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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
鴉を墜つ鷲 特殊魔法治安維持組織本部解放戦 
132/189

2

「今でも全ての生徒の顔は覚えているよ」

           としや


 扇状に広がる生徒用の座席と、前方にある巨大スクリーン。昔ながらの名残がある、大学の講義室のような作りの部屋に多くの男女が集結している。

 父と子。両方の志藤しどうの号令により、フレースヴェルグの面々は、ヴィザリウス魔法学園の視聴覚室に集結していた。きちんと椅子に座る者や、立ち話をする者。机の上に直接寄りかかる者など、見た目や性格はバラバラな人々であるが、抱く目的は同じであり、その為に集っているのだ。

 そんな人たちの中でも、目立つ五人組はいた。


「学生だと……?」

 

 本城直正ほんじょうなおまさの元にいた旧レジスタンス構成員と、特殊魔法治安維持組織シィスティムを離反した青年たちに紛れると、誠次せいじたち学生五人組は異質な存在であった。


「なんか、アウェイだな……」

「このレヴァテイン・ウルが目に入らぬかー! って言うか?」

「俺は隠居した世直し藩主か……」


 悠平ゆうへいの囁きに、誠次はツッコむ。人生楽ありゃ苦もあるさ。


「でも実際、誠次さんの働きがなければ到底団結することはなかった面々だと思います。元レジスタンスと、元それを取り締まる立場の人たちですからね」


 まことが周囲を見渡しながら言う。

 確かに、本来ならば一つになることはなかった人たちばかりだ。それが今、特殊魔法治安維持組織シィスティムと言う共通の敵を前に、一致団結している。


「元特殊魔法治安維持組織シィスティムか。エリートだけに、お高く纏まってやがるぜ……」


 と、レジスタンス構成員が睨みを効かせば。

 

「かつてのレジスタンスか……。目的の為とは言え、共に戦うのは違和感があるな……」


 と、元特殊魔法治安維持組織シィスティムが不信感を露わにする。

 ……い、一致団結、している、はずだ。

 

「あ、え、えーと……」


 自身も夏休み中の弁論会で両者の揉め事に介入していた手前、真は慌てて場を治めようとするが、そこまではもう必要ないだろう。

 

「そう言えばみんな、家族へは伝えてくれたか?」


 話題でも変えようかと、志藤が小声で問いかける。

 

「ああ、大丈夫だ」

「理解してくださいました」


 悠平と真が答え、


「喜んでいたよ」


 聡也がそんなことを言う。


「「「え……」」」

「お前の家、革命家の血筋かなんかなの……?」


 子供が戦いに行くことに喜んでいると言う夕島家へのスパルタ教育(実際は物凄く平和である)に、唖然とする三人に、志藤がツッコんでいた。

 いまいち纏まりがない場の会場を一気に引き締めたのは、視聴覚室正面脇の、控室のドアが開いた瞬間であった。


「――みんな、集まってくれてありがとう。いつものスーツ姿ではないのは、勘弁してほしい」


 控室からそんな声と共に、巨大スクリーンの前に現れたのは、志藤康大しどうこうだいだ。特殊魔法治安維持組織シィスティム元局長であり、志藤颯介しどうそうすけの実の父親である。


「もっとも、いつものスーツ姿ではないのは、みんなもだがな」


 次に軽く微笑んで見せた康大に、主に元特殊魔法治安維持組織シィスティム側の面々が、在りし日を懐かしむようにしていた。


「やっぱこうじゃなきゃ、つーの」


 机の上に寄りかかる姿勢で腕を組んでいたユエがにやける。


「志藤元局長。元第一分隊隊長の、日向ひゅうがです」


 スクリーン中央にて止まった志藤に、フレースヴェルグ側の最前列に立っていた日向が軽く頭を下げ、声をかける。


日向蓮ひゅうがれん。久しぶりだな」

「……お久しぶりです、元局長。そして、申し訳ございません。あの日に、俺は――」

「謝るな、日向」


 先ほどまで微笑んでいた顔を強張らせ、康大は険しく、真摯な表情を日向へ向ける。話し声は他に一切なく、この場の誰もが皆、康大の一挙手一投足に注目している。


「お前はあの時、特殊魔法治安維持組織シィスティムとして正しい判断をしたんだ。全ては新崎しんざきと光安の陰謀に気がつけなかった俺の責任だ」

「……しかし、俺は仲間をも……」


 日向の言葉に、同じく最前列に立つ影塚かげつかの眉間が寄る。

 康大はそれをも、視界に捉えている。そのうえで、はっきりとした口調で、口を開いた。


佐伯さえきの死を、無駄にはしない。そして今までも多くの特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員たちが、同様に命を落としてきた。それらは全て、このような組織で己の力を尽くすと決めた時から、覚悟していなくてはいけないことだ。仲間の死を悔やむのは構わない。寧ろ感情ある人間としてするべきだ。だが、悲しみに呑まれて、後を追うような真似だけはするな。仲間の屍は引きずるものではなく、乗り越えるものだ。犠牲を繰り返さない為にも、俺たちは前に進もう」


 康大はそう言うと、特殊魔法治安維持組織シィスティムの敬礼をして、目を瞑る。

 そうすれば、この場にいる元特殊魔法治安維持組織シィスティムのメンバーも、同じように敬礼をしていた。


「……なんか、な」


 学生組、同様に敬礼をしていた誠次の隣に立つ志藤が、ぼそりと口を開く。


「志藤?」

「初めて直接父親のああ言う姿を見たけど、やっぱ、偉大なんだなって、思うわ……」

「……ああ」


 決して親譲りとは言えない黄色の目をじっと向けて、呟いた志藤の言葉に、誠次も頷いていた。


「俺が憧れていた特殊魔法治安維持組織シィスティムは、これなんだ」


 かつて゛捕食者イーター゛により家族を皆殺しにされ、それでも一縷の望みを抱いて縋った希望の組織の在り方が今、目の前にある。それだけで嬉しく思い、誠次は感動にも似た感情を味わっていた。たとえ今は小さくとも、そこには確実に、ある。

 康大に続き、控室から姿を現したのは、もう一人の最高指導者、本城直正ほんじょうなおまさであった。


「――諸君。集まってくれて、感謝している。偉そうにものを言える立場ではなくなってしまった以上、私がこのような挨拶をするのはおこがましいものだが、それでも。この国の将来を担う魔術師諸君が、こうして顔を揃え、同じ敵を討つ為に手を取り合ってくれることは、何よりもの力となるだろう」


 大臣の座を退き、それでも未だこの国の為に戦う本城直正ほんじょうなおまさの宣誓には、旧レジスタンスの面々が主に沸いていた。


「ではこれより、ブリーフィングを開始する」


 康大の号令と共に、裏方がスクリーン装置を起動し、白かったスクリーンが水色に染まる。薄暗い部屋に、ぼうっとした青い蛍光色が灯っていく。


「我々フレースヴェルグは、現在新崎が支配している特殊魔法治安維持組織シィスティムへ向け、攻勢に転じる。雨宮愛里沙あまみやありさが本部から奪取したタロットカードに隠された情報の解読の結果、そこにはかつてのテロ組織レ―ヴネメシスと、光安、そして新崎たちによる共謀の証拠が記されていた。そして失脚した私自身の嘘偽りなき証言が、ここにはある」

「そして、私たちにとっての何よりもの武器は、諸君ら一人一人の力だ」


 康大に続いた直正の言葉に、この場の全員が気を引き締める。

 フレースヴェルグにとっての現状の()()は、テロリストとの関わりを持っていたとされ、全国で指名手配をされている志藤康大の表舞台への再起と、雨宮愛里沙あまみやありさ特殊魔法治安維持組織シィスティム本部から持ち出した情報。そして、個人個人の力である。

 

「私の情報を、どうか役立ててください」


 雨宮の言葉を聞き受け、フレースヴェルグの代表的ポジションとなっている人物、影塚広かげつかこうが席を立つ。


「志藤康大さんの容態が回復したのは、僕たちにとってはまたとない朗報のはずだ。世論を得られ、正当性のある戦いをする事ができる」


 続いて影塚は、志藤に目を向ける。


「学生チーム代表の志藤くん。フレースヴェルグメンバーの特訓の成果を教えてほしい」

「はい」


 現状の戦力の確認の為、影塚によって名指しされた志藤は、返事をして立ち上がる。


「俺を含めて、帳悠平とばりゆうへい夕島聡也ゆうじまそうや小野寺真おのでらまことの四人とも、実戦形式でのトレーニングは、それぞれのパーソナルレッスン相手に合格を出されています。つまり、特殊魔法治安維持組織シィスティム相手でも戦えるってことです。天瀬誠次あませせいじに関しては、言うまでもないと思います」

「うん。ならば、重要な戦力として数えさせてもらう」


 影塚が頷き、次には円卓の中央にホログラム画像を出力する。

 何をこの場の全員に見せるのかと思えば、一〇月のカレンダーであった。


「学生だけではなく、僕たちもあれから戦闘訓練は十分に積んだ。そして前述の志藤康大さんの復活。仕掛けるのであれば、迅速に、今月がいいと思う。みんなの意見を聞きたい」

「来る今月の半ばには、議院総選挙も控えている。今のところ世論は、薺率いる与党への支持に大半となっているが、選挙前のこのタイミングで世論を動かすことができれば、合法的に薺を議事堂から引きずり下ろすことも出来るだろうな」


 影塚の提案に、直正が言葉をはさむ。


「引きずり降ろすって、方法としては、かなりのグレーゾーンですよね……」

「でも、僕たちはもう、黒いからすじゃない」

「脱色して少しは灰色になったってか? それとも、燃えカスの方の灰か」


 澄佳すみかが苦笑しながら呟けば、岩井いわい戸村とむらら元第五分隊が言い合う。


「相変わらず第五分隊はくせ者揃いですね……」

「まあ、この場にいる以上はみんな同じ事だろう」


 元第一分隊所属の近藤こんどう佐久間さくまが肩を竦め合う。


「それではこの場の全員の支持を得られた事で、作戦を説明する。直正さんの知り合いのつてで、僕たちは大手報道機関に、協力を依頼した。向こうの人は元々反薺派でもあったため、この依頼を快く引き受けてくれた。やはりと言うべきか、光安と特殊魔法治安維持組織シィスティムは報道機関への圧力も行っていたらしい」

「マスメディアが味方になってくれるのは、有り難いな」


 影塚の言葉に、あかねが頷く。


「ああ。これでようやく、舞台を整えることができたというわけだ」

「彼らには私と雨宮の告発を、全国に報道してもらう役目を担ってもらう」


 康大が言う。

 

「ニュース番組の生放送に、出演するのでしょうか?」


 誠次がけば、直正が答えた。


「対価として彼らは、ゲリラ生放送中とそれ以降の自身の身の安全を要求してきた。当然、新崎率いる特殊魔法治安維持組織シィスティム側は、生放送を中止しようと、放送局に押し寄せるだろう」

「それを守るのが、僕たちフレースヴェルグの役目だ」

 

 影塚が言う。


「同時に、もう一つの国家実力組織である警察にも、雨宮愛里沙が確保してくれた証拠データは渡してある。彼らは生放送中に特殊魔法治安維持組織シィスティム本部への家宅捜索を行う。この二つの連動した動き。これにより、一気に特殊魔法治安維持組織シィスティムと薺の支配力の低下を狙う」


 康大が続き、締めの言葉を送る。


「諸君。この国の天は死肉をついばシィスティムのものではなく、天の王者であるフレースヴェルグのものだ。諸君の奮闘と、健闘を祈る」


 片手を掲げた影塚の力強い言葉により、一旦会議は終了する。全員には、追って詳細な作戦内容が通達されるとのことだ。


「――とは言われたものの、俺たち遊撃隊と言う名の便利屋。それもどちらかの隊で緊急事態が発生した時の救援部隊かよ。最前線で一緒に戦う事はない、か」


 会議が終わり、魔法学園の廊下を歩きながら、志藤がそんなようなことを言う。


「さすがに、俺たちは後詰ごづめのようなものだな。もしかすれば、出る幕もなく終わる可能性だってあるかもしれない。まだまだ対等に戦えるほどじゃないと思われているのかな」


 聡也があごに手を添えながら言う。最前線で戦う大人たちの戦列には加われず、あくまで予備の部隊とのことであった。信頼されていないわけではないだろうが、あくまで主役は、大人組の面々だ。


「それはそれで、良いことなのかもしれませんけれどね。戦わずに済むのならば、一番です。もちろん、そうはいかない事が多いですが」


 真は前を見据えて言う。


「そりゃあ、大人は俺たち子供を戦いの最前線には表立っては向かわせないだろうさ。ただ、いつでも行けるって準備だけはしておかねえとな」


 悠平がだろ? と誠次に問いかけてきて、頷き返す。


「悠平の言うとおりだ。何が起こるかは分からない。着実な作戦遂行のために、みんな、緊張感を持っていよう」

「わかった」

「ああ」

「はい」

「おう」


 正義と平和の為に戦う。全員の意思を改めて確認した誠次は、それじゃあ、と腕を掲げる。


「決起集会を兼ねて、みんなでラーメン食い行こうぜ!」

「早速緊張感行方不明だなおい!」


 誠次の発言に、志藤がツッこんでいた。しかし、男子高生たるもの、ラーメンには勝てん。

 結局、五人の男子魔法生の前には、もくもくと白い湯気が立ちこめる事になる。魔法学園近所のラーメン屋にて、横一列にカウンター席に並んだ誠次たちは、ラーメンをすするのだ。

 

              ※


 日は巡り、10月下旬。この国の命運を決めると言っても過言ではない大規模な作戦が、いよいよ開始されようとしていた。

 魔法学園の男性用更衣室で、影塚広かげつかこうは黒いスーツを身に纏う。ネクタイを締め、袖をチェックし、そして、今はない胸元のバッジの面影を感じ、そっと触る。

 そんな影塚がいる部屋をノックする音が、響いた。


「影塚さん。天瀬誠次です。失礼でなければ、入ってもいいですか?」

「天瀬くん? もちろん、いいよ」


 更衣室の自動ドアがスライドして開き、魔法学園の白い制服を身に纏った誠次が、入ってくる。


「いよいよ、出陣なさるのですね」

「ああ、作戦開始だ」


 影塚は拝借していたロッカー(実は、学生時代に自分が使用していたところ)を閉め、やって来た誠次を見つめる。


「出来れば、共に戦いたかったです……。学生組だって、力を付けました」


 誠次が悔しさを露わに言えば、影塚は優しく微笑んでいた。


「……なぜ、笑って……」

「ああ、ごめんごめん。つい昔を思い出してしまって」

「昔……?」

「君と初めて出会った時の事とか、今に至るまで、さ。出撃前に久しぶりに二人で、話でもしておこうか」


 影塚に誘われ、誠次は頷いていた。

 出撃までもう少し時間はあった為、影塚は自分が学生時代にもよく通っていたと言う、魔法学園の談話室のカウンター席で、二人は横並びに座る。


「さっきの話の続きだけど、懐かしく思ったんだ。初めて君と出会った、君が中学生で、僕が特殊魔法治安維持組織シィスティム入隊一年目の頃」

八ノ夜はちのやさんの紹介で、俺に戦闘の基礎を教えてくれましたね」

「その頃を思い出すと、凄く成長したよ。まさかあの時は、今こうして共に戦う事になるなんて、悪いけど思っていなかったからね」


 そう言われるとやや悲しく感じるが、それはそうなのだろう。当時の誠次は魔法が使えない中学生であり、教えられることと言えば、精々基礎体力向上や、徒手空拳の辺りだ。それがヴィザリウス魔法学園へ行き、後にレヴァテインと名付ける魔剣を手にし、こうして共に戦う仲となった。師弟の関係は一時、互いの信念を懸けて敵対関係となり、そして今、共に戦う戦友と言う関係に昇華していた。


「俺は貴男に、ずっと憧れていました。なにもそれは、今も変わらない思いです」

「そう言ってもらえると、嬉しいよ。でも、今の君はもう十分強い。守るべきものもちゃんと自分で守れるし、実際、そうしてきたじゃないか」


 影塚は穏やかに微笑み、誠次を勇気づける。


「去年のGWの時、アルゲイルで君と出会った時よりも、君は多くの経験を積み、戦い、そして成長した。今ではもう立派なエースだ」


 影塚はそう言って、誠次の背を軽く叩いてやる。その行為に、かつての隊長と自分の姿が重なったようで、影塚は心の中で、エモーショナルな気分を味わう。きっとこうして、続くものは続いていくのだろう。よくも、わるくも。

 自分はこうして大人になっていくのだろうかとしみじみ思う一方で、まだ大人になりきれていない部分も痛感し、影塚は自嘲の笑みも零す。


「出来れば君たち学生組の手をわずらわせたくないと言うのが、僕たち大人組の本心さ。だから、この作戦は大人組が先行して行う。でももしもの場合は、君たち学生組の出番があるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」

「……」


 誠次もまた、昨年の春や夏とは違い、憧れであった影塚と共に戦う時が来ていると言うことに、確かな感動を味わっていた。


「はい。準備は出来ています」

「頼りにしているよ。魔法世界の剣術士。どうか君は、大切な仲間を守り続ける間違いなき戦いを続けるんだ」

「間違いなき、戦い……」


 ぽん、と影塚に頭に髪の上から手を乗せられ、前髪が目にかかり、誠次はくすぐったいような思いを味わう。


「僕は一度、間違えてしまったからね……。大切な母校や仲間がいたこの魔法学園を、破壊しようとしてしまった」


 影塚は過去を後悔するように、周囲を見渡した。


「僕もどうやら、スパイダーマンやアイアンマンのように、正義の味方ではなかったようだ。……なんだかみんな、過去に大きなトラウマや後悔をもってばっかな気がするね」

「……確かに、そうですね。でも、ときに彼らも失敗をするときはありますよ」


 早朝とあって、二人以外はいない静かな談話室では、柳が作業をする音だけがBGMとなっていた。

 誠次もまた、辺りを見渡して、頷く。

 天瀬誠次の後悔。使い慣れた四人掛けのテーブル席に、幼い頃の自分を含めた、守ることが出来なかった家族たちが笑い合っている気がして、誠次は息を呑んだ。


「……それをひとつづつ乗り越えて、きっと僕たちは大人になっていくんだろう。そう思わないかい、天瀬くん?」


 影塚に笑いかけながら問われ、誠次も自然と微笑んで、頷いていた。


「そう思いたいです。志藤さんも言っていました。過去は引きずるのではなく、乗り越えるものだと。今この魔法世界で生きている俺たちが、生き残ることが出来なかった人たちの後を追うような真似をしても、きっと、彼らが悲しんでしまうだけなのだと、思いますから」


 相変わらずコーヒーはまだ飲むことが出来ない誠次は、紅茶の入ったグラスをぎゅっと握り、呟く。

 そうと割り切るのは簡単かもしれないが、その実――。未だ過去の亡霊を追い求めることを、諦めきれない自分もそこにはおり、誠次は右手の震えを実感した。

 隣に座る影塚も、グラスの中の深紅の液体の揺れから誠次の心情を察し、遠くを見るような目をしていた。


「言葉では、いくらでも言えるか」

「そのためにも守り続け、勝ち続けなければ」


 師弟の関係から、戦友として。影塚と誠次は手を合わせていた。


「そうでした。影塚さんは特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻したら、どうするつもりなのです?」

「どうするつもりって……そこまでは、考えていなかったな」


 影塚は上を見つめ、じっくりと考えているようだ。


「南の島へのバカンス、とか?」

「遊ぶ気満々なんですか!?」

「あはは、冗談、冗談」


 影塚は笑い、次には、真面目な顔をしていた。

 

「まず、しっかりと隊長になって、地に墜ちた特殊魔法治安維持組織シィスティムの評判を取り戻さないといけないと思う。その後の事は、局長が決める事だ」

「良かったです。特殊魔法治安維持組織シィスティムを続けてくださるようで」


 そう言った誠次の言葉に、影塚は微かに青い目を見開く。


「君はまだ、僕に特殊魔法治安維持組織シィスティムでいる資格があると思うのかい?」

「当然です。俺の憧れである貴男がいない特殊魔法治安維持組織シィスティムは、考えられません」

「そうか……。期待には、応えないとね」


 自分の口癖のようなものを、影塚もまた呟き、口角を上げる。

 そして、自分の電子タブレットで、時間を確認したようだ。


「そろそろ時間だ。行かないと。ありがとう天瀬くん。君と話せて、良かったよ」


 カウンター席から降り、影塚は脱いでいたジャケットを羽織る。


「こちらこそ。ご武運をお祈りしています」


 誠次も席から降りて、影塚を見送る。

 いよいよ開始される、特殊魔法治安維持組織シィスティムを取り戻すための戦い。多くの人が協力しあい、作戦も綿密に積み上げたものであった。

 しかしそれでも。相手は腐っても国家実力組織であり、強大な相手であった――。


           ※


 テレビ局ではいつも通り、朝の報道番組が生放送で放送されており、なんの変哲もない朝を迎えていた。大きな長方形をしたビルに、近づく大型トラックが、一台。


「おはようございます」


 大型トラック運転手がテレビ局の警備員にカードキーを見せ、トラックを地下駐車場へと停める。

 停車したトラックから降りた運転手が荷台を開ければ、中にいた人々も一斉に駐車場へ足をつける。

 小声とアイコンタクトで指示をとりあい、彼らはテレビ局の中に入っていく。


「――待たせた」

「お待ちしておりました、皆さん」


 本城直正ほんじょうなおまさを先頭に、元特殊魔法治安維持組織シィスティムの面子や、志藤康大しどうこうだいが、テレビクルーと共に、局にやって来たのだ。


「前代未聞ですよ。朝の生放送中に国家実力組織の内部告発だなんて。やはりインパクトは一番かと。ネットやSNSも大騒ぎでしょうね」

「それが狙いだ。そちらの協力に感謝する」


 通路を歩きながら、直正がプロデューサーの男と会話をする。

 そんな彼らを、今日一日中は警備をする役目を背負った影塚かげつから魔術師は雨宮あまみや以外、テレビクルーの格好をして局に入り、彼らと同じ通路を進む。


「こちらは局に到着しました。そちらはどうでしょうか?」


 その傍ら、影塚は耳元の通信機で、同時間に別行動をとっている警察たちと連絡を取り合う。


『こっちも大丈夫や。そちらこそ、あまり力入れすぎると、失敗するで』


 関西弁の警部の男が、今回の()()()()の人員の責任者であるようだ。一瞬だけ軽薄そうな印象こそ抱くが、その実では相当な責任感と実力を以って、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部である台場へと向かっていた。

 多く人々の証言と、雨宮が奪った情報を元に、裁判所で正式な捜査令状を受け取った、正真正銘の法の執行であった。


「感謝します。警察の貴男方まで、動いてくださるなんて」

『そりゃあ、悪い奴らを捕まえるのが俺たちの仕事やしな。前々から光安はキナ臭いし仲悪かったしで、ようやくこの日が来たって感じや』


 台場、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部方面にも、数多くの警察車両が向かっていた。

 天候は曇り空。ときより海辺から強く吹く潮風が、白と黒のパンダカラーのパトカーに砂を撒く。

 繁華街を抜け、台場でも海沿いの端の方に建つ、砂上の城。強風の中でも威厳を失わないその佇まいは、逃げも隠れもすることなく、多くのパトカーを駐車場へ迎えていた。

 ドアが開き、十数名に及ぶ捜査官たちが、一斉に車両から降りる。トレンチコートとスーツ姿の捜査官たちが、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部に入っていく。

 中には特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員と思わしき、若い青年たちが、何一つとして驚く素振りもなく、ロビーに点在していた。


「……」「……」「……」


 それは一見すると不気味に、やって来た捜査官たちの行く末を、無言で見つめているようであった。


           ※


 同時刻、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の地下射撃場。

 地上では多くの捜査官たちが到着した今も、ここでは乾いた発砲音が鳴り響いていた。


「……っ」


 オートマチックの拳銃に籠められた弾を全て打ち尽くし、青年は装着していた耳当てとゴーグルを顔から外す。ぼさぼさに伸びた赤い髪から流れる汗を軽くタオルで拭き、ペットボトルに入った水を飲み干す。

 青年がひたすらに撃ち込んでいた、遠くに配置された人形の的の胸部と頭部には、無数の弾痕が空けられていた。


「まあ要するにだ。奴はホラーゲームに出てくるゾンビのようなものだと思えばいい」


 第四分隊、隊長。堂上淳哉どのうえあつやは、銃を構え、的を狙う部隊員たちの後ろを歩きながら、そんなことを言う。


「頭や胸を狙えば一瞬で片をつけられる。容赦も慈悲もそこには必要ない。やらなきゃやられるのは、こっちだからさ」

「しかし、我々には魔法があります。今更射撃訓練など……――」

「しー、静かに……」

 

 鳴り響く発砲音のさなか、ふと堂上は、タイル張りの天井を見上げる。


「……へえ。やっぱり、来ちゃったんだ」


 その横顔から覗く口元は確かに、笑みを刻んでいるようであった。


 特殊魔法治安維持組織シィスティム本部、局長室。

 言うなれば、特殊魔法治安維持組織シィスティム所属の魔術師たちのトップに立つ男が座する部屋には、秘書の女性が黒革の椅子に座る、眼鏡姿の男の元へ、来訪者たちの存在を、伝える。


新崎しんざき局長。捜査令状を持った警視庁捜査官たちが、エントランスに来ています」

「分かっているよ」


 本来する必要などないが、使い魔である鷲に餌を与えていた新崎は、静かに立ち上がる。

 黒いスーツに黒のネクタイ。胸元には、特殊魔法治安維持組織シィスティムの魔術師の長たる証の紋章バッジが、暗く光り輝く。


「どうやら、()()()をしないといけないようだ。盛大にもてなさければ」

~○○な秋と言えば?~


「秋と言えば、読書の秋だよな」

せいじ

       「スポーツの秋だろ」

           そうすけ

「食欲の秋、も」

まこと

       「勉強の秋では?」

           そうや

「勉強の秋は聞いたことねえぞ」

そうすけ

       「アニメの秋か?」

           ゆうへい

「アニメはいつでもやってんだろ……」

そうすけ

       「そんなこと言ったら」

            せいじ

       「読書もスポーツも食事も」

            せいじ

       「いつでもやってるようなものじゃないか」

            せいじ

「あ、確かに」

そうすけ

「まあぶっちゃけ」

そうすけ

「なんとかの秋ってのは」

そうすけ

「言ったもん勝ちかもな」

そうすけ

       「言ったもん勝ちの秋」

            そうや

「そんなことないの秋」

せいじ

       「ち秋」

            ゆうへい

「もうやめませんか秋ました秋」

まこと

       「秋で遊ぶなし……」

            そうすけ

       「……」

            そうすけ

       「あ、秋れちまうぜ……」

            そうすけ

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