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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
ガブリール魔法博士によるなんと素敵な魔法世界
16/189

4

 イギリスマフィアの男たちに追い詰められた篠上しのかみ結衣ゆいとシアの救援に駆け付けた誠次せいじは、背中からレヴァテイン・ウルの片割れを抜刀し、男たちへと向ける。


「ノア・ガブリールとシア・ガブリールは、貴方たちを必要としない!」

「シア・ガブリールって、兄妹!?」


 知らなかったのだろうか、篠上が驚き、背後にいるガブリール魔法博士とシアを交互に見つめる。そもそもどうして、二人がシアと共にいたのか、わけも分からぬままだが。


「喰らえ!」


 男の一人が、魔法式を展開するが。


「遅い!」


 すでに誠次の間合いにまで、男たちは接近していた。魔法式が完成するよりも速く、誠次は突撃し、男の掲げていた右手を、刃のない剣の背ではたき落とす。これで少なく見積もっても、骨は砕いただろう。

 右手を抑えて後退した男を見て、誠次は周囲の男たちを睨む。


「っく。どうして日本の剣術士がここにいるのかは知らないが、俺たちの目的はガブリール兄妹だ! 無用な戦闘は避けろ!」

「《ヴェルミス》!」


 白い霧を周囲に発生させ、視界を奪う幻影魔法を、男たちは発動させる。晴天の昼だというのに、早朝を思わせるほどに深く白い霧が、たちまち周囲に発生する。

 誠次は咄嗟に左手を右腰にかざすが、普段そこにあるはずのもう片方のレヴァテイン・ウルはそこにはなかった。一つは、寮室に置いてあったのだ。


「しまった……!」


 クセであると思い込んでしまい、虚しく空を掴んだ誠次の隙を、敵は見逃さなかった。《ヴェルミス》の発動を、誠次は許してしまう。

 太陽さえ隠す霧に視界を奪われ、焦る誠次は目元を手で振り払いながら、周囲を確認する。


「心羽ちゃん危ないっ!」「きゃあっ!」「離せってば!」


 少女らの悲鳴が、霧の先から反響するように響く。


「シア!? シアはどこだっ!?」

「痛っ!?」


 誠次がぶつかったのは、大声を上げていたガブリール魔法博士だった。


剣術士ソードマンか!?」

「魔法博士!?」


 誠次はガブリール魔法博士と合流する。以前、周囲の状況は掴めない。


「シアが捕まったのが見えた!」

「こっちも、篠上と結衣が――っ、伏せろ!」

「ワッツ!?」


 魔法が飛来する気配を感じ、誠次はガブリール魔法博士の肩を掴み、共に地面に伏せる。直後、誠次とガブリール魔法博士の背後を、何発もの魔法の光が駆け抜けていく。

 

「で、デンジャラスっ!」

「みんな無事かっ!?」


 顔を上げた誠次が叫ぶ。

 男たちの怒声がこだまする中、返答は少なくともあった。


「せーじっ!?」


 心羽ここはの声がしたかと思えば、


「綾奈先輩と結衣先輩が捕まっちゃった!」

「っ!」


 その声を受け、誠次はすぐに立ち上がり、心羽の声がした方へと向かう。


「ま、待ってくれ!」


 ガブリール魔法博士も立ち上がり、急いで誠次の後を追う。

 心羽は氷属性の魔法式を展開し、一人で多数の敵と必死に戦っていた。


「心羽!」

「せーじ!」


 駆け付けた誠次を見て、心羽は喜ぶ。


「心羽よかった! みんなは!?」

「心羽をかばって、二人とも男の人に捕まって……」


 心羽は申し訳なさそうに視線を落とす。


「俺のミスだ。取り戻す!」


 晴れない霧の中、誠次も悔しく唇を噛む。


「兄はこっちにいるぞ!」

 

 霧の中、男たちの黒い影が迫り来る。

 誠次は心羽を庇いながら、ガブリール魔法博士の手を掴み取る。


「狙いは貴方だ! こうなれば三人の救出の為にも、貴方を守る! こっちだ、心羽!」

「うん!」


 誠次は心羽とガブリール魔法博士を連れ、広場から離れた森の中へ駆け込む。

 生い茂った木々の枝が身体を傷つける中、誠次は後ろから何人もの男たちが追いかけてくるのを確認する。


「このまま奴らを捕らえ、三人の居場所を吐かせる!」

「しかし、エネミーは多数だ! どうするつもりだ剣術士ソードマン!?」


 ガブリール魔法博士は、ハットを抑えながら、前を走る誠次に問う。


「広場では遠距離戦を得意とする魔術師が優位だが、ここならば接近戦の俺が優位に立てるはずだ。誘い込めればこちらのものだ!」


 誠次はガブリール魔法博士を前へ走らせ、自らは立ち止まる。


「心羽、援護を頼む! 合図で魔法を撃ってくれ!」

「足止めすればいいんだよね!? 任せて!」


 木の枝を踏み鳴らし、誠次はレヴァテイン・ウルを右手に握り、先ほどまでとは逆方向へ走る。

 敵の姿が見える直前で、近くの木の幹の影に隠れる。足音は次第に大きくなり、まるで緑の大地を蹂躙するように、男たちが走ってくる。


「空間魔法の反応は二人だ!」

「剣術士と兄か!」

「もっと奧にい――る?」


 突然、後方を走っていた一人の男の足が止まる。

 それは、背中に添えられた冷たい感触が、男の背筋を凍らせたからか。


「動くな!」


 誠次は、ガブリール魔法博士に声を掛けられた際の英国英語を真似て、背中にレヴァテインを添えた男に声を掛ける。


「馬鹿な! 空間魔法では、もっと奧にいたはずだぞ!」


 魔術師が魔術師を索敵する際に使う空間魔法の影響を受けない誠次は男の口を左手で塞ぎ、レヴァテインの刃を男の目の前にかざす。

 言葉は通じずとも、それが何を意味するか、長く争いの世界に生きた者になら伝わったはずだ。

 

「こっちだ!」


 まだ後続がいたのか、誠次の背後から男たちがやって来る。

 誠次は振り向き、掴んでいた男の首筋にレヴァテインを添えたまま、男を盾にするように前に突き出す。


「いたぞ! 関係者は始末しろ!」


 追いついた男たちは、誠次が味方を盾にしているにも関わらず、破壊魔法の魔法式を展開する。ある意味それは、想定できていた事態であった。 彼らには日本でいうヤクザ、のような仁義もない。


「味方の身も気にしないか――ならば!」


 誠次は男を蹴飛ばし、地面に倒れさせ、自らは横に飛びかかり、破壊魔法の凶弾から逃れる。

 各個撃破をしたいが、男たちは常にグループで行動している。まずは彼らを個別に分散させながら、捕縛する隙を窺わなければなるまい。

 すぐに立ち上がった誠次は、飛来する魔法の攻撃をレヴァテインで弾きながら、再び茂みの中へ。


「っち。どうして空間魔法に反応しない!?」


 上手くは聞き取れないが、連中も相当焦っているようだ。

 誠次は足元に落ちていた大きな木の枝を広い上げ、男たちを挟んで反対側へ投げ込む。想定通り、敵は音のした方へ反応し、背中を向ける。

 その隙に誠次は移動し、手頃な木の幹の後ろへ立つ。手で感触を確かめ、レヴァテインの刃を添える。


「……すまない、許せ」


 誠次は木の幹にそっと声を掛け、レヴァテインに力を込め、木を一撃で切り裂く。振り抜いた勢いで身体を回転させながら、回し蹴りを切り裂いた木に叩き込み、木を前方へと倒れさせる。

 背後の木の倒壊に気づいた男たちは、悲鳴を上げ、我先に逃げ出す。様々な方向へ枝分かれするかのように、男たちは森の中で散らばる。


「今だ心羽っ!」

「《フロスト》!」


 離れた場所で息を潜めていた心羽が、氷属性の魔法を発動。逃げ遅れた一人の男の足を氷の結晶でかちこちに固めてしまう。


「どう!? 心羽強いんだから!」

「よしいいぞ! ナイス心羽!」


 木が倒れた時と同時にすでに動いていた誠次は、仲間からはぐれた男の背中から、刃のないレヴァテイン・ウルの刀身を打ち込む。

 衝撃で地面に倒れた男の背中に、誠次は跨がり、背骨を膝で押し込む。


「痛いっ!?」

「背中をとった。抵抗するな!」


 誠次は地面に顎をつける男の顔の横に、レヴァテインを刺し込む。

 銀色に光る刃を見た途端、男は悲鳴を上げ、人体の切断の恐怖におののく。


「貴様は仲間に命令を出していたな? ついてきて貰うぞ」


 背中の後ろで男の手を組み合わせ、男の首にレヴァテインの刃を添え、共に立ち上がる。

 男は悔しそうに誠次を睨み、共に歩き出す。


素晴らしいワンダフル!」


 木陰の間に隠れていたガブリール魔法博士が、手を叩いて拍手をしながら出てくる。遠くで聞こえるのは、誰かが通報したのか、パトカーのサイレンの音だ。


特殊魔法治安維持組織シィスティムに出すの?」


 心羽がく。


「……」


 誠次は逡巡しゅんじゅんし、捕縛した男をガブリール魔法博士の前に立たせる。


特殊魔法治安維持組織シィスティムに引き渡す。その前に、三人の居場所を吐かせたい。ガブリール魔法博士、英語の翻訳をお願いします」


 今の特殊魔法治安維持組織シィスティムに、とても全てを任せることは出来なかった。

 誠次はそう考え、独断行動を決意する。


「ならば、この私に任せたまえ!」


 こういう場では大きく出るガブリール魔法博士は、咳払いをして、男に声を掛ける。

 心羽の魔法、《フロスト》により、手と足を凍り付けにされた男は、ガブリール魔法博士との会話には応じていた。


「調子に乗るんじゃねーぞ!」

「そ、そーりー……」


 マフィアとの会話となると急に弱気になるガブリール魔法博士である。


          ※


 巻き込まれる形でマフィアに捕まり、眠らされていた篠上は、薄暗闇の中で目を覚ます。


「こ、ここは……?」


 周囲を見渡してもハッキリとはせず、聞こえるのは機械の振動音のような、奇妙で不気味な音だった。床はとても冷たく、かび臭い。


結衣ゆい?」


 足元の靴に桃色の頭がこつんと当たる。

 結衣は、こんな異常事態だというのに、篠上の足元ですやすやと寝息を立てている。


「うーん……。もう、歌えないです……」


 挙げ句の果てには寝言まで仰っている。


「よくすやすやと寝れるわね……」


 篠上はため息を溢し、結衣を見つめる。

 続いて、状況の確認。手足は縛られていないし、口も塞がってはいない。衣服も乱れてはいないので、身体に何かをされたと言うことはないのだろう。


「やっぱり、シアが目的だったわけね……」


 彼女と一緒にいた事により、自分たちも謎の男たちに捕まったのだろう。


「って、完全に私たちは濡れ衣じゃない……」


 篠上はゆっくりと立ち上がる。声はよく響き、狭い室内なのだろう。時々、地震ではない微かな揺れも感じる。

 篠上はまず、結衣を起こすことから始めた。


「結衣、起きて」

「背が小さいのは関係な……って!?」


 寝起きは良く、結衣はがばっ、と顔を上げて上半身を起こす。

 目立った外傷もお互いになく、ひとまずは安心する。


「あ、綾奈あやな先輩! 私たち、《ヴェルミス》の中で捕まってっ!」

「ええ。そしてここに運ばれたみたい」


 一つ年上として、ここは無理にでも落ち着き払う篠上は右手を掲げて、魔法式を起動しようと試みる。しかし、右手に円形の魔法式が浮かび上がる事はなかった。


「部屋全体に妨害ジャミング魔法が掛かってるみたいね。魔法が発動できない」

「デンバコも盗られてないみたいですけど、圏外ですね。ここどこですか?」

「私も起きたばっかだし、分からないわ。山奥の小屋、とか?」

「でも、時々揺れてません? この部屋」


 どうやら揺れは結衣も感じていたようだ。

 結衣も立ち上がり、しんと冷たい壁に手を添え、辺りを見渡す。


「そうね。地震とはちょっと違う感じ。まるで、部屋全体がずれているって言うか……」


 篠上がそこまで言ったところで、何処かから女性の悲鳴が聞こえてくる。

 結衣と顔を見合わせると、思い当たる大きな節が、一つあった。


「「シア・ガブリール……」」


          ※


 同時に響いたのは、頬の肉を思い切り叩く音と、鎖が擦れ合わさる音。

 鎖により背中の後ろで手を縛られ、シアはマフィアによる拷問を受けていた。


「恩知らずめが。貴様らの両親が”捕食者イーター”に喰われた後、俺たちが貴様ら兄妹を食わせてやってきたと言うのに!」


 篠上と結衣が捕らえられている部屋と同じ造りの部屋の中。マフィアの首領の男は、立派な髭を蓄えた口に葉巻を咥え、シアに怒鳴りつける。

 殴られ、熱く腫れる頬を押さえることも叶わずに、シアは無言で首領の男を睨みつける。魔法式の魔法文字スペルの操作には手が必要なので、魔法の発動は出来ない。


「貴様らは大人しく我々の命令を聞き、我々の活動資金を稼げば良いのだ」

「……お兄さん、は……そんなこと、もうしたくないって言った……。お兄さんを、悲しませたくない……」


 ぼそりと、シアは口答えする。


「なあにぃ!? そんな下らん理由で、逃げだそうとしたわけかァ!?」


 葉巻をシアの眼前に近づけ、嗅ぎたくもない煙を、首領の男はシアに無理矢理に嗅がせる。


「必要なのは私のはず。だからお願い、お兄さんは見逃して」 


 シアは、けほけほと咳をしながらも、首領を見つめる。

 

「フン。貴様の兄はすでに我々の傀儡くぐつだ。アイツにはこれからもステージ上で御託を並べてもらうさ。何が魔法は人の幸せを生む、だ。魔法は力だ」


 首領は髭面の口元を意地悪気に曲げ、シアを挑発するように言う。


「……私は、そんなお兄さんの言葉が、大好きだから……。お兄さんの信念とは違う事をさせたくない……」

「まだ言うか。馬鹿馬鹿しい! まあ、確かに。我々にとっては魔法は金を生むという幸せに満ち溢れているのかもな。グワッハッハ!」

「すみません、首領ボス


 控えていたマフィアの部下は、軽く頭を下げながら、風格だけならば一人前のマフィアの首領の男に耳打ちをする。


「申し訳ありません。まだ兄のノア・ガブリールは捕縛できておりません。今まで通り金の木としての活躍を期待するのであれば、兄の身柄も拘束せねば」

「確かにな。日本での資金調達活動はこのままでは大赤字だ。元は取って貰わなければ」


 なに心配は無用だ、と首領は囚われの身のシアをにやけ面で見やる。


「お前たち兄妹には、死ぬまで働いて貰うさ」


 後ろ手を鎖で無理矢理に締め上げられた状態のまま、シアは篠上と結衣が囚われている部屋へと押し倒される形で入れられる。

 立っていた篠上と結衣は、傷だらけのシアを抱きかかえるように受け止めた。


「アンタたちっ!」


 篠上がマフィアの男に立ち向かおうとするが、男は取り合わず、鋼鉄のドアを大きな音を立てて閉める。

 ドアの出窓からは男の太い首筋が見え、四六時中見張られているのだろう。


「大丈夫、シアさん?」


 結衣がしゃがんで右手を伸ばすが、魔法の発動は出来ないと言うことを思い出し、ただただ肩に手を添える。

 

「……うん、平気」


 シアは血が滲んだ顔を拭う事も出来ぬまま、上半身を起こした。


「ごめんね。結局巻きこんで。もっと早く逃げておけばよかったね」

「ううん。平気よ。顔見せて」


 篠上は服のポケットに入っていたハンカチを取り出し、シアの顔を拭いてやる。

 シアは、まるで母親にアイスクリームを食べた口周りを拭かれる子供のように、きょとんとした表情を見せていた。

 

「不思議。優しいんだね」

「こうなったのも、あの変な男たちのせいでしょ? 突然襲いかかってくるなんて、きっとろくでもない連中に違いないわ」

「ガブリール魔法博士がお兄さんって事で、間違いないんですか?」


 結衣がシアに問う。


「うん……。黙っててごめんね。言うと、お兄さんのところに無理矢理連れて行かれると思って」

「でも、アイス代を払うにはどっち道お兄さんのところに行かなきゃ駄目でしたよね?」


 結衣に指摘され、シアは思い出したように、微かにハっとなる。


「えっと……食い逃げ?」

「はあ……。別に私と綾奈先輩の割り勘でしたし、いいですけど……」


 小首を傾けて苦し紛れに言い切るシアに、結衣は肩を竦めていた。


「私たちには、何もしないつもりなのかな……」


 気丈に振る舞っていたが、ここで篠上は思わず弱音を吐く。青い瞳は不安気に、窓格子の向こうに立つ屈強な体格の男の首筋を見つめていた。


「安心して。日本語が分かる人があまりいないから、貴女たちは乱暴されない」

「さすがは紳士の国、と言うべきですか?」


 結衣が壁に背を預け、腕を組んでいる。こちらはシアの言葉を受け、余裕を取り戻したようだ。


「……だから、最期のときは安らかだと思う」

「「いや駄目でしょ!?」」


 やっぱり駄目だったと、篠上と結衣は声を張る。


「うるせえ!」


 どんっ、とドアを外から思い切り蹴る音がしたかと思えば、見張りの男が窓格子の向こうから三人を睨んでいた。


「ったく。ただでさえ潜水艦の中で船酔いで気持ち悪いってのに……」


 男は唾を吐くように悪態をつき、再びこちらに背を向けていた。


「とにかく、こんなところから早く逃げなくちゃ!」

 

 日本語が分からないのならばと、篠上は決意を込めた青い瞳で、二人を交互に見る。


「この施設について、何かシアさんは知りませんか?」


 結衣の質問に、シアは「知ってるよ」とこくりと頷いてみせる。

 これにはほっとする篠上と結衣であったが。


「でもここは、厳密には施設じゃない。おなかの中」

「「お腹?」」


 相変わらず抽象的なシアの発言に、篠上と結衣は首を傾げる。


「そう。ここは海の中を自由に泳ぐ、クジラのお腹の中」


 再び、部屋全体が大きく震動する。人間の雄叫びにも似た、鯨の鳴き声のような音が響き渡り、篠上と結衣の肌を粟立たせた。


           ※


 篠上綾奈が鯨のお腹の中で目覚める少し前。

 夕方、誠次と心羽とガブリール魔法博士は、終電のリニア車で横浜へと向かっていた。

 心羽が手を添えている窓の外では、茜色の夕日が、ビルとビルの間を下っている。


「まさか君の知り合いがシアと共にいたとはな」

「篠上と結衣が拐われた以上、これはもう貴方たち兄妹だけの問題ではありません。二人を取り戻します」


 どうして篠上と結衣がシアと共にいたのか、ガブリール魔法博士もこれは知らなかったことであったようだが。


「それに、友だちには妹を頼むと言われましたし」


 沈み行く夕日を見つめ、誠次は呟いた。

 結衣が誘拐された事を、魔法学園の教師でもなく、真っ先に伝えたのは、結衣の兄となった悠平(ゆうへい)だった。部活で一緒には来れなかった兄には、出掛ける前には「妹を頼む」と言った、冗談混じりのような事を言われていた。

 そんな悠平に対し、結衣が誘拐された事を伝える電話をした時は、心が痛んだ。


         ※


「すまない。レヴァテインが二つあると思っていた俺のミスだ……」

『いや、にしても誘拐って、また現実感のない言葉だな』


 数時間前に電話を掛けた際、ホログラム画像に映る帳悠平(とばりゆうへい)は、部活終わりのようであった。帳の背後には、誠次が置いてきたレヴァテイン・ウルのもう片方があった。


「結衣は必ず取り戻す」

『取り戻すって、どこに行く気だ?』

「横浜だ」

『横浜って、今からか!?』


 悠平が振り向いて、時間を確認している。電話を掛けた時点で昼は過ぎており、帰宅を急がなくてはならない時間だ。


「ああ。特殊魔法治安維持組織(シィスティム)には通報したが、それよりも早く俺がみんなを助ける」

『冗談……じゃないよな、お前はそうだよな』


 何かを言いかけた様子で、悠平は肩を竦める。


『横浜の何処だ?』

「え、レンガ港だけど」


 具体的に訊いてくる悠平に、誠次は答える。


『港? 船に乗るのか?』

「厳密には違う。三人は旧式のイギリス軍潜水艦に収容されているらしい」


 ガブリール魔法博士が尋問したマフィアの男の話によると、老朽化が進んだ旧式の軍用潜水艦を、イギリスマフィアが入手し、そのままアジトとして使っているとのことだった。


「水中には夜でも”捕食者イーター”が出てこない。夜の移動や警察から逃げる場所にはもってこいだ」

『えっ、そうなのか?』

「二〇年前くらいには、海の中にまるまる国を移動させようとする計画もあったけど、結局は頓挫した。宇宙移住と同じレベルで難しい技術らしい。人類にもっと時間の余裕があれば、今頃俺たちは海の中で生活をしていたのかもな」

『お、おう……。そ、そうなんだな。水の中は窮屈そうだな』


 苦笑いを浮かべる悠平は、いまいち理解できないようであり、誠次はジト目を向けていた。


「とにかく、結衣は助ける。必ず」

『分かった、誠次。俺にとっても、結衣は大切な妹だ』


            ※


 眩しいとさえ感じる夕日を浴び、誠次は左目を細める。

 目を向けた先には、ガブリール魔法博士が心羽と楽し気に会話をしている光景があった。


「やっぱり、大切だよな……」


 かつては自分にもあったそのような存在だ。それを大切にしたいと言うのは、兄として当たり前の感情なのだろう。


「ガブリール魔法博士。イギリスマフィアが所有する潜水艦について、詳しく教えてくれませんか?」

「良いだろう」


 ガブリール魔法博士は、誠次を真剣な表情で見る。

 心羽も誠次の隣に、そっと大人しく座る。


英国イギリスはかつて、世界最強と謳われた海軍を有していた。潜水艦は、その時代に造船されたものの一つのようだ。ロサンゼルス軍縮で必要最低限の国防兵器しかてなくなった為に遺棄された旧式とは言え、性能は良いのだろう。彼らはそれで海を渡り、日本へ密入国したに違いない」

「魔法が生まれた事により結ばれた、既存の兵器の廃絶を確約したロサンゼルス軍縮条約……」


 誠次の言葉に、ガブリール魔法博士は頷く。


「当時の英国イギリス政府関係者の中で、マフィアと裏で繋がっていた者がいたのだろう。私利の為に、マフィアに高額で使わなくなった潜水艦を売ったのだろう……」

「綾奈先輩と結衣先輩とシア先輩が今、横浜にいるその潜水艦の中にいるんだね?」


 心羽が誠次とガブリール魔法博士を交互に見つめて()く。


「時間の余裕はない。゛捕食者(イーター)゛が出る前に決着をつけたいところだが、連中は潜水艦と言う兵器がある。簡単にはいかないだろう」

「もしかしたら、イギリスに逃げられちゃうかも……」

「それは考えにくい狐少女フォックスガール。マフィアにとっては私の身も重要なはず。連中は必ず、この私を取り返すまで本国へ帰りはしないだろう」


 追われる身なのに、とても誇らしげにガブリール魔法博士は言うのであった。


「もしかしたら連中は篠上と結衣を人質に取るかもしれない。迅速に行動する必要はあるが、迂闊な真似はできないか……」


 誠次が手振りを交えて言っていると、ポケットにいれていた電子タブレットが再び振動する。連絡を寄越した者を確認すると、相手はヴィザリウス魔法学園の理事長、八ノ夜美里(はちのやみさと)であった。

 独断で横浜へ行き、三人の少女の救助を行う、と言った旨のメールを送っていたのだが。


【気合いで乗り越えろ】


 と言った返信が、八ノ夜からは返って来ていた。

 

「……了解」


 思わず苦笑してしまった誠次を、ガブリール魔法博士は見つめる。


「どうしたんだい、剣術士(ソードマン)?」

「師匠からの連絡です。気合いで乗り越えろと」

剣術士(ソードマン)師匠(マスター)か!? きっと(サムライ)のような佇まいに違いないのだろう!」


 ガブリール魔法博士は、興奮して誠次に詰め寄る。

 期待を壊すようで申し訳なく、誠次は頬をかいていた。


「……えっと、偉大な魔女(ウィッチ)です。とびきり魔法が嫌いな」

魔女(ウィッチ)が剣術士の師匠(ミストレス)だと……!?」


 驚くガブリールに、心羽が笑顔を見せていた。


「心羽も大好きな人っ!」

「も、って心羽。俺は別に大好きなわけでは……」


 なんと言えば良いか、誠次が口籠る。

 そんな誠次を見て、心羽は不思議そうに首を傾げる。


「はっちゃん先生の事、嫌いなの?」

「い、いや! 俺からすればあの人は……大切な人だ」


 リニア車の窓に映った自分の姿を見つめ、誠次は呟いていた

 

「良かった!」

「なるほど。師匠(ミストレス)弟子(アプレンティス)の禁断の(ラヴ)と言ったところか」


 ……ラヴの発音が無駄に良かった。


「そ、そんなことはない!」


 顎に手を添えて深く頷くガブリール魔法博士に、誠次は顔を真っ赤にして慌てていた。

 間もなく、終電のリニア車は横浜へと到着する。

全然関係ありませんが、サッカー日本代表勝利おめでとうございます!

まさか勝てるとは思っておらず、興奮しております! 興奮のあまり、渋谷でわいわいするより、ユニフォーム姿の天瀬くんと香月さんを描いてしまっています(笑) 

暗いニュースが多い中、勇気と感動を貰えました。頑張れ、ニッポン! (あと、ドイツ代表も大好きなので頑張って! ウッチーと仲良しノイアーが身も心もプレイもイケメンで大好きです!)


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