ヴィザーズイレブン! 第一章 メンバー招集、いざヴァレンタインカップへ! 〜小話〜 ☆
「これが、超魔法サッカーだ!」
きたくぼ
それはとある日の、ヴィザリウス魔法学園サッカー部の部室にて。
「そんな……。俺とアイツ以外のメンバーが全員、ヴァレンタインカップに出場できないんですか!?」
ヴィザリウス魔法学園所属の二学年生、フィールドの魔術師こと、通称キャプテンが戸惑いの声を出す。
相手はヴィザリウス魔法学園男子寮の監督教師であり、体育教師でもあり、男子サッカー部顧問の岡本だ。
「そうなんだ……。五日後に控えたフットボール大会、ヴァレンタインカップだが、私を含めた他のレギュラーとベンチメンバーも、出場できなくなってしまった……」
「何故ですか!?」
「全員、所要の腹痛だ……」
「所用の腹痛ってなんですか!? って言うか、監督もですか!?」
キャプテンが唖然とするが、岡本は腹部を手で抑えて、苦しそうにしている。
「トイレ行けば良いのでは!?」
「いや、多分この痛みは五日間続く……。大会には、間に合いそうにない……」
ヴィザリウス魔法学園の男子サッカー部が現在挑んでいるフットボールの大会、ヴァレンタインカップ。有名チョコレート会社がスポンサーになっているこの大会で優勝すれば、一年分のチョコレートが贈られるのだ。大会に参加できるのは二学年生のみと言う特別ルールも、同年代相手に対して良い力試しの場となる。
しかしまさか、自分とアイツ以外のチームメイトが全員出場できなくなってしまうとは……。
「どうする、キャプテン? 試合をするには、最低でも11人のメンバーが必要だ……。辞退するのも、一つの手だぞ」
「ここまで必死に練習してきたのに、辞退なんてしたくありません! せっかくキャプテンになってから、初めての大会なのに……!」
そう。キャプテンは夏のアルゲイル魔法学園の野球部との暴力事件のせいで、今日この大会まで、大会に出られずじまいであったのだ。ようやくやってきた大会なのだ。みすみす諦められる訳がない。しかも、チームメンバーの欠場理由が、意味不明の腹痛ときた!
「数さえ揃えられれば、たとえサッカー部員が、俺とアイツだけになっても……大会には出場できるのですよね?」
キャプテンが岡本に問う。
岡本はぐぎゅるるるる、と鳴るお腹を抑えながら、汗を滲ませた頭を頷かせる。
「出られるは出られるが、相手には強豪校で有名な、帝王御門学園もいるんだぞ……。今年に入ってから、公式戦は負け無しで、ほとんどの対戦相手が謎の腹痛を発生させてしまっている呪われた高校だ……」
「いや絶対その高校のせいじゃないですか所用の腹痛っ! 毒盛られてますよ!?」
遂にははうあっ!? と女々しい悲鳴をあげ始めた岡本は、一刻も早くトイレに向かいたそうだ。
「では、後のことは頼んだぞ、キャプテンっ!」
「ちょっ、待って……俺、諦めませんからね!?」
残り5日と迫った大会本番までに、自分とアイツを除いた残り9人のメンバーを集めなくてはいけなくなった。どう考えても、無茶な真似だ。
キャプテン悩みの種は、更に一つ……。
暗い面持ちで部室から出てきたキャプテンを待っていたのは、無事であった、もう一人の、2学年生チームメイト。
「お、キャプテン! 話し終わった!?」
北久保であった……。
「お、おう……」
よりにもよって永遠の補欠であり、ここまで公式戦にも一試合も出ていない北久保のみが、所用の腹痛とやらから、免れていたのだ。馬鹿は風邪は引かない、と言うのを、ここまで体現できる存在も稀有だろう。
「監督なんて!? 大会、勿論頑張るんだろ!?」
「あ、ああ……。だがその為には、俺とお前を除いた9人のメンバーを揃えなくてはいけなくなった……」
「ええ!? でも、キャプテンがいれば二人でも行けるだろ!」
「馬鹿か! たった二人でどうやってやるんだ!?」
フットボールだけならまだしも、日常生活においてもポンのコツぶりを披露している北久保と二人だけでは、どう足掻いても絶望的な未来しか思い浮かばない。
だが、諦めたくはない。十中八九、帝王御門学園の卑怯な手によって出場停止に追い込まれている中で、諦めてしまったら敵の思うつぼだ。
プライドの高さは、折り紙つきだ。喧嘩を売った相手を間違えたと言わせてやらなければ。
「北久保、大至急メンバー集めをするぞ。全ては大会に出場するためだ!」
「わかったぜキャプテン! とにかく9人集めれば良いんだよな!? サッカー上手そうなやつに、片っ端から声かけてみるぜ!」
「ああ! 俺は部室で待っている! 一刻も早く9人集めてきてくれ!」
「任せてくれよな、キャプテン!」
北久保はグットポーズをして、早速学園内にいる運動神経が高そうな人々に、片っ端から声をかけにいく。
きっとキャプテンはキャプテンにしか出来ない大事な仕事があるのだ。そう思った北久保は、サッカー部のため、何よりもキャプテンのため、一生懸命頑張ってメンバー集めを行うことにした。
学園内の廊下を、そうした思いを抱いて走っていると、向かいから来た同級生の男子に呼び止められる。
「そんなに走ると危ないぞ、北久保。一体どうしたんだ?」
「天瀬!」
同じクラスの学級委員、天瀬誠次であった。剣を持った、魔法が使えない不思議な男の子である。
北久保は誠次の目の前に
「今俺さ、サッカー部の部員集めをしてるんだ!」
「なんでだ?」
「ヴァレンタインカップ前に、みんな体調不良になっちゃってさ。急遽即戦力になる人を集めなくちゃいけなくなったんだ」
「それは大変そうだな……」
誠次は心配そうに北久保を見る。
「なあ天瀬。誰か知らないか? 目にも止まらないようなスピードを持ってて、宙返りなんてなんのそのなジャンプ力を持っていて、重たい剣を背負っていてもへばらないパワーがある奴で、なにされても怒らないようなめっちゃ優しい奴で、尚かつ部活に所属していない暇そうな奴!」
北久保の言葉に、誠次は顎に手を添えて、しばし考える。
「……すまない、皆目検討もつかない。しかしもしもそんなチートみたいな奴が本当にいたら、きっと女の子からモテモテだろうな」
誠次があははと笑いながら言えば、北久保も「たしかに!」と手を叩いて笑っていた。
「役に立てなくてすまない。でも、また何か困っていたら相談してほしい」
「いいや、ありがとな天瀬! 流石頼りになる俺たちの学級委員だぜ!」
「は、恥ずかしいからあまり大声ではよしてくれ……。でも、頑張ってくれ北久保。応援してる」
「おう! 頑張ってくるぜ!」
手を軽く振り合い、北久保と誠次は廊下で別れていた。
北久保は再び一人となり、メンバー集めを行う。残りは未だ九人だ。
「うーん……この時期はどの部活も忙しそうなんだよな……」
小走りの北久保は頭を悩ませるが、立ち止まってはいられない。運動ができる奴は基本、体育館にいるものだ。 そんな安易なイメージだけを元に、北久保が体育館に行くと、ちょうど男子バスケットボール部の活動中であった。
「バスケットボールかあ……。ジャンプ力ありそうだし、誰かスカウト出来ないかなあ……」
「危ないぞ!」
ぼうっとしたまま立っていると、バスケットボールが飛んできて、北久保は思わず悲鳴をあげる。
「コートの中でぼうっと立っているな! 危ないだろ!?」
北久保にボールが直撃する直前で、バスケ部員が走ってきて、どうにかボールをキャッチする。舞い散る汗が、体育館の照明を受けてキラリと輝いていた。
「あ、ごめん! ついうっかりしてた!」
「て言うかお前、2―Aの北久保か? なんでここにいんの?」
「チームメンバーをスカウトしてるんだ! この中で、サッカーやりたい奴いないか!?」
大きな声で北久保が問い掛けるが、返ってきたのはあざ笑い声であった。
「あのなあ……。俺たちだって次の大会に向けて必死に準備してるのに、ただでさえ少ない休みの時間を割いてまでサッカーやりたい奴なんてここにはいないだろ」
「それに、あのキャプテンと一緒にやるのはな……。アイツとクラスメイトだけど、自己中プレーばっかなんだよな」
「そ、そんな。でもキャプテン、キャプテンになってからは、一生懸命頑張っているんだ!」
キャプテンがキャプテンになるという、一見よくわからない言葉を北久保が言っていると、バスケットコート奥からもう一人のキャプテンがやって来ていた。
「キャプテン、キャプテンって、一体何の騒ぎだ?」
ヴィザリウス魔法学園、男子バスケットボール部の主将、寺川であった。
「あ、寺川!」
「キャプテン!」
北久保とバスケ部員たちが一斉に、寺川の方を見る。彼は背丈も高く、体格はよく、類まれな才能を持った生粋のバスケットボールプレイヤーであった。また、性格面もよく、こう言ってはなんだが、キャプテンよりキャプテンらしい人物であった。
「練習中だぞ。サボるなよ」
「でも、北久保がコートに立ってたんだぜ?」
「はあ? なんでまた……」
寺川が首を傾げて北久保を見るが、すぐに、まあ北久保ならやりかねないな……的な視線になって、他の部員を下がらせた。
「どうしたんだ北久保?」
「頼む寺川! 少しの間でいいんだ。一緒にサッカーやってくれないか!?」
「サッカー? なんで俺が?」
北久保は縋る思いで、寺川に事情を説明した。自分とキャプテンを除く外メンバー全員が、謎の腹痛によって試合に出られなくなってしまったこと。そこで急遽、二学年生の中から九人のメンバーを集めなくてはいけなくなったことをを。
「なるほど……大変そうなんだな、サッカー部」
「そうなんだよ……。頼む寺川、一緒に大会に出てくれ! なんかお礼するから! 土下座するから!」
「うわ、土下座はやめろって! お礼もいらないからさ……」
早くも床の上に座りかけている北久保に、寺川は慌てる。
「俺がお前を土下座させている構図になるからやめてくれ……。伝統あるヴィザリウス魔法学園のバスケットボール部の主将が、変な誤解をされたら部に傷がつきそうだ……」
主将となり、気にするべきことが一気に増えた寺川は、周りを見渡してふうとため息をついていた。
そして、彼の癖でもある、指先でバスケットボールをしゅるしゅると回してから、
「わかった北久保……。流石に部員は貸し出せないが、一週間でいいんなら、俺が力を貸すぜ」
寺川がそう言うと、北久保は顔をがばっと上げた。
「ほ、本当か!? 良いの!?」
「あ、ああ……。本当に一週間だけだからな?」
「ありがとう寺川! 本当にありがとうっ!」
「おい!? だから泣くなって! 俺が誤解されるだろう!?」
一人目、バスケットボール部のキャプテン寺川のスカウトに、北久保は成功する。
これで残り八人だ。るんるんな気分で体育館を後にした北久保が次に遭遇したのは、同じクラスの帳悠平と夕島聡也であった。
二人は制服姿で、何かを言い合いながら、廊下を歩いていたところだ。
「帳、夕島!」
北久保は二人の名を呼んで、駆け寄った。
「お、北久保! ちょっと助けてくれよー!」
「あ、待て帳!」
なぜか悠平は、北久保を見るなり救われたような表情をして、北久保を迎える。
その後ろからは、やれやれ顔をした聡也も歩いてきた。
「どうしたんだよ、帳?」
「夕島のやつがさ、勉強しろ勉強しろって五月蝿いんだよ」
「もうすぐテストだ。赤点でも取られたら同じルームメイトとして恥ずかしいことこの上ないからな」
困り顔をする悠平に、聡也はため息をついていた。どうやら、勉強を教えようとしている聡也から、悠平は逃げようとしていたようだ。
「ここは同じバカ仲間のよしみで、北久保からも夕島になんとか言ってくれないか?」
「おうそうだな帳! 勉強を押し付けるのは良くない!」
「バカ仲間でいいのか、お前らは……」
聡也が絶句している。
「そこでだ帳、夕島。みんなで一緒にサッカーしないか!?」
「「サッカー?」」
「そうだ、サッカーだ! 今、大会を一緒に戦ってくれるメンバー集めをしているんだ! 忙しいとは思うけど、何卒頼む、一緒に大会に出てくれないか!?」
「ちょっと待て北久保。なんでサッカー部員で挑まない……?」
相変わらず説明をすっぽかしていた北久保は、現在のチームの状況を説明する。
「なるほどな。大変そうなんだな、サッカー部」
「しかし、かと言ってサッカー素人の俺たちが加わったところで、まともな試合にもならないだろう」
腕を組む悠平に、真っ当なことを言う聡也。
「大丈夫だ! 大会まであと五日間ある。その間に特訓するんだ!」
「特訓……。さすがに頭が痛くなってくる……」
「特訓か、俺は好きだぜ!」
頭痛を感じる仕草をする聡也であるが、隣に立つ悠平は、俄然やる気だ。
「夕島。一緒に大会に出ようぜ!? その後で、ちゃんと勉強はするからさ! 北久保も困ってそうだし、助けてやろうぜ?」
「……ちょうどこのシーズンは水泳部の大会もないしな……」
聡也は電子タブレットを起動して、スケジュールを確認しながら言う。
「じゃあ北久保。力を貸す代わりに、その大会とやらが終わったら、お前にも勉強をしてもらうぞ」
聡也がメガネ越しの鋭い視線を北久保に向けて問う。
間を置かずに、北久保は頷いていた。
「俺からすれば、みんなでサッカーが出来て、頭も良くなれて、一石二鳥だぜ! 断る理由はねーよ!」
「ま、まて北久保……。夕島の勉強法は、かなりのスパルタでな……そんな軽い気持ちで受けちゃ死――」
悠平が少し不安になって北久保に忠告を入れようとするが、北久保は腕を振り払い、情熱を見せる。
「軽い気持ちなもんか! 俺は常に何事も、一生懸命に取り組むんだ! 馬鹿は馬鹿なりに、頑張らねーとな!」
「北久保……」
そんな彼の姿に感動を抱いたのは、なんと、悠平の横に立つ聡也であった。
彼は北久保の目の前まで歩み寄ると、そっと手を差し出した。
「え、夕島……?」
唖然とする悠平を尻目に、聡也と北久保は握手を交わす。
「なんで握手……?」
これには北久保も、きょとんとなって首を傾げる。
「その意気だ、北久保! 早速図書館に行こう!」
「いや待ってくれ夕島! 先にサッカーの方が良いと思うんだ! あと五日間しかないからさ! 頼むってーっ!」
赤い瞳をきらきらと輝かせた聡也に引っ張られながら、北久保は必死に懇願していた。
そうして、悠平と聡也をチームに入れることに成功し、残りは六人だ。
時刻は日が高く上り始めた正午。魔法学園の正門には、休日に都内に遊びに出かけていた魔法生の往来が多くなり始めている時間帯だ。
そんな休日を謳歌する人の群れの中に、北久保は見知ったクラスメイトの顔立ちを発見し、正門で出迎えていた。
それは、志藤颯介と小野寺真の二人組であった。
「今日はありがとうございました、志藤さん。朝から自分の予定に突き合わせてしまって面目ないです……」
「いや構わねーよ。それに、俺一人じゃあんな店に生涯寄ることもなかっただろうし、おかげでいい経験になったぜ」
「どうしても行ってみたかったスイーツ店なのですが、やはり一人で行くのは勇気が必要で……。志藤さんが一緒に来てくれて、心強かったです」
「はは……さすがに朝から甘ったるいもんは、腹の調子がおかしくなっちまいそうだけどな……」
どうやら、二人でどこかのお店に寄っていたらしい。
魔法学園に戻ってきた二人を、北久保は人の流れのど真ん中で、待ち受けていた。
「志藤! 小野寺!」
「うわ、びびったっ。北久保か?」
「な、なんですか、北久保さん?」
周りにも多くの人がいる中で、急に名前を叫ばれてぎょっとなる二人に、北久保がずいずい近づく。
「一緒にサッカーしないか!?」
「待ってくれ……流石に今からサッカーは、キツイ……」
ぱんぱんになったお腹で今からサッカーなどやってられず、志藤が苦しそうな顔をする。
「今からじゃねえんだ! 五日後に迫った、ヴァレンタインカップって言う大会に、サッカー部として出て欲しいんだ!」
北久保は事情を説明する。
「北久保さんとキャプテンさんを除いた全員が謎の腹痛でサッカーが出来なくなってしまったと……」
「試合出るのは俺は別に構わねーけど、マジで素人だぜ? それこそ、学校の休み時間でたまにやるぐらいしか……」
「それをこれから五日間の特訓でなんとかするんだ! 大丈夫! サッカー経験者の俺がついてるからさ!」
「「……」」
にかっ、と笑顔を見せる北久保を前に、志藤と真は呆気にとられる。……曰く、不安しかないのだが、である。
「フットボール大会なので、相手はれっきとしたサッカー部のはずです。そんな彼らに、素人でたった五日間だけ練習した自分たちが勝負を挑んでもきっと、恥ずかしいことにしかならない気がしますが……」
多くの人の目にも触れられることになるであろう、名のあるフットボールの大会に、真は尻込みをしてしまっている。
「なんだよ小野寺。ビビってんのか?」
志藤が笑いかけると、真は少しだけ不服そうに
「ビビってません! わ、分かりました。陸上部員としてのスピードは、サッカーでもきっと活かせるはずです」
「おお! 二人とも入ってくれるのか!? マジで感謝だぜ!」
志藤と小野寺の二人も、メンバー入りし、残り必要人数は四人。ようやく半分を切ったところで、北久保にも疲労の色が見え始める。学園中を行ったり来たりであり、今どきデンバコで連絡を取れればもっと楽なのだが、生憎北久保の頭にそんな考えは浮かばず、自分の足で駆け、直接熱意を伝えるに限っている。
――時としてそんな彼の真っ直ぐさが、いい方に転ぶ事もままありだ。
「北久保……? 今度はどうしたんだよ。おーい、なんでそんな疲れてんの?」
2―A男子寮棟の一室、北久保が普段寝泊まりしている自分の寮室に戻ってくれば、部屋の中にいたのはルームメイトであった。
「か、神山ぁ……」
「うわ、なんで汗だらけなんだよお前……。部室でシャワー浴びてから帰ってこいよなあ」
面倒臭そうに髪をぽりぽりとかきながら、ルームメイトの一人の神山が、やれやれとため息をつく。
「不潔な男はモテないぞ。この俺のように、清潔感を大事にな」
もう一人のルームメイト三ツ橋も、ごろんと、ややふくよかな体型でソファの上に寝転がりながら、顔だけをこちらに向けていた。
「ナルシストもどうかと思うけどな……」
神山がぼそりと言う中、北久保が何かを思い出したかのように、急に活気に満ち溢れる。
「そうだーっ! 神山、三ツ橋! 俺と一緒にサッカーやろうぜ!?」
「うわ突然元気になるなよ、びっくりするな……」
「相変わらず落ち着きがないな、君は。この俺と一緒にサッカーがしたいだと?」
髪をくねくねと巻きながら聞き返す三ツ橋に至っては、もうすでに満更でもなさそうだ。
「そう、みんなで一緒にサッカーして、大会に出るんだ!」
「大会? 遊びじゃなくて、公式戦って事か?」
神山が驚いて、北久保を見つめ返す。北久保は先程通り、事情を説明していた。
「そうなんだ。もう頼りになるのは、ルームメイトのお前ら二人なんだ。サッカーが上手い下手も関係ない! 一緒に楽しく頑張りたいんだ!」
「向こうは真剣に勝ちに来てるってのに、楽しく頑張るか……。まあ、お前らしいわな……」
そのせいでレギュラーにはなれないのだろうか……と内心で切ない思いを味わいながら、普段からこの二人と一緒にいる苦労人気質な神山は、重い腰を上げるのにも慣れていた。
「また困り事か、北久保。仕方がないな、この俺が手を貸してやろう」
「サンキュー三ツ橋!」
太っていてナルシストだが、根は善人であり、なんだかんで気前が良い三ツ橋が、ドヤ顔を浮かべながらうんうんと頷いてやっていた。
そんなことをされてしまえば、神山も無碍には断れないと言うものだ。
……それにまあ、なんだかんだで2年目に突入するこんな腐れ縁と言うのも、悪くはないものだ。
はあ、と大きなため息を一つついてから、神山も口を開ける。
「俺も参加するよ。大変そうなんだろ、サッカー部。……正直、フィールド上の魔術師と三ツ橋がセットって時点で頭痛しかしないけどな……」
一体どうなるやら、不安半分、楽しみ半分で、神山もチームに加わっていた。
これで残りは二人。ようやく終わりが見えてきたところだ。
※
「ええ!? では、帳さんと夕島さんも、ヴァレンタインカップのメンバーに招集されたのですか!?」
「おう。北久保、困ってたぽいしさ。まあ俺からすれば、椅子に座って勉強するよりは、身体動かしてサッカーする方がいいしさ。受けたぜ」
ヴィザリウス魔法学園男子寮の別の部屋では、部屋に戻ってきていた真と悠平と聡也が話をしていた。
「……まあ、彼からしても初めての公式戦らしい。どうしても出たいんだろうな」
聡也も誘いに乗った以上は、生真面目にサッカーに取り組むつもりだ。
「あと何人なんだろうな? サッカーって最低11人必要なんだろ?」
「ええ。でも、11人と言っても、それでもギリギリだと思いますよ。通常は控えメンバーも合わせての公式戦出場だと思いますから」
悠平と真がそんな会話をしながらリビングに行くと、ソファに寝っ転がり、暇そうに読書をしているもう一人のルームメイトがいた。
「みんなおかえり。どうかしたのか」
「北久保から声かけられてさ。俺ら3人とも、サッカーのヴァレンタインカップに参加することになったんだ」
悠平が肩を竦めつつ、説明する。彼の緑色の視線の先にいるのは、レヴァテイン・弐を外して壁にかけ、自身は趣味の読書に耽る誠次であった。
寝転がったままの誠次は「ふーん……」と呟きつつ、読んでいた活字に再び視線を戻す
「どこかにいませんかね。都合よく暇そうな人は……」
真もどこか疲れたように、誠次の寝転がるソファの肘掛けの上に座り、机の上に置かれているお菓子を頬張る。朝にスイーツショップに行ったものの、お菓子は幾らでも食えてしまうのが、無意識下の真の行動であった。
「……」
ぺら、ぺらとページを捲りながら、誠次は読書を続ける。
「今北久保にメールで確認したが、まだ困難しているらしい。どうしても残り二人のメンバーが、見当たらないんだと」
「……」
電子タブレットと睨めっこをしながら、聡也が誠次の真横を通り過ぎる。
「あ、そうこうしているうちに、いつの間にか集合時間ですよ、皆さん!」
「おっと。練習はたった5日間しかないからな。気合入れてやんねーと」
「サッカー部室前に集合だ。急がなければ」
誠次を除いた三人は、慌てた様子で部屋を後にする。
「……」
しーんと静まり返った部屋の中で、唯一一人だけ残った誠次は、読んでいた本をぱたりと閉じ、むっくりと、上半身を起こす。
「え、いや……俺は……?」
結構、暇そうオーラを出していたと思うのに、結局、誘われなかった……。
「え、ちょっと待ってよ、みんな……」
恐る恐る、誠次は部屋を抜け出し、3人の後を追う。
※
男子サッカー部室前には、北久保によって招集された現状7人のメンバーが、横一列に並んでいた。
「ってか、見事に身内ばっかりな面子だな……」
腕を組んでキャプテンが、不満そうに北久保にぼそりと告げる。寺川を除き、残り6人は2―Aの北久保のクラスメイトと言った面子だ。
「しょうがないだろ、キャプテン。気楽に誘えるのはやっぱり、2年間一緒のクラスメイトたちなんだ」
「あと二人足りないぞ」
「それはもうちょっと待ってくれ、キャプテン! なんとかしてあと二人探すからさ!」
「ふん」
……等と言った、主将と補欠のやり取りを前にし、横一列に並ぶ7人は、切ない面持ちで北久保を見る。
「はっきり言って、キャプテンとしての人望はゼロだよな……」
ぼそりと、神山がそんなことを呟けば、キャプテンは彼を睨む。
「それでも俺が一番点をとって、サッカーも上手くて活躍できるんだ。俺がキャプテンで何が悪い」
「へいへい。なんでもいいけど、俺は適当にやらせてもらうぞ。どうせ数合わせなんだろ?」
「適当だと!?」
神山が肩を竦めると、キャプテンが詰寄ろうとして、真が慌てて「まあまあ……」と間に割って入る。
「みんなサッカー初心者なんだろ? ヤバそうだな、こりゃ」
はっはっはと笑いながら言う帳に、
「しかも監督もコーチもなしか。これではまともな練習もスケジュールも、組めそうにないな……」
聡也が呆れ果てるようにして言う。
「まあ、ここにはその代わり、2―Aを代表する頭脳派二人組、この三ツ橋と夕島くんがいるんだ。頭脳面はバッチリだろう」
「いや別に頭が良くてもな……」
ふふんと微笑む三ツ橋に、寺川が髪をかいて笑う。
「よし。ヴァレンタインカップまで時間はない。今日はこれから特訓をするぞ。そして、明日も早朝集合だ!」
「はあ!? 朝練もあるのかよ!?」
キャプテンの言葉に、神山が不満そうにする。
「当たり前だろ。お前らサッカー初心者が試合で俺にまともなパスを出してくれるぐらいにはしないと、俺が活躍出来ないからな」
「お前なあ……!」
またしても不穏な雰囲気となる二人の間に、今度は寺川が笑いながら入った。
「まあまあ。俺は朝練は大丈夫だぜ? 一人でバスケやってる時間が変わるだけだ。朝練は取り敢えず、今のところは自由参加でいいんじゃねえか?」
「……でも、あと5日しかないんだぞ……」
「そんなにサッカーが上手いんだったら、練習しないでも勝ち進めさせてくれるんだろ、キャプテン?」
神山がそっぽを向きながら、ぼそりと言っていた。
「……っち。いいからグラウンドに集合だ。北久保。お前はあと二人、なんとしても集めろよ。副キャプテン」
「え、副キャプテン……俺が!?」
「ああそうだ。今やサッカー部は俺とお前二人なんだからな。お前は副キャプテンになるんだよ」
「副キャプテン……やったーっ! なあキャプテン! 副キャプテンって何すればいいんだ!?」
「キャプテンの命令を聞けばいい」
「わかった! うおーっ!」
それはつまり、いつも通りのお前だろ……。そう思いながら、神山がグラウンドに向かっていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
集まったメンバーが振り向くとそこには、息を荒くした誠次が立っていた。
「あの、俺も一緒にサッカーやらせてくれないか!? 正直、寂しいっ!」
「ってか、逆にお前誘われてなかったのかよ……」
志藤が唖然としている。
「え、天瀬も入ってくれるのか!?」
「あ、ああ! 正直球技は滅茶苦茶下手だけど、頑張るよ、俺!」
そう。天瀬誠次は球技関係の運動は音痴を飛び越えた無類の下手さを誇るのである。サッカーも例外ではなく、ヴィザリウス魔法学園に入ってからでもそれは据え置きである。
しかし誠次がガッツポーズを決めて言えば、北久保も喜んで飛び跳ねるようにしていた。
「天瀬か……。まあ、サッカーだったらこの俺の独壇場だ。せいぜい足を引っ張るなよ」
キャプテンは対して嬉しくはなさそうにだが、誠次を迎えていた。
「あと、香月がマネージャーをやってくれるらしい。サッカー部の女子マネージャーと、二人でな」
誠次がそう言いながら視線を後ろへ向ければ、どこか困ったような表情をした香月が、ジャージ姿で立っていた。
「ええと、サッカーの知識は全くないのだけれど、手伝うわ」
「なんで?」
寺川がきょとんと首を傾げる。
「尺的な都合で、細かい理由は省くわ。ツッコミ役と思って頂戴」
「尺……? ツッコミ役……?」
寺川がきょとんとしていたが、その詳細な理由は後に知ることとなるだろう……。
「そしてなんと、俺、もう一人サッカー部に入ってきてくれそうな人を知ってるんだ!」
「すいすい話進むな! これが本編主人公補正なのかっ!?」
「もうすぐ来てくれるはずだ!」
びっくり仰天するキャプテンの前で、誠次がグラウンドの一角を指差す。
そこからはゆっくりと、なにかフード付きのコートを身に纏った少年が、歩いてきていた。
「――やあ、待たせたね」
そんな言葉を述べて、その金髪の少年は、コートを脱ぎ捨てる。
「相変わらずお前は遅いんだよ」
誠次がニヤリと笑う。
「え、何この流れ……」
キャプテンが嫌な予感を感じたのも束の間、見知らぬ少年はキャプテンの前まで歩み寄る。
「始めまして。僕はアルゲイル魔法学園所属の星野一希。ヴィザリウスのサッカー部に、助太刀するよ」
「お、おう……」
自信満々な様子の一希を前に、キャプテンは気の抜けた返事をする。曰く、誰だ、お前……状態である。
「おお! これで11人揃ったな! 俺たちはヴィザードイレブンだ!」
「おおーっ!」
等と、拳を突き上げた北久保の周りで、9人の臨時サッカー部たちが盛り上がる。
「ふん。せいぜい仲良しごっこでもやってるんだな。俺が活躍してやる……!」
キャプテンはそう言って、いち早くグラウンドへと向かっていく。
「……」
一人で足元でボールを蹴り、手に持つそんな仕草を、寺川が無言でじっと見つめていた。
※
東京都内の、とある一軒家。洋室よりも和室が目立つ、昔ながらの造りをした家に、勢いよく帰ってきたのは、ヴィザリウス魔法学園の魔法生の少年、北久保だ。
「ただいま、おばさん!」
「お帰りなさい」
母親と言うよりは、歳を召しているお婆ちゃん。それが、北久保にとっての実の祖母であり、育ての親でもあった。
「まあ嬉しそうな顔をして、どうしたの、ぼーちゃん?」
「おばさん! 俺、とうとう公式戦に出るんだ!」
「まあ! 遂に試合に出るのね!?」
「うん! だから俺、いっぱい点入れて活躍してやるんだ!」
北久保はそう言って、部屋の奥へと進んでいく。そこには仏壇があり、そして二人の、今は亡き昔生きてた人が祀られている。
「父さん、母さん……見ててくれ。俺、みんなと一緒に絶対に優勝してやるからな!」
「二人もきっと喜んでくれるはずだよ。ぼーちゃん」
北久保は自分を生んでくれた父と母への仏前報告をしに、実家に帰ってきていたのだ。
「でもぼーちゃん」
「ん、なんだよおばさん?」
「ぼーちゃんのポジションはゴールキーパーだから、点は取れないんじゃないの?」
「あ、そう言えば俺キーパーだった! 点取るんじゃなくて守らないと!」
そう言って豪快に笑う北久保と、幼い頃に両親を亡くして以降、彼を大切に育ててきたおばさんは、つられて笑い出す。仏壇に飾られている北久保の両親も、笑いながら息子の活躍を楽しみにしているようだった。
~ヴィザ―ズイレブン今日の格言!~
「新作まだですか!?」




