激突! 熱血のガチ雪合戦! (小話)☆
「誰が兄弟を見守るおばさんじゃい! こちとらまだまだ二〇代じゃい! でかいもん二つもぶら下げとる現役じゃい!」
みさと
東京には、数年に一度の異常気象により、雪が降っていた。数年に一度ある異常気象なので、別に10月で雪が降るのもおかしなことではない。
ヴィザリウス魔法学園の中庭にて、二人の青年が歩き、白く積もった雪の上に足跡を残して行く。
「雪か。たしか去年も積もっていたな。でも、10月に降るのは早すぎる」
「数年に一度の異常気象ですからね。こういう事も起こりますよ」
白い息を吐きながら、影塚と誠次が冬の装いで歩いている。出撃の時間まではまだまだ時間があったので、こうして二人で、散歩をしていたのだ。長閑である。
「童心を思い出すね。都会で雪が降るのはそう多くないから、こうも積もると、つい遊びたくなってくるよ」
「わかります。テンション、上がりますよね」
誠次はその場でそっとしゃがみ、手袋を装着した手で雪を掴み、それを丸める。
隣で立つ影塚は、そんな誠次の姿を見て、枯れ落ちた枝葉の代わりに木の枝の上に積もった雪を、同じようにして丸める。
まだ、大人にはなれない――。そんな言葉が脳裏を掠めていく中、影塚は誠次を見つめ、こんな提案をする。
「天瀬くん。今度こそ、決着をつけないかい?」
「決着?」
「ああそうだ。ヴィザリウス魔法学園の地下演習場で戦ったあの日の決着を、今度こそ、一対一で」
影塚からのまさかの提案に、誠次は後退る。
「い、いや、今は味方同士のはずです。ここで消耗戦を繰り広げるわけには……」
そう言って断ろうとする誠次の前の間で、キラキラと、ダイヤモンドダストに似た光が舞う。それが影塚が魅せた魔法であることに気がつけば、戦いを前に勇み逸った心は落ち着きを取り戻す。
「大丈夫さ。消耗するのは互いの肉体ではなく、周りの雪たちだからね」
「え……」
白銀の魔法学園の中庭では、向い合う二人の青年が。ときより風が吹けば、冷たい息吹が二人の間を通過する。
「じゃあ、仁義なきガチ雪合戦のルールおさらいだ、天瀬くん」
「フィールドはこの魔法学園の敷地内、室内もあり」
「僕は魔法を使ってもいいが、魔法での直接攻撃は不可。代わりに勝敗の行方を決めるのは、雪玉を相手の身体にぶつけた時のみ」
「残機はお互いに一機までのサドンデス。俺はレヴァテイン・弐を使用してもいい――」
と、ここまで来たところで、どうしても誠次には、突如始まろうとしているこの仁義なきガチ雪合戦における引っかかる点があった。
「って、俺、めっちゃ不利ではっ!? 剣でどうやって雪を扱えと!?」
「……スコップみたいにするとか?」
「なら大人しくスコップ使いますけど!?」
「あ、学園にいる女の子に、付加魔法を受け取る事も許可するよ」
「それこそ消耗戦にも程がありませんか!? わざわざ雪合戦の為に、女性に付加魔法を求めるのは如何なものでしょう!?」
雪をも溶かす勢いで、誠次は影塚にツッコんでいた。
「そもそも第一、学園の中も使用可って、良いのでしょうか」
「――雪合戦はいい。楽しいしな、許可する」
そう言い、いつの間に誠次の背後に立っていたのは、ヴィザリウス魔法学園の理事長、八ノ夜美里であった。
「八ノ夜さん!?」
ぎょっとして誠次が振り向けば、面白げな表情を、八ノ夜は浮かべていた。
「審判は私が務めよう。ジャッジは公平だ。逆に天瀬。この逆境の勝負で勝てなければ、フレースヴェルグとして戦いにはとても行かせられないな」
「公平なジャッジに逆境の勝負って、そもそもが矛盾していませんか……?」
誠次がさらに指摘するが、八ノ夜曰く、細かいことは気にするなである。
「どうする天瀬くん? やるかい?」
影塚は魔法で浮かばせた雪玉を、まるで本物の野球ボールのように、手のひらの上でぽんぽんと弾ませる。
相手はあの雨の日に、真剣勝負を行った、かつての特殊魔法治安維持組織のエース。
そして今は雪の上、誠次はフレースヴェルグのエースとして、影塚との決着を望んでいた。
「わかりました。言っておきますが、負けるつもりはありません!」
「それはこっちの台詞さ。本気で雪合戦をしよう、天瀬くん!」
「では、始める!」
八ノ夜の号令の元、雪が積もった魔法学園の中庭で、誠次と影塚の雪合戦が開始される。
直後、影塚が魔法で浮かばせた雪の弾丸が、誠次目掛けて放たれる。
誠次は咄嗟に身体を横に向けて倒し、転がり、雪を巻き上げながら、弾丸の直撃を回避した。
「やはり魔法は良いな……ずるいな……」
心身底から凍えながら、誠次は白い息を吐く。
「すまないレヴァテイン。俺にはお前があるんだ」
軽く顔を左右に振った誠次は背中から、レヴァテイン・弐を抜刀し、片手剣状のそれを右手で軽く回す。
冬の中でも山茶花の花が咲く中庭の花壇レンガの後ろに身を潜ませた誠次は、影塚が雪の上を歩いて来る足音と、その姿を緑なき枝の隙間から、影塚の姿を確認する。
特殊魔法治安維持組織の魔術師のみではなく、通常、強者とされる魔術師に共通して見られる戦い方とは、まず一に、状況把握行動だ。それは空間魔法による索敵で、敵の情報を取得し、接敵の際に有利に戦闘を運ぶ意図がある。
その点では誠次には空間魔法の類は効かず、影塚も異質な戦い方を強いられることとなっているのだろう。
「慎重に進んで来ている……。あの意図とは、俺に対する警戒心の他にも、もう一つ――地形の不安定さによるものだ」
誠次は朱梨との特訓により、敵の感情を読み取る。
雪の上という足場の関係上、影塚の歩幅は小さく、決して雪上での戦いには慣れてはいないことを物語っている。
よってこの戦い……全力を尽くせば、こちらにも充分に勝機はあるはずだ。
誠次はかじかむ手に力を込め、レヴァテイン・弐の柄をぎゅっと握り締める。その左手では、足元の下で雪をすくい上げ、雪玉を一つ作っていた。
「っ!」
凍てつく息を深く吸い込み、誠次は黒い目をむき、花壇の後ろから横へ走って飛び出す。
「やはりそこにいたか」
影塚は予め、自身の周囲に雪玉の浮かばせており、飛び出した誠次へ向けて順次放つ。
吹雪に似た激しい雪の弾丸であったが、誠次のトップスピードをそれを置き去りにし、躱しながら横へと走っていく。
「君のそのスピードも……十分魔法に劣らない力だ」
影塚はネックウォーマーに隠した口元をもごもごと動かし、雪の弾丸を躱しつつ迫りくる誠次を見た。
「まさか、雪の上が怖くはないのかい? 滑って転ぶと痛いよ?」
「通らなければ問題ない!」
誠次は中庭に置かれているベンチの上に飛び乗り、そこから更に跳躍。影塚の頭上で姿勢を反転させ、真下の影塚目掛けて左手に握った雪玉を投げつける。
「うわっと……」
影塚は誠次が投げた雪玉を、後方へステップすることで躱したが、その後だ。凍った雪の上では動く力を相殺させきれず、影塚は大きく滑ってしまう。
「貰った!」
その隙を、誠次は突いた。
隠していた2発目の雪玉を、ほぼ雪の上に落ちる直前、反転した視界の中でこちらの背を向ける影塚目掛けて、投げつけた。
誠次は前転をしながら雪の上に着地し、すぐに自立し、レヴァテイン・弐を構える。
「防がれたか」
安定した視線で影塚の方を見れば、影塚にあと少しで直撃するところで、誠次が投げた雪玉は、見えない透明な壁によって、防がれていた。直前で、防御魔法を発動していたようだ。
「そう簡単にはいかないようだぞ、天瀬」
温かそうなはちみつレモンを飲みながら八ノ夜が面白気に言う。
「ユキダニャンの名にかけて、負けられない!」
「ユキダニャン……? まあ、僕が油断したのは確かだ」
影塚は防御魔法を解除し、誠次へ青い視線を向ける。崩れた雪の粉が、ぱらぱらと舞っていた。
「でも、次はこうはいかないよ!」
影塚は雪玉を魔法で作り上げる。
「これでも一球、だよね?」
「っ!? え……いや、あの……っ!」
迎え討とうとする誠次であったが、影塚が作り出した雪玉は雪玉でも、とてもその二文字で収まることのない代物であった。中庭に立つ誠次の全身を影で覆い尽くさんとするばかりの、超巨大雪玉であった。中庭すべての雪をかき集めたと言わんばかりに。
それは圧倒的な質量と冷気をもって、今まさに誠次を押し潰さんとしてくる。
「無茶苦茶だ、これはっ!」
誠次は慌てて急旋回し、迫る雪玉から背を向けて逃げだす。
間一髪、昇降口に入った誠次は、そのまま校内に逃げおおせた。
「あ、危なかった……」
大きくも柔らかかった雪玉は壁に直撃し、粉々に砕け散っていた。
尻もちをついていた誠次は、すぐに立ち上がる。
影塚らがいた中庭には雪の壁が出来上がり、迂回しなければ再び相まみえることはないだろう。
……と、思っていた時期があった。
「え、まさか……っ!」
激しい音と衝撃が目の前で起こり、雪が弾け飛ぶ。雪の時雨が誠次の身に襲いかかり、思わず足を止めてしまっていた。
「――これで地の理は同等となったはずだ」
雪の壁を破壊して、影塚もまた、誠次のいる昇降口へと侵入してくる。
「追い込まれた……っ!?」
安定した足場である通路にやって来られれば、向こうも得意の身体能力を活かせてしまう。
影塚は足場の雪をすくい上げ、それを雪玉に丸める。
「この一球は、大切にしたいね」
影塚は誠次を見つけると、続けて魔法を発動。
誠次の両サイドの逃げ道を、炎の柱で塞ぎ込み、おおよその退路をなくしてみせる。
「いや、魔法学園の廊下に炎を奔らせていいんですか!?」
「後で魔法で直すから大丈夫だよ」
「魔法ってなんとも素敵ですねっ!」
左右に立ち上った炎の柱の熱さも去ることながら、誠次は正面方向に立つ影塚を見る。
「さて逃げ道は塞いだが、君はレヴァテインと空間認識能力で、僕がこのまま雪玉を投げても確実に防いでしまうことだろう。それに幻影魔法も効かないときた……だったら」
影塚は含み笑いを零すと、自身が生み出した炎の柱の中を、直進して来る。
「剣術士相手に真正面から来るつもりか!」
誠次はレヴァテイン・弐を両手で握り、こちらからも影塚へと向かう。
「せあっ!」
誠次がレヴァテイン・弐を横薙に振るう。
炎の壁に、一瞬の斬り込みが入ったが、鎮火には至らず、すぐに壁は立ち上る。
狙いは影塚本体だ。
「っ!」
影塚は直前で立ち止まり、誠次の剣撃を躱し、右手に握った雪玉を振りかぶる。
しかし誠次も、油断はしていなかった。影塚の右手を睨みあげ、彼の雪玉をわざと投げさせて、弾切れを狙おうとする。
躱せる――!
二人の身体が交錯した瞬間で、影塚が雪玉を誠次の背めがけて、雪玉を投げる。
「見切った!」
身体を捻り、誠次は至近距離で雪玉を躱す。
「言っただろう天瀬くん。この一球は大切にしたいと!」
影塚が確かに投げた雪玉は、誠次の背に直撃することなく、確かに床の上に着いたはずだ。しかしその弾は弾け散ることはなく、なんと、バウンドして、影塚のもとへ舞い戻る。
「雪玉がボールのように弾んだ……変性魔法か!?」
どうやら影塚はいつの間に、雪玉に変性魔法をかけ、ゴム状に弾むようにしていたのだ。
「見事な空間認識能力だ……。けれど、僕の魔法はそれをも凌駕する!」
影塚は自信を抱いた表情を見せ、完全に隙を見せた誠次へ向けて、再び雪ボールを投げつける。
「うおおおおおっ!」
やむを得ず誠次は、宙返りをしながら、右手に握ったレヴァテイン・弐を影塚向けて投げつける。空中で直撃しあった雪玉とレヴァテインは、互いに威力を相殺しあい、床の上に落ちていた。
「この戦闘中の修正能力の高さは、さすがとしか言いようがない……」
手ぶらとなった誠次は膝をつき、床の上に着地し、影塚を見る。
さすがの空間認識能力にも限界がある。その弱点を戦闘中ながら見つけ、適時突いてくる影塚の戦法には、まだまだ学ぶべきところが多い尊敬できる点だ。
「雪だるま作ろー!」
「ドアを開けてー……って、ええーっ!?」
昇降口前の階段から降りて来た同級生他クラスの魔法生男子が二人、廊下で向かい合う誠次と影塚と、炎の壁を見て、慄く。ただただ雪で遊ぼうとしていただけなのに、このような光景を見たものならば、驚くのも無理はない。
「な、何やってんだよ、天瀬!? 炎出てるぞ!?」
「ガチの雪合戦中だ! 略してガチ合戦!」
「それもはやただの合戦だろ!?」
「危ないぞ! 下がっていて!」
誠次が後方へステップをしながら跳び退けば、その誠次を追い、一迅、二迅と、目に見える緑色の風の刃が、廊下の床に亀裂を奔らせて、誠次を追う。あまりの風圧に、階段に倒れかける二人の同級生であった。
「あ、黒猫……」
「かわいい……」
とことこと、誠次のレヴァテイン・弐を口に咥えた黒猫が、誠次の後を追っていた。
誠次は一旦廊下からグラウンドへ逃げ出し、そこで雪を拾い、雪玉を作り上げる。
「付加魔法が欲しくなるが……どうにか!」
白い息を吐きながら、誠次は迫り来る影塚を睨む。
「楽しいよ天瀬くん。訓練ではない君との本気の戦いは、心が躍る!」
ときに同い年のような無邪気な笑みを見せる影塚は、右手を前へと突き出し、何もない空間を掴むように手を軽く閉じる。そんな影塚の右手に、足元からは白い雪がまるで意思を持つように纏わりつき、細長い棒状の形状に仕上がっていく。
影塚がその雪でできた棒状の細工を横に軽く振るえば、ダイヤモンドダストが舞い、細身の剣が出来上がっていた。
「まさか、それも雪玉というつもりですか?」
「広い意味では雪玉さ」
「屁理屈にしか聞こえませんけど!?」
「でも、剣同士の戦いであったら、君に分があるはずだ。あ、自分で剣って言っちゃった……」
「貴男の方からそうして俺の土俵に上がってこられるのが、何よりも末恐ろしいのですよ!」
誠次は右腰からレヴァテイン・弐を引き抜き、それを右手で握る。
「俺のレヴァテイン・弐の切れ味ならば、紛い物の剣など、ガラス細工のようなものです」
「それをどうにかするのが、魔法さ。それに、一度君とは、こうした剣を使った戦い方をしてみたいとは思っていたんだ。僕のアオオニとではなく、生身の僕と君とで、さ」
「いいでしょう。ただ、俺にも剣術士と呼ばれる身としての誇りと意地はあります。砕かれるのはそちらの方だ!」
「行くよ!」
影塚は雪の剣を握り、誠次へ向けて突撃する。
対し、迎え討つ誠次は雪の上で足を踏み込ませ、影塚が振るう雪の剣の中心部を、すくい上げるようにして斬り上げる。
「次、いくよ!」
見れば影塚の左手で、新たな雪の剣が形作られている。
誠次は咄嗟にレヴァテインを引き、影塚の突きによる攻撃を、刀身で受け止めた。
「ぐあっ!」
「今度はこっちだ!」
右手で再び、雪の剣を作り、振り下ろす。
「単純な剣術では君が上だ。だが僕には無限に近い武器がある。これで君を仕留める!」
「限界まで高めた個の力は、質量をも凌駕してみせる! ましてや、信念すらも籠もらない紛い物の剣などに、負けられない!」
勇んだ誠次はレヴァテイン・弐を振りまくり、影塚が生み出す雪の刃による攻撃を、幾度となく防ぎ切る。
雪が散り、白靄が立ち込める中、白い息を吐き合う両者の間には、確かな熱気が宿る。
影塚が両手で握り、X字に交差させた二振りの刃を、空中に飛び上がった誠次は、上空から振り下ろしたレヴァテイン・弐の一撃で、もろとも斬り砕いた。
「さて。この状況のままではお互いに埒が開きそうにない。どうしようか……天瀬くん!?」
舞い散る雪の中、綺麗に澄んだ青い目を見開く影塚は、誠次に問いかける。
こちらが全神経をすり減らして鍔迫り合いをしている中でも、向こうは未だに、こちらに話しかける余裕と言うものがある……。
埋まらない差に内心で歯痒い思いを感じながらも、それでも、誠次はレヴァテイン・弐を振るい続けた。
「貴方の魔力が潰えるまで、戦い続けるまでだ!」
「そうかい? しかし、僕は次の手をうつ!」
影塚が雪をすくい上げるようにして、物体浮遊の汎用魔法を使い、誠次へ巨大な雪の拳でアッパーをするように、襲いかかる。
「っ!」
誠次はその場で宙返りをし、アッパーの軌道すれすれの弧を描き、影塚の大技をやり過ごす。
右手で身体を支えながら雪の上に手をつき、誠次は左手に握っていた雪玉をサイドスローで影塚に投げる。
しかし、この攻撃は幾度となく影塚の防御魔法によって、防がれ続けていた。
「やはり無理か……っ!?」
立ち上がろうとした誠次であったが、次には黒い目を見開く。
雪の上に置いておいたレヴァテイン・弐が、白い絨毯の上から、ちっとも動かなくなってしまっていた。まるで片側が雪によって氷漬けになり、貼り付いてしまっているようだ。
「レヴァテインが、氷漬けにされた……!? いつの間に……!?」
「《フロスト》。魔剣さえ封じれば、君の強さは半減することだろう」
影塚が水色の魔法式を閉じ、こちらを見下ろしている。
後退せざるを得なくなった誠次は、ぐっと、唇を噛み締め、レヴァテインをその場に置いたまま立ち上がろうとする。
手ぶらとなった誠次を、影塚が見逃すはずもなく、魔法で作り上げた雪玉をピッチングマシンのごとく、連続で放つ。
さすがにいくつも浮かばせたままの魔法を、細かくコントロールして誘導することはできず、球自体の起動は直線的なもののみだ。であるのならば、誠次にとって躱すのは容易で、右へ左へと飛び跳ねながら、徐々に後退していく。
「ハアハア……!」
影塚の射線から逃れた誠次は、雪の上を滑りながら、食堂へと続く廊下へと逃げ込む。
「レヴァテインを失った……くそ……っ」
無人の廊下を走りながら、誠次は呻く。
「ニャア!」
気がつけば、足元で並走する黒猫が、最初に失ったレヴァテイン・弐を口に咥えて走っていた。
普通の猫ならば、その剣を咥えて走ることなど到底不可能なはずだ。しかし彼女であれば、そんなことは造作でもない。
「助かりました!」
誠次はレヴァテイン・弐を持ち上げ、追いついてきた影塚と廊下の上で向かい合う。
「野良猫が魔剣を咥えて運んできたのか。運が良いね、君は」
影塚は苦笑し、それでも右手を、誠次へと向ける。
彼の周りには相変わらず雪玉が浮かんでおり、接近の余裕はない。
結局一番最初の攻撃が、一番上手くいっていたような気がする。その時のことを思い出し、誠次はハッとなり、自身の足元と、影塚の足元を交互に見る。足場は互いに廊下の上と言う平坦であり、雪の上ではない。
しかし、ここは――!
「影塚さん! ここは、廊下の白いところしか通っちゃいけないはずです!」
「あ……っ」
影塚の脳裏にフラッシュバックをするのは、学生だった当時の自分の記憶。親友の日向と共に、下らないゲームをしながら、食堂に通っていた記憶であった。
「ならばそれは、君こそ……っ!」
「ええ同じ道を通りましょう! しかし、最短ルートならば、日向さんに教えてもらっています!」
宣言通り、廊下の白いところしか通らず、誠次は影塚の元へ接近する。
この背に宿るのは、絶対に負けたくないと言う、誠次の熱き想いと、日向の過去分の思い。絶対に廊下の白いところゲームでは勝てていたという、日向の、雪をも溶かす気迫だ!
「なんてことを教えてるんだ、日向は……」
はあとため息をつき、影塚は思わず頭に手を添える。
しかし、すぐに顔を左右に振る。
「これで僕の移動能力を再び封じたようだが、僕にはまだ魔法があるぞ、天瀬くん!」
「レヴァテイン・弐ならば、それは貫けるっ!」
片手剣状のレヴァテイン・弐を突き出し、誠次は影塚に迫る。
影塚の周囲に展開されていた防御魔法が、フラッシュを引き起こし、ヒビが入っていく。
「破られる、か」
呻いた影塚は、学生の頃の決まり通り、廊下の白いところへ向けて下がろうとするが、思わず硬直する。
「まさか……」
「その後ろに白いところはないぞ!」
「君は僕が後退するところを予め予測して、白いところがないところに僕を誘い込んだのか!?」
(さっきから、白いところって……なんだ……? 魔法学園、汚いのか……?)
二人の戦いを見守る八ノ夜が、内心で首を傾げている。
「反則負けとなるぞ、影塚!」
「今の君はまるで学生時代の日向だ! でも、奥の手だ! 僕は勝つ!」
ニヤリと、白い歯を覗かせて笑った影塚は青い目を見開き、自身の周囲に展開していた雪玉を、誠次へではなく、後方に向けて注ぎ落とした。
魔力を失った雪玉は廊下の上にぼたぼたと落ち、粉砕され、粉々の雪となって、影塚の足場となる。
「足場を無理やり作った!?」
「トドメだ!」
要領よく、或いは狡猾に、影塚は雪玉を一つだけ残しておいていた。それを手に掴み、突出した誠次の胸部に目掛けて、雪玉を突き出す。
「こっちこそ! 奥の手だーっ!」
叫んだ誠次の左手には、コートの左手ポケットに隠し入れていた雪玉が。
互いの手に握られた雪玉が、それぞれの身体に、ほぼ同時に押し付けられた。
二人ともその反動で互いに尻もちをつき、廊下の上に倒れる。身体全体に広がるひんやりとした冷気のことなど蚊帳の外であり、今はすっかり火照った身体で、八ノ夜にどちらが先であったか勝敗の結果を求める。
「「八ノ夜さん!?」」
「俺の方が!」
「僕の方が!」
「「先でしたよね!?」」
二人に揃って同じような訊き方をされ、八ノ夜は苦笑混じりに、口を開く。
「私から見れば、どちらも同じタイミングだったぞ」
よって、と八ノ夜は、上半身だけを起こしている誠次と影塚の髪の上に、ぽんと手を乗っけた。
「勝負は引き分けだ。もっともこれは、影塚からすれば負けのようなものだろうな?」
ふふんと含み笑いをする八ノ夜に、影塚は頷いていた。
「この歳になってまで頭を撫でられるのは勘弁してほしいです……。しかし、仰る通りではあります。僕が引き分けは、事実上敗北のようなものですね」
「ちょっと待ってください! それだとまるで俺が最初から弱いみたいではありませんか!?」
聞き捨てならないはやり取りを横にして、誠次が思わず反論する。
「ああ、付加魔法がない君は精々僕と引き分ける程度の強さだ。だからこそ、最強無敵になれる付加魔法をしてくれる女の子を大切にしないとね?」
「そう言うお前こそ、少しは周りに気を遣わないか」
八ノ夜は肩を竦めて、影塚に微笑んでいた。
「さあお前ら。焦がした廊下とビチャビチャにした廊下の修復活動だ」
「え……別に校内に行っても良いと言ったのは八ノ夜さんでは……?」
誠次がゴクリと息を呑むが、八ノ夜はニッコリと笑う。
「ああ。使用していいとは言ったが、後片付けをしなくてはいいとは言っていないぞ?」
「……」
「どうやら観念した方がいいみたいだ。八ノ夜さんから見れば僕たちは、まだまだ召使いのようだよ」
この手のことには慣れているのだろうし、薄々気づいていたのだろう。先に影塚が立ち上がり、誠次に向けて手を差し出す。
誠次は手袋に包まれたその手をじっと見つめ、己の手と重ね、立ち上がる。はらはらと、スノーパウダーが舞い落ちていた。
雪が徐々に溶けるのと同時に、地面はつるつると滑るようになり、より一層の注意をして歩かなければいけなくなる。
こういう時、頼りになるのは、先人たちの足跡。即ち、先に雪道を進んで、間違った道を進まないような道のりを作ってくれる人だ。
「雪の中で身体を動かした後は、汗が乾いて余計に肌寒く感じるね」
そう言って前を進む影塚の背を、誠次は見失わないように、ついていく。彼の足跡と同じところを進み、同じところを歩み、はぐれないように、目的として。
「温泉にでも浸かりたいものです」
そうして誠次が吐いた白い息が、風に揺れ、視界を覆った。
――子供の頃、今とは少しだけ違う、夢を見ていた。
「初めまして。僕の名前は影塚広。君を強くするために、特訓相手を務めることになったよ」
「初めまして……天瀬誠次です……」
「最初の質問だけど、どうして君は強くなりたいんだい?」
「゛捕食者゛を……倒すためにです……」
無垢だったのだろう。それしか生きる目的もなかったのだろう。
当時の影塚から見た目はきっと、そう思っていたのだろう。
今ならばわかる気がする。彼の歩幅に、彼の足の大きさに、少しでも近づいている、今ならば。
誠次は影塚の隣まで進み、新たな足跡を作る。
「天瀬くん?」
「今度は俺が勝ちます!」
「気合を入れるのはいいけど、足元注意だよ。ここは僕が学生時代の頃から、躓く友だちが多かった気が――」
「ぬわっ!?」
「ははは、言ったそばからだね」
彼が教えてくれていた、本当の強さというものを。間違いなき、戦いを――。
林先生もそうですけど、影塚さんの学生時代の話も書きたくなってしまう沼具合である。
クールだけどなんだかんだ仲良しなまだ短髪の頃の日向。
ヤンキーだけどなんだかんだ面倒見がいい他校の一匹狼くん南雲。
「オ、オデ、モウソウガ、ハカドル」
上記が作者、2020年最後の言葉となるのであった……。




