11
「剣と魔法が揃えば、エルサレムの鐘の音が聴こえた」
せいじ
――かつて私は、絶対的な権力を持っていた。他者を凌駕する知性もあり、魔法の才能もあった。
そうだ、私は他者よりも、優れている。少しの差ではない、圧倒的にだ。
何時だって、如何なる時代でも、平民を統べ、彼らを導いてきたのは、力を持った才能ある者であった。
だから私が、魔術師たちの王となるのは、至極当然のことのはずだ。
私が皆を正しく率いれば、特殊魔法治安維持組織はもっと強大で誇り高く、圧倒的な実力組織となる。
弱者だって……沢山……守られる……はずだった……。
「ハア……ハア……っ」
息が苦しい……。全身が熱く痛い……。視界が霞む……。
傷つき、損傷し果てた身体で、新崎和真は、壁に手を這わせながら、足を引きずるようにして、歩く。切り傷が至るところに入った黒いスーツには赤色が滲み、手で触った薄青の壁には、赤い線を引くように、血の痕が描かれていた。
「私は……特殊魔法治安維持組織を、強くしなければ、なら、ない……」
がんがんと鳴る頭の果てで、うわ言のように呟いた言葉が、遠くで聞こえるようだ。
死にもの狂いで歩き続けた新崎の顔に、微かな光が当たる。その方からそよぐ涼しい風が、ひどく痛む身体に、突き刺さるように吹いてくる。
その光に導かれるように歩いていき、やがて、目の前に広がった光景に、新崎は目を背けた。
――なんて、醜いのだろうと。
特殊魔法治安維持組織本部の地下施設から、緊急避難用の通路を通り、台場の海岸に出た。そこにある白浜と、濁った海。ぽつりぽつりと降る矮小な雨の姿に、新崎は絶望を覚え、呻く。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。今もどこかで、迷い、力ある者の救いを待ち望んでいる弱者がいる。そんな彼らに救いの手を差し伸ばさなければ、彼らは、路頭に迷ってしまう。
「急いで、作戦を……練り直さなければ……。反撃の機会は、いくらでもある……。再び私が特殊魔法治安維持組織を総べて、組織を、変えなければ」
ぽたぽたと、白い砂浜の上に赤い血の痕をつけ、行く宛も行き先も分からず、新崎は進んだ。
だいぶ、海が近づいてきたようだ。血の臭いに混じって、潮の匂い感じ始めていた頃。
――ざっざっざ。
自分のではない、誰か他の人間の足音が、背後から聞こえてくる。
「……」
その音と息遣いが聞こえたとき、それが誰のものであるか気がついた新崎は、砂浜の上で両膝をつき、止まった。
天を恨みがましく見上げれば、雨の雫が、血を抱いて流れ落ちていく。
そうして新崎は、口を薄く開いた。
「まさか私が、かつてのアイツのような立場となるとは……。皮肉だな……影塚広……?」
「……」
誠次との一騎討ちに敗れ、逃げた新崎を追いかけてきたのは、フレースヴェルグの成人組リーダー、影塚広であった。
※
「――きろ! しっかりしろ!」
きーんと鳴る耳に、遠くから、男の声が聞こえてくる。
真っ暗な視界に、眩い光が差し込んだかと思えば、自身に降り積もっていた瓦礫がどけられたのだと、理解する。全身が痛くて、動けない……。
ぼうっとする意識が徐々に、痛覚によって覚醒していく。
「俺、は……」
「いたぞ! ここだっつーの!」
頭に響く、特徴的な男の声。南雲ユエの声だ。
「大丈夫か、天瀬!」
「南雲、さん……」
誠次が腕を伸ばそうとするが、南雲はそれを制止させる。
「天井が崩れて、瓦礫に埋まってたんだ。今他の奴が来てくれるから、急いで脱出するぞ。無理に身体を動かすんじゃねーぞっつーの」
「みんな、は……っ? テレビ局の、方は……?」
苦しい息遣いで誠次が問うと、しゃがみ込む南雲が答える。
「テレビ局の方は終わった。こっちも被害甚大だが、どうにか守り切った。お前の仲間も、全員無事だっつーの」
「良かった、です……」
誠次がそうして天を見上げる。照明が完全に終わった暗闇の中、微かに光の粒子が舞っている。ベイラとビュグヴィルは、無事だったようだ。
「帰るぞ、お前たちの母校、ヴィザリウスにな」
南雲がそう言って、優しく笑いかけてくる。
帰ること。ちょうど一年前には果たせなかった、約束は、今度こそ、果たすことができそうだ。大切な仲間たちの、おかげである。大人組の南雲がここに駆け付けてくれたという事も、安心感があった。
――それと、同時に。
「新崎と……堂上は……?」
最後の一撃の瞬間、この部屋にいた特殊魔法治安維持組織の男たちの事を思い出し、誠次ははっとなって南雲に問う。
南雲は、耳元の通信機にそっと手を添えて、通信をしているようだ。
「堂上と井口は、捕まった。まったく、初動の連携はミスったが、警察が重い腰を上げてくれたんだっつーの。新崎は……――」
※
ぽつ、ぽつと、雨が降る台場の浜辺。秋の冷たい風が、ひゅうひゅうと、遠い海の向こうから、身体をさらうように、吹いてくる。
ここはちょうど一年前、大切な人を目の前で失った、因縁深い場所だ。
影塚広は、無言で新崎の背後に近づくと、右手をすっと持ち上げて、傷だらけの新崎の背に先を向ける。
「これでようやく、全てのケリがつく……。隊長、見ていて、くれていますか……?」
影塚は、あの日の冷たい雨の日を思い出して、呟く。
遂には助けることが出来なかった、救うことが出来なかった、偉大な人物。彼を追い詰めた張本人こそ、他でもない、今この目の前で、裁きの時を待っている新崎だ。
隊長、佐伯剛以外にも、波沢茜を始めとした多くの特殊魔法治安維持組織の面々、そして特殊魔法治安維持組織による不当な扱いを受けてきた人々の無念の思いが、影塚に選択を迫る。
「見てなどいないさ……貴様らは所詮、死者共の妄執に取り憑かれているにすぎない……。いつか、報いを受けるのは、貴様たちのほうさ……」
「だとしても、あなたは今ここで討たなければならない存在だった……」
「私が舞台を去ったところで……この魔法世界の混乱は続く。果たして、貴様ら烏合の衆に変えられることなどできるかな……?」
新崎はそう言って、虚ろな目をそっと閉じる。
「最後に一つ訊きたい。なぜ貴男は、特殊魔法治安維持組織の局長になろうとした? 貴男の思いとは、一体なんだったんだ?」
なんのために、多くの人が犠牲になった? ……最後に出かかったそんな言葉は、影塚自身にも思うことはあったので、言い淀んだが。
「私の夢の話か……。私もまた、この魔法世界を変えようとしただけのことだ。力ある者が、力無き者たちを率いて何がいけなかったと言うのだ……」
「全てが全て、貴男の思い通りになどならない。貴男の思い描いていたことは他者への救済ではなく、支配であった。自分の思い通りの国を作ろうとしただけだ」
「ふふ……。では今度は、貴様たちの番だ。せいぜい死肉をついばむハゲワシの足掻きとやら、あの世で見させてもらうよ」
新崎は最後まで、影塚や他者を見下した様子で、告げていた。
その言葉を無言で聞き、影塚は魔法式を展開する。
「……」
一瞬だけ顔を背けた影塚は、今一度、目の前にある男の背中を、じっと睨む。
やがて手元の魔法式は、完成した。
「――貴男をまだ殺すわけにはいかない。《ナイトメア》」
白い魔法式から放たれた幻影魔法が、新崎の意識を吹き飛ばす。
影塚は、震えかける右手を左手で無理矢理に抑え込みながら、降ろした。そして、天を仰ぎ見る。
ああ……きっとこれでいいはずだ。間違っては、いない……。
そう願いと祈りを込めた言葉を、心の中で呟きながら、影塚は雨の味を呑む。
「――生かした、のか」
影塚は気がついていた。遠くから、日向が自分と同じく、傷ついた姿で歩み寄ってくる。
テレビ局での死闘は、終えたばかりだ。今は茜たちが現場に残り、志藤や雨宮の生放送での告発を、警備している。
特殊魔法治安維持組織本部へ突入したフレースヴェルグ学生組の援護に向かう為に、急いで駆けつけたのであったが、こちらも大勢はついていたようだ。
「ああ……」
「俺が言えたことではないと思うが、正しい判断だったと、思う……」
砂浜の上でうつ伏せで眠る新崎を見つめ、そう言って握り拳を作った日向の肩に、影塚はそっと手を添えてやる。
「ああ日向。僕たちはお互いに、間違い、すれ違い続けていた。でも、それでもいいと思うんだ。それで最終的に、同じ方を向いていければさ」
「……」
悔しさを押し殺し、日向は俯く。
しかし、やがて顔を上げて、力強く頷く。
「ありがとう、影塚。これからだな」
「うん。問題はまだまだ沢山残っている。これからも力を貸してくれ、日向」
冷たいも優しい雨が、二人の間に降っている。
やや遅れて、湿った砂浜に足跡をつけて、もう一人の青年がやって来る。
「影塚、日向」
新崎と同い年であり、かつての特殊魔法治安維持組織隊員であった、霧崎であった。
「新崎を、倒したのか……?」
雨で濡れつつある青い髪から、水滴を垂らしながら、新崎が驚いたように問う。
「いいや、僕が来た時にはもう、満身創痍の状態だった。天瀬くんや志藤くんたち学生たちが、やってくれたんだ」
影塚が眠る新崎を見下ろしつつ、告げる。
「そうか……。新崎……」
霧崎もまた、砂浜の上で意識を失っている新崎を見下ろし、ぽつりと呟くように、かつての仲間の名を呼んでいた。
「君がどうしてそうなってしまったのか、いつかわかる日が、来るのかな……」
傷つき、ぼろぼろの姿となった彼を見て思うのは、そんな感情であった。能天気かもしれない。影塚も日向も、言ってしまえば、この目の前で倒れている一人の男によって人生を狂わされた、張本人たちだ。自分もまた、彼を前にして、共に道を歩む事が出来ず、逃げ出した臆病者だった。それ以外の者も、また然り……。
それほどの人物が、この魔法世界に生まれて、一時的に組織のトップに立ったこと。その事実は、重く受け止めなければならない事だろう。
特殊魔法治安維持組織本部解放戦。早朝から夕方にまで及んだこの長い戦いは、ようやく、終わりを迎えたのだ。
※
『突然のことに、全ての国民の皆さまが驚かれている事と思います。私は志藤康大。かつて、特殊魔法治安維持組織の局長を務めていたものです――』
もう一つの戦闘の地であったテレビ局より、志藤と雨宮による告発の演説が、全国放送で流されている。
それを受けた他チャンネルでも、こぞってそのテレビ局の独占放送のことを、報道し始めていた。
緊急生放送の様子は、SNSで瞬く間に拡散され、全国中に知られ渡る事となる。
そのどれもが驚きの声を上げ、そして同じくして、批判と非難の声も上がる。対象の矛先は特殊魔法治安維持組織、そして薺紗愛と光安へ。
特に、政府関係には議員総選挙期間も開催される直前の大スキャンダルとあって、大ダメージを受けることとなった。
「これで本当に、良かったんだよな……」
自身の電子タブレットを見つめ、帳悠平が呟く。傷だらけの身体を治癒魔法で治療された今は、乾いた煤と血がついた自身の私服を身に纏い、疲れ果てた身体を台場の浜辺の上で休まさせていた。
秋も深まり、遠く地平線の彼方から吹く風は、肌寒いほど。それでも雨はやみ、微弱ながらも日は差していた。
「間違っていないはずだ。俺たちの戦いには、確かに意義があった」
同じような出で立ちで、聡也が悠平の隣に立ち、遠くを見据えながら言う。
彼らの背後にある特殊魔法治安維持組織本部は、外観こそ変わってはいないが、その中では激しい戦闘が行われた爪痕が大きく残る。
施設の前の道路には、無数の警察車両が停まっており、特殊魔法治安維持組織本部へ大勢の警察が突入している。
そして連行されるのは、新崎派であった特殊魔法治安維持組織メンバーたち。罪状は今のところ、捜査に来た警察への公務執行妨害罪となっている。その中には、ある種新崎の被害者である、戸賀やダルコたち、フレースヴェルグと戦った者たちも含まれていた。
手錠で両手を背中の後ろで縛られているのは、魔術師が魔法を使えないようにする為の、今風の光景だ。
「これで変わるんですよね……。自分たちが、歴史を変えたこと……まるで実感は湧きませんが……」
一希の治療により完全回復していた真は胸に手を添えて、しんみりとした面持ちで言う。着ている服こそボロボロで、血もこびりついてしまっているが。
一方で、ホログラムの規制線も張られた特殊魔法治安維持組織本部前では、連行されていく特殊魔法治安維持組織メンバーの最後尾の方を歩く、堂上の姿があった。
警察官が周辺を見張る中、規制線にかかりかけるところまでやって来たのは、志藤颯介であった。
「堂上!」
「……お前、か」
早く進むように促される堂上であったが、その場で立ち止まると、志藤を見る。
「ああ……認めてやるよ……。やっぱ、正義は勝つんだなってことか……」
堂上の口から出た言葉に、口端に血の痕を残している志藤は、やや驚く。
「俺たちが正義……。ならアンタらは、なんだったんだ……?」
「決まってるだろ……。そんなことも、わからないのか……?」
堂上はくつくつと、笑いかけてきた。
「勝った奴が正義、だろ。俺たちは負けて、歴史の表舞台から姿を消す敗者であり、悪人だ」
警察官に背中を押され、堂上はよろめきながらも、歩き出す。
「檻の中でも楽しみにしているよ。新たな勝者となった君たちが、俺たちのように、滅びゆく様をさ……」
「……」
堂上はそんな台詞を残すと、他のメンバー同様に、警察車両に乗り込んでいく。彼らが向かう先は、メーデイアなのだろう。
「志藤」
特殊魔法治安維持組織本部から出てくる、かつての隊員たちの姿を全て見届けていた志藤の背後から、誠次が声をかける。
志藤は振り向こともなく、ただ警察官たちが慌ただしく行き交う目の前よりもさらに先を、見つめているようだ。
「……天瀬。なんだろうな……。こういう時に、みんなのリーダーの俺が一番胸張らなきゃいけないってのに……なんかさ……」
「虚しいのか?」
誠次は志藤の気持ちを察知して、そんな声をかける。
ぴくりと、微かに反応した志藤は、一つため息をする。
「そうだな。いい気分じゃねえのは、確かだ」
そんな志藤の肩に、誠次は後ろから手を添える。
「しかし、これで少なからずこの魔法世界の真の平和に近づいたことは確かなはずだ」
「ああ、でも問題はこっからだ。俺たちがぶっ壊した特殊魔法治安維持組織を再建させないと」
「史上最年少局長、しかも現役高校生。誕生か?」
「おいおい勘弁しろって……。そりゃあ、やるしかないならやるけどさ。そこらへんはまずは、影塚さんたちに任せる」
志藤はそう言って、腹を擦る。
「終わったと思ったら腹減ったわ。血もめっちゃ吐いたし、輸血しねーと。……てなわけで、みんなで飯でも食い行こうぜ」
「胸を張って、腹を空かせて、行こうか」
にこりと微笑む志藤の顔を見つめ、誠次は頷いていた。
「じゃあ今度は僕に、東京の美味しい食べ物を教えてほしいな」
後ろから歩いて来たのは、意識を取り戻した一希であった。こちらは誠次のクリシュティナの付加魔法エンチャント)で、完全回復していた。
一希のそんな言葉に、誠次と志藤は顔を見合わせる。
別段、グルメでもなんでもない二人の男子高校生にとってみれば、帰るべきヴィザリウス魔法学園の東京で食べる美味しいご飯など、決まっていつもの場所だ。
特殊魔法治安維持組織本部での戦いを終えたフレースヴェルグの面々は、ヴィザリウス魔法学園へと戻り、祝勝会をあげていた。祝勝、とは言っても、表立って騒いだり、喜びを他の人々と共有することはない。お疲れ様会、と言うのが、相応しいかもしれない。
貸切状態の談話室にて、志藤が炭酸飲料が入ったグラスを片手に、フレースヴェルグの面々に声をかける。
「みんな、今日は本当にありがとう。新崎を倒すことが出来たことは何よりだが、それよりもみんなが無事でこうして帰ってきてくれたことが、一番嬉しい。これからのことは、俺と大人たちがちゃんと話し合いをするから、今は疲れを労おうぜ」
志藤の言葉に、一希や女性陣も含めた談話室にいる面々は、頷いていた。
「これでフレースヴェルグも店じまいか。寂しくなるな」
「そんな事はないさ。俺たちの心の中に、フレースヴェルグはいつもいる」
「お、おう……。そんな、概念的なものだったのか……?」
グラスを片手に寂しがる悠平に対し、聡也がしれっとそんなことを言い、悠平はやや狼狽しながら頷く。
そんな聡也は今は割れてしまった眼鏡の代わりの、スペアの眼鏡をかけていた。
「夜のニュース番組でも、どこも特殊魔法治安維持組織のことばかりですね」
談話室に取り付けられてあるホログラムテレビ画面を見つめながら、真が言う。
「やはり、僕たちの事はどこも知られていないらしい。あくまで志藤康大さんと、雨宮愛里沙さんが演説を行い、新崎ら特殊魔法治安維持組織側は無反応を貫いていると言う状況だ。世間から見てどちらの印象が良いかは明白で、世論は簡単に反薺へと動くだろうね」
一希が胸の前で腕を組み、真の座る席のひざ掛けに寄りかかって言っていた。
「まさか、本城元魔法大臣は、こうなることを織り込み済みで?」
真が一希に訊いてみるが、一希も流石にそこまでは分からないようだった。
「さあ、そこまでは分からない。けれど間違いなく言えることは、僕たちの戦いはまだ終わってなんかいないと言うことだ」
「次は総理大臣が相手、ですか……!?」
真が驚いたように顔を上げる。
「――それは向こうの出方次第になる」
そう言いながら二人の元にやってきたのが、志藤であった。
「一番いいのは、次の議員選挙で薺が落選することだが、向こうは向こうで根強い支持者がいる。万が一再選して、国民の批判の中でも総理大臣を続けるつもりならば、光安とも総力戦になるだろうな」
「道のりは長いようですね……」
真が気落ちしかけながら言うが、一希が力強い言葉をかける。
「それでも、このメンバーだったらどんな困難も乗り越えられる。それを証明できたのが、今日の戦いだったと思うんだ」
一希の言葉に、志藤は頷く。
「だな。少し前だったら、特殊魔法治安維持組織相手に互角の戦いなんて出来るはずもなかった。それがここへ来て、勝っちまったってことだ。あまり調子に乗る気はねーけど、実は俺ら、めっちゃ強いんじゃね?」
志藤はそう言って、一希と真のそれぞれの肩に自分の両腕を回し、にかっ、と笑う。
この笑顔は、作り物だ。本当は内心で、怖くて、恐ろしくて、堪らなかったのだろう。しかしフレースヴェルグのリーダーとして、他の面子を守るためにも、こうして無理にでも明るく振る舞い、笑っているのだ。
志藤に肩を組まれる真と一希は、互いにそうと理解している視線で見つめあい、志藤と同じく笑っていた。
「確かにそうですね。フレースヴェルグは完全無欠の常翔軍団です!」
「……そうだね。僕たちが力を合わせれば、なんでもできる気がするよ」
強張っていた真の表情も明るくなり、一希も自信を持って力強く、頷いていた。
勝利に酔うことはせず、それでも互いの健闘は讃え合う。そんな彼ら彼女らを見つめ、誠次もまた、浮かれず傲らずに、戦いを終えた身体を休ませるように、二人掛けソファの奥に座っていた。
「天瀬くん。お疲れ様」
「香月か。お疲れ様」
魔法学園に戻り、彼女の姿を見れば、張り詰めていた心は少しだけ、安らぎを覚える。
「昨年は帰って来ることが出来なかったけれど、こうしてここに帰って来ることが出来て良かった。それも、みんなで揃って」
「そうね。私も、あなたが無事で良かったわ」
香月はそう言って、誠次の隣に座る。
「波沢先輩の仇も、これでとることが出来たのね」
「ああ。ただ、志藤も言っているように、大事なのはここからだ。新たな治安維持組織と、もう二度と、新崎のような者を生まないようにしなければならない」
目の前にぽつんと置いてあるグラスを見据えて、誠次は言う。
「新しい組織の名前は、スーパーアルティメットファイナルシィスティム、かしら?」
「え……」
思わず横を向けば、香月がふふんと微笑みながら、こちらを見つめている。
その姿と声を見聞きすれば、心は絆され、誠次は微笑んだ。
「ありがとう香月。うん、それがいいな」
「――誠次くん」
続いて誠次と香月が座るテーブル席にやって来たのは、香織であった。
「香織先輩。お疲れ様でした」
「誠次くんも、みんなも、一緒に戦ってくれたおかげだよ」
香織はそう言って、談話室にいる面々を見渡した。
「結局私は、優秀すぎる後輩のみんなに恵まれて、助けられて、この場にいるから」
「そんなことはありません。香織先輩も含めて、みんなが力を合わせた結果ですよ」
誠次がそう言えば、香月もこくりと頷いた。
「後のことは任せてほしいって、お姉ちゃんも言ってたから、お姉ちゃんを頼りにする」
「茜さんや影塚さんたちならば、きっと大丈夫です。よりよい組織を作ることが出来るはずです」
誠次が力強く頷けば、香織もうんと、嬉しそうに頷いた。
「うん。私たちは、残りの学生生活を全うしようね」
「はい。香織先輩、これからもよろしくお願いします」
特殊魔法治安維持組織との因縁の戦いも、これにて一段落する。
そこには全員が勝利を分かち合う、穏やかな空間が広がっていた。
そして、彼らフレースヴェルグを率いたリーダー、志藤は誠次を連れてカウンター席へと移動していた。
「お疲れさん、フレースヴェルグのエース殿」
「その呼び名、今日呼ばれただけだぞ……」
誠次がツッコめば、細かい事は気にするなと志藤は微笑む。
「そう言うお前こそ、フレースヴェルグのリーダーとして、適切な判断を下してくれていた。イレギュラーが続いていたあの状況でも、全員が全員、すべきことややるべきことをこなすことは出来たのは、志藤の判断のおかげだ」
「よせって。俺も、周りに恵まれてたんだよ」
志藤は謙遜して、じっと目の前を見据えている。
「……取り敢えず、目標は一つ達成した。こっから先、まだまだ戦わなくちゃいけないときは来るはずだ。成人組はもうしばらく特訓には付き合ってくれないだろうけど、俺たちは俺たちで、またいつでも戦える準備はしておきたい」
「同感だ。薺総理も、このまま大人しく引き下がるとは思えない……。その……あの人の後ろ盾とされる、国際魔法教会だって……」
誠次がそこまで言うと、机の上に添えていた右手が自然と握り拳を作っているのを、自覚する。
志藤もまた、誠次の声音の変化と、彼の右手の先を、ちらりと見ていた。
「ヴァレエフ・アレクサンドルだっけ。お前の両親の、育ての親か」
「……ああ。あの人は心優しく、この魔法世界に生きる人々の上に立つのに相応しい人だ。そんな人と敵対するのは、流石に……」
誠次が唇を噛み締めていると、志藤がぽんと、誠次の背中を叩く。
「俺だって、お前と本気で戦いたくなんてない」
「どうして、俺と志藤が戦うなんて話になるんだ……」
誠次が眉を曲げて志藤を見つめれば、彼は肩を竦めていた。
「冗談、だよ。俺だって、お前と血を流し合うような凄惨な戦いなんて、まっぴらゴメンだね。……だからさ、それだけお前が良い人って言うんなら、向こうも話せばわかってくれるんじゃね? その……ヴァレエフさんともよ」
「そうか……確かに、そうかもしれない」
忘れかけてしまっていたことを、志藤の言葉により誠次は思い出し、そこでも安堵の表情をすることが出来る。
友のおかげで、そのような前向きかつ柔軟な発想はいつだって得られ、誠次は嬉しく思う。
「ま、楽観的かもしれないけど、選択肢が多くあるのはいいことだ。しばらくはどうなるか、見守ろうぜ」
「フレースヴェルグは一旦、巣籠もりか」
「そういうこと。相変わらず気難しい話は苦手だし、どちらかと言えば俺は、身体動かしていた方がいいわ」
「まるでリーダー失格だな」
誠次が茶化すように笑いかければ、志藤は髪をがしがしとかいて、気恥ずかしそうに微笑んだ。
「ま、愛嬌あるリーダー様もいいもんだろ? 親父とは違うところ目指すから、そこんところよろしく。俺らのエース」
「ああ、きっと志藤だったらなれるさ。みんなを正しい方向に導く、最高のリーダーにさ」
エースとリーダーの、談笑だ。
長きに渡る因縁の戦いを終え、疲れた身の羽を休ませるように、カウンター席で横並びに座る二人の大鷲の男の子の間には、今は穏やかな時間が流れているようだった。
~この節はどうも~
「ありがとうございました星野さん」
まこと
「自分の事を治療してくださって」
まこと
「い、いや」
かずき
「君を死なすわけにはいかなかった」
かずき
「理に会わす顔がなくなるからね」
かずき
「妹が迷惑をかけてなければいいのですけど……」
まこと
「迷惑だなんてとんでもない」
かずき
「僕こそ、理には助けてもらってばかりさ」
かずき
「具体的にはどんなところを……?」
まこと
「えっと……」
かずき
「元気な、ところ?」
かずき
「ちょっとなんで疑問形なの!?」
あや
「お兄も私を心配しすぎ!」
あや
「だって理は昔から……」
まこと
「お兄こそ、情けないったらありゃしない!」
あや
「えっと……」
かずき
「守れて良かった、かな……」
かずき




