ウィザーズイレブン! 第ニ章 猛特訓開始、キャプテンの白き日の過去! 〜小話〜 ☆
「マネージャーをするなんて……やっぱり香月さん、寺川君のことが好きなのね!?」
てらかわのかのじょ
謎の所要の腹痛により、キャプテンと北久保以外が出場できなくなってしまったヴァレンタインカップへ向け、寄せ集めのヴィザードイレブンの特訓は始まった。
「ハアハア!」
「サッカーの基本は走り込みだ! 九〇分間を戦い抜けるスタミナがなけりゃ、話にならないぞ!」
キャプテンを先頭に、練習用ユニフォームを身に纏った選手たちが、グラウンド上をランニングする。
「小野寺はこう言うの、得意そうだけどな!」
「ハアハア、短距離と長距離では、全くもって違います! キツイですよ!」
志藤と真が、汗を流しながら必死にキャプテンの後を追う。
「うわっ、とと」
パス回しの練習では、宙に浮いたボールを両手で堂々とキャッチしてしまう寺川である。
「こら寺川! バスケじゃねえんだぞ!? 手でキャッチすんな!」
「悪い悪い、つい癖でキャッチしちまった……」
その一方で、サッカーゴール前では、誠次と一希がボールを足で抑えながら立ち、ゴールキーパーを務める北久保を前にしていた。
「よっしゃ! いつでも来ていいぜ、天瀬! 星野!」
「じゃあ、遠慮なく行くぞ北久保!」
「勝負だよ、北久保くん!」
誠次が先にシュート体勢に入る。
すう、と大きく息を吸い込み、誠次は目を見開き、口をも開ける。
「喰らえ必殺! 《スーパーアルティメットファイナルショット》!」
勢いよく誠次が放ったシュートは、ゴールポストの横を飛んでいく。
「こらバカ天瀬! 叫んだって意味ねーぞ!」
「うぐ……」
遠くからキャプテンに叱責され、誠次はボールを取りに走り出す。11人きっかりなので、球拾いもいない。
誠次がボールを回収するすぐ傍では、聡也と神山と三ツ橋がパス回しをしていた。
「っく。思い通りのところにボールがパス出来ないのが歯痒いな。しかも実戦では、動きながらやらないといけないのか」
サッカーボールを蹴る聡也が呻く。
「ふうふう……疲れたから、ちょっと休憩!」
三ツ橋はつい先程から練習を開始したのにも関わらず、もうすでにバテており、実質神山とのパス交換であった。
「まあ、俺らが頑張らなくとも、キャプテン様が上手くやってくれるんだろ」
「……」
そう言ってだらけきった態度をする神山の後ろを、無言のキャプテンが通り過ぎていく。聞こえると知っていて敢えて、神山も大きな声で言っていた。
寄せ集めの11人による、監督もコーチもいない即興練習は、グダグダもいいところだ。
「こんなので本当に勝てるのかしら……」
団結力も、肝心のキャプテンとの間にある壁のせいであまり高いとは言えず、遠くから彼らの練習の様相を見ていた香月は不安そうに呟く。
マネージャーとして、彼らの活動を支えることを決めた以上、自分も真面目に手伝わなければ。
そう思い香月は、隣に立つ本来のサッカー部女子マネージャーに声をかける。
「女子マネージャーさん。次は何をすればいいかしら?」
「……」
「女子マネージャーさん?」
返答がなく、香月が隣を見ると、女子マネージャーはゴールネット付近を見つめていた。心配そうな眼差しの先には、一希が放ったシュートを止めきれずにゴールを許す北久保の姿があった。
「頑張って、北久保くん……」
「あの、女子マネージャーさん……」
「あ、ご、ごめんなさい! スポーツドリンクと水を1:1で割ってくれる? 私もやるから」
「ええ、わかったわ」
二人はしゃがみ込み、向かい合わせで水筒に薄めたスポーツドリンクを用意していく。
「北久保くんが初めて試合に出られるようで、良かったわね。女子マネージャーさん」
「……っ!? う、うん。嬉しい!」
女子マネージャーはにこりと笑う。
「香月さん、鋭いね。私、北久保くんのこと好きなんだ」
「え、ええ。そうだと思ったわ……」
あれだけ祈るような仕草で北久保の名を呟き、彼の練習する姿を食い入るように見つめていれば、自ずと理解は出来た。
「北久保くんはね、試合に出られなくても腐らないで、ずっと練習頑張ってるんだ」
「努力家なのね」
「うん。それでいて優しくて、マネージャーの私の仕事も手伝ってくれて、嫌な顔一つもしない。そんな北久保くんの明るさに、私も助けてもらってるんだ」
女子マネージャーが微笑みながら言っていると、サッカーボールが転がってきて、やや遅れて寺川がやって来た。
「あー悪いマネージャー。水くれないか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうな、香月さん」
香月が立ち上がり、水分補給をしにきた寺川に、スポーツドリンクを差し出す。
寺川は顔に滴る汗を拭いつつ、美味しそうにスポーツドリンクを飲んでいた。
「美味いや。男バスのマネージャーより作るの上手だぜ」
「そんなことを言うと、その娘たちに怒られるわよ?」
「おおっと、この話はシークレットな。でも実際、うちらのマネージャーなんて、異性探してるようなもんだからさ。バスケの試合なんて本気で応援してくれてるか、わからないんだよ」
本来は男子バスケットボール部キャプテンの寺川は、とほほと苦笑してから、ドリンクボトルを香月に返す。
「その点、ここの女子マネージャーさんは頑張り屋だな。選手側からすると助かるよ」
「……すごく言い辛いのだけれど、私あまりサッカーは好きじゃないのだけれど……」
「そうだったのか? でも、それでもマネージャーをやってくれるのは、感謝しかないぜ。……きっと、アイツもな」
ユニフォームのポケットに手を突っ込みつつ、やや微笑んで、寺川はグラウンドの方をじっと見た。
そこには、一人でグラウンドをあっちこっちに行き交い、忙しそうに指示を出している背番号10番、キャプテンがいた。
すると、キャプテンと視線が合い、こちらまでなにか怒鳴りながらやって来る。
「寺川! サボってないでさっさとグラウンド戻れ!」
「おいおい。今どき水分補給もろくにとらせてくれない部活はブラックって呼ばれちまうぜ? 勘弁してくれよー」
と、ぶつぶつ言いながら肩を竦め、しかしどこか愉しそうな表情を浮かべてから、寺川は再びグラウンドに戻っていく。
その後も、まさしく孤軍奮闘の様相を見せるキャプテンの指導の元、夕暮れ遅くまで練習は続いた。
「じゃ、お疲れさん」
他の部活動が完全に終わった後でもサッカー部はグラウンドに残った最後の部活動となっていた。
神山が誰よりも先に、寮室へと帰っていく。
「……っち。後輩もいないとなると、片付けも俺がやる羽目になるとは……」
キャプテンも不満そうにだが、片付けを手伝っていた。
北久保は言わずもがな、率先して後片付けを行っている。
「言った通り、明日は授業前から朝練を行う。サッカー部前集合だからな」
「この様子だと、神山氏は来そうにないが、明日の朝起こすか?」
三ツ橋がそう言うが、キャプテンは首を横に振る。
「いい。やる気のない奴なんて、むしろいない方がいい。一人抜けたところで、誰か適当な奴を代わりに入れればいいんだ」
「そんな……俺は神山とも一緒に……サッカーがしたい……」
ボールを大事そうに磨きながら、北久保が言う。
そんな北久保を見つめ、キャプテンはため息をついた。
「北久保。このチームはお前の愉快な仲良しこよしの友達集団か? 違うだろ? ヴァレンタインカップで優勝するために俺たちはサッカーをしてるんだ。やる気もなけりゃ実力もないやつは当然省かれるし、やる気があって実力がある奴だけが試合に出て活躍できる。それは普段ベンチのお前自身が何よりもわかっているはずだ」
「キ、キャプテン……いくらなんでも……」
女子マネージャーがそっと声を上げようとするが、その前に立ったのが、寺川であった。
「悪い。今日はもう俺も疲れた。明日の朝練には俺も参加するし、とっとと切り上げないか?」
「……ああ。遅れるなよ」
「うい。そうだ。今晩はみんなで食堂で飯食わないか? 親睦会も兼ねてさ。キャプテンも一緒に食おうぜ?」
寺川がそう言うが、キャプテンは首にかけたタオルを持って顔を拭きながら、部室に背を向けていた。
「俺は行かない」
「……そっか。明日もよろしくな、キャプテン」
「……」
キャプテンは一人で、自分の寮室へと帰っていった。
※
それからしばし経った、夜。
ぴ、と音を立てて、寮室のスライドドアが開き、北久保が自分の部屋へと戻ってくる。
そこにはすでに、ソファに寝転がって、携帯ゲーム機で遊んでいる神山がいた。
「ただいま、神山! メールしただろ? みんなで飯食ってるから、神山も来ないかって」
「いや俺はいいや。運動した後はだるくなって逆に飯食えないタイプだから」
「へー。俺とは逆なんだな! 俺は腹減りまくって困るぜ!」
神山はゲーム機からちらりと視線を逸して、帰ってきた北久保を一瞬だけ見てから、視線を再びゲーム機へ戻す。
「三ツ橋は?」
「天瀬と夕島と一緒に戦術考えてるんだってさ。まだ食堂だぜ」
「初心者たちが集まったところで、まともな戦術も浮かばないだろうに。部屋の中でサッカーゲームでもやってた方が有意義かもな」
神山はニヒルな笑みを零す。
「なんか、ごめんな神山。キャプテンと喧嘩みたいになっちゃってさ」
続いて北久保は、申し訳なさそうに短い髪をかきながら、軽く頭を下げてきた。
これには、流石にゲームをする手を止めて神山は、上半身を起こす。
「なんでお前が謝るんだよ、北久保」
「あ、あはは。俺って頭よくないから、取り敢えず謝るクセついちまってるんだよ。いつもキャプテンには謝ってばかりだ」
「お前さあ、なんだってあんな奴、尊敬してんの? はっきり言って性格クソじゃね? 俺はどうしてもソリが合わねーよ」
神山はソファに腰をかける姿勢で、北久保に質問する。
北久保は肩にかけていたエナメルカバンを降ろすと、胸を張るようにして、自信満々そうにこう答えた。
「だって、キャプテンはサッカー上手いし、何よりも人一倍の努力家なんだ」
「努力家!? あんなやつが!?」
「あ、やべ……誰にも言うなって、言われてるんだった……」
北久保があっとなったのも少々に、神山は軽いカルチャーショックのようなものを受けていた。あのプライドの塊のような性格の彼が、裏で努力してるなど……信じられない。
「あとさ。親がいないって虐められてる俺を、キャプテンは守ってくれたんだ。くだらないことしてないで、ボールを蹴ってろ、てな」
「そっか。そう言えばお前、親はもう……」
「おじさんとおばさんがいてくれるから、もう寂しくはないぜ? それに今はこのヴィザリウス魔法学園に入って、いっぱい友だちがいるからな! 神山とか!」
にこっと笑った北久保のいつもながらの、何も考えていないような、俗に言う馬鹿っぽい笑顔。しかしそれを見た神山も、自然と頬が緩んでしまう。
「お前は本当に馬鹿だな……」
「馬鹿は風邪引かねーし、最強なんだぞ!? それに疲れねーから、今からでも特訓行ける!」
「ちょっ、おい待て! 外行こうとすんな! 学園の敷地は安全とはいえ、゛捕食者゛が出るぞ!」
本当にコイツは馬鹿だ……。目の前の前の事だけに集中してしまい、周りが見えなくなり、ノリと気合だけでなんでも乗り越えようとする。夜の世界に飛び出そうとするのも、そのせいだろうか。努力家は確かに人聞きは良いものだ。しかし、それが必ずしも全て良い結果に結びつくとは限らないのを、神山は知っていた。
……同時に、無謀にも夜の世界に飛び出して、無惨にも散っていた命の安さも。
「ああ、ごめんな神山……また神山にも迷惑かけちまうところだった……」
「謝ればなんでも済むって話じゃねーぞ。そのうち、謝ってもどうしようもならねえ場合もあるから、頼むからよく注意してくれ」
「わ、わかった……」
「……はあ、たく」
初めて会ったときからこの方、コイツは危なっかし過ぎていつもヒヤヒヤさせられる。傍で見ていないと、すぐどっかに行ってしまいそうだ。
こういう事にも慣れっこだ。神山は口角を少しだけ上げたあと、ゲーム機をソファの上に置き、重い腰を上げる。自動スリープモードになるまでの間、神山が遊んでいたゲーム機では、サッカーゲームの映像が流れているのであった。
※
翌日、早朝。
朝霧がやや立ち込めるヴィザリウス魔法学園のグラウンド脇サッカー部室前では、キャプテンの呼びかけに集まった9人のプレイヤーと二人のマネージャーがいた。
「神山は来なかったか……」
悠平が寂しそうに言っている。昨日のメンバーの中でただ一人、神山のみが、朝練には来なかった。
「神山くんにも事情があるはずだ。今はこの残ったメンバーで、少しでもまとまな試合が出来るよう、特訓しよう」
一希がみんなに向けて言えば、一同は頷いていた。
「よし、行くぞ。また基本の走り込みからだ」
靴紐を結び終えたキャプテンもまた、メンバーの先頭に立って、ランニングを開始する。
神山を除いた十人のメンバーで、今日はオフェンス側とディフェンス側に別れてハーフコートでの練習だ。
キャプテンのメンバー分けの元、オフェンスはキャプテン、誠次、一希、志藤、聡也。
ディフェンスは北久保、悠平、真、三ツ橋、寺川で、ゴールキーパーが北久保だ。
「いいか? 取り敢えず俺にパスしろ。そうすれば俺がドリブルで突破する」
短い作戦会議で、オフェンス陣に伝えられたのは、絶対的エースであるキャプテンへのパス回しだ。
そんな作戦に異を唱えたのは、ミッドフィルダーの志藤であった。
「ちょっと待ってくれよキャプテン。キャプテンがサッカー上手いのはわかってるけどさ、サッカーはチームスポーツだ。アンタ一人が上手くても意味がねーだろ」
「志藤。お前は本気で、たった5日間だけでサッカーが上手くなるとでも思っているのか?」
「いや、でも、だからこその練習だろ? 上手くはなれなくても、最低限戦えるだけの練習は――」
「そんな余裕も時間もない! 少しでも勝てる可能性があるのは、俺が攻守に渡って活躍することだ!」
「……」
志藤は尚もなにか言いたげであったが、ここは堪えて、引き下がる。一緒にサッカーがしたくて誘ってくれた、北久保へのメンツもそこにはあった。
「では、ボールを奪われたらゲームリセットで、スタート!」
女子マネージャーの笛の音の元、ハーフコートを使用した攻守戦が始まった。
まずボールを蹴るのは、オフェンス側のFWコンビ、誠次と一希だ。
「パスしろ! こっちだ!」
一希がボールを持って一歩踏み出した途端、後ろからキャプテンがスプリントを行い、ディフェンス陣の間をかいくぐる。
「キャプテンくん!」
一希はボールを蹴って、キャプテンへのパスを通した。
「小野寺! 行けるか!?」
ディフェンス側のリーダーとなっている北久保が、SBの真へ声をかけた。
真の目の前でボールをトラップしたキャプテンは、真の接近を視界に入れながらも、縦突破を敢行する。
すぐ左側では、誠次がスプリントをしていた。しかも彼にはディフェンダーがついておらず、パスを通せばゴールは目の前だ。
「キャプテン! こっちだ!」
「……っ!」
誠次の声を無視したキャプテンは、目の前で待ち構える真へボールを前で出した足で跨ぐようにフェイントドリブルを行う。
「うわっ!?」
動きにつられた真が足を不用意に出したのが最後。キャプテンはボールと共に真の真横を突破し、一気に斜めに加速をしながら、ゴール付近のペナルティエリアへと侵入する。
「帳!」
「おうよ!」
CBを務める寺川と悠平が、最後の砦としてゴール前まで来たキャプテンの前に立ち塞がる。
キャプテンは小さく蹴り出したボール目掛けて、大きく足を振り被った。シュートの構えだ。
「なに!?」
コースを塞ごうと、大きな体を壁にしようと走っていた寺川であったが、キャプテンはその考えを読んでいた。
シュートフェイントを行い、寺川と悠平を纏めて躱したキャプテンは、改めてボールを蹴る。右足一閃。キャプテンが放ったボールは、北久保の左側の頭上を貫き、ゴールネット隅に吸い込まれていた。
「うわ、すげえ……」
寺川が首だけを振り向かせながら驚嘆する中、キャプテンはすでに振り向き、自分の位置へ小走りで戻っていた。
「俺のプレーについてこい。さもなければ置いていく」
そう言い切ったキャプテンの指示のもと、オフェンス陣は再び、キャプテンを中心として攻撃を組み立てていく。フィールド上の魔術師。キャプテンのそんな二つ名の実力は伊達ではなく、華麗で、しかし見ている間もない程の素早いプレーで、ディフェンス陣をきりきりまいにしていく。
そんな早朝の特訓は、ほぼキャプテンの独壇場で幕を閉じたのだ。
放課後、夕方の練習時間。
「うっす」
午前の部は参加しなかった神山も、午後の練習には参加していた。しかし、相変わらずやる気はさほど感じられず。と言うよりも、初日の方がまだやる気があったようにも見える。
「午後は来たのか、神山」
「ええ。午前は参加できなくてすみませんね、キャプテンさん」
「ふん。やる気がないなら帰ってもいいんだぞ」
「うわ出た……。それで本当に帰る人なんて、いるんすかね」
更衣室で靴紐を結び終えた神山は、のろのろと歩きながら、グラウンドへと向かっていた。
やや遅れて、更衣室から出てきたキャプテン。そんな彼を待ち受けていたのはなんと、腹痛で参加できない、本来のサッカー部員たちであった。
「お前ら……」
キャプテンがやや驚いたように、部室前にいた三人組ほどのチームメイトを見つめる。
「具合、良くなったのか――」
「相変わらずみたいっすね、キャプテン」
そのうちの一人が、冷たい感情の声音で、そう声をかけてくる。
「朝練も見てましたが、アンタばかりにボールが回ってた」
「……」
「確かにアンタはずば抜けて才能がある。正直、レベルが違う。でも、もっとチームメイトを信じてくれたって――っ!」
「勝てるんだからいいだろっ!」
チームメイトたちの言葉を遮り、キャプテンは腕を横に振り払って、遮るように叫ぶ。右手に巻かれた黄色のキャプテンマークが、夕日を浴びていた。
「チームメイト全員で掴み取った勝利と、一人の人間が活躍して掴み取った勝利。そんな違いなんか、どうでもいいだろう!? 大事なのは勝ったと言う結果だ! そうすれば、お前らだって満足だろう!? トロフィーとメダルさえあればよ!」
「……」
怒り、怒鳴るようにして言い切ったキャプテンを前に、誰も何も言わず、踵を返していく。
ハアハア……と、溢れ出た感情を一気に爆発させていたキャプテンは、口で呼吸をして、その場で思い切り、足蹴りをしていた。
また、これで俺だけの道が開いた。嘲笑いでも、可哀想なものを見るような目でも、すればいいさ……。それでも結果さえ出れば、あとはなんでもいい。
握り拳を作り上げていたキャプテンは、冷たい表情を浮かべたまま、グラウンドへと戻っていった。
放課後の練習でも、キャプテンの独壇場は変わらず。殆どが彼を中心とした、攻撃や守備の形が、作られていくのであった。
「キャプテンくん。こっちだ!」
オフェンスの練習で、一希が横を走るキャプテンに声をかけるが、キャプテンは相変わらず無視をして、強引なドリブル突破を行う。
彼からパスを受け取ることを諦めた一希が徐々に失速していく。
キャプテンの視界からも、周りから味方は一切いなくなり、目に映るのは目的とするべき、ゴールネットのみとなる。
「ハアハア! 俺が、決める!」
再度、北久保が守るゴールネット目掛けて、ボールを蹴った時であった。
「――っ!?」
足の指先が吹き飛んだかと思うほどの強烈な痛みが、スパイク越しに襲い掛かり、キャプテンは思わず呻き声を出す。
しかし、慣れていたことなので、周囲には気づかれないようなポーカーフェイスでいられたはずであった。そう、いつもの、面子であれば。
「……ん?」
しかし、誰よりも彼に近づき、シュートチャンスを防ごうとしたディフェンダーの、同じスポーツ系の部活動で主将を務める寺川には、彼の身に起きていた異変という違和感を、見抜くことが出来ていた。
「タイム! ちょっといいか?」
寺川が声を張る。
キャプテンは当然、怪訝な表情をしていた。
「なんだ寺川!? 勝手に仕切るな!」
「キャプテン、俺と保健室行こうぜ」
「はあ!?」
「俺にはわかるんだ。肩を貸す。さあ、行くぞ」
問答無用、と言わんばかりに、寺川はキャプテンの腕を自身に回し、歩きだす。
キャプテンは苦しそうな表情を浮かべるが、それを周囲の人には気取らないようにしつつ、首だけを振り向かせて、副キャプテンの北久保に指示をだす。
「北久保! 練習させとけ!」
「お、おう!」
ゴールを守る北久保が、驚いたような返事をしていた。
「寺川くん。私が運びましょうか?」
マネージャーを務める香月が、ピッチ外に出たキャプテンに肩を貸す寺川に言うが、寺川は断っていた。
「いいや、平気だ。ここはキャプテンに任せてくれよ」
軽く微笑んだ寺川と、彼に渋々と言った様子で運ばれるキャプテンは、グラウンドに地繋がりで直結している魔法学園の保健室に、歩いてやって来る。
「お邪魔します。ダニエル先生は……いないみたいだな」
「よくわかったな……俺が足を怪我してるの……」
「ん?」
キャプテンは寺川の肩から離れると、慣れた動作で、保健室の椅子に座り、右足のソックスを脱いで裸足となる。寺川がそれを見れば、なるほど、前々から負っていた怪我であったようだ。くるぶしから指先にかけて、白いテーピングでぐるぐる巻きにされている右足であった。
「まあ、同じスポーツ系の部活やってるしな。しかしその怪我、いつからだ?」
「もう覚えてない……。色んな怪我の積み重ねさ」
キャプテンは忌々しそうに、自身の右足を見つめていた。
そこへ、寺川がしゃがみ込み、キャプテンの顔を覗き込むようにする。
「触るぞ?」
彼の青い目と合った時、キャプテンは途端に気まずさを感じ、右腕で顔を覆った。
「……っ。やっぱり、一人でやる!」
「構うなって。……それとも、お前ソッチか?」
「それはお前に言いたいんだが!?」
赤面して寺川に向けて怒鳴るキャプテンに、一瞬だけきょとんとしていた寺川は、次には大笑いをしていた。
「あははは。安心しろって、俺は彼女持ちだぜ? そんな気はねーよ」
「……」
しかし、それきりキャプテンはそっぽを向いて、寺川と顔を合わせようとはしなくなった。
しばし、お互いに無言の状態が続き、静寂の保健室で寺川がキャプテンの足にテーピングを巻く音だけが響いていた。
「頑張ってるんだな、キャプテンはさ。やっぱ今のサッカーの実力は、努力の賜物か」
素直な称賛の言葉として、寺川がぼそりと呟くが、キャプテンは横を向いたまま、表情を変えることはなかった。それどころか、どこか面白くはなさそうな、顔をしている。
「お前こそ、バスケ部のキャプテンとして、評判いいじゃないか。後輩や同期にも、慕われてるみたいだな」
キャプテンのそんな言葉に、寺川は一瞬だけテーピングを巻く手を止める。
そして寺川は、どこか自嘲するように、軽く笑った。
「どうだろうな。みんな内心じゃ、俺のことは頼りのないキャプテンだとか、口うるさいキャプテンだと思ってんのかもしれない」
寺川の口から出た言葉に、キャプテンはやや驚く。
「意外だな。お前は完璧なキャプテンだと思ったんだけど」
「完璧なキャプテンって、なんだよ。自信なんかないさ。チームメイトだって一人の人間なわけだし、それぞれ考え方の違いもあるだろ。そんな多種多様な人の上に立って、纏めるなんて、出来れば遠慮したい事さ。そんなことが平然とできるのは、生まれ持って人の上に立つってことを自覚して心構えが出来てるやつか、或いは、他人の気持ちが分からないような、冷酷な人間か、だろうな」
寺川は懸命に、キャプテンの右足にテーピングを巻きながら、言葉を続ける。
「俺はそのどちらでもないし、何なら正反対さ。周りからは多くを期待されているけど、それ相応の覚悟ってのも同時に必要になる。理想的なキャプテン像ってのは、一体何なんだろうか、今だって分かってねえんだ。だから……なんとなくお前の気持ちは、分かるつもりさ」
湿布のツンとした清涼剤のような臭いが鼻に染みつつ、寺川は顔を上げてキャプテンを見る。
「……」
キャプテンは遠くを見つめるようにしてから、そっと顔を、俯かせる。
「……血の滲むような努力をして、休みの日もやりたいゲームや遊びを我慢して、努力した。そしてサッカーが上手くなって、試合で活躍するんだ。そうすれば、周囲の人間は当然ソイツを持て囃すし、チームに必要不可欠な存在になって、その内キャプテンって役に就かせるようにする。その他大勢の周りは、ソイツにより多くの事を求めると同時に、ある日からこう言う思いだって芽生え始めるんだ」
キャプテンは人知れず、握りこぶしを作りだす。
「……なんでアイツばかり目立って、活躍するんだ? 面白くない、と。その内ソイツがいくら頑張ろうが、いくらチームに貢献しようが関係ない。たった一人、キャプテンという孤高であるべき存在と、それ以外の面子に分け隔てられ、出来上がった壁は、見えないうちに高くなっていた。段々チームから孤立するようになって、連携も取れなくなる。ソイツはその内、自分は一体なんの為に、チームメイトの為に頑張ってるんだって、思うようになった。なんの為にボロボロの身体になってまで、ボールを蹴るんだって思うようになった。ソイツはただ……みんなと、サッカーがしたいだけなのに……」
「……」
寺川は真剣な表情で、キャプテンの言葉を聞いていた。
「一部を除いて、ソイツは誰からも理解されないような孤独の存在だ。何も知らないような奴からは、ソイツは恵まれていて、持て囃されて、特別な存在だと言われる。そうだよな。自分とは違う存在だと思われているから、同情の余地すらない」
「周りとは違った、特別な存在ってことか。同じ人間なのに、どうしてそう、壁を作りたがるんだろうな」
「ソイツがキャプテンだから、だろ。例え周りからも、チームメイトからも嫌われようが関係ない、動じない。そんな心構えを持てる奴こそが、真に人の上に立つような、キャプテンたる存在なんだろう。……俺は、そうであるべきだと思うんだ」
やがてキャプテンは、寺川の手から離れ、ソックスを一人で履く。
「もう戻るぞ。大会まで時間はない」
「せめてお礼くらい言ってくれても良いんじゃないか? 孤高のキャプテンさん」
寺川はやれやれと、保健室で拝借したものを元の位置に戻していく。
「……ありがとうな」
「どういたしまして」
どこか言いづらそうにそっぽを向いたまま、キャプテンはグラウンドへと先に戻っていく。
「……俺は決して、そうは思わないけどな」
寺川はそう呟いてから、保健室を後にした。
~ウィザ―ズイレブン、今日の格言!~
「次回、感動の(?)最終回! 勝って泣こうぜ!」




