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「この世界、上からものが落ちて来ても、大抵平気なことが多くない……?」
とうか
辞退者が出た為に補欠要員として最後の最後に最終種目への出場権を得た誠次は、競技の説明を受ける為に、ロッカールームへと向かっていた。
そこで競技の説明を受け、最終種目に出場するかどうかの意思確認を受けるのだそうだ。
勿論、どんな競技であっても誠次は出場する気でいた。さきほど起きた妨害魔法による教師の防御魔法破壊の一件は、看過できるものではなかった。
「棒倒し用に準備していた防御魔法の壁を、妨害魔法で打ち崩す、か。考える奴もいるもんだ」
「相手を褒めないで下さいよ。事が起きてからでは大事故に繋がりかねない事態でした。絶対にふざけてやったでは済まされないことのはずです」
「同意見だ。そんな中で補欠にお前が選ばれたのは、不幸中の幸いって言うべきだな」
スタジアム地下通路を歩きながら、誠次と会話をしていたのは、最終種目を監督するヴィザリウス側の教師、森田真平であった。誠次の担任の林とは同い年で同級生の腐れ縁の仲であるが、清潔感ある風貌と佇まいは、真逆と言っても差し支えないものだ。
「最終参加には正当な抽選で決まったから出場を認めるが、特別扱いはなく、あくまで他の参加生徒と同等の条件で競技には参加してもらう。当然、外部通信などのバックアップも出来ないからな?」
「その点については理解しています。その上で、なにか脅威があれば未然に防ぐつもりでいます」
「頼む。……正直に言うと俺も最終種目は中止にすべきだと思うが、学園外のお偉方からすれば、二年連続で体育祭が中止になんて騒ぎになれば、面目丸つぶれだからな。なんとしても今年の体育祭は滞りなく行うようにって圧力もあるほどだ」
「しがらみって、やつですか……?」
「汚い大人の考える事だよ。まったく、未来有望な子供たちにそんなこと関わらせるなってな。時として学校ってのは、生徒にとって善にも悪にもなる」
……何度か、この人が担任であれば良かったのにと、直属の生徒である年上の香織の事が羨ましくなることがあるのは、ここだけの話だ。
「自分があくまで学園の一生徒であることは承知しています。学園の生徒として、それでもその中で、出来ること、しなければならないことをするつもりです」
「ははは、ウチのクラスでも優秀な波沢が惚れるわけだ。林には勿体無い優等生くんだな」
森田にそのようなことを言われ、誠次はやや顔を赤くする。
「ご……御存知だったのですか?」
「女子生徒のその手の噂の周りは、本人が意図していないところで早いからな。自然と耳には入って来た。その点、学園の風紀と言う観点では、及第点だな。お前にはいろんな桃色の噂がある」
「いえ、その……すみません……」
とたんに勢いを失いかける誠次へ、森田は口角を上げていた。
「謝るなよ。生徒間同士の色恋沙汰に教師が介入する余地はないはずだ。事故を起こしたり、相手を傷つけなければ、それでいい。責任ももってくれればな」
「ヴィザリウス魔法学園の最終種目の代表としての責任も果たさなければ」
「あまり気負うな。少しは肩の力を抜け、剣術士」
森田は誠次の肩にぽんと手を添えると、次には、軽く押してくる。
とんとんと、やや早歩きになった誠次は、振り向き、頷き返していた。
「ありがとうございます、森田先生」
「最終種目出場選手としても、期待しているぞ剣術士。肩の力を抜けとは言ったけど、頑張れよ」
「それにしても、冬服用の制服を持ってくるって、このためだったのですね?」
誠次はワイシャツに青いネクタイを通して締め、冬服用のコート状の制服に袖を通し、指で袖口をチェックしながら歩く。
「てっきり俺は、開会式や閉会式で着るものかと思っていました」
「最終種目用に着て出場する為だ。同時に、競技内容を絶対に誰にも話してはいけないと言う誓約も立てなければならない。生半可な思いで出場すると、重傷や命の危険もある危険な種目だからな。真剣に競技に取り組み、襟を正せって意味さ」
森田は淡々と説明をする。わざわざ制服を着るのは儀礼的な意味合いもある、と言うものだろうか。
「その最終種目とは?」
歩きながらヴィザリウス魔法学園、白亜の制服に着替え終えた誠次は、隣を歩く森田に訊く。
スタジアム通路内の照明を眼鏡に光らせ、森田は爽やかに茶髪を揺らし、答えた。その口調はまるで、今から行う最終種目の異質さを表すような、しかしゲームを楽しむかのような、楽しさを思わせて。
「やるのはヴィザリウス総勢六〇人対アルゲイル総勢六〇人による魔法戦。つまり、総勢一二〇人による生き残りを懸けた魔法戦のバトルロワイヤル、ってやつかな」
誠次が腰と背中に背負うレヴァテイン・弐もまた、スタジアム通路の照明を受け、その柄を光らせていた。
なんでもないが、今晩の夕食は、豚カツにする予定だ。やった、やった、豚カツだ。
※
一方、スタジアム観客席部では、元特殊魔法治安維持組織、現フレースヴェルグメンバー(大人組)による捜査活動が行われる。
南雲ユエは、まず自分と共に後輩らを応援していた、霧崎宗司の元へ戻って来ていた。
通路階段を使わず、座席と座席の間を飛び越え、ショートカットをして彼の席の隣へ。
「ねえ、あの男の人たちなに……?」「すっごい格好いい……」「声、かけてみようよ」
噂にはなっていたが、アルゲイルの女子生徒からは見惚れられることとなっているが、構っている暇もなかった。
「南雲。さっきから行ったり来たりで騒がしいね」
霧崎は気配だけで南雲が帰ってきたことを悟り、真正面を見たまま声をかける。
周囲には二人とどうにかお近づきになろうと、女子生徒たちが輪を描くように近づいて座っており、霧崎共々ユエは小声でさり気ないフリをして、会話せざるを得なかった。
「……霧崎さん。事件す」
「……そうか」
霧崎は食べていたポップコーンの箱をそっと置き、手元で軽いジェスチャーを、南雲に向けて行う。そのジェスチャーで、彼の行おうとしたことを咄嗟に理解したユエは、軽く頷き、髪にとめていた赤いバンダナをそっと、目元まで下げて寝たふりを行う。
――おやすみだっつーの。
心の中で呟いた次の瞬間、霧崎が幻影魔法を発動。周囲にいた女子生徒たちは瞬く間に、霧崎が発動した幻影魔法の影響を受け、二人の姿を認知できなくなる。
「起きろ、南雲。動物を起こすのは得意だけど、人間相手だと加減が出来ないかもしれない」
「おはやいお目覚めだっつーの。つか、相変わらずのインチキぷりだっつーの。腕も衰えていませんね?」
「時間はないはずだから、少々手荒な真似さ。真似はおススメしない。それより状況を説明してくれ」
先ほどまでの注目が嘘のように、周囲の生徒たちは自分たちの世界へと入り、お喋りをしている。
存在しないことになった二人は、これにて階段を歩いて上りながら、情報を共有していた。ユエもバンダナを持ち上げ、元通りの位置へ。
「妨害魔法による魔法障壁の破壊、か。これではただの悪戯か、或いは意図を持った計画的なものかも分からないね」
「おまけに複数犯か単独犯かも、なにもかも分からないっつーの。情報が少なすぎる」
ポケットに手を入れて肩を竦めるユエの隣で、霧崎はふと、頭上にある円形の装置を見つめる。
「競技撮影用の空撮ドローンに、なにか映像が残ってないか?」
「調べようにも、俺たちはもう特殊魔法治安維持組織じゃねーっつーもんだし、権限がないっつーの」
「あ、確かにそうか」
「……ここらへんのミステリアスぶりは相変わらずだっつーの……」
アルゲイル魔法学園の先輩と後輩の頃から続いているようなやり取りである。
しかし霧崎は、ユエの言葉を聞き、含み笑いを零して頷いていた。
両手を頭の後ろに回していたユエは、そっと手を離す。
「逆に言えば、だ。俺たちはもう国家実力組織じゃないんだし、多少捻くれたやり方でもお咎めは出ないってことかな?」
「まあ、そう言うことだっつーの」
ユエの返答を聞き、霧崎は周囲を見渡し、このような事を言う。
「動物を飼うとね、思い出の瞬間って言うのは、なんでもかんでも記録として残したくなるものさ」
「そりゃ人間も同じもんじゃねーっつーの? 友だちといる時とか、旅行行った時とか、写真とか動画とか撮ってるもんだっつーの」
「そうだね、その通りだ。ずっと動物と一緒だから、つい忘れてたよ」
「マジかっつーの……」
霧崎の言葉に、ユエはやや、引く。やはり、この人は、色々と常人離れしている。
「思い出の瞬間を撮ろうとしている人間――魔法生は、この場に沢山いたはずだ。競技中なら尚更だ。棒倒しなんて、とくに白熱してたんじゃないかな?」
霧崎の言葉を聞き、ユエもぴんと閃き、なるほどと、犬歯を覗かせてにやりと笑う。やはりこの人は、どこか普通の人間とは違ったところがある。個性的、と言うべきだろうか。
ま、自分が言えたことではないかもしれないっつーの、とユエは自嘲しつつ、
「ちょうど、頼りになる俺の後輩からの電話だっつーの」
手を入れていたポケットから取り出したデンバコを、ユエは得意気な表情で、起動していた。
※
『さあ最終種目がもうじき始まるぜ! 残念ながら観戦は出来ねえし、オレたちの実況もこの競技中は鳴りを潜めちまう!』
『観客席の諸君は、各々好きなひと時を過ごしていてくれ給え! しかし、応援は忘れずになッ! 皆の心の中で、出場選手は戦っているのだッ!』
「「「ようやく静かになる……!」」」
ダニエルとミシェルの実況と解説(?)が最終種目が一旦終わり、魔法生の多くは、ほっと胸を撫で下ろしたことだろう。間違いなく、後日親からのクレームの電話が魔法学園に押し寄せることだろうが、大丈夫なのだろうか。
「一体何が起きてるんだ……?」
「さあ……」
「スタジアムの様子もこれでは見ることができませんですしね……」
観客席に座る志藤と聡也と真が、微妙な表情を浮かべている。
そんな中で、出場を辞退した選手たちも大勢、観客席にまで戻って来ていた。その人たちは皆一様に、体育祭に似つかわしくはない暗い表情をしている。中には、冷凍室に入っていたかのように、震えている生徒もいた。
「参加拒否って、どうしたんだ?」
「あんなの、参加出来るわけねーよ……」
「あの競技は、悪魔の種目よっ!」
「んな大袈裟な……」
志藤が戻ってきた生徒に訊くが、帰ってくるのはそんな言葉ばかりだ。おそらくとも言わず、詳細は教えられない、のだろう。誓約書を書かされると言うのも、耳に入れていた。
一方、誠次からユエたちを頼るように言伝を受けていた悠平は、周囲の魔法生たちを不安にさせないように、歩きながら電子タブレットを起動する。
「ユエさん。事情は聞きました。その上で、俺らになにか協力できることはないですか?」
『お前ら……』
ユエが電話の向こうで何やら口籠もる。
どうしたのかと、悠平が首を傾げるが、次には電話先から大きな声が響いた。
『ナイスタイミングすぎるっつーの!』
「は、はあ……」
『俺たちもその犯人とっ捕まえようとしてたんだけどさ、現役とは違って特殊魔法治安維持組織にご協力をうんたらかんたらってのが出来ねえから、焦ってたんだっつーの!』
「そっか。それじゃあどうしますか?」
『そこでお前たちの出番だっつーの! 学園の仲いい奴から、棒倒しの競技をカメラかなんかで撮影してないか、確認してくれ』
特殊魔法治安維持組織と言う肩書をなくした以上、スタジアム備え付けの防犯カメラは見せてはくれないだろう。
だからこそ、魔法生が体育祭の思い出とばかりに回しているカメラの映像が、当時の状況を物語る証拠として、ユエは調査を依頼してきた。
「わかりました。こっちでなにか分かり次第、連絡を送り直します」
『頼んだっつーの』
ユエとの通信を終えた悠平は、クラスメイトたちの元へ戻ってくる。棒倒し参加の中で、ヴィザリウス側では唯一勝利した組の帰還は、事実上の勝者の凱旋でもあった。
「帳、遅かったじゃねーか」
「待たせたな。えっと……フレースヴェルグに頼みたいことがあるんだ!」
悠平は早速、志藤と聡也と真に、事件を報告する。三人とも驚いていたが、すぐに事態を呑みこみ、作戦を聞く。この呑み込みの速さも、各々特訓で鍛えたのか、或いは、天性の才か。……もう一つの可能性としては、様々な経験をしている友人の影響によるものか。
「――それで、今からここら辺のみんなに声をかけて、事件があった棒倒しの競技中に、会場の動画を撮影していた人を見つける。もしかすれば、現場が映っていて、誰が妨害魔法を発動していたかが、分かるかもしれねえんだ」
「なるほど。それに、直接の目撃者もいるかもしれませんしね」
真の言葉に、悠平は頷いた。
「確率的に言えば男子よりは女子の方が確率は高いかもな。男子と比べて座席は後ろの方だし、男子は前の方に行ったり、その場のノリで行くが、女子は思い出とかってことでデンバコとかで記録してそうだしな」
志藤の考察に、一同は驚いたようだった。
「鋭いな志藤」
「ただの勘だよ、勘」
聡也の指摘に、志藤は若干恥ずかしそうに、髪をかいていた。
「そっか。じゃあ、当たるなら女子か」
悠平がぽんと手を叩いて、しれっとそんなことを言う。
「マジ……? いや言ったのは俺だけどさ……女子に向けて、デンバコ見せてくれって言うの……? それも、不特定多数に……? 女子にとってデンバコって、命の次に大切なものじゃん……?」
慎重な表情となった志藤が確認とばかりに訊いてくるが、悠平は何食わぬ顔で「ああ」と頷く。
見た目はやんちゃ、しかし心は純粋な志藤はよろめきかけるが、仕方無しに肩を竦めた様子で、ベンチから立ち上がっていた。
「わ……わかった。じゃあ知ってそうな人や、デンバコ撮ってそうな人に声かけてみようぜ……」
「は、はい……や、やってみます!」
「個人の記録映像を覗くと言う観点ではあまり気乗りはしないが……やるしかないか」
志藤の言葉に、真、聡也が続いて頷き、各々行動を開始する。三人とも、あまり、気乗りはしていない。
しかし当たるべきは、後ろの座席の方に座り、棒倒しの競技を撮影していた女子生徒だ。
まずは、と言うわけではないが、クラスメイトの知人である女子――つまりは、比較的声を掛けやすい魔法生に聞き込みを開始する。
「んーん。ごめん、撮ってない……。帳、棒倒し出てたよね……」
「はっはっは……。いやまあ、撮ってなくて当然だよな……」
座席に座っていた桜庭が、そう言えばと思い出しながら言えば、悠平は髪をかいて苦笑する。
「でも、めっちゃ応援したのは本当だよ!? ヴィザリウスの為にね!」
「ああ。でもそんな体育祭が、今ピンチなんだ。協力してほしいんだ、桜庭」
悠平から事の経緯を聞いた桜庭も、真剣な表情となって、頷いた。
「うん。じゃあ私も、聞き込みをすれば良いんだね?」
「ああ、助かる!」
一方で志藤は、恥ずかしさを胸に押し殺し、大勢の女子が陣取る席の前で、大きな声を張り上げていた。
「この中でーっ、棒倒しの競技中にデンバコで競技撮影してた奴いるかーっ!?」
両手を口元に添えてメガホンのようにし、色とりどりの髪や顔の中から、反応してくれる女子を探す。
「なんでー!?」
緊急事態と知らない女子が笑顔で、そんなことを呑気に訊き返してくる。彼女からすれば、暇潰しの遊び相手だと思っているのだろう。それか、ただ単にこちらを茶化しているのか。
遊びじゃないし勘弁してくれ……とツッコミたくなるのも少々に、ここで大っぴらに妨害魔法のことを叫べば騒ぎになりかけない。
「ちょっとだけ見てみたいんだーっ! 誰か撮ってた奴いないかー!?」
顔が真っ赤になりかけながらも、志藤はさらに声を張る。
一方で、真は売店のスタンドに立つ店員に聞き込みをしていた。決して、自分から女性に声をかけ辛かったから別の目撃者を探したのではない。決して。
「棒倒しの時の店員さんは今休憩中でね。休憩室にいると思うんだけど……」
「そうですか。では、棒倒しのときはここにはいなかったのですね?」
「ごめんね、見てないかな。なんどもチュロスを買いに来る髪の白い女の子だったら、なんども見たけどね! あはは!」
「そうですか。いえ、ありがとうございました」
ぺこり、と真は頭を下げて、その場を後にする。
「まずいですね……。もう犯人がどこかへ逃げている可能性も高いです……」
焦る真は、周囲を見渡す。スタジアム出入り口は二つあり、ここからでは距離があるものの、歩いていてももう辿り着いてしまう時間は経過している。
一応、そんなスタジアム出入り口には南雲ユエと霧崎宗司が待ち構えているが、出入りは未だに多く、怪しい人物を見分けるのは至難の技であった。
「夕島さん……?」
そうこうしていると、なにやら通路と観客席を仕分けるブロック塀の上に手を添え、佇んでいるルームメイトの夕島聡也の姿があった。
「あの……なにされているんですか?」
「小野寺か……」
涼しい秋風を浴びながら、赤い瞳を動かし、こちらをちらりと、見てくる。
「……」
「……」
真もまた、神妙な面持ちで、聡也の隣に立った。
「……女子に話しかけるタイミングを、見計らっているんだ。今はまだ、その時じゃない」
「……なんで、女性はこういうとき、いつも集団でいるのでしょうね……」
眼前に群れる華やかな異性の集団を見つめ、聡也と真は、完全に慄いてしまっていた。単純に考えて、異性に大した説明なく電子タブレットを見せてくれと言うのは、難易度が高すぎるのである。
一方で、悠平に頼まれた桜庭の行動は素早かった。
「こうちゃん! 棒倒しの時、デンバコで動画撮ってなかった?」
「い、いえ……撮ってないわ……興味ないもの」
観客席でお菓子を食べていた香月は、首を左右に振る。本人曰く、運動を沢山したから栄養補給、とのことだ。
「どうしたの、桜庭さん? もぐもぐ……」
「誰かが魔法で、棒倒しの防御魔法を壊しちゃったんだって!」
「それは大変。ごっくん……。私も手伝うわ」
開けたお菓子を全てたいらげた香月は、ジャージを着込んだ身体で立つ。もう、このジャージを脱ぐことはない。彼女の固い意思、即ちそれは、もう今日はこのジャージを脱ぐことはなく、運動することもないと言う固い意思である。
「そもそも、教師レベルの防御魔法を崩せる魔術師なんて、とてもとても私レベルじゃないかしら……」
「こうちゃんがさり気なくマウント取ってきた!? ……でも、そうだよね……。普通の魔法生が使う魔法で簡単に壊されちゃったら、本当は駄目なものなんだよね」
香月の小ボケにツッコんだ桜庭は、次にはあごに手を添えて、むむむと唸っている。
綾奈、千尋、クリシュティナ。競技に参加しているルーナとティエラを除いた彼女らや、仲の良いクラスメイトに聞き回っても、都合よく三学年生の棒倒しの時を撮影しているクラスメイトはいない。
「桜庭さん。ひとまず落ち着いて、考え方を変えてみましょう……。冷静に考えて、三学年生の先輩の競技のときに、カメラを回す確率が高いのは、同じ三学年生の先輩たちじゃないかしら? 例えばその……好きな同級生の異性が頑張っているところを収めておきたい、とか……」
「な、なるほど確かに。バレー部の三年生の先輩に、ちょっと訊いてみるね!?」
汗を滲ませた紫がかった黒髪を弾けさせ、桜庭は光明を得たとばかりに、デンバコを起動する。
やがて、とある先輩が棒倒し中の競技をビデオで録画していたと連絡が入る。なんでも香月の思いつき通り、彼氏が出場していたから撮っていたとのこと。
「ありがとうございます、先輩っ!」
首尾よく、データとしてその映像のコピーを自身の電子タブレットに転送してもらった桜庭は、電話先の相手に頭を下げていた。
『いいけど、悪用はしないでねー』
「わかってます!」
早速、桜庭と香月は二人で、事件当時の映像を確認する。
しばしのタイムスリップと言わんばかりに、三百六十度全方位を映し出す映像が、二人の少女の目の前で出力された。ホログラムをタッチ操作すれば、好きな角度で映像を確認することができる。
今は三学年生の競技中。桜庭が映像の角度を調節する。映ったのは、同い年の少年少女を応援する観客席の女子たちだ。悠平が言うには、スタジアム通路の方から放たれた妨害魔法であったとのこと。
桜庭と香月は目を凝らし、身振り手振りを交えて応援する魔法生たちの後ろの方を、見つめてみる。
「ちょっと巻き戻してみて」
「う、うん」
「ここ。ここから光が出てるわ」
香月が問題の箇所を指で指し示す。
確かに、ヴィザリウス魔法学園側の棒が倒れてきたその瞬間に、一瞬の閃光が魔法生たちの奥の方で起きている。周囲の人々は皆、今まさに倒れてきている棒に夢中であり、手元で発動されていたその魔法に気づく余裕もない。
「この黒ずくめの人……?」
「背の高さは、そこまで高くないみたい。フードのせいで、男の子か女の子かはわからないわね……」
二人がアメジスト色とエメラルド色の瞳を凝らしてよく見ても、せいぜい見えるのは口元だけであった。そんな口元には、白い歯が覗き、笑顔を見せているものである。
「みんなが怪我するかもしれないのに、笑っているなんて……」
「最低ね……。これを早く、帳くんのところに見せに行きましょう」
「うん」
桜庭と香月は頷き合い、声をかけている悠平の元へ向かう。
「二人共ありがとうな! 早速、南雲さんに報告しに行くわ!」
桜庭から情報を受け取った悠平は、二人に感謝し、南雲ユエに向けて連絡する。
「南雲さん! バッチリのありました! 全身黒ずくめのいかにもな奴です!」
『全身黒ずくめって!? 本当、いかにもすぎるっつーの!』
「はっはっは! いかにもですね!」
悠平の笑い声を聞き受けた南雲ユエは、人通りの多いゲート入り口を警戒していた。現役時代に何度も行った張り込み調査であるが、第一線を退いてからは久しぶりに行う気がする。普通の人を装い、怪しまれないようにし、怪しい人を捕まえる。こういう時、仲間がいれば目立たないようにその場で立ち話をしている体を装えたが、生憎今は一人だ。
ジャケットのポケットに手をつっこみ、待ち合わせを装って佇む。ホテルとスタジアムを行き来する魔法生や、観戦に訪れた一般客らが目の前を通り過ぎていく。
二人組の女子が目の前を通り過ぎれば、なにやら顔を真っ赤にして、両者口元に手を添えて、なにかキャッキャッ、と騒いで歩いていく。
「……」
ユエは一旦、別ゲートを見張ってくれている霧崎に連絡を送り、状況を確認する。
「霧崎さん。そっちはどうですか?」
『黒ずくめの人は見当たらない。現場に近いゲートはどちらかと言えばそっちだ。もしかしたら、もう逃げているという線も考えなくちゃいけない』
「ただの愉快犯、っつーことですかね?」
現場を混乱に陥れて、人々の混乱や、慌てふためく様を見て愉しもうとする悪人。魔法が生まれてからは、それを用いて悪さをする輩も、多くいたのだが。
ユエの見解に対し、しかし、通話先の霧崎は首を横に振る。
『愉快犯は愉快犯だったとしても、ただの、と言うわけではなさそうだ』
「? どういうことですか?」
相変わらずこの人の言う事は、霧のように、掴みどころがないことが多い。それが暗号や記号として捜査の役に立つことも、ままあったものだ。
『魔法学園の教師の防御魔法を破壊してまで、ここを混乱させようとした。ちょっとやそっとの素人が出来る芸当じゃない。ある意味、これは相手からの挑戦みたいな思惑も感じる』
「自分の腕に相当な自信があった、っつーことですかね」
『ああ。きっと、綿密に練られた用意周到な計画で逃走を――』
霧崎の言葉の途中より、ユエは青い目をむいていた。
唖然となるユエの目線の先で、全身黒ずくめの服を纏った人物が、堂々とゲートを素通りしていったのである。
『きっと手強い相手だ。注意して――って、南雲?』
「例の黒ずくめだ! 目の前っ!」
霧崎との連絡を途中で止め、ユエは走り出していた。
「優雅なお帰りとは……舐めた真似しやがって……っ」
一方、ユエが高速で近づいていることを察知した黒ずくめの人物は、咄嗟にダッシュを始める。
周囲の人々が驚く中、黒ずくめの人物追跡は始まった。
そして同時刻。
――スタジアムの方でも、どよめきが起きていた。
スタジアムでは、観客席から見える出場選手パネルが、次々と薄暗くなっていくことに、どよめきが起きていた。即ちそれは、敗退者が続出しているということ。
敗退者やリタイアが出るのはおかしいことではないが、そのペースが異常だと、一昨年も観戦していた三学年生たちは言う。
「なーんか……どんどん脱落していってない……?」
「このペース……速い……」
自分たちの競技が終わり、だらけにだらけきっているジャージ姿の三学年生、相村と渡嶋が、お菓子を頬張りながら、ぽけーと口を開いている。
それも、アルゲイル側が一方的に脱落者を量産したかと思えば、次はヴィザリウス側で脱落者が続出している。学年も、関係なかった。
「一体この壁の向こうで何やってるんだろうねー?」
「さあ。お姉さんにはわからんですよ」
渡嶋はそう言いながら、お煎餅をパリっと噛む。
そして、ニヤニヤと笑うと、すぐ横に座っている相村の脇を肘で小突いた。
当然のようにハチマキをお洒落リボンで巻いている相村は、変な声を出して、口に含んでいたお菓子を噴き出しそうになってしまった。
「何すんのよわーこ……」
「カレ、頑張ってるみたいじゃん? さすがは優等生ー」
「……っ。うっさ……」
ニヤケ面の渡嶋にそのようなことを言われ、相村は途端に、顔を赤くしていた。
分かりやすい彼女の反応に、渡嶋は満足したのだが、切なくも感じてしまう。
「はあ……。周りがどんどん進んでいくー……」
「アンタはその性癖をなんとかしない限り、永遠に置いてけぼりよ……」
チュロスを頬張りながら、相村がジト目で告げていた。
~男たるもの、秘密組織へのあくなき憧れ~
「いよいよ、フレースヴェルグ本格始動だな!」
せいじ
「この、ちょっと他とは違う事をしています感……」
せいじ
「男として、たまらないな!」
せいじ
「遊びじゃねーぞ、誠次」
ゆえ
「わかっています」
せいじ
「あくまで真面目に、です」
せいじ
「ま、気持ちはわかるっつーの」
ゆえ
「要はだな」
ゆえ
「何事も要領よく、ですよね?」
せいじ
「そう言うことだっつーの」
ゆえ
「俺は最終競技に参加し、緊急事態に備えます」
せいじ
「俺は直接犯人確保に動く」
ゆえ
「そっちは気をつけろっつーの」
ゆえ
「今のようなやり取りも出来るのか……っ!」
せいじ
「すこぶる格好いい! この組織感!」
せいじ
「おーい。ま、じ、め、にな?」
ゆえ
「はい」
せいじ
「フレースヴェルグの一員として、頑張らなければな!」
せいじ
(昔の俺かっつーの……)
ゆえ




