7 ☆
中巻が最終章まで書ききり、また下巻もあらすじ等を含む第一章まで書ききれたので、本日より不定期更新で何日かに分けて小出しで投稿していきたいと思います。纏めて出すのは推敲ミスや個人的に好きな後書きが上手く書けないので、申し訳ないですが出来ません。
おそらく、しばらく更新通知とかが続くと思いますので、苦手な方はお気をつけてください。
紅葉が舞い落ちる、歩道沿いのカフェ。
秋の空の下、私服に着替えた眼鏡姿の少女は一人、カフェテラスの端っこのテーブルで、アイスカフエラテをストローで吸う。周辺には同じような待ち合わせだろうか、綺麗な女の人が座っていたり、仲睦まじそうなカップルがケーキを食べ合いっこしていたりする。
お洒落は興味がない。書店で買うものと言えば、漫画かゲーム本だ。それにも関わらず、流石に上下ジャージで会うわけにはいかないと思い、有名な女性ファッション雑誌を買って、良いと思ったコーディネートをした。ふわふわとした服は、なんだか全身がむず痒くて、落ち着かない……。
眼鏡も外して、コンタクトレンズにしようかとも思ったけど、流石にやりすぎな気がする。やりすぎって、なにを……? 別に相手は、彼氏でも、なんでもないのに……。
決して安くはないカフェラテを飲むペースは異常に早くなり、すでに氷が半分以上、顔を出している。
「……」
約束の時間はもうすぐだ。腕時計で、時刻を確認した水木は、一つ深呼吸をする。
「―初めまして、貴女が、アクアさんですか?」
背後から突然聞こえたのは、片言な日本語。それでも、優しそうな雰囲気の言葉遣いだ。
「初め、まして……」
初対面の人との挨拶は、得意じゃない。それでも、どこか不思議な感覚だ。電脳の世界で、背中を預けていた、絶対的な信頼のある相方。その生身の姿が、振り向いた先にいた。
「わかるかな? 僕はE。君の、相方だ」
片目を隠した長い黒髪に、緑色の瞳。韓流スターと言われても遜色ないスマートな佇まいで、彼は立っていた。
「昔のメールアドレス、まだ持っていてくれたのですね?」
「……い、いちいち変えるの、面倒だったし……それで……」
意外だった。男であるのはわかっていたけれど、なんというか、それらしくないと言うか。
予想打にしていなかった爽やか好青年の登場に、水木は先の一手を失い、しばし硬直する。
「どうかしましたか? 前に座っても、大丈夫ですか?」
Eは困惑した様子で、水木の前にある椅子を見つめて、言う。
「あ、ど、どうぞ……」
水木は視線を合わせられずに、俯きがちながら、Eに着席を促した。
不思議だ。ネットの世界ならば片言になることもなく、チャットは当然、会話だって平然とできるのに、いざ昔ながらの相方を目の前にすると、しどろもどろになる。
「意外でした。まさかアクアが、このように可憐な女の子だったなんて」
「か、可憐って……」
「だってアクアは凄腕のゲーマーで、度胸もあった。僕よりもゲームが上手いし」
Eはテーブルの上で腕を伸ばし、当時を懐かしむように、言っていた。
Eは普段は、韓国にある魔法大学に通う、三つ上の大学生だと言う。つまりは二十歳の男性だった。
向こうがそう自己紹介をしたので、こちらも同じようなことを伝えた。日本のヴィザリウス魔法学園に通う、一七歳の高校生と。本当の名前など、無理に根掘り葉掘り聞こうとしないのは、ネット上のマナーからの延長行動だ。
「どうして、突然会いたいだなんて……」
「日本に来る用事があって、それで日本だからあなたのことが頭に浮かんだんです。そう言えば元気にしているのかなと。だから会いたくて、会いました」
会いたくて、会いたかった。まるで歌の歌詞のように、そんなストレートな物言いは、アクアこと水木からすれば理解はできえないものであった。
「覚えていて、くれたんですか……」
水木は腿の間に手を入れて、そわそわとしている。自覚できるほど顔は真っ赤で熱くなり、言葉が辿々しくなる。向こうは外国人で、こっちは母国にいると言うのに。
「勿論です。楽しかった思い出は、いつでも忘れることが出来ません」
Eは首を横に振りながら、はにかみ、言っていた。
「私も、楽しかった気がする……」
水木も同調していると、そう言えばと、一つ思い出したことがあった。
「この間のゲーム大会。あなた、せっかく優勝したのに、表彰式にも出ないなんて」
「僕は基本、顔出しNGだし。それに、あまり富にも名誉にも興味がありません。ただ僕のプレイで、人々が喜んでくれるならば、それでいいんです」
「でも、代理人とか呼べばあなたくらいだったら……」
水木が言いかけるが、Eは眉根を寄せて明後日の方を向いていた。
「いいんだ、別に。僕にとって、そんなもの……」
ゲーマーであると言うのに、筋肉質なEの体躯の腕には、微かな青筋が奔っていた。
「ごめん。少し、リフレッシュしたいんだ。最近とても忙しくて」
「リフレッシュ?」
「うん。良ければ、日本の街を案内してほしいな。日本は初めて来るから、一人だと迷いそうで」
「え、私が……?」
「勿論。日本人の友だちはアクア、君だけだからね」
にこりと微笑むEは、それが当たり前の事のように、言ってくる。
まさかの事態に、慌てるのは水木の方だ。会って少しだけ話をして、別れる。そうしようと思っていた彼女の脳内計画は、音を立てて崩れ始めている。どちらかといえば頭は良い方で、計算も速い方だと言う自覚はあるが、あるこそ、自分の思い描いていた計画に狂いが生じた際のダメージは大きい。
プログラムは修復できぬまま、あっという間に水木の頭の中は、バグでいっぱいになる。でも、無理には断れない優しさが真っ先に出てきて、水木は席を勢いよく立ち上がる。
「え、えっと。ついてきて、下さい……」
「あ、よろしく、頼むよ」
急に立ち上がった水木にやや気圧されながらも、Eは笑顔となり、かつての相方のあとを追っていた。
「前もって言っておくけど、私はあまり外出しないから、詳しくないですよ……?」
「大丈夫です。僕を好きなところに連れて行って下さい」
これじゃあまるでデートじゃないか……。そう口走ってしまえば、ますます気まずい思いを味わいそうなので、喉元にまで出かかった言葉を、水木は抑える。すでに会話の話題も思いつかない。
とりあえず、新大久保に向かえばいいのだろうか……?
「そもそもどうして、あなたは日本に来たんですか?」
お洒落な佇まいの店が軒を連ねる商店街を、行く宛もなく歩きながら、水木は聞いてみる。
「リフレッシュの為です。軽い旅行だと、思ってくれれば」
「日本語、上手ですね」
「まだ片言ですけど。昔は君に合わせるために苦労しました。君がちょくちょく教えてくれたおかげです」
敬語を使うEは池を泳ぐ鯉に視線を向けながら、答えていた。
「私と話して、あなたは楽しいの?」
客観的に見ても、個人的に分析しても、とても魅力があるような人には自分は見えないと思う。周りの娘と比べても特別可愛くはないし、話もつまらないだろうし。
だから、純粋な疑問として、水木は聞いてみた。……ああ、きっとこんな話題は、またつまらないものだろう。火村が聞いたら、また怒られるかも。言い終わった瞬間から、そんなネガティブな感情が続々と沸き起こる。
――しかし。
「楽しいです。昔を思い出しますよ。何も考えず、何にも縛られないで、自由にゲームを楽しんでいた頃。だから、今はとっても楽しいんです」
Eは振り向き、にこりと微笑んで、言っていた。
太陽の光が池の水面に反射して、彼の横顔を照らす。普段表舞台に立つことない、電脳世界の貴公子とも呼ばれる彼の自然な出で立ちは、水木にはとても眩しく見えてしまっていた。
「アクアはどうです?」
水。その名を呼ばれ、水木ははっとなって、Eを見る。
「私……?」
「ええ。なんだか、つまらなそうだなと思ってしまって。もしかして、僕、なにか悪いことをしてしまいましたか!?」
Eが心配そうにして、水木の表情を覗き込んでくる。
水木は慌てて、首を左右に振っていた。
「あ、あなたのせいじゃないです。ただ……つまらないと感じているのは、私も同じです。最近……」
「君もなのか……」
手すりに手を添えて呟いたEに、水木はやや驚く。
自分とは違って、有名で、華やかな生活で、きらきらと輝いているように見える彼。それが私と同じ……?
気がつけば、Eは真摯な眼差しを、こちらに向けていた。
その片側の瞳に見つめれられると、心がざわつく。妙な胸騒ぎと、言うべきか。
「アクア。また昔のように、僕と組みませんか?」
「え……?」
「今の地位も栄光も何もかもを、僕は捨てる覚悟です。また昔のように、自由にゲームを楽しみたいんだ」
「そ、そんなこと急に言われても。そもそも、地位を捨てるって……」
相手がなにを言っているのか、水木には未だ理解が出来なかった。
だが紛れもなくわかるのは、目の前にいる男が、救いを求めて自分に手を差し伸ばしているということだった。
「どうですか、アクア?」
「どうって……今は、魔法学園があるから……」
自分の胸に手を添えて、水木はすぐにはEの手を取ることができずに、視線を背けてしまう。
すると、Eは寂しそうな顔をして、手を引く。
「君だったら、僕を救ってくれると思っていたのに……」
「貴男を救うだなんて、私には無理だよ……」
一体何を根拠にそんなことを……。と告げかけた口は、途中で止まる。
彼はもう、水木に背を向けていた。
「ごめん。もう行かないと」
「行くって、どこに?」
「僕の……居場所です」
人混みの中に紛れて、見えなくなっていくEの背中をじっと見つめ、水木はしばし動けないでいた。
「何だったん、だろう……」
風のように現れ、風のように去っていったかつての相方。水木は俯きながら、自身も振り向き、その幻影を振り払おうとした。しかし、どうしても昔の記憶は根強く結びつき、頭から簡単には離れてはくれなかった。
※
「怜宮司飛鳥が砂漠に現れた!?」
翌日のヴィザリウス魔法学園の中庭。魔法による障壁で守られた魔術師たちの里に、元大人気アイドルの絶叫は響く。
「今はまた日本に来ているらしい。結局姿までは確認できなかったが、なにか企んでいるのかもしれない」
中庭の大木の真下にある、枝葉の下のベンチで隣同士に座り、誠次と一つ年下の後輩である帳結衣は会話をしていた。やはり、彼女には当時の当事者として、耳には通しておくべきことであるはずだ。
「アイツ何考えてるのよもう……。て言うか、檻の中にいるんじゃなかったんですか?」
結衣はひどく不満そうに、唇を尖らせて言う。
「ところがどういうわけか、復活している。復活の怜宮司飛鳥だ」
「映画みたいなタイトル!? って、笑い話じゃないですよ……」
「す、すまない……」
それっぽく言い出した誠次に結衣がツッコみ、誠次は後ろ髪をかく。しかし如何せん、語呂が良すぎる……。
「ともかく、結衣には近づけさせない。何かがあったら、俺か悠平にすぐ連絡してくれ」
「うん。ありがと、誠次先輩」
結衣は嬉しそうに、微笑んでいた。
紅葉の木の下、そよぐ風は心地が良い。ここで読書をしたら、きっと捗るのだろうなと考えていたところ、隣に座る結衣が顔を傾けて来ていた。
「ねえ、誠次先輩のクラスは今年の出し物は何にするの?」
「流石に二年連続アイドルの力を頼るのは全方面を敵に回しそうだし、なくなったんだ。その代わりに、演劇を行うことになった」
「劇かー。大変そうですね」
結衣はそこまで言うと、そうだ、と何かを思いついたように表情を明るくする。
「私も手伝いましょうか!? ライブとかの知識も少しは役に立つと思うし」
「い、いや。結衣は1―Aの出し物に全力を注いでくれ。ところで1―Aは一体何を出すんだ?」
かつては自分が所属していたクラスの名と教室だ。愛着がまったくないわけではなく、誠次は尋ねてみる。
「私たちのクラスはね……ちょっと恥ずかしいけど、メイド喫茶!」
「……それは、いいな。うん、素晴らしい……いいものだ……」
「え、なんでちょっと遠い目をしてるの、誠次先輩!?」
後輩たちが心底羨ましいと感じる、誠次であった。秋の風は、心を冷たく、揺さぶっていく。
セリム邸から朝になって学園に戻り、今日もまた文化祭開催へ向けた準備が始まる。
他クラスと比べても大きく遅れが生じている2―Aにとってすれば、無駄には出来ない時間が続く。
休み時間は勿論、昼休みの食事休憩の時も、誠次と千尋は二人で行動をしていた。それを見た他の魔法生たちがひそひそと噂話をすれば、それはたちまち伝染して、学園中の色恋話のネタになるのにそう時間はかからない。
「――なるほど、愛人秘書契約ってやつか」
「違う!」
「違います!」
劇のネタにするという名目のため、また相方と言う名目で、放課後の食事の席にも千尋は同席する。
今日の夕食は、近所にある牛丼チェーン店が新発売したメニューを、他クラスの寺川と共に食べに来ていたところだ。
スプーンを片手に、冗談混じりに寺川が言った言葉に、誠次と千尋は横並びに座って反論する。
しかし、牛丼店のカウンター席に高校生男女が横並びに三人座るのは、中々珍しい光景ではなかろうか。おまけに一人は、なんと牛丼屋に初めて来たと言うのだ。
「凄い速度で料理が出てきました! これが牛丼屋さんなのですね! お味噌汁もついています!」
席に着いて間もなく提供された丼に、千尋が感動している。店員さんも気を利かせて、三人のうち女性優先にしてくれたようだ。
「にしても本城さんに牛丼屋か……。一緒に来るって分かってれば、他の店にしていたんだけどな」
寺川が苦笑している。
「食事の時間も無駄にはしないらしい。これで良いんだ。だろ、千尋?」
「はい! それに、今私とてもわくわくしています!」
千尋は目を輝かせて、今か今かと牛丼を食べたそうにしている。
「ま、牛丼は老若男女誰が食っても美味いはずだ」
そう言った寺川と、同じくスプーンを持って食事へのイメージトレーニングを行っていた誠次の前にも、新発売の料理が運ばれる。
二人の分まで食べ始めるのを待っていた千尋も、両手を合わせていた。
「「「頂きます!」」」
ちなみに寺川の彼女さんは、文化祭実行委員として居残りで頑張っているとのこと。おかしい、俺たちも、実行委員のはずなのに、二人して牛丼店にいる。
しかしそんな悩みも、目の前にある美味しそうな丼飯を前にすれば、些細な悩みとなる。三人が頼んだ九種のチーズかけ牛丼は、九種類もの個性的なチーズが乗った、絶品だ。
「紅しょうが、頂いてもいいのでしょうか?」
「ああ、でもかけ過ぎはご法度だ。適量をな」
千尋に対して、寺川が言っていた。
寺川も2―Bの文化祭実行委員となっており、今日は本来であれば、実行委員同士となった繋がりの為の食事も兼ねていた。学級委員と言う呪縛はなくなったが、依然としてクラス内での人望は厚い者には、自然とこのような役職が回ってしまうのだろうか。
千尋は食事をしながら、ときより何かを細かくメモしているようだった。まさか、牛丼屋も登場する演劇のプロググラムなのだろうか。砂漠に牛丼屋とは、いかがなものか……。
「しっかし、お前らのクラスは劇か。恥ずかしくねーの?」
「お化け屋敷で安牌を狙ったお前たちのクラスよりはマシだろ」
ディナーショーを提案した千尋の気分を損なわせたくはなく、三人の中で真ん中に座る誠次はすぐに反論する。
「悪かった悪かった。本番は見に行ってやるよ。だから、俺たちのクラスのも見に来てくれよな?」
「それは……出来れば、行きたくないんだが……」
「え、一緒に行きましょうよ誠次くん?」
気まずく俯く誠次に、奥の席に座る千尋が首を傾げる。
「お化け屋敷なんか行かなくても、生きてはいける……」
「天瀬さてはお前、お化け、怖――」
寺川がははんと、感ついたような表情を送ってくる。
千尋もまた、あっと、驚いたような表情をしていた。
「誠次くんの意外な弱点、見つけてしまいました!」
「べ、別に意外というわけでは。それに……予め来ると分かっていれば対処はできる」
「それお化け屋敷じゃねーじゃん……。攻略サイト見ながらプレーするホラゲかよ」
見栄をはる誠次に、寺川がツッコんでいた。
牛丼屋で新作メニューを食べ終わった後には、外は夕暮れの茜空が広がっていた。誠次と千尋と寺川は、魔法学園に戻るために、市街地の歩道を歩く。
横に見えるのは、都会の町中にある公園だ。夏にはあそこで雨宮愛里沙と、小野寺理と雛菊はるかが出会ったと言う。
「なあ、バスケしていかね?」
「嫌だ。お前がずっと活躍しているのを見させられるばかりだ」
「またまた。本城さんにダサい姿を見られるのが恥ずかしいんだろ?」
「ち、違う。そんなんじゃない。もう夕暮れだし、早めに学園に帰らないと」
それらしいことを言って、上手くこの場を逃れようとする誠次であったが、寺川はすでに公園内の敷地へと向かっていってしまっていた。
「すまない千尋……」
「いえいえ! とても楽しそうですね!」
一応千尋に謝るが、むしろ彼女は乗る気で、バスケットに興じる男子二人の姿を見たいようだ。これも、演劇の脚本作りに役立つのだろうか。
「やっぱ食った後は運動しねーとな」
レンタルで使用できるバスケットコートと、ボールを片手に、寺川は明るく言う。本当に、生粋のバスケットボール好きなのだろう。今では部の部長という立場だが、本質はバスケ大好き少年なのだろう。
「食べたあとは静かに読書がしていたい……お腹痛くなる……」
愚痴をだらだらと溢しながら、誠次もまたバスケットコートに入場していた。
千尋はコート脇に併設されたベンチに座り、二人の男子の様子を見守っていた。そしてその手には、相変わらずメモ帳が握られている。
「あ、少し風が強いですね……」
そよいだ風に、千尋は思わず髪を抑える。
一際強い風が吹いたかと思えば、それは誠次がゴールリングへ向かって投げたバスケットボールの軌道をもずらしていた。是が非でも誠次のシュートを決めさせまいとする神々の息吹か。
その影響は、千尋の元にも及び、彼女が手に持っていたメモ帳が、宙を舞ってしまった。
「あ、大切なメモ帳が!」
千尋が慌てて立ち上がり、宙を舞ったそれを追おうとする。
「まずいぞ天瀬」
「わかってる!」
寺川と誠次も、地面の上を跳ねるバスケットボールを追うのを一旦中止し、空を舞う紙を追いかける。
紅葉が舞い落ちる中、宙を舞った千尋の白いメモ用紙を掴んだのは、誠次と寺川よりも背丈の高い、男の手であった。
「――これ、君のかい?」
キャッチしたそれをじっと見つめた後、男性は、走って追いついてきた千尋にそれを差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
やがて追いついた誠次と寺川だったが、とりわけ誠次は、千尋のメモを握る男の姿を見て、唖然としていた。
「お、お前はっ!?」
「ん……?」
間違いない。怜宮司飛鳥その人だ。きっちりとしたスーツ姿は相変わらずであり、その表情は……とても、健やかだ。
「なぜここにいる!?」
誠次が腕を振り払って前へと進み、怜宮司に問い詰める。
かつてはこちらを追い詰め、桃華を手にかけようとした宿敵だ。なにを考えて再びこうしてこの場に来たのか、誠次は警戒心をむき出しにする。
しかし、当の怜宮司は、きょとんとした表情を浮かべていた。
「えっと……ごめんね。僕はただ、ここの紅葉が綺麗だから見に来ていただけなんだ」
……綺麗な怜宮司が、そこにはいた。
「え……?」
「いい人っぽそうだけど……?」
戸惑う誠次と、両者交互に首を向ける寺川。
そうだ。目の前に立つ男は間違いなく、怜宮司飛鳥そのもの。しかし、その雰囲気は、最後に会ったときよりも、大きく変わっており。
「まさか、俺のことがわからないのか……?」
まさかとは思ったが、誠次は恐る恐る、怜宮司に問いかける。
怜宮司は、顎に手を添えて、眉根を寄せていた。
「ごめん……分からないな。僕は昔の記憶が、ないんだ……」
「まさか、記憶喪失!?」
記憶喪失となっていた、綺麗な怜宮司飛鳥が現れた。
~水を求めて~
「の、喉が渇いた……」
せいじ
「誰か、水を……」
せいじ
「蛇口を捻れば水なんか出てくるじゃん」
てらかわ
「そうじゃないんだ、寺川!」
せいじ
「は……?」
てらかわ
「長きにわたる苦労の末」
せいじ
「たどり着いた至高の一滴」
せいじ
「それこそ、俺が求めているものなんだ!」
せいじ
「ああ……」
てらかわ
「そんなことにも気がつかなかったなんて……」
てらかわ
「なんて浅はかだったんだ、俺は!」
てらかわ
「さあ、今こそ!」
せいじ
「今こそ!」
てらかわ
「「資源を大切にしよう~!」」
せいじとてらかわ
「……なにこれ」
ちか
「環境問題を題材にした劇です!」
ちひろ
「妙にリアリティーある迫真の演技ね……」
ちか




