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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
鴉を墜つ鷲 特殊魔法治安維持組織本部解放戦 
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8

「僕たちは負けない! 行くよ誠次!」

         かずき

 大阪から単身、駆け付けた星野一希(ほしのかずき)は、特殊魔法治安維持組織シィスティムのトップに君臨する男、新崎和真しんざきかずまと接敵した。

 すでに戦闘を行っていたと思わしき、小野寺真おのでらまこと岩井義雄いわいよしおは重傷。香月詩音こうづきしおん波沢香織(なみさわかおり)、ルーナ・ヴィクトリア・ラスヴィエイト、クリシュティナ・ラン・ヴェーチェルも、新崎相手に追い詰められていた。

 ―中でも。


(小野寺真君……あやの、お兄さんか!)


 一希は横目で、瓦礫の上に四つん這いの姿勢で倒れ、だらだらと血を流す同い年の少年の姿を見る。


(理の兄を死なせはしない……一刻も早く治療しなければ……!)


 しかしそのためには、目の前にいる新崎をどうにかしなければならない。


「クソ、離しやがれ!」

「もう一人の、剣術士か」


 新崎は眼鏡を光らせ、相変わらず足元でジタバタともがく戸賀とがを踏みつけながら、こちらを見ている。


「星野、くん?」


 遠くから、香織と共に倒れている香月が、立ち上がろうとしていた。


「香月さんたち! 防御魔法を発動して、それぞれ自身の身の自衛を頼む! 新崎は僕が抑える! 同時に、出来る限り小野寺くんの治療を!」


 一希は黄色い光を帯びるレーヴァテインを構えたまま、そう声を張り上げる。

 

「新崎の足元にいる君! 君も味方で、間違いはないか!?」

「おめえらふれーすなんちゃらの味方じゃねえ! けどな、倒してえ奴は同じだっ!」

「……では、共闘者という事だな」


 一希は戸賀とそう確認した後、新崎を睨む。


「新崎和真! 抵抗はやめろ! これ以上……傷つける者を増やすな!」

「くははは! 抵抗、だと? 傷つける者、だと?」


 一希の勧告に対し、新崎は大きく笑う。


「君たちが大人しくしていれば、傷つく者など最初からいなかったはずだが?」

「いいや、それは違う。貴男がやっていることは力による制圧と、一方的な独裁だ。それが正しき正義であってはならないはずだ!」

「かつてなずなの元、悪の力を振るった君が言える事か?」

「いいや、決して言えない」


 一希は新崎の問いに、そう即答する。

 少々驚いたように微かに目を見開く新崎であったが、一希に迷いはなかった。


「お互い様だ、新崎和真。ともに正しいものでは無い者同士、話し合いでの解決はできそうにないみたいだね」

「分かっているじゃないか、もう一人の剣術士、星野一希。ある意味で君は、その魔剣の持つ圧倒的な力の正しい使い方を分かっているな。その魔剣は本来、人に情けをかけ、守るために振るうものではないはずだ。かつての王スルトは、その圧倒的な魔剣の力を用い、力で全てをねじ伏せた。その魔剣とは、誰かを守るためのものではなく、傷つき、壊すものだ」

「かつての魔剣がそうであること、またこの魔剣が本当は人を守る為にあるものではないことは……僕もよく分かっている」


 一希はそっと目を瞑り、深く息を吸う。

 真と岩井の傍につき、あまり意味のない治癒魔法を使う女性たちが、心配そうに一希の背を見守る中、手元でもぞもぞと、動く者が。


「小野寺くん!?」


 香月が驚く中、真は地面の上を這って、手を伸ばしていた。


「違、う……。その、魔剣は……大切な、ものを、守る……っ!」


 背後で響いた真の、命懸けの言葉を背に、一希は目を開けて叫ぶ。


「理! 僕は君の兄を救う! 僕と誠次が振るう魔剣は、今のこの世界に生きる全ての人々を守るためのものだっ!」


 瓦礫が舞い、風が吹く。

 一希は走りだし、新崎の目の前にまで接近。

 新崎は咄嗟にバックステップを行い、一希の攻撃をかわした。

 しかしこれで、戸賀は解放される。しかし、骨を折られたのか、苦しそうな呼吸をしていた。


「君!」

「き、君じゃねえ! 戸賀彰とがあきらだ!」

「ならば戸賀くん! 後ろに下がって、みんなを守っていてくれ!」

「あーさっきから守る守る守る守るって……。……反吐が出るぜその言葉!」

「ごめんね。けど、たった二文字でも、なんの魔法でもないその言葉でも、大切なことだと思うし、間違ってはいないはずだと、僕はそう思うようになったから」


 そう言いながら一希が微笑むと、戸賀は一瞬だけ目をぱちくりとさせてから、鬱陶しそうに頭の後ろに腕を回し、新崎に立ち向かう一希に背を向けていた。


「……奴の使い魔に、注意しろ」

「使い魔、新崎の使い魔は、知らないな」


 ぼそりと、戸賀との短いやり取りを終えた直後、今度は新崎が、一希の元へと急接近。

 跳び蹴りのような攻撃をしてきて、一希は咄嗟にそれを防いだ。


「見たところ君の魔剣は、初期の天瀬誠次の魔剣の状態と同じに見える」

「……!」


 一希は反撃にレーヴァテインを振るうが、新崎にはどれも軽やかに躱される。

 その最中、ブレ動く新崎は、じっくりと一希の手元の件を観察しているようだ。


「刀身に光を纏わりつかせた所謂、燃費の悪い状態。魔法ちからを与えている女性も見当たらないことから、報告書にあった通り、自己完結している状態か」

「余裕もそこまでだ!」


 新崎を大きく突き放した一希は、左手を刀身に添え、付加魔法エンチャントを発動。


「貫け、《グリートン》!」


 紫色の光を発生させ、魔剣にそれが流れた瞬間、魔剣は魔槍と化し、新崎に向けて放たれる。

 上下左右。ジグザグの予測不可能な方向から、紫色の魔槍は新崎を追尾し、床と天井で交互に白煙を上げて、逃げる新崎を追いかける。


「時間にして持つのは三分ほど。そして、自己完結してしまっている故に星野一希。君の付加魔法エンチャントは自身の身の魔素マナを大きく削る、諸刃の剣」

「……大した洞察力だ」


 ここまで戦闘中の新崎の推測は全て当たっており、一希は舌を巻く。

 新崎は床からせり上がった瓦礫を盾にして、上手く魔槍の攻撃を防ぎきると、反撃の攻撃魔法を、一希へ向けて放つ。


「《プロト》!」


 一希は咄嗟に防御魔法を発動し、新崎の魔法による攻撃を防いだ。

 しかし新崎にとって、すでに魔法が使える状態にあると言う事が露呈した、瞬間だ。


「――そして、一方通行の付加魔法エンチャント能力。先ほど女性たちを救うために、魔力妨害の付加魔法エンチャントを使用したのは、君の計画プランは大きく狂ったのではないかな?」

「人を救う事に、計画もなにもない」


 一希は魔槍を自身の手元まで呼び戻し、再び構える。

 

(この状況で《モルガン》の付加魔法エンチャントを使って一気に勝負を決める……出来るのか? いいや、先に小野寺くんたちの治療を《ティーロノエー》の付加魔法エンチャントで行わないと、間に合わなくなる……!)


 頬に一筋の汗を流す一希は、内心では焦っていた。

 そんな一希の心情を知ってか知らずか、しかし新崎も、面白くはなさそうに、肩を竦めた。


「私も少々計画プランが狂ったよ。君のおかげさ、星野くん。ここは一旦退こう」

「なに……?」

「精々その魔剣で、傷ついた者を癒すといい」


 新崎はくるりと振り向き、こちらに背を向けて、歩いて、行く。

 今ならその無防備な背に魔槍を投げつける事も出来るが、相手がこちらがそれを出来ないことは、知っているのだろう。一刻も早い負傷者の治療を、求められていた。


「ひとまず、勝った、の……?」


 煤で汚れてしまった顔の香織が驚いたような表情をするが、一希は険しい表情を浮かべてくれた。


「いいえ、波沢さん。奴は僕の弱点を分かっている。ここで即時治療の付加魔法エンチャントを消費させて、次の戦いに備える算段だ」

「みんなと合流して一旦退くことも、考えるべきか……」


 ルーナがそう呟く。

 しかし、それももはや簡単ではない事が、この仲間と分断されてしまっている状況が物語っている。

 新崎の思い通りであるが、背に腹は代えられず、一希はレーヴァテインに三度目の付加魔法エンチャントを施す。


「傷を癒せ、《ティーロノエ―》!」


 真と岩井を中心に、傷つき、負傷した者の箇所が、見る見るうちに治っていく。新崎が言った修復不可能な内臓の損傷も、付加魔法エンチャントが織りなす琥珀色の魔法の光の力によって、修復されていく。


「マジかよ……一瞬で、痛みもなくなった……」


 戸賀が自身の胸を擦り、驚いている。治癒魔法であれば痛みは残っているものだが、付加魔法エンチャントはそれすらも癒す。

 気を失ってしまったのだろう。血塗れの姿ではあるが、真も岩井も、穏やかな呼吸に戻って、外傷もなく倒れていた。

 付加魔法エンチャントを発動し終えた一希はしゃがみ、そっと真の容態を確認する。


「理……君のお兄さんは無事だ……」


 そして真の頬に手を添えて、そっと声を掛ける。しかし、自身もこれで膨大な量の魔素マナを消費してしまっていた。動悸は激しくなり、これ以上の魔法の発動は覚悟しなければならないだろう。


「来てくれてありがとう、星野くん」

「誠次たちとは、分断されてしまったのか?」


 一希は香月たちと話し、今現在の状況を整理する。

 状況的に、誠次が囮をしている間に、こちら側を各個撃破するために、分断されていったのだろう。


「なるほど……。テレビ局の戦いもまだ続いている。大人たちはまだこちらには辿り着けないだろう」

「どうすれば……」


 香月が不安そうな面持ちをするが、一希はそんな香月に、力強く声をかけた。


「新崎を追いたいが、君たちと誠次も合流させたい。出発時点で誠次が付加魔法エンチャントを他の女性から受け取っているならば、戦闘で使用している分も考えて、もう切れてしまっていてもおかしくない。出来れば一緒に行動したいけど……」


 一希がそう言いながら、視線を眠るように仰向けで倒れている真と岩井に向ける。ここは敵地の真っただ中で、意識のない彼らをそのままにしてはおけない。

 そんな一希の視界に割り込んだのは、ぶっきらぼうな態度を見せる、戸賀であった。


「この二人は俺に任せろ。お前らは、先に行きやがれ」

「戸賀くん……」

「勘違いするんじゃねえぞ。この二人とも俺の獲物だ。意識が戻ったらその時はまた勝負して、今度こそ俺がぶっ倒す」


 一希の声を遮ってそう言った戸賀であったが、次に香月が声を掛ける。


「戸賀くん……ありがとう。今だけじゃなく、さっきも私を守ってくれて……」

「うぐ……。い、いや、あれは、その……あれだ……」


 赤面する戸賀を見て、一希も彼ら彼女らのそれぞれの思いを理解し、人知れず微笑んでいた。


「じゃあ、二人の警護は君に任せるよ、戸賀くん。大丈夫。僕が突入した時点では、もう戦えるような敵は一人も残っていなかったから。囮が上手く効いたんだろう」

「っち、また剣術士かよ。いいとこばかり持っていきやがって」


 とたん、不機嫌になる戸賀に、いくらか同情する思いを抱きながら、それでも一希は前を向いていた。


「けれど、大変なことだと思うよ。剣で誰かを守りながら、それこそ敵の命すら守りながら、戦うのはね……」


 そっと自身の剣に視線を送りながら、一希は言っていた。


         ※

 

 誠次を先に進ませ、自身は残り、二人の敵を迎え討つ決意を決めた夕島聡也ゆうじまそうやは、瓦礫を踏み、攻撃魔法の魔法式を展開する。

 

「何故お前のような者がここにいる?」

「決まってんだろ。俺は傭兵だぜ? クライアントからの依頼があったら受けるだけだ!」

「やはり、新崎が雇ったと言うわけか」

「ヒョロヒョロの餓鬼が残ったところで、蹴散らしてやるぜ!」


 ダルコは特殊魔法治安維持組織シィスティムの女性、紗幸さゆきを操ったまま、聡也に向けて、接近戦を仕掛けてくる。


「あの運動神経……誠次並みか」


 片側が割れたままの眼鏡をかけ、迫り来るダルコの様子を分析し、聡也は呻く。


「《ライトニング》!」


 敵が最接近する前に攻撃魔法を放った聡也。普通に行けば、それは真っ直ぐに迫り来るダルコに直撃する軌道であったが、彼の正面には、防御魔法が施されていた。それにより聡也が放った雷撃は完全に防がれ、ダルコの接近を許してしまう。


「オラーッ!」


 それが日本語かロシア語なのか分からぬほどの勢いで、ダルコは気勢の声を上げて、飛びかかってくる。

 

「死んじまいなァッ!」

「っく!」


 上空で一回転をしたかと思えば、呆気にとられかける聡也の頭上めがけて、ダルコは踵落としを繰り出してくる。

 聡也は咄嗟に身体を退いて攻撃をかわし、振り向きながら速攻の攻撃魔法を放つ。

 パラパラと、細かい瓦礫が舞う中で、ダルコはハンドスプリングを行って、聡也の攻撃魔法をかわす。

 アクロバティックなダルコの動きに気を取られてしまった聡也。そんな彼めがけて、ダルコの身体の奥の方から、攻撃魔法が飛来する。


「しまった……っ!」


 割れた眼鏡により、片目の視界が不良であったことも、聡也の行動を遅れさせる要因となった。

 紗幸が放った攻撃魔法の光の弾が、聡也の足元に幾つも着弾する。

 白煙が舞う中、ぽたぽたと音を立てて、赤い血が瓦礫の上に塊となって落ちていく。


「こんなことになるのならば……コンタクトレンズに、早く慣れておくべきだったか……」


 煙の中、片腕を抑えながら、自身の血を含んだ口で荒い呼吸をする聡也。

 

「ギブって言っても許してやらねえぜ!」

「……頭が痛い……。身体が悲鳴をあげている……だが、耐えられないほどじゃない!」


 言ってしまえば、ダルコと聡也など、対極の端と端にいるような存在同士だ。本能と理性。本当の意味で理解などしあえるはずもないと言うのに、同じく引けない宿命を抱いている者同士、戦場でそれは共鳴する。


「死んじまいな! 《メオス》!」

「《プロト》!」


 正面からの攻撃は防ぐ、が。

 横に回り込んでいた紗幸を、聡也はぼやける裸眼でシルエットのみ、その動きを捉えていた。


「満足に目が見えねえのか、ええ!?」

「――っ!」


 ダルコがそのことに感づき、自らが操っている紗幸に指示を出す。

 聡也は自身の周囲に防御魔法を拡散させ、迫り来るすべての魔法攻撃を防ぎきるが、いつまでもこんなことを続けていても、最終的に押し負けるのは単純な数の差でこちらだ。


「俺の目はもう満足にモノも見えない……」


 四方から迫る攻撃魔法による波状攻撃を防御魔法で防ぎ続けながら、聡也は呟く。こうなってしまえば、もう眼鏡などあってないようなものだ。

 次第に、防御魔法の膜が破られていき、攻撃魔法が続々と貫通をし始める。

 聡也はおもむろに、レンズが割れてしまった眼鏡を取り、放り投げる。

 彼にとっては命とも言えるそれを自ら棄てた瞬間、彼は口角を、上げていた。


「ああ……たまには馬鹿になってみても、いいかもしれない……!」


 ニヤリと笑った裸眼の聡也は、もはや命中力を捨てて、手当たり次第の魔法を発動する。


「《ヴェルミス》!」

「またヴェルミスか! 同じことの繰り返しで芸がねえな! インテリ日本人ヤポンスキー!」


 防御魔法を一瞬で解いた聡也は、自身の周囲は愚か、この部屋全体を覆い尽くすほどの濃度の白霧を、まき散らす。

 それを見たダルコは再び、立ち籠める霧をはらおうと、風属性の魔法の魔法式を発動する。


「そこか!」


 その緑色の光を在り処に、聡也が攻撃魔法を放つ。


「馬鹿が! そんなひょろひょろの弾が通用するかよ!」


 ダルコが笑い声を上げて、自身が操っている女性に指示を下し、再び防御魔法を発動させようとする。

 迫り来る、聡也が放った牽制用の攻撃魔法の魔法も、これで防がれてしまうはずだ。

 ――しかし。


「はっ!?」


 防御魔法は最後まで発動されず、ダルコの顔面に、聡也が放った攻撃魔法が直撃する。

 上半身が後ろの方へ吹き飛ばされるほどの威力を顔面でもろに受け止めたダルコは、何事かと、操っているはずの紗幸の方を向く。


「おい、何してやがる!?」


 白霧の中、返答はなかった。

 操られ、立っていたはずの紗幸が倒れる。その背後に立っていた人物こそが、聡也であった。


「テメエ……まさか……っ」

「これで、幻影魔法は解除した。あとは、一対一だ!」

「ふざけるな。戦闘中に俺の幻影魔法を解除する手練なんて、聞いたことがねえ!」


 ダルコはそこまで言うと、ニヤリと、笑いかける。


「さてはテメエ……サムライボーイと同じくらい、殺り甲斐がある奴だな!」

「あの程度の幻影魔法による洗脳解除など……俺からすれば朝食後のコーヒー前だ」


 口元の血を拭いながら、聡也は言い放つ。

 倒れた紗幸の様子をそっと確認すれば、呼吸は正常のように思える。それに心の中で安堵してから、今一度聡也はダルコを睨んだ。


「《ライトニング》!」


 問答は不要と、聡也は雷属性の魔法を使い、ダルコに対して正面からの一騎討ちを挑む。

 聡也が紗幸の洗脳を解除している間に、《ヴェルミス》による霧を除去したダルコは、反撃のための攻撃魔法を繰り出す。

 

「馬鹿が! 真っ向勝負で俺に勝てるわけがねーだろうが!」


 ダルコの魔力の高さに軍配が上がり、聡也は雷の攻撃魔法を逆に、全身に浴びていた。


「ぐあああああっ!?」


 目の前がちかちかと弾け、全身に刃物で浅く斬られたような痛みが襲いかかってきて、聡也は悲鳴をあげる。

 膝をつく聡也は、しかし倒れることはせずに、ダルコを睨んだまま、諦めずに立ち向かう。


「おいおいインテリボーイ? とうとう万策尽きたようだな? もうパワー切れか!? ええ!?」


 喜々とした表情を見せるダルコは、どうやら勝機を確信したようだ。

 破壊魔法の魔法式を、膝をついた聡也へと向ける。


「俺の勝ちだ、ロシア人……」

「俺の勝ちだ! 《サイス》!」


 ダルコは高らかに笑い、破壊魔法を放った。

 傷ついた聡也はその光を見据え、何もすることもなく、動じることもせず、その光を受け入れた。

 白く光る魔法の光が、聡也の身体を貫通し、命を纏めて絡め取った。


「雑魚が! 俺に刃向かうからだ!」

「――どこを見ている?」


 ダルコが倒したはずの聡也の声が、なんと、すぐ後ろから聞こえる。


「は!?」


 振り向こうとしたダルコの背中で、黄色の魔法式が一気に完成する。


「《エクレルシージ》!」


 ダルコの背後で発動された雷の線が、彼の背中に耐え難い熱と痛みを与える。

 それの発動者であった聡也は、割れた眼鏡をかけた時の状態で、ダルコの後ろに回り込んでいた。即ち――。


「幻影魔法使い戦い方、とくと味わったか」

「俺が見ていたのは、幻影魔法の、幻だったってことかよ……!?」


 両膝を床の上につき、背中から煙を放出するダルコが、驚愕の表情を見せる。


「俺はいつだって冷静だ。俺が自分から眼鏡を外すことなど、万が一にもありえない」


 そう、聡也が眼鏡を外したその瞬間から、すでにダルコは彼の幻影魔法の中にいた。全ては、ダルコが見ていた幻の聡也であったのだ。

 ダルコは呆気に取られ、聡也を見るそれは彼が思い描く好敵手のような、粗暴な敵。倒し甲斐ある敵。


「やるじゃねーか、インテリボーイ……けどなあ――」


 身体中が痺れを感じている中、ダルコはけたけたと、笑いだす。


「……?」

「俺は、不死身の不死鳥ダルコ様だ! これぐらいじゃ死なねえ!」


 巨大な動物ですら行動不能になるはずの電撃を、背中から浴びたにも関わらず、ダルコはゆっくりと、立ち上がり始める。


「馬鹿な……直撃したはずだ!」


 聡也が驚き、立ち上がるダルコを見る。再起不能なはずの攻撃魔法の直撃を受けても尚、立ち上がったダルコは、聡也の計算を大いに狂わせた。

 ダルコが回し蹴りを行い、慌てて身を引いた聡也のこめかみ付近を、掠めた。


「さあ、本能型と知能型の戦いももう終わりだな! 結果は……俺の勝ちだ!」

「――いいや、お前の負けだ、ダルコ!」


 聡也の後ろの方から、聞き慣れのない女性のロシア語が響く。

 光の軌道が、聡也の真横を通り過ぎ、ダルコに襲いかかった。


「なんだ……?」


 予期せぬ増援は、聡也の隣に立つ。

 聡也はその女性の横顔に、微かな見覚えを感じていた。

 一方で、隣に立ったロシア語を扱う女性は、油断なく攻撃魔法をさらに、ダルコへと畳み掛けて放つ。


「テメエ、エレーナか!? なんで、なんだってここに……!?」

「答える義理も道理もないだろ。私たちは元々、そんな関係だ」

「そうだった、ぜ! ぎゃああああ!」


 ダルコの身体が宙を舞い、床の上にぐしゃりと音を立てて落ちる。


「これで流石に……」

「いいや、冗談抜きでこいつは不死身だ。それこそ、首の皮でも切らない限りは」


 エレーナと呼ばれた水色髪の年上の女性は、聡也の言葉に流暢な日本語で返す。

 それに対し、険しい表情を浮かべた聡也の様子を、エレーナは見たようだ。そして、安心しろ言わんばかりに、肩を竦める。


「ああわかってる。おたくらふれーすなんちゃらの理念に従うよ。破壊魔法は駄目、だろ?」

「俺たちは、人殺しをする為に戦っているわけではありませんので……」


 聡也が負傷した片腕を抑えながら、言う。


「ソースケが言ったことだ。私もその理念とやらに従おう。まったく……平和ボケ万歳だな」

「それでも、その方針に間違いはないと、思いますから」

「ここでうだうだどうだこうだ言っている暇もないか」


 エレーナは再び立ち上がろうとしているダルコを見つめ、おもむろに、右手を伸ばす。


「クソ女、エレーナ! サシで勝負しやがれ! そしたら俺が勝つ!」

「悪いが、私は性格が歪みに歪んでいるからな。いつでも勝てる方につくさ。それに、一対一を拒んだのはお前の方だろ、ダルコ?」


 エレーナは拘束魔法を放ち、ダルコを魔法の紐でがんじがらめに縛りあげ、身動きをとれなくする。

 未だ闘志は失せず、戦おうともがくダルコであったが、聡也との戦闘を終え、エレーナの拘束魔法の前では無意味であった。

 

「貴女にここを託します。俺は、友のところに向かわないと……」


 そう言って歩きだす聡也であったが、足取りはふらふらと揺れ、すぐに壁に寄りかかるようにしてしまう。

 

「お前、軽度の魔素マナ酔いを引き起こしてる。ガス欠だ。もうまともに戦うことも出来ないはずだ」


 エレーナの忠告を受けるが、聡也は朦朧とする意識で、答える。


「まだ……友だちが戦っているんです。……あいつらは、無茶で馬鹿な真似ばかりするから……俺が傍にいて……支えてやらない、と……――」


 聡也の意識は、そこで途絶える。


「う……」

「お、おい」


 壁に寄りかかる形で辛うじて立っていた聡也だが、気を失い、倒れてしまった。


「無茶で馬鹿な真似は、お前もだったようだな」


 駆けつけたエレーナが苦笑し、耳元に装着してある通信機に、連絡を入れる。どうやら、奥の部屋で作業をしている女性も、上手くいったようだ。


「こちらエレーナ。はぐれたお前の仲間は無事だ。私はこの場に残って、敵が来ないか監視するのと、お前たちの帰り道を確保する」


 返信は、ノイズまみれであったが、確かに聞こえてきた。


『――ああ、わかった……。サンキューな……エレーナ……』


 向こうの声を聞いたエレーナは、苦笑を重ねる。


「おいおい。お前も死にそうだな?」

『……はは、そうかも、しれねえ……』

「勘弁してくれ。お前が死んだら、私が帰るところがなくなる。……だから、なんだ……」


 エレーナは白い肌の頬を微かに赤く染め、言い辛そうにだが、口を開ける。


「絶対に死ぬな! 私が()()にこんなことを言うのは、普通ならばあり得ないが……」

『……っ。ええ……そうっス、ね……』


 向こうからも、微かな笑い声が聞こえる。それに重なるのは、彼の笑顔であった。


『大丈夫、ッスよ……。もうすぐ、決着、しますから――』


          ※


「決着、しますから……」


 耳元の通信機で、相手に言葉を吹き込み終えた志藤は、血塗れの顔をそっと上げ、対峙している敵を睨む。

 向こうもどうやら、態勢を整えたようだ。


「志藤、颯介……。親父に似てやがるな、その面……」

「そうか……? 生憎、どちらかと言えば母親似だって言われてんだけど……」


 志藤はまた、血塗れの手で髪をかき上げて、目の前に立つ男の姿を強く捉え続ける。

 足はふらつくし、関節が痛む。頭痛はするし、腹が減った……。

 等と同時に、走馬灯のような光景が頭の中でフラッシュバックし始めていた志藤は、軽く口角を上げる。


「あーあ……。俺もお前なんか、余裕でぶっ倒して、新崎に一発殴りかかりたかっけど、どうやらその役目は、アイツに託すことにするぜ……なんたってアイツは、いつだって、前を向いていた……」

「何言ってやがる、餓鬼が……」


 堂上が破壊魔法の魔法式を展開。もう何度も見て、その都度自分の命の火を掠めかけてきた、禍々しい、嫌な光だ。


「だからさ……ここで俺の全力を使い果たすんだよ……!」


 志藤の怒声に呼応するかのように、地下の室内で起きるはずのない風が、彼の元に集いつつある。瓦礫の破片が宙に浮かび、それは時に、志藤の自身の身体をも傷つけるほどの、荒々しい嵐の暴風になる。


「どこにそんな魔力を隠し持ってたんだよ……」


 赤い髪を揺らし、堂上どのうえが細い目を、微かに開けていた。

 しかし、躊躇することなく、破壊魔法を放つ。

 これが直撃すれば即死のはずだ。


「もうお前の相手は飽きたんだよ、死んじまえよ!」

「飽きた……? それはこっちの台詞だっての……。それに、しんどいの間違いじゃねえか?」


 目に見えない嵐の中、通常ならば只中にいるだけで身体が飛んでいきそうな風の中、平然と立つ志藤が堂上に向けて言う。

 なぜ、アイツは死にかけの身だというのに、ああも余裕なのだろうか。堂上は内心で甚だ疑問を抱きながらも、無防備な彼に向けて、破壊魔法の光は飛んでいく。


「無駄だ!」 


 嵐の中、志藤の言葉が、迅雷の如く轟く。

 破壊魔法が志藤の身体に直撃する寸前、志藤の目の前で、破壊魔法の光は、消滅した。


「なんだ、今のは」


 驚くのは、堂上の方だった。妨害魔法も発動していないはずだ。奴は棒立ちのままで立ち、破壊魔法をかき消した。

 正体不明の魔法の力を前に、堂上は頬に汗をつたわせる。いや、流れているのは、汗ではなかった。透明でない、赤い、血液。それが口端に到達したとき、自分の、体液の味がする。

 治癒魔法でこれまで負傷した箇所は治したはずなので、新鮮な血が流れているということは、また新たに負傷した箇所があるということだ。それが、急所でもある頭部よりの出血など、いつの間にかに、では済まされない事態だ。


「俺が、やられてる……?」


 痛みはやがて、全身に襲いかかる。これは毒なんかではない。正真正銘、外的要因による身体への負傷による、痛みを感じていた。

 

「この魔法はなんだ……? 一体何をやってやがる……!?」


 知らぬうちに自分の身体の至るところが負傷していく恐怖を感じる。答えと対処法を求めて志藤を見上げた堂上は、息を呑む。


「くそ……ってくれよ、俺の身体!」


 なんと、志藤の方にも、堂上と同じように切り傷がつき始めている。腹部からの出血も、未だ続いていた。


「何やってんだよ……ここで二人で仲良く死ぬつもりか!?」

「テメエを道連れに出来るんなら、それでも悪くないかもな!」


 同時。互いの太腿に一閃の切り傷が入り、両者共に足を抑えて蹲る。


「この魔法は普通じゃねえ……一体、何をしてやがる……!?」


 目にも見えなければ、躱す事ができない。防御魔法を自身の周囲に発動しようにも、展開した魔法式はことごとくその都度、見えない何かによって破壊される。


「魔術師に魔法マジックの種明かしを求めるなんて、ナンセンスじゃねーの!?」


 見れば、志藤は再び立ち上がり、次々と負傷しながらも、こちらへ向けて走って向かってきている。


「調子乗るんじゃねえ……こっちにはこれがあるんだ!」


 堂上は懐から再び拳銃を取り出すと、その銃弾を、こちらへ向けて真っ直ぐに向かってきている志藤に向けて、放った。

 堂上がしゃがみながら放った高速の銃弾は、やはり志藤の目と鼻の先のところまで向かうのだが、直前になって弾かれ、明後日の方向へと向かう。


「嘘、だろ……。銃弾すら弾いただと……?」

「最初はこの魔法を制御するのに、手間取ったもんだぜ……」


 出血も多く、立っているだけでやっとのはずだ。それなのに血色はここに来て増し、荒い呼吸を繰り返しながらも、志藤は言う。


「教えてやるよ堂上。風属性の攻撃魔法と防御魔法と妨害魔法と空間魔法の、複合型だ」

「四種類の魔法の、複合型だと……!? 聞いた覚えがねえぞ、そんな魔法!」


 激しい風に身を吹き飛ばされそうになりながら、堂上はわめく。


「俺のオリジナルだ。問題は膨大な量の魔素マナの消費と、なんと言ってもこの暴れ馬っぷりだ――いや、暴れ鷲って言うべきか? だから、俺自身もこの嵐に喰われちまうかもしれねえ」


 傷だらけの顔で、志藤は言う。


「イキってんじゃねえ……。この膨大な量の魔素マナを消費すりゃあ、お前だって終わるはずだ……っ!」

「本当はこれを新崎にぶつけたっかたけど、この際お前でもいい。何よりも、アイツの相手は、俺の親友に任せるさ。俺はアイツの……俺たちフレースヴェルグのエースの進む道に、風穴開けてやる!」


 自傷さえ起こしている荒れ狂う風の中で、それでも傷つきながら志藤は、左腕で右腕を支えながら、その先を堂上へと向ける。


「終わりだ堂上! 喰らえ、《フレースヴェルグ》!」


 志藤が巻き起こした、反逆の意思を持った風たちが、一斉に堂上に襲いかかった。

~スーパーアルティメットファイナルバーストの継承~


「そもそもスーパーアルティメットファイナルバーストってなんだ?」

そうすけ

             「子供の頃、考えていた」

                  せいじ

             「最強の魔法の名前だ!」

                  せいじ

             「全ての魔力を使って放つ」

                  せいじ

             「追い詰められた時の覚醒技さ」

                  せいじ

「はは……なんでもありだな」

そうすけ

             「魔法は夢を叶えるものだろ?」

                  せいじ

             「香月の口癖でもある」

                  せいじ

             「実際そうだと思うし」

                  せいじ

             「俺は好きだな、その言葉」

                  せいじ

「魔法は夢を叶える、か」

そうすけ

「世の中そんな甘くはないと思うけど」

そうすけ

「信じてはみたいな」

そうすけ

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