終わらない情熱のフラメンコを貴男と (小話) ☆
「フラメンコにタンゴ。それぞれ違うものですが、どちらも魅力的ですわ」
てぃえら
300マイルの騎士。
バスの窓ガラスを割り、青い光を纏って中へと突入した彼こそ、私の仇敵の全てを変えた憎き男――
「――ティエラ! 君を迎えに来た!」
……の、はずだった。
割れ舞うガラスの最中、その若き騎士は、皇女の肩に手を添え、救いの為に駆けつけた。
わけが、わからなかった。なぜ、自らの身を危険に曝してまで、この男の子は私の事を救いに来たのだろうかと。だって私は、ミルキーウェイで、彼を殺害する一歩手前まで追い込んだ。
そんな人に、助けられるなんて、クエレブレ帝国皇女の誇り以前に、プライドが許さなかった。もちろん、国際魔法教会がそのような事をするはずがないと言う思いもあり、一度は、彼から差し向けられた手を、私は拒んでいた。
それでも彼は、諦めることなく、私を救おうとし、何度も手を伸ばした。
「君の死が償いになると言うのかっ!?」
……わからなかった。はるばる異国の地に来て、ルーナとの決着はつけられず、自分は右手の自由を失った。そして、頼りにしていた国際魔法教会からは逆に命を狙われている状況だと言われ、それを伝えに来たのも、自分が殺そうとした相手。
後から言える事であるが、それらすべて私の責任でそうなったのだ。それでも当時は、頭の中がぐちゃぐちゃで、何を信じていればいいのか、まるでわからなかった。
それでも諦めずに声をかけてきた、誠次と、ナギの行為により、共に生きて逃げることを選んだ。
一国を背負う皇女と言う観点で見れば、その選択は誤りとされ、非難されることなのだろう。潔き死こそが相応しい。そう言われても、おかしくはない。
だが、自分には、あってしまったのだ。これも後に分かることであるのだが、お先に。
「貴女を俺に守らせてくれ」
――皇女と言う身分の前に、どうしてもあった、それは、年頃の少女の感情。それを分かってしまったとき、理解してしまったとき、私にはもう、安直な死など、出来はしなかった。
最愛の人の傍に少しでも永くいることが出来るよう、生き続けなければならぬと。生きてさえいればきっと、彼の笑顔や悲しむ顔、怒った顔や真面目な顔、なんでもいい。それを見られることが出来るのであれば、もう永遠に見られなくなるような真似は、選びたくなかった。
そうして始まった300マイルの逃亡劇。真夏の下、白亜の機体に跨った私のたった一人の騎士の背は、時に汗の匂いがしたり、時に血の匂いがした。優しさも怒りもそこには感じ、離れてほしくはなく、ぎゅっと、左手だけでしがみついていた。
一泊二日の逃走劇の中、時に離れてしまうこともあったその姿に、懸命にしがみつき、そして繋がり、彼の魔剣の力を解放した。
300マイルの騎士は、こうして皇女を、祖国へと帰していったのであった。彼だけじゃなく、多くの人もまた、尽力してくれた。
同時に、あの時力を貸してくれた人々はみな、騎士たる以前の剣術士の為に、集っていたのだ。みなが何かしら、彼の為になろうとしている。そこに疑問点など、感じなかった。
ああそうだと、理解する。天の川の下で彼があの時から私を救おうとしたのは、そう言う事だったのだ。バスの中で、彼が必死に私を連れ出そうとしたのは、そう言う事だったのだ……。
王族であろうがなかろうが、魔法が使えなかろうが関係ない。彼の戦いには決まって、みなが賛同する理由がある。それに納得したからこそ、私もまた、彼に魔法を授けたのだろう。ただ誰かを守りたいと言う、純粋な思いに、応えて――。私を救った彼を、救うために――。
※
秋の東京。二大魔法学園間による体育祭に向けた準備期間中。
自身が出場する騎馬戦の練習時間の僅かな合間を縫って、西の果ての帝国クエレブレからやって来た少女は、夏に自身が熱中症となった際に世話になった東京都内の病院に訪れていた。
「その節はご迷惑をお掛け致しました――」
「だから大丈夫だって。それよりも皇女様なんて、凄い人に点滴を打ったもんだ……――」
病院の院長とティエラが会話をする院長室の前の通路では、彼女と共にこの病院に訪れていた誠次と七海がいた。
「やっぱり、ティエラさんのしてしまった事は、償わなければいけない事なんですよね……」
通路脇にあるソファに座り、俯きながら七海は言う。
そんな七海に、誠次は病院内の自動販売機で買って来た紙コップ入りのカフェラテを手渡し、自身はソファの隣に立っていた。
「残念だが、彼女が多くの人に迷惑をかけてしまった事は事実だ。ただ難しい点としては、本来ならばこれは、国際的な問題になるような事態だった。それが日本政府――薺主導の皇女暗殺未遂の件で、逆に日本が不利になっている状況だ」
「つまり、どういうことです……?」
「ティエラ自身にもちろん自責の念はある。しかし薺からすれば、彼女やクエレブレ帝国からの公式の謝罪や賠償などは、かえって求めるわけにはいかなくなったんだ。国の政府が一国の皇女を暗殺しようとした。この事実が明らかになれば、スペイン国家はおろか、世界中が黙っていない。だから日本側からしても、クエレブレ帝国からの賠償は受け取るつもりはないのだろうと、ティエラと推測していた」
誠次はずずず、と温かいお茶を飲みながら、言う。
ぽかんと、相変わらず首を捻っている七海を横目で見ると、人差し指をぴんと立てていた。
「要するに日本側からすれば、ティエラにまつわる全ての事は、初めから無かったことにしたいんだ。その方が都合が良いからな。事実として、クエレブレ帝国からの打診を、政府は無視しているらしい」
「なるほど。謝りたいティエラさんに対して、日本が無視をしていると言う現状なんですね」
七海が納得したように、手をぽんと叩いた。
「――私が言うのもなんですが、なかったことの方が都合がいいと言う扱いには、少々意義を唱えたいのですけれど……」
「あ、ティエラさん」
こつこつと足音を立てて、院長室から出て来たティエラに、誠次と七海は顔を向ける。
「お話、終わったんですね?」
「ええ。個人的にこの病院には、とてもお世話になり、また迷惑をおかけしましたから、改めて」
体育祭の期間中限定で借用しているヴィザリウス魔法学園の制服姿で、ティエラは頷く。
「それでも謝罪を続けるティエラの心掛けは、立派だと思うよ。俺だって多くの人を剣で斬ってきた。みねうちとはいえ、それに後日謝罪に訪れるなんて真似は、出来ていないからな……」
「天瀬先輩の口から出る言葉がとても仰々しいです……」
「ありがとうございます、誠次。……それでもやはり、政府間同士での公式の謝罪と賠償は出来ておりません……
ティエラはやや気落ちした様子で、ため息をついていた。
「ナギのお母さまにも、迷惑をおかけしましたことでしょう。私の関係者ともなれば、命の危険もあったはずです」
「ううん。お母さんのところにはなにもなかったみたいだよ? まあ、日本の政治家さんも、悪い人ばかりじゃないはずだから、嫌いにはならないでくださいね?」
七海がやんわりと笑って言えば、ティエラは当然です、と頷く。
「はい。この国の人々、風景、歴史になにもかも、私は大好きですわ。それに、なによりも……」
ティエラはそうして、やや頬を赤らめて、目の前に立つ誠次を見つめる。
誠次はきょとんとした表情をして、ああと、思い出したかのように言う。
「利便性、か。確かに自動販売機とか、便利だよな。海外だととても壊されそうで危なくて、あまり置いていないとか」
啜っていたお茶の紙コップをしげしげと見つめ、誠次は言う。
「じ、自動販売機くらいクエレブレ帝国にもありますわ! 大国ですもの! そこまで治安は悪くありませんわ!」
「ただし貧乏ですけどね……」
「それについては――っ! 否定できませんわ……」
大国と皇女が言った者勝ちであるのが、現状である。
き、きっと美味しいお水ですよ……と、自らが指摘した手前、さり気なくフォローをしていた七海が、ハッとなる。
「あ、私そろそろ定期健診の時間です。天瀬先輩。ティエラさんの事、お願いしますね!」
七海が時間を見て、席を立った。今日の病院での診察中の暇つぶしに、彼女が読むために抱えている本は、【竜と妖精】と言うスペイン発のおとぎ話だ。
「あ、ああ。任せてくれ」
「お母様もそうですけれど、なんで私の周りには、私の事を心配する女性が多いのでしょうか……」
ティエラがやや気恥ずかしそうにしていると、七海がティエラに近づき、彼女の動かない右手をそっと取る。
「一応、まだ命を狙われているんですよ!? そのことはくれぐれも念頭に置いていてください! この国にいる間は、天瀬先輩の元を離れないでくださいね!? 安心安全ですから」
ですよね? と七海に青い視線で訴えかけられれば、誠次はうんと頷いていた。
「ティエラの事は、ちゃんと守るよ。七海こそ、定期健診頑張ってくれ」
「行ってらっしゃいませ、ナギ。また連絡を取り合いましょう」
「はい、行ってきます。またね、ティエラさん、天瀬先輩」
最後にぺこりとお辞儀をして、二人からすれば一つ年下の少女は、去っていった。前よりは確実に、明るくなっており、身体の具合も良好だそうだ。
直接的な因果関係はないだろうが、それでも彼女の人生に深く関わったティエラからすれば、それは良いことのように見えるものだろう。誠次もまた、そうであった。
そうして、病院にて二人きりとなった誠次とティエラは、二人で歩いて病院の外に。夏にはこの病院のバス停直前で、ティエラを直前で光安の魔の手から救出したことを、少なからず思い返していた。
隣を歩くティエラもまた、その時のことを思い出しているのか、左手を胸に添えていた。
「誠次。この後、まだお時間はありますか?」
「今日は朱梨さんとのフレースヴェルグの特訓もない。うん、大丈夫だ」
誠次は自身のデンバコを起動し、スケジュールを確認して、頷いた。連戦連訓の日々を続ける中で、今日は数少ないオフ日であったのだ。
「どこか行ってみたいところとか、あるのか? 日本にいられるのは短い間だし、ティエラの行ってみたいところ、一緒に行こう」
「まあ……。では、ブリュンヒルデには、また乗れますか?」
「そ、それはさすがに勘弁してくれ……。緊急事態以外であまり法律は破りたくない……」
びくっ、となった誠次が苦笑すれば、ティエラもやや申し訳なさそうにしていた。
その後、しばし立ち話をして、行きたいところを決める二人である。
「夏に七夕のお祭りがあった商店街が良いですわ。そこで、クエレブレ帝国へのお土産も買いたいです」
「わかった。そこならばここから近いし、歩きでも行けるな」
誠次がその商店街の方を見渡し、次に隣に立つティエラを見つめる。
「お姫様を運ぶブリュンヒルデはもうないけれど、騎士ならば未だここにいる。手を繋いで、行こうか?」
誠次はやや恥ずかしがりながらも、左手をティエラへと差し出した。あの日のあの時と同じように、彼女の右手を繋ぎ、支えるために。
誠次の手を見つめたティエラは、嬉しそうに、顔を綻ばせる。
「ありがとうございます、誠次……」
未だ自由に動いではくれないティエラの右手をとり、誠次は歩き出した。
「そちらのBチームは、調子はどうだ?」
「良好です。レッドポニー綾奈やセレッソ莉緒、意地悪メイド……クリシュティナとも、良い関係、のはずですわ……」
「おーい最後……」
共に学生服を着ている為、端から見れば手を繋いで歩いている制服デート中の学生カップルと言うような状況だ。しかし、女性側は外国人の美少女であり、なによりもお姫様だ。数日前に朱梨と共に下町に出かけた時同様、目立っている。ただ、あの時との状況の違いは、声を掛けられることがないという事だ。
「端から見れば、まるで目立つ金髪外国人の留学生女の子と付き合ってるただの日本男子、みたいなんだな……」
そうと思えば、とたんに緊張してきて、誠次はやや頬を赤くする。
そんな誠次を隣に、ティエラはどこか誇らしげに、胸を張っていた。
「ふふ。おまけに私は大国クエレブレの皇女、ですわよ?」
「方や俺は一般出身の騎士と言うわけか……。それはそれで、ありがち、なのか……?」
いや、勘違いしてはいけない。ここは、日本だ。元より姫と言う身分制度は過去に滅び、おろか、騎士と言う概念は存在すらしていない。これも魔法世界になってから起きた事案、なのだろうか。
空気を読み、きちんと車道側を歩く誠次。光安との戦いで、車からは散々追われたし、嫌な思いも味わったので、もはや無意識の範疇で、ティエラを守る為に車から遠ざけている節もある。
「堂上、か……」
その戦いの最中、最後まで誠次を苦しめた特殊魔法治安維持の部隊長、堂上。太刀野桃華の一件以降、仇敵となった彼の名を思わず呟いた誠次の横顔を、ティエラはじっと見つめた。
「私を攫おうとした、もう一つの国家実力組織に所属する、男のことですわね……」
「すまない……君にとっては嫌な思い出を思い出させてしまったようだ」
「いいえ」
ティエラは首を横に振る。
「誠次の敵は、私の敵でもあります。それが、貴男への付加魔法を行った者の一人である、私の務めでもありますもの」
逃避行のうち、最後の最後で、誠次はティエラの魔法を借り、どうにか敵を退けることに成功していた。結果の代償と言うわけではないが、これにより誠次のレヴァテイン・弐の力の解放に、ティエラは必要不可欠な一人となっていた。
「近い将来、必ず特殊魔法治安維持とは決着をつけなければならない時が来るだろう。その時には、奴との決着をつけなければならないのだろう。フレースヴェルグ発足の理由も、特殊魔法治安維持を取り戻すためだ」
「……もしも私も、ルーナと同じように、ヴィザリウス魔法学園に在籍することが出来れば、いつでも魔法をお貸ししますのに……」
心なしか、こちらの左手を繋ぐティエラの右手に、微かな力がこもったような気がする。
あっとなった誠次が驚いてその方を見れば、ティエラが、寂しそうな顔をして、こちらを見つめていた。
「それもまた出来ないことだ。君がこの国にいることは、本来あってはならないことになっている。俺だって出来れば、ティエラには傍に居てほしい……この言い方はあまり好きではないが、他の人と、同じように……」
「誠次……」
誠次は軽く顔を左右に振るってから、顔を上げる。
「君は俺に剣術士として生きて戦い続けるための魔法をくれた。ならば俺は君の思いにも応え、戦い続ける。どうか安心してほしい。約束は海を挟んで遠く離れていても、同じ空の下で繋がっている。いつかこの国を取り戻すことが出来たら、その時こそ、君にまたこの国に来てほしい。素敵な場所も、沢山あるんだ」
誠次が微笑んで言えば、ティエラもまた、笑みを返す。
「はい誠次。必ず近いうちに、私は正式に貴男の傍に舞い戻りますわ。それまでは、貴男がクエレブレ帝国に来ても良いのですのよ?」
「そのうち、世界が落ち着いたら、観光として行きたいな。或いは漂流した時にでも」
「ぜひ来てくださいね、誠次」
やがて誠次とティエラは、昼下がりのアーケード商店街に辿り着く。街路樹は赤と黄色に紅葉しており、舞い散る葉が綺麗に道を彩っている。
「映像やお話に聞いておりましたが、日本の紅葉はとても美しく、綺麗ですわ……」
「これを目当て来る観光客もいるほどだ。俺も四季の変化の中では、秋に見る紅葉は綺麗で好きだったな。富士山の辺りに暮らしていた頃は、絶景だった」
「素敵です。写真とかありまして?」
「子供の頃に撮った写真が、確かデンバコにデータとしてあったはずだ。昼食でも食べながら、紹介するよ」
「是非!」
あの日のように、今は逃避行の途中でもない。背後に迫る脅威に怯えることもなく、長閑な時間を過ごすことが出来るはずだ。
ファミレスで食事をする傍ら、話題は誠次のフレースヴェルグの特訓内容の事についてに至る。
朱梨との空間認識能力を鍛える特訓は、絶賛行き詰っている最中なのだ。
そのことをティエラに相談してみると、こんなことを返された。
「空間認識能力、ですか。……あまり参考にはならないとは思いますが、ダンスなどで、周囲を把握しながら踊る技術力が必要になると言う話は、聞いたことがあります」
「だ、ダンス?」
ティエラの分のサラダ料理を小皿に取り分けてやりつつ、誠次は思わずトングを落としてしまいそうになる。
「ええ。スペインと言えばフラメンコが盛んでもあります。私の母上も習っておりまして、子供の頃は私も少しだけ嗜んでおりました」
「片足を上げるのか……?」
「それはフラミンゴですわ。フラメンコ、です。市街地や劇場で踊っていることも、ありましてよ」
ティエラはグラシアス、と言いながら、誠次から小皿を受け取る。
「ダンス、か……。やってみた事は無いが、もしかしたら特訓に役に立つかもしれないな……」
フォークを片手に、もう片方の手で顎に手を添えて横を見る誠次に、ティエラがやや中腰の姿勢となる。
「その時は、私が手取り足取り教えますわ! 残念ながら片腕は不自由ですけれど、それでも出来るはずですわ」
「わ、わかった。ありがとうティエラ。参考までにどんなようなものか、動画でも見てみるか」
デンバコを起動し、フラメンコを踊る動画を拝見してみる誠次。
なるほど確かに、男女が二人で、スペイン語の歌をバックに情熱的な舞を見せている。
ティエラも、流れる母国の言葉と歌に、るんるんとリズムに乗っている。情熱の血が騒いでいるのだろうか。
「凄いな……」
「時に別名で、感性の芸術とも呼ばれております」
「見つめ合ったり、身体を抱き締め合ったりもするのか……?」
「社交ダンスよりは、密着していないと思いますわ。その分、表情や手足の先の動きで気持ちを伝え合いますの」
ティエラの言う通り、動画で見る彼ら彼女ら踊り手の表情は、どれも楽し気であり、時に儚げでもあった。
「ですので誠次、よろしければ私と共に、フラメンコでも如何でしょうか?」
ティエラがうずうずとした様子で、向かいの席から尋ねてくる。
そんな彼女の様子と、ここまで丁寧に教えてくれれば、断ることなど出来なかった。特訓に役に立つかどうかは、さておくことにする。
「わかった。足を引っ張ってしまうかもしれないけれど、教えてくれないだろうか、ティエラ」
「はい、喜んで! さっそく学園に戻ったら、やってみましょう!」
喜ぶティエラの顔を、半透明の青色で仕切るホログラム画面。その画面の中でフラメンコ踊っている男女が突如消え、誠次に、誰かからの着信がふと入ってくる。
一体誰だろうかと、相手の名前も大して確認しないまま浮かんだ画像をタッチすると、そこにはルーナの姿が浮かんでいた。
「え。何故ルーナ!?」
彼女から見て、背を向けているルーナの事を後姿だけでも確認したティエラは、スプーンを持ったまま硬直する。
「ルーナ? 一体どうしたんだ?」
『突然すまない誠次。しかし、閃いたぞ!』
「閃いた? 一体何を?」
自然とそのままルーナとの会話に移行してしまった誠次の視界に入るのは、るんるんと笑顔のルーナと、ぷるぷると震えているティエラである。
『騎馬戦での有効な戦術だ。かつて日本であったと言う壇ノ浦の戦で、源義経と言う者がだな――!』
「ちょっとルーナ! 誠次は今私と空間認識能力の特訓について、フラメンコの話をしていたのですよ!?」
『む、その声はティエラか? 何故誠次の特訓にフラミンゴが出て来る……?』
「だからフラメンコですわっ! あるある間違いしないでくださいませんこと!?」
壇ノ浦の戦いにフラメンコ。決して交わることのない二つの単語が、このファミレスのテーブルの上で行きかっている。源氏と平家もきっとびっくりしていることだろう。誠次も誠次で、二人のお姫様からの同時の提案に、呆気に取られてしまっていた。
「引っ込みなさいルーナ!」
『君こそ、誠次は私と会話をしているんだティエラ!』
「――ナポリ風ドリア、お待たせしました」
スペインとロシアの姫君の争いの最中、そこへさらにやって来る、つい最近値上げをしたイタリア発ナポリ風ドリア! 争いの戦火が、さらに広がっていってしまう……。
腹が減っていてはなんとやら、上手い考えも浮かばないはずだ。ひとまずはこの美味しいドリアを食べながら、のんびりと考えることにしようと、誠次は口をつける。
「例え値段が変わっても、それでもこのドリアの美味しさは不滅だな……もぐもぐ……」
体育祭本番までは、あと数日の今日。それぞれの特訓も、いよいよ佳境を迎えていた。
「どうしていつも大事な時に、貴女は邪魔をするのですルーナ! やはり貴女は、私にとって倒さなければならない敵ですのね!?」
『いや待て。そもそも勝手に君が来たからだろう!? 君は源氏の私からすればまるでアレだな。因縁の相手の平家だっ!』
「そのゲンジとヘーケと言うものはなんですの!? 最終的にどちらが勝ちますの!?」
『源氏だ』
「おのれルーナっ!」
ドリアの米を口端に残し、そんな二人のやり取りに、誠次は思わずくすりと微笑んでいた。それは束の間の、穏やかなひと時であった。
自分で言うのもなんですが、300マイルのカバジェロの章は個人的に大好物です(言い方)。みなさんにもお気に入りの章とか、もしもあったら嬉しいですね。




