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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
白黒 天下の秋を知る
121/189

5

「障害物競走じゃなくて良かった……」

            せいじ

障害物競争が終わり、ヴィザリウス魔法学園とアルゲイル魔法学園の点差は、白魔術師たちの奮起もあり、ややヴィザリウスがリードしている状態となっていた。しかし、この先の競技のポイントは倍率が高く、とりわけ最終種目で逆転も十分可能になっている。よって、油断はできない状況であり、この後も勝ち続けないといけない。

 正午になり、第三種目を前に一時間ほどの昼休憩の時間となった。

 ジャージ姿の魔法生たちは、昼食休憩の時間となり、思い思いの時間を過ごす。

 

「にしても、マジで最終競技ってなんなんだろうな」

「巨大迷路に閉じ込められてだな――」

「それはまんまあれじゃねーか……」


 などと、石造りの階段を上がりながらのほほんと呑気に会話をしている誠次の背筋に、なにか、ぞわりとした感覚が起きる。

 ――あの人が、すぐ近くにいる。

 誠次がピタリと立ち止まり、すぐ後ろを歩いていた悠平ゆうへいが、怪訝な表情を浮かべて誠次の背を見る。


「お、おい。どうしたよ誠次。急に立ち止まんなって」

「す、すまない」


 悠平の言葉に、ほぼうわの空で答える誠次。大きく揺れ動くその黒い瞳で捉えていたのは、昼食を求めて多くの人がごった返す通路に立つ、女傑の姿であった。


(あの人がここにいると……こちらを見ていると……分かった……?)


 見渡す限りの人の中で、彼女の姿をいち早く発見した誠次の心は、大きく動揺していた。

 そんな誠次の心情を知ってか知らずか、遠くよりこちらと視線を合わせた篠上朱梨しのかみしゅりは、満足そうに微笑んでいた。

 やはり彼女はいつもの和服姿であり、周囲の目を驚きと物珍しさで引いている。そして、微笑み立つ彼女の両手には、大きな風呂敷に収まった、角ばった何かがあった。

 進行方向上に朱梨はおり、誠次たちは彼女と出会っていた。


「やあ誠次。そなたらは、初めましてかな?」


 目の前に現れた和服姿の綺麗な女性に、志藤しどうたちは立ち止まり、顔を見合わせていた。


「初めまして」

「食べ盛りの男共がこんなにも沢山か。丁度良かった。奮発して作った甲斐があったようだよ」


 朱梨はそう言うと、手に持っていた大きな風呂敷を、悠平に差し出す。


「そなた、力がありそうだな。持てるか?」

「え、あ、はい……って重っ!?」


 それを片手で受け取ろうとした悠平の身体が大きくよろめき、慌てて彼は、両手で持ち直していた。


「や、やべえ重ぇ……! こんなのを片手で持ってたんですか!?」


 腕力には自信がある悠平であったが、それをはるかに凌駕する朱梨のあり得ない力である。

 朱梨は涼し気な表情で「最近の男は力がないな」などとはやしていた。


「お祖母ちゃんっ!」


 騒然とする男子たちの後ろで、綾奈あやなたち女子たちもやって来る。


「ちょうど良かった。大方若いお前たちのことだ、食事もジャンクフードで済ませようとしていたのだろう?」


 いやはや、全くその通りである。

 特に男子たちは、答えに窮して、互いの顔をぎこちなく見合う。


「運動会など、体力をつけてなんぼのものだ。精のつく料理を弁当に詰め込んだ。よければ食べてみないか? 気持ち、足が速くなるぞ」


 朱梨は冗談交じりに、そんなことを言っていた。しかし、蛍島で彼女の手料理を食べた経験がある誠次は、彼女の料理の腕の素晴らしさを知っている。それにわざわざ作って、ここまで持ってきてくれたのだ。断る理由などない。


「有難く頂きます。スタジアムの外に公園があるから、そこでみんなで食べよう」


 誠次は悠平と共に、何重にも積み重なった弁当箱を持ち上げる。


「せっかくの一年に一度の催し物だ。私もそなたらの活躍を願っている。そのためには、精のつくものを食べてほしくてな。少しだけ奮発したのさ」

「朱梨さんも一緒に食べましょうよ」

「……別に良いが、これでは、いよいよ遠足の先生だな」


 誠次に言われ、朱梨は薄く微笑んでいた。


「美味そうだな!」

「良い匂いがしている……」

「もう待ちきれません!」


 などと言う誠次の友人たちを見つめれば、そんな光景にも思えてしまうものだ。


 つい先程まで熱戦が続いていたスタジアムの喧騒が嘘のように、長閑で静かな空気が漂うスタジアム併設の公園。そこにある緑の芝生の上で、ピクニックよろしくシートを広げ、誠次らは昼食をとっていた。


「唐揚げ! 唐揚げがあるぞ!」

「なんだってこう、運動会の弁当の唐揚げって旨く感じるんだろうな」


 爪楊枝に刺さった唐揚げを前に、誠次と志藤は盛り上がって言う。生姜の風味が程よく効いた、スタミナ補充バッチリの一品であった。


「私たちはこの後競技が始まるんですよ! 騎馬戦なんです!」


 千尋ちひろがお行儀よく朱梨の目の前に座り、会話をしている。父親の直正なおまさとは知り合いであるが、綾奈の小学生時代来の友だちとのこともあり、プラス綾奈との会話で、千尋のことは知っていたようだ。


「話には聞いていた。聞けば、そなたと綾奈は違うチームなのだとか」

「そうなのです……。それでも私は、なんとしても綾奈ちゃんには勝たなくてはいけないのです……!」

「ならば遠慮はいらない。綾奈と戦い、どちらが強いのか雌雄を決することだ」

「私たち一応同じチームだよね!? 相手はアルゲイルでいいんだよね!?」


 祖母と友人の会話に、綾奈が耐えきれずにツっこんでいた。


「これが噂に聞く……日本の……お弁当というものか……」

「おにぎり……。食べやすく、とても考えられたものですわね」


 ルーナとティエラ、二人のお姫様も、日本の伝統の品を前に舌鼓をうつ。それも朱梨が手作りした本格的な料理の数々だ。

 卵焼きをもぐもぐと咀嚼しつつ、同じ姫という身分のルーナも正座をし、お上品に弁当を食べていた。

 

「……っ」


 一方で、クリシュティナは自分たちの為に作ってきていた弁当をこの場で出すべきか出さないべきか、未だに迷っていた。ひとり、離れたところにいた彼女に声をかけたのが、悠平ゆうへいであった。


「お、クリシュティナも弁当作ったのか?」

「い、いえ……。私のは、このレベルのものではなく、あくまで家庭的な、感じです」

「はっはっは。弁当って普通家庭的なものなんじゃねえのか?」


 そんな二人の会話に、聡也そうやも加わっていた。


「ロシアと中華料理か。俺も食べてみたかったんだ。よろしければ、食べさせてくれないだろうか、クリシュティナさん」

「あ、は、はい……っ!」


 朱梨の豪華絢爛な弁当を前に尻込みをしてしまっていたクリシュティナの弁当は、腐ることもなく、きちんと全員に配膳されていた。

 朱梨も、クリシュティナにやや申し訳なさそうにしていた。


「すまないな。私が少し気合を入れすぎてしまっていたようだ」

「そんなことありません。私も、とても美味しく頂いております」

「そなたの料理の腕も達者なものだ。この餃子も、とても奥深い味がして美味しいよ」


 朱梨はクリシュティナの料理に口をつけ、満足そうに微笑んでいた。


「大会新記録だって? おめでとう小野寺おのでらくん!」

「ええ。とても格好良かったわよ」


 桜庭さくらば香月こうづきが、見事に百メートル走で両校合わせ一位のタイムを記録したまことを褒め称えている。

 真は気恥ずかしそうに、橙色の髪をかいていた。


「あ、ありがとうございます……。無我夢中で頑張りました」

「小野寺くんや志藤や夕島ゆうじま、他のヴィザリウスのみんなも頑張ってるんだし、私たちも頑張らないとね、こうちゃん!?」

「え、ええ。正直、役に立てる気がしないのだけれど、足手まといにならないように、善処するわ……」


 張り切る桜場を横に、香月は気難しそうに口に手を添えていた。


「自分、観客席から応援していますから。二人も頑張ってください!」


 文字通り、一足先に活躍を終えた真は、これからすぐに出番のある二人を応援していた。

 朱梨とクリシュティナが用意した弁当箱も、空きが目立つようになってきた。もう間もなく、完食することだろう。

 

「ありがとうございました、朱梨さん。こんな御馳走を作ってくださり、はるばる持ってきてくださるなんて」


 美味しい料理の数々を我慢し、腹八分目でどうにか抑えた誠次は、朱梨の元までやって来た。


「なんてことはないさ。東京の綾奈の実家から作って持ってきただけのことだよ」


 朱梨は風呂敷を膝の上で綺麗に畳みながら、やや得意気な表情で言う。そこは孫娘譲りか、例え褒められても素直にはなりきれないのだろう。

 未だ休憩時間は続いているため、公園の中では魔法生たちが憩いの時間を過ごしている。中には先程まで争い合っていたヴィザリウスとアルゲイル、白と黒の魔術師たちが、仲良くバスケットボールをしていたり、カップルらしき人が会話をしていたりしている。

 朱梨は、そんな若き魔術師たちの姿を眺めてから、誠次に視線を向ける。


「それよりも剣術士。よくぞあの距離で私の気配を察知できたな。特訓の成果が出ているようで何よりだ」

「い、いえ。あれはどちらかと言うと、自然と目が合った気がしますが……」

「私は間違いなくそなたを()()()意思を持って睨んでいた。それをそなたは狂いなく察知し、対応することができた。大きな進歩のはずだよ」


 正座の姿勢のまま朱梨はそう言って、立ち尽くす誠次を見つめあげる。

 ……いくらなんでも、殺意を宿して見つめられるのは勘弁してほしいのだが。


「……しかし、まだまだ、完璧ではありません。それも実戦で使うとなると、まだまだ鍛錬が必要になりそうです」

「特訓はまだ途中だ。だが今は、この体育祭に見事勝利してみせよ。私を諭した男が、半端な順位では私が納得がいかない」


 朱梨にそんなことを言われ、誠次は唾を呑む。

 そして、ブルーシートに座る騎馬戦を共に戦う女性たちを今一度見つめてから、誠次は頷いた。


「俺が必ず、皆を勝利へと導きます」

「精々頑張ってくれ。私も観客席で応援しよう」


 朱梨はそう言って微笑んでいた。残暑はあるとは言え、少しだけ肌寒くもなった秋を感じるそよ風が、朱梨の髪を優しく撫でて過ぎゆく。

 誠次はそんな彼女に、「よろしくお願いします」と頭を下げていた。

 食事を終えた誠次は、この後の騎馬戦に備え、食べたものを素早く消化するために、公園の中を一人で散歩していた。


「――やあ、誠次」

 

 端末で音楽を聴きながら歩いていたため、自分の名を呼ぶその声と言うよりは、やはり後方からの気配で、誠次は咄嗟に振り向いた。


「どなたですか?」


 ワイヤレスイヤホンを取った誠次の視線は、自然に下へと向けられる。

 黒髪の癖のある髪の毛に、紫色の瞳。端正な顔立ちをした、四つ上の先輩が、車椅子に座ってそこにいた。


「呼び止めてすまなかったかな?」

一之瀬いちのせ先輩!?」


 一ノ瀬隼人いちのせはやと。元キルケー魔法大学の魔法生であり、今年の春に、アメリカ合衆国マンハッタンとブルックリンを繋ぐ水底トンネル、真夜中の王の通り道キングスミッドナイトトンネルで、死闘を繰り広げた相手でもあった。


「さすがに先輩はやめてくれないか? 確かにヴィザリウスの出身だけど、君とは関わりがあまりないからさ」

「いえ、それでも来てくださって、嬉しいです。見に来てくれていたのですか? お一人ですか?」

「彼女も一緒さ。今はお昼ご飯を買ってきてくれているところ」


 一ノ瀬は売店が並んでいるスタジアムの方を見つめて、言っていた。

 

「午前の部は見させてもらった。みんな健闘していて、今のところは勝っているようだね。俺も嬉しいよ」

「ありがとうございます。ですが、問題はこれからです。ポイントの比重を見ても、午後の部の三つの競技が半分以上を占めていますし」


 誠次は気を引き締めて言う。

 

「体育祭か。懐かしいな。俺も一生懸命頑張ってたっけか」


 一ノ瀬は過去を懐かしむように、瞳を閉じて呟いた。


「みんなが力を合わせて勝ちを狙う。文化祭もだけど、大好きな行事だったな」

「俺もです。仲間と共に力を合わせて何か価値あることを達成すること。そもそもですが、そこに至る過程でも、大切なものが手に入る気がするのです」


 そこまで言うと誠次は、ふと下を向く。


「……」


 誠次が申し訳なさ気に、彼の車椅子の上の足をじっと見つめていると、一ノ瀬は誠次の視線に気がついたように、口角を軽く上げる。


「俺の足のことだったら、心配はいらない。最近は補助なしでも立ち上がることが出来るようになったんだ。順調に回復している」

「……良かったです」


 争いと流血の過去は、文字通りマンハッタンの水に流し、誠次も息をついた。


「昨年は中止になってしまったんだっけか」

「はい、残念ながら。ですので俺たちは、二年越しのリベンジを果たそうとしているのです」

「そ、そうか。……そこまで気合、入っているんだな……」


 握りこぶしを持ち上げてメラメラと燃える誠次の隣で、一ノ瀬は苦笑していた。


「確かに誠次が言ったとおり、午後の部のポイントは重要だ。中でも、最終競技は特に、ね」

「口外禁止、ですか。でも、案外すぐに分かってしまうのでは? それこそ、親しい間柄にある先輩と後輩の関係であったら、こっそり競技を聞き出すことだって可能になってしまうかもしれません」


 一、ニ、三年と、普通の学生であれば三回も体験する体育祭。いくら口外禁止とされていても、何処かからか情報が漏れるか、それこそ最終種目を体験した先輩が後輩に言い触らすなど、簡単にできてしまうことだと思ったのだが。

 誠次の質問に、一ノ瀬は確かに、とうんうんと頷いていた。

 そして、含み笑いを零しながら、こんなことを口にする。


「もしかして、俺から聞こうと思っているのかい? 気になる最終種目の詳細を」

「いや、え、教えて、くれるのですか……?」


 誠次がごくりと息を呑んで一ノ瀬を見下ろすと、彼は紫色の瞳を、わざとらしく細めていた。


「残念だが、教えることは出来ない」

「ですよね……」

「しかし、()()()。君には恩があるし、俺はとても教えたいのだけど、どうやっても教えることが出来ないからね」


 一ノ瀬の含みのある言い方に、誠次は首を傾げる。

 

「なにも最終種目は、ありがちな全員参加リレーのようなものじゃない、魔法学園らしい競技になっているよ。ここへ来て、だけれどね」

「魔法学園らしい競技……?」


 誠次がさらに首を傾げていると、一ノ瀬は咄嗟に周囲をうかがう。そして、人気ひとけのないことを確認すると、横に立つ誠次へ向けてくいくいと、手招きする。

 誠次は中腰の姿勢となり、彼の口元に耳を寄せた。

 一ノ瀬はこそこそと、誠次の耳に息を吹き込む。


「最終種目に出場できる選手は少数だけ。それに選ばれた魔法生は、いろいろな誓約書を書かされるらしい。らしいというのはやはり、それすらも秘匿されているからだ」

「え……。では観客は……? 観戦されないのですか?」

「ああ。試合内容は完全に秘密にされ、結果だけが全ての人に知らされるシステムさ」


 そこまで言うと一ノ瀬は、顔を離した。


「俺が言えることはこれくらいだ。誰にも言っては駄目だぞ?」

「は、はい。ありがとうございます……」


 情報を纏めれば、最終種目に出場できるのは選ばれた少数のみ。競技に参加するにあたっては誓約書を書かされ、口外は絶対できないようにされる。そして、最終種目は観客も詳細を見ることは許されないらしい。


「俺は最終競技に選ばれなかったけれど、友だちが出場したんだ。そいつに詳細を訊こうとしたけど、それでも教えられないと。口を滑らせると、学園生活に支障をきたすレベルらしい」

「恐っ!」

「だろう? だから言えないのさ」


 どこか悪戯っぽく笑いかけ、一ノ瀬は言ってくる。


「そんな……。貴男ほどの魔術師であっても、参加できないのですか?」

「どうやら、選ばれる魔法生は完全ランダムらしい。三年間選ばれる奴も過去にはいたらしいけど、偶然だろうな」


 一ノ瀬から貴重な情報を仕入れた誠次は、グッドサインをしていた。一ノ瀬もそれに応えて、グッドサインを返す。


「そう言えば、もうそろそろ次の競技の時間じゃないか?」

「あ、ぜひ見ていてください。俺、騎馬戦に出場するんです」

()()係かい?」

「いえ。お姫様を運ぶ馬の係ですよ」

「そうか。なら、死んでも落とすなよ? 多少の無理はしてでもいい。女子を落としてしまう男子は最高にダサい」

「重々承知の上です」


 誠次のはっきりとした表情を見た一ノ瀬は、彼の背中をぽんと押してやっていた。

 

「あ、いつの間にかにもうすぐ競技開催時間だ。急がないと!」


 慌てる誠次は、改めて一ノ瀬にお礼をして頭を下げ、スタジアムへと走って向かう。そこでまたしても、思い出したことが一つあり、慌てて急停止をして、振り向く。


「あ、七海凪ななみなぎさんの護衛、ありがとうございました!」

「あ、ああ大丈夫だ。それよりも前見ないと怪我するぞ」


 途中、何やら袋を持った茶髪にポニーテールの女性とぶつかりそうになってしまい、誠次は慌てて避けていた。

 言わんこっちゃない、と一之瀬は肩を竦める。

 偶然、()()とぶつかりそうになるなんて。


「す、すみませんでした!」

「――おお、ヴィザリウスの子じゃん。気をつけたまえー」


 誠次の背中へ向けて女性は朗らかに笑うと、待っていた一ノ瀬の元に到着する。


「お待たせ隼人! 隼人が好きそうなのチョイスしたよ!」

「いつもありがとう、千絵ちえ

「気にしなさんなって!」

 

 千絵はそう言って、一ノ瀬の車椅子を後ろから押してやっていた。


「次の競技は騎馬戦だっけ?」

「うん。俺の知り合いの後輩が出るんだ。応援しないと」

「ok。ウチも応援頑張るよ!」


 午後の部が始まった。

 昼食を食べ、エネルギー補充も完了した魔法生たちは、再び体育祭に臨む。午後の部出場選手に至っては、ここまで温存していたエネルギーを発揮する番だ。

 騎馬戦に出場するヴィザリウスアルゲイルの魔法生たちは、ロッカールームに集合していた。学年別に競技は行われ、最初は後輩である一学年生、次に自分たち二学年生、最後に三学年生の先輩が出場する。


「頑張ってこいよ!」

「行ってきます!」


 通路を通る後輩たちに声をかけ、見送っていく同級生たち。

 その一方で、誠次はロッカールーム内にて、共に騎馬戦に出場する少女たちに声をかけていた。


「みんな。準備は良いか?」

「共に勝利を掴み取ろう! 私たちならば、臆せず戦える!」


 騎馬戦の時の相方よろしく、ルーナが誠次の隣に立ち、座る少女たちに向けて声を張り上げる。腕を振り払いながら高らかに宣言するその仕草と佇まいは、さながら戦場へと向かう高貴な騎士のようであった。


「お、おーっ!」

「流石です、誠次、ルーナ」


 それに大きく反応するのが、腕を掲げる桜庭さくらばとぱちぱちと拍手をするクリシュティナだ。

 他の女性陣も、一応は頷いていてくれていたのだが。


「作戦は先の通り。すでに敵側のスパイにより、俺が騎馬戦に出場すると言う情報は出てしまっている。それを俺たちは逆手に取るんだ」


 ものすごく真剣な表情をして、あごに手を添える誠次は、七人の女性に作戦を伝える。隣に立つルーナを含め、この場の全員が、真剣な表情で誠次を見つめ返していた。

 敵側のスパイ、と言う体育祭に似つかわしくない不穏過ぎる言葉に、一同は内心で首を捻っていたが。

 誠次は軽く息を吸い、研ぎ澄まされた黒い視線を、光らせる。


「相手は間違いなく、ハーレムを築いている俺のことを真っ先に狙ってくることだろう。そうに違いない」


 開口一番、飛び出たのは恥を恥とも思わない、とんでもなく厚い皮を被った発言であった。しかし、やはり誠次は真剣な表情のまま、作戦説明を続ける。


「その状況を俺は逆手に取りたい。わざと相手を挑発し、敵を一気に引きつける」

「挑発って、一体何をするつもりなの?」


 やや、嫌な予感を感じ取りつつ香月がいて来る。

 すなわち、と誠次は臆せず言い放つ。


「敵が目の前に来たとき、例えばだ。俺、モテすぎて辛いわー! と言う……とか」

「「「「「「「うわぁ……」」」」」」」


 すまし顔で言い切った誠次に、七名の女性陣はドン引く。

 

「いや提案だから! あくまで提案だから!」

「作戦を理由にしているのが最高にダサいわね」

「……しばらく、隠居いたします……」


 香月にぐうの音も出ない程の正論をかまされ、誠次は硬直し、なにも言えなくなる。


「さ、作戦としてはいいかもしれませんけれど、私と詩音ちゃんさんがいて逃げられるのでしょうか?」


 千尋が和やかに言えば、確かにと皆が頷く。

 何だったらば、向こうには男子四人一組のチームだってある。根本的なスピードや体力勝負を見れば、どう見積もっても総合的な運動神経が高くなる男子四人組チームの方に軍配が上がるだろう。


「逆に言えば、女子四人組のチームは舐められているか、手を抜かれる、と考えたほうがいいと思いますわ」


 ベンチに腰掛け、左手で腕を組んでいたティエラが、ふふんと得意げに呟く。


「人は目の前で燃え上がりそうな火元を見れば、無視などは出来ず、まずなんとしても鎮火しようとする。その奥に見える小さな火の粉のことなど、気にすることもありませんわ。私たちの騎馬は、できる限りお淑やかにし、前線でルーナが暴れている隙に、目立たぬように敵を各個撃破していく。そうですわね、誠次?」

「その通りだティエラ。さすが聡明だな」


 誠次が感心してティエラを見れば、彼女は頬を微かに赤らめた。


「え、ええと、当然ですわ誠次! 私はクエレブレ帝国の皇女なのですから!」

「問題は君が戦いを前にお淑やかにしていられるか、なんだと思うのだが……」


 胸を張って答えたティエラに、ルーナがぼそりとツっこんでいた。


「その言葉をそのままお返しいたしますわ、ルーナ。貴女こそ、勝利を焦るばかりに迂闊な行動をしないでくださいませね?」


 ティエラがそう言い返せば、ルーナが険しい表情を浮かべるが、誠次がまあまあと両手を掲げる。

 

「すまない、誠次……」

「申し訳ありませんわ、誠次……」


 そうすれば、素直に二人のお姫様が申し訳なさそうな表情を同時に浮かべる。

 そんな光景を見ていた香月が、そっと口を開く。


「今改めて思ったのだけれども、二人のお姫様を懐柔しているあなたのスペックの高さに驚くわ。引くぐらい」

「懐柔しているって言い方、他になんとかなりませんか、香月さん……。あと、引かないでください……」


 あごに手を添えて慎重に指摘してくる香月に、誠次はげんなりとツっこんでいた。

 騎馬戦のルールは従来通り。騎手は地面に落ちてはならず、ハチマキを巻いた敵の騎手からハチマキを奪い取り、時間内により多くのハチマキを獲得した学園側が勝利となる。やはり、魔法の使用は禁止である。


「そろそろ時間のようだ」


 十分弱ほどで、一学年生の騎馬戦は終わっていた。

 スタジアムの光景を映すロッカールームのホログラム画面に、選手が全員釘付けとなっていた。円陣を組み始める者もおり、気合はここから入っていく。

 誠次も振り向き、控えている七人の少女の顔をそれぞれ見つめる。


「みんな、頑張ろう!」


 誠次が手を差し伸ばせば、少女たちはうんと頷き返し、手を差し伸ばしてくる。

 周囲のこちらを睨む目線を痛いほどに感じながらも、誠次は目の前に花びらのように広がる綺麗な手の円を見つめ、それが自分の手の上に次々と添えられていく光景に意識を集中させた。

 とても重たい。それは彼女たちが、こちらに懸けている思いを宿すように。ならば期待には応えなければ、と誠次は、黒い瞳と口を大きく開ける。


「ヴィザリウスの為に、頑張るぞっ! 会場を白に染めあげよう!」

「「「「「「「おー!」」」」」」」


 七名のそんな声が重なれば、ロッカー内では誰もが唖然となって、その声と光景を見ていた。もはや味方からのヘイトも充分に高めた誠次であったが、囮役としては十二分な出来かもしれない。

 そうして自分を納得させた誠次は、少女たちから熱を受け取った右手を自分の胸に添えてから、白色のハチマキを自分の頭に巻く。


(会場を白に染めあげる、か……。我ながら中々どうして、決まったな……)


 茶髪をかき上げながら、内心で満足そうに微笑む誠次の隣に、ぴょこっとした銀色の髪の持ち主がやって来る。


「香月……?」


 ぎくり、となった誠次は思わず背筋をぴんと伸ばす。


「みなまで言うつもりはないわ。一緒に頑張りましょう、天瀬くん」

「ははは……。かなわないな。香月にはお見通しか」


 誠次が息をつき、改めて香月に手を差し伸ばす。


「一緒に頑張ろう、香月。大丈夫だ。もしもの時は俺がみんなを守る」


 囮役となる以上、少なからず巻き込まれることになるであろう、自分の後ろの係となる香月。

 誠次が彼女を気遣って声をかければ、香月は穏やかに、口角を上げていた。


「ええ、わかったわ。それよりも私と一緒に騎馬戦に出てくれて、ありがとう天瀬くん」


 出場時間が差し迫っているため、ロッカールームにいた他の魔法生たちは続々と通路へと移動している。

 そんな時間のない中で、香月は誠次に小声でお礼を言ってきたのだ。


「香月……?」


 ベンチから立ち上がろうとしていた誠次も座り直し、隣に座る香月を見た。


「わかっていると思うけれど、私、運動があまり得意ではないし、きっと体育祭もつまらないものになってしまうと思っていたわ」


 でも、と香月は、誠次へアメジスト色の瞳を向ける。


「あなたのおかげで、少なくとも、つまらなくはない。いいえ、むしろ、とても楽しいわ」

「何言ってるんだ。むしろ、本番はここからだろ?」

「え……?」

 

 誠次が微笑んで言えば、香月は一瞬だけ呆気に取られかけた後、うんと頷く。


「……そうね。一緒に頑張りましょう、天瀬くん」

「ああ。頑張ろう、香月」


 誠次と香月はアイコンタクトをし、互いに肩を上げ合い、騎馬戦本番に臨んでいた。

~今でも交流は続いてます~


「納得が出来ないッ!」

けんご

「なぜ体育祭なのに、俺が出ないんだ!」

けんご

       「そりゃあ俺ら卒業してるし……」

               しんや

「尺の都合もありそうですね」

せんり

「私たちの出る幕ではないかと」

せんり

       「後輩たちの応援は出来るだろ!」

               けんご

       「仮にも元生徒会長が……」

               けんご

       「後輩たちが汗水流す伝統の一戦に」

               けんご

       「駆けつけられなくてなにが元生徒長かッ!」

               けんご

「そんな元生徒会長のルールなくね……?」

しんや

       「これは駆けつけなくて正解ですね」

               せんり

「桐野……」

しんや

「さりげなくだが……」

しんや

「尺の都合とか言ったメタ発言を俺は聞き逃さなかったぜ……」

しんや

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