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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
鴉を墜つ鷲 特殊魔法治安維持組織本部解放戦 
142/189

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「ちょっとうるさいかもしれないけど、愉快な娘たちだよ。傍に居てくれて、感謝している」 

               かずき

 交差させた二つの魔剣が青い光の閃光を煌めかせたその時、立ちはだかる敵の首魁、新崎しんざきの表情は大きく歪む。

 誠次せいじ一希かずきは、尚も怯む様子のない新崎へ向けて、刃を向ける。

 

香月こうづき付加魔法エンチャントありがとう。もう片をつけなくては。これ以上、アイツのせいで悲しむ者が生まれてはいけない」


 誠次は背後の香月にそう声をかけてから、隣に立つ一希と目線を合わす。

 うんと、一希は頷き返し、改めて新崎を睨む。


新崎和真しんざきかずま! 確かに僕たちはまだ子供だ。世間の大きさも、本当に正しいこともまだ分からないのかもしれない。それでも、自分が信じた道をってみせる! 答えはきっと、そこにあるはずだ!」

「抜かせ。所詮君も、己の力の使い道も分からない半端者か」


 新崎は大きく落胆するように、肩を竦める。


「お前の言葉になど、惑わされるものか!」

「覚悟、新崎和真!」


 一希がレーヴァテインを構え、誠次がレヴァテイン・ウルから青い光を放出し、新崎を青い世界の中へと閉じ込める。


「時間停止の、付加魔法エンチャントか……」


 ぼそりと呟いた新崎は、自身の周囲を包み覆うように、防御魔法の結界を発動させる。


「貫け、レヴァテイン!」


 誠次が突撃し、レヴァテインを結界へ向けて突き立てる。

 桁違いの衝撃と、眩いスパークが手元で起こり、誠次は歯を食い縛る。


(たいした魔力だ……付加魔法エンチャント状態中のレヴァテインすら、防ごうとするなんて)


 そんな誠次の後ろから、一希も走り寄り、同じ個所へ向けて、レーヴァテインを突き立てた。


「一希!」

「うおおおおおっ!」


 目がおかしくなるほどの閃光と火花が迸り、新崎の防御魔法が、決壊していく。

 二人の力を合わせて穴を抉じ開け、誠次と一希は揃って、立ち尽くす新崎の元にまで到達した。

 閃光の向こう、新崎が組み立てていたのは、破壊魔法の魔法式であった。


「その魔法は……っ!」

「《ゲイボルグ》!」


 通常時ならば光の速さで到来していたのであろう。白い稲妻を纏った神速の槍が、誠次と一希両者を纏めて貫かんと、飛来する。

 誠次と一希は互いの魔剣を合わせて槍を斬り弾こうとするが、あまりの威力に、二人の力をもってしても、押し負けてしまうところであった。


「なんて威力だ……!」

「新崎の、オリジナルの魔法か!」


 やがて二人が受け止めていた槍が、その場で真っ白の閃光を放ち、輝きを増し始める。

 ハッとなった二人は、咄嗟に身を屈めようとするが、間に合わず。《ゲイボルグ》の槍の爆発に、巻き込まれてしまう。


「愚か者どもが!」


 新崎がそう呟くが、青い光の粒子は、後ろから流れだす。


「負けない!」


 回り込んだ誠次が後ろから新崎に斬りかかる。


「つけあがるなっ!」


 新崎は咄嗟に腕を回し、誠次の攻撃をいなすが、入れ替わるようにして前から現れた一希が、レーヴァテインを突き出した。


「喰らえーっ!」


 誠次の身体をかわすようにして伸びて来た漆黒の刀身の先が、新崎の右肩に突き刺さり、貫く。


「ぐはっ!」


 新崎が苦痛に顔を歪ませ、バックステップを行い、一旦、誠次と一希から距離をとる。

 誠次はその隙を見逃さず、咄嗟に振り向き、再度新崎の元へと迫った。

 

「うおおおおおっ!」


 渾身の力を込めて、横一閃に振るったレヴァテイン・ウルが新崎の胸元を斬った。


「浅いかっ!」


 誠次が見ると、新崎は後退しながら治癒魔法を施し、素早く傷を修復していく。


「逃がすものか!」

「君のお友だちの容態を心配してはどうかな?」

「なに!?」


 額に汗を滲ませながらも笑いかける新崎の言葉に、誠次が立ち止まり、振り向けば、一希が胸元を手で抑えて、膝をついていた。


「っく……!」

「一希!?」


 誠次は新崎追撃を諦め、一希の元へと向かう。

 その隙に新崎は、さらに奥の部屋へと向かっていった。


「駄目だ誠次……っ。新崎を追わなくては!」

「お前の治療が優先だ!」

「誠次……相変わらず君は……っ」


 一希は苦しそうに息を吐き、レーヴァテインを床に突き刺し、自身はそれを支えにどうにか立ち続ける。付加魔法エンチャントを大量使用したことによる魔素マナ不足と、新崎による銃撃で、負傷してしまっていた。

 誠次が一希の身体をかかえながら、そっと、床の上に横たわらせてやる。一希は全身の至るところから出血しており、付加魔法エンチャントが終わってしまえば、危険な状態だ。


「ごめん誠次……君への恩は、これで返せたとは思ってはいない……っ」

「構うな一希! ここまで来てくれて本当に助かった」


 誠次がそう声を掛けた直後、部屋の中に、香織かおりとルーナとクリシュティナが辿り着く。

 三人の少女とも、誠次と一希を見つけ、心配そうに駆け寄ってくる。


「クリシュティナ、付加魔法エンチャントを頼む」

「はい!」


 クリシュティナから付加魔法エンチャントを受け取る傍ら、香織と視線を合わす。


「新崎は先に行きました。俺はアイツを追って、ケリをつけます」

「決着をつけるんだね……?」

「はい」


 クリシュティナからの付加魔法エンチャントを受け取った誠次は、琥珀色の刀身を倒れている一希へ向けて伸ばす。

 負傷箇所の治療を受けるその瞬間、一希は誠次に向けて手を伸ばす。


「誠次……なんとしても新崎を倒すんだ。それが多くの人々の、願いであるはずだ……。だから君は、迷わず、その剣を振るってくれ」


 そして、一希は精一杯動かすことができる右手を伸ばし、空中に魔法式を描く。

 描いたのは眷属魔法で、そこから飛び出したのは、一希の使い魔である二人の妖精だった。

 黄緑色と藍色の髪をした手のひらサイズの小さな妖精二人は、空中を旋回すると、心配そうに主である一希を見る。


「ベイラ、ビュグヴィル……誠次を、サポートしてやってくれ。新崎がしたことを、やり返すんだ」

「嫌ですご主人様! なんで私が偽剣術士をサポートしなくちゃいけないんですか!?」

「偽とはひどい言い様だな……」


 ベイラが指さしながら言ってくれば、誠次がぼそりとツッコむ。

 

「頼む、ベイラ、ビュグヴィル……。僕の魔素マナはもう底を尽いてしまっているから……」

「ご主人様が言うのであれば……」


 ビュグヴィルがこくりと頷き、ベイラの頬を軽くつまむ。

 そうすれば、ベイラも渋々であるが、振り向いて誠次を見る。


「ご主人様が言ったので、今は仕方がなく、貴男に協力します。個人的に、貴男の事が大嫌いです。以上」


 ベイラはそれきり、ふんとそっぽを向き、誠次の視界から外れるように高いところに行ってしまう。


「私はビュグヴィル。私も貴男の事が嫌いだけど、ご主人様の為に、今は協力する」

「協力じゃなくて、私たちの言う事を聞いてもらうんですけどね」

「ベイラ。今は四の五の言っている時間がない。ご主人様の願いを無駄にする気?」


 ビュグヴィルにぴしゃりと言われ、ベイラはしょんぼりと、小さな肩を落としていた。

 一希はすでに目を瞑り、意識を失ってしまっていた。

 

「一希……お前の希望も、必ず繋いでみせる!」

「心にもないことを……」


 誠次が言った言葉に、ベイラはそっと口を挟む。


「香織先輩、ルーナ。付加魔法エンチャントをお願いします。そしてここに残って、一希の事を頼みます」

「決着をつけに行くのだな?」


 ルーナが聞いてきて、誠次は頷く。


「これで、終わるんだよね……」

「はい。貴女と、貴女のお姉さんへの因縁も、これで終わらせてみせます」


 香織からも白の付加魔法エンチャントを受け取り、誠次は新崎が向かった先を睨む。

 疲労も困憊し、思わず霞みかける視界に、銀髪の少女が映り込んだ。


「セイジ……」

「香月」


 香月が心配そうな目で、こちらを見ている。


「……分かってるさ。必ず帰ってくる。桜庭さくらばたちとも約束したしな」

「本当に、待っている方は、辛いのよ……」


 香月の言葉と姿に、自身のフレースヴェルグの特訓相手であった、篠上朱梨しのかみしゅりの事も思い出す。

 昨年の東馬とうまの件の時のように、悲劇を繰り返すわけにはいかない。


「「……」」 


 上空を舞うベイラとビュグヴィルは、少女たちと約束を交わす誠次の事を、じっと見つめていた。

 さしずめ第一形態が終わり、第二形態となった新崎が逃げた場所へ、誠次はレヴァテイン・ウルを握り締め、追いかけて行く。

 特殊魔法治安維持組織シィスティム本部での戦いは、すでに誠次たちフレースヴェルグが突入してから数時間に及ぼうとしていた。

 ここまで多くの血が流れ、多くの悲鳴がこだました。それは全て、ここから先の悲劇の連鎖を断ち切るため。諸悪の根源である、新崎和真しんざきかずまによる特殊魔法治安維持組織シィスティムの支配を終わらせるためだ。

 タカを失った新崎のあとを、誠次と一希の使い魔であるベイラとビュグヴィルは、追いかける。


「君たちが俺を嫌う理由は、なんとなくわかる気がする」


 これから共に()()に赴く仲だ。連携の為にも、ある程度は分かり合っていたほうが良いと思い、誠次は空を飛ぶ妖精たちに声をかける。


「……」


 きらきらと輝く妖精の鱗粉を撒きながら、頭上を舞うベイラは、不貞腐れているように頬を膨らませている。


「……スルト。かつて君のいた世界を滅ぼした男が、関係しているのだろう?」


 誠次がその名を出せば、ベイラはちらりと、誠次を睨みつける。


「あの最低最悪の男の名前なんか、聞きたくありません」

「相当嫌われているんだな……」

「そのチンケな脳みそで想像でもしてみてください。今自分が住んでいるこの世界が一瞬にして消えるんですよ? そんなことをした奴をどうして好きになれと?」


 そのようなことを言われてしまい、誠次は歩きながら、俯いた。


「すまない……。俺はアイツと同じ剣を振るっている存在だと言われているが、その記憶はまったくないんだ……。それに俺は、この魔法世界を滅ぼしたいだなんて思いはまったくない。大切でかけがえのない人たちが沢山生きているこの世界を、守りたいんだ」

「口ではどうとでも言えますけどねー。どちらにしたって私はもう、ご主人様以外の人間を信じることなんてしませんから」

「俺のことを良くないと思う気持ちも、そう言う人だっているということも、心得ている。それでも俺は、この魔法世界を信じて生きたい……」

「……ふん。綺麗事ばかりです」


 ベイラはそれきりそっぽを向いて、誠次の頭上を飛び続けていた。

 誠次もまた、気を引き締め直し、前を向く。打ち解けた、と言うには程遠いが、何も知り合えていない状態よりはマシだろう。ビュグヴィルは終始無言のまま、ベイラと共に空を飛んでいる。

 やがて、長い通路を歩き終えた誠次の目の前に、スライド式のドアが待ち受ける。この先に、新崎は待ち受けているのだろう。


「中に人が一人、いる」


 ビュグヴィルが言う。


「やはり新崎か」


 誠次は右手に握る力を込めて握り締める。


「決着をつけるぞ、新崎!」


 誠次が意気込んでドアの前に近づけば、両サイドに動く形で、ドアは自動で開いた。

 先程とはうって変わり、真っ暗闇の部屋の中。しかし足音はよく通り、ここが大きな部屋である事が分かる。


「目の前から来てる!」

「――っ!」


 妖精たちの声に、誠次は咄嗟に反応する。

 暗闇の中で、彼方から閃光がきらめき、それが高速で接近する。

 誠次はレヴァテインを振るい、迫る魔法の弾を斬り裂く。

 間違いない。使い魔を失った今、新崎は自身の魔法でもって、全力で勝負を挑みに来ている。

 誠次は一瞬だけ踏み込むと、一気にトップスピードまで加速し、暗闇の中、新崎の元まで接近する。

 防御魔法の壁が目の前に現れ、誠次の攻撃は弾かれる。しかし、驚いたような表情をしていたのは、新崎の方であった。


「なぜ、この暗闇の中で正確に私の位置が特定できる?」

付加魔法エンチャント中であれば、見える!」


 誠次は空中を横回転しながら落下し、重力を味方につけながら、再び新崎の頭上から攻撃を加える。

 迎え討つのは二度目の防御魔法であったが、レヴァテインの刃は、黄色の障壁を破壊した。


「なに!?」

「うおおおおおっ!」


 床の上に着地した誠次は、一気に新崎の懐にまで接近し、レヴァテインを突き出す。

 その刃は、新崎の黒いスーツ姿のネクタイを掠め、切込みを入れる。


「まだだっ!」


 逃げようとする新崎の気配を、意思を、動きを察知した誠次は、左手で右腰にあるレヴァテイン・ウルを抜刀。さらに踏み込み、新崎の鼻先を掠める攻撃を加える。


「魔法での反撃の隙さえ、与えるものか!」


 敵の動きを見てそうと直感した誠次は、思い切り振るい上げる。

 先端が新崎の頭部を掠め、同時に宙を舞ったのは、新崎の眼鏡であった。


「おのれ、剣術士っ!」


 頭部を片手で抑え込みながら、裸眼となった新崎は、汎用魔法で部屋を明るく照らしだす。

 一瞬にして光が灯った大部屋の中で、新崎は誠次と大きく距離をとり、顔を抑える指の下から覗く赤い瞳で、誠次を睨む。赤黒い一筋の血が、彼の手をつたっているのは、彼が額を負傷したことを物語る。


「もう逃げ場はない! 降伏しろ、新崎!」

「私は負けられない……。私の理想の世界のために……こんなところで、負けるわけにはいかない!」


 その言葉には、彼の信念が、籠もっているように感じた。おそらくそれが初めて聞いた、新崎の心からの叫びであった。

 その言葉の勢いに、誠次は思わず身震いをしかけるが、こちらも引くわけになどいかない。


「新崎……!」


 レヴァテイン・ウルをその場で振りはらい、誠次は新崎へ向けて突撃する。

 迎え討つ裸眼の新崎は、右手で白亜の魔法式を展開し、そこの魔法文字スペルを、手慣れた動作で打ち込み、発動させる。


「《ゲイボルグ》!」


 円形の魔法式から、太く長い槍が出現し、誠次目掛けて高速で放たれる。

 普通の人間ならば、間違いなく直撃は免れない魔法であるが、誠次はレヴァテインを振るい、白亜の槍の軌道を逸らす。激しい火花と一瞬の衝撃を感じたものの、槍は誠次の背後へと飛んでいき、そこで激しい爆発を起こす。


「通用しないだと!?」

「その術は知っている! あの人に引導を渡した魔法だと、影塚かげつかさんが教えてくれた!」

「余計な真似を……! ――だが、甘いぞ剣術士!」


 新崎がほくそ笑む。

 赤い眼差しが見つめていたのは、誠次の背後であった。

 

「後ろです!」


 空を飛んでいたビュグヴィルの声が響く。

 

「っく!?」


 爆発の影響で巻き起こっていた白煙の中、煙を斬り裂き、新たな白い槍が、誠次の背中目掛けて猛スピードで迫りくる。


「いつの間に!?」


 振り向きながら誠次は、無理な態勢で新崎のゲイボルグを受け止めようと、レヴァテインを振るう。

 真正面で受け止めた槍の威力は凄まじく、押し返せるのは容易ではない。そして、急激に眩い光を帯びだす魔法の槍。目の前が一瞬真っ白になったかと思えば、それが激しい爆発を巻き起こした。


「愚かだな、剣術士」


 頑丈なはずの地下施設の床が大きく凹み、亀裂が円形に広がる。

 煙の糸を引きながら、負傷した誠次は膝をつく。


「愚かなのは貴様だ……新崎!」


 それでも顔を上げた誠次の姿の違和感に、新崎は気がつく。裸眼でも見えているあたり、元々向こうの視力はいい方なのだろう。掛けていたのは、度が入っていないメガネだったのだろうか。

 そんな眼鏡が弾き飛ばされていた方、即ち上空を睨んだ新崎は、赤い瞳を見開く。


「妖精使いが荒いんですから、この糞人間野郎!」


 罵詈雑言を浴びせるベイラが掴んでいたのは、誠次が咄嗟に上空に投げ飛ばしていた、もう片方のレヴァテイン・ウルであった。


「協力してくれ、ベイラ!」

「脳天ぶっ刺さっても知りませんから! ノロマ人間!」

「来い!」


 ベイラは小さな身体を一生懸命捻り、誠次目掛けてレヴァテイン・ウルを投擲する。

 地上、いや地下では、走りながら誠次がすぐ目の前に突き刺さったレヴァテインを取り、勢いそのままに、新崎の懐に接近。


「うおおおおおーっ!」


 傷だらけの身体を奮い立たせ、新崎目掛けてレヴァテインを突き出す。


「甘い!」


 新崎はレヴァテインによる突き攻撃を潜ると、誠次の腹部零距離にて、魔法式を完成させようとする。


「甘いのは、貴様だ!」


 誠次は新崎に向けてレヴァテイン・ウルを放り投げると、今度は右腰のレヴァテイン・ウルを抜き、猛スピードで接近する。

 新崎が組み立てかけていた魔法式は、剣による外傷を受けて破壊され、誠次はさらに、新崎へ向けてレヴァテイン・ウルを投擲する。

 回転しながら飛んだレヴァテイン・ウルは、新崎の左肩肩を浅く斬り裂き、彼の背後の壁に突き刺さる。

 新崎の両腕は負傷し、僅かな隙が生まれた。しかし、それは誠次とて同じ事であった。


「ぐっ!? だが、剣を二本とも投げた貴様は手ぶらだ!」


 得物を二つとも失った誠次は、それでも構わず、素手のまま新崎へと向かっていく。

 愚かな、無謀な肉弾戦を挑むつもりなのだろうかと、新崎は身構えたが、彼の頭上からは、妖精の粉が舞い落ちてくる。

 その光景にはっとなると、目の前から迫る誠次が叫んでいた。


「ベイラ! ビュグヴィル!」


 傷だらけの誠次が空いた右手を天へ向けてぴんと伸ばし、上空を追従する妖精に向けて叫ぶ。


「レーヴァテインを頼む!」

「いっそのこと纏めて突き刺さっちまえ!」

「断る!」


 二体の妖精が、誠次の頭上で円を描き、魔法式を展開する。そこの中央から飛び出た漆黒の柄が、誠次と新崎、両者の目に映る。

 一希の、レーヴァテインだ。

 上空で展開された魔法式から自然落下してきたレーヴァテインをキャッチしつつ、誠次はそれを自身の頭上で高々と掲げ、振り下ろす。


「馬鹿、な……」


 あっと驚く新崎の目には、刃を振るう剣術士と、彼の背後で舞う二体の妖精と、もう一人の剣術士、星野一希の姿があった。


「喰らえーっ!」

「ぐああああっ!?」


 新崎の左肩から左斜めに、脇腹にかけて奔った傷は、間違いなく致命傷になり得るものだった。

 誠次の怒涛の連続攻撃を前に、新崎はとうとう、膝をついた。


「ハアハア……俺の勝ちだ、新崎……」


 一希のレーヴァテインの先端を、誠次は新崎へ向ける。

 片膝をつく新崎は左肩を抑えながら、口で荒い呼吸を繰り返し、誠次を睨みつけていた。


「その、剣は……」

「……一希が俺に託してくれた」

「……」


 そう言って目を閉じようとした新崎と、それをじっと見つめていた誠次の背中の方で、突如として第三者の声が響く。

 

「――何してやがる、新崎っ!」


 血反吐を吐きながらも出されたその声は、誠次を振り向かせ、また新崎の顔を上げさせた。

 血塗れのボロボロの姿で、副隊長である井口いぐちに支えられながら、堂上どのうえが、部屋の入り口に二人して立っていた。確か、志藤しどうと同じ部屋に倒れていたはずだ。


「堂上……それにあのときの副隊長か……」


 誠次を無視した堂上は、ぜえぜえと口で呼吸を繰り返しながら、新崎へ声をかける。


「お前がこんなところでくたばったら……俺たちの夢は、終わっちまうだろうが!」

「堂、上……っ」


 なんと、堂上の声に触発されたのか、新崎が再び、立ち上がる。

 その異様なまでの気迫に今度こそ気圧された誠次は、バクステップをとって、大きく後退する。


「っち! しぶとい奴ですね。アンタもアンタで、さっさとトドメを刺せば良いんですよ! お人好しもここまでくればただの馬鹿ですよ!」


 ベイラは誠次の頭上を飛び回りながら、そのようなことを言ってくる。


「それでも、間違ってはいないはずだ!」


 新崎を生け捕りにしようと拘る誠次は一希のレーヴァテインを両手で握り、改めて新崎と対峙する構えをみせる。


「私は、まだ負けられない……! この魔法世界を変えるためにも……私が特殊魔法治安維持組織シィスティムを率いなければならないんだ!」

「貴様に特殊魔法治安維持組織シィスティムのトップの座は相応しくない! その座から引きずり落とす!」


 誠次は新崎へ向けて突撃し、新崎もまた、誠次へ向けて突撃する。

 剣と魔法、互いの信念が火花を散らし、激突する。

 

「ルーナ!」

 

 誠次が叫べば、壁に突き刺さっていたレヴァテイン・ウルが誠次の手元まで戻ってくる。

 誠次は一希のレーヴァテインを空に投げ、舞い戻って来たレヴァテイン・ウルを連結させ、一瞬で白い光、香織の付加魔法エンチャント能力に切り替える。


「喰らえ!」


 誠次がレヴァテイン・ウルを振るい、新崎のいる場所へ向けて、衝撃破を起こす。

 前へ前転することで誠次の空間斬りをかわした新崎は、自身に治癒魔法を施し、負傷していた身体を元通りに修復させた。

 そして、血がべっとりとこびりついた右手を伸ばし、誠次へ向けて再度魔法を放つ。


「《ゲイボルグ》!」


 白の魔法式から、高速の槍が射出され、誠次へ向かって、突き進む。

 

「ルーナ!」


 誠次は紫色のレヴァテインへと切り替え、迫り来る槍へ向けて、自身も魔槍を投擲する。

 両者が放った魔法の槍が先端同士で接触した瞬間、眩い閃光が起こり、立っていられないほどの激しい爆発が起きる。


「「きゃあっ!」」


 二体の妖精が悲鳴をあげる真下で、誠次はレヴァテイン・ウルを二刀に分解し、紫と白、それぞれの刀身の色に目を光らせて、新崎を睨んで立っていた。


「《フレア》!」


 誠次がいるであろう灰色の煙の中めがけて、新崎が何発もの火球を放つ。


「――俺はここだ!」


 青い目を光らせ、誠次は新崎の背後に回り込んでいた。

 新崎は咄嗟に振り向くが、すでにそこに誠次はおらず、白と紫の残光だけが揺蕩っていた。それが消え失せた先は――上空。


「喰らえ!」


 誠次は新崎の頭上から、紫色のレヴァテイン・ウルを振り落とす。

 落下の瞬間、誠次は空中にいたベイラから一希のレーヴァテインを受け取り、それと共に落ちていく。


「舐めるなーっ!」


 新崎は吠えると、自身の周辺に防御魔法による障壁を作り出す。

 しかし、紫色の魔剣はそれらを全て貫いていき、やがて新崎の足元に突き刺さる。その衝撃たるや、新崎の足元が怯むほどである。


「新崎!」


 さらに、一希のレーヴァテインを構えた誠次が、上空から新崎目掛けて斬りかかる。


「剣術士!」


 新崎はバックステップを行いながら、咄嗟の攻撃魔法を発動。

 風属性の攻撃魔法が、着地した誠次目掛けて、地面を穿うがちながら突き進む。

 床に突き刺したレヴァテイン・ウルを回収しながら誠次は、瓦礫の上をローリングして、横に回避する。

 しかし、回避した先にも新崎は同じ魔法を放ち、それにより誠次は左肩に剣で斬られたような切り傷を、負う。


「っち!」


 左肩への激痛もそこそこに、誠次は立ち上がると、一希のレーヴァテインとレヴァテイン・ウルを右手と左手に握り締め、新崎へ向けて突撃する。

 付加魔法エンチャント利用した怒涛の波状攻撃を前にしても尚、新崎は諦めずに、誠次を撃退しようとしている。

 

「貴様ほどの魔術師が、なぜあのような策略を起こしてまで、なぜかつての仲間を陥れてまで、特殊魔法治安維持組織シィスティムを乗っとった!? 貴様ほどの腕と魔法があれば、そう遠くない未来でも将来は約束されていたはずだ!」


 一瞬で新崎の目の前に出現した誠次が、至近距離で新崎に問いかける。


「《ゲイボルグ》!」


 対する新崎は、再び破壊魔法を発動し、誠次の接近を拒む。


「貴様に理解などできるはずも無い。私の魔法の才能を飼い殺そうとした大人たち共のみが甘い蜜を吸い続ける現状……。それを魔法が使えない貴様などに分かられてたまるものか!」


 新崎が手元で発動した槍が、誠次の持つ一希のレーヴァテインと接触し、再び激しい爆発が起きる。吹き飛んだのは、一希のレーヴァテインであった。

 それが後方の床の上に突き刺さったのを確認する間もなく、誠次は突撃を続け、煙を斬り裂きながら、左手に残ったレヴァテイン・ウルを振るう。


「大人……甘い蜜だと……!?」

「そうだ! 私には確かに才能があった! それなのに大人共は、魔法が使えないにも関わらずに、私の才能を使い潰して来た。これは報いだ!」


 逃げ続けていた新崎は一転、突如態勢を変えて、誠次目掛けて拳を振りかざす。

 それを回避した誠次であったが、続いてきた膝蹴りは避けられず、腹部に喰らってしまう。


「ぐはっ! ……その憎しみが、貴様の原動力か!」

「ああそうだ。もしかすれば、君にも理解できるかもしれないな。非凡な才能を持ちながらも、世間に理解などされない君にならばな!」


 残念だよ! と新崎は叫びながら、誠次の顔を思い切り殴りつける。

 頭部から起きる衝撃に、身体を吹き飛ばされそうにながらも、鼻血を飛ばした誠次は両足を踏ん張らせ、新崎を睨みつける。


「独裁者のなりそこないの思考など……理解出来るものかっ! 人を守ることこそが、俺の原動力だ!」

「そうか。ならば死ぬがいい!」


 新崎は素早い身のこなしで誠次の腕を絡め取ると、誠次の左腕の関節を逆に曲げ、彼のレヴァテイン・ウルをはたき落とす。


「この魔剣さえなければ、貴様は何もできない!」

「舐めるなーっ!」


 叫んだ誠次は、足を思い切り振り上げ、新崎の脇腹を蹴りつける。すでにそこへのダメージを負っていた新崎は、「がはっ」と悲鳴をあげて蹲る。

 しゃがみ、すぐにレヴァテイン・ウルを拾い上げようとした誠次の顔を、新崎は思い切り足で蹴りつける。

 

「そうだ新崎……。お前が、俺たちを下に見た大人共にわからせてやるんだ……。この魔法世界を作るのは、俺たちのような優秀な魔術師だってことを……」


 口でぜえぜえと呼吸をしながら、二人の戦いを見る堂上がぼそりと呟く。


「隊長……」


 そんな堂上を支える井口が、心配そうな表情を浮かべ、新崎と誠次、両者を交互に見る。

 そうだ、この戦いは、どちらが正しいのかを決める頂上決戦。いずれの価値観も正義も、勝者が栄光とともにそれを手にする。積み上がった瓦礫と傷と血の上に立った者こそが、認められるのだ。

 部屋の中央にて、積み上がった瓦礫の上では、未だ二人の男による戦いが続いていた。


「「うおおおおおおっ!」」


 新崎が《ゲイボルグ》を放ち、それが誠次の顔の横を掠め、背後の壁に突き刺さる。

 白く光る魔剣を誠次が振るえば、新崎の太ももが浅く斬られ、出血する。


「貰った!」


 新崎が発動した魔法が、誠次の足元で光り輝く。

 直後、足場の瓦礫が吹き飛び、鋭利な破片が全て、誠次に襲いかかってくる。服が破れ、肉が裂かれていく。


「まだだっ!」


 瓦礫の破片に混じって自身の血の粒子が舞い散る中、誠次は歯を食い縛って、新崎に肉薄する。

 あと一撃でも、新崎に攻撃を当てさえすれば、奴もさすがに立っていられまい。それだけを希望に、誠次は右手に握ったレヴァテイン・ウルを振るう。


「功を焦ったな、剣術士!」


 頭部からなみなみと流血している新崎は、赤く染まった口端を、ニヤリと上げる。まるでその姿は、悪魔のようであったが、しかし、時に勝者に相応しい姿かもしれない。


「貴様こそ、これで終わりだ新崎!」


 一方は、傷つきながらも決して諦めず、仲間の力を信じて巨悪に立ち向かった勇ましき姿。それもまた、勝者に相応しい姿である。

 両者の攻撃が互いに命中し、誠次は右手のレヴァテイン・ウルを、新崎は右腕の自由を、切り傷による大量出血と言う形で、失った。

 

「あああああっ!?」

「ぐああああっ!?」


 右腕の痺れを感じ取った誠次と、止まらない流血に苦しむ新崎。

 両者互いに膝をつきながら、しかし這いつくばって倒れることはしなかった。


「新、崎……っ!」

「剣、術士……っ!」


 新崎は左手で右腕を抑えながら、誠次を睨みつけると、大きく後ろへ向けて飛ぶ。

 そして、全身を強く震わせてから、顔を上げる。


「そろそろ終わりにしようか、剣術士。君にはもっと違う舞台での終焉を用意していたが、違う形となってしまったのは、謝罪しようか!」

「まだ終わっていない……っ!」


 右手を押さえながら誠次は立ち上がり、新崎を見つめ上げる。

 彼の頭上を、二体の妖精が舞う。

 

「ベイラ! ビュグヴィル!」


 誠次は、後方へ宙返りをしながら飛ぶと、一希のレーヴァテインを再び妖精から受け取り、新崎へ向ける。

 一方で、対峙する新崎は、ほくそ笑みながら右手を高々と、頭上まで持ち上げる。その右手の先から出現したのは、部屋全体を覆い尽くす程の大きさの、超巨大な魔法式であった。


「烏合の衆よ……。葬ってやる! 《ゲイボルグ》!」

 

 そう宣言した新崎の頭上で展開する魔法式に、膨大な量の魔法元素エレメントが注ぎ込まれていく。今度は向こうに風が巻き起こり、魔法式が完成していく。


「……」


 その光景を、堂上はじっと見つめていた。彼にももう体内魔素マナはないのか、或いは全てを見届けるつもりなのか、動じることもなく、新崎の姿を見つめている。

 激しい風に全身を吹き飛ばされそうになりながらも、誠次は両足でしっかりと立ち、レーヴァテインを向けた。


「まだあんな魔素マナを残しているなんて……何者なの、新崎という男は……」


 誠次の背中に寄り添うビュグヴィルが、恐怖すら感じているようで、新崎を見つめる。


「ただの……独裁者の慣れの果てだ……」

「なんでもいいですけど、ここでお前なんかと仲良く成仏はまっぴらごめんですからね!? なんとかしやがれですよ、スルト!」

「安心してくれ。お前たちの事も必ず、一希の元に返すさ。それにこのレーヴァテインは、アイツのものだ。ちゃんと返さないとな」


 激しい暴風の中、血の味がする息を呑んだ誠次は、レーヴァテインとレヴァテイン・ウルを両手に握り、新崎へ向けて振るう。

 数多の人の思いを乗せた誠次の一撃と、野望を込めた新崎の一撃が、交錯した。

~賑やかな隣人~


「君たちもファフニールと同じ」

せいじ

「旧魔法世界に生きていた存在なのか?」

せいじ

         「はい」

           びゅぐゔぃる

         「野蛮な人間に迫害されてきました」

           びゅぐゔぃる

「スルトは人間たちの王」

べいら

「大嫌いです、あんな男」

べいら

         「ではなぜ一希の事は……」

           せいじ

         「あ、すまない」

           せいじ

         「野暮な質問であったか」

           せいじ

「使い魔にとって」

びゅぐゔぃる

「ご主人様はなくてはならない存在」

びゅぐびぃる

         「あれれー?」

          べいら

         「もしかして」

          べいら

         「羨ましいと思っちゃいました?」

          べいら

「い、いいや……」

せいじ

「ただ」

せいじ

「毎日が楽しそうだとは思う」

せいじ

          「そうだといいんだけどね……」

                  かずき

「一希!?」

せいじ

          「お風呂とか寝顔とか、いつも見られているんだ」

                  かずき

          「心休める時がないよ……」

                  かずき

「「ご主人様!?」」

べいらとびゅぐゔぃる

          「確かに、いつも見られていると思うのは」

                  せいじ

          「神経が擦り切れそうだ」

                  せいじ

「実際はこちら側が情報を遮断することも出来る」

かずき

「付き合いかたは十人十色だよ」

かずき

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