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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
砂漠の王子と電脳の貴公子
146/189

2 ☆

「新生活、気負いすぎてても良いことはねえ。失敗は当たり前だし、人生は長いんだし、マイペースでゆっくりいこうぜ」

          そうすけ

 新生徒会執行部メンバーが決まった生徒会総選挙から、数日後。ヴィザリウス魔法学園はめでたく、中間テスト週間の日々に入る。年に二度しかないテスト期間のうちの一つとあり、今後の学園生活を占う重要重大なテストである。

 それ即ち――テストで好成績を収めることこそが、華やかな魔法生生活への足掛けだ。何を隠そうこのヴィザリウス魔法学園は、テストの成績が全員分容赦なく、至るところに貼り出されてしまうからである。


「マジでマズイって……このテストってやっぱ、新生徒会長の実力を見極めるうんたらかんたらだろ……」


 放課後の多目的室でひたすら勉強を続ける新生徒会長志藤しどうは、かき上げた前髪を額に押し付けながら、うめく。

 言うまでもなく、否応にもなく彼は今、魔法生の中でも一番目立つ存在だ。


「鬼畜すぎるだろ……このシステム……!」

「はっはっは……。それでも昨年は、波沢なみさわ先輩は学年別一位をしっかり取ってた。志藤がここで一位取らねえと、示しつかねえぞ?」


 隣の席に座り、共に夕島聡也ゆうじまそうやの補習を受ける帳悠平とばりゆうへいが笑いかける。


「勘弁してくれって……。ってか、その理屈でいうと兵頭ひょうどう先輩はどうなってんだよ……」

「あの人は圧倒的なまでのカリスマ性があったからな……。まあ、わかりやすく言えば、ゴリ押しだけど……」


 端の席に座る誠次が、遠い目をして言う。彼の机の上の手元には、大量の参考書が積まれている。


「結局ゴリ押しじゃねえか……」


 志藤がげんなりとしていた。


「ところで、新生徒会はどういう感じでしょうか? もう、顔合わせはしたんですよね?」


 講師役の聡也のサポートをしているまことが、志藤に問う。聡也に比べて、真の授業は優しく生徒に寄り添ってくれるように教えてくれると、皆の間ではもっぱら評判のいい先生だ。


「ああ、した。えっと……会計と書記は一年生の女子だし、真面目な二人だと思う。問題は副会長だ。西川春斗。勉強も出来るみたいだけど、なんで生徒会やろうとしてんのかはさっぱり意味不明だ」

「そんな彼を副会長に推薦したのは他でもない、志藤、お前だろう」

「いやそうだけどさ……」


 聡也の指摘に、志藤は髪をがしがしとかく。


「引き継ぎの仕事も山積みだし、渡嶋先輩はまだ我が物顔で部屋来るしさ……」

「賑やかそうでいいじゃないか」


 誠次がのほほんと笑いかければ、志藤はまったくと言わんばかりに肩を竦める。


「お喋りは終わったかしら? 早速だけど、小テストを始めるわ。席について、みんな」


 この場では紅一点の香月の指示により、誠次、志藤、悠平の三人は「「「はーい」」」と席に着く。

 とん、とん、と小テストを教卓の上で揃える香月は、完全に役に染まっているようだ。


「私の目標はこの場の全員の成績向上。その使命が果たせなかった場合には、私が責任を取るしかなくなるわ。……だから、頑張って頂戴」

(((責任って一体何を取るんです……!?)))


 三人の男子の中で衝撃に近い何かが駆け抜ける。

 今日も今日とで、徹夜での勉強は続いていた。

 そして迎える、テスト当日、一日目。

 三科目のテストに、それぞれ一時間ずつを使った午前授業の時間が、過ぎていく。

 

「初日のテストが終わったこの時間、一番辛くないか……? 明日も同じようにテストが待ってるって思うのはさ……」


 初日のテストが終わり、志藤が机に腕を伸ばして寝そべり、息を吐く。


「明日も、頑張ろう……」


 誠次はぼそぼそと、言う。イメージトレーニングならば、完璧だ。イメージトレーニングなら。


「全然分かんなかった。こうなったらもう、飯食って一回リセットしようぜ」


 悠平は早々に開き直り、そんなことを言っている。


「賛成が過ぎるな」

「ああ、そうだな……」


 そう言いながら席を立ち、のろのろと食堂に向かおうとしていた誠次たちの前に、立ちはだかる同級生がいた。


「待て。何処へ行こうとしている?」


 この期間中は、その声を聞いただけで、背筋が凍りつく。

 鬼教官、聡也が三人の男子の前に立ち、極楽浄土への道を許しはしない。このテスト期間が終わるまで、甘えは許されないのだ。


「腹減ったから、食堂へ……」

「タダで飯を食えるとは思うな」

「いや学生証でタダで飯は食えるけど……」


 誠次が口答えをすれば、聡也はふっと微笑みながら、肩に手を添えてくる。

 にこりと、普段は見ることができて嬉しいと感じる彼の笑顔も、ここまでくれば末恐ろしい。


「勿論、勉強しながらだ。一分一秒も惜しい」

「「「ですよねぇ……」」」


 そこに真も加えた五人は、揃って食堂に向かう。

 何を隠そうこの面子は、つい先日まで人知れず、この国の未来のために戦ったフレースヴェルグの魔術師と剣術士である。それが今では周りと同じく普通の高校生のように、勉強に追われる日々を過ごしているのだから、不思議なものだ。

 もっとも、この何気ない(?)日常が送れるということのありがたみを、あの激しい戦いの後にならよく感じられる。だから、苦しいテスト週間も乗り越えられそうな気がするのだ。

 ……まあ、気がする、だけでは済まないのが学生のテストなのであるが。


「あれ、あの人って……」


 そんな風に思いながら、食事をそれぞれ選んでいると、真が偶然にも彼を発見する。

 同じところで、脳に栄養を補給しようと食べ物を吟味している誠次も、真と同じ方を向いた。


「あ、副会長の西川にしかわか」


 彼は一人で、端の方で昼食を食べているようだった。学年に関係なくテスト期間なので、彼も同じく初日のテストを終えたところだろう。


「声、かけてみます?」

「邪魔しては悪そうだし、いかがなものか……」


 誠次が狼狽していると、すぐ横をトレーを持って歩いていく志藤がいた。

 志藤は、食事をしている西川の隣に立ち、彼のすぐ横の席に食事を乗せたトレーを置く。


「隣、いいか?」

「……ええ」


 西川は大して驚きもせず、隣に座った志藤を気にも留めないようにしているようだ。


「「ごくり……」」


 誠次と真は、食堂の柱に身を潜ませ、顔だけを出して二人の様子を見守る。背丈の関係上、真の頭の上に誠次の顔が乗っかっているような奇妙な出で立ちだ。

 西川の隣の席に着席した志藤は、一旦、遠くを見てふぅと息をつく。


「何食ってるんだ?」


 そして志藤は、ちらりと横を見て、西川に声をかける。


「オススメ定食Cセットです」

「ははは。cセットか、なかなか珍しいな。みんな安牌のAセットか、ボリューム満点のBセットを選ぶんだぜ」

「……」


 もぐもぐと、西川は箸を使って食事を続けている。


「そんな中、ここの食堂のオススメ知ってるか?」

「オススメですか?」


 志藤は気さくに、西川に笑顔を向ける。


「牛カツ定食だ。俺とか食い行ってもいつも売り切れでさ。今度、一緒に頑張って食いにでも行くか?」

「食にあまり興味はありませんので」

「……」


 志藤の表情が分かりやすく引きる。

 それを見守っていた誠次と真の後ろから、さらに聡也がぬっと顔を出した。


「なるほど、コミュ障か」

「「……」」


 ぼそりと呟いた聡也を、ジト目で見つめる誠次と真である。お前が言うな、である。

 一方で志藤もまた、自分の分の食事をとり始める。彼はパスタを注文したらしく、フォークでくるくると、アルデンテを巻いていた。


「でさ、なんでお前は、生徒会長になろうとしたんだ?」


 志藤が尋ねる。


「逆にお訊きしたいのですが、志藤生徒会長」

「お、なんだ?」


 西川からの質問に、志藤は身を乗り出す勢いで、話を聞く姿勢となる。


「貴男はなぜ、生徒会長になろうとしたのですか?」

「やっぱ、相応しいとは思わないのか?」

「いいえ。公平な選挙で俺は負けました。ですので、志藤生徒会長の意向には従います。ですが、貴男が生徒会長になった詳細な理由を、聞いておきたいのです」

「いいぜ」


 志藤はそう言って、フォークをトレーの上に置く。


「つってもまあ、演説の時も言ったか。この魔法学園をよりよい所にしたい、って目標がある」

「よりよい所……?」

「抽象的すぎるか。ぶっちゃけ、俺も明確なビジョンは見えてはいないんだ。でも漠然としたイメージはある」


 志藤の言葉を聞いた西川は、眉間を寄せる。


「漠然としているのですか」

「ああ。なんて言えばいいのか、みんなが安心してここの学園生活を過ごせるようになれればいいなって、考えてる。将来、同窓会とかで集まったときに、ここの学園生活が一番楽しかったな、とかってなればいいなとか、かな」

「お話ありがとうございました。失礼しました」


 志藤の言葉を最後まで聞きながらも、西川は席を立っていた。


「もう食ったのか?」

「はい」


 そして椅子を正し、踵を返した西川は、志藤の背後で、最後にこんなことを言うのだ。


「志藤生徒会長。一つだけ言っておきます」

「なんだ? 今後の為にも、遠慮なくなんでも言ってくれ」

「では遠慮なく――」


 西川は顔だけを振り向かせ、横を向きながら、口を開く。


「どうやら貴男とは、わかり合えないようですね」

「ま、肩の力は抜いて――って、はあ!?」


 思わず椅子の上で仰け反った志藤が咄嗟に振り向くが、西川はすでに遠くへ行ってしまっていた。


「……随分と生意気な後輩だな……」


 椅子の背もたれに肘を乗せ、志藤はやれやれとため息をついていた。

 

「悪い悪い、飯取りすぎた。って、みんなして何やってるんだ……?」


 新生徒会長と新副会長である志藤と西川の様子を見守っていた三人の男子の元に、悠平ゆうへいが山盛りの飯を両手に持って来る。

 志藤と西川の様子を柱の影から見守っていた三人は、なんとも言えないような気まずい表情を浮かべていた。

 明日もテストの為、頭へのテスト範囲最後の詰め込み作業は続く。


「今日は特別ゲストが来てくれているわ」


 相変わらず眼鏡姿の香月が、教師役として三人の男子にそのようなことを言う。


「特別ゲストってもう、バラエティのノリでは……?」


 誠次がぼそりとツッこむ中、多目的室のドアががらりと音を立てて開く。

 登場したのは青い髪の元生徒会長、波沢香織なみさかおりであった。


「みんな、席についてください」

「すでにみんな席についています、香織先輩」

「あ、確かに……」


 香月がすかさず言い返し、香織は何かを誤魔化すように青い眼鏡をすっと触る。

 よろしくお願いします、と三人の男子は頭を下げる。成績優秀な元生徒会長の教えを受けられるとあれば、明日のテストも乗り越えられそうな気がする。


「ええっとじゃあ、あの……頑張ってテスト範囲の勉強を教えたいと思います。その前に……」


 香月と聡也を両サイドに後ろにして前に立ち、香織はなぜか恥ずかしそうに顔を赤く染めている。

 何事かと、三人の男子が首を傾げる中、香織は端に座る誠次へ、視線を送る。


「その……誠次くん。私にこの場で付加魔法エンチャントさせて」

「はい!?」


 飛び出したまさかの発言に、誠次は仰け反り気味に驚く。がちゃりと、机の横に立て掛けているレヴァテイン・ウルも音を立てていた。


「なぜですか!? 意味不明です!」

「流石に他の男の子の前でするのは恥ずかしいけれど……それでも……!」


 ぐっと、香織はやる気に満ち溢れた表情をして、誠次の座る机の前にまでにじり寄る。


付加魔法エンチャント状態中の()()()()の私なら、あなたたち三人をスパルタで鍛えられるから!」

「凄まじく強引な論理ですね!」

「ちょっと待ってください。付加魔法エンチャント中ってことは、目ぎんぎんに光ってる天瀬が隣に座ってるってことっスよね……?」

「うん。そうなるね」


 恐る恐るの志藤の問いに、香織が答える。


「凄まじく集中できないと思うんでスけど!? 隣に目光ってる奴がいる中で勉強って!」

「はっはっは。俺は別に平気だけどな」

「いやおかしいって!」


 きょとんとする悠平に、志藤が慌ててツッこみを入れる。


「誠次くん。決断して。私は絶対に付加魔法エンチャント状態中の方が良いと思う、普通の状態だと、あなたたちに間違えたことを教えそうで、正直、不安」


 そんなことをきっぱりと言い切る香織。

 さすがの聡也も眼鏡を白くして俯き、彼女を特別ゲストとして呼んだ香月も、気まずそうにしている。


「じー……」


 そんな香月にジト目を送ってみると、彼女のアメジスト色の目と目が合い、向こうがぷいと、視線を逸らす。


「今絶対目と目があったよな、香月!?」

「……さ、さあなんのことかしら」 


 相変わらずしらを切ろうとしているときは某ゼリフとなる、香月であった。

 そんな誠次の視界にはいっぱい、香織が入ってくる。


「さあ、レヴァテイン・ウルを私に向けて、誠次くん!」

「わ、わかりました……」


 本当に劇的な変化があるのだろうか。その、通常時の香織と、付加魔法エンチャント状態中の香織とで。甚だ疑問はあるが、誠次は机の横に立て掛けてあったレヴァテイン・ウルを置いたまま鞘から引き抜き、香織へと向ける。


「……なんか」

「失礼なんだろうけど、気まずいっちゃ、気まずい……」


 悠平と志藤も、微かに顔を赤く染めていた。

 間もなく、香織の手から白い魔法式が発生し、レヴァテイン・ウルに白い付加魔法エンチャントが施される。

 多目的室に閃光が瞬いたかと思えば、三人の男子の目の前に立っているのは、凛々しい表情を見せる元生徒会長にして、一つ年上の先輩女性だ。


「――さあみんな、勉強の時間よ」


 凍てつくような声で言い放った香織は、青色の魔法式を展開し、それを部屋と廊下を繋いでいる前後ろ二つのドアへ向ける。

 何をするのかと思ったのも束の間、香織は高練度の氷属性の魔法を発動し、そのドアをカチンコチンに氷漬けにさせる。

 一体何が始まるんです!? と廊下側から押し寄せる冷気の影響もあり、びしっと背筋を伸ばした三人の男子の前で、香織は微笑を浮かべていた。


「明日のテストで全教科満点を出すまで、この教室からは出さないわ」

「それどういうことっスか!?」

「因果を捻じ曲げるつもりですか!」

「寒くて風邪ひいちまいそうだな!」


 志藤と誠次と悠平が次々に講義に対して抗議をするが、香織は氷属性の魔法をさらに発動して、男子三人組の前に氷のつららを落とす。

 ばりん、と甲高い音を立てて、水晶のようだった氷の塊は、粉々に割れていた。


「口答えは無用。先輩の私の言うことが聞けないと言うの、後輩くんたち?」


 そして、緑色の線が入った上履きで、粉々になった氷の破片を上から踏みつけ、ジャリジャリと音を立てて踏み砕く。

 即ち、あの氷のようになりたくなければ、おとなしく言うことを聞きなさい、と言うことだろうか……。


「返事、は?」

「「「は、はい……!」」」


 氷の破片が部屋の照明を受けてキラキラと光り輝く中では、三人とも首を縦に振る以外の選択肢がなくなってしまう。


「では、夕島ゆうじまくんと小野寺おのでらくんと詩音しおんちゃんも、席について頂戴」

「え、俺もですか……?」


 聡也が困惑しているが、香織は冷たい表情のまま、頷く。


「言ったでしょう? 私の目的はあなたたち全員の成績を満点にすること。夕島くんも例外ではないわ」

「そう、ですか……わかりました……」


 そうしてめでたく(?)聡也と真と香月も、こちら側の世界へ来ることになる。


「大丈夫よみんな。無事にみんなが満点を取れたら、()()がご褒美をあげますから」

 

 先生からのご褒美。その言葉に淡い期待を寄せるものの、そこに行き着くには全員のテストの成績を満点にしなければならないという、鬼のような試練が待ち受けている。そして何よりも、その試練はまだ途中だ。


(マズイ……。ここに来て眠気が……っ)


 冷気に勝る熱心な香織の授業を受けている途中、冷気に勝る急激な眠気が誠次の身に押し寄せてきて、思わずうつらうつらとしてしまう。

 そんな隣の席に座る男子の様子に気がついた香月が、肘でとんと突いて誠次の意識を何回か保たそうとしていたが、とうとう頬杖をつき始めてしまう誠次。

 香織がそんな誠次の様子を見つけると、おもむろに魔法式を展開して、それを誠次へと向けた。

 ピシュん、と風を切る音と共に、なにかが誠次の頬を高速で掠めて飛んでいく。

 一瞬で眠気も吹き飛び、ぎょっとする誠次が振り向けば、多目的室の壁に氷の礫が突き刺さっていた。


「ごめんね誠次。貴男でも容赦はしないわ。貴男の為にも、私は心をシヴァにするわ」

「す、すみませんでした……。シヴァって、怖いんですね……」

 

 完璧に居眠りしようとしてしまった自分に非があり、誠次は気を引き締め直す。あの()()()()()()()()()……ではなく、チョークのようなものが顔面に直撃したあかつきには、タダでは済まないだろう。

 その後、夜遅くまで、一般魔法生となった香織による後輩たちへの授業は続いていた。最終的に徹夜も辞さない勢いであったが、先にレヴァテイン・ウルへの付加魔法エンチャントが終わり、彼女も()()に戻り、事なきを得ていた。

 そして迎えた中間テスト、二日目と言う名の最終日。

 やや寝不足気味ながらも、誠次たちは学生らしく、真剣にテストに取り組む。

 心にある糧と言えばやはり、ここを乗り越えることが出来れば、文化祭が待っているんだという事だろうか。

 ふと窓の外を見れば、魔法学園の敷地内で植えられている桜の木が紅葉しており、秋の彩りを見せつけてくれる。思わず現実逃避をしたくなる美しい彩りではあるが、かと言って手元の用紙を白紙にしたままにするわけにはいかない。

 頬を軽く叩き、誠次は改めてテストに向き合う。

 やがて、チャイムが鳴った。


「よし。テスト終わり。みんなお疲れさん」


 試験監督を務めていた教師からの労いの言葉で、学生にとって逃げることの許されない定めであるテストとの戦いを終える。


「終わったー……!」

「うぇーい……」


 大きく伸びをする誠次と志藤に、机の上にもたれ掛かる悠平。しかし、その表情までは、完全には死んでいない。


「なんか、終わったら終わったで、あっという間だったな」

「フレースヴェルグの特訓の方が、何倍もキツかったっての」

 

 まさに終わり良ければすべて良しな内容だが、悠平と志藤の会話に、誠次もうんと頷く。


「打ち上げ、行くか」

「ナイスアイデアすぎる天瀬。ラーメン一丁!」


 志藤が笑顔で同調し、悠平も一気に元気を取り戻し、顔を上げる。

 

「ぶっちゃけそれの為だけに頑張ってきたところはある」

「「あはは」」


 机の上でだらけきりながら、そんな会話を繰り広げる三名の男子の元へ、残り二人の男子もやってくる。


「皆さん、お疲れ様です。……まあ、かく言う自分も、今回のテストはあまり良い成績とは言えないかもしれません」


 真がとほほと、肩を落としている。

 そんな真の横に立つ聡也は、すちゃ、と、眼鏡をかけ直す。

 テストが終わり、一体なにを言うつもりなのだろうと、彼の一挙手一投足に注目が集まる。

 満を持して、聡也が口を開いた。


「……みんな、よくやった。ここまでくればもう、テストの点は関係ない。みんなが努力してなにかを成し遂げたという事実が大切だということこそ、俺が本当に伝えたかったことなんだ」

「「「夕島先生……っ!」」」

「え、テストの点数関係なかったのですか……!?」


 ここへ来て驚愕の真実を告げた聡也にツッこんだのは真だけで、三人の男子は感謝感激の声を大にする。

 そして、真もまた、引きずられるようにして四人の男子の輪の中に入れられてしまうのであった。


「もう……これでいいかもしれません! みなさんが笑っていればそれでいいですよ、もう!」


 わあわあと互いの健闘を称え合う、努力の五人組に、クラスメイトたちはやや引きながら、五人の男子を遠巻きに見つめていた。

 五人の男子行きつけの、ヴィザリウス魔法学園の近所にあるラーメン屋。カウンター席に横一列に並んだ男子たちの目の前には、それぞれの好みの味付けのラーメンが並んでいる。

 頭上にあるのは、昔ながらの液晶パネルのテレビだ。そこではちょうど、お昼のテレビニュースが流れている。


『今、空港に大勢のファンが待つ中、彼らが到着いたしました――!』


 その音をかき消すほどの大火力で、中華鍋が振るわれ、舞い散るは黄金の輝きを放つ炒飯たち。

 白い湯気を纏いながら、それらがテスト終わりの魔法生たちに振る舞われる。


「相変わらず美味しいな、ここのラーメンと炒飯は」

「なんで上からなんだよ……」

「そういうつもりではないのだが……」


 隣同士に座る誠次と志藤のやり取りに、白いタオルを頭に巻いたいかにもな風貌な店主の男は笑っていた。


「美味く食ってもらえれば、それでいい。それよりも坊主たちも、テレビのニュース見たか? 特殊魔法治安維持組織シィスティムと総理の話」

「「「「「……!」」」」」

「な、なんだ!? なんか変なモンでも入ってたか!?」


 いや、世間一般からすれば当然の話題を今、話されたまでだ。snsでもお茶の間でも、ニュースの話題と言えば、発覚した特殊魔法治安維持組織シィスティムと薺の裏の話だ。


「まったくどうなっちまってんだって話だ。国のトップや国家組織があんなガタガタじゃ、俺らも真面目に働いている意味感じねえぜ」


 店主の男が太い腕を組んで、不満げに言っている。


「――でも、いつかは俺たちがこの国を変えるって言ったら、貴男は信じてくれますか?」


 そんなことをカウンターと、そこに立ち込める白い湯気越しに伝えたのは、フレースヴェルグのリーダー、志藤であった。

 ふと横から聞こえてきたそんな言葉に、フレースヴェルグの面々は、思わず食べていた手を止めてしまう。


「ハハ! 随分と大きく出たな坊主。魔法使いになれば、そんなことも出来るってか?」

「それは魔術師の買いかぶり過ぎですよ。魔術師だって、()()()()()なんです。俺たちだって、そうだ」


 志藤はそう言いながら、横目でちらりと、隣の席に座る誠次を見る。二人の間にはまた、力ある者(魔術師)として、弱者を導こうとした新崎和真の(しんざきかずま)の顔が、浮かんでいた、


「……だから、力を合わせて、一歩ずつ着実に。焦ることはなく、少しずつ変えていきたいんです。この魔法世界を」


 神妙な面持ちでそんなことを言った志藤の前に、いつの間にかに用意されていた、熱々の餃子の皿が。

 これには、黄色の目をぱちくりとする志藤であったが、店主は気前の良さそうな笑みを浮かべていた。


「いつもウチに来てくれるサービスだ。そして、未来への前賭けだ。みんなの分も作ってやる」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 誠次たちもまた、無償で出された餃子をありがたく頬張っていく。


「そうだ。今度の文化祭の俺たちのクラスの出し物、ここのラーメンにするか?」


 悠平がそんなことを言い出す。


「ナイスアイデアかもしれません。ただ、問題はどうやって魔法を織り交ぜるか、ですよね」


 真がうんうんと頷きながら言う。テストが終われば、やってくるのは文化祭。話題は一気にそちらへシフトしていくのだ。


「流石に屋台への出店は勘弁してくれ……。ウチはウチの店を切り盛りしていくだけで精一杯だよ」


 店主が申し訳なさそうに言っている。

 流石に突拍子すぎた悠平の案は却下となり、後日きちんと、クラス内での話し合いで文化祭の出し物は決められることとなる。

 秋も深まり、徐々に冬の到来を予感させる肌寒い日が続くようになった一一月。いよいよ、魔法学園で迎える二度目の文化祭が、開催される。今年はそこにどんなドラマが待ち受けているのか、楽しみだ。


挿絵(By みてみん)

~何でも屋じゃねえんだけど……~


「颯介、廊下の壁に魔法で悪戯書きをした後輩がいるようだ」

るーな

            「今時壁に落書きって……」

               そうすけ

            「時代はいつになってもやる奴はやるんだな」

            そうすけ

「電話番号が書いてあるぞ」

るーな

「これは、かけた方が良いのだろうか?」

るーな

            「いや、待てルーナ……」

            そうすけ

            「こっちで消しておくから、大丈夫だ」

            そうすけ

「新生徒会長くん!」

みゆう

            「なんスか、元副会長?」

            そうすけ

「食堂のメニューの是正を頼もう!」

みゆう

            「いや、生徒会にそこまでの権限がないのは貴女も知ってまスよね!?」

            そうすけ

「志藤! 生徒会と言えば目安箱だ!」

そうや

            「もうそれを置くかどうかの判断すら、目安箱で……って置いてねえのか……」

            そうすけ

            「やべえ、もうギブかもしんねえ……!」

            そうすけ

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