12
「クライマックスは派手に行けと、相場が決まっているのだよ!」
あすか
ヴィザリウス魔法学園が文化祭初日を迎えていた時と同時刻。水面下で、事態は大きく動いていた。
野心家とは結局、最後の時まで野心を胸に宿したままだった。
中東の雄。彼の最期を直接見届けた臣下は今、己の力で国を取り戻そうと画策していた。
セリ厶から寝返り、国際魔法教会側についたアフマドは、彼らからの支援を背に、セリムの討伐、及びヴィザリウス魔法学園への攻撃を行う。
「アラン国王。貴男には感謝いたしますとも。おかげでクーラムは、偉大な国へと登りつめる」
例えこの身を火で焦がそうとも、祖国の為にならば、迷いはしない。
「Eへの連絡はまだつかないのか?」
大学在籍時にコンタクトをとった、韓国人の凄腕プログラマーへ、アフマドは連絡をとる。
しかし、志を同じくした仲間からの応答は、今のところはなかった。
アフマドはそのことに、苛立ちを感じていた。
「はい。何度送っても、返信がありません」
「っち、何をやっている……」
作戦の要でもある男からの便りがない。アフマドは至急、外出用の衣服を身に纏う。
「アフマド様?」
「直接Eの元へ向かう。ヤツ無しでは、作戦が成り立たん。国際魔法教会の機嫌を損ねるわけにはいかないからな」
アフマドはそう言って、アジトとして用意してある巨大倉庫の中から外へ出て、車でEの元へ向かう。Eもまた、日本へやってきているのだ。
Eは、都内のホテルに宿泊しているはずだ。
数名のお供と共に、アフマドはホテルへと乗り込み、Eの寝泊まる部屋へと向かう。彼はホテルの最上階の部屋にいるはずだ。
(アイツは……?)
その部屋へと繋がる通路に、見覚えのある男が立っているのに気がつくが、アフマドは歩みを止めない。なぜならばアイツは、記憶を失っているからだ。
「怜宮司飛鳥。なぜお前がここにいる?」
日本語も話せるアフマドは、その日本語で、目の前にたった一人で立つ怜宮司へ問い質す。
「アフマド、さん」
怜宮司はこちらの様子に気がついたようで、声をかけてくる。
――彼のその右手を見た瞬間、アフマドは思わず身構える。魔法を、発動しようとしている……っ!?
「なんだと!?」
「全て思い出したぞ、アフマド!」
眼鏡の奥の瞳を輝かせ、怜宮司は叫び、魔法を放つ。
「《グィン》!」
眩いフラッシュを放つ汎用魔法を、怜宮司は廊下の只中で、アフマドらに向けて放つ。
「っく、眩しい!」
痛みすら感じる眩い閃光は、アフマドらの視界と動きの自由を奪った。
「よくも私に幻影魔法を浴びせてくれたな!」
そんな中で聞こえる、怜宮司の叫び声。
「まさか、記憶を取り戻したのか……!?」
アフマドが驚く。何を隠そう、怜宮司を記憶喪失にさせていたのは他でもない、怜宮司を砂漠で発見したアフマド本人であったのだ。
「貴様、私のパスポートを使って日本へ来たんだろう!? それ以外にも、記憶を失った私を騙し、日本での住所を取得した!」
怜宮司は立て続けに、攻撃魔法を発動。
これはアフマドの側近が防御魔法で防ぐが、アフマド側からすれば、ここでの戦闘は避けたい事態であった。
「っち、やはりクーラムの砂漠の中に埋めておくべきだったか」
アフマドは舌打ちをするが、後悔を嘆いたところで現状に変わりはない。この男を即刻排除し、なんとしてもEを連れ出さなければならない。
そうしようとした矢先、Eのいる部屋の中から、彼が現れた。手には小型の折りたたみ式デスクトップパソコンを抱えている。
「怜宮司さん、これは!?」
「ほら見たことか! やはり私は正しい!」
怜宮司が得意気な表情となって、Eの手をとった。
「怜宮司さん!?」
Eは戸惑う表情を見せたまま、走る怜宮司の後を追った。片手では、相変わらず大事そうに、デスクトップパソコンを抱えている。
「それは置いていけ!」
記憶を取り戻していた怜宮司が、Eが抱えるパソコンを睨んで言うが、Eは首を左右に振るう。
「駄目です! 大事なデータが入っています!」
「データなど、後からネット上で拾い上げればいいだろう!?」
「大事なデータほど、ネットには保管できません!」
「古い考えの人間だ! インテリジェンスを感じない! まったくもう!」
などと怜宮司は悪態をつきながらも、Eを必死に連れて走る。
「逃がすか!」
廊下の後方からアフマドが猛追をして来る。
「……アイツのようにホテルの最上階から飛び降りる、か」
「なんですって!?」
ぼそりと、怜宮司が声にした言葉に、Eは片側の瞳を大きくする。
「いいや、それは馬鹿げたことだ! 私は常に賢く行く!」
怜宮司は高らかに声を張ると、廊下の床に向かって氷属性の魔法を放つ。たちまち床の上には氷の膜が貼られ、二人の男を追うアフマドらの足場を狂わせた。
「それ見たことか!」
「前からも来ています!」
Eが叫ぶ。
アフマドの配下が先回りをし、こちらを挟み込もうとしていたのだ。
「目を閉じていろ!」
「え!?」
「いいから言うことを聞け! 二度も言わせるな! 目を閉じていろ!」
高圧的な怜宮司の言葉の終わり、彼の手元で魔法の光が輝いていることに、Eは気がつく。
「二度も同じ手が通用すると思うな!」
対し、アフマドの配下たちが攻撃魔法を発動しようとするが、怜宮司は勝ち誇った笑みを零す。
「愚か者共が! それはこちらの台詞だ!」
怜宮司は咄嗟に振り向くと、後方のアフマドらへ向けて《グィン》を放つ。
「俺を狙えば後ろにいる貴様らの親玉も巻き添えだぞ!」
「っち、卑怯な真似を! 貴様それでも日本人か!」
「いい子ばかりな日本人ではないぞ!」
と、この場で唯一の日本人である怜宮司は、敵と敵の間を突っ切る。
ホテルの非常用階段を駆け下り、Eを連れたまま、駐車場へ。
「どうするつもりですか?」
「私の車がある。それで逃げるんだ」
「貴男はどうして、僕を助けるんです?」
「やられっぱなしは性に合わなくてな。やられたらやり返さなければ」
「貴男もアフマド氏と知り合いだったのですか?」
「無理やりだがな」
その言葉の終わり、怜宮司とEの頭上に、攻撃魔法の光が到来する。
その衝撃波により、怜宮司とEは車の陰で、膝をつく。
「逃げられると思うな!」
すでに駐車場にも、アフマドは部下を配置していたようだ。
「無駄話をしている暇もないとはな」
怜宮司は眼鏡をそっと触り、忌々しげに周囲を見渡す。
「……怜宮司さん。僕に、考えがあります」
怜宮司と同じく、車のドアに背中を預けて隠れていたEが、そっと口を開いた。
隣に座る韓国人の男の提案に、怜宮司は眉根を寄せる。
「正気か?」
「ええ。このままでは、二人共追い詰められます。ですので、ここは――」
Eはおもむろに立ち上がり、両手を上げて、投降の意を表し、アフマドの配下の前まで歩み寄る。
「すみませんでした。気が動転してしまって……」
狼狽え、そう釈明するEの後ろで、車に素早く乗り込んだ怜宮司は、エンジンをかける。
「逃げる気か!?」
「戦略的撤退と言わせてもらおうか! いずれにせよ私の記憶は戻った! 首を洗って待っていろ!」
捨て台詞を残し、車に乗って猛スピードでこの場を後にした怜宮司に、アフマドの配下たちはやや呆気にとられながら、Eを確保する。アフマド側の目的はあくまでEの身柄の確保だ。出来れば穏便に済ませたかったが、怜宮司の介入によりこのような手荒い事態になってしまった。
しばらくすれば、ホテルの内部よりアフマドが数名のお供と共に、Eが投降した駐車場へ駆けつける。
「どうなった!?」
「怜宮司には逃げられました。しかしEはここに」
俯くEを横目でじろりと睨んだ後、アフマドは全員に指示をだす。
「ヤツはもう用済みだ。倉庫まで引き上げるぞ。ここで日本の警察に捕まるわけにはいかない」
「僕は……」
ぼそりと口を開いたEに、アフマドが肩に手を添えてくる。一見、軽く見えるその動作にも、重たい意志が、Eに伝わってくる。
「君には来てもらう。さもなければ、君の家族は――」
「わかっている! なにも言わないでくれ……」
Eは力なく項垂れると、アフマドらと共に、車に乗り込んでいた。
☆
ヴィザリウス魔法学園の文化祭一日目が終わり、夜。一日目を終えた時点で、浮かび出た問題点や修正すべき点を見直す為に、天瀬誠次と本城千尋は自分たちのクラスで使用した第三演習場にいた。一日目終了の時点では後夜祭もなにも行われず、しんと静まり返った演劇の舞台会場が、昼の盛況とは打って変わり、どこか寂しさを思わせる。砂漠の嵐がひとまず去った後の、熱砂の後のように。
誠次は砂漠の砂の上にそのまま座り、ペンを片手に、それをペン回ししながら、千尋の言葉をメモしていく。
「アンケートでも概ね高評価が多かった。しかし、その中でも賛否両論があったのは、ラストシーンだ」
「でもでも、今さら台本の変更も、困難だと思います……。セリムさんだって、一生懸命覚えてくれましたし」
「ああ。セリムは凄いよ。自分のことでいっぱいのはずなのに、演じる事も出来るなんて。もちろん、こんな素晴らしい物語をかき上げた千尋も」
誠次がそう言って、隣に座る千尋に微笑む。
夜の砂漠の上には、遮るものなどなにもない、無数の星々が煌めく夜空が広がっていた。時より風が吹いたかと思えば、それが砂漠の渇いた砂を巻き上げて、また夜空の一部の塵となって消えていく。
「誠次くんこそ。戦い続けて、本当に凄いと思います……」
「俺が得意なのは戦うことだから。……いつの間にか、そうなった」
「そんなこと、ありません……」
千尋はそう言って、誠次の右肩に自身の身体を倒し、寄り添ってくる。
誠次は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに千尋の肩に腕を回してやり、背中をそっと擦ってやった。
すると今度は、千尋の身体がぴくりと反応するのだが、誠次は千尋の横髪を触り、耳元で囁いた。
「お疲れ様千尋、よく頑張った。後の事は、俺に任せてくれ」
「まだ、途中ですよ……」
千尋はそう言って、誠次の指に自身の指を添えて、縋るような表情を見せる。
誠次はそんな千尋の顔をじっと見つめた後、薄く笑い、頭を撫でてやる。平熱以上の熱を放出しているが、それはきっと、砂漠にいるからではないだろう。夜の砂漠とは、命を蝕むほどの熱を保つ昼の砂漠に比べれば、身体を震わせるほど冷えるものだから。
「疲れただろう? 少し休んでくれ。横になるといい」
「誠次くんも、ご一緒に……」
「まだやらなくてはいけないことがあるんだ。なにもそれは、千尋を守る為でもあるんだ」
誠次は千尋の耳元でそう囁き告げると、眠りに落ちた千尋を背中でおぶり、ヤシの木の下の緑の上で、横たわらせる。そうして、自身が来ていた上着を脱ぐと、それを布団代わりに、千尋の身体に被せてやった。疲労で眠りに落ちるのははやかったようだ。本人も、意識せずに眠ってしまったようだ。
「おやすみ、千尋」
すやすやと寝息を立てる千尋にそう声をかけてから、ワイシャツ姿となった誠次は、自身が千尋をおぶってつけた砂漠の足跡を、じっと見つめる。
またしても風が吹けば、足跡が砂漠の砂によってすぐに埋まりかける。その時、誠次は声をあげた。
「――盗み見は感心しないな、怜宮司飛鳥」
誠次が声を掛けた砂丘の向こうより、歩いて来る人影。それはまさしく、怜宮司飛鳥本人であった。
先日公園で見かけた時の綺麗さはどこへやら、去年に出会った時のような、横柄な嫌味感と言うものを、全身から、漂わせるかのように、スラックスのポケットに手を入れて。
「相変わらずの様だな、天瀬誠次。高校生のクセに、その胸の張りようは、虫唾が奔る」
「文句があるのであれば俺の育ての親に言ってくれ。勿論その時には、貴様の背に刃を突きつけているだろうが」
誠次は辿って来た足跡を歩みなおし、自身からも怜宮司に近づく。
「面白い。再びお前をホテルの最上階から突き落としてやりたいよ」
「生憎ここは、人の手によって作られた鋼鉄の街ではなく、ありのままの自然を残した大地だ。そこで人が死ぬと言う事はやはり、人の手によるものでは無く、自然の猛威という事になるのだろうな」
それに、と誠次は怜宮司の目の前で立ち止まる。
やはり背丈は高く、190cmほどはあるだろうか。見上げる形の誠次であったが、退きはしなかった。
「千尋に感謝しろ。お前の記憶を正常なものに戻したいと言った彼女にな」
「貴様との因縁にケリをつけてから、そうさせて貰うさ」
そうして、怜宮司がスラックスのポケットから右手を引き抜くと同時、誠次は右手を背中に回し、レヴァテイン・弐を抜刀しかける。
しかし、怜宮司の右手が魔法式を描くことはなかった。
「……記憶を取り戻した礼を言っておこう、剣術士。そして、手を貸せ」
「なんだと……?」
怜宮司の口から出た言葉は、まさかの協力要請であった。そっくりそのまま、あの傲慢な頃の怜宮司飛鳥が帰ってきてしまったはずなのだが。
「手を貸せだと? どういうつもりだ……」
「ふん。客人にお茶も出さないのか? 礼儀がなっていないな剣術士」
「不法侵入をしてくるような人に出すお茶など、ありませんよ」
「……いや待て。お前にだけは言われたくない」
しれっと言い返す誠次に、怜宮司が冷静にツッコむ。
そうして、ヴィザリウス魔法学園演習場に見事(?)侵入した怜宮司は、状況を説明する。
「そもそもどうして、貴男はクーラムの砂漠なんかにいたのですか?」
「決まっているだろう。傷心旅行だ」
「傷心旅行って、まさか……」
窓際に長い時間しがみつき、相当喉が乾いていたのだろう。ずずず、と誠次が淹れたお茶を飲み干しながら、怜宮司は目元を光らせる。
――その輝きは、涙であった。
「……太刀野桃華ちゃんが、引退してしまった……っ!」
「ああ……」
怜宮司によれば、釈放後貯金を切り崩し、傷心旅行のために訪れた中東の砂漠の地で、セリムらに助けられたとのこと。
「一人で砂漠って……死ぬつもりだったのですか?」
誠次が信じられないような面持ちで怜宮司を見つめる。
怜宮司は肩を竦め、白状した。
「……そうかもな。桃華ちゃんがいなくなってしまった今、私に生きる目標などあってないものだった。私にとって彼女の、彼女の歌はまさしく、生きる希望だったんだ」
「しかし、貴男のやっていたことは正しいことではありませんでした。なにも彼女の歌は、貴男だけのものじゃない」
はっきりとした表情で誠次がそう言えば、怜宮司は表情を変えることなく、遠くを見ているようだった。
「年下の正論ほど、安易に受け止める気にもならんものか……」
そして、怜宮司は真剣な表情を誠次へと向ける。
「くだんの件は私も知っている。アフマドは私の記憶を抜き取り、そして私のパスポートを用い、日本への入国を果たした。奴らが日本語をペラペラと話せるのもそのせいだろう」
「なるほど。セリムは貴男のデンバコのデータを見て、そしてアフマドは貴男のパスポートを使って日本へ来たと」
「そのとおりだ。そしてアフマドは間違いなく、このヴィザリウス魔法学園を狙っている。いくら砂漠で助けられたからと言って、私の記憶を奪われ、私に成りすましたことを許容するつもりはない。私は奴の計画を、なんとしても阻止したいのさ」
怜宮司は淡々と説明する。やはり、もともとはその手の筋が得意で成り上がった人物だ。説明口調はお手の物であった。
「アフマドの企みを阻止したいのは俺も同じだ。絶対にヴィザリウスは守る」
「敵の敵は味方か。昔の私ならば、全てが敵であったのだがな」
こうして、帰ってきた汚い怜宮司を味方にし、やがてセリムも演習場に合流した。
「お、アンタ記憶が戻ったのか?」
「ああ、一応な」
「そいつは良かった。めでたいな」
セリムは相変わらずのお気楽さで、怜宮司に笑顔を向ける。
元来、彼やその気質とは全く持ってそりが合わなそうな怜宮司は、実際にそうであり、事実今も、眉をピクつかせている。
「貴様の部下には散々な目にあったぞ。落とし前はどうしてくれる?」
「んー。でも、砂漠でアンタを助けたのは俺だし、それでおあいこってことでどうだ?」
「……いいだろう」
(案外素直なんだな……)
大人しく引き下がる怜宮司を見て、誠次は心の中で思う。
「アフマドは明日の文化祭に、何をしてくる気だ? 大規模な部隊、というわけではないだろう。すでに屋敷での戦闘で、多くは戦闘不能に陥らせたはずだ」
「ああ。アフマドの部下も人数に限りがある。それにヴィザリウスは言ってしまえば最強の魔術師の城なんだろ? 力押しで攻め入るほど、あいつらも馬鹿じゃないさ」
誠次の疑問に、セリムが答える
「なるほどな……それでE、か」
「いー?」
怜宮司が顎に手を添えて呟いた言葉に、誠次が反応する。
「アフマドには魔法の他にも、もう一つの武器が存在する。それがEだ」
「アルファベットのEですか?」
何かの暗号かと、誠次が首を捻る。
「凄腕のハッカーと言えば良いか。電子技術の腕で見れば、私よりも数段上だ」
「なにかで聞き覚えがある気が……」
誠次が腕を組んで、うむむと思い出そうとする。
「表の舞台では、プロスポーツゲーマーとして有名だ」
怜宮司が言えば、誠次は思い出し「それだ」と指を鳴らす。
「テレビのニュースとかでも見覚えがある。大会優勝の常連で、ゲームは何やらしても上手いらしい。顔出しはしていないのだったか」
誠次の説明に、セリムはへえと頷く。
「そんな奴がアフマドの味方になってんのか」
セリムもまた、驚いたようにしている。
「偽名ですよね。本名はご存知なのですか?」
「さあな。東洋人であることしか知らない。訛りがあったから、中国人か韓国人か」
誠次が尋ねれば、怜宮司は首を捻っていた。
「本当にいるもんだからな。その手の天才ってのはさ」
セリムがそう言っていた。
「そのEと言う人物が、ヴィザリウスへの攻撃に加担するとなると、電子制御の部分を狙われるかもしれないということか」
誠次が言う。
「正直、専門外の部分だからな。魔法ならばともかく、電脳で攻められると太刀打ちは難しい」
その時ふと「俺は魔法も駄目だった……」と言うことに気がついたが、そっと胸のうちに秘めていた。
「偶然だな。そこで俺の友だちが役に立ってくれるわけだ」
「例の、演習場のVR機能をハッキングした人物ですね?」
セリムが明るい表情で言い、誠次もそう言えばと思い出す。偶然にも、セリムの友人が役立ってくれるようだ。
「よし。では明日はそれぞれが力を惜しみなく出し合い、アフマドの企みを阻止しよう」
怜宮司が段々仕切り出し始め、誠次とセリムが顔を見合わせる。
「ま、この際仕切ってもらったほうがいいかもな。適材適所ってやつだ」
ぼそりと、片手を口に添え、セリムが誠次に耳打ちをする。
確かにここで不用意に揉め事を起こすよりは、スマートかつスムーズに物事を進めたほうが懸命だろう。
「最後に確認だ怜宮司。本当に協力してくれる気なんだな?」
一歩前へと進み出た誠次が、腕を組んで立つ怜宮司に問いかける。
怜宮司は誠次を一瞥すると、肩を竦めた。
「かつての敵同士、協力は出来ないか?」
「いや、ただ貴男には前例がある。全てで貴男を信用するわけにはいかない」
「だろうな。私とて、最後に信じるのは自分のみだと思っている性質だ」
「まあまあ、そこらへんの話は、俺も含めてしようぜ」
セリムが誠次の肩を叩き、怜宮司を見る。
「せいぜいお前らはこの私に利用するされる立場だ。年長者だしな。偉いしな。勘違いはしないでもらおうか」
倒すべき共通の強敵を前に、早くも空中分解をしかける共同戦線であったが、そんな中で、彼が口を開く。
「二人とも、俺の話を聞いてくれ」
セリムである。それは得てして身につくものか、荒れる場を治めようとする王族としての威厳を、微かに漂わせているようだ。
「俺の父上で、先代のクーラ厶国王、アラン・アブラハム王は並外れた武勇をもって、中東の砂漠地帯を平定した。父上は戦士としては偉大な人物だった……でも、統治者として見れば、決して正しくはなかった」
セリムはやや悲し気な表情をしてから、言葉を続ける。
「力で他人を支配をすれば、何もかもを押さえつけられ、平伏する。そんな考えの父上の国は、内部分解で終わっていった。……同士討ち、ってやつだ。その結果クーラムはバラバラになり、意味もなく人は死んでいった」
セリムの言葉を聞く怜宮司も、神妙な表情をしている。
そのセリムは、握りこぶしを作り、それを震わせる。
「正直言って、悔しかったんだ。俺たちは団結すれば、クーラムの大地を、国民を戦火に巻き込むこともなかったはずなんだと。俺はもうそんなことは繰り返させたくない。だからアフマドを止める。その為には俺たちは、団結しなくちゃいけない」
セリムはそうして、怜宮司や誠次に視線を向ける。
「奴らにはなくて、俺たちにはあるもの。それは団結の力だ。力を合わせずして重大なことは成し遂げられない。ここはクーラムの王に免じて、みんなに号令をかけたい」
未だ未熟な王。しかし、それでも民草を思う心と、彼らの為に戦いに身を投じる覚悟はその身に十分にあった。
「過去の遺恨もあるだろうが、今は俺と共に戦ってくれ。最後に勝って、みんなで笑うことが出来たのならば、今までのいざこざなんて小さなことだって思うはずさ」
「フン。何もわからない男の分際で、よくもぬけぬけとそんな言葉が出るものだな」
怜宮司は目を閉じ、呆れ果てたような顔をする。
「が、ここはこの場では最年長の私だ。大人らしく、クールに物事は進めてみせよう。怒りで馬鹿な真似はしないさ」
怜宮司にそのようなことを先に言われれば、誠次も負けてはおられずに、背中のレヴァテイン・弐に伸ばしかけていた腕の意思を解く。
「今はこんなところで仲違いを起こしている場合ではない。アフマドを食い止める。その共通意識がある限り、俺たちは味方同士のはずだ」
三者三様。それぞれの立場や考えは違えど、道は同じところで交差するはずだ。
「決まりだな。明日はいよいよ本番だ。俺はクーラ厶の意地と誇りのため」
「私は自身の名誉と誇りのため」
「俺はヴィザリウスの皆と友のため」
「「「やってやろう」」」
応、との言葉を送る。
ここまでやられぱなしであるが、最後に勝って笑えれば、それでいい。この日は夜明けに至るまで、綿密な作戦会議が行われた。
~どどどど童〇ちゃうわ!~
「貴様天瀬誠次っ!」
あすか
「急に叫んでどうした怜宮司!?」
せいじ
「お、お前!」
あすか
「あの娘を横たわらせて何をしようとしていた!?」
あすか
「千尋の事であれば、寝かしつけてやっただけだ」
せいじ
「嘘をつけ!」
あすか
「女性と二人きりで」
あすけ
「しかも女性が眠っているところを」
あすか
「襲おうとしたのだろう!?」
あすか
「いや、そんな卑劣な真似をする気は……」
せいじ
「嘘だ、絶対嘘だ!」
あすか
「愚劣で卑怯な真似だな、天瀬誠次!」
あすか
「……」
せいじ
「怜宮司」
せいじ
「なんだ!?」
あすか
「お前まさか、童〇か?」
せいじ
「ぎゃああああっ!?」
あすか
「だから急に叫ぶな! 千尋が起きてしまうだろう!」
せいじ
「貴様年下のクセに、クセにーっ!」
あすか
「訊いただけだろう!?」
せいじ




