3 ☆
「今の誠次くんの相方は、この私です!」
ちひろ
一一月の上旬。新生徒会長が決まり、テストが終わり、学園内は抑圧された空気から一気に開放され、晴れて文化祭を迎えることとなる。やはり学生の中では、文化祭が一番楽しい学園行事だと感じる者も、多いようだ。
新生徒会長となった志藤からすれば、初めて行う学園行事だ。端から見ても緊張しており、また忙しそうで、しばらくは、2―Aの出し物自体には関われないとのこと。昨年は諸事情の為にあまりクラスの出し物の直接的な手伝いが出来なくなった、学級委員の誠次の代わりに、文化祭実行委員の悠平と共にクラスの中心となっていた志藤を欠くのは、クラスにとってはマイナスだろう。
今年は昨年の彼の分まで、率先して気合を入れ、頑張らなければ。
「と言うわけで、今年もこの季節がやって来た。文化祭だ!」
「「「おおーっ!」」」
今日も今日とで、真面目に学級委員としてクラスメイトたちに檄を飛ばす誠次に、椅子に座る皆が大きな声で返事をしてくれる。こんな経験、初めてだ!
「あ……この前とは違ったこの反応の良さは……。苦節一年、ようやく学級委員として、俺はみんなに認められたということか……!」
感激で涙を目の端に溜める誠次であったが、傍らに同じく学級委員として立つ綾奈には、何か、同情されるような視線を送られてしまっていた。
「十中八九、文化祭だからみんなノリが良いのよね……」
困ったようにおでこに手を添えて呟く、綾奈の言うとおりである。
「基本的なルールは昨年と同じだ。あ、ルーナとクリシュティナは初めてだな」
「よろしく頼む」
「はい。楽しみです」
ルーナとクリシュティナ。教室の後ろの方に座る二人の海外生まれ少女は、文化祭も初めての経験だろう。
二人の為にも、改めてヴィザリウス魔法学園の文化祭の出し物について、説明することにした。
「出し物の制限は特になし。生徒会の最終的な許可さえ貰えば、なにをしてもいい。ただし、必ず魔法を組み込むこと」
「あと追加で、補正予算に担任教師のポケットマネーを根こそぎ使わないことも追加で……」
教室の端の教師席から、林がぼそりと呟く。
どういうわけだろうかと、誠次から見ても真左側の林をちらりと見れば、林は気まずそうな表情を窓際の席に座る香月に向けており、香月もまた、気まずそうに窓の外をじっと見つめているようだった。
そう言えば、聞いた気がする。昨年は予算が足りず、林のポケットマネーを実行委員の香月が要求していたとか……。
「それじゃあ、昨年と同じように、やってみたい事とか、してみたい事、紙に書いて用意した箱に入れてってください。言っておくけど、変な出し物は容赦なくズバズバ切っていくから、そこのところはよろしくね?」
相変わらずこう言う行事となると張り切る綾奈が、一年越しに見たどこからともなく箱を取り出し、それを教卓の上に置く。
誠次もまた、一年越しの夢を叶えようと、出し物を紙に書いて箱の中に入れていた。
やがて、クラスメイトたち全員分の出し物の企画書が提出し終わった。
それらは早速、綾奈が一枚一枚、箱から取り出しては見ていく。誠次は黒板に綾奈が言ったことだけを書いていく、連携プレイだ。
「一応先に言っておくけど、まさか……休憩室なんて書いた人はもういないでしょうねぇ?」
綾奈が不気味に微笑みながら、椅子に座るクラスメイトたちに青い視線を送る。その気迫に、ぎょっとするクラスメイトたちは、魔女裁判でも起きているかのように、互い互いの顔を見合わせる。
「それじゃ、開いていくわ」
昨年とは大きく違い、クラスメイトたちも真面目に、出し物の案を出していく。
目立ったのは演劇系であり、続いて屋台系や飲食店系の出しものであった。
そんな中、流れを変えたのは、学級委員である誠次が投じた、爆弾であった。
「次に、誠次の案。……はあ、是が非でもこれをやりたいわけ……?」
綾奈が呆れ果てた表情をして、誠次が書いた紙を堂々と掲げる。
「メイド喫茶。懲りないわね……あんた……。そんなに女の子から奉仕されたいわけ?」
「だって、絶対盛り上がりそうだし」
黒板の方を向きながら、顔だけ振り向かせた誠次が懲りずに反論するが、クラスメイトの女性陣から殺気混じりの視線が注ぎ込まれる。
「「「最低……」」」
……マズイ。このままでは、一年前の惨劇 を繰り返してしまうだけだ。
女性陣からの賛同はとても得られそうになく、こうなれば唯一の方法として、男子陣を味方につける他ない。
誠次は瞬時に頭の中で、なんとしてもメイド喫茶を遂行するための作戦を組み立てる。
(男子全員の同意を得ることが出来れば、女性陣の圧倒的反対票にも勝てるはずだ……!)
「男子、男子のみんなはどうだ!? メイド喫茶、やりたいだろ!?」
一縷の望みを抱き、誠次がクラスメイトの男子陣に問うが、
「「「いや、別に……」」」
「裏切り者ーっ!」
「「「最初から味方じゃねえ!」」」
完全に悪者として祭り上げられた誠次は、一瞬にして味方をなくし、しょんぼりとした様子で、黒板を見つめる。……今年もメイド喫茶の夢は、叶えられそうにない。
「わ、私はメイド喫茶でも……」
「別に構わない気が……」
夏に経験済みのルーナとクリシュティナであったのだが、よくよく考えれば、不特定多数の同い年の魔法生、ないしはその保護者を相手に接客するというのが途端、格別に恥ずかしい思いをするのではと感じだし、言葉を慎んでいた。
「それじゃあメイド喫茶はなしで。あと、続いて出てきたキャバクラもなしにします!」
「なんで毎年軽めのスルーされちゃうのかな、俺!」
皆には見せないよう、背中を向けて涙を呑む誠次の真横では、林がぐはっ、と同じようなダメージを受けていた。
「お、お化け屋敷!? ……そ、そんなの子供じゃないんだから、どうせチープなのしか出来ないんだし、却下よ、却下!」
……一部、綾奈さんの私情に満ちた無慈悲な決定がくだされた場面があった気がするが、それはそれである。
「多いのは演劇系か屋台、ね。それじゃあこのニつで、決選投票を行います」
「……あ、綾奈ちゃん」
綾奈がてきぱきと仕切り始めようとしたとき、彼女の親友でもある千尋が、廊下側の前の席から手を挙げている。
「どうしたの、千尋?」
「いっそのこと、演劇と食事を一緒に楽しめる、ディナーショーにすると言う案は如何でしょうか?」
「ディナーショーだなんて。お、大人ね……」
「大人なのか……?」
綾奈が驚く後ろで、誠次は黒板に手を添えてぼそりとツッコむ。
「また予算が掛かりそうなものを……」
林もまた、苦い表情を机の上に突っ伏しながらしていた。
ディナーショー。それを聞いてすぐ思い浮かぶのは、大御所の芸能人がステージで芸を披露しながら、それを見て食事をするお客さん、と言った図だ。ミュージカルとレストランのいいとこ取り、と言うようなものだろうか。
千尋の提案に、クラスメイト内でも同調意見が多数を占めていた。
――曰く。
「楽しそうー!」
「やってみたい!」
「やりがい、ありそうだな!」
である。
「ディナーショーか。誠次はどう思う?」
顎に手を添えて、綾奈が聞いてくる。
「楽しそうだ。いいんじゃないか」
「メイド服は着ないわよ?」
「わかってるって……」
誠次は不貞腐れた表情でそっぽを向き、改めて黒板に、大きな文字で【ディナーショー】とカタカナで書き込む。
取り敢えず、今年度の2―Aの出し物は決まった。あとは文化祭実行委員を決めて、この企画を煮詰めていくことになる。
「あ、では私が今年の実行委員、担当しても良いでしょうか!?」
女子の実行委員として名乗りをあげたのは、ディナーショー発案者の、本城千尋であった。
「千尋がやってくれるの? 本当に大丈夫? みんなはそれでいい?」
綾奈が過保護なまでに心配そうに尋ねると、千尋はやや顔を赤くして、席から腰を浮かす。
「あ、綾奈ちゃん! 私にもきちんと出来ますからっ!」
文化祭実行委員女子は、他にやりたがる人もおらず、千尋が務めることとなった。
「じゃあ次に男子だ。誰かやりたい人はいるか?」
誠次がクラスメイトに声をかける。
「「「はい!」」」
凄まじい勢いで、男子たちの手が上がっていく。ここまで名乗りあげてくれるのは、誠次からすればやはり、初めてのことであった。
「うん。やる気があるのは、いいことだ!」
そんな光景に感動すら覚え、誠次は満足そうに頷く。
「そんなに千尋と一緒に委員会やりたいのね、みんな……」
隣では綾奈が小声でぼそりと、呆れ果てたようにそんなことを言っている。
あまりの人気具合に、女子の中では引く者も現れ、千尋自身もまた、困ったような表情を浮かべている。
「あ、あの! ちょっと良いですか!?」
千尋が再び挙手をして、席から立ち上がる。
「このままでは埒が明かないと思いますので……その、相方の男性はくじ引きで決めるというのはどうでしょうか!? 誰が選ばれようと公平になるために、全員参加で、もちろん、当選されても拒否は可能ですけれど!」
千尋はそんなことを言いながら、ちらちらと、立ち尽くす綾奈を見たり見なかったりする。
綾奈の方でも、千尋が敢えて強調して言っていったとある聞き馴染みのある言葉にハッとなり、慌ててぶんぶんと首を左右に振る。
きょとんとしているのは、誠次の方だ。
「ら、埒は普通に明くと思うわよ!? だから、じゃんけんして決めましょう!?」
「で、ではそのじゃんけんに私も参加して、最終的に私にも勝てた人を相方にします!」
「それだと絶対埒明かないから! ジャンケンであんたに勝てる人、この地球上にどこにもいないから!」
綾奈が何故か必死になって、千尋の逆指名を阻止しようとしている。
「一回やってみたらどうだ? 全員入れてのくじ引き戦。公平だし、面白そうだ。こういう機会で普段手を挙げないような人に当たる可能性だってある」
文化祭の長い準備期間となる初日だ。堅苦しい話も続いて肩が凝ってきていたところでもある。誠次がのほほんとそんな提案をすれば、千尋が目をきらきらと輝かせて、うんうんと頷く。
「はい。私、誠次くんの為にも絶対に勝ちますから!」
「俺の為……? 勝ち……?」
千尋との問答の最中、首を傾げ続ける相方に、綾奈はいよいよため息を吐き始める。
「……じゃあ、結果は見え透いているけど、文化祭実行委員決めのくじ引きを始めるわ……」
最終的には妥協した綾奈の発言により、千尋の相方の座を賭けた男子たちの仁義なきくじ引き大会は開催された。
結論から言えば、それはまさしく、蹂躙であった。善も悪もそこにはなく、ただ一つの座を賭けて男たちが熾烈を極めた、地獄のような空間。そして、最後に決まってその凄惨な戦場に立っていたのは、絶対的な勝利を約束された女神のみ――。
「では代表して、私がくじを引かさせて頂きます!」
千尋が箱に入った折りたたみの紙を一枚だけ取り出し、それを手元で広げる。
「一体誰が当たるんだろうか」
「もう、勝手にして……」
顎に手を添えて興味津々な誠次に、綾奈が極めて不機嫌そうにそっぽを向いてしまっている。
「まあ、出席番号一番。天瀬誠次くんです!」
「「「なにーっ!?」」」
阿鼻叫喚。まさしくクラス中がそんな様相を見せていた。
満を持して、少女の願いは果たされることとなる。彼女の小学生時代来の友人を含め、ある者はすでにピンと来ていたことだろう。このくじ引きが出来レースであった、と言うことに。
千尋は自信有り気な表情を浮かべ、右手の人差し指をびしっと、教卓の方に立つ誠次へと向けていた。
「え……」
人差し指を向けられて、驚き戸惑う誠次に対し、千尋はクラスメイト全員の注目の中、口を開く。
「文化祭の実行委員の相方は、天瀬誠次くんです!」
「ち、ちょっと待って! 誠次はもう学級委員だから、文化祭実行委員は出来ないわよ!」
綾奈が千尋に対して、反抗する。
一体何を見せられているのだろう、とクラスメイトたちの視線が誠次に集中する中、誠次は助けを求めて、林の方を見た。
その林は、眠たそうにあくびをしつつ、
「まあどうしても立候補者がいない場合は、学級委員との兼任で出来ないこともないが」
「「「いや、滅茶苦茶立候補者いましたけど!?」」」
クラスメイトたちが一斉に林にツッコむ。
千尋と綾奈の言い争いも続いており、場は紛糾してしまっていた。
遡って、体育祭実行委員の時は、フレースヴェルグでの活動もあり、結局は神山に実行委員を頼んでいた。しかし今ならば、やれないこともなさそうだ。
「くじの結果だしな。わかった。俺やるよ、文化祭実行委員」
「「「えーっ!?」」」
「だって他にやる人がいないのであれば、仕方がないだろう。くじの結果だし」
「「「不正はなかった!?」」」
と、今年の文化祭実行委員は、千尋による清廉潔白で公平無私なくじ引きにより、誠次となった。
「皆さん! 私と誠次くんと一緒に、二度目の文化祭の成功のために、一致団結しましょう!」
千尋の掛け声に賛同の声を上げたのは、ごく少数のみ。残りは全て、誠次への憎悪の視線で埋め尽くされている。
「ふん!」
「あ、綾奈……」
そして学級委員の相方として、隣に立っていたはずの綾奈も、すっかり愛想を尽かした様子で、そっぽを向いてしまっていた。
「ま、スベって恥ずかしい思いだけはしないように、精々頑張れよー」
今年も早くも前途多難な様相を見せ始めた文化祭に臨む生徒たちを前に、林はお気楽そうにそんなことを言っていた。
体育祭で一致団結したはずのクラス間の絆とやらには、あっという間に亀裂が入り込んでしまっていた。
――その日の昼休み。
「ご、ごめんなさい誠次くん……。あのような自体になってしまうなんて……」
教室の中で千尋に謝られてしまい、誠次は慌てて両手を振る。
「千尋のせいじゃないはずだし、謝らないでくれ……。それよりも、ディナーショーと言う提案は凄いと思った。俺も千尋と一緒に協力して、出し物を成功に導きたい」
「はい! 私と誠次くんとみんなで一緒に、頑張りましょう!」
そんな会話をする誠次と千尋のすぐ横を、極めて不機嫌そうな顔をした綾奈が、通り過ぎていく。……絶妙に、声を掛けるべきような、距離感を保って、視界に入るように。
そして、天瀬誠次憎しの声を上げるクラスメイトたちは、先程から誠次へ向けた冷酷無慈悲な視線を変えることがない。まるで針のむしろに座らされている気分で、背中がひんやりと冷たい……。
こんな時も頼りになる親友の志藤も、今は生徒会室で文化祭の開催に向けた会議に明け暮れている。
「とにかく、バラバラになりつつあるクラスメイトの団結は、文化祭の成功に必要不可欠だ。それも含めて、どうにかしていこう」
※
「あっはっはっは! そりゃみんな納得しねーよ!」
クラス毎の出し物の許可を頂くために、生徒会室にやって来た誠次と千尋は、どのような経緯で今回の文化祭実行委員が決まったかということの説明も同時に行ったところ、志藤には大声でツッコまれてしまっていた。
「しっかし本城も、確信犯にも程があるだろ。わざとくじ引きにして、天瀬を引き当てられるようにしたな? いくらなんでも豪運すぎるな」
「だって、どうしても誠次くんと一緒が良かったのです……」
「くじ引きで確信犯というのも中々に聞かない組み合わせだけどな……」
頬を赤らめる千尋に、誠次もぼそりと言っていた。
「さすがは勝利の女神様、か。めちゃくちゃ頭がいい電脳コンピューターでもこの仕組みは解析できないだろうな。そんな俺たちの今年のクラスの出し物は、ディナーショー……? なんだ、それ?」
「主に有名人などが特定のファン相手に向けて行う、固定層向けの小規模なショーと考えたほうがいいですね。もちろんそれなりの出し物を行いますが。そしてそこに、食事は付き物です」
首を傾げる志藤に答えたのは、誠次と千尋の後ろ、副会長席に座る西川であった。
「へえ。つまりは、昨年のライブのグレードアップ版じゃん」
「はい! 当然の苦労はあると思いますけれど、頑張ってみせます!」
やる気に満ち溢れている千尋は、胸元まで両手を持ち上げて、握りこぶしを作って見せる。
それを横目で見た誠次も、うんと頷いていた。
「志藤頼む。俺も力を尽くす」
「ok。生徒会長としても、クラスメイトとしても、ディナーショーの成功を願ってるよ。西川副生徒会長もいいだろ?」
志藤が顔を上げて、副会長席に座る西川に訊く。
西川は今、忙しそうに書類に目を通しながら、紙パックの牛乳をストローで吸っている最中であった。その目線では何故俺に? とも言いたげである。
「……別にいいのではないでしょうか。出し物の内容次第ではありますが」
「そこの倫理感のところは、実行委員担当の森田先生と相談してくれ」
志藤が最終的にそう言って、自身が所属しているクラスでもある2―Aの出し物は、ほぼ決まった。
誠次と千尋は志藤に礼を述べて、生徒会執行部室を後にしようとする。
ドアのところで、誠次がドアを開けて先に千尋を通してやってから、振り向いた。
「志藤。生徒会長としての職務、お疲れ様。いけそうか?」
誠次が問えば、完全に油断していた様子の志藤は、制服の襟を外して椅子の背もたれに寄りかかっている瞬間だった。慌てて身を正そうとしたが、いつもの親友相手ならば、一々かしこまった生徒会長としての自分を見せる必要もないか、と微笑んでいた。
「……ああ。正直、大変だけど、頑張るぜ。俺らしくな」
それを聞いた誠次もまた、微笑んでいた。
「……わかった。ならば俺は、一魔法生として、生徒会長さんの指示に従うよ。ただ、あまり気負いすぎないようにな」
「その言葉、そっくりそのままお前にお返しするぜ、剣術士殿」
「今はクラスの事は任せてくれ。志藤は生徒会長としての引継ぎの仕事などが忙しいだろうし、負担はかけさせたくない」
「サンキュな、天瀬。2―Aの事は頼んだ。ま、お前がいてくれれば、2―Aは安心だよ」
二人の同級生男子の会話を聞きながら、一つ下の下級生の副生徒会長は、じっと目を細めていた。
生徒会長の許可を貰えば、次は文化祭実行委員会にて、案を煮詰めることになる。同じような出展はないか、あったとしても、それぞれのクラスで出し物に個性は出てくるかなどを決めるのである。
その委員会の集まりで、毎年担当の教師をしているのは、男性教師の森田だ。
「2―Aは人材不足なのか……?」
「くじ引きの結果なんです!」
誠次の顔を見るなり、困惑した様子を見せる森田に、千尋が説明していた。
「ディナーショーか……。また予算の掛かりそうなものを……」
「「言ってることは林先生と同じだな……」なんですね……」
ぼそりと、誠次と千尋が小声で言い合っていると、森田が眼鏡を光らせてこちらを見ていた。
「なにか、言ったか?」
「「なんでもないですっ!」」
誠次と千尋は慌てて誤魔化していた。
「食事の方はひとまず置いておいて、ショーの演目はなにをするつもりなんだ?」
「まだなにも……。これから、千尋さんと一緒に話し合って決めていきたいです」
「言ってはなんだが、お前たちのクラスは昨年体育館で太刀野桃華さんのライブをした。はっきり言ってあれは、ヴィザリウス魔法学園の文化祭史上最大の盛り上がりだった。当然魔法生の他のみんなもお客さんも、あれレベルの出展を期待するだろうな」
森田がさらっと言ったことに、二人はなるほどと頷く。昨年はダントツで目立っていたアイドルのライブと言う出展を、超えるようなものをしなければならない。期待値はそれほどまでに、高くなっていたのである。
担当の教師にも出し物の大まかな説明を終え、あとは再びこれをクラスに持ち込み、具体的な出し物についての話し合いが行われることになる。
「今年も桃華ちゃん呼ぶとか?」
ところは戻って、2―Aの教室にて再びクラスメイトたちとの会議中。男子のクラスメイトが、そんなことを提案してくる。
「いや、彼女はもう引退している」
誠次がそう言えば、だよなあ、とクラスメイトたちは口を揃えて言う。
「ってか、今どき桃華ちゃんよりは、時代は桜ちゃんだよな」
「「「だよなー」」」
悲しいかな、学生の流行とは、一年で残酷なまでに移ろい易いのである。
「はっはっは……」
笑い声をあげる周囲の男子たちを見つめながら、悠平が聞いたこともないような乾いた笑い声を出していた。
「と、とにかく、もうアイドルを呼ぶという案は使えないだろう。昨年とは大きく変わったもの、それでいて、昨年の盛り上がりを超えるようなものをやらなければならなくなったんだ」
誠次が悠平の様子をちらちらと窺いながら、クラスメイトたちに向けて言う。
「私の考えとしましては、演劇が一番良いかと思うのですが……」
誠次の隣に立つ千尋が、少しだけ恥ずかしそうにしながら、そのようなことを言う。千尋の好きなものである映画のこともあり、これもまた、彼女ならではの提案であった。
「演劇かぁ……」
「なんか、恥ずかしいよねぇ……」
途端、男子も女子も関係なく、いまいちな反応を示しだす。不特定多数の人様の前で演劇をするのが、大小なりとも恥ずかしいのだろう。
「でも、流石に二年連続でゲストを呼んでそれを主役に持ってくるってのは、やり方としてはフェアじゃなくねえか? 他のクラスにも流石に嫌われそうだぜ?」
神山がそんなことを言えば、まあ確かにと、クラスメイトたちは理解を示す。
「決まりだな。ではディナーショーの演目は、俺たち学生が出演する劇にする。やったな、千尋」
彼女の案が再び採用された。誠次が千尋に向けてウインクをすれば、千尋は嬉し恥ずかしそうにして、ペコリと頭を下げていた。
「……いつも、本当は私があそこにいるのに……」
ぼそりと、周囲の人々には聞こえないほどの小さな声で、廊下側の前から二番目の席に座る綾奈が、頬杖をついて呟いていた。
「劇か。ではなんの劇をするつもりだ?」
一方で、主に視力的な理由で、教室の真ん中の最前列に座る聡也が訊いてくる。
「ここはやはり、世間一般受けするような、誰もが知っている題材にした方が良いかと」
千尋が言う。ちなみに昨年と同じく、一日目は一般公開されず、二日目に一般公開もされるスケジュールだ。一般の方も当然来るので、あまり尖った内容は許されない。
「アーサー王と聖剣伝説は、駄目か……」
「あれはドロっドロのラブストーリーでもあるからな……」
誠次が悔しそうに握りこぶしを作りながら呻いていると、ぼそりと聡也がツっこんでいた。
「あ、では、最近リバイバル上映された、朝起きたらお互いの性別が入れ替わっているお話の劇はどうでしょう?」
「流石にあれはまだ著作権の問題が……」
真の提案に、千尋が申し訳なさそうな表情を浮かべて、やんわりと断る。
「じゃあ異世界転生とかは――?」
その後も、会議は低空飛行の進み具合を続け、ああでもないこうでもないと言った、ろくでもない案ばかりが出ては流れていく。
クラスメイトの中でも、文化祭に乗る気且つ、演劇といった行事にやる気がある組と、そうではない組により、派閥が出来上がりつつあった。今のところは後者の方が優勢で、はっきりとも言わなくとも、これは、悪い流れだ。
「皆さん……もう少し真剣に考えてください!」
遂には、あの温厚なはずの千尋も、思わず声を大にしてしまうほどであった。
これ以上このまま続けていても、埒が明かない。一向に進まない案が書かれた黒板から振り向き、誠次はクラスメイトたちに告げる。
「みんな、今日の会議はここまでにしよう。明日の文化祭準備時間の時に、出来れば一人一案ずつ、劇の案を用意していてくれるとありがたい」
そう言った誠次は、やや気落ちした様子で隣に立つ千尋を、そっと見つめていた。
結局、初日の準備時間は実りの無い会議で時間を浪費してしまった。他のクラスではすでに教室の飾り付けの準備などを行っているクラスもあり、遅れや焦りを少なからず、感じせざるを得ない状況だった。
~MADEメイド~
「ね、ねえクリシュティナ?」
あやな
「どうしました、綾奈?」
くりしゅてぃな
「あの……その……っ」
あやな
(まずいかもしれません……)
くりしゅてぃな
(いつもは真面目な綾奈がこういう時は、暴走するきらいが――)
くりしゅてぃな
「メイドってどうやったらなれるの!?」
あやな
「!?!?!?」
くりしゅてぃな
「私、メイドになるっ!」
あやな
「クリシュティナって、メイドでしょ!?」
あやな
「そもそもメイドとは何たるかから、レクチャーお願い!」
あやな
「メイドとは何たるか、ですか……」
くりしゅてぃな
「気がつけばずっとルーナに仕えていましたから」
くりしゅてぃな
「そこまで考えたこともありませんでした」
くりしゅてぃな
「しかし、ずっと傍に居ても信頼してもらえる」
くりしゅてぃな
「そんな存在であるべきなのではないかと思います」
くりしゅてぃな
「もうすでに、メイドはメイドされているってことね」
あやな
「……」
くりしゅてぃな
「……あ、もしかして今、笑うところ、ですか……?」
くりしゅてぃな
「え、ええ……そう、ね……」
あやな
「と、とても、お上手です、綾奈……」
くりしゅてぃな
「もーこれも全部アイツのせいなんだから!」
あやな
「人に迷惑をかけないようにする、も追加でお願いします」
くりしゅてぃな




