12 ☆
「文化祭で丸くなっただぁ!? 何勘違いしてやがる……俺は滅茶苦茶尖ってるんだぜ!」
あきら
突如として二人の少女に奇襲をし、うちルーナを一撃で負傷させた、ヴィザリウスでもアルゲイルでもない男。そんな彼は、灰色の髪をした、若い少年であった。
だぼだぼの長ズボンに、上は黒いタンクトップ一着という風貌だが何よりも。身の丈程はある長く大きな大剣を、軽々と持ち上げては担いでいる。その銀色の刀身の先には、ルーナの血以外にも、様々な汚れがこびりついていた。それが赤黒いのはつまり、他にも多くの人を斬ってここまで来たのだろう。
「おい女。もう一度だけ訊く。剣術士の居場所を知ってるか?」
「知らない……っ」
肩を負傷させられたルーナが、苦し気に答える。
その後方で倒されていたティエラが、片手を使って立ち上がると、速攻の攻撃魔法を繰り出す。
「《パルス》!」
「危ねえっ!」
が、男は大きく跳躍すると、木の枝に掴まり、体操選手のようにぐるりと周り、素早い身のこなしで木の枝の上に両足をつける。
「なんて身のこなし……!」
ティエラがルーナの肩に治癒魔法を施しながら、木の上に登った大剣使いの男を見上げる。
「女をいたぶる趣味はねーが、とっとと吐っちまわねえと、痛い目見るぜー? あの女のようにな」
灰色の髪をした男は、そうして木の枝の上に立ち、ティエラにも大剣の先を向ける。
そして謎の男は、負傷したルーナに向けて、声を荒げる。
「おい銀髪女! おめーが剣術士と知り合いなのはもう知ってるんだ。剣術士がこの遊びにも参加済みなのもな! 奴はどこにいる!?」
ルーナは片膝をつき、左肩を右手で抑え、額に汗を滲ませていた。
「どういうことだ……狙いは、誠次なのか……!?」
「当たり前だろ! おめえ、騎馬戦でアイツの上に乗ってやがったな? つまりは、アイツの知り合いってわけだろうが……。さあ、居場所を教えろ!」
「下がってくださいルーナ! 私が戦います!」
ルーナと共に戦うティエラが、利き腕ではない左腕で攻撃魔法を発動し、男へと魔法の弾を放つ。
コントロールは申し分ないものの、男は大剣を取り回し、魔法による攻撃を全て防ぎきっていた。
「こうなりゃ目障りだ。今までの奴らと同じように、もろとも潰す!」
少年からは並々ならぬ殺気と気迫を感じ、ルーナとティエラは身震いを感じていた。
「マーシェ……君は逃げろ! 私があいつを足止めするっ!」
「誠次のようなことを言わないでくださいルーナ! 左肩の痛みが残っているはずです。貴女を置いては逃げませんわっ!」
勇んだルーナの言葉を拒み、ティエラは左手で組み立てた攻撃魔法の魔法式を、木の上の男へと向ける。
「ずいぶんとぎこちない構築だな、女! そんなんで俺に勝てると思ってんのか!?」
「お黙りなさいっ! 私は守られているだけではありません!」
「雑魚が、無駄だ!」
ティエラを嘲笑う男は、片手だけで握った大剣を肩の上に乗せ、余裕綽綽の構えを見せる。
「ルーナを傷つけさせはしませんわ! 誠次も!」
「マジか女。さてはおめーも、剣術士に魔法を授けるうんたらかんたらな類か!」
次の獲物を見つけたが如く、男は声高に笑う。
「女をいたぶる趣味はねーが、アイツの関係者とあれば、話は別だ! アイツを呼ぶためにも、おめーもボコボコにしてやる」
敵は木の枝の上で軽く屈むと、見上げる二人の少女へ向けて、一気に接近する。
銀色の剣線が煌き、一筋の線が横一閃に、二人の少女を纏めて狙う。だが、切れたのは宙を舞った木の葉だけ。
ティエラがルーナの手を引き、後ろに下がらせ、宙に浮かばせたままの攻撃魔法の魔法式に最後の魔法文字を記入。炎属性の攻撃魔法を、大剣を担ぐ男へ向けて放つ。
「《フレア》!」
「危ねえ!」
男は身体をしならせてそれを回避すると、大剣を振り回すようにして、ティエラへと刃を向け振るう。
ティエラにもかつて鎌と言う近接戦闘用の武器を扱っていた経験から、近接戦闘の心得はあった。僅かに身体を傾けて敵の大振りの身体を躱すと、左手で再び魔法式を組み立てる。
しかし、そこは流石に剣の方に手数の分がある。
男は地面に突き刺した大剣を軸に、強靭な足腰の筋肉を使い、跳躍。ティエラの顔めがけて、靴の底を向けるように蹴りをする。
「マーシェ!」
後ろに下がっていたルーナが攻撃魔法を繰り出し、男の攻撃を止めようとするが、もろともせずに男は足を回しきる。
ティエラは目の前にまで迫った攻撃を寸でのところで回避するが、その反動で地面の上に尻もちをついてしまう。
「きゃっ!」
「はは……。金髪女、ただの雑魚魔術師かと思ったがまさかお前。利き腕の右手が使えないのか!」
一瞬でそれを看破した様子の敵は、大剣を地面から引き抜くと、目の前で尻もちをついたティエラを狙い、振り下ろす。
「そんなんで俺に勝てるわけねーだろうが!」
森に奔り轟いた怒号と悲鳴を聞き、鳥たちが一斉に羽ばたいていた。
※
渦中のジャングルエリア一つ手前の草原のエリアにて、負傷していたアルゲイル魔法学園の後輩、岸野を リタイアポイントまで運ぶことに成功した誠次たちは、彼と別れる。
「本当にありがとうございました……。この恩は忘れません」
「現実世界へと戻ったら、先生にこの事を伝えてくれ。正体不明の剣士が暴れていると」
誠次が岸野を見送り、声をかけていた。
「怪我をしてしまったみんなはおそらく、貴男の事を誤解してしまっていると思います……」
片手で片腕を抑えながら、岸野は俯いて言う。知名度があればそれに伴い、悪評もついて回る。
それは世の必定の事でもあり、個人ではどうにもできないものだ。
誠次も微かに俯きかけ、しかしそれを頷きへと変える。
「仕方のないことだ。せめてこれが、天下の秋を知る事ではないことを祈ろう」
「ありがとうございました……先に失礼します」
「達者でな」
岸野の周りに光の幕が纏わりつき、それがフラッシュを放ったかと思えば次の瞬間、岸野の姿は消えていた。現実世界へと、戻ったのだろう。
「ボランティアは終わったか? 天瀬?」
共に行動をしている安藤が、誠次の背に声をかける。
誠次は振り向き、軽く頭を下げていた。
「はい。ご協力、感謝します、安藤先輩」
「お前のこと、まだ認めたわけじゃない。今でもお前が自作自演をしているって、疑っているからな」
「……」
同胞からも疑いの目を向けられれば、さすがに応え、誠次は悟られぬ程度にため息を零していた。
一方で長谷川翔は、続いた戦闘からの休息の為、草原から突き出た岩の上で休息をとっていた。
「大丈夫か、誠次?」
風を浴びながら、翔が声をかける。
誠次は座る翔の隣に立ち、彼方を見渡していた。
「はい、お気遣い感謝します、翔先輩」
「安藤も普段は悪い奴じゃないんだ。ただ、みんなこの戦場に送り込まれてピリピリしている。実戦をあまり経験したことがない奴なら、尚更だな。どうか悪く思わないでくれ」
「心得ています。戦闘から来る焦りや苛立ちから、つい頭に血が上ってしまう事ならば、俺も何度も経験していますから」
「お前にとってみれば戦場なんて、慣れたものだったか、剣術士」
「出来れば慣れたくなどは、ありませんでしたが……」
「そりゃあ誰だってそうだろ。血生臭い戦いの場所よりは、部屋の中で静かに本でも読んでいる方が、はるかにマシだ」
翔は作り物の足元の雑草を手で引き千切り、それを指で潰して、遠くへと投げた。細めた青い目は、何か確信めいたものを思わせる、力強い輝きを放つ。
「……でも、状況がそれを許してはくれない。だから戦わないとな。もう逃げたくはない」
翔はそう言って、静かに立ち上がる。
「目的地はジャングルで違いないか?」
「はい。鳥のさざめきが大きくなっています。そしてそこに微かに混じる、救いを求める声も聞こえてきます」
翔と誠次は踵を返し、ジャングルを臨む。鬱蒼と生い茂る背の高い木々の一寸向こうは、まるで夜のように暗闇が広がっている。そこから黒い影がしきりに飛んでいけば、それが安住の地を求めて彷徨い羽ばたく鳥たちであることが、わかった。
「お前が言う空間認識能力ってわけじゃないが、嫌な予感は俺も感じる」
「……っ」
誠次はジャングルの奥の方を見つめ、黒い目を研ぎ澄ます。
小さな風が誠次の髪をそっと撫で、背中の方へと流れていく。
「声が聞こえる……。ルーナ……? ティエラ……?」
ぼそりと、誠次が呟く。
「誠次?」
「ルーナ! ティエラ!」
誠次は背中の鞘からレヴァテイン・弐を抜刀すると、翔が戸惑う中、駆け出す。
「お、おい!? あの野郎どういうつもりだ!?」
周囲を警戒していた安藤が、誠次の背を睨んで言う。
すでに誠次は、ジャングルの中へと突入していた。
「待て誠次っ! 追うぞ安藤!」
「ああ、ったく!」
翔と安藤も走り、誠次を追ってジャングルへと突入した。
不安定な足場と、行先を惑わせる緑のカーテン。そして、高温多湿な環境は、お世辞にも長居したい環境とは言い難い。
そして、救うべき人の元へ救援に駆け付ける為に、全力疾走をする場合でも。
誠次は地上での走行を諦め、太い木々の枝の上に飛び移り、そこから次の枝へと飛び移っていく。
その下を、二人の魔法生が追っていた。
「あの光景、忍者漫画で見たことがあるぞ長谷川!」
「誠次! 先に行け! 後から必ず追いつく!」
翔が頭上を駆ける誠次へ声をかける。
片手を木の幹へ添えてバランスを取りながら、下へ視線を向けた誠次は、頷いていた。
「感謝します、翔先輩!」
誠次は方向転換し、最短ルートで木々の間を駆け抜ける。
「どこだ……確実に近づいてはいる!」
人が通ることなど想定してはいない木の葉の壁を強引に通れば、誠次の顔には赤い傷が目立つようになる。
「ルーナーっ! ティエラ―っ!」
誠次が叫ぶ。
鳥たちがよりいっそうのさざめきを奏で、まるで大自然に迷い込んだ人を誘うように、鳴き声を響かせる。
汗ばんだ額を腕で拭いとり、誠次は焦燥感を露わに、周囲を見渡す。しかし、視界で見たところで、変わらない景色を前に、わかる事など無い。ならば朱梨の教えの元、感覚を研ぎ澄ませ。
「すー……」
深く息を吸い、誠次は瞳を閉じ、残りの感触に全てを委ねる。
「俺が剣を振るい戦うのは、守るべきものを守るためだ……。だから応えてくれ……守るべきものの為に」
ぼそりと呟いた誠次の元に、微かに声が届く。
少女の、声だ。
「――誠次!」
咄嗟に目を見開いた誠次は、その声の方角を睨む。
「貴様は……まさかっ!」
そこへ混ざる邪悪の存在も感じ取り、誠次は歯軋りをして、右手に握ったレヴァテイン・弐の柄を強く締め上げる。
「やめろーっ!」
木の枝から飛び降りた誠次は、草木をかき分けて、走り込む。
開けた視界の先、そこでは銀色の刃を振り上げる、男の姿があった。
目の前で倒れているのは間違いない、ティエラだ。
――一閃。
男が振り下ろした大型の剣と、誠次が突き出したレヴァテイン・弐が、白刃を描いて、交錯する。その最中で起きた火花が、睨み合う二人の間で散り失せる。
「――よぉ……久しぶりだな、羊さんよぉ! また右腕斬られてメーメー鳴いてみせるか!?」
「戸賀彰! 何故貴様がここにいる!?」
忘れもしない。かつてテロリストの一員として、自分と香月の前に立ちはだかった、一つ年下の少年だ。香月とともに施設で育てられた、哀れな少年。
アルゲイル魔法学園で敵対し、その戦いの最中で誠次の右肩を斬り、追い詰められた男、戸賀彰。その後は特殊魔法治安維持によって保護され、新崎の元にいるはずであった。
「「誠次!?」」
負傷した二人の少女、ルーナとティエラの前に立ち、誠次はレヴァテイン・弐を構える。
「やっぱり現れたか、剣術士! 弱い羊は群れの仲間が襲われると助けに来るってなぁ……。とっとと喰われちまえよ、俺にさ!」
因縁の相手と再会し、戸賀は嬉々とした表情で、大剣を振り回す。ここに来るまでに相当の者を斬って来た実力は、確かだ。
「今度はあの忌々しい黒髪の魔女も助けには来ないはずだ……。負けるわけねーよな!? この俺が!」
あの日、八ノ夜の救援がなければ、間違いなく自分と香月は敗北を喫していただろう。今はもう、あの人の加護はない。
しかし今は――あの日以上に、実力も信念も、太刀には宿している。
「体育祭競技中に魔法で障壁を破壊したのも……この最終種目で無差別に攻撃を行っていたのも……全ては貴様の仕業か、戸賀!」
「おうよ! なんでも、アイツが俺に自由に暴れてこいって言ってくれたからな」
「アイツ、だと……?」
「アイツと言えばアイツだよ。新崎」
戸賀の口から出たその男の名を聞き、誠次は思わず目を見開く。
「まさか、新崎がこの体育祭に混乱を起こせと言ったのか!?」
「ああそうだぜ! そしてお前を最終種目に参加させたのも、アイツだ。元々参加予定だった奴に幻影魔法をかけて強制辞退させ、お前を必ずこの最終種目に参加させるように仕組ませた。俺と勝負させるためにな!」
「奴の元につくのはやめろ、戸賀! 奴は仲間すらも利用するような男だ! お前自身の身も危ういかもしれない!」
誠次が叫ぶが、戸賀は片手で握った大剣を、誠次へと向けていた。
「相変わらずごちゃごちゃうるせえな、お前は! その減らず口ごと、今度こそ叩き斬ってやるよ! 今度は右腕だけじゃ済まさねえ! ぐっちゃぐちゃだ!」
戸賀は突撃し、誠次の目の前にまで一直線で向かう。
後方には倒れている二人の少女がいる為、誠次に後退の選択肢はなく、真っ向から迎え撃つ択をとらざるをえない。
「受けて立つ!」
誠次はレヴァテイン・弐を片手で振るい、戸賀の一撃を受け止め、足を踏み込ませ、弾き飛ばす。
大きく仰け反った戸賀は、少々驚いたような表情を浮かべていた。
「おーおー! なんだてめえ……さては、強くなったな!」
「戸賀! 文化祭でお前は、正しき魔法の道へ触れたはずだ! このまま戦うべきではない! その力を善良なものの為に使うべきだ!」
「相変わらず筋金入りの馬鹿かお前は! お互いに目に見える武器を持ってんだぜ? じゃあ戦う以外ねえじゃねえか!」
戸賀が身体を捻り、自身の体重を乗せながら、斜めに大剣を振り降ろしてくる。慣れない者ならば、鋼の塊が迫るその迫力だけで尻込みをし、満足に防御魔法も発動するこは出来ないことだろう。さらにはこの現実世界とは隔絶された特殊な環境下で正体不明の剣士と言う点も、彼への恐怖心を助長させることとなってしまっていた。
負けるわけにはいかない。あの日のように。
「甘い!」
大剣を前に引き下がらず、誠次は逆に足を踏み込ませ、戸賀の懐に突入する。
右腕の甲を使い、戸賀の腕を抑えると、頭上でレヴァテイン・弐と大剣を噛み合わせ、戸賀とは至近距離で睨み合う。
「己の戦いに理由を持たぬ者になど、負けるわけにはいかない!」
「剣術士……テメェだけは殺す! 俺の手でな!」
戸賀は空いていた左手で握りこぶしを作り、誠次の顔面を狙って突き出す。
そうした戸賀の動きを見切っていた誠次は顔を逸らして攻撃を躱すと、掲げた腕ごと戸賀を背負い、地面に向けて振り落とした。
「かはっ!」
「もうやめろ!」
背中を強く打ちつけられた戸賀であったが、すぐに身体を起こし、体勢を整え、誠次に正面から斬りかかる。
「剣術士! テメェ詩音は……詩音になにをした!」
「香月がどうした!?」
東馬が建てた施設で知り合いであった香月に一方的な好意を寄せてもいた戸賀は、誠次へ呪詛の言葉を吐きながら、鍔迫り合いを行う。
誠次もまた、突如として出てきた彼女の名に、僅かに心を乱されていた。
「あの男はなんだ!? 志藤颯介! 今の恋人かーっ!」
「な、なにっ!?」
思わず拍子抜けをしてしまい、誠次のレヴァテイン・弐は戸賀によって切り払われ、右手を離れ、回転しながら後方へ吹き飛ばされる。おそらくとも言わず、障害物競走を見ていたのだろう。
素手となった誠次は、両手を地面につき、バックスプリングを行い、戸賀との間合いを一旦離した。
「待て戸賀! あれは競技の為にやむなく、ヴィザリウスの勝利の為にだな!」
「見つけたぜ剣術士。詩音を取り戻すのが、俺の戦う理由だーっ!」
「なんだか一気に空気が変わったな……」
しかし誠次は首を左右に振り、腰から二本目のレヴァテイン・弐を引き抜く。
「貴様はすでに多くの者を傷つけた。野放しにしておくわけにはいかない!」
「殺り合おうぜ!」
戸賀が振るう大剣の刃を受け止め、いなし、誠次は引かずに競り合う。
そんな誠次の後ろでは、ルーナとティエラが、飛ばされた最初のレヴァテイン・弐を前に、揃って頷き、両手を差し伸ばしていた。
「反応しない……?」
「おそらく、誠次が触れていないと、効果が発動しないのでしょう」
ならばと、ルーナとティエラは、声を張り上げた。
「誠次、付加魔法を!」
「受け取ってくださいませ!」
ルーナとティエラの声を聞いた誠次は、正面に立つ戸賀に向けて、手元のレヴァテイン・弐を投げつけ、自身は後方へ離脱するように跳ぶ。
「っち!」
投げつけられたレヴァテイン・弐を斬り弾いた戸賀であったが、続いて彼が目にしたのは、誠次が極北と極西。二人の国の姫たちから、それぞれ紫と蒼の付加魔法を受け取っている姿であった。
「ありがとう、ルーナ、ティエラ!」
「頑張ってくれ、セイジ!」「やっつけちゃってくださいませ、セイジ!」
体育祭出場選手として大声援ではなく、二人の少女からの黄色い声援。しかし、自分にはそれで充分でありまた、満ち足りている。
力を受け取ったレヴァテイン・弐を、誠次はその場で振り払う。頷きながら閉じていた目を開けた誠次の目の色は、それぞれ紫と蒼に変わっていた。
「誠次! みんな無事か!?」
誠次と同じく行動していた翔も追いつき、ルーナとティエラの前に立ち、自身は防御魔法を発動する。
「なんだアイツ……剣士がまだいるのか!?」
安藤も追いつき、切り合う誠次と戸賀に向けて、魔法式を展開する。それを即座に完成させて、放とうとするが、出来なかった。
「これは……本当に剣士の戦い方かよ!?」
誠次と切り合い、攻撃を躱された戸賀は急停止。ほとんど人間離れした動きで身体を捻ると、誠次へ向けて猛然と突撃してくる。
「なんて動きだ!?」
誠次は紫色の目を光らせて、迫り来る戸賀の大剣による攻撃を受け止める。
「やはりパワーがある!」
一年前に対峙したときよりも、戸賀は力をつけている。純粋なパワーが上がり、構えも出鱈目なものではない。
「おめえこそ……その目の色はなんだーっ!?」
喜々とした表情を見せる戸賀は、誠次にむけて連続攻撃を繰り出す。
「下がれ剣術士!」
安藤の言葉を受け、誠次は咄嗟にバックステップを行い、戸賀の大剣を大振りで空振らせる。
一瞬だけ棒立ちとなり、敢えて戸賀の視線を引きつけた誠次は、後方から迫る翔が放った攻撃魔法を、身体をそっと横にずらして回避。
戸賀から見れば、誠次の背後から突如として攻撃魔法が飛んできたようなものだ。
「がはっ!」
安藤が放った攻撃魔法は、戸賀の腹部に命中する。
戸賀は大剣の柄をぎゅっと握り締め、それを支えに踏ん張り、立ち続ける。
「もうよせ戸賀! この状況ではお前の勝ち目はない!」
「まだだ……。俺は絶対に、負けられないんだーっ!」
何かの執念を胸に燃やし、戸賀は地面に突き刺さった大剣を引き抜き、誠次へ向けて再度突撃してくる。
繰り返しの安易な突進で、躱すのは容易だが、背後にはルーナとティエラがいる。そこで誠次はティエラの付加魔法能力を使用し、迫り来る戸賀の進行方向上へ向けて、レヴァテイン・弐から雷を放出した。
「止まれ!」
「無駄だーっ!」
誠次が放った雷をもろともせずに、戸賀は迫る。
蒼色の雷はいくら出力を控えたとはいえ、戸賀に命中したはずだ。にも関わらず、戸賀はまったく怯む素振りも見せてはいない。
「どういう事だ……!?」
困惑する誠次の目の前にまで、戸賀は再接近し、三白眼の目をぎらりと向ける。
大剣による一撃は、すぐに誠次へと襲いかかった。
咄嗟に取り回したレヴァテイン・弐が、戸賀の大剣を弾き、誠次は一歩踏み込み、戸賀の左肩へ向けてレヴァテイン・弐を突き出す。
浅い一撃ではあるが、傷を与えて怯ませるには充分な切り傷のはずだ。
誠次の狙い通り、レヴァテイン・弐の蒼色の刃は、戸賀の左肩を貫いた。
「ぐああああっ!」
「これでどうだ!」
誠次はすぐに剣を引き、戸賀の出方を油断なく窺う。
出血した左肩をそのままに、なんと戸賀は、片手で握った大剣を、誠次目掛けて振り降ろす。
「っち!」
誠次は身を翻してその一撃を躱すと、安藤の攻撃を察知し、片手で地面に手をつき、ハンドスプリングでバク転を行う。
「《フロスト》!」
速攻の氷属性攻撃魔法が、戸賀の足首に命中する。彼の足に氷が纏わりつき、行動を抑制する狙いのようだ。
だが、戸賀はそれすらももろともせずに、執拗に誠次を付け狙う。
「化物かよ……!」
安藤も、戸賀の自身の負傷をもろともしない攻勢に、驚きを隠せないでいるようだ。
「剣術士っ!」
大剣を片手だけでも振り回し、戸賀は誠次に肉薄する。まるでもはや、誠次以外には目もくれていないようだ。
「安藤先輩。奴との決着は、俺自身がつけます!」
ジャングルのツタや落ち葉を踏みしだき、誠次は木の幹を駆け上がると、真っ逆さまに落下しながら、ルーナの付加魔法能力を使用。空中から戸賀へ向けて、紫色の光を纏ったレヴァテイン・弐を投げ落とす。
「ティエラ――」
直後、誠次は付加魔法能力をティエラのものへと切り替える。
狙い通り、戸賀は大剣の大きな腹を使って、こちらが放った魔剣を受け止める気でいるようだ。しかし――。
「それでは防ぎきれまい!」
ティエラの付加魔法能力を纏った状態では、完全に防ぐことは難しい。
魔剣と大剣が接触した瞬間、戸賀の全身に雷が牙を向き、戸賀は悲鳴を上げて膝をつく。
「ちく、しょう……! 負けられ、ねえ……!」
戸賀は恨み節を吐きながら、ふらふらな足取りで、再び立ち上がる。
「まだやるつもりか!」
「ああ! お前を潰す!」
戸賀は尚も攻撃をしようと大剣を構えるが、翔が、上空にて光る何かを、発見する。
「誠次! 上だ!」
「っ!?」
翔の声にはっとなった誠次は、咄嗟に身構える。
――ジャングルの緑の巨大な葉と同化するように、いつの間にかに、緑色の魔法式が展開されていたのである。それらの照準は漏れなく、突出した誠次を狙っていた。
間もなく、緑色の魔法式が光り輝き、完成を迎える。
「《プロト》! 間に合えーっ!」
翔が咄嗟に防御魔法を発動し、それを誠次の目の前に出す。
風属性の攻撃魔法が、翔の発動した防御魔法に直撃していき、大地に激しい振動を巻き起こす。
その影響をもろに受けることになった誠次が、今度は膝をついていた。
「戸賀の味方か、アルゲイルか……!?」
そのどちらにも可能性がある中、これを好機と見た戸賀が、笑みをたたえて向かってきていた。
迎え討とうとレヴァテイン・弐を構え直す誠次であったが、そんな両者の間に、新たな第三者が割り込む。
「――戸賀彰。これ以上は我々の身も危ない。ここは撤退して、態勢を立て直す」
戸賀の背後の木々の間から、風属性の攻撃魔法を発動したと思わしき魔術師たちが、姿を現す。
その姿は、黒のスーツ姿。もはや隠すこともない。紛うことなき、特殊魔法治安維持組織隊員たちである。
「特殊魔法治安維持組織!? 新崎新派の隊員か!」
誠次が問い質すが、向こうは聞く耳を持たずに、戸賀を引き下がらせようとしている。
「命令を聞け、戸賀」
「うるせえ! 俺に指図すんな! 俺は剣術士を倒さなきゃ、腹の虫が収まんねえんだ!」
「まだ来るつもりか!」
誠次がレヴァテイン・弐を構え直す。
先程から何度も傷ついていると言うのにも関わらず、まるで痛みを感じていない素振りで、戸賀も大剣を構え、誠次へと接近する。
「うおおおおーっ!」
巻き上がった白煙と木の葉の塵が舞う中、誠次は敵へ刃を向ける。
「戸賀。進む道を間違えなければ、共に歩むことも出来たはずだ……」
戸賀の大剣と誠次のレヴァテイン・弐が接触した瞬間、戸賀の全身に雷撃が襲いかかる。
それがとうとう、戸賀の身体に行動不能なまでのダメージを与えたようだ。戸賀は膝から崩れ落ち、大剣を手から離し、倒れてしまう。
「強く……なったじゃねえか……クソ……っ」
「戸賀っ!」
誠次が咄嗟に戸賀の元へと駆寄ろうとするが、それを制したのが、安藤であった。後ろから誠次を羽交い締めにし、抑えつける。
「安藤先輩!?」
「落ち着け剣術士! 見られている!」
顔を正面へと正せば、特殊魔法治安維持組織と思わしき男たちが一斉に、魔法式を向けていた。
「《ナイトメア》!」
戸賀への痺れを切らしたのか、特殊魔法治安維持組織隊員の一人が幻影魔法を放ち、それを戸賀の背中へと命中させる。
すでに倒れていた戸賀は深い眠りに落ち、その筋骨隆々の肉体の元にまで、特殊魔法治安維持組織隊員らは近づく。
「待て特殊魔法治安維持組織! 戸賀をどうするつもりだ!? 貴様たちの目的は何だ!?」
「……」
特殊魔法治安維持組織隊員らは誠次の言葉に一切口を利かず、こちらへの睨みを効かせたまま、魔法式を展開する。
「戸賀を開放しろ! 彼は自由に生きる権利があるはずだ! 貴様たちの道具ではない!」
「撤退する」
戸賀を連れてきた特殊魔法治安維持組織隊員らは引き際を心得ており、眠らせた戸賀を担ぎ上げ、大剣は魔法で浮かせ、この場を離脱する。
「……特殊魔法治安維持組織が、介入していたのか……」
誠次は特殊魔法治安維持組織隊員らが姿を眩ませたジャングルの奥地を睨み、レヴァテイン・弐を納刀した。
「どうする気だ。このまま追うつもりか?」
安藤が誠次に訊く。
誠次は険しい表情を浮かべたまま、首を横へ振った。
「いえ……。ルーナとティエラの容態が心配です。それに、教師にも伝えないと」
「このまま追うなんて言い出したら、今度こそ俺も付き合いきれねえよ」
「援護感謝します、安藤先輩」
安藤が安堵の表情をして、ため息をつく。
誠次は振り向き、ルーナとティエラの元へとしゃがみ込んだ。
「二人ともすまなかった。俺がいながら、傷つけさせてしまった……」
「私は平気だぞ、誠次。どこぞのお姫様が一生懸命に守ってくれたからな」
ルーナが何処か愉快そうに、すぐ隣にしゃがむティエラを見る。
誠次の到着までルーナを必死に守っていたティエラは、顔を微かに赤く染めていた。
「か、勘違いしないでくださいませ、ルーナ! ノブレスオブリージュ、ですわ!」
「競技ももう間もなく終了時間のはずだ。生き残ってポイントとなってヴィザリウス側に加点されるのが、せめてもの救いか」
翔が言う。
「皆さん、本当にありがとうございました。俺一人では、どうにもなりませんでした」
「詳細な話は、現実世界に戻ってからしよう。誠次」
翔は誠次の肩を軽く叩き、口角を上げる。
「梅雨の時は出来なかったけど、今度こそ一緒に戦えて光栄だった」
「こちらこそ、共闘できて嬉しかったです」
翔と握手をして、誠次も微笑み返す。
「疑って悪かった天瀬。今度、飯でも奢ってやるよ」
「安藤先輩……」
「な? 本当は良い奴だろ?」
「うるせえぞ長谷川!」
微笑む翔に、怒鳴る安藤。
誠次もまた、二人の頼りになる先輩を前に、微笑んでいた。
長く続いた魔法学園による体育祭の最終種目も、いよいよ終わりを迎える。もっともそれは、これから起こる大きな戦いへの、序章が終わっただけに過ぎぬのだが。
∼或いは、もう一つの世界で――∼
「ったく、随分と堅苦しいな……」
あきら
「暑苦しいし、腰のひらひらが気に入らねえ」
あきら
「伝統ある魔法学園の制服だ」
せいじ
「文句を言わずに、きっちりと着るんだぞ」
せいじ
「俺に命令すんな」
あきら
「ぶっ殺すぞ、剣術士」
あきぞ
「残念だが、同じ魔法学園に通う以上」
せいじ
「言葉遣いには厳しくさせてもらう」
せいじ
「他の生徒に示しがつかないしな」
せいじ
「天瀬先輩、だ」
せいじ
「マジでだりぃんだが……」
あきら
「早速言ってもらおうか?」
せいじ
「天瀬先輩、とな」
せいじ
「口が滑っても言わねえ!」
あきら
「どうしても言ってもらいたきゃ……」
あきら
「俺に勝負で勝ってみせろ!」
あきら
「まったく。生意気な後輩だな……」
せいじ
「翔先輩も、そんな目で俺を見ていたのかな……」
せいじ
「ほら早くしろ剣術士!」
あきら
「にしてもこのVRってのはすげえな!」
あきら
「勝手に触ってはだめだ。今使い方を教える」
せいじ
「早くしろよー剣術士ー」
あきら
「わかった、わかった。落ち着いてくれ、戸賀」
せいじ




