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「年内の本編の更新はここまでとなります。年内はあと小話を一話、更新する予定です」
一般市民作者
テレビ局に多くの隊員を向かわせた結果、本部を守備する人員は極端に少なくなった。それでも、こちらへ来るのが学生組であるのならば、この少ない人数でも防衛は充分に可能だ。故に、こちらも向こうと同じく、少数精鋭で立ち向かう。
これは偶然か、必然か。自分の当初の目的は、遅かれ早かれここに来るであろう剣術士、天瀬誠次を討ち取ることであった。
しかし、ここで彼と出会ったのは、何の因果か。かつて起きた特殊魔法治安維持組織本部での局長下ろしの際に、佐伯剛を初めとした影塚広や波沢茜ら第七分隊に邪魔をされて、最終的には打ち漏らした目標と重なる顔立ちが、今こうして目の前に現れた。
(まさか、学生組だけで本部に侵攻してくるとはねえ)
新崎の指示の元、この場に来るはずの敵を迎え討つ為に待機していた堂上淳哉は、思わぬ邂逅に、内心ではやや驚いていた。
物陰から放った破壊魔法は、志藤が咄嗟に躱していた。
「二度目の殺したい顔だと……。相当恨まれてるみてーだな。自分で言うのもなんだが、人付き合いは良い方だと思うけど」
志藤もまた、突如として破壊魔法を放ってきた相手に油断などせず、攻撃魔法の魔法式を展開しながら言う。
「一応自己紹介するよ。俺は堂上淳哉。特殊魔法治安維持組織第二分隊の隊長やってます。いやあ、君には同情するよ。俺、全然性格悪くないのに、悪いって言われるからさ。人からの評判って、ままならないもんだよねえ」
クセのある赤髪の下から、笑顔を見せて堂上は言う。
「堂上、だと……?」
志藤が目を見開く。
「その反応、やっぱり心当たりある感じかな?」
「ああ……。俺の親父と天瀬を追い詰めた……糞野郎ってことだ」
「志藤……」
隣に立つ悠平でさえ強張るほど、志藤が堂上を睨んで言うが、対する堂上はどこ吹く風の如く、スラックスのポケットに手を突っ込みだす。
「へえやっぱり。さしずめ実の父親が廃人にされちゃった恨みを返しに来たわけだ。偉いねー、親孝行だ」
「テメェ……!」
堂上の態度に苛立ちを隠せないでいる志藤。
「落ち着いてくれ、志藤。気持ちはわかるけど、ここで焦ったらやべえことになりそうだ」
「……っ。ああ、分かってる」
冷静になるべきだと、隣の悠平が言えば、怒りの感情を前に押し出していた志藤は、軽く息を吸い、肩を上下させる。
「……失敗失敗。煽って焦らせようとしたけど、よく踏み留めた。じゃ、正攻法で倒すしかないよね」
向こうはこちらを逆上させて冷静さを欠かせ、潰そうとしてきたようだ。それは、戦術の一つとしては正しいことなのだろう。
「帳。アイツは危険な男だ。特殊魔法治安維持組織でも相当な実力を持っていて、天瀬も追い詰めた。一対一とか悠長な事を言ってる場合じゃねえ。連携して、全力で倒すぞ」
「おう志藤。俺も話は誠次から聞いていた。自分のことじゃねえけど、俺だって結構ムカついてるんだ。やろうぜ」
眉を寄せる悠平も戦闘態勢に入り、志藤と共に攻撃魔法の魔法式を展開する。
二色分の攻撃魔法の光を前にしても、堂上は余裕そうに口角を上げたまま、棒立ちをしてみせる。
「二対一はちょっと卑怯じゃない? お兄さんにも手加減してよ」
「うるせえ。テメェだけはぶっ潰してやるよ!」
志藤が下位攻撃魔法を放つ。
直線的な軌道を描いたそれは、身体を反らした堂上によってかわされる。
「あらら。俺、めちゃんこ恨まれてるじゃん」
「《エクス》!」
向かって左側から飛来した、悠平の攻撃魔法は、防御魔法で的確に防がれる。
そのまま大きくバックステップをした堂上を、志藤と悠平が共に追っていた。
「距離を離してくれ志藤! 射線被るぞ!」
悠平が志藤と声を掛け合い、堂上が形成魔法の魔法の足場を使って上空へ逃れるのを、追う。
「帳! 俺があいつを引きつける! お前は指定したポイントでアイツを仕留めてくれ!」
走りながら志藤は、床に向けて目印となる魔法の印をつける。
「志藤! 落ち着けよ!? お前はリーダーなんだ! お前が焦っちゃいけねえ!」
「わかってる! アイツはなんとしてでも俺と帳、二人で倒すぞ!」
「おう! 逃がすなよ!」
立ち止まった悠平は、近場にあった壁の裏に隠れ、いつでも攻撃魔法を放てるように機会を窺う。
一方で、志藤は、逃げる素振りを見せる堂上を、罠があるかもしれないということを念頭に、追いかける。
「堂上! 待ちやがれ!」
「泣かせる話だ。父親さんの仇を討つために、友だちくんの仇を討つために、無謀な戦いに挑むなんて」
声がしたのは、直上――っ!
咄嗟に上を向いた志藤の目には、まるで雨のように降り注ぐ、魔法の光の数々が映る。
前方にいたはずが、いつの間にかに真上をとられていたようだ。
「《プロト》!」
傘のように展開した防御魔法が、それら魔法の攻撃を防ぎきる。
見上げれば、重力が真逆になったかのように、天井に足をつけて直立する堂上が、こちらを見て笑っていた。
「あれ、君。もしかして、本気で俺に勝てると思っちゃってる?」
「うるせえ!」
志藤が攻撃魔法の魔法式を展開し、それを直上に向ける。
「《ブレイズ》!」
天井の下に立っている堂上へ向けて、何発もの緑色の刃を注ぎ込む。
天井には幾重にも亀裂が奔り、やがて瓦礫が大量に落ちてくる。瓦礫の墜落地点から、白い煙が志藤の元にも襲いかかり、志藤は思わず両手で顔を覆う。
「――心外だなぁ。もうちょっとお喋りしようよ。君のお父さんを殺し損ねた時の俺の気持ちとか、君のお友だちを殺し損ねた時の俺の気持ち、聞きたくない?」
「てめえ―っ!?」
気がつけば、撃ち落としたはずの堂上の声は、真後ろから聞こえた。
急いで振り向こうとした志藤であったが、その前に堂上が足蹴りを行い、志藤の身体は吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?」
「聞きたいよねえ? 《メオス》」
立て続けに堂上は、破壊魔法を発動。
吹き飛ばされながらも、敵の照準を確かめた志藤は、咄嗟に顔を反らし、直撃だけは回避する。
直後、すぐ背後で凄まじい爆発が起き、志藤はそこから起きる暴風に巻き込まれてしまう。
「っち!」
煙の中から飛び出した志藤は、立ち尽くす堂上のもとまで走り、その傍ら、攻撃魔法を発動する。
「《エクス》!」
「無駄だ。《プロト》」
一歩たりとも動かずに、堂上は志藤が発動する攻撃魔法の数々を、次々と防ぎ、弾いていく。
「堂上! なんで新崎に力を貸してやがる!?」
「単純すぎる質問だなぁ。単純に上司だから、かな」
「真面目に答えやがれ!」
最接近した志藤が、零距離で攻撃魔法を放つ。
当然、防御魔法を発動していた堂上であったが、志藤の攻撃魔法がそれを凌駕し、一向に崩せてはいなかった壁を、貫く。
「……なに?」
堂上の表情から余裕が消える。微かではあるが初めて、志藤の攻撃が自身に脅威を与えかけたのである。
堂上の目の前で攻撃魔法は消滅するが、代わりに迫るのは、志藤が大きく振りかざした右手の握り拳であった。
堂上は咄嗟に顎を引き、続いて迫ってきた志藤の左手を捌き、背後に回り込み、逆に首に腕を回して締め上げる。
「ぐはっ!」
透明な唾を吐き、首の腕を振りほどこうともがく志藤を、堂上は容赦なく力を込めて、意識を遠くさせていく。
「だから言ってんじゃん。……俺こそが、勝者に相応しいってことさ。今も、昔もさ!」
「畜生が……っ!」
志藤は咄嗟に、眷属魔法を足元に発動。
そこに生まれた大きな蛇が、堂上の足に噛みつき、毒を注入する。
「なっ!?」
足への激痛を感じた堂上は、志藤を掴む腕の力を緩めてしまう。
その隙を突いた志藤は、反撃に堂上の腕を絡め取り、背負い投げを決めていた。
「やるじゃん……」
背中から倒れた後、すぐに立ち上がった堂上が、破壊魔法の魔法式を組み立てる。
「剣術士を仕留める前の軽い運動のつもりだったんだけど……。わかった、わかった――」
堂上は髪をかるくかき、次には。鋭い視線を志藤へと向ける。
「――まずはお前から、殺してやるよ。志藤!」
「堂上……お前のような特殊魔法治安維持組織なんざ必要ねえ! 俺がお前を倒す!」
こいつは倒す……倒さなければならない。ティエラ護送の時、最後の最後で誠次を追い詰めた張本人。それ以外にも、多くの特殊魔法治安維持組織の人が、この目の前に立つ男によって、やられてきた。
「俺が用があるのは剣術士クンなんだよ。だから、邪魔だからさっさと死んでくれないかな?」
「うるせえ! テメエに天瀬はやらせるかよ!」
その落とし前をつけるのは、他でもない、かつての特殊魔法治安維持組織の長の息子である、自分の役目――!
志藤もまた伸ばした右腕を左手で支え、至近距離にて攻撃魔法を組み立てる。
少しでも遅れれば、また魔力が足らなければ、こちらは破壊魔法の直撃で死ぬ――。そんな事を思い至る間もなく、両者の手元で魔法式が完成し、それが、大きな爆発を引き起こした。
※
「志藤のやつ、遅いな……」
志藤に言われたとおり、待機していた悠平は、一向に戻っては来ない友人の消えた先を見据えていた。
床には、志藤が残した魔法式が描かれたままだ。その白い光は、一見目立たないように描かれてはいるのだが。
「誰だ?」
足音を察知し、休んでいた悠平は、よっこいしょと立ち上がる。
「――君こそ、子供の侵入者か」
黒髪の若い青年の特殊魔法治安維持組織が、悠平のもとにやって来る。
「やべえな。別の敵が来ちまったか」
悠平は軽く身体を伸ばしてから、身構える。
やってきた男もまた、問答は無用と言わんばかりに、無言で破壊魔法を展開する。
そして、破壊魔法の魔法式から出る白い光を浴びながら、
「俺は特殊魔法治安維持組織第二分隊副隊長、井口だ。一つ訊いておく。堂上隊長はどこにいる?」
「おっと。悪いけどそれは言えないんだ」
「分かった」
敵対する男はすぐに納得し、しかし破壊魔法の魔法式を一気に完成へと導き、その照準を刃向かう悠平へと向ける。
「ならば、力づくでも事情聴取をする他ない。捜査にご協力して頂こうか、子供」
悠平もまた、魔法式を展開し、井口へと向ける。
「友だちが待ってるんだ。ここで俺がやられるわけにはいかねえからさ。だから、その事情聴取ってのは、受けられないぜ」
「構う事は無い。無理やりにでも、尋問する」
鉄仮面の如く、表情を一切変えることはない男へ向けて、悠平は立ち向かう。
※
風を裂く音と共に、白亜の閃光が視線の隅で瞬く。
それが防御魔法で防がれたかと思えば、手を伸ばしていたのは、香月詩音であった。
小野寺真と岩井義雄が接敵した敵の男、戸賀彰が初撃として放った攻撃魔法を、防御魔法で防ぎきったのだ。
「戸賀くん。やめて頂戴。貴男が戦う必要はもうないわ」
「……お前は誰だ? 俺の邪魔を、するな……!」
「え……?」
香月はやや驚いたように、紫色の瞳を大きくする。
「私が分からないの、戸賀くん?」
「耳障りな声だ……。俺の邪魔をするんなら、纏めて潰すぞ!」
「この状況だと、どう考えても、君が不利だ」
後ろに控える女性陣を含めずとも、二体一の状況。
岩井がそれを戸賀に指摘するが、それでも戸賀は聞く素振りを見せない。
「うるせえ。やるか、やられるか。どっちかだろ?」
「香月さん。あの人は、お知り合いですか?」
「ええ……。戸賀彰くん。年下の男の子で、私と同じ施設で育ったの」
香月がやや悲しそうに、視線を落としながら、真の質問に答える。
「またあの男か……!」
後ろに控えるルーナも、立ちはだかる戸賀を睨む。
「誠次さんからも聞いたことがある気がします。大剣を持った、年下の男の子と」
真はそう言って、改めて戸賀を見る。
「戸賀さん。武器を置いてください」
「笑わせんなよ、女……。どの口が言ってやがる!」
戸賀は大剣を構え、瓦礫を蹴り、真らのもとまで一気に接近する。
接近からくる風を感じたのも一瞬に、再び義雄が防御魔法を発動し、戸賀の接近を拒もうとする、が。
「……破られる!? みんな、下がって!」
義雄の表情に一気に焦りの色が浮かび上がり、真は香月の手をとって、後ろの方へ走り出す。
「お、小野寺くん!? 私も一緒に戦うわ!」
「いいえ。それよりも他の女性の警護をお願いします! 波沢先輩! ルーナさんにクリシュティナさんも、それぞれ自衛をお願いします!」
真はそう言うと、攻撃魔法を発動して、それを飛び上がる戸賀へと向ける。
「援護します、岩井さん!」
俊敏な動作で岩井の体術を躱す戸賀は、向かってくる戸賀を睨むと、そこへ向けて攻撃魔法を放つ。
真はそれをしゃがんで躱すと、床の上を転がりながら姿勢を整え、反撃に攻撃魔法を放つ。
「《エクス》!」
「どりゃあ!」
戸賀は身体を捻りながら攻撃を躱し、再び大きく踏み込むと、今度は真へ向けて突撃する。
「この!」
真は防御魔法を咄嗟に発動し、戸賀の大剣による接近を拒む、
目の前で、視界を覆い尽くすスパークが瞬く。戸賀の攻撃を受け止めた防御魔法の壁に、徐々にヒビが入ってきている。
「《アイシクルエッジ》!」
戸賀の後ろから岩井が構え、氷の礫の攻撃魔法を放つ。
戸賀はそれを確認すると、真との剣と魔法による鍔迫り合いから離脱し、横方向へ逸れるように走り出す。
「素早い……!」
しかもこの場は崩落した広い空間。隅にある暗闇の箇所に逃れられると、戸賀がどこへ行ったのか分からなくなってしまう。
「空間魔法の隙もない! 誠次さんが、苦戦するわけです!」
必死に橙色の目を凝らす真は、戸賀がどこから来るのか、警戒心をむき出しに、身構える。
「――図体がデカい分、的だぜ――!」
彼の声が、後方から聞こえる。
ハっとなった真は、すぐに背後を警戒していた岩井に声を出す。
「岩井さん! 伏せて!」
「っ!」
前方へ転がりながら、岩井が飛び退く。
直後、暗闇から突進してきた戸賀が、笑い声を上げて再び対角線上の彼方へと消えていく。
「このままでは二人共、彼に狩られてしまう!」
真は冷静に戦局を見極めると、眷属魔法の魔法式を展開し、発動する。
そこから飛び出した、白羽の梟に、真は意識を委ねる。
(感じて……読み取れ……! 獰猛な獲物の気配と息遣いを……!)
滴る汗が、細い線の顎先からぽとりと流れ落ちていく。
「向こうは獲物を探しに来た、哀れな獲物だ……。そう、ここはすでに……自分の狩猟域だ」
察知した。左斜め前で、敵が構えている。
目を開いた真は、暗闇の彼方へ向けて、攻撃魔法を放つ。
「《フレア》!」
赤い魔法式から放たれた、燃え盛る火球が二発ほど、室内を明るく照らしだしながら、突き進む。
「はっ!?」
突撃の姿勢を整えた戸賀は咄嗟に、迫りくる火球を切り裂いていく。火花が舞い、熱が襲いかかる中、戸賀が次に見たのは、眼前まで迫ってきていた雷の槍であった。
「《ライトニング》」
床の上にうつ伏せで転がっていた義雄が放った雷属性の魔法が、戸賀にとうとう、直撃した。
「ぐあああああっ!?」
戸賀は頭を抑え、その場に跪く。
「また、ビリビリ、かよ……っ!」
戸賀はうめき声をあげて、恨みがましそうに、真らを睨みつける。
「絶対……許さ、ねえ……っ!」
最後まで誰に向けた恨みかは分からないまま、戸賀は大剣を瓦礫に突き刺して、それを支えに、立ち上がる。
「おそらく、幻影魔法だと、思う……」
「幻影魔法……?」
岩井が立ち上がりながら言った言葉に反応したのは、香月であった。
「操られている、ということでしょうか」
真が訊き返す。
「そして、身体へのダメージすらも感じない、言わばマシーンのような存在にされてしまっている。きっと……そうだと、おもう……っ」
言葉の途中から、ずるりと、岩井の巨大な身体が、崩れ落ちる。
「岩井さん!?」
「ごめんね。そこまで、ドジじゃない、つもり、だったんだけど……ここまで、みたいだ」
岩井がそう言って、腹部を抑える。確認すればなんと、そこには剣で切られたと思わしき大きな切り傷が、斜めに奔っていた。おそらく戸賀の剣撃が、入ってしまったのだろう。あと少しでも回避が遅れていれば、致命傷になり得る傷であった。
「今治癒魔法をします!」
香月が岩井に近づくが、岩井は首を横に振る。
「う、ううん……。この傷は、自分で治すよ……。香月さんは、下がっていて……っ。これでも僕も、特殊魔法治安維持組織だったから……!」
岩井は自分の腹部に治癒魔法を施しながら、汗ばんだ顔を上げる。
「小野寺、くん! 彼は手強い! 注意、するんだ!」
「わかっています!」
最前線に立ち、油断なく周囲を見渡す真。しかし、崩壊したこの大部屋の中は相変わらず薄暗いままだ。汚れ、煤もついた私服姿の真の上空では、相変わらず使い魔のフクロウが旋回している。
暗闇の中からは、戸賀の挑発する声が聞こえてくる。
「一人で俺に勝てるとでも思ってんのか、女っ!」
「だから女じゃありませんと言ってるでしょう!?」
そう叫び返した真目掛けて、暗闇の彼方から、超巨大な瓦礫が迫り来る。
真は咄嗟に走り、瓦礫の直撃を躱す。
「速えっ!」
「短距離走ならば、これくらいはっ!」
ぴしっ。床の上に直撃し、破砕した瓦礫の破片が飛来し、それが真の華奢な身体に襲い掛かり、身体を傷つける。主人の身の危機を察したフクロウが舞い降り、瓦礫の陰に隠れ、呼吸を整える真の肩に乗る。
「お前は良い子ですね……よしよし……」
微笑み、ふくろうを指先でそっと撫でてやった真は、額から流血をしていることに気がつくが、勇気を抱いて立ち上がる。
「自分も、君のような勇敢なフクロウに似合う、ご主人にならないと」
「なにごちゃごちゃ言ってやがる、女……。弱い奴がしゃしゃってんのは、虫唾が奔るんだよ!」
暗闇の中から、戸賀の声が響く。
歩き出した真は、研ぎ澄ました橙色の目を、真正面へと向ける。
「確かに、貴男には自分よりも力があるかもしれません。他人を踏み潰し、自分だけが立つことの出来る、圧倒的な力が……」
真の肩からふくろうが飛び立ち、暗闇の中で目を凝らして、戸賀の位置を読み取る。
「ですが、その力の正しい使い道を、貴男は知っていない! フレースヴェルグは、そんな人なんかに負けられないっ!」
「テメェも、アイツと同じようなことを言いやがって!」
「そうだ、戸賀彰! 自分も誠次さんと同じ、フレースヴェルグの一員だ! 彼を倒したければ、まずは、この僕を倒してから行けっ!」
「望み通りそうしてやるよ!」
暗闇より、戸賀が放った風属性の攻撃魔法が、真の周囲に奔る。
「ぐあっ!?」
真は悲鳴を上げ、その凄まじい風の刃に曝されれ、身体を吹き飛ばされそうになる。
「きゃあっ!」
その殺人的な風の攻撃は、離れたところにいた香月らの元にも、襲い掛かっていた。彼女たちへの直撃は、膝立ちをする岩井が発動していた防御魔法で、防いでいたが。
思わず振り向いていた真は、信じられないような表情をして、戸賀を睨む。
「戸賀っ! あなたの生い立ちは決して幸せなものではなかった。それは香月詩音さんも同じ事……でも、それでも香月さんは変わった。あなたも変わるべきです!」
「香月、だと……?」
「ええそうです香月詩音! それがあなたが傷つけようとした女性だ!」
「出鱈目を……言ってんなぁ!」
戸賀は大剣を担ぎ構え、真へ向けて突撃する。
「防御魔法は易々突破される……ならば――っ!」
真は自身の足元目掛けて、攻撃魔法を繰り出す。
瓦礫が砕け、舞い散り、真の身体は消えるようにして下へとずれ降りる。
「クソっ! 奴はどこに消えた!?」
「――戸賀くん!」
空を切った戸賀の目の前にいたのは、香月であった。
「私がわからないの!?」
「う、うるせえ! さっきからお前は、なんなんだーっ!?」
大剣を振り上げた戸賀の動きが、一瞬だけ止まる。
どうやら、本当に香月の事が分からないほどにまで、幻影魔法による影響を受けているようだ。
「やめろーっ!」
横から飛び出した真が決死の思いで、戸賀の横っ腹に右手を突きつける。
「《エクス》っ!」
白い光が、あっと驚く戸賀の顔半分を、染める。
一瞬の間の後、戸賀の身体は大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。
「てめえ……っ!?」
「うおおおおおっ!」
真は瓦礫を踏み越え、戸賀に向かって走る。
「来るなーっ!」
三白眼の目を向いた戸賀は、攻撃魔法を次々と発動。走り、迫り来る真へむけて次第に放つ。
右横、頭上、足元。戸賀から放たれた攻撃魔法が次々と真の身体を掠め、傷をつける。
そのうちの一発が、上空から舞い降りたフクロウによって防がれ、真の身を守る形で消滅する。白い鳥の羽が舞う中、真は戸賀に最接近をする。
「やめろ、やめろーっ!」
迫り来る真に、戸賀は目を見開き、そして、右手に握った大剣を思いきり突き出した。
「――かは……っ」
目を瞑った戸賀に覆いかぶさる、人の影。
なにか、液状のものと、眩くも温かい光が、戸賀を包んだ。
「え……」
「――やっぱり、自分には、誰かを傷つけるなんて、出来なかった、みたいだ……」
戸賀の頭に手を添えた真は、微笑み、妨害魔法の光を浴びせていた。
「なにを……」
恐る恐る戸賀が目を開けると、彼の右手の先が、真の腹部を、貫いていた。
「俺は、一体何をしていた……」
「新崎に、操られていたのです……これであなたは、自由だ……」
「違う! お前が何をしていたんだ!?」
「あなたを、倒そうとした……僕は……フレースヴェルグだから……」
真は戸賀から離れると、一歩、二歩と下がり、よろよろと、膝をつく。
「でも、やはり自分にはどうしても、至らないところが多くありました……」
口からも血を吐いた真は、咄嗟に自身の腹部に、治癒魔法を浴びせる。
大剣による傷口は塞がったが、腹部を刃物で貫かれた痛みは重く鈍く残り、真を苦しませることとなる。
「これは……痛すぎ、る……」
陸上部の練習の比ではない尋常な痛みに、真は腹部を押さえつけながらも、立ち上がる。
「でも、それでも僕は、負けられない……!」
「ふざけるな……。そんなんで俺に勝てるもんかよ!」
「援護するわ、小野寺くん」
香月が真の横に立とうとするが、血走った目の表情を見せる真は、手を横に伸ばして香月を制した。
「いいえ香月さん、この男の相手は、僕に任せてください! 貴女がこの男と戦ってはいけない!」
「何言ってるの小野寺くん!? あなた、お腹を斬られたのよ!?」
「これくらいは、平気です!」
ランナーズハイの状態と言ってもいい。己を極限状態まで追い込んだ真は、香月を後ろに下がらせ、自身は前へと出る。共に家族を失い、同じ施設で育った者同士の相討ちなど、させたくもなかった。
「さあ、かかってこい戸賀彰! 全力であなたを倒します!」
「とことんわけがわかんねえ……てめえら魔法生ってのはよ!」
「負けない!」
真は魔法式を展開し、それを戸賀へと向ける。
幻影魔法を解除された戸賀もまた、大剣を構え直し、真に向けて突撃した。
※
「今のは……」
「どうしたインテリボーイ?」
「いえ、少し、また揺れたと思って」
また、大きな揺れが起きている。
一階部に残り、フレースヴェルグの足止め援護を行っていた聡也と戸村も、不安定な振動を逐一感じていた。
「しかし実際のところ、まだ実感は湧きません。俺たちがここでこうして戦って、本当に良い方向に変わっていくのかどうかも」
「さあね。ただ一つ言えるとすれば、少なくとも新崎なんてクソッタレな野郎が治めているただ治安維持組織なんて、潰れて当然だってことだ」
戸村が真正面方向を向きながら言うと、ふと、立ち止まる。
聡也もそれに合わせて動きを止めると、環奈が空間魔法を発動していた。
「この先に部屋がある。電波制御室のはずだ」
「電波制御室……。つまり――」
聡也が閃いた様子で、眼鏡の奥の赤い瞳を大きくする。
「ああ。特殊魔法治安維持組織本部に渡って起きている電波障害も、ここから発生しているに違いないだろうな」
「これさえどうにか出来れば、この特殊魔法治安維持組織本部で起きている電波障害も収まるかもしれない。分断された仲間との連絡も、或いは――」
聡也が言うが、戸村は険しい表情のままだった。
「問題は自作PCを組み立てられる程度の腕で、この制御装置をどうにかできるか、だが」
環奈は聡也を下がらせると、部屋の障壁へ向けて、破壊魔法を放つ。
崩落の影響で歪んでいたのだろう。ドアは簡単に粉砕され、中へ至る通路が現れる。
水色の燐光色が淡い照明となっている電波制御室。床から突き出た黒い装置をタッチすると、早速、文字や数字の羅列が二人の前には浮かび上がる。
戸村は来ているパーカーを腕まくりし、それらを全て写真に収めようとしたが、部屋の外から聞こえてくる、無数の足音が。
「おっと。どうやら蜂の巣を突いちまったみたいだ」
戸村が片目を横へ向ける。
聡也もすぐに構え、敵を迎撃する体勢をとる。
「戸村さんはそこで電波障害の改善をお願いします。敵はどうにか抑えます」
「無茶するなよ、インテリボーイ」
聡也は、電波制御室を防衛するための戦いを始めた。
部屋の入り口で光る魔法式、すなわち、敵がこちらへ向けた魔法式は、どれも破壊魔法である。
「なるほど。奴らにとってみれば、もうこの場を破壊することもやぶさかじゃないってことか」
戸村は監視映像カメラシステムに映る映像を見て、一瞬だけ悔しそうな顔をしていた。腐っても、かつて自分が所属していた組織だ。それが堕ちるところまで堕ちたという実感を、味わうように。
「ここは死守する!」
聡也が勇み、雷属性の攻撃魔法を展開し、部屋の入口一面を青白い電流で覆い尽くす。
その電流を回避しようと、防御魔法を発動する特殊魔法治安維持組織側であったが、そこの横っ腹を貫かんとする、もう一つの緑の閃光があった。
「――直撃したくなくば退がれ、特殊魔法治安維持組織!」
(この声は……)
聡也が驚く。
「に、逃げろーっ!」
次いで、電波制御室に集結していた特殊魔法治安維持組織隊員たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。
瓦礫を粉砕しながら迫りきたそれは、特殊魔法治安維持組織たちが集結しつつあった部屋の前を通過し、全てを呑み込んで消え失せる。まるで窓ガラスを割るほどの暴風が来て、全てを攫うように吹き飛んでいったようだ。
「なんだ、今の魔法は……」
戸村も驚き、緑色の閃光が、見えない一迅の風となって終息していく光景を見つめていた。
「――ハアハア……大丈夫か、みんな!?」
光の発生源の彼方より、黒い瞳をした誠次が駆けつけてきた。ちょうど今の一撃で、纏っていた付加魔法能力を使い果たしたのだろう。ところどころ擦り傷はついているものの、無事であったようだ。
「誠次……」
「剣術士か……」
聡也と戸村も、ほっとしたように息をつく。
「聡也、戸村さん。他のみんなは!?」
「俺たちは途中で別行動をとっていた。みんなは先に進んでいる」
誠次の問に、聡也が答える。
「そうか……分断されてしまったのか。二人が無事でよかった」
誠次もまた、ほっと一安心する。
「あの揺れは、やはり地震のような揺れじゃなかった」
「つまり、人為的な、爆発によるものか」
「ああ。新崎はここに俺たちが来ることも、分かっていたんだ。上層階での戦闘で、敵が吐いてくれた」
上層階にいた全ての敵を倒し終え、下層へと降りてきた誠次は、ここまでで仕入れた情報を聡也と共有する。
「やはり、特殊魔法治安維持組織は多くの人員をテレビ局へと向かわせているようだ」
「つまり、ここに残っているのは、限られたごく少数のみ。それでも新崎は、俺たちに勝てると踏んでいるのだろうか――」
聡也が顎に手を添えて呟く最中、誠次はレヴァテイン・弐を掲げて、部屋の入口へと向ける。
「そこにいるのは誰だ!」
誠次が刃を向けた先、その暗闇の向こうからは、笑い声が響いた。
「……敵か」
聡也も眼鏡をかけ直し、誠次と同じ方を睨む。
その瞬間、何かを察知した聡也は、横に一歩だけ移動し、的確な精度の攻撃魔法を、何もないはずの場所に向けて、放つ。
すると、攻撃魔法の着弾点であった場所から、瓦礫を撒き散らしながら、とある男が姿を見せた。
「――ははは! やるじゃねえか、餓鬼共が!」
「貴様は……っ!」
誠次は黒い目をむく。
現われたのは、見覚えのある男だ。しかし彼は特殊魔法治安維持組織ではないはずだ。
「ダルコ・グラズノフ……。ベルナルトと同じ、ロシアの傭兵か!」
誠次が、思わず叫ぶ。
昨年の山梨県での戦いで、自分と兵頭の前に幾度となく立ちふさがった、不死鳥の入れ墨をした男だ。それがなぜ、特殊魔法治安維持組織本部にいるのだ……?
「知っている顔か?」
「ああ。昨年の秋にマウンテンペアで戦った、ロシア人の傭兵だ。ベルナルトと味方だった男」
「そいつがなんで、ここにいる……?」
「分からない。まさか、新崎が雇ったのか?」
兵頭の援護もあって討ち取る事ができたこの男は、その後特殊魔法治安維持組織によって捕まっていたはずだが。
「奴は厄介な相手だ。伊達な傷程度では決して挫けない!」
他の仲間との合流を焦り、レヴァテイン・弐を取り扱う誠次は、それを両手で握り、ダルコへと向ける。
「久しぶりだな……サムライボーイ! あの時の続きと行こうぜっ!」
どうやら、一年越しの再会の間に、日本語を習得していたようだ。嬉々とした表情を見せるダルコは、生涯で一番倒し甲斐のある宿敵と再会を果たしたのだ。その気持ちを向けるかの如く、誠次と聡也に魔法式を向ける。
「一刻も早く仲間と合流しなければ。聡也、奴は手強い。力を尽くすぞ!」
「こうなれば、先に行った連中の方が心配だ。行くぞ、誠次!」
「いいぜいいぜ! 二人がかりだろうが乗って来た! エクストララウンドだ、餓鬼ども!」
仲間との合流を急ぐ前に立ち塞がった不死身の強敵に、剣と眼鏡を持った二人の魔法生は立ち向かう。
※
「特殊魔法治安維持組織に敵対するとは」
「はーはー……っ」
巻き起こった爆発の煙が消え失せ、その中には二つの人影があった。
一つは直立し、冷酷に右腕を掲げている。もう一つは跪き、血を流していた。
特殊魔法治安維持組織地下シュミレーション施設にて。
「さあ答えろ。隊長はどこだ? 仲間のことを教えろ」
「死んでも、嫌だね……」
井口と名乗ったその男は、帳悠平をあっという間に追い詰めていた。
自分よりも年下の若い少年が血を流すその姿を見ても、井口は動じずに、冷静に破壊魔法を向ける。
「そうか。だったら仕方ない」
瞬きをした井口は、破壊魔法の照準を、膝をついて立ち上がろうとしている悠平へと向ける。
「上半分だけを残して、死に際の貴様から幻影魔法で情報を抜き取ろう」
「ははは……やってみせろっての……!」
ぎりり、と血の味がする口内で音を立てて、悠平は立ち上がる。
「負けらねえん……だ! おれがやられたら、志藤も、みんなも、合流できなくなるっ!」
「諦めろ、子供。万が一の勝ち目すらないことを、教えてやる」
井口は冷酷な表情を、悠平へと向ける。
……皮肉な話だ。普段は見せない表情の変化を、こうして目の前で散っていく無惨な命を前にして、初めて自覚すると言うのも。
鴉の巣に舞い降りた鷲たちは、その翼の羽を、徐々に毟り取られようとされていた。
春には例のアレにやられてしまいましたが、今は体調も万全です。執筆の方も後半の主な行事である文化祭編と修学旅行編も順調に書けていますので、今年最後の本編更新に合わせて、予告をちょこっとどうぞ。
~砂漠の王子と電脳の貴公子 予告編~
「誠次くんのせいではありません。ですので、そうお気になさらずに」
「気にはするさ」
誠次はそう言いながら、VR機能用のパネルを操作する。
今はまだ題名無き演劇の舞台監督に、現場の下見をしてもらいたいのだ。
コピー機の上に立っているように、白い線が円形を描いて拡がっていき、世界が変わっていく。
そこは薄暗いが幅広く、観客席とステージが広がった、ホールと呼ばれる場所だ。パイプオルガンも奥にあり、オーケストラやミュージカルの場としても使用できるような場所だった。
誠次と千尋は板張りのステージの上に立っており、ここからでは、赤いシートの座席が扇状に拡がっているのがよく見える。
「わあ……」
作り物の景色ではあるが、千尋は感動しているように、遥か彼方までを見渡している。
誠次もまた、千尋の隣に立って、同じように周囲を見渡す。本番ともなれば、座席の一つ一つにお客さんが座り、もれなくステージ上に立つ人に注目する。そこに失敗は許されないし、また、人がそこに大勢座ってくれるかどうかも、自分たちが出す出し物に懸かっている。
そうと考えれば、今のうちから緊張感は高まっていき、誠次は人知れず生唾を呑んでいた。
それは隣に立つ千尋も同じようで、彼女の息遣いが硬いものになっているのを、誠次は感じていた。
「どうだ千尋。なにかインスピレーションは浮かんだだろうか?」
千尋は少しだけ、間を開けて口を開く。
「映画と劇は似て非なるものだと思います。映画は場面場面で切り替わり、背景も全く異なる場面に移動できます」
「このVR機能も完璧ではない。例えば座席部分はそのままで、いきなり境界線を作って、例えばステージ側に海を作ったりすることは出来ないんだ。まあ、ある意味それは、現実っぽいか」
誠次の説明に、千尋はなるほどと頷き、どこからともなく取り出したメモに言われたことを書いていく。
「ディナーショーですから、座席は変えないといけませんよね?」
「確かに。そこは設定で変えられるだろう」
等と二人して言い合っていると、突然、誠次が咄嗟に顔を上げる。
「? どうしました、誠次くん?」
誠次を見ていた千尋が、何事かと緑色の視線を送る。
誠次は、無人のはずの座席の方を見つめていた。
「誰かいるのか?」
静寂のこの場では小さくともよく響く声。
堂々と入ってきているクラスメイトならばともかく、気配を消してまで、この空間に誰かが入ってきていることに、警戒心は抱かなくては。誠次が腕を横に伸ばし、どういう事かとすぐに理解した千尋は、誠次の後ろに隠れるようにして立つ。
返答はすぐにあった。男の、聞き覚えのない声であった。
「――凄いな。獲物を仕留めるために気配は隠していたはずだけど、バレてしまうとは」
手元の拍手とともに、座席の影となっているところから立ち上がったのは、浅黒い肌をした、中東系の顔立ちの男性だ。目鼻立ちははっきりとしており、緑色の目に、銀色の髪が、褐色の肌と相反しているようだ。やはり見たことはない顔立ちで、歳はこちらよりは僅かに上だろう。長身でもあった。
「貴男は一体……?」
「始めまして。俺の名前はセリム」
日本語はすらすらと話せるようだ。セリム、と名乗った異国風の青年は、徐々にステージへと向かい、誠次と千尋のもとへ近づいてくる。スポットライトが差し込めば、彼の精悍且つ優美な顔立ちが如実に顕になる。
「俺はヴィザリウス魔法学園2―A所属、天瀬誠次だ。ヴィザリウスの魔法生ではないな? ここは部外者立入禁止のはずだが」
突如としてこの場にいた正体不明の異国の男に、警戒心をむき出しに誠次が告げるが、セリムは気にする様子もなく、歩み寄ってくる。その佇まいは、威厳すら感じ、まるで劇の主役が満を持して現れたようであった。
「おっと失礼。まだこの国のしきたりには慣れていなくて」
それよりも、とセリムは、誠次の後ろに立つ千尋をじっと見つめる。
「え……」
千尋が戸惑う姿を見つめ、セリムはどこか満足そうに、白い歯を覗かせて微笑む。
「気に入った。君、名前は何と?」
「私ですか……? 本城千尋と言います」
セリムの問に、千尋は素直に答える。
そうすると、セリムは益々喜びに満ちた表情を浮かべ、ステージを駆け上がる。
何事かと全身を強張らせる誠次をスルーし、セリムは彼の後ろに立つ千尋へ、片手を差し出す。
「本城千尋さん。君の美しい姿と佇まいに、俺は釘付けとなってしまった」
誠次が唖然となっている中、セリムは立ち尽くす千尋の手を取り、握った手に力を込める。
「わ、私ですか!?」
「まるで君は、砂漠に咲いた一輪の花。故に、この俺の側室となることに相応しい」
「そ、側室って……」
「ちょっと待ってください!」
困惑する千尋の表情を見て、誠次はセリムとの間に割って入る。
「突然現れて。千尋さんを側室にするだなんて……。貴男は一体何者なのでしょうか?」
真剣な表情で誠次が問いただすと、セリムは自分が一体なぜ、このように怒られているのか訳がわからないと言ったように、きょとんとした表情を浮かべていた。
「おや、これは失礼。この国のしきたりは理解していなかったのだが……どうやら一つわかった事があるよ」
セリムは後ろ髪を軽くかき、目を瞑って爽やかに笑う。
そして、次には緑色の目を開けて、鋭い眼差しとなって誠次を睨む。
「俺の国と同じだな。欲しいものは戦いで勝って手に入れる、言わば、弱肉強食の世界というわけだ」
「俺の国……? 弱肉強食……だと?」
セリムと言う男から一瞬にして放たれた、凄まじい気迫に、誠次は思わず背中のレヴァテイン・弐の柄に、手を伸ばす。
その背中を見た千尋は、驚いた様子で誠次とせリムを交互に見る。
――この男は普通ではない。間違いなく、多くの戦闘をこなした、歴戦の勇士でもある。
セリムは赤い魔法式を展開し、それを誠次へと向けた。
「失礼だが君の名前は聞き流していた。剣使い。改めてもう一度名前を教えてもらおうかな?」
「なんだと!? 天瀬誠次だ!」
無礼極まりない行為であると思ったが、それすらも相手の策か。
セリムは一瞬で炎属性の攻撃魔法の魔法式を完成させ、それを誠次へ向けて放つ。
「っ! 千尋っ!」
誠次は咄嗟に後退し、千尋を抱き抱えながら、ステージ上から離脱する。座席の背中を踏みつけ、スロープ状となっている通路の上に着地した。
「貴様、正気か!」
「正気だとも。俺は君から力づくで、本城千尋を奪い取る!」
※
~ワンスアポンアタイム 雪降る古都で 予告編~
「あ、天瀬くん……どうしま、しょう……先生……捕まっちゃう……」
途端、へなりと、座布団の上に足を折るようにして座り込む向原は、両手を顔に添えて、今にも泣き出してしまいそうであった。警察とのやり取りの際の最後の方に見せていた気合に満ちた態度と言葉も、恐怖を隠していた強がりであったのだろう。
「ひとまずは、チャンスを貰えてよかったです。問答無用で同行を促されていては、手も足も出ないところでした」
誠次もバクバクと鳴る心臓をどうにか落ち着かせ、生唾を飲み干した。
「あの、お茶飲んでもいいですか……?」
「どう、ぞ……」
(先生の分も入れてあげよう……)
室内で作れる京都の温かい宇治抹茶を、誠次はティーパックから二人分、作っていた。
「どうか先生、お気を確かに。生徒の俺が言うのもなんですが、先生はきっとあんなことをやってはいないと、信じています」
「ありがとうございます、天瀬くん……。あのときも飛び出して、私の無実を訴えてくれて……」
湯呑に入った誠次がよそった温かいお茶を両手に、向原は涙目で座ったまま言う。
温かいお茶により、お互いに心はだいぶ落ち着いたが、ざわざわとした嫌な胸騒ぎは続いている。このままではきっと、このあと食べるホテルでの朝食も、喉を通らないものだろう。
「問題はここからです。なんとしても向原先生の無実の証明の証拠を、集めなければ」
「まさか、本当に協力してくれる気ですか……?」
力なく座ったままの向原が、立ったままの誠次を上目遣いで見つめるようにする。
「当然です。武田さんとも約束しましたし、向原先生が悪いことをする人だとは、思えません」
「う、うわああああんっ!」
遂には子供のような泣き声を出して涙を流す向原に、誠次は慌てて部屋にあったティッシュを差し出していた。
「駄目ですよ天瀬くん……。せっかくの修学旅行なんですから……先生に構わずに、楽しんでください……」
「いや……このまま楽しむのは、かなり無理があります……。見過ごすわけにはいきません」
「本当にごめんなさい……先生の事に付き合わせてしまって……」
ぐしゅぐしゅと、ティッシュで涙を拭う向原は、どうにか再び、落ち着きを取り戻す。
「しかし、それより前の先生が俺たちの部屋にいた事や、さっきのことも含めると、異常が過ぎます。何かに呪われているレベルではありませんか?」
「私、なにかしてしまったのでしょうかね……? 京都の祟り神様に、怒られているのでしょうか……」
ぐすりと鼻をすする向原がそのようなことが、しかし実際、そのようでなければあり得ないことの起こり具合であった。
まず誠次と向原は、部屋の中で情報を纏める話し合いをする。
「一応確認しますけど、こちらの方もやはり、記憶にはないのですよね……?」
「は、はい。と言うより、むしろこっちはハッキリしています! ちゃんとお金は払って、盗んだ物もありません!」
向原は顔をがばっと上げて、誠次を見つめて言う。
「わかりました、やはり向原先生を信じます。共に協力して、無実を証明しましょう」
「ありがとうございます……天瀬くん」
※画面は開発中のものですので、内容は変更の可能性があります
如何でしたでしょうか。来年には完結させたいです。
取り敢えず年末は、よもやよもや、大乱闘の世界にまで銀髪ロン毛最強元ソルジャーにストーカーされてしまっている金髪のチョコボ頭くんを極めたいです。作者にとってクリスマスは(例年通りの)自粛生活ですので、影響はまったくないのである!
来年はもっと頑張りますので、それでは、よいお年を〜。




