7
「さあ、フレースヴェルグ最初の任務だ。しまっていこう」
こう
空舞うお姫様を全身で受け止めた誠次がピッチ外へと搬送される。
そして、二学年生の騎馬戦の途中から、実況がミシェルのみとなり、ダニエルが退席をしていたのはつまり――そう言う事である……。
「ぎゃああああああっ!?」
「しかし君はよく吾輩の元へ来るなッ! これでは誤解もしてしまうというものッ!」
「い、いや。誤解です! あ、誤解と言うのは、そう言う意味の方ではなくてですねっ!」
「恥ずかしがる必要はないぞ天瀬誠次クンッ!」
などと、スタジアム内の医務室に響き渡る絶叫を背に、付き添いで来ていたルーナは申し訳なさそうに視線を落としていた。
「め、面目ない誠次……」
「大丈夫だ……」
ルーナを受け止めた際に腰を痛めた為、ダニエルの元に世話になっていたが、幸いにも大事には至らないとのこと。風貌や立ち振る舞いこそアレなのだが、信頼できる腕なので、安心はできる。
「結果的に、騎馬戦はどうなったんだ?」
誠次が治療を終えた時点で、先輩である三学年生の出番だった。スタジアム通路の隣を歩くルーナに、誠次は尋ねる。
「我が方の優勢で終わったようだ。あとは、棒倒しと最終種目の結果次第だな」
自身の活躍もあり、騎馬戦は優勢なまま終わったようで、ルーナは誇らしげに胸を張っていた。
「それはよかった」
「……」
自身の名誉よりも、チームの勝利に胸を撫で下ろす誠次の横顔を、ルーナはじっと見つめる。
「何よりも勝利が出来たのは誠次。君のお陰だ」
「ルーナの八面六臂の活躍があったからこそだ。なによりも、ルーナたちが楽しそうで良かったよ」
「ヴィザリウスに所属するまでは、まさかこんなにも熱中できる行事を楽しめるなんて、思いもしなかった。もちろん、普段の学生生活もだ」
今度は誠次が、そう呟いたルーナの横顔を見る。自身の出番は終わったので、いつものロングヘア―姿に戻った彼女には、間違いなく大会MVPの称号が相応しく思えた。
「そうだな。血濡れとなって戦い続ける事よりは、こんな平和な戦いの方が、遥かにいいものだ」
しばらく進むと、通路先から、騎馬戦を共に戦った女性陣六人が、心配そうに待っていてくれていた。
「もう大丈夫ですの、誠次?」
ルーナと並び、シャドウアタッカーとして、多くの黒いハチマキを獲得したティエラもまた、殊勲の活躍をしたものだ。そんな彼女らが嬉しそうな笑顔を見せてくれるだけで、囮役を引き受けた甲斐もあったというもの。
「みんな、心配かけてすまなかった。俺はもう大丈夫だ」
「ああ。誠次と私にならば、出来ぬことなどない!」
ティエラを見るなり、ルーナは勝ち誇った表情をして、誠次の右腕にしがみついてくる。
そんな事をしてしまえば、目の前に立つ六人の女性からは、ムッとした表情を向けられてしまう。
「な、なにをしているのですルーナ!? 離れなさい、はしたないですわ!」
「なにを言っている? 君こそドレッシングルームやマンガキッサでこのようにしていたのだろう?」
「ひ、人前ではしていませんわ! きちんと場を弁えました!」
「でもしたんだから同じことだ!」
少しは仲も良くなってくれると思ったが、二人の仲は相変わらず。
そんな二人を宥めようと、誠次が口を開こうとしたとき、誠次の左肩にすっと、香月が手を添えてくる。
「香月?」
「お疲れ様。いつも通りの貴男らしかったわ」
「いつも通りか……まあ、それでいいのかもしれない」
微かに微笑んだ彼女に合わせ、誠次もまた、口角を上げていた。
「……でも、私にとってのMVPは、いつだって貴男よ、天瀬くん」
「え……」
後ろへと回った彼女の声を耳に、誠次は改めて、周囲の人々の顔立ちを見る。そうすれば、自然と言葉は思い浮かび、声になって出ていた。
「みんな、ありがとう。みんなが力を合わせたからこそ、この結果に繋がることが出来たんだ。みんなのお陰で、大切な思い出がまた一つ増えたよ」
「あら、まだまだ体育祭は途中よ?」
気前と格好良く言ったつもりであったが、やはり、胸の内は何時だって彼女には読まれている。でも、嫌ではなかった。
誠次の言葉にぼそりとつっこんだ香月は、でしょ? とでも言わんばかりに、微かなどや顔を浮かべている。
「貴男がそう言ったのよ、天瀬くん」
「そうだったな。残りの競技の応援も、頑張らないと」
三学年生の騎馬戦も終了した。騎馬戦は全体的に、ヴィザリウス魔法学園側が優勢であった模様である。やはり総合獲得点は最終種目を終えるまではわからないが、大方の予想でもヴィザリウスが優勢であるようだ。
「ただいま」
スタジアムの観客席へと戻ってきた誠次。競技中に目立っていたのはルーナの方の為、誠次への関心はそれほどにはない。むしろ、あの選手紹介のせいで、多くの恨みつらみを余計に買ってしまっていた。
今も、背中の方でチクチクと刺すような視線の数々が降り注いでいる。
そんな誠次を迎えたのは、笑う上下ジャージ姿の志藤であった。
「お疲れ天瀬。目立ってたな。悪い意味で」
対象的に良い意味で目立っていたのがルーナである。
「ははは……。まあ、ルーナを落とさなくてよかったよ……」
誠次は切なく腰をさすり続けながら、自分の座席に着席する。あの人に言われたとおり、最高にダサい真似だけは避けることが出来た。
午後になり、気温は上昇していくが、それと同時に秋を感じる涼しい風が時より強く吹くのもこのスタジアムだ。
四種目は棒倒し。これは男女学年別ごとに行われ、騎馬戦よりも一勝のポイントが高く、激しい戦いが予測される。
近い人で言うと、これには帳兄妹が出場する。
自分の競技は終わったが、クラスメイトや同学園の魔法生の競技はまだまだ続くため、応援もしなければ。
一学年生の部から始まる棒倒し。男女学年別にコートをニ分割にして行われた為に、計四本の棒の行く末を同時に見届けることが出来るのだ。
まずは、一学年生の男子と女子の戦いから。
「あの……皆さん……」
白いペンライトを両手に持って、応援をしていた真が、ぼそりと口を開く。
「男性は予想通りだったのですけれど、女性の方も激しい……と言うか、むしろ女性のほうが、激しい戦いとなっていませんか!?」
まこと、真の言うとおりである。意外なことに、男子に比べて女子の方が激しい押し合い引き合いの様相を見せているのであった。
勿論、騎馬戦同様暴力や危険な行為は禁止だが、緑のスタジアムは悲鳴も怒声もこだまする、白と黒の乱戦会場となっていた。渦の中央にいる、天高く伸びた棒が、ゆらゆらと揺れている。
「行けーっ!」
誠次が声を振り絞って叫ぶ。
周囲でも、棒が大きく傾いたりすれば、その都度大歓声が起きていた。
「ああー……」
決着の時は、男子の棒から。
ヴィザリウス側の守備陣が崩壊してしまい、棒が傾き、観客席に向けて倒れてくる。
思わず顔を覆った観客席の人々であったが、彼らに向けて巨大な木材でもある棒が直撃することはない。
魔法学園の教師陣が予め発動していた防御魔法が、観客席と競技場の境目には予め施されており、直撃すればただではすまないであろう棒は結界により弾かれ、静止する。
『男子はヴィザリウスの野郎共が敗北だーッ!』
『ジーザスッ!』
『一方で女子は、一進一退の攻防が続いているぜ! 燃えてるなッ!』
『萌えではないぞッ!』
互いの学園の一学年生の女子の棒は、押しつ押し返されつの激しい戦いが続いている。
「○☓○☓ーッ!」
「痛っ!? この○☓○☓ッ!」
ダニエルの仰るとおり、聞くに耐えないような罵詈雑言が女子の方からは聞こえてきて、誠次たちは呆気に取られかける。
そんな誠次たちがいる観客席に、またしても新たな観戦者が現れた。
「――剣術士っ! 我が妹は、シアはどうなっている!?」
私服姿で階段を駆け下りてきたノア・ガブリールが、何か箱を両手に抱えてやって来ていた。
「ガブリール元魔法博士? 間に合いましたね。ちょうど今、シアさんの出場している棒倒しの最中ですよ」
結衣の話では、シアもこの棒倒しに参加しているらしい。二人共人の波に呑まれて、ここからでは姿が確認できないが。
通路側に座っていた誠次が、膝に両手を添えてぜえぜえと息をつくガブリール元魔法博士に説明する。
「それは良かったっ! シアはどこだ!?」
ガブリール元魔法博士は手すりの元まで近づき、身を乗り出す勢いで競技場を睨む。
「元魔法博士さん。その両手に持ってるものはなんスか?」
誠次の隣に座っている志藤が聞く。
するとガブリール元魔法博士は、汗ばんだ銀色の髪をかき上げ、得意気に微笑む。
「決まっているだろう? 我が愛しの妹の為にお弁当を作ってきたのだっ!」
「「「「……」」」」
「む? なぜそんな、残念なものを見るような視線を向けているのだ?」
唖然とする四人の男子を前に、ガブリール元魔法博士は首を傾げていた。
言うまでもなく、昼ごはんの時間はもう終わっている。誇らしげに彼の両手に掲げられたお弁当箱が、悲しそうなオーラを纏ってしまっている。
「それにしても聞くに耐えないなあの暴言の数々はっ! まるであれだな、マフィア同士の抗争を見ているようだ!」
「マフィアが棒倒しで競い合うのは、ある意味平和なのでは……?」
聡也がそっとツっこんでいる。
やがて、なにか競技場の方で動きが見えた。アルゲイル側の防衛陣の一点を突破したヴィザリウス側の後輩女子たちが、棒に迫ってきていたのである。
その先頭を行くのが他でもない、帳結衣であった。
「私に続けーっ!」
「「「「おおーっ!」」」」
痺れを切らしたのか、結衣が先頭に立ち、女子陣を引き連れて突撃したようである。
黒の集団の中に、白の亀裂が奔り、人々をかき分けて進んでいく。
しかし、その動きを見たアルゲイル魔法学園側の女子陣も、運動部所属を先頭にしてヴィザリウス側へ突撃を行う。まるで太陰太極図のように、白と黒が交わっていた。
やがて、攻撃を受けた互いの学園の棒が、支えきれずに傾いていく。男子は棒が倒れても押し返す力がまだあったが、女子には重たい棒を支えきれずに、むしろ危険を察知して落下箇所から逃げていく。ほぼ同時のタイミングで、棒は斜めへとなっていき、観客席へと倒れていく。
「これはどっちだ!?」
誰かがそう叫ぶ中、目視では同時のタイミングで、それぞれの棒が観客席前の魔法障壁へと接触して、倒れていた。
『これは一体どっちだーッ!? 勿論、先に防御魔法に接触しちまった方が負けだぜ!』
『VARで判定を行う旨、観客席の皆様は、スクリーンに注目してほしいッ!』
ダニエルに言われ、この場の全員が固唾を呑んでスクリーンに注目する。
そこに映し出されたのは、互いの学園の応援者同士が映る、観客席付近の様子だった。
あ、俺映ってる! などと言った声も聞こえる中、スロー映像で棒が倒れてくる瞬間が、捉えられている。
コンマミリ単位のフレームの差で、先に棒が魔法障壁と接触したのは……ヴィザリウスの白い塗装が施された棒。即ち、ヴィザリウス側の負けである。
「二タテか、しゃあねーな……」
志藤が残念そうに肩を落とす。
「この私の応援が、足りなかったというのか……!?」
ガブリール元魔法博士も、心底悔しそうに、天を見上げていた。
しばし待つと、三人の後輩女子たちが、ジャージ姿でやって来ていた。
「お兄さん、来てたんだ。応援ありがとう」
シアが天真爛漫な笑顔を見せれば、ガブリール元魔法博士は、遠路遥々ここまで来たかいがあったようだ。
「おお、我が妹よっ!」
ガブリール元魔法博士が棒立ちのシアの元まで駆け寄り、彼女をぎゅっと抱きしめる。
「苦しい……お兄ちゃん……」
その一方で、巻き込まれたと言っても過言ではない七海凪が、結衣にこっしょりと耳打ちをする。
「あの人って、まさかガブリール元魔法博士さんですか?」
「ええそう。なんとか元魔法博士」
「シアさんって、妹さんだったんですか……。そしてそんな人と知り合いって、すごいね、結衣さん」
「ま、まあね……」
結衣は微かに気恥ずかしく、また耳元に感じるこそばゆさに、顔をぽっと赤く染める。
「あ、お兄ちゃん、お弁当作ってきてくれたの?」
「そうなんだシアよ! せっかくだから、みんなで食べてくれ!」
「うん。ウタヒメちゃんも海ちゃんも、誠次先輩も、みんなで一緒に食べよ?」
「そ、そうだな……食べよう、か……」
正直、全然お腹は空いていない。シアに言われてしまった誠次は、結衣と七海に視線を送りつつ、あろうことか、志藤たちすらも巻き込む算段であった。
キラキラと目を輝かせるガブリール元魔法博士が作り出した弁当を、この場の誰もが涙を呑んで食べていく。
そんな中で、棒倒し二学年生の部は始まっていた。
口の中をもぐもぐとしながらも、誠次たちは一生懸命身振り手振りを交えて、悠平が出場する競技を応援する。因みにガブリールの料理の腕は思いの外とてもよく、日本に来てからはさらに美味しくなっていると、実妹のシアは述べていた。
「悪気はないけれど、英国の料理はそこまでって、噂には聞くからな……」
「うん、否定できない。フィッシュアンドチップスも、油でべちゃべちゃばっか……」
大食いでもあったシアは、幸せそうな表情でお弁当を食べている。ひょっとしておれたちはいらなかったのではないかとも思ったが、シアはみんなで横並びで食べるお弁当が、嬉しかったそうだ。
結衣も七海も、小腹が空いていたのか、ちょうどいい塩梅のご飯となっていたようだ。
「お兄ちゃん頑張れーっ!」
結衣が箸を片手に、声を張り上げる。
競技はまだ始まったばかり。男子も女子も、お互い一進一退の攻防を繰り広げている。
「が、頑張れーっ」
七海はあまり大きな声を出したことがないのか、自分の中で精一杯の声量を出しながら、懸命に白い小さな旗を振っていた。
「男子チーム、ヴィザリウスが有利ですよ!」
真が嬉しそうに叫ぶ。
見れば、アルゲイル側の棒が向こうに向かって徐々に傾いているのだ。
「逆に女子は押されてるな……」
「主要メンバーが殆ど騎馬戦に行っちまってるからな……」
「遠回しに俺のことをディスるのはやめてくれないだろうか」
聡也と志藤が横並びで言うのを、誠次はぞっとする思いでツっこんでいた。
しかし聡也と志藤の危惧通り(?)ヴィザリウスの二学年生女子チームは、アルゲイル側によってあっという間に追い詰められ、斜めに傾いてきている。
「うわぁ、これ、当たりそうで怖いね」
「もし本当に観客席にまでツッコんだら大問題よ。先生が魔法で守ってくれているから、平気」
迫りくる大きな白い棒が光を覆った影の下となる位置にいる七海が、うわぁ、と口を開けて見上げている。
その横で結衣は平然と、腕を組んで鎮座していた。やはり、大御所である。
「まあ、あとはいつぞやの誠次先輩のように、上からものが落ちてきたら守ってくれようとしたりね」
「「ぐはっ」」
誠次と真が吹き出しかける。
その一方で、なんのことかさっぱり分からないでいる七海は、きょとんとして首を傾げていた。
ヴィザリウス側の女子陣の棒はそのまま押し込まれる形で倒されてしまい、教師陣の防御魔法で防がれる。棒が観客席に迫りくる臨場感と、そういう意味では自分の学園の魔法生を守るという気持ちが働く選手たちの相乗効果も、この競技にはあるようだ。
一方で、ヴィザリウスの男子陣は終始アルゲイル側を圧倒していた。悠平を始め、寺川やフィールド上の魔術師など、運動のエースたちがこぞって揃っていたので、地の力で勝っていたのだろう。
二学年生の部まで終わったところで、三対一でアルゲイル側が勝ち越しを決めている。
いくらここまでの競技でヴィザリウスが優勢になっているとはいえ、棒倒しのポイント倍率の高さと、それをさらに上回ってくるであろう最終種目に向けて、ここも勝ちを重ねたかったが、負けが続いてしまっている状況だ。
「では私はもうそろそろ帰らせてもらう! こう見えて、掃除洗濯が忙しいからな!」
ガブリール元魔法博士が、皆が(頑張って)食べ終えたお弁当箱をテキパキと片付けていると、シアがやや寂しそうな顔をしていた。
三学年生の競技の最中ながら、帰り支度をするガブリール魔法博士越しに、棒は揺れ動く。
男子も女子もヴィザリウスの劣勢が続いており、実況のミシェルもヴィザリウス魔法学園のスタミナ切れを指摘していた。
こちらもこちらで、先輩相手では下手な応援も出来ずに、真剣な応援に努めていた。
「男子も女子も押されてしまっているな……」
「アルゲイルの連中はもしかしたら、この競技と最終種目に最も力を入れてる可能性も、あるのかもな」
悔しがる誠次の隣で、志藤が冷静に分析していた。
やがて棒が完全にこちら側へ傾き始め、先輩たちの悔しそうな声が、すぐ下の方で聞こえてくる。
七海が言っていた通り、改めて見上げれば、こちらの肉体をいとも簡単に潰せそうな質量と圧迫感を持った棒が倒れてくる様は、恐ろしくも感じる。
天高く登っていた白亜の棒が、徐々に徐々に、観客席に向けて落ちてくる。午後の太陽の光を遮って、誠次たちがちょうどいる2―Aに、巨大な影が覆い被さる。
「きゃーっ!」
女子の悲鳴が後ろの方で響く中、その異常事態を、誠次は捉えていた。
「妨害魔法……?」
鋭くもはっきりとした軌道を描いて、その魔法が、観客席に覆いかぶさっていた防御魔法に直撃する。
誰があのようなことを!? と考えるのと同時に、腰を浮かした誠次は、咄嗟に後方を見た。
防御魔法は音もなく解除され、あのままでは巨大な木の棒が観客席に直撃してしまう。人肉を簡単に捻り潰すほどの巨大な木製のバッドで全身を叩きつけられたときの衝撃など、とても生身の人間の身体が耐えられるものではないはずだ。
「逃げ――っ」
誠次が叫びかけるが、誠次以外にも、異変に気がついていた人はすでにいた。
咄嗟に新たな防御魔法を発動し、迫り来ていた木の棒を防いだのは、腕を上空へ向けて伸ばしていた日向であった。彼は今、クラスメイトよりさらに後ろの観客席の方に立っていた。
(あの人もわかっていたのか……さすがは、特殊魔法治安維持組織だ……)
冷や汗をかいた誠次は、しかしまだ油断できる状態ではなく、咄嗟に周囲を見渡す。
再び後方の観客席の方に視線を向ければ、日向がアイコンタクトを使って、こちらに来るように合図を送って来ていた。
誠次は頷き、観客席の間の階段を登っていく。周囲の人々は「迫力あったねー」等と、防御魔法が一瞬の妨害魔法で消えたことなど、気づいてはいないようであった。
日向と影塚と南雲が一斉に座席を立ち上がり、誠次と同じように階段通路へと道を逸れる。
やがて四人は、何気ない素振りを装って、売店前の通路に集結していた。
「日向さん! 今のは……」
「俺も確認した。教師陣が発動していた防御魔法が、何者かの妨害魔法を受けて破壊された」
「魔法学園の魔術師教師レベルの魔法を破壊した妨害魔法、当然、魔法生が遊び半分で解除も出来るはずがない、難度の高いもののはずだ。必然的に手練の魔術師の仕業と言うことになる」
影塚があごに手を添えて指摘する。
「妨害魔法が来たのは観客席の方だった。まだ近くにやった奴がいるかもしれねーっつーの」
ユエは周囲を睨みながら言っていた。つまり、このスタジアム内に防御魔法を意図的に解除した犯人が潜んでいるということ。
「手分けして術者を探そう。下手をすれば大事故に繋がりかねない事態だった」
影塚が言い、三人も頷く。
「俺はまず、先生にこの事態を伝えに行きます」
「頼む」
誠次に日向も頷いてから、周囲を見渡す。
何者かが意図的に妨害魔法を発動し、魔法生や一般人を守る為の防御魔法を撃ち砕いた。何者かによる悪戯か悪意か。いずれにせよそれは、負傷者が出かねない絶対に許されない事であろう。
『棒倒し三学年生の部は、アルゲイルが終始優勢で幕を閉じたぜッ! ポイント的にもこれは分からなくなってきたッ!』
『全ては最終競技で決まりそうであるなッ!』
スタジアムの方では棒倒しが何事もなく終わった様子で、いよいよ謎に包まれた最終種目が予定通り開催される運びとなっている。
「いったいなんだ!?」
観客席の通路階段を小走りで降りていた誠次は、思わず立ち止まってしまう。
真昼だと言うのに、周囲が急激に、薄暗くなっている。観客席の通路脇にあるライトの照明が点き、自分も含めた周囲の人々を淡い電光色で照らしだす。
「誠次? こんなところで何してるんだ?」
背後から聞こえた声に振り向くと、棒倒しを終えた悠平がジャージ姿で戻ってきているところであった。
「悠平。競技お疲れ様」
「おう、俺たちはなんとか勝ったぜ。んでも、これはいったい……?」
悠平も周囲の変化を見て、驚いている。
その他魔法生たちにも、ざわざわとしたどよめきが広がっていた。唯一冷静な箇所と言えばやはり、一昨年にこのような状況を見たことがある三学年生の箇所だろう。
「最終種目が、始まる……!」
息を呑んで誠次は呟く。
未だ妨害魔法を施した魔術師がここら辺にいるかもしれない状況で、何事もなく最終種目が開催されるのは危険すぎる。
「悠平、一緒に来てくれ!」
「お、おう。わかった」
誠次は観客席の真下にいるであろう教師たちに事態を知らせるために、急いで手すりの方に近づく。
しかし、そこからも天に向かった光の映像は出力されており、まるで壁が出来ているように、スタジアムの緑の芝と、白と黒の観客席とを隔てる。
「顔写真……?」
しかも、その壁とも呼ぶべき画像には、魔法生たちの胸元以上の顔写真が整列して映し出されている。先程の騎馬戦の自分の顔写真と同じ、学生証にも使われている硬い表情の写真だ。
「まさかこれ、全校生徒の顔写真か?」
誠次の隣で、同じように圧巻となってホログラムの壁を見上げる悠平が言う。
『驚いたか一年、二年!? ここで最終種目に出場する魔法生を完全ランダムの抽選で選別するぜ!』
『選ばれる魔法生は一学年生からは一〇である。二学年生からは二〇である。三学年生からは三〇名である!』
『選ばれた魔法生は参加辞退をすることも構わねえ! ロッカールームへ移動してから、その旨を教えてくれ!』
ミシェルとダニエルの言葉とともに、出力されたスクリーンに映し出された魔法生たちの顔写真が、無作為に選ばれては、点滅していく。
「俺……?」
「わ、私だ」
選ばれた魔法生たちは、困惑した表情のまま、ロッカールームへ向かっていく。
二学年生からも、誠次の知っている顔ぶれが選ばれていた。
中でも――、
「ルーナとマーシェが選ばれたのか……」
彼女ら二人が選ばれたことに驚いたのもつかの間、誠次は我に返り、ホログラム画像を突き破るほどにまで身を乗り出す。
「おい誠次! 危ないぞ!」
「それよりもみんなが危ないんだ!」
「どういうことだ?」
最終的に誠次と悠平は共に、最終種目には選ばれなかった。
ここから気づいてくれることを諦め、誠次と悠平は共に一階へと降りていく。
悠平への説明は、走りながら行うことにした。
「なんだって!? 誰かが妨害魔法で、防御魔法を打ち消した!?」
「ああ! それも教師が扱う魔法を打ち消すレベルの妨害魔法の使い手だ。やり手は限られるだろう」
そんなことを言い合いながら、誠次は教師たちがテント代わりに使用している、選手用のベンチ部に到着する。
「はあっ!? 誰かが防御魔法を妨害魔法で崩しただぁ!?」
誠次からの報告を受け取った林が、びっくり仰天していた。
「んな危ねえこと、するんじゃねえよ」
「ですから、実際にそれが起きてしまったんです!」
ボリボリと髪をかきながら面倒臭そうにして言う林に、誠次が思わず声を大きくする。
「今は元特殊魔法治安維持組織の人たちが犯人確保へ動いてくれています」
「マジか。防御魔法が崩されるなんて、俺たちは気づいちゃいなかった。ただの悪戯ってもんじゃ済まされねえな……」
林は無精髭が生えた口元を片手で抑える。
「問題は最終種目です。それによっては、なにかの危険があるかもです」
誠次の隣に立つ悠平が言う。
誠次も頷いていた。
「確かに。だがしかし、昨年中止にした体育祭を、また中止にするっていうのも簡単にはいかねえ」
「ならば、最終種目に俺も参加させてください。俺が出場選手を近くで守ります」
誠次が勇んで進言するが、林は芳しくはない表情をしていた。
「何言い出すかと思えば……。それは無理に決まってるだろう。お前も見たとおり、出場選手はランダムで決まっている。そこに新たにお前だけを加えるなんて、不公平もいいところになっちまうだろ」
「しかし、今は体育祭と魔法生の安全が関わっている緊急事態のはずです!」
腕を振り払い、誠次が食い下がる。
「安全面には俺たちも十分配慮している。お前の情報も役に立った。だが悪いが、特別参加は認められん。無理にお前を最終種目に出せば、ヴィザリウスの反則負けになっちまう」
林があくまで厳しく誠次に接していると、ふと、頭上で再びけたたましいアナウンスが鳴り響く。
『ここで案の定、最終種目にビビって出場辞退者が二つの魔法学園で出たー! 仕方がねえから再抽選だ!』
再び、ランダムで顔写真が点滅を繰り返す。
辞退者が出た為に、再抽選となった出場選手。倍率の高さは、折り紙付き。
秋風の下、一筋の汗を頬に伝わせた誠次の口角は、微かに上がっていた。
会場が二度、どよめく。
「お前ってやつは……」
「ここで、当てるもんな」
苦笑するのは、林と悠平であった。
再抽選最後の一枠に、誠次は見事に、当選していた。
∼熱き男たちの魂のぶつかり合い∼
「よっしゃ、俺たちも頑張ろうぜ」
ゆうへい
「ちょっと嫌な流れが続いてるけど」
ゆうへい
「ここで勝って、流れ取り戻そうぜ!」
ゆうへい
「作戦どうするよ?」
てらかわ
「んなもん、正面突破!」
ゆうへい
「馬鹿か!」
きゃぷてん
「少しは戦術を使えよ」
きゃぷてん
「闇雲にボール追っかけたって」
きゃぷてん
「勝てるもんも勝てねえぞ」
きゃぷてん
「いやこれサッカーじゃないしな……」
てらかわ
「バスケも似たようなもんだろ?」
きゃぷてん
「非効率なのは嫌いだ」
きゃぷてん
「馬鹿なのもな」
きゃぷてん
「じゃあ、挟み撃ちすっか?」
ゆうへい
「「どうやって……?」」
てらかわ&きゃぷてん
「それは分からねえ」
ゆうへい
「うわ……」
きゃぷてん
「でも、当たって砕けろって言うだろ?」
ゆうへい
「取り敢えず突撃すれば、あとはがむしゃらに暴れようぜ」
ゆうへい
「意外と勝てたりするかもな!」
ゆうへい
「アホみたいな戦術だな……」
きゃぷてん
「ま、まどろっこしい作戦組むよりは」
てらかわ
「実際やってみたほうがいいかも」
てらかわ
「スポーツ馬鹿共め……」
きゃぷてん
「はっはっは!」
ゆうへい
「そりゃあお前もだろ?」
ゆうへい
「これで負けたらお前のせいだからな、帳」
きゃぷてん
「いいぜ」
ゆうへい
「その代わり、これで勝てたら俺たち三人のおかげだな?」
ゆうへい
「……調子が狂う」
きゃぷてん
「やるだけやってやるさ」
きゃぷてん
「どうせ、向こうも野球部が出てくるはずだ」
きゃぷてん
「借りは返す」
きゃぷてん
「なあ、そろそろこいつの名前、誰か教えてくれないか……?」
てらかわ




