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「妹が行方不明になってしまった?」
「その通りだ、剣術士」
ゴリラの着ぐるみを脱ぎ、ノア・ガブリール魔法博士は、テレビや雑誌でよく見た事がある紳士服の上にマントを羽織った姿になっていた。これが、彼の正装であり、逆にこれ以外の彼の姿を見たことがない。
ここは公園の中でも特に人気のない、木々や雑草が生い茂った林の中だ。切り株の上に腰を掛けたガブリール魔法博士は、白い手袋に包まれた両手を顔の前で合わせる。その出で立ちは、旧世紀の人々が想像した魔術師のアナログな姿によく似ていると思う。
「シア・ガブリール。私の自慢の妹だ」
自前の電子タブレットを操作したガブリール魔法博士は、立って腕を組んでいる誠次と、風に揺れる花をしゃがんで眺めている心羽の目の前に、ブロンドヘアーの少女の写真を写し出す。
「リボン付けてる! 可愛い!」
心羽が髪の耳をぴんと立て、言っている。
「そうだろう!? 両親を゛捕食者゛に殺された私にとっては、大切な家族なんだ……」
「大切な家族……」
明るくなった後、すぐに肩を落とすガブリール魔法博士を見つめてから、誠次は視線を落とす。
「電子タブレットとか、シアさんは持ってはいないのですか?」
「シアは何と言うか、物心ついた時から不思議な妹だったんだ。まず機械の操作は出来ない」
「え……」
「そして、よく迷子になる……。今回は初来日で心配していたのだが、まったくその通りになってしまった」
ガブリール魔法博士は悩まし気に頭に手を添えていた。
「私も日本の地で浮かれていたことは認める。どうかお願いだ。妹を探してはくれまいか?」
「他に頼める人はいないのですか? スタッフは貴方の指示に従うのでは? 俺一人に言うよりはそちらの方が」
それでわざわざ剣を背負ったこちらに声を掛けて来て、失踪した妹の捜索依頼を出すわけは分からず、誠次は訊く。
「そ、それは……難しい考えだ」
ガブリール魔法博士は答えようとも、口籠っているようだった。そして、何かに怯えるように、身体を小さく震わせる。
「頼む剣術士。君のアメイジングな活躍と姿は、私にとっての希望なのだ」
「大袈裟ですよ……。貴方にはすでに、輝かしい功績がある」
差し込んだ太陽の日差しが少年たちに降り注ぐが、ガブリール魔法博士の表情には深い影が出来ていた。
「……私の功績は、本当は私のものではない。全ては、妹の扱う魔法によるものなのだ……」
※
「んっ……。……やっぱり日本の食べ物は、美味しい」
「美味しいって……」「言われても……」
イチゴとバニラのミックスソフトクリームを舐め、微笑むブロンドヘアーの少女シアに、篠上と結衣は絶句していた。
シアが先ほどから食べ続けているのは、アイスに始まり、アイスにアイス。お腹を壊してもおかしくない食べっぷりであるが、シアのペースは落ちず、無表情の中、時より幸せそうな微笑みを覗かせ、アイスを食べ続けていた。
「イギリスにもアイスくらいはあるでしょ?」
さすがに一日二本目を食べる気にはなれず、ベンチに座って見守る篠上が訊くと、シアはこくりと頷く。
「うんあったよ。でも食べたことなかった」
シアはお上品に、逐一ハンカチで口元を拭いながら、二人に告げる。
「……そろそろ、お兄ちゃんの所に帰りませんか? きっと心配してると思いますよ」
結衣が身を乗り出し、シアに言う。
それに対し、シアは気難しそうな表情を浮かべて、首を左右に振る。
「……ううん。私がいると、お兄ちゃん、苦しそうだから。いないほうがいい。私がいないほうが、お兄ちゃんは幸せ……」
「いないほうがいいって……何言ってるの!?」
結衣が思わず叫んでしまうと、シアはむっとしたような表情を一瞬だけ覗かせたが、すぐに興味を亡くしたように、そっぽを向いてしまう。
「……っ」
義理とは言え、結衣にも兄がいる身分だ。
「シアさん……」
篠上にも見えたその横顔は、まるでこの世の全てに対して興味を抱いてはいないような、虚しさと儚さを漂わせている。
「……ごめんね。私、もっと、お散歩したい」
シアは立ち上がり、春のそよ風を身体いっぱいで感じるように、大きく伸びをする。
「あ、でもお金も返さないと。このままじゃ、泥棒になっちゃう」
「……分かったわよ。ついていけばいいんでしょう?」
やれやれと、篠上はため息混じりに立ち上がり、なにか言いたげに座ったままの結衣を見る。
「結衣? 大丈夫?」
「……はい」
俯きかけていた結衣も立ち上がり、篠上の後に続いていた。
※
「ええ!? ガブリール魔法博士、嘘ついてたの!?」
話を聞いていた心羽が、髪の耳をぴんと立たせ、驚いている。心羽の足元にいたリスも、一生懸命に食べていたドングリを落とし、ガブリール魔法博士を見つめている。
「すまない……。君のようなレディを悲しませたくはなかったのだが……」
ノア・ガブリールはシルクハットを胸に添え、礼をするように軽く頭を下げている。
「妹さんの、魔法の力が、今までの貴方の功績だったんですか……?」
魔法学の教科書に載るような人物のまさかの事実に、誠次も大きく動揺していた。
「確かに研究をして、実験をしたのは私で間違いない。……しかし、理論は組み立てられても実力が私には伴わなかった。肝心なその魔法の扱いは全て、妹によるものだったのだ。公演の魔法ショーも、妹なしではとても行えない」
自分の手の平を見つめ、ガブリール魔法博士は力なく言う。
「貴方自身の魔力は……?」
「簡単な汎用魔法を扱える程度さ。……君たちのような魔法生に大きく劣る程度だ。私は、魔法が得意ではない……」
「そんな……」
心羽がしゅんとなり、肩を落とす。
「君たちを……いや、世界を騙すような真似をしていて、私も心苦しかった……。しかし、それでも天才魔法博士として壇上に上がり続けなければならない理由が、私にはあったのだ」
何かの執念すら感じさせるほど、ガブリール魔法博士は右手を拳の形で握りしめる。
「剣術士。私にとって君は憧れなのだ。魔法が一切使えない君の活躍は、今もいる魔法が使えない世代や、私のような魔法が不得意な者にとって、大いなる励みとなるのだ。君のニュースを見たとき、私は君に猛烈な興味を抱いていた。まさかこうしてここで会えるとは、運命とはあるものなのだな」
自分が尊敬していた人物が、自分をよく知っている。その事実に、誠次は胸が弾んだ気がするが、今は状況が状況であった。
「俺だけの力ではありません。俺の強さは、周りの人のお陰なんです」
「君も……そうなのか」
ガブリール魔法博士は、少しだけ驚いたように、誠次を見つめる。
「全てが終われば、世界を欺いた罪は受ける。しかし今はどうか、私の大切な妹の捜索に力を貸して欲しい。私の幸せよりも、妹の幸せを優先したいのだ」
ガブリール魔法博士は、手袋を取り、自身の右手を差し出してくる。
「ガブリール魔法博士、シア゛先輩゛のこと、大切なの?」
年上には取り敢えず先輩付け、と言うのがヴィザリウス魔法学園での生活で心羽が身につけた、微妙に間違った知識だ。
心羽が首を傾げて、ガブリール魔法博士に訊く。幼さ残る顔は、真剣な表情だ。
ガブリール魔法博士は、下げていた頭を上げ、ファンであった心羽をまじまじと見つめる。
「……勿論だ。シアがいなければ、私は生きてはない。シアは、私の命の恩人であり、私の大切な妹なのだ」
「妹、か……」
誠次は思わず呟く。自分もまた、妹によって守られ、命を救われた身だ。結果として妹は死に、魔法が使えない自分がこの魔法世界で生き延びている。
「……一つ訊きたいんです。どうして妹さんは、貴方の元から姿を消したのですか? 理由や思い当たる点は、何かありませんか?」
誠次は慎重に訊く。昨年、多くの事件に介入したことにより身に付いた、調査行為である。今のところ考えられるのは、ガブリール魔法博士がシアに魔法を使うことを強要し、シアが逃げ出したという線だが。
的を射る質問だったのか、ガブリール魔法博士は、軽く深呼吸をして、口を開く。心なしか、それとも温暖な日本の気候が英国人には応えるのか、彼が額から一筋の汗を流しているようにも見え。
「……私とシアが両親を゛捕食者゛に殺された後、私たちを保護した組織があるのだ。……正確には、拉致された、と言うべきだろうか」
「おーがに……? きゃりー……?」
「ち、ちょっと待て心羽っ。今デンバコで調べるから!」
発音の滑らかな英単語を連発されると聞き取れず、甘噛みを重ねる心羽に、誠次は慌てて電子タブレットを起動していた。
「組織に拉致……?」
誠次が確認をするようにガブリール魔法博士を見る。
ガブリール魔法博士は頷いた。
「イギリスの魔法マフィア。私と妹のシアは、両親亡き後、彼らに引き取られた。……私の主な著書の売り上げは、ほぼ全てが彼らのものだ」
「魔法マフィア……。魔法を使った暴力団的な存在……」
日本でも、時々ニュースになる、魔法世界の問題の一つだ。
「心羽が買った、ガブリール魔法博士の本も? 学園の図書館にあった、本も?」
「申し訳ないレディ……。今日行う予定であった公演も例外なく、マフィアの資金源になっているのだろう」
ガブリール魔法博士は心羽の真っ直ぐな眼差しを受け、心苦しそうにしていた。
「ガブリール魔法博士の本、分かりやすくて、心羽、大好きだった……」
「心羽……」
自分も読んだことがあるガブリール魔法博士の本の真実に、誠次も心羽同様、視線を落とす。
「シアは、私の活動がマフィアの資金となっていることを知って、私から離れたのだろう。……だがマフィアもシアの魔力の高さは知っている。シアを連れ戻すため、全力で捜索するだろう」
「まさか、イベントスタッフはみんな……?」
誠次は木々に囲まれた周囲を見渡す。
「イギリスマフィアの面々だ。だから君とは、こうして話すべきだと思ったのだ」
「マフィアに見つかってしまうか、一刻を争う事態、と言うわけですか」
「その通りだ。だからどうか、君の力を貸して欲しい。日本の警察に頼もうにも、私とシアは本国へと強制送還させられることだろう。……私一人の力では、どうにもできないのだ」
ガブリール魔法博士は、マフィアの手から逃れるために、妹と日本に来たようだ。魔法技術の遅れと比例して、日本は魔法犯罪の件数も世界的に見て少なく、まだまだ平和な方であると言われている。テロも、壊滅した。
「……妹さんの捜索には協力します。しかし、マフィアに関わるつもりはありません」
「……その通りだろう。妹さえ探すのを協力してくれれば、後は私たちが自分でどうにかする」
少しばかり残念そうな表情をしたガブリール魔法博士だったが、誠次はそんな彼に右手を差し出した。
「剣術士?」
ガブリール魔法博士は驚いた様子で、誠次を見つめる。
「例え貴方の功績が嘘だったとしても、その信念に変わりはないはずです。魔法を平和のために使う。そうでしょう?」
「その通りだ、剣術士。例えこの身に力がなくとも、私はそう思っている」
心羽が心配そうに見守る中、ガブリール魔法博士も右手を伸ばし、誠次の右手を握っていた。
「心羽も手伝う!」
「レディ……。君のようなか弱いレディを、巻き込むわけには……」
「でも……」
渋るガブリールに、勢いを失いかける心羽であったが、誠次が首を横に振る。その対象は心羽ではなく、ガブリール魔法博士だ。
「心羽の魔法の才は、秀でています。それに、もしもの時は、俺が心羽を守ります」
「せーじ!」
一転、ぱっと表情を明るくする心羽を見て、ガブリール魔法博士は納得したように頷く。
「レディ改め、勇敢な狐少女。君たちはそうか……私とシアと同じく兄妹なのかな?」
ガブリール魔法博士が訊くが、心羽はふりふりと首を横に振る。
「ううん、違うよ!」
「そうかそうか。そうだろうな、そうだろうな」
ガブリール魔法博士は高らかに笑いながら、ジト目を向ける誠次と首を傾げる心羽を交互に見ていた。そして、やれやれとシルクハットに手を添える。
「この魔法世界の人間の染色体と遺伝の法則とは得てして妙だが、まさかここまで似ていない兄妹がいるわけがなかったか」
「別に、男と女の兄妹なんて似てなくていいのではないですか」
むきになってぼそりと呟く誠次に、ガブリール魔法博士はニヤリとほくそ笑む。どうしよう、もう帰ろうかな。
一方で、顔をほんのりと赤く染めた心羽が、ガブリール魔法博士の前を横切り、おもむろに誠次の手を掴む。
「こ、心羽?」
数ヶ月前に握った手よりは少しだけ大きくなり、また人としての温かさもより一層増した女の子の手に、誠次は戸惑う。
「心羽は将来のせーじの奥さんだから!」
「「んな……」」
この場の小鳥だけが、心羽の言葉を祝福するように、押し黙る二人の少年の周りでぴよぴよと飛び回る。
「そ、剣術士……。日本の一部の男性にはこのような性癖を持つという特徴があると言うことを、マフィアに無理やりやらされた日本語学習用の本には書いてあったが……」
ガブリール魔法博士は、心羽を可哀想なものを見るような瞳で見つめる。
「狐少女……。まだまだ人生は長くて、そうも結論を急ぐ必要は……」
「どんな本で日本語学習したんですかっ!? い、いや、俺はそういうわけではっ!」
「ではアレか! 逆に、熟された女性の身体に興奮を覚えるというやつか? 君のような年頃の少年が目覚めるのは珍しいと聞いたが……いやしかしあり得る!」
「すごい極端だなっ! イギリスマフィア何学ばせようとしてたんだ!?」
変な誤解をされ、ガブリール魔法博士にものすごく引かれていた。
反論する誠次の手をぎゅっと握り締めたまま、肩にどこかで見たような小鳥を乗せる心羽は、くすりと微笑んでいた。
※
その騒動は、誠次たちがシア・ガブリール探しを開始した直後に起きていた。
道幅も広く、通行人もまだ多かった公園内。先頭を歩いていたシア・ガブリールと、すぐ後ろを歩いていた篠上と結衣の前に、ガブリール魔法博士の公演会場スタッフが立ち塞がったのだ。
「なんで、ガブリール魔法博士の公演スタッフが……?」
「さあ……」
スタッフを前に立ち止まったシアの後ろで、篠上と結衣がぼそりと声を掛け合う。
「逃げられるとでも思ったか!?」
「……ここは、平和の国だから」
イギリス訛りのある英語で、男性スタッフが何かを叫ぶと、シアは首を懸命に横に振るう。
「シア……?」
篠上が声を掛けたその瞬間、男性スタッフが急に右手を持ち上げ、攻撃魔法の魔法式を展開する。
「えっ」
結衣が声を上げたときには、戦いは始まっていた。
周囲に控えていたのか、次々と魔法式を展開したスタッフたちが、三人の少女を取り囲む。よくみれば彼らは全て外国人で、日本人はいないようだ。
「伏せてっ!」
結衣の目の前まで接近していた魔法の攻撃に、篠上が反応し、防御魔法を発動する。
魔法と魔法が激突し、眩いスパークが発生する。篠上が咄嗟に発動した防御魔法は、悲鳴を上げる結衣への攻撃を防ぎきる。
「《ライトニング》」
シアが放った雷属性の魔法が、襲い掛かってきた男性スタッフを麻痺させる。構築速度は速く、威力も申し分ない。優秀な魔術師なのであろう。
「こいつら、何者よ!?」
「……悪い人たち」
「それは分かるんですけどっ!」
篠上と結衣が背中合わせとなり、シアを睨む。
「《エクス》」
またしてもシアは、二人の相手を魔法で倒したところである。
しかし、相手の数は多く、このままでは次第に追い込まれてしまうだろう。
「っ! 逃げるわよ、シア!」
「えっ」
戦い続けようとしていたシアの左手を掴み、篠上が走り出す。
シアはきょとんとした表情のまま、白いサンダルの足をもつれさせかけながらも、篠上の後に続く。
「桃華ちゃん、援護!」
「ちょっと先輩!? 本名!」
「ご、ごめんっ!」
「いいですけどっ! 《エクス》!」
結衣は眼鏡を傾けたまま走りだし、しかし篠上に言われた通り、後方から迫りくるスタッフたちへ向け、足止めと牽制の為の弱い攻撃魔法を放つ。それらは男性スタッフの目の前の足元に着弾し、彼らの走る速度を緩めた。
「……どうして?」
息を切らして走るシアは、赤いポニーテールを振り乱しながら、懸命に前へと走る篠上に訊く。
「どうしてかしらね……っ! アイツに似たのかも!」
「あいつ……?」
「いいから今は逃げる!」
時より後ろの結衣がついてこれているか確認しながら走り、篠上も息を切らす。公園内ですれ違う一般人たちは、走り抜ける少女三人組に驚き、道を開けていく。
「大丈夫ですか、綾奈先輩、息切れてますよ!?」
「生意気! でも、さすがの運動神経ね!」
結衣は魔法を発動しながらも、息を切らしている様子はない。運動神経が良いのだろうか、努力の賜物なのだろうか。
「こっちにも!?」
急に立ち止まった篠上の目の前では、手元で攻撃魔法の魔法式を展開した男たちが立ち塞がる。
「この人たちは、関係ない」
シアが英語で何かを呟き、男たちへ向け風属性の魔法を発動する。まるで大縄跳びに足を引っかけたように、横並びの男たちは足に魔法の直撃を受け、一斉に宙返りをしていた。
「こっちっ!」
篠上は勇気を振り絞り、横道へと逃げ込もうとする。
「逃がすものか!」
「っ!?」
進もうとした脇道からも、男たちが現れ、立ち塞がる。
「囲まれた!?」
結衣が後ろから追い付いたスタッフたちへ向け、威嚇の魔法式を向けるが、多勢に無勢であった。
瞬く間に三人の少女は取り囲まれ、逃げ場を失う。周りの人々は、白昼に突然行われた魔法戦に恐れ、逃げ出していた。
「あ、諦めないんだから!」
篠上は攻撃魔法の魔法式を展開する。
迫る魔法の光は、経験したことがないくらい、あまりにも多く、眩しく感じた。
ちらと、すぐ横にいる結衣を見る。
結衣も多人数を相手に、魔法式を展開したままだ。いつも通りの不敵な表情を見せつけはいるが、焦っていることは明らかに分かる。
昨年の秋の事件の際も、誠次は桃華を守るために戦っていた。劣勢でも、諦めずに。
「今度は、私が……!」
しかし、敵はあまりにも凶悪だった。
篠上の構築した魔法式は、相手が発動した妨害魔法により、ガラス細工を粉々に砕かれたかのように、破片となって破壊される。
あっとなった篠上の目の前まで迫った魔法の矢は、シアの防御魔法が防ぐ。
そうすれば、今度は結衣が押され、三角形の布陣は崩れ始める。
「ヤバイかも……!」
「……っ!」
「……あ、来る」
歯ぎしりを交わす二人の真横で、突然、シアが天を見つめて静かに呟く。まるで戦うことをやめたかのようだった。
「シア!?」
「来るって、何がですか!?」
この状況でもてんでわけがわからない発言をするシアに、背中合わせの篠上と結衣が驚き見る。
「……怖いけど、とても強い……人……?」
シア自身も、まるで何かに怯えるように身体を震わせていた。
「――《アイシクルエッジ》!」
無数の氷の礫が、刃となり、突然木々の茂みから降り注ぐ。
増援の気配を察し、少女たちを包囲していた男たちは素早く身を後退する。素早い状況判断は、幾度もの修羅場と抗争を乗り越えた、マフィアならでは身に付いたものだろうか。
「見つけた! 動物さんたちが教えてくれた通り!」
足元を走るリスは、魔法戦の気配を察して逃げ帰ってしまう。まず駆けつけたのは、まるで狐が威嚇をするように、水色の髪を尖らせるように立たせた少女、心羽だった。
「篠上! 結衣!」
二人の背後にまで迫っていた男を駆けつけた勢いで蹴り飛ばし、誠次も現れる。
「シア!」
茂みの枝にマントを引っ掛け、前に倒れかけるようにしながらも、ガブリール魔法博士が到着する。
「お兄、さん……」
シアは胸に手を添え、駆け付けた兄であるガブリール魔法博士を見つめる。
「二人とも、どうしてシアさんと一緒に!?」
右手を反射的に背中へ添え、左手を横に伸ばし、誠次は三人を守る構えを取る。
答えたのは、油断なく右手を伸ばしている篠上であった。
「あ、アンタこそ! どうしてその……何とか博士と!?」
「失礼だなレディ! 私はガブリール魔法博士だっ!」
ガブリール魔法博士がマントを誇らしげに広げ、篠上に抗議する。
「お兄さん……」
「ああ、愛しのシア・ガブリール! 私はかつてないほど君に会いたかったよ!」
「……」
シアは極めて複雑そうな眼差しを、ガブリール魔法博士に向けていた。
「私たちは偶然シアさんと会って、餌付けしてたらこうなったんです」
「え、餌付け……?」
結衣の言葉に、心羽が不思議そうな顔をする。
「ガブリール魔法博士! こいつらは!?」
「イギリスマフィアで間違いない!」
「結局こうなるのかっ!」
しかし、心の中ではこうなることを予測していた自分もいる。
ならば—―やむをえない。
「包囲しろ! 数はこっちが上だ!」
瞬く間に男たちに囲まれた少年少女たちの中でも、誠次は一歩前へと出る。
「みんなが逃げる突破口を、俺とレヴァテインが切り開く!」
「な、なんだ!?」
取り囲む男たちが、眼帯の少年の姿を見て驚く。
黒い袋から取り出した鞘から、誠次はレヴァテインを引き抜き、降り注ぐ日の光に刃を光らせる。
「なんであろうと、魔法を悪に使うことを許しはしない。それが俺と、ガブリール魔法博士の信念だ!」
よって、と構わずに向かってきた男の一人の攻撃を躱し、誠次はその男の背中をレヴァテインの柄で思い切り叩き、地面にひれ伏せさせる。
「これより魔法式をこちらに向けた者は、もれなくレヴァテインの刃の餌食になると思えっ!」
「……怖い王様」
空気が震えるほど叫んだ誠次の後姿を、シアはこの時、何かに怯えるような眼差しで見つめていた。




