誠次が投擲したレヴァテイン・弐すらも、アフマドは冷静に見切り、片手で握っていた槍で切り弾く。
「もう諦めろ! 貴様らの友情ごっこも終わりだ! 仲良くこの砂漠の砂の一部となって朽ち果てるがいい!」
「くそ……っ!」
誠次が反抗しようとするが、足に力が入らない。すでに、限界を迎えてしまっているのだろう。
そんな誠次の姿を見たアフマドは、勝利を確信し、高らかに笑う。
「多くの犠牲こそ出たが、それこそがクーラムだ! 血に血を塗りたくり、無数の屍の上に立つ王こそ、クーラムの王に相応しい!」
「しっかりしろ、セリム!」
誠次は全身を負傷したセリムに懸命に声をかけ、彼の傷だらけの手を握り締める。
「誠次……。まだ、行けそうか……?」
薄っすらと、緑色の目を開けて、セリムは問いかけてくる。
誠次はうんと頷いた。
「ああ、ここで諦めるわけにはいかない!」
「そう、だよな……! まだ、行くぞ……!」
誠次とセリムは共に立ち上がり、それぞれ剣と槍を構え直す。
「愚かな……」
両者共に満身創痍の状態となりながらも、尚も抗おうと立ち向かう二人の若い男の姿を見て、アフマドは眉根を寄せる。
灼熱の太陽を背にして迫りくる二人の男たちへ、アフマドが冷静に右手を向けたとき、その先の光景で、異変が起こる。
「……なに?」
砂漠の太陽が真っ二つに切り裂かれ、身体を蝕む熱射の青い空が、消えていく。辺りは一瞬にして暗くなっていき、アフマドにとっては見覚えのない、しかし誠次とセリムにして見れば見覚えのある風景へと移り行く。
「ここは……どう言うつもりだ、E!?」
アフマドにとって、想定外の事態なのだろう。E――すなわち自分たちが掌握しているはずの戦場が、予期せぬ切り替わりを見せたのだ。
「ここは……!」
「ディナーショーの会場に、戻ったのか……!?」
誠次とセリムも、周囲を見渡し、驚いていた。一体、なにがどうなったのだろうか。
※
「ハアハア……!」
それは、初めての経験であった。どれだけ熱中するゲームがあっても、どれだけ複雑なプログラムを前にしても、全身から熱を発し、汗を流すほどのことはない。
しかし今、多くの一般人や魔法生たちの安全を託された、命がけの戦いに身を投じたこの身体は、間違いなく変化を起こしていた。低血圧な自分であるが、敢えて言うのであればそれは、この未曽有の状況を前にして、燃えている状況だ。
「押し返してやる……!」
目に見えぬ相手の勢いに徐々に陰りが見え始め、水木チカはここぞとばかりに、ネット上の主導権を支配し始める。
※
「何をしている!?」
一方で、アフマド陣営の方では、Eが胸ぐらを掴まれて、問い詰められていた。
「……出来ない……セリムを追い詰めることは、もう……」
「ふざけるな!」
焦るアフマドの配下が、口答えをするEの頬を思い切り叩き、殴り倒す。
「母国にいる貴様の家族がどうなってもいいのか!?」
「それでも、もう目の前で苦しんでいる友達を見捨てることなんて出来ない!」
「いいか!? 貴様が見ているのは電脳空間のデータだ! 目の前になんかいはしない! データはデータとして扱え! それが貴様がやってきた事だろう!」
アフマドの配下が激昂し、Eの黒い髪を掴む。
「――おっと、それ以上手荒な真似は勘弁な?」
その次の行動を制したのは、まさかの、若い茶髪のヴィザリウスの魔法生であった。
「なに!? いつの間に!?」
一体どこでここへの侵入を許した!? そもそも、なぜこの場所が分かったのだろうか。それを考える間もなく、アフマドの配下は、咄嗟に攻撃魔法を発動しようとする。
「《エクス》!」
しかし、それよりも早く、この場にたどり着いた男の子が速攻の攻撃魔法を放ち、アフマドの配下の右腕を弾いた。
「なに!?」
「はっはっは。悪いな、スピードとパワーには自信があるんだ」
笑う、駆けつけた魔法学園の制服姿の帳悠平。彼の逞しい身体の後ろには、義理の妹の帳結衣がいた。
「外の連中はどうした……!?」
「ああ、見張ってた奴らか? 俺の友だちが無力化したぜ」
悠平が指を立てて言う。
アフマドの配下たちがEを連れていたのは、魔法学園の外である市街地の歩道脇に停まっている、トレーラーの中であった。そこは幻影魔法によって、周囲の人々からは認知されない――なにもない透明な空間が広がっているように見えていた。
「君の幻影魔法に対する腕、中々のものだな」
「ありがとうございます。大まかな場所自体は分かっていたのですが、特定までは出来ていませんでした。その点では、貴男のお陰です」
トレーラーの前で立っていたのは、夕島聡也と怜宮司飛鳥の眼鏡男二人組であった。
彼らの周囲には、二人が使用した幻影魔法を浴び、昏睡しているアフマドの配下らがいた。
「どうしてここに敵がいると分かったのですか?」
「逆探知さ。敵のハッカーがわかりやすく手を抜いてくれていたのもある。この程度はお手の物だ」
「では、協力に感謝します。俺たちの大切な魔法学園を守ることに、尽力してくれて」
聡也はそう言って、怜宮司に対して手を差し出す。
握手、か。つくづくこの魔法学園に通っている魔法生と言うのは、なんというか、良い奴ばかりだ。
胸のうちにそんなことを思いながら、怜宮司もまた、聡也に手を差し出し、軽い握手を交わしていた。
「――問題はまだあります」
そう言い、トレーラー内部から降りてきたのは、ノートPCを片手に持つEであった。悠平と結衣が後ろに続く。
「僕が送り込んだウイルスは、未だに増殖を続けているはずです。放っておけばヴィザリウス魔法学園の全機能を復旧不可能な場合にまでしかねない」
「増殖ってなんてとんでもないものを入れてくれたのよ……」
「ごめんなさい。彼らの命令で仕方がなく……」
Eは視線を落としながら、謝っていた。
「でも、そんな影響なんてまるで無いように見える。対抗していた凄腕のプログラマーが、君たちの所にもいるんだね」
「確か水木さんが頑張っていたと、志藤が言っていたな」
聡也が顎に手を添えて呟く。
「問題はそのウイルスを完全に止める方法だ。一時的に止められはするが、完全に殺すには、アンチウイルスソフトを注入しないといけない」
怜宮司が言う。
「へー。で、そのアンチウイルスなんちゃらってのはどこにあるんだ? 当然、あるんだろ?」
悠平が訊くと、怜宮司はふっと微笑んで、眼鏡を掛け直し、
「ああ、あった。だけど、なくした」
「「「はあ!?」」」
悠平と聡也とEが同時に驚く。
「もう本当に信じられないんですけど……」
結衣もため息をつけば、怜宮司は慌てて「はぐれた子供の面倒を見ていたんだ!」と反論していた。
「そう聞いたから、お兄ちゃんの別のお友だちが、必死になって探してくれているの。そのアンチウイルスソフトが搭載されたPCを」
結衣が説明する。彼女が怜宮司から聞いたそのアンチウイルスソフトの存在。それを受けて、結衣はすぐに悠平や彼の友人たちに連絡を入れていた。
「……」「……」
その彼女の手際の良さに、怜宮司とEが揃って驚く。
「あれひょっとして……マネージャー兼プロデューサーのこの私、現役時代からいらなかった……?」
怜宮司がゾッとしながら言っている。
「間違いないかもな」
聡也がため息混じりに呟いた隣で、悠平が自身の電子タブレットを確認していた。
「ビンゴ! 見つかったみたいだぜ、怜宮司さんのPC!」
※
「ご苦労さまです。無事に見つけてくれて、ありがとう」
別行動をとっていた小野寺真が、右腕を上へと掲げる。すると、空高くを飛んでいた彼の使い魔である梟が降りてきて、真の細い腕の上に停まった。
普段はおっとりしているように見える梟は、見かけによらずその強靭な顎で以て、怜宮司が紛失したPCを見つけ出し、咥えて運んで来ていた。ノートPCと言っても板型のタブレットのようなものなので、簡単に持ち運べたのだろう。
「少しベトベトしているし、汚れてもいる……。もしかして、ゴミと間違えられて、捨てられていたのですか……?」
真が片腕の梟に尋ねるが、彼はもうピクリとも動こうともしない。こちらが命令しない限りは、まったくもって動かなくなるのだ。
「小野寺!」
中庭にて佇むそんな真の元へ、志藤が息を切らして駆け寄る。
「連絡聞いたぜ。見つけてくれたのか」
「はい! これを、どうすれば?」
真が差し出した板型のノートPCを、志藤は受け取った。
「サンキュー。俺はコイツを今から、生徒会室の水木に渡しにいく。そうすればきっと、この学園に撒き散らされたウイルスってやつも止めてくれるはずだ」
「しかし、その考えでしたら、そもそもウイルスを作ったEと言う方の元に持っていくのが正解では?」
真がそう提案するが、志藤は軽く微笑み、首を横に振る。
「生憎、俺はこの学園の生徒会長だからな。見ず知らずの奴よりは、魔法学園のみんなの方を信じるさ」
「しかし、リスクはあります……」
「その時はその時だ。責任だったら、水木やみんなを信じた俺にある。……天瀬の方もな」
「誠次さんは、今は演習場で戦っています」
「ああ。天瀬のことも、俺は信じてるさ。あいつならきっとやり遂げてくれるさ」
志藤はノートPCをくるりと回してからキャッチし、生徒会室へ向けて走る。大丈夫だとはおもうが、一応真には念の為に、演習場へと向かってもらう。
そして、辿り着いた生徒会室。
学生証でキーを解除して、ドアが自動で開いたその瞬間、志藤の襲いかかったのは、砂漠の気候のような灼熱の熱気であった。
「うわ熱っ!? 一体何だこりゃ!? 誰か暖房付けたのか!?」
志藤が思わず腕で顔を覆うと、中からTシャツ姿の西川が、やって来る。鍛えているのか、二の腕や上半身は思いの外逞しい身体つきだった。
「志藤生徒会長……。水木さんが……燃えています……」
「はっ!?」
こちらも冬服を脱ぎ捨てたくなる衝動に駆られながらも、志藤は生徒会室内へと足を踏み入れ、水木の座る中央席へと向かう。
そこでは冗談でもなく、プシューという音を立てて、白い煙が立ち込めている。そのただなかに、眼鏡を曇らせ、尋常ではない量の汗をかいている水木が、パソコンを操作していた。
「水木! 役に立ちそうなものを持ってきた!」
「……なに?」
ぎろりと、睨まれる。おそらく、邪魔するんじゃない、と言おうとしているのだろう。
殺気すら籠もっていた彼女の視線に一瞬だけ怯えながらも、志藤はデバイスを差し出す。もう普通の汗と冷や汗、どちらもかいている。
「アンチウイルスソフトってのが入っているパソコンだ。これでどうにかできないか?」
志藤が問う。
すると、水木は焦点が定まっていなかった黄色の目を、みるみるうちに志藤の手元へと合わす。
「……どうして、こんなのが……?」
「このウイルスを撒き散らした張本人が、それを阻止するために予め作っておいたらしいんだ。ぶっつけ本番だが、やって見る価値はあるんじゃないか?」
「やって見る価値って……100%じゃないのに……」
「でも0%でもない。吉と出るか凶と出るか、どっちか分からないのもありなんじゃね?」
「確実じゃないのは、プログラマー失格だね……」
「プログラマー以前に、一人の人間だろ? 何が起こるかわからないのは当たり前だ」
志藤はそう言って、困惑する水木に、PCを手渡していた。
「頼む水木。この学園を守るために、お前の手が必要なんだ。あともう少し、手を貸してくれ!」
志藤が深々と頭を下げて、水木に頼み込む。
不思議な人……。生徒会長で立場も上なはずなのに、こうして頼むだなんて。いっそのこと、命令でもしてくれたほうが……。
そう感じていた水木は、しかし首を左右に振り、こくりと、頷いた。
「分かった……あと少し、頑張るよ……」
手入れも程々の女の子らしくもない汗ばんだ手で、PCを受け取ると、水木はそれを自前のPCに接続する。
「……エネルギー不足」
「電力が足りないのか?」
そうして、ぼそりと呟いた水木に、志藤がおっかなびっくりとなって訊く。
「違う。主に私の」
「あーはいはい……。お菓子、な。こうなったら生徒会の予算をもう全部使い切るまで使ってでも買ってきてやるよ」
「志藤生徒会長……それは流石に……」
西川がそっと突っ込むが、志藤はすでに動き出していた。
「はは、生徒会長になっても、俺って相変わらずこんなことばっかやってんのな……」
とほほ、と呟きながらも、いい汗をかいているヴィザリウス魔法学園の生徒会長であった。
~韓流と日流とクーラム流~
「韓国のドラマは、日本でも大変人気ですね」
ちひろ
「参考に出来ることも、多くあります」
ちひろ
「韓国でも、日本のアニメは人気がありますよ」
ゆじゅん
「漫画本の人気も、高いです」
ゆじゅん
「なるほど」
せりむ
「その二つのいいとこ取りが、クーラム流になるわけだな」
せりむ
「クーラムにもドラマやアニメはあるのか?」
せいじ
「ないからこれから作るんだよ」
せりむ
「そんときは、アドバイス頼むぜ?」
せりむ
「そういうところのアドバイスならば、喜んで」
せいじ




