10 ☆
「俺を信じて」
せいじ
――また昔のように、僕と組まないか?
紅葉舞う中、彼に言われた言葉が、頭から離れない。それこそ、情報処理の類は得意だという自覚はあったはずなのに、他人の言葉というのはこうも染み付くものなのか?
……それともこれは、彼だからなのだろうか。
人の心を読むことが苦手な私には、わからない。相手が全て、ゲームの中に出てくるようなNPCであったのならば、どれほど楽なことか。
「――水木さん? 大丈夫? おーい?」
「あ……ごめんなさい」
自分のクラスである2―Eの教室の中で、ぼうっとしてしまっていた水木は、クラスメイトの男子の呼びかけにはっとなる。声をかけていたのはどうやら、学級委員の男子のようだった。
「いや、急かしているようで悪いね。クラスの出し物にどうしてもネット関係のデータが必要だから、君のようにネット技術に詳しい人がいて、助かってるんだ」
「……うん、どうも」
褒められて、少なくとも悪い気はしない。
「それで教えてほしいところがあるんだけど、このソフト……って言うのは、どうやって使えば……?」
「難しそうだけど、使い方自体は簡単だよ。まず画面をタッチしてみて」
そして、自分の得意な分野になると饒舌になるのは、相変わらずのこと。
水木はEクラスの学級委員に、ソフトの使い方を教えてやっていた。
「ありがとう水木さん、助かったよ」
「どうも。なにか分からなければ、また訊いてくれてもいいよ」
そう言って眼鏡の視線を学級委員の彼に向ければ、その姿が一瞬だけ、Eに重なったような気がして、水木は声を失う。
「水木さん?」
「う、ううん。なんでもない……」
幻はすぐに消え失せ、水木は心を落ち着かせて、俯いていた。
……もう、彼とは会うことはないだろう。そもそも直接会うこと自体、特殊なことだったのだ。もう忘れてしまおうと、頭の中の記憶を消去しようとしてみるが、人間というのは時に不便な生き物である。ゲームのセーブデータのように、都合よくすっぱり失くすことなんて、出来はしないのだ。
※
記憶は決して失くならない。それが良き思い出でも、悪しきものでも。
クーラムの王子セリムは一人、焼け落ちた廃墟の敷地に立っていた。夜通し続いた火災は明け方になればようやく収まったようであり、間もなく、日本の警察も来るのだろう。火災が発生したのが夜間だった為に、消防士も来てはいない。
彼らによる本格的な捜査が始まる前に、これだけは回収しておかなければならなかった。
「親父……」
白と黒の灰の地に立つ、黒柄の槍。偉大な戦士であった親父が唯一と言ってもいい、実の息子に託したものが、愛用の得物。最期の瞬間まで、あの人らしいと言えばあの人らしい。
火災が終わっても尚、そこにあり続けたそれに、セリムはそっと手を添える。灰や煤を一晩中浴びれば、流石に汚れてはいたが、触れた箇所から汚れは綺麗に落ちていく。
代わりにセリムの指先に汚れは移り、それがなにか赤い血に見えたとき、セリムは思わず、そこから目を背けていた。
「確かに親父のやり方だって、正しいこともあったかもしれない。だけどさ……争いで全てを解決するのは、間違った歴史を繰り返してしまうだけだ。俺はクーラムを変えたい……争いのない平和な国に……」
そうして再び武器をとる。その矛盾の行為に苛まれることは、不思議となかった。
それはここ数日で行動を共にした、日本人の彼の存在もあるからだろうか。同じく武器を取り、平和の為に戦う少年の姿が、脳裏によぎる。
「アフマドを止める。そして俺は必ず、クーラムを再興させてみせる」
灰が降り積もった屋敷跡地から、セリムは槍を引き抜くと、踵を返していた。
昨夜アフマドらがつけたのだろう、無数の足跡とは逆の道を、セリムは進んでいた。
※
考えても考えても、もやもやは続いた。開催まで数日に迫った文化祭の準備に勤しむ魔法生たちとは対象的に、水木の手はまったく持って進まない。生徒会現役時代で仕事が行き詰まったときも、そんな時に気分転換を兼ねて飛び込むネットの世界も、今はまったくもって行く気にならない。
(まあそれはそれで、健康的な生活には良いのかも……)
とりとめもないことを心の中で呟き、水木は魔法学園の廊下にある自動販売機で缶コーヒーを買い、歩きながら飲む。
が、流石に行儀が悪すぎる気がする……。普段はあまり気にしないが、一応は女子なので、座って飲んだ方が良いのだろう。本当に、Eと直接会ってから、そういう事を、気にするようになってしまった気がする。良いことなのか、悪いことなのか、わからない……。
そんな事を思い考えながら、紅葉が舞う魔法学園の中庭にあるベンチに座った水木。一つ隣のベンチにも、座っている魔法生はいた。
「……」
レヴァテイン・弐を背中と腰に装備した、剣術士、天瀬誠次である。
彼もまた一人、自分の世界に入っていたらしく、本を読んでいるところであったようだ。傍らには、お茶の入ったペットボトルが。
互いにそれぞれ違うベンチの端っこと端っこに座っているために、周りから見られても変な誤解はされないだろうし、話をするような距離でもなく、そもそもそこまでの仲ではない。
水木は正面を見据えたまま、コーヒーを口に含むと、隣の方から声が聞こえてきた。
「内容が頭に入ってこないな……」
(独り言……っ!?)
水木が思わずコーヒー吹き出しかけ、こほこほと口を手で抑える。
すると、遠くの隣に座っていた誠次は、水木に気がついたようだ。
「水木さんか。いつの間に座っていたんだな」
「いけなかった……?」
口端を手で拭いながら、水木は誠次へ横目を向ける。視力が悪いため、彼の姿は眼鏡の縁によって、よくは見えない。
「いや別に、構わないが。ここは公共の場だしな……」
少し、引かれてしまった様子で、遠くから誠次は返答する。
まだ、生身の人間とのやり取りに、欠陥がある気がした。自分はそうは思っていなくとも、現実の世界では相手に冷たい印象を与えてしまうきらいがあるらしい。特に、異性相手に。
これも、直さないといけないことなのだろう。
「ブラックコーヒー、飲めるんだな。女性で飲めるのは、格好いいと思うよ」
ベンチとベンチの端と端に座ったまま、誠次は遠くから話しかけてくる。
「そうなのかな……。確かに周りで飲んでいる娘は、少ないけど」
水木は真正面をじっと見据えたまま、誠次と会話をする。
「貴男こそ、中庭で読書だなんて、お洒落だね」
「中庭で読書をするのはお洒落なのか……?」
誠次は首を傾げていた。
「まあ確かに、今の学園はどこも騒がしいし、俺自身も気持ちを切り替えたかったんだ」
誠次は軽く微笑んで、学園の棟たちを見渡しながら、言う。横断幕や垂れ幕がそこかしこで垂れ下がり、魔法生の騒ぎ声も、なにかしらのBGMも聞こえてくる。別段それらが嫌いなわけでもないが、読書をする為の環境としては、不適切ではある。文化祭の準備で演習場も自由に使えない今、誠次にとっての憩いの場とは今は、中庭になっていた。
だからこそ、水木も人知れずに、ここに辿り着いたのだろうか。
「気持ちの切り替えか。珍しいね。なにかあったの?」
水木がぽつりと、誠次に尋ねる。
誠次はやや意外そうな目をして、水木の横顔をじっと見た。そして、水木と同じように前の方を眺めながら、口を開く。
「人生のことについてだ」
「うわ、重そう……」
しかし、自分だって同じような悩みだ。それに、異性との会話においての練習相手にするのも、いいのかも知れない。聞いた話だと、火村もいくらか世話になっていたようだ。
水木は座ったまま、話を聞く。互いに違うベンチの端と端に座っての、妙なやり取りは続いていた。
「ずっと゛捕食者゛と戦うことこそが、正しき道だと信じていた。しかしその一方で、同じような考えを持つ者を否定した。矛盾と言えばいいのかな。守るべきものが多くなった今、考えないといけないと思ったんだ」
「いつになく弱気だね。あなたらしくないんじゃないの?」
「君は俺をいったいどんな目で見ていたんだ……? いつだって胸を張っているわけじゃない。むしろ俺なんて、この魔法世界で魔法が使えない分、他の人より迷ってばかりさ」
誠次はベンチの背もたれに背を預け、自嘲しながら言う。
「水木さんもなにか、考え事か?」
「うん。まあそんなところ」
「俺で良ければ、相談に乗ろうか? ああもちろん、下心とかそんなものは一切ないと約束する」
「いいよ、別に」
しかし内心で、水木は驚いていた。剣術士の彼にも、悩みはあるのか。だとすれば、多くの栄光を抱いている彼も、同じなのだろうか。
「ではすまない。俺はそろそろクラスに戻らなければ。別々のクラスだけど、文化祭本番はお互いに頑張ろう」
誠次はそう言って、先に立ち上がり、水木の前を通り過ぎていた。
「うん。頑張って」
水木はレヴァテイン・弐を背負った誠次の背中を見送り、もう一口、コーヒーを口に含む。
一方、教室に戻った誠次を待っていたのは、文化祭実行委員の相方となっている千尋であった。
「千尋。脚本の方はどうだ?」
連日様々な場面に遭遇し、疲れも溜まっているはずだ。事実として千尋の小奇麗であった目元にも、若干のクマが見え隠れしてしまっている。
「上手く進んでいます。明日には、登場人物の配役を決めたいと思います」
「それは良かった。一緒に行動したのは、役に立ってくれたのか?」
「それは勿論です! 自分ながら、なかなか面白いお話が作れていると思いますよ!?」
才能、だろうか。脚本作りに勤しむ千尋の笑顔は眩しく、一切の妥協もせず、好みの話が彼女の中で作られているようだ。
「でも、肝心なところがまだ仕上がってはいないのです」
「肝心なところ?」
誠次が問いかければ、千尋ははいと、深刻そうな表情で頷く。
「エンディングなんです……。上手な締め括り方が、いまいち思い浮かばないのです……」
「そうだな……。どうせならバッドエンドよりは、ハッピーエンドの方がいいよな」
誠次が呟く。
「私もそう思います」
千尋とそんな会話をしていると、何やら教室の窓際の席の方が騒がしいことに気がつく。
廊下側の席の近くに立っていた誠次と千尋も、騒ぎ声に釣られてそちらを向けば、見知った顔の男が、なんと地上二階の窓枠に足をかけていたのだ。
「驚かすつもりはなかったんだ。2―Aの教室ってここであってるか?」
セリム・アブラハム。銀髪をした褐色肌の王子が、卓越した身体能力を用い、二階まで窓からやって来たのだ。
突如として現れた好色な顔立ちの男性の姿に、クラスメイトの女子たちが色めきだつ。ただでさえ文化祭シーズンで、浮かれている中での新たな出会いとは、否応なしにも期待感が出てしまうものである。
そんなセリムの方からも、自分を見つめる誠次と千尋に気がついたようだ。多くの好奇の視線の中、セリムは手を振ってくる。
そんなことをされると、視線の大半はこちらに向けられるので、誠次と千尋は慌てて知らんぷりをする。
「おいおい! 俺とお前らの仲じゃないか、無視するなよ!」
「窓から不法侵入してくるような人と仲良く話せません!」
「不法侵入はそっちこそ! 手荒い歓迎だったけどな!」
「そちらのせいですよね!?」
誠次と千尋が交互にツッコめば、いよいよしらを切ることも出来なくなった。
誠次と千尋はやむを得ず、クラスメイトにせリムを紹介することにした。信じてもらえるかもらえないかは、別として。
教卓の前に立ち、セリムを中心に、誠次と千尋が左右に立って、興味津々なクラスメイトたちへ説明をする。
「彼の名前はセリム・アブラハム。中東の国、クーラムの王子なんだ」
「「「王子ーっ!?」」」
案の定、いよいよクラスメイトたちの興奮は最高潮に向かうことになる。正真正銘本物の王子が教室にやって来たのだから、無理もない。
「それで、急にどうしたのです?」
千尋が心配そうにセリムに尋ねる。
満を持したようにして、セリムは彼らしい得意気な表情で、こんなことを言うのであった、
「いやなに。ここ数日でこの二人には世話になった。恩返しも兼ねて、俺もなにか文化祭の出し物で手伝えることはないかと思ったんだ。裏方でもなんでもやるぜ?」
「その対価とは一体……?」
ジト目の誠次が小声でセリムに確認すれば、セリムはニヤリと微笑んだ。
「当然、決心がついたんだ」
決心。つまりは、アフマドへの反撃のことだろう。
「ヴィザリウスは巻き込むな」
「勿論そのつもりだ。けどな誠次、どうやら向こうはヴィザリウスの文化祭も潰す気でいるようだぜ? 俺とロシャナクに関係なくな」
「なんだと? それは一体どういうことだ?」
またしても衝撃の事実に、誠次は黒い目を見開く。
「詳しくはこの後話そう。今は目立ちすぎているし騒がしいことになってる」
セリムは黄色い声援に軽く手を振りながら、答えていた。
「だからそれは貴方のせいでは……」
とほほと肩を落としかける誠次であったが、セリムには何やら、考えがあるようであった。
クラスメイトたちの質面攻めを掻い潜りながら、セリムと誠次と千尋は初めて彼と会った場所である、演習場へとやって来る。今は何もない、無機質なタイルの空間だ。
「アフマドの狙いは最初から、このヴィザリウス魔法学園だったんだ。俺のもう一人の協力者が、教えてくれた」
先程の言葉の真意を、まずセリムは伝えてくれる。
「狙いはヴィザリウス……? しかしアフマドは、王国再興の為に貴方の命を狙ったのでは?」
「アフマド自身はそうだろうさ。親父と比べれば不甲斐ない俺を討ち、クーラムを一から作り直す。それがアフマドの狙いだった。しかし、わざわざそれを日本でやる必要があるかと言われれば、それはないだろう」
セリムは真剣な表情で言う。
「つまりアフマドさんは、わざわざ日本に誘い込んで、貴男を討とうと画策したという事ですか?」
千尋が尋ねれば、セリムは「そのとおり」と頷いた。
「確かに回りくどい真似ではありますね」
誠次も顎に手を添える。
「そこで俺の協力者が、アフマドのことを調べてくれた。そしたらやはりアイツは、国際魔法教会と繋がりを持っていたらしい」
「国際魔法教会……まさか、国を滅茶苦茶にした張本人と手を組んでいるのか?」
「……ああ。よほど俺のことが許せなかったんだろうさ」
セリムもまた、悔しそうに俯いていた。
「そろそろ、もう一人の協力者について、詳しく教えてくれませんか?」
ずっと隠されてきた、もう一人の協力者とやら。しかもセリムは、その人のことを深く信頼しているようだった。
「わかった」
そう前置きをしたセリムは、昔話をするような口調で、話しだす。
「アイツと知り合ったのは、韓国の魔法大学だった。アイツはそこの学生で、俺も身分を隠して、普通の学生生活を送っていた。その時に友だちになってさ。その縁は今も続いている」
「学生時代の友だち、なのですね」
「そ。アイツパソコンとかネット関係が得意でさ。俺はそっちにてんで疎くて、よく教えてもらったりしてたんだ」
「ネットワークにお強い協力者は、心強いですね。それも学生時代からの仲というのは、素敵なことだと思います」
千尋が両手を合わせて、嬉しそうにして言う。
「ああ。アイツは良い奴だよ。優しいし、頼りになる」
セリムは遠き日の過去を遡るようにして、言っていた。
「ただ、あまり目立ちたがらない性格なんだ。悪いが情報交換は俺を通してくれ」
「わかった。学園のシステムをハッキングできるような腕前の人だ。頼りにしよう」
「本当はいけないことのはずなのでしょうけどね……」
誠次に続き、千尋が苦笑している。
「さて。やられっぱなしはもうここまでだ。覚悟は決めた。一緒に戦ってくれ、誠次」
「ヴィザリウスが少しでも危険に晒される可能性があるとわかった以上、見て見ぬふりも出来ないしな。わかった。共に戦おう」
セリムと誠次はお互いに同時に伸ばし合った手を取り合い、固い握手を交わしていた。
そして、千尋の文化祭のディナーショーの脚本作りも、いよいよ佳境に入っていたようだ。
「え、俺が主役?」
「はい。是非ともセリムさんには、私の考えた演劇の主役をやってもらいたいのです!」
なんと千尋は、大事な役であろう演劇の主役を、セリムに頼みたがっていた。
「面白そうだし構わないけど、俺がやってしまっていいのか?」
「むしろ、セリムさんが一番の適任だと思うんです」
千尋はわくわくした面持ちで、セリムに頭を下げる。
「じゃあヒロインは私やる!」「いいえ私よ!」「私私!」
セリムが演劇の主人公を務めると知ると否や、クラスメイトの女子たちが一斉に、ヒロイン役に名乗りを上げている。砂漠の王子、恐るべし。
そして、セリムを主人公に据えることで、クラスメイト(主に女子)の劇に対する羞恥心を好奇心で塗り潰す芸当は、千尋の作戦なのだろう。魔法学園の人魚姫、恐るべし。
そうして作り上げた脚本に役者を当て嵌める作業を行う千尋に対し、誠次はすでに配役が決まっているクラスメイトらと共に、会場である第三演習場に赴いていた。
「指示は全て千尋から預かっている。みんなにはここで衣装を着てもらって、実際に劇の練習をしてもらう」
誠次が千尋から受け取った台本の映しを片手に、それをそれぞれ並び立つクラスメイトたちに配っていく。
「配役にはそれぞれ納得してもらったか?」
「おう! 俺、サボテンだよな!?」
クラスメイトの一人である北久保が、ガッツポーズをしながら言ってくる。
「……確認だが北久保。本当にサボテンで良いのか……?」
「楽しそうじゃん! 全然ok!」
「……まあ、北久保自身が幸せなら、それでいいと思う……」
ニコニコ笑顔の北久保に、誠次はそれ以上何も言えず、こほんと咳払いをする。彼の太陽のように眩しい笑顔がきっと、サボテンの花を咲かすことを祈って。
「よしみんな。まずは不格好でもいい。実際に通しでやってみよう」
「主役とヒロインがまだいないのに、出来るのか?」
「そこは今は俺と真が代役を務める。目立つのはどうしても主役級だろうが、脇役あっての主役のはずだ。みんなもぜひ頑張ってほしい」
誠次がつらつらと説明する。
「ご褒美、なんかないのー?」
クラスメイトの女子がそのようなことを言う。
そうだな、と誠次は顎に手を添えてから、にこりと微笑んだ。
「一生に残る、思い出、かな?」
(((や、やる気起きねー……!)))
そんなこんなで、誠次主導の演劇練習は始まった。
「ち、ちょっと待ってください。どうしてヒロイン役が、自分なのですか……?」
「男同士だし、気が楽だと思ったから。それに代役だからあまり気にするな、真」
「そうは言いましても……」
千尋が考えた話の流れは、砂漠に住む王子と、迷い込んだ少女の冒険劇なお話。
……どこかで聞き覚えがある気もするが、細かいことは気にしないことにする。
「砂漠の王子、か……。セリムの真似をすれば、いいのかな……」
彼の口調や振る舞いを思い出しながら、台本を片手に、誠次は演技をしてみる。生憎このクラスには演劇部の魔法生がおらず、当然演技指導者もプロはいない。手探りの状態で探り探り進んでいくしかないのだろう。
「砂漠に迷い込んだ、日本人の女の子の役だなんて、自分には……」
真は悩ましげにぶつぶつと呟きながらも、真面目な性格の彼らしく、台本を読み込んでいく。
「どうだ真? 内容は頭に入ってきているか?」
「ええ。素人目線でもとても分かりやすく、それでいて面白いと感じます。ラストシーンはどうなるのでしょうかね?」
未だ空白となっている最後のページを見つめ、真が訊いてくる。
「千尋曰く、もうすぐ完成するとのことだ。今は千尋を信じよう」
読書好きな自分としても、このようにして作品の台本を見ることができるのはなんと言えばいいか、心が踊るようだ。
いざ、演劇を実践してみよう。演劇部がいなければ、演劇の経験など、幼稚園保育園での出し物まで記憶を遡る必要があることもある。
「まあ、大丈夫でしょうか!?」
「大変だ! 王子! 王子はおらぬか!?」
「ぎゃははは!」
「わ、笑うなよ!」
「だって、おらぬかーって、マジうける!」
そう言って誰かが笑ってしまえば、それが伝染していく。悪循環が、第三演習場砂漠の大地に広がっていく。おまけに、この秋にそぐわぬ乾燥した気候と照りつける太陽が、演者たちのやる気を削いでいく。
「結構な問題じゃないか? 本番はお客さんだっている。その人たちがこの砂漠の暑さの中で耐えられるかどうか」
「確かに。現実味を追求するあまり、そこまで気が回っていなかったな……」
砂漠都市の商人役に(ノリノリで)扮する聡也の言葉に、誠次は気がつく。問題は山積みと言ったところだ。
そして、今一番の問題とも言うべきは、ヴィザリウスを狙うと言うアフマドの動きについてだ。
セリムが文化祭に飛び入り参加を果たしたのも、この動きに備えるためでもある。……と言うのが、本人の談だ。
演劇の配役が決まった教室内にて、誠次とセリムは二人きりで会話をする。
「アフマドは今どこにいるんだ?」
「わからない。協力者に依頼しているが、判明まで時間がかかるらしい」
誠次の問いに、セリムは難しい顔を浮かべる。
「出来れば所在地を突き止めて、やられる前にやるのが一番だとは思うが、難しいだろうな」
「文化祭を囮にするつもりか?」
セリムの言葉に、誠次が問い質す。
「そうなるな」
「……納得は出来ない」
「巻き込んで悪いとは思っている。だがアフマドは遅かれ早かれ、ヴィザリウスを攻撃する気でいた。お互いの利害関係は一致しているはずだ」
「ヴィザリウスは傷つけさせない。何があっても守る」
誠次が気合を込めて言えば、セリムも頷いた。
「守るべきものがある。お互い様だな」
「……貴男は国家だ」
「重要なのは大きさじゃないはずだ。思いが強ければ、大事なものに変わりはないはずだ」
セリムの言葉に、誠次ははっとなり、顔を上げた。
「安心してくれ、誠次。ヴィザリウスには指一本さえ触れさせはしないさ。俺とお前とアイツが協力すれば、きっと上手くいく。三人集まればなんとやらってのは、日本のことわざだろ?」
不思議とそのセリムの言葉に、楽観的や気楽だななどと言った、悪い印象は抱かなかった。
今までだってそうして上手く行ってきた。今回だって、きっとそのはずだ。
希望を抱き、誠次は前を向く。
「これもなにかの縁だ。文化祭のディナーショー共々、共に頑張ろう、セリム」
「ああ。頑張ろうぜ、誠次」
そこまで言って、セリムはふと、横に視線を向ける。
彼の瞳の動きを見た誠次は、彼が求めるもう一人の人物の未だ見えぬ姿を、そこに描いていた。
あほーるなにゅーわーるど
「さ、これがクーラムの衣装だ」
せりむ
「日本は素材がすぐに手に入って助かるぜ」
せりむ
「凄いです、本格的ですね!」
ちひろ
「そ」
せりむ
「魔法のランプに絨毯」
せりむ
「ただし、絨毯の上でのデートの後は」
せりむ
「敵の悪い奴に捕まっちまうから注意しな?」
せりむ
「作者は子供の頃それがトラウマでア○ジンを見るのが怖かったらしい」
せりむ




