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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
鴉を墜つ鷲 特殊魔法治安維持組織本部解放戦 
140/189

9 ☆

「俺たちは勝つ! 行くぞ一希!」

         せいじ

「ぐあああああーっ!」


 全身から血飛沫を出し、堂上は膝から崩れ落ち、完全に意識を失った様子で、倒れた。

 激しい戦闘の影響で、もう損傷していない箇所を見つけることのほうが難しくなった巨大レクリエーション施設と、自身の身体。

 志藤は、よろよろと歩きながら、倒れた堂上の元まで歩み寄る。


「……」


 血塗れの手で握っている拳銃を放り投げ、黄色の目でそっと、因縁の相手を見下ろした。


「勝ったのか、俺……」


 完璧な勝利は言えなかったのかもしれないが、それでも、特殊魔法治安維持組織シィスティムの現在のエースを討ち取った事は、確かだ。

 部屋の外の方から、足音が聞こえてくる。もう満足に戦うことは出来ないだろう。果たして敵か味方か。

 間もなく聞こえてきた声に、志藤は驚く。


「志藤さん! ここですか!?」

「その声、小野寺おのでらか……?」


 仲間が駆けつけてくれたことへの安堵から、志藤はほっと一息つく。

 そして、部屋の入り口に目を向ける。


「え……?」


 あり得ない、そんな、なんで、やつがここにいる――!?

 

「テメエ……新崎!? 小野寺はどうした!? 女子のみんなは!?」


 立っていたのは、茶髪に眼鏡をかけた特殊魔法治安維持組織シィスティムのトップ、新崎であった。真に変性魔法で化けていたようで、満身創痍の志藤を奇襲する。

 

「彼らか……」


 新崎は口角を軽く上げ、答える。


「弱かったよ。とてもね」

「テメエ……! 《ブレイズ》!」


 残った魔素マナを使用し、志藤は風属性の攻撃魔法を繰り出すが、新崎は防御魔法を手早く起動し、志藤の攻撃を跳ね返す。

 

「ぐはっ!?」


 志藤に魔法は跳ね返ってきて、逆に腹部に切り傷を負ってしまう。すでに堂上にも撃たれていた志藤は、これにより、再起不能のダメージを受けてしまった。


「新崎……! なんでお前は、親父を追い詰めた……!?」


 いつ気絶してもおかしくない重症の身にも関わらず、床の上に這いつくばりながら、なおも戦おうとしている。

 ここに至るまでに、多くの代償を払ったのはお互い様のはずだ。それにも関わらず、新崎は平然とした様子で、しかし瞳の奥底に身体の芯から底冷えするような、冷酷さを感じる。


「志藤颯介。聞けば君は、フレースヴェルグとやらのリーダーのようだね? 死にかけの彼らが、教えてくれたよ」

「なにが、言いてえ……!」

「いやなに。リーダー同士がこうして相まみえたんだ。対談でもしようかと思った次第だよ」

「だったら話が早え……! 新崎。今すぐに特殊魔法治安維持組織シィスティム局長の座から降りろ! そして、今までお前やお前の部下がやってきた悪事を全て世間に公表して、罪を償え!」

「ははは。失礼、堪えきれずに笑ってしまったよ」


 這いつくばる志藤を見下し、新崎はにこりと微笑む。


「私はこの座を譲る気はないよ。ましてや、君のような世間を何も知らないような半端者の学生相手にね」

特殊魔法治安維持組織シィスティムは、お前のもんじゃねえ……! この国で生きているみんなの為にあるもんだろうが!」

「みんなの為、か。その理論はいささか破綻しているよ、志藤くん。特殊魔法治安維持組織シィスティムはみんなの為にあってはいけないのさ」

「クソみてえに話が通じねえな……!」

「お互い様のようだ」


 腕に力を込めて、再び立ち上がろうとしている志藤へ向けて、新崎は容赦せず、攻撃魔法の魔法を放つ。

 受け身を取る間もなく、志藤の身体は吹き飛ばされ、背中から壁に激突し、床の上に再び崩れ落ちる。


「私も少々驚いているよ。まさか、堂上を君が倒すとは。随分と強くなったようだね」

「全てお前を倒すためだ……!」


 骨も何本か折れたようだ。腕にももう力が入らずに、志藤は悔しく、顔を床に擦り付ける。


「君とはもう少し知性ある会話ができると思ったのだがね、残念だ」


 新崎は肩を竦めて、破壊魔法の魔法式を展開し、一気に完成させる。

 

「死にたまえ」


 その光を見た途端、志藤はすべてを悟った様子で、目を瞑る。


「……ったく、遅えんだよ……剣術士サマ」


 一歩も動くことなく放った新崎の破壊魔法が、倒れる志藤の目の前で斬り裂かれる。

 

「――遅れてすまない、志藤」


 真っ二つに両断された破壊魔法の光が、彼が握る剣の刀身を白く染めて、消え失せていく。

 間一髪、志藤の元に間に合った誠次せいじが、レヴァテイン・ウルを構えて新崎を睨んでいた。


「魔法を発動した、と言うことは。貴様は実態だな。新崎!」

「やはり、私の相手は君というわけか、天瀬誠次」


 満を持して姿を現せた新崎に、誠次も声を荒げた。


「新崎! 貴様の野望もここまでだ!」

「抜かせ。テロリスト風情が」


 新崎が目にも止まらぬ速さで、汎用魔法の魔法式を展開する。

 目眩ましの為の魔法、《レディアント》。それが来ると察知した誠次は、倒れている志藤の元まで咄嗟に走り、彼の前面にレヴァテイン・ウルを突き刺し、自身も腕で顔を覆った。

 間もなく、閃光が瞬く。それは直視してしまえば、失明の恐れすらある眩い光であった。


「無事か、志藤!?」

「ああ……なんとか……」


 光が収まり、新崎の姿が消えている。

 気配を察するに、奥の部屋へと向かったようだ。

 誠次は傷だらけの志藤の容態を確認する。

 腹部の銃痕は貫通しており、傷だらけの身体は意識があるだけでも奇跡的なものだ。これ以上は、本当に危ない。


「すまない志藤。俺は新崎を追う。そして、すべてを終わらせる」

「気をつけろ、天瀬……。そして、必ず帰ってこい。もう一ヶ月も、魔法学園に帰ってこないなんて真似、するんじゃねえぞ……。何よりも、女子たちが、悲しむ……」


 仰向けになった志藤が、誠次に血塗れの手を伸ばしてくる。

 

「志藤……!」


 誠次はその手を取り、ぎゅっと握ってやる。


「無事でいてくれ、天瀬……。フレースヴェルグは、誰一人して欠けちゃいけねえんだ……」

「お前が言うな! 志藤、しっかりしろ!」


 自分の身が保たないにも関わらず、志藤はそんなことを言ってくる。


「安心して、待っていてくれ志藤」

「頼むぞ……」


 志藤はそう言って、全身からようやく力を抜く。

 軽くなった彼の全身、しかし呼吸は続いているので、気を失ってしまったのだろう。


「……必ず終わらせてやる!」


 誠次は志藤をそっと床の上に寝かせ、彼に治癒魔法を発動させる。

 そして、自身は腰から引き抜いたレヴァテイン・ウルを手に、新崎の跡を追う。

 瓦礫が降り積もった、幅広い通路を進み、新崎が向かった先へと追いつく。

 そこは爆発も戦闘もなかったのか、綺麗な姿を保ったままの内装をした、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部地下の最深部。そこはまるで、中世の王城の謁見の間の如く、高い天井の下に赤いカーペットが敷き詰められており、奥に座るべき者の威光を広く轟かせる為か、先には少ない段数の階段が見える。

 その上にある、玉座というべき黒革の椅子の上に、新崎は座っていた。


「フレースヴェルグ。たいそうな名前だが、大鷲には程遠い」

「今の特殊魔法治安維持組織シィスティムこそ、死肉をついばむ翼の折れた鴉たちだ」


 誠次の返答を聞いた新崎は、余裕そうな笑みを消すことはなく、椅子から立ち上がり、誠次を見下す。

 対する誠次も、レヴァテイン・ウルの片側を、両手で強く握り締めて、新崎へと向ける。


「決着をつけるぞ新崎! 正義は俺たちにある!」

「どちらが正しいかは、すぐにわかることになる――!」


 新崎は一瞬だけ身を屈ませると、瞬時に誠次の目の前に現れ、拳を突き出してくる。

 優れた動体視力を持つ誠次でも、新崎の速すぎる動きを確実に捉えることは出来ず、拳が頬を掠めた。その拳は、まるで刃物のような切れ味で、誠次の頬肉を裂く。


「っち!」


 誠次はレヴァテイン・ウルを振り、新崎の腕を斬ろうとするが、腕を引いた新崎は跳躍。誠次の頭めがけて、回し蹴りを繰り出した。

 誠次は咄嗟にバク宙を行い、大きく後ろに逃れ、新崎の攻撃を回避。着地と同時に膝を曲げ伸ばし、こちらから新崎に接近する。

 一、ニ回ほど、レヴァテインを振るいながら前進するが、ひらりひらりと、新崎には攻撃を回避されていた。

 そればかりではなく、新崎は誠次の腕を絡め取ると、それを捻り上げ、関節を痛みつける。


「ぐあっ! し、新崎!」

「つけ上がらないことだ剣術士。私を倒しに来たのだろう? ならば、本気で来ることだな。それともこれが君の本気かな?」

「その台詞……貴様にそのまま返してやる!」


 擬似的に背中合わせになりながら、誠次と新崎は互いに顔を傾け、至近距離で睨み合う。

 誠次は足を蹴り上げ、空中に向かって逃れながら、新崎の拘束を解除する。天を睨みあげる新崎の視線の先で、誠次は空中で身体を捻り、待ち受ける新崎へ向けて、急降下をしながらレヴァテイン・ウルの刃を突き出す。


「無駄だ」


 新崎は素早く身を翻しながら、膝を突き出す。

 刃は新崎の肩を掠めたが、反対に膝は落ちてきた誠次の腹部に深くめり込み、彼の胴体を蹴り出した。


「ぐはっ!」


 風を浴びるほどの勢いで吹き飛ばされた誠次は、背中から壁に激突し、ずるりと床の上に落ちる。

 咳をしながら顔を上げれば、新崎が目の前にまで迫ってきている光景であった。

 伸ばされた右腕により、喉を鷲掴みにされた誠次は、そのまま上半身を壁に強く、押し付けられる。

 右耳にぼそりと語りかけられるのは、顔を寄せた新崎の言葉であった。


「私がただの策略だけでここまで成し上がったのだと、誤解してもらっていては困るな」

「貴様は他者を転け落とす事しか考えてはいない!」


 苦しみ藻掻きながらも声を荒げた誠次に、新崎はやや激昂した様子で、耳元で声を荒げる。


「知ったようなことを言うな! 力があり、覚悟がある者が上に立つのは必然の事だ!」

「他者を傷つける事が力だと!? 他者を廃絶し、成し上がることが覚悟だと!? ふざけるな!」


 怒鳴り返した誠次が新崎の腕を振りほどき、立ち上がりながらレヴァテイン・ウルを振るう。新崎の胸部に、斜めに奔った浅い切り傷は、誠次の攻撃が命中したことを物語った。


「っち!」


 新崎は顔を歪ませ、誠次から距離を取ろうと、バックステップを行う。その最中にも、新崎は属性攻撃魔法の魔法式を展開し、迫り来る誠次を迎撃した。

 誠次は新崎を逃さまいと、迫り来る火球を斬り裂きながら、新崎を追う。


「その力……どこで得たものだ?」


 こちらが放つ攻撃魔法をことごとく無効化する誠次に、新崎は戸惑っている。

 

「特訓の成果だ!」

「特訓だと……下らないな」


 新崎は天井遥か多くへ向けて、氷属性の攻撃魔法を発動。

 間もなく無数の氷の刃が降り注いできて、誠次へと襲いかかる。

 誠次は目を見開くと、自身に直撃するコースで迫る氷の礫のみを見切り、それを全て振るい上げたレヴァテイン・ウルで両断する。

 誠次の周りには氷の華が咲いたかのように、白色の氷の茨が広がる。誠次はその上を跳び、再度上空から、新崎を強襲した。


「新崎ーっ!」


 風を切り、猛スピードで接近してきた誠次の一撃は、寸前で新崎が発動した防御魔法により、防がれる。

 激しい衝撃が両者に襲いかかり、刃と魔法の接触点で、激しいスパークが生じる。


「正直驚いているよ、天瀬誠次くん。付加魔法エンチャントがない君では、私とまともな戦いになどならないと思ったからな」

「舐めるなー!」


 誠次が両腕に握ったレヴァテイン・ウルを思い切り振るい、新崎が発動した防御魔法を斬り裂ききる。黄色の魔法障壁の破片が舞う中、誠次は新崎を執拗に追い掛ける。

 新崎は誠次の剣筋を見切り、迫る刃を間一髪のところでかわすのを、繰り返す。


「ハアハア……っ!」


 一方で誠次の息は、すでに上がりかけていた。無理もない。ここへ至るまでに多くの戦いを超え、すでに三人分の付加魔法エンチャントを受け取り終えている。

 口で呼吸をしなければ苦しい時間帯が続き、新崎はまだ、息を上げている様子は見せない。


「ふ。焦りが見えるぞ。なにを焦っているんだい、天瀬くん?」

「黙れ!」


 再度、迫り来る風属性の魔法を斬り裂き、新崎を追う。

 床の上に着地したのも一瞬に、新崎は再び高く跳躍し、形成魔法で自身が組み立てた足場に着地する。

 ――まだ、奴は諦めてはいない。その冷徹な表情の裏に、未だ相当な野心を秘めている。

 それを読み取っていた誠次は、新崎との戦いが今から本格的に始まることを、予感していた。全身の肌があわ立ち、倒すべき相手だと警鐘を鳴らす。


「まだ、貴様は諦める気はないようだな……」

「……バレてしまったか。それならば仕方がない」


 新崎は肩を竦め、改めて、誠次と真っ向から戦う素振りを見せる。


「私はこれでも忙しい身でね。出来れば楽をして君に勝ちたかった。しかし、それも出来なくなってしまった以上は仕方がない――」


 新崎はそこまで言うと、誠次の背後に、一瞬で回り込む。


「――速攻でカタをつけてやる」

「お互い、様だ!」


 振り向きざまに、誠次はレヴァテイン・ウルを振るい上げ、新崎の接触を拒む。

 新崎は身体を捻って攻撃をかわすと、誠次の顔面めがけ、回し蹴りを行う。

 一瞬だけ姿勢を屈めて、誠次は攻撃を回避すると、反撃にレヴァテインを突き出す。

 新崎は大きく後ろへと跳び退き、誠次と距離をとる。

 この戦いにおける違和感を、両者は共に、感じ始めてきたところだ。


「俺が奴の動きを読み取っているのと同じ……?」

「動きを読み取っているのか……?」


 互いに有効打は掴めずに、体力が消耗していく。

 今度は誠次の方から新崎の懐に接近し、レヴァテイン・ウルを振り下ろす。

 新崎は直前まで誠次のレヴァテイン・ウルの軌道を読み取り、刃が接触する寸でのところでの回避を繰り返す。これでは悪戯に消耗していくだけだ。


(刃が当たらない。俺の動きが読まれているのか……?)


 結局、まともに命中したのは胸部への一閃のみである。致命傷にはなっていない。


「……!」


 そして新崎の戦い方にも、誠次は大きな違和感を感じていた。

 普通に考えるのならば、魔術師は剣術士相手にした場合には、自ずと距離を取るはずだ。それにも関わらず新崎はここへ来て、魔法を使用しない接近戦を繰り返している。それは彼が、接近戦が得意であると言うことだけが、果たしてその理由なのだろうか。

 シュン――っ!

 気がつけば、風を切る音と共に、新崎の拳が突き出され、誠次の左肩を掠めた。直撃していればそれは間違いなく、骨を外すないしは、砕く勢いであっただろう。


「っち!」


 誠次は呻き、それでも負けじと、レヴァテイン・ウルを突き出したままの姿勢で、左足を蹴り上げ、新崎の顎を蹴ろうとする。

 顔を上へと向けた新崎は、誠次の攻撃を再び寸でのところで回避してみせる。


「剣を振るい続ける体力は持つかな?」

「小癪な真似をっ!」


 再び距離をとる動きを見せる新崎に、誠次は吠える。


「――待たせた、誠次!」


 そんな誠次の後ろの方から駆けつけたのは、身の丈以上はある漆黒の刀身を誇るレーヴァテインを携えた、星野一希であった。


「一希、みんなは!?」

「帳くんと志藤くんを治癒魔法で治療してから順次来るように伝えてある。それまでは誠次。僕と共に戦おう!」

「助かる一希!」


 二人してそれぞれの得物を構え、新崎へと先端を向ける。

 二人の剣術士が臨む先に立つ新崎は、それでも余裕そうな構えを解いてはいない。


「剣術士が二人揃ったところで、私に勝てると思うな」

「大した自信だな、新崎和真しんざきかずま!」

「行くぞ、一希!」


 ああ、と頷いた一希と同時のタイミングで、誠次も突撃する。

 戦術的な観点により両者は阿吽の呼吸で、向かって新崎の左右方面ヘと散開し、高速で接近する。

 待ち受ける新崎は、棒立ちのまま、誠次と一希の両者の刃を浴びかける。


「なに!?」

かわした、だと!?」


 交差するように振るわれた二つの魔剣であったが、新崎は僅かな時間の咄嗟の判断で、魔剣の間を潜り抜ける。後に残ったのは、鍔競り合うレヴァテイン・ウルとレーヴァテイン。誠次と一希であった。


「やはり誠次! こちらの動きが読まれているみたいだ!」

「一希もそう思うか。新崎は侮れない強敵だ!」


 誠次と一希はすぐに態勢を整え、再び新崎の元へと突撃する。

 新崎は誠次が振り下ろしたレヴァテインをかわし、次いで突き攻撃を行った一希の腕を絡め取り、関節を決める。


「ぐあっ!?」

「一希!?」


 腕を締められて苦しそうにする一希を救出しようと、誠次は一希を拘束する新崎の元まで、突撃する。

 新崎は一希の背中を蹴りつけて、一希の身体を押し出す。

 誠次は向かってきた一希の身体を、咄嗟に受け止める。


「大丈夫か、一希!?」

「ああ、平気だ! けど……!」


 一希は自立し、改めて新崎を睨む。


「魔法も使わずに、僕たちの攻撃が全て読まれている!」

「何か仕掛けがあるはずだ!」


 誠次がそう言った直後、今度は新崎の方から、こちらに高速で接近する、

 身構える誠次であったが、僅かに反応が遅れてしまい、新崎の足蹴りをもろに腹部にて味わってしまう。


「がは……っ!」


 透明な唾を吐き、誠次の身体は宙を舞って吹き飛ばされる。


「誠次!?」


 一希は声をかけながらも、自身は新崎へと応戦した。

 一希のリーチがあるレーヴァテインの剣筋も、新崎はひらりひらりとかわし続ける。


(ただの人間の分際でちょこざいですね!)

(頑張れ、ご主人様)

「わかっているっ!」


 二体の使い魔の妖精の声援を背に、一希は新崎の動きを見極めようと試みるが、新崎は一希の刃をもろともせずに接近し、懐に潜り込む。


「そうも長い刀身では、小回りは効かないはずだ」

「それは僕の弱点にはならない!」


 一希は咄嗟に柄から右手のみを離し、速攻の攻撃魔法を手元で発動する。

 

「《エクス》!」


 レーヴァテインの柄の真下から放たれた攻撃魔法が、新崎の脇腹を掠める。


「ほう」


 しかし、新崎は怯まない。およそ人間離れした動体視力と、筋力をもって、一希の腹部を誠次同様、蹴り飛ばす。


「ぐあっ!?」

「情けがない。これでは魔法を使用するまでもないな」


 誠次と一希は折り重なるようにして倒され、共に身体を支え合いながら、服の袖を確かめる新崎を睨む。


「どうやら戦術を変更する必要があるみたいだ、誠次……」


 小声でぼそりと、一希が言ってくる。


「奴の隙を見つける。一希は魔法で援護を頼む」

付加魔法エンチャント分は残しておく。どうにかして弱点を見つけよう」

「頼む!」


 誠次は両手でレヴァテイン・ウルの柄を握り締め、再度突撃をする。


「行け、誠次!」


 誠次の後ろからは、一希が雷属性の攻撃魔法を放つ。

 目に見える電光を横に、誠次は新崎の元にまで接近する。


「そう来るか」


 新崎はまず誠次の攻撃をかわし、次いで来た雷の挙動を見極める。


「喰らえ!」


 新崎の背後に回った誠次は、彼の背中目掛けて再度突撃する。

 しかし新崎は、誠次の攻撃を再びかわし、正面から迫る雷をも、胴体を反らして回避する。


「ベイラ、ビュグヴィル。何か分かるかい?」


 一希は遠距離から攻撃魔法を繰り出しながら、新崎を見つめて、身体の中にいる二体の使い魔に声をかける。


(雑魚の人間の分際で、よくやりますねーあの動き)

(ご主人様。試しにグリートーネアの力を使ってみるのもありかもしれない)

「グリートーネア? 魔法の無力化、か。でも今の新崎は、魔法を使っていないはずだ……」


 ビュグヴィルの提案に、一希は難色を示す。一希にとって、付加魔法エンチャントは切り札も同然だった。女性の力は必要なく、しかし使用回数に限度がある。真らを救出し、ここまで辿り着くために付加魔法エンチャントはすでに使用している。残り回数は、一回ほどだろう。

 それを一か八か、今行うか。


「ぐあああっ!?」


 誠次の悲鳴を聞き、一希はハッとなる。

 首を締め上げられながら、新崎によって持ち上げられた誠次が、部屋の奥へと投げ飛ばされる。


「迷っている暇はない!」


 それを見た一希は、レーヴァテインの刀身に左手を添え、黄色の魔法式を展開する。


「グリートーネ――!」


 ――ズドンッ!

 レーヴァテインへの付加魔法エンチャントの途中で、一希は鼓膜を震わす乾いた音と、腹部への強烈な違和感を感じる。

 急激な熱と痛みを感じる腹部を確認してみれば、自分の身体から吹き出た赤い血が、みるみるうちに服を染め上げていく。


「残念だが。君にそれを使わせるわけにはいかないのでね」


 煙を吐き出す拳銃を手に握っていたのは、そう言う新崎であった。銃口の先は、間違いなく一希の胴を狙っていた。


「まだだ……!」


 諦めずに一希が再度付加魔法エンチャントを試みるが、新崎はさらに拳銃を発砲。弾丸は鋭く、一希の太ももと左手を貫いていく。


「ぐあああっ!?」

((ご主人様!?))


 二体の使い魔の心配する声すらも、全身にくまなく行き届く激痛によって、かき消されていく。急所である胸部と頭部への銃撃は、咄嗟に盾にしたレーヴァテインの刃によって、斬り弾かれた。

 新崎は容赦なくマガジンを切り替えると、膝をついて苦しむ一希へ、再度発砲を行おうとする。


「――やらせるか!」


 首に痣を作りながらも、吹き飛ばされていた誠次が真横から飛び出し、新崎へと襲いかかる。


「大人しくしていてもらおうか」


 新崎は一希へ銃口を向けたまま、およそ真横から来た誠次をいなし、背中を足で蹴り飛ばしてから、再度銃を放つ。

 銃弾は再び一希の足を貫き、立てなくなってしまった一希は、膝立ちから床の上にうつ伏せで倒れてしまった。


「一希!? おのれ!」


 背中を蹴られた誠次は、足を踏み込んで倒れることは避けるが、新崎が握る拳銃の銃口が今度は自分に向けられていることに気がつく。

 間もなく、新崎は誠次へ向けて、無慈悲に銃を撃ちまくる。


「このっ!」


 誠次はレヴァテイン・ウルを振るい、放たれる銃弾を次々と斬り弾いていく。


「一希! しっかりしろ!」

「自分の心配をしたらどうだね、剣術士プロトタイプ?」

「新崎……貴様っ!」


 新崎は立て続けに、三個目のマガジンを拳銃に装填する。


「一希! ティーロノエーの付加魔法エンチャントで自分を治療しろ!」


 止まらない銃弾の雨あられを斬り弾き続けながら、誠次は一希に必死に声をかける。

 血塗れの姿で這いつくばっていた一希は、身体を震わしながらも、顔を上げる。意識も朦朧としているのか、レーヴァテインは頭部の上に転がり落ちていた。


「誠、次……っ」


 ぼやけ、霞む視界の向こうでは、いよいよ追い詰められた誠次が、新崎から放たれる銃弾を斬り弾き続けている。

 

(ご主人様、回復を!)

(このままだと、ご主人様が死んじゃう……)


 二体の使い魔の声も、遠くなっている。

 一希は必死に、血塗れの腕を伸ばし、レーヴァテインを握り締めた。それを一旦、床の上に突き刺して、柄をぎゅっと握り締め、もたれ掛かるようにしながら立ち上がる。


「誠次……。僕は君に……託す」

「託す……!? なにをするつもりだ、一希!?」


 銃声の果てに聞こえた一希の声と動作にハッとしたのは、誠次と新崎両者であった。

 一希はレーヴァテインに、左手で発動した付加魔法エンチャントの魔法式を突き入れる。その色は橙色ではなく、黄色であった、

 ――即ち。


「魔法を無力化しろ……《グリートーネア》!」


 刃を研ぐような仕草で刀身の上に、黄色の魔法の色が塗られる。


「自身への治療より先に、現状打破を図ったか」


 眩いほどの黄色の光を前に、新崎が言う。


「喰らえーっ!」


 ただの一回、いや一瞬でもいい。この光を相手に直撃さえすれば、それで全てが暴かれるはずだ。そうすれば、少なくとも互角の戦いになるかもしれない。

 現状で出来ることの全てを込めた一希の付加魔法エンチャント能力は、この部屋の中全体を包み込む勢いで、拡散する。


「……っち」


 微かに新崎から聞こえたのは、確かな舌打ちだった。

 眩い光の中、誠次が何かの違和感を、頭上の方で感じる。

 大きな羽根が、ひらひらと、新崎の上から舞い落ちてくる。

 そして続けざまに墜ちて来たのは、茶褐色の羽を持った、タカであった。それが一希の付加魔法エンチャントを浴びて、魔素マナの光となって消滅していく。


「あれは……新崎の使い魔か!?」


 誠次はようやく、新崎の異常なまでの力の原因を察知する。


「使い魔である鷹を空に放ち、第二の目を使っていたのか!」

「ようやく理解したようだね。遅すぎてあくびが出るところだったよ」


 相棒である使い魔を失っても、新崎は大して動じていないように見える。

 ありえないほどの動体視力も、視覚からの攻撃を全ていなされていたのも、これで合点がいった。


「――天瀬くん! 星野くん!」


 新崎と戦う誠次と一希の元へ、魔術師、香月詩音こうづきしおんが後ろから追いつく。


「志藤くんと帳くんは無事よ!」

「ならば良かった、香月!」

「分かっているわ」


 誠次がレヴァテイン・ウルを後ろへ向け、香月の目の前に差し出す。

 香月はすぐに両手を伸ばし、レヴァテイン・ウル付加魔法エンチャントを施していた。


「やらせるか!」


 当然、その隙を新崎が見逃すわけもなく、速攻の攻撃魔法を放ってくるが。


「防ぐっ!」


 一希がレーヴァテインを振るい、新崎の攻撃魔法を全て防ぎ切る。

 魔法と剣が交錯する中、誠次は青い目を見開き、玉座付近に立つ新崎を睨んだ。

 一希もまた、刀身の長いレーヴァテインを構え、新崎を睨みあげる。


「新崎!」

「覚悟しろ!」

「来い! 忌まわしき剣術士共!」


 青い光の只中にいる二人の剣術士を見つめる新崎は、未だ退かず、二人に向けて叫び返した。


挿絵(By みてみん)

~希望と正義~


「誠次。少し聞いてもいいかな」

かずき

            「どうした、一希?」

              せいじ

「気になったんだ。君に名前の由来はあるのかなって」

かずき

「僕も幼い頃、両親を失った」

かずき

「それでも姉さんが、教えてくれた」

かずき

「僕は希望らしい」

かずき

「夜空の星のように輝く希望の光、だってさ」

かずき

「自分で言うのもなんだけど」

かずき

「たいそうな名前だよね……僕には、勿体ないくらい」

かずき

             「いや、良い名前だ」

               せいじ

             「父さんと母さんが」

               せいじ

             「俺にどんな思いでこの名前をつけてくれたのかは分からないけど……」

               せいじ

             「両親が生きている間に俺にくれた」

               せいじ

             「大切な宝物の一つだ」

               せいじ

             「捨てるのは勿体ないし」

               せいじ

             「早くに失くすのも親不孝だ」

               せいじ

             「大切にしておくよ」

               せいじ

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