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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
白黒 天下の秋を知る
118/189

2 ☆

長らく更新停止していてすみませんでした。静養中はスラム街で金髪のツンツン頭君が悶絶する手揉み屋に入り浸ったり、無人島でたぬきの命令を聞きながらしずえさんの笑顔に癒され、必死にタタラ場とシシガミの森を作る日々を続けてました。勿論ゲームの中の話です。


そして誠に申し訳ございませんが、これからは隔週一話の更新にします。漫画家でもなんでもないただのポンコツな私に週刊誌作家様の真似事は無理でした……。これからは自分のペースでのらりくらりと更新していきたいと思いますので、また何卒よろしくお願いします。

 クリシュティナの部屋に、彼女の荷物を持っていった誠次せいじは、彼女の部屋に入り、荷物を下ろした。案の定、マヨネーズだらけの買い物袋の中からそれらを取り出し、冷蔵庫へと移していく。


「相変わらずなんだな、ルーナは」


呑気に微笑む誠次が背丈の低いホテルの客室用の冷蔵庫の前でしゃがみながら、そんなことを言う。

 無言のクリシュティナは、部屋の鍵を閉めて、ベッドが並ぶリビングの方へと歩いていた。とすとすと、誠次の背後でクリシュティナの足音がする。


「はい……。マッサージはお任せ下さい。男性の方に施すのは初めてですが、きっと上手に出来ると思いますから」


 クリシュティナはそう言いながら、換気をしていた部屋の窓を閉めて、カーテンも閉めてしまう。そして代わりに空調をリモコンで操作し、暗くなった照明も淡い色合いの電光へと切り替える。


「ちょっと暗くないか?」


 誠次が天井を見上げて呟くが、クリシュティナは「これくらいの明るさがちょうどいいかと」と言う。

 

「マッサージには周囲の環境も必要なんですよ」

「そうなのか。ヴェーチェル家のマッサージは本格的なんだな」


 誠次は感心して呟いた。

 クリシュティナ・ラン・ヴェーチェル。その血筋を辿れば、先祖代々王家に仕えて来た従者の一族と言う肩書だ。そんな高貴な身分にのみ許されたマッサージを受けられると言うのは、きっと特別な事なのだろう。下手に意見することも出来ない。


「ええ、とても本格的です。ですので誠次、体操着になって、ベッドの上に寝てください」


 クリシュティナが何の気なしそうに告げた言葉に、誠次は思わず、ジャージ姿のままであった上半身に手を添える。


「ち、ちょっと待ってくれ、クリシュティナ。マッサージってその……俺はてっきり、肩たたきとか、そんなものだと思っていたんだ」

「何を仰っしゃりますか、誠次。た、例えば……あれです! ほ、ホテルのマッサージサービスが肩たたきだけで終わると思いますか?」


 ほんの一瞬だけ視線を泳がせていたクリシュティナであったが、誠次は気が付かずに、なるほどと頷く。


「あ、確かに。それだけだとぼったくりみたいだな」


 誠次は妙に素直に納得し、着ていたジャージに手をかける。なにか引っかかる所もあるかと思えばそれは――ジャージのファスナーであった。

 

「ええそうです。まったくもってその通りなのです誠次。ヴェーチェル家に妥協は許されません」 


 うんうんと、満足そうに頷いていたクリシュティナは、誠次に悟られないように、ほっとした様子でそっと深呼吸をする。

 マッサージにも妥協は許されないと言う厳しい家庭環境で育ったクリシュティナを労わる思いで、誠次はジャージを脱ぎ、畳んでクリシュティナに手渡した。やはり何かが引っかるような気もしたが、引っかかっていたのは――体操着のタグであった。


「では……私が上に乗ります」

「く、クリシュティナ……その……本当にこれはマッサージなのか……?」

「はい。とてもとても健全な、至って普通のマッサージなのです」


 赤く染まった顔でくすりと微笑んだクリシュティナは、誠次の上に乗り、胸板をさすり続けていた。

 マッサージと言われれば、そちらの専門家でもない誠次は、納得してクリシュティナにされるがままだった。事実として、全身の疲れも取れている。


「どうですか誠次? 気持ちいいですか?」

「ああ……とても気持ちがいいです」


 と、健全なマッサージに対する健全な感想を述べた誠次である。


「はい。……私も、気持ちいいです」

「え、クリシュティナも……?」

「はっ、なんでもありません! あ、あと、手を繋いでくださいますか、誠次……? 指も、しますので」

「こうか……?」


 誠次が左手を差し出すと、クリシュティナが指と指の間に自身の指も通し、繋ぎとめる。


「大きい手……素敵です。この手で、多くの人を守って来たのですね……」

「ははは……だから大袈裟だって……」


 誠次はいろいろな意味で気恥ずかしく、変に微笑みながら言っていた。


「そのままの体勢で聞いてくださいね、誠次。国際魔法教会ニブルヘイムに仕える私のお兄様なんですが、また昇進なさったそうです」

「そう、なのか……」


 女性に馬乗りにされながらマッサージを施され、その女性の兄の昇格の話を聞く。そんな状況など、滅多にないだろう。おまけに心地よい施術のせいで、頭の中が宙に浮いているようにほんわりとしている。

 しかし、ミハイル・ラン・ヴェーチェルには、自分も少なからず関わりがある。……そして、国際魔法教会とも。

 誠次を見つめ続けるクリシュティナは、額にじんわりと汗を滲ませながら、その顔を下ろす。彼女の二房の束ねた髪の先端が、誠次の身体をくすぐるようだ。


「マンハッタンでの時に、お兄様の元へ向かわせて頂き、今でも感謝しています、誠次」

「唯一の家族なんだし、助けてやりたいと思うのは、当然だ」

「家族、ですか……。……誠次、家族になる方法は、まだありますよ……?」


 ぼそりとそう告げたクリシュティナは、誠次の手を握る自身の手の力を、たちまち強くする。

 

「オルティギュア王国復興の為にも、貴男は必要不可欠です」

「まだそのことを、考えているのか……?」


 いや、愛する祖国と言う観点で見れば、考えない方が、おかしいのか。

 片目を開けた誠次がクリシュティナの顔を見ると、彼女は穏やかな表情のままで、いてくれた。


「ええ誠次。私はいつでも()()()()()を、考えていますよ。ルーナに仕える傍ら、貴男のことも支え続けたいのです。共に、手を取り合って……」


 その声音の感情を読み取った誠次は、はっとなり、クリシュティナの手を強く握り返した。


「あ、誠次……」

「わかったよ、クリシュティナ。オルティギュア王国の為にも……二人の為にも、俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ。さすがに、この国を離れるのはもう無理だけどさ……。クリシュティナもルーナも、大切な人なんだ」


 苦笑しながらそう言った誠次に、クリシュティナは笑顔を見せる。


「誠次……いつの日か、私が貴男をすぐ隣で支える日が来たら、その時は私と――」

「――男女ノ蜜月ノ最中ニ水ヲ差スノハマナー違反デアルトハ思ウガ、一ツ忠告シヨウ小僧」


 夢のような時間と、眠りにつこうとしていた身体に突如として響いてきたのは、ルーナの使い魔であるファフニールの気高い声であった。

 やましい事など一切していないはずなのに、何故かびくんと脈打った身体を、誠次は起こしていた。


「きゃっ、誠次……?」

「あ、すまないクリシュティナ」


 ベッドの上でクリシュティナが背中から倒れてしまいそうになり、誠次は軽くなった手を使って彼女の身体を支えてやる。


「一体急にどうされたのですか……?」

「ファフニールの声が聞こえたんだ……。忠告とか……」

「ファフニール……。まさか、ルーナが戻ってくるとか――」

 

 クリシュティナがそう言ってドアの方を見つめると、なんと本当に、廊下の方からルーナとティエラの声が聞こえてきていた。


「――マヨネーズばかり食べているからそんな無駄なところに脂肪がつくのです。お下品ですこと、オルティギュアの姫?」

「君こそ、ケッチャプばっか食べているから、口の端に跡がついているぞ?」

「な、なんですって!?」

「嘘だ」

「おのれルーナっ!」


 ぴっと、クリシュティナが掛けていたはずの部屋の鍵が、いとも容易く開かれる。

 ぎょっとしたクリシュティナと、誠次もまた、この今の状況のマズさにあっとなる。ベッドの上に、体操着姿のクリシュティナと抱き合うようにして座っているのだ。これでもまだマシな方で、ファフニールの忠告がなければ、もっと誤解を招くような体勢であった。

 しかしそれでも、端から見れば二人がベッドの上で如何わしい行為をしようとしていたように見えることは変わらず。

 よって、ゲームセンターにて獲得した景品を、リビングに入るなりルーナは、絨毯の上に落としていた。


「せ、誠次……く、クリシィ……。一体二人で、なにを……!?」

「ルーナ! これはマッサージだ! 決していかがわしくはない、健全なものだ!」


 と、クリシュティナを抱き締めながら、誠次は言う。

 クリシュティナはクリシュティナで、誠次の腕の中から、こっそりと顔を出すと、ルーナとティエラへ向けてくすりと微笑んでいた。それはまるで、二人の姫に対してメイドが勝ち誇ったかのような笑顔であり、


「そんなマッサージがあるものですかーっ!」


 ティエラが激昂し、左腕をぶんぶん振るいながら突撃してくる。


「お、落ち着いてくれティエラ! 本当にヴェーチェル式のマッサージを受けていただけなんだ!」

「そんなの私も聞いたことがないぞ!?」


 ルーナがクリシュティナに詰め寄ると、クリシュティナはペコリと頭を下げる。


「誠次のみの特別メニューとなっておりますので。それよりも私たちは同じ誠次に魔法ちからを与える女子たちのはず。その点では、平等なはずです」

「でも、クリシィのマッサージはとても効くが、物凄く痛いんだぞ!?」


 ルーナが青冷めた様子で、誠次を見つめる。


「全然痛くなかったけど……」

「だから、特別だと言ったでしょう」


 包まれている誠次の腕に手を添えて、クリシュティナは言う。


「では誠次。またマッサージを受けたくなりましたら、何時でも私に声を掛けてください」


 クリシュティナがそう言って、ベッドの上から立ち上がる。


「ありがとうクリシュティナ。本当に身体が軽くなったようだ。これならば、明日全力で競技に挑めるよ」


 彼女に感謝をした誠次は、クリシュティナが畳んでおいてくれていたジャージを羽織る。部屋に戻ってきた二人のお姫様からの、凍り付くような視線をひしひしと感じたのは、その直後だ。

 とりわけ、ルーナの視線は、強く感じる……。


「誠次。明日の競技本番に向けた、最終訓練を行いたい。明日の早朝、ホテル下で待ち合わせ出来ないか?」


 そんな中で、騎馬戦を共に戦うルーナからそんなことを言われ、誠次は頷く以外できなかった。


「わかった。じゃあ明日の朝、ホテル下の公園で待ち合わせしよう」


 ルーナと朝練の約束を交わした誠次は、彼女たちの部屋から出てホテルの通路を歩く。

 クリシュティナの凄腕マッサージは本当に効き目が素晴らしく、まるで足に羽が生えたかのように軽い足取りとなっている。肩の違和感もなくなり、コリも解消されている。近所にこのような整体マッサージ店があれば、きっと行きつけになってしまうこと間違いなしレベルである。

 通路の曲がり角を曲がる直前、なにやら男らの話し声が、先の方から聞こえてくる。


「――だから、゛捕食者イーター゛なんて出ねえって」

「そーそー。アルゲイルの奴らだって、外出てるやつもいるし。俺たちだって」


 二人の男子は、ヴィザリウスの他クラスの同級生だった。

 そして、それと対立している、こちらから見て背を向けている男は、誠次も知っている同クラスの男子だった。


「だからって、俺たちが出ていいわけじゃないだろ。捕食者゛(イーター)゛だって、出るかもしれないしさ……」


 2―A体育祭実行委員の神山かみやまであった。白いジャージ姿で彼は今、同じ白いジャージ姿を着た同級生を宥めている。


「なあ頼むよ。正直体育祭なんて、面倒臭くてやってらんねーし」

「駄目なものは駄目だ。ここでお前らが外に出て、他の学園のみんなに迷惑がかかったらどうするんだ。お前たちがよくても、周りに迷惑がかかるかもしれないだろって」

「神山。大丈夫か?」


 誠次が神山の隣にまでやって来て、声をかける。


「2―Aの天瀬か……。暑苦しいのがまた一人来やがった」

「あ、暑苦しいとは何事だ!?」

「ちょっと待て……俺まで熱血キャラにされてんのはなんでだよ……」


 向かい合う男子生徒の言葉に反論した誠次と、絶句する神山である。

 結局、向かい合う二人の男子生徒は夜間外出を諦め、大人しく自分の部屋に戻ったようだ。それでも、またいつ人目を盗んで外に出ようとするかもわからない。

 誠次と神山はやむを得ず、ホテルのエントランスロビーに赴くことにした。ここで夜遅くまでしばらく待っても彼らや、彼らと同じ考えの奴が来ないか、見張る為である。私設のホテルの為、魔法学園にはある魔法障壁がないための、弊害とも言えよう。

 それであるのならば、学園の教師に見張りを頼めば良かろうと言うのが普通の考えであると思うが、二人の男子生徒の脳裏に浮かぶのは、飲んだくれな男性教師の姿のみ。何よりも゛捕食者イーター゛を憎み、これ以上奴らの被害を出さないようにする誠次の正義の心と……神山の隠れた正義の心が、そうさせていた。


「悪い、天瀬。深夜までの見張り付き合ってくれて」

「構わない。今の俺は足に羽が生えたようだからな」

「足に羽……? ああ、ブルーブルでも飲んだのか?」


 Blue Bull。栄養ドリンクである。翼を与える系のやつだ。


「そんなようなものだ」


 誠次と神山は、ホテルの入り口に直結する広いエントランスロビーの、ソファ椅子に互いに腰かけていた。

 昼から夕方にかけては多くの魔法生たちが行きかっていたここも、夜になればしんと静まり返り、スタッフの人もいなかった。外とこことを繋ぐ障壁はガラス戸一枚であり、普段魔法学園の強固な障壁に守られている身分からすれば、いささか頼りのないものだ。……もっともそれは、どの一般家庭も同じ感覚なのだろうが。


「弊害って言うのかな……。長い間、゛捕食者イーター゛を見ないでいると、ああやって外に出ても大丈夫だって、つい思っちゃうんだろうな」

「それが良いことなのか悪いことなのか、何とも言えないな。ただ一つ言えることと言えば、悪夢を見るよりは良い夢が見たい」

「はは。違いないわ」


 誠次がぼそりと呟くと、神山は笑い、ペットボトルの炭酸飲料をあおる。

 そして神山は、ソファの背もたれに深く寄りかかる。その眼は眠たげで、あくびも時よりこぼれていた。


「実行委員、実際やってみたけど、やっぱ俺には向いてねーよ」

「そうか? 上手く纏めているように見えるが、今だって止めていたじゃないか」


 誠次はソファに座り、温かいお茶を啜っていた。

 なんだかデジャヴを感じるかと思えば、2―Bの寺川てらかわとも同じような会話をしていた気がする。人の上に立つ者にも、相応の悩みは不安は尽きぬものか。

 白い紙コップの中にある、黄緑色の水面をじっと見つめれば、そこに中学時代からの親友であり、今はフレースヴェルグのリーダーを務める志藤しどうの顔が思い浮かぶようだった。


「夜間外出か。アイツらの気持ちも、少しだけわかるんだ」


 神山はぽつりと呟く。


「勿論やっちゃいけない事だ。でもさ、昔の俺にも好奇心はあった。小学生の頃、出ようとしてたんだ、夜の外に」

「い、意外だな。普段そんな事、しないように見えたのに」


 誠次は驚き、神山を見つめる。普段の彼の性格からは、想像が出来ない、好奇心旺盛な行動だ。

 神山は静かな館内をじっと見渡し、薄暗闇の中で、何かを見つけようとするかのように、目を細めていた。


「昔の話だって……。小学生の頃の俺は、゛捕食者イーター゛なんか、いないって思ってたんだ。周りの人が夜の外に出ないって五月蠅く言ってても、信じちゃいなかった。大人が子供を外で遊ばせないようにする口実だって」

「そうか……そう思うのも、無理はないのか。実際に、゛捕食者イーター゛を目の当たりにしないで、生活していると」

「おとぎ話の中の怪物の存在だって、思ったんだ。人って都合がいいもんだよな。魔法が生まれて、変な生き物は信じるくせに、自分に都合が悪いものは信じないって。……まさしく俺が、そうだったんだ」


 神山は軽く微笑んでいた。


「実際に夜の外に出たのか?」

「ああ。度胸試しみたいなノリだった。夜の外に怪物なんていやしない。ましてや、人を喰い殺す化け物なんか。当時の友だちと一緒に、親の目を盗んでさ」


 神山は悪びれた様子で、肩を竦めていた。


「まさか……」


 神山の様子から、悟った誠次は、黒い目を見開く。

 神山もまた、誠次の顔を見て、頷いた。


「ああ。結果的に、奴らは現れた。子供だった俺たちは、走って逃げるので精いっぱいだった。一緒に遊んでた奴らは、一瞬で喰われたよ」


 神山もまた、大切なものを失った過去を持っている一人であった。おそらくとも言わずとも、その時のことが原因でトラウマとなり、今のような、斜に構えるような性格となってしまったのだろう。時より彼が見せることがある明るい表情も、それで納得がいき、それが本来の彼の性格だったのか。

 エントランスのガラス戸に月光が差し込み、青白い光が、二人の男子の輪郭を淡く染める、


「知らなかった。そんなことがあったなんて……」

「誰にも言ってないしな。まあ、お前にだったら別に言っても良いと思ったんだ」


 神山はふうと、軽く息をつく。


「俺は家族を゛捕食者イーター゛によって喰われて、奴らへの憎悪が積み重なった。そんなことは、神山はなかったのか?」

「どうだろうな……。俺は友だちを失った。家族を喰われてたりしたら、また違ったと思うけど、少なくとも俺が感じたのは、原初的な人間の本能でもある、恐怖と絶望かな。こんな奴らに、勝てるわけがない、俺たちは食料なんだって、さ」


 神山は自分の手をじっと見つめて、答える。


「こんな化け物がいる、こんな魔法世界。どう足掻いても無駄だって、その時から感じたよ。必死に勉強したって、魔法を学んだって、アイツらがいる。影のようについてくる。だったらなにやっても無駄じゃないか、てさ」

「でも、諦めるわけには……」

「お前はそう感じたんだろ。そこが、俺との違いだ。魔法が使えないくせに、さ」


 神山が茶化すようにして笑ってきて、誠次はジト目で彼を見る。


「だったらお前の魔法、少しは俺に寄越せよ」


 誠次が茶化すようにして笑いかければ、神山も苦笑する。


「あげられるもんだったらくれてやるよ。お前の剣に俺が付加魔法エンチャントしてやろうか?」

「それは勘弁してくれ……」


 誠次がげんなりと言えば、神山は笑っていた。


「暗い話をして悪かった。でも、なんかありがとな、天瀬。まさかこんな話をするなんて、わからないもんだな」

「いや、構わない。聞かせてくれてありがとう。だったら、俺の事も話そうか? 相当時間が潰せると思うぞ」

「剣術士様の愛と友情の冒険劇か。それは良いな。時間つぶしには持ってこいだ」


 互いの電子タブレットを起動して、小さな明かりの中、神山との会話は続いた。

 明日は体力を使う体育祭本番。夜は白み、着実に更けていく。


「――誠次。誠次……?」

「う、ん……?」


 かけられる女性の声と、身体を揺さぶられる感覚を感じ、誠次は眩い白い光の中、目を覚ます。

 目を開けると、目の前に銀髪にコバルトブルーの瞳をしたルーナが、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいるところだった。


「こんなところで大丈夫か、誠次? 起きるまで待っていようとも思ったが、さすがに時間が……」


 そわそわしているルーナは申し訳なさそうにしながらも、時間を確認しているようだった。いつの間にか寝てしまっており、気がつけば早朝になっていた。彼女は上はジャージ姿に、下は体操着の、運動用のポニーテールの姿だ、頭にはしっかりとハチマキを巻いている。


「す、すまないルーナ。待たせ過ぎたか……。さすがに、起きないと……」


 身体の体調は昨日からすこぶる良いままだ。やはり、クリシュティナのマッサージが効いているようで、伸びをすると気持ちが良い。

 神山はと後ろを振り向いてみるが、そこに姿はなく、あったのは昨晩の夜更かしの代償として残されたお菓子などのゴミであった。


「まさか……アイツ……」


 軽い頭痛を感じながら電子タブレットを確認すると、そこには神山からのメールが届いていた。

 内容を見れば、【先に帰ってる、後片付けよろしく】であった。

 

「まったく、捻くれてるよな……」


 苦笑した誠次は、きょとんとするルーナの前で、立ち上がる。


「起こしてくれてありがとうルーナ。ここの片づけをしてから外に行くよ」


 誠次は神山が置いていった分まで片付ける傍ら、彼から送られていたメール文がスクロールすることが出来たのを思い出し、片手で操作をしてみる。


【本番はお互いに頑張ろう】

「……了解した」


 体育祭のリーダーからの指令を受け取った誠次は、こくりとその場で頷き、片づけを終える。

 ホテルの外に出れば、朝日がきらりと輝き、公園の芝の緑を綺麗に照らす。そよ風も心地よく、絶好の運動日和と言えよう。

 ルーナは草木の中を、気持ちよさそうに伸びをしながら歩いていく。誠次は、その後を追っていた。他に朝練に励むような()()()()()()の姿もなく、早朝の事もあって、公園にいるのは誠次とルーナの二人だけだ。


「朝練って、何をするんだ?」

「軽めの運動と、ストレッチを」

「勝利への抜かりはない、か」

「当たり前だ。勝負事になると、負けられないからな」


 相変わらず朝にすこぶる強いルーナは張り切ったまま、誠次に向けて意気込む。


「怪我しない程度に、身体をほぐす意味でも頑張ろう」

「そうだな。誠次はクリシィからマッサージを受けていたのだから、怪我の心配はないと思うが」

「え……」


 ぎょっとした誠次は、ジト目を向けてきているルーナに気がつく。


「す、すまない……」

「別に気にはしていない。ただ、一つ頼みがあるんだ、誠次」


 お互いの肩を掴み、上半身を傾けて伸ばし合う。地面を向いていた顔を上げれば、ルーナの綺麗な顔立ちはすぐ近くにあった。


「私は全力を尽くして競技に臨む。きっとその全力を出し尽くしたら、私はもう動けないほどにな」

「動けないほどの全力!?」


 誠次の戸惑う声に、朝を楽しむ周囲の小鳥たちが、ぴよぴよと鳴き声を上げる。


「ああそれはもう! 疲れて疲れて疲れ果ててしまって、元姫がそこらへんに野ざらしな事態だ!」

「元お姫様が大変な目に遭ってしまう!?」


 慌てる誠次に、微かに顔を赤く染めたルーナが「その通り!」とたいそうなリアクションで頷く。


「だ、だからな誠次!? 体育祭が終わって、私たちが優勝したあかつきには……慰安旅行というものをだな……君と二人きりで……」

「慰安旅行……二人きりは、少し……恥ずかしい気が……。それに、共に戦う香月こうづき千尋ちひろへの面子が……」

「あ、一気にやる気なくなったかもしれない」


 一瞬にして遠い目をしたルーナが、ぼそりと告げる。ぴたりと、ストレッチの動作も終えていた。棒立ちである。

 もう間もなく本番だ。ここでルーナにやる気がなくなる事態は非常にまずい。


「ティエラとは二人きりでいられて、私とでは無理だと、君は言うのか……。クリシィとは二人でいちゃいちゃ出来て……私とは無理か……」


 いつもの勇ましい姿はどこへやら、ぶつぶつぼそりぼそりと言い出したルーナに向けて、誠次は慌てて首を横に振る。


「わかったルーナ! 旅行はさすがに急には無理だけど、なにかルーナの為にする! だからどうか機嫌直してください!」

「本当か!? 一気にやる気が戻ったぞ誠次! これで相手のハチマキはおろか、大将ですら討ち取ってみせるぞ!」

「棒倒しと競技が混ざってしまっているんだよな……」


 一瞬にしてぱあっと表情を明るくしたルーナに、オルティギュア出身の二人と約束を交わした誠次は苦笑いをしていた。

 しかし、今は騎馬戦を共に戦う仲。跨るお姫様の笑顔を見ることが出来るのは、下で戦う騎馬冥利に尽きると言うことなのだろうか。


挿絵(By みてみん)

~天才気質の使いどころ~


「しかし、朱梨さんとの空間認識能力を鍛える特訓はまだ終わっていない」

せいじ

「せめてなにか、ヒントがあれば……」

せいじ

「はっ!」

せいじ

「あの、やってみれば何でもできてしまうで有名な」

せいじ

「香月ならば、すんなりできてしまうのでは!?」

せいじ

「香月!」

せいじ

            「どうしたの、天瀬くん?」

                  しおん

「頼みがあるんだ」

せいじ

「まず、頭に巻いているハチマキで目隠しをしてほしい」

せいじ

            「……え」

                  しおん

「そして俺は今から……」

せいじ

「香月を全力で触ろうとする!」

せいじ

            「……え」

                  しおん

「だから香月は、全力で逃げてほしい!」

せいじ

            「天瀬くん……」

                  しおん

「香月?」

せいじ

「なぜ、そんな悲しそうな目をしているんだ?」

せいじ

            「その……」

                  しおん

            「貴男の性癖をそこまで歪めてしまったのは」

                  しおん

            「私にも原因があるかもしれないから」

                  しおん

            「……ごめんなさい」

                  しおん

            「……謝って、おくわ」

                  しおん

「……何か勘違いされてしまった」

せいじ

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