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「隣のグラウンドで竜巻起きてたけど、なにがあったんだ……?」
ゆうへい
魔法学園の体育祭を目前に控えた九月半ば。
本来、身体を動かすことが好きな性分である為に、小中学校と体育祭は全力で臨んでいた。それこそ事前のトレーニングだって、応援の声掛けだって、てんでよく分からないアニメキャラクターが描かれた応援パネル製作も……一応は手伝ってきた。
しかし今は……今年は、やらなければならない事が他にもある。
――特殊魔法治安維持組織を取り戻す。それがかつての組織に憧れていた友と交わした、約束だ。
肩を組んで同じ場所に立ち、同じ景色を見る為にも、この特訓は、成功させねば。
きっと、アイツだって、同じ場所に辿り着くことを、望んでくれているはずだから。
それに、リーダーなんだし、俺だけが遅れるのは、格好悪すぎるだろ?
何度も挑み、それでも勝つことは出来ず、身体を吹き飛ばされる。
今だってそうだ。
容赦のない攻撃魔法が降り注いできて、自身の周囲の砂の上に直撃する。疑似太陽によって熱された灼熱の砂が、志藤の全身に降り注いで来る。
「痛っ!?」
とても目など開けてはいられず、巻き起こる砂から身を守る為に、志藤は両腕で顔を覆う。
(どうせ目の前まで来てるんだろ!?)
何度も同じパターンの攻撃を受ければ、自然と対策もするものだ。
このままではやられると、志藤は一か八かの判断で、目の前に向けて回し蹴りを繰り出す。
しかし、相手役の日向の実力は、こちらの二手三手上を行っている。
「――敵が同じ真似をするとは限らないだろう」
後方から聞こえた日向の声にぎょっとしたのも束の間、振り向けば、砂塵の中で日向が腕を伸ばしてきていた。
このままでは腕を掴まれる。そうして負けに繋がる。それこそが、繰り返してきた流れであった。
「ただで負けるかってんだ……っ!」
しかし、勝ちが自信に繋がるのであれば、敗北で学ぶこともある。
志藤は予め自身の周囲に展開していた魔法を、発動する。それは、現在の戦場となっている砂漠の砂の中に埋めるようにして描いていた、攻撃魔法の魔法式であった。
そのことを知る由もない日向は、突如、真下から砂を巻き上げて放たれた攻撃魔法を伸ばしていた腕に喰らうことになる。
「……っ!?」
突如として右腕に奔った激痛に顔を顰めた日向へ、志藤は砂塵の中から果敢に飛び出し、反撃のための突撃を行う。
あと数CMで、日向に届く――!
しかし、
「うわ、っとと!?」
砂漠の砂が意思を持つかのように足に絡みつき、意気込む志藤の身体を絡め取り、身体を転ばせる。
ばたん、と本当にそのような音を立てて砂の上に倒れてしまった志藤は、格好がつかずに、金髪の髪をかきながら上半身を起こす。
「痛……。マジか……」
「……」
苦笑し、全身に浴びた砂をぶんぶんと振り払って全身から落とす志藤を、日向は冷静に見下ろす。
そして、すっと、手を差し伸ばす。
「立てるか?」
「あ……あざッス……」
志藤は素直にその手を取り、立ち上がる。はらい切ったと思っていた砂漠の砂はしつこく、志藤のズボンからもしきりに落ちていっていた。
なぜ、砂漠での戦闘を行っていたかと言えば、日向曰く、どんな状況にでも対応できる対応力を身につけるためだとか。将来、鳥取やエジプトの方にでも行かない限り経験しないことだろうが、きっと無駄ではないのだろう。
休憩のため、二人は涼しい岩陰の洞窟に入り、そこで淹れたコーヒーを啜る。
「ブラックコーヒー、飲めるのか?」
「あんま進んでは飲みませんけど、どっちかと言えば甘いカフェラテとかの方が好きッス」
「俺もだ。どちらかと言えば甘いものの方が好きだ」
温かいブラックコーヒーをちびっと飲みながら、そう呟いた日向を、岩の上に座る志藤は意外そうな目で見ていた。
日向もまた、志藤の視線に気が付き、カップからそっと口を離す。
「あと一歩だったな。俺に届くまで」
「そうっスね……。でも、詰めが甘かったっス……」
長い髪を崖の下で吹く日陰の涼しい風で揺らし、日向は切れ長な瞳を志藤へと向ける。
やはり彼の視線自体は鋭いままで、女性らしい長いまつ毛も相まって、どこか緊張を覚えるものだ。
志藤は汗ばんだ黄色の髪をかき上げて砂を出し、日向を見つめる。
「すぐに俺の特訓について行けなくなり、音を上げるかとも思ったが、そうでもない。むしろ俺の想定を、大きく超えている」
「あはは……。あざッス。自主練の成果が出てれば、いいんスけどね」
志藤は気恥ずかしそうに、鼻の先をかきながら微笑んでいた。
灼熱の熱砂によって火照った身体も、日陰のここならば涼しいとすら感じられる。砂漠は昼は暑いが、夜になれば広大な土地に吹く風を遮るものが何もなくなり、一転して凍えるほどの寒さだと言う。なるほど、ここにいればそれも薄っすらと感じることができた。
治癒魔法で身体に出来た傷、砂漠の砂によって出来た切り傷などを癒やしていると、日向がまたしても質問をして来る。
「お前にとって天瀬誠次とは、どのような男なんだ?」
コーヒーカップを片手に、腕を組んで立っている日向の問い。いで立ちを見ていると、雑誌のモデルと言われても差し支えない様相を見せている。砂漠の向日葵、とでも言うべきだろうか。
志藤は穏やかに微笑むようにして、答えた。
「……天瀬ですか? 決まってますよ。俺の大切な友だちっスよ」
志藤はそして、照れ臭さ半分で、肩を竦める。
「辛いときも苦しいときも、一緒に乗り越える。それなのに、おんぶに抱っこはクソダサいと思いますし。天瀬は確かに特別で、魔術師じゃないかもしれない。けれど、それだからって、アイツが切り開いた道をただただ後ろから追いかけるなんて真似はまっぴらごめんッスよ。だから頑張って、同じ歩幅で歩こうとしてるんスけどね……。中々上手くはいかないッス」
志藤は苦笑しながら答えていた。
足元を名もない砂漠の小型動物が通り過ぎていく中、日向はなるほどと、頷いていた。
「心意気は認める。特別な力を持つ奴には、それを支えるべき人物というのも、時には必要不可欠だ」
「まあ、アイツの周りには沢山の女の子がいるんで、男の俺がしゃしゃり出る幕じゃないかもしれないッスけどね」
「異性だけではない。同性でしか分かり得ない悩みや迷い、責任といった重圧もそこにはあるんだろう。そんなときは……昔からの古い友と言うものが、必要不可欠なはずだ」
「……」
志藤がハッとなって顔を上げる。
地面から突き出た岩を挟んで、向かいの壁に寄りかかるようにして立っている日向の顔を伺えば、彼はどこか、憂いを帯びた表情で、俯いているようだった。
「影塚さんとは、そう言う関係でいたかったんでスか?」
志藤の言葉を受け、日向は黄色の瞳を微かに大きく開く。そして、何かを誤魔化すかのように、早いペースであまり好きではないというブラックコーヒーに口をつける。
「……そうだな。俺は学生時代のアイツのことをずっと、心のどこかで羨ましがっていたのかもしれない。それでいて持ち前の力を最大限には利用せず、余していると感じていた」
日向はそこまで言うと、「やはり苦いな……」と、手元のコーヒーを見下ろし、軽く微笑む。
「……けれど、アイツにも人知れない悩みはあった。そして俺も、隊長というものをやって初めて分かった事もある。大勢の人を率いる責任と誇り。そして、そこに在るべき姿勢。確かにこれは、誰にでも出来ることではなかった……。……あの人、佐伯さんだって……」
コーヒーカップをぎゅっと握り締め、日向は呟く。
虚しさと物悲しさ――。今の気落ちする彼からは、そのような感情が読み取れ、志藤もまた、あまり好きではないブラックコーヒーを飲んでいた。
日向はそっと、自分の胸元に手を添えて、この場に漂う空気を味わうかのように、深く深呼吸をする。
「……お前の父親と佐伯隊長を追い詰めたのは紛れもなく、この俺だ。そのことについて、言い訳をするつもりはない。上の指示に従い、特殊魔法治安維持組織としてすべきことを行ったと、俺は思っている」
「……」
日向の表情に、一切の迷いはなかった。ともすれば冷酷かもしれない。しかし、志藤にはそうは見えなかった。彼自身にだって、そうするべき理由があるから、そうしたのだろう。そして今、彼は自分を強くするために、こうして特訓をしてくれている。それは文字通り、彼のすべてを、教え込まれるほどのもので。
「……同時に、志藤颯介。俺はお前への罪悪感を感じている。俺の過去の行動に対する責任というものが続いているのであればそれはきっと、お前を強くすることなのだと思う」
日向はそう言って、空になったコーヒーカップを置き、志藤に向けて力強い眼差しを向ける。
「俺について来られるか、志藤颯介?」
日向に問われ、勿論、と志藤は頷いていた。
「俺は何が何でも強くならなくちゃいけない……。お願いします日向さん。もっと、俺に特訓を」
「ふ。やはり意外だな。こういう事は苦手なものだと思ったが」
日向の微笑に、志藤は強がりを大きく含んだ笑顔で応じる。
「まそうッスね。だとしたら俺も、アイツの影響を強く受けたんでしょうね」
鼻の先を軽くかき、志藤は屈託のない笑顔で、前を向いていた。
「それに、せっかくの一度きりの人生なんです。男として生まれたからには、どうせだったら格好良い生き方したいっスからね。あとは楽しければ、それでもういいんじゃないんでスか?」
「格好いい生き方、か。ふ、面白い奴だ、お前は」
あの人とは似ても似つかない親子だとも思っていたが、変なところでは、似ているのかもしれない。
日向は、かつて自分が追い詰めてしまった男の姿をそれに重ね、知らずの内に、身体の底から情熱が沸き立っていくのを感じていた。こんな感情を味わうのは……初めてだ。
※
快晴の秋空の下、頭に白いハチマキと身体に白い体操着姿の魔法生たちは、大人数で向かい合う。
同時進行中である、体育祭へ向けた特訓も、いよいよ大詰めだ。
そして今日は、大会直前の最後の合同練習。騎馬戦組は特訓の総仕上げとして、学園内での模擬戦が行われる。
「ルーナ、行けそうか?」
「ああ誠次。準備万端だ」
騎馬を組む前、グラウンド上の両端で待機する、戦いを前にした魔法生たち。
誠次とルーナは音を立てて握手を組み合い、声をかけあう。プロサッカー選手がグラウンドに入場する前に交わすやり取りのようなものだ。
「しかし、まさかBチームが敵になるとはな」
誠次が遥か彼方を見つめて言う。
相手側となったBチームの面々は、判別の為に黄色いベストを着ている。普段体育授業で使うものを、流用したものだ。
「マーシェを倒す丁度いい機会だ。私と誠次、そして詩音と千尋との連携で、倒してみせるぞ」
ルーナはふふんと得意気に言っていた。
間もなく、試合開始だ。
「よし。せーの!」
騎馬の先頭である誠次の掛け声のもと、後ろを香月と千尋が支えるルーナが、空を舞う。
……のは言い過ぎたが、騎馬は随分と確りとした形となっている。香月もチートスキルとも言うべき持ち前の天才気質を発揮し、確実にコツを掴み、ルーナの足を掴んでいる。
「どうだルーナ? 安定しているか?」
「ああ。初期の頃とは大違いだ。さすがだ皆!」
騎手として兵士たちを奮起させるのは、彼女の生まれ持った姫としての素質か。ルーナは誠次の両肩に両手を添え、返事をする。
そしてまた、兵士として先陣を駆る誠次も後方二人の少女に声をかける。
「香月と千尋も、無理はないか?」
「大丈夫です!」
「ええ。平気よ」
準備は整った。いざ、開戦だ!
台の上に立つ体育祭実行委員が、意地でも手から離さない拡声器を口に持っていき、開戦の合図を号令する。
それと共に、横一列に並び合った騎馬たちが、一斉に突撃した。
足音がそこかしこで轟く中、誠次とルーナたちの騎馬は、Aチーム側のほぼ先頭を突き進んでいた。
となれば当然、接敵もまたいの一番となり、向こう側で立ちはだかるBチームの斥候と言うのが。
「ルーナ!」
ティエラ・エカテリーナ・ノーチェ率いる騎馬組であった。頭部こそ同じ白いハチマキを巻いているが、黄色いゼッケンを身に着けた綾奈を先頭に、桜庭とクリシュティナを後方に従えた、女性のみのチームでもある。
彼女らは真っすぐに、砂埃を上げながらこちらへ向かって来ている。
「逃がしませんわよ!」
まさに鬼の形相で鬼気迫るティエラは、誠次やルーナたちと一定の間隔をあけて、立ち止まるように綾奈たちに指示をする。
「ちょっと止まりなさい、綾奈!」
「え、な、なによマーシェ!?」
驚く綾奈と戸惑う桜庭とクリシュティナ。
一方でティエラは、胸の前に手を添え、声高らかに、宣言する。
「聞きなさいルーナ! 今この場で私は、貴女に一騎打ちを申し込みますわ!」
「なんか始まった!?」
桜庭が後ろの方からツッこみを入れる。
「誠次、止まってくれ!」
「ああ! わかったルーナ!」
「え、挑発に乗るの……?」
ルーナに肩をぽんと叩かれ、誠次は指示に従って立ち止まり、香月にツッこまれる。
「何用だ、マーシェ・カーマ!」
「丁度良い機会ですルーナ。貴女には、ミルキーウェイでの借りを返す時ですわ」
まるで本物の馬に騎乗しているように、二人の姫騎士は一定の間隔を開けたまま、大きく円を描くようにして回りだす。
「ふ、御託だな。借りを返すも何も、もはやすでに私は君に勝っているようなものだ」
「な、なんですって!?」
得意気に肩を竦めるルーナに、ティエラは唇を尖らせる。
ルーナは続いて、股下にて顔を出している自身が騎乗する騎馬である誠次に手を伸ばし、そっと髪を撫でる。
まるで、竜をあやすような仕草に、誠次は顔を赤くしてぼそりと言う。
「る、ルーナ? 俺はファフニールではないぞ……」
「君が望むものはこれなのだろう? 誠次は……私の最高のパートナーだ!」
ルーナがどや顔で堂々と言い放った言葉に、ティエラは歯軋りをする。
「お、おのれルーナ……。私はもう、貴女には負けませんわ!」
「突撃しましょう、マーシェ。協力して、ルーナを倒しましょう!」
そんな声はなんと、後方のクリシュティナから聞こえて来た。
これには誠次もルーナも、唖然となる。
「く、クリシィ!?」
「あの二人、いつの間にかにあんな仲に……」
かつて絶対の忠誠を誓っていたメイドが敵国の姫に寝がえり、ルーナがショックを隠しきれていない。
一々言われなくとも理由が分かってしまいそうな気もするが、一応念のために、誠次は訊く。
「クリシュティナ! 一体どうしてしまったんだ! やめるんだこんなこと!」
「誠次……。私は、貴男と共に歩みたかった……」
「クリシュティナーっ!」
「なんだかそれ私が悪者みたいではなくて!?」
即興劇を繰り広げる誠次に、今度はティエラがツっこむ。
「誠次! この一騎打ちに私が勝利した暁には、貴男を私たちのチームへ引き抜きますわ!」
「ルーナ! 今の私たちはもう、相容れない敵同士です! お覚悟を!」
「出来れば、もうそろそろ、早めに……っ」
桜庭がそっと言っているが、火花を散らす二人のお姫様に、声は届かず。庶民の声とはすべからく、上に立ち続ける者には聞こえないものなのだろうか。悲しい話だ……。
そんな姫君、ティエラは、綾奈のポニーテールの頭をぐっと抑える。彼女のポニーテールの髪が、本当にその名の通りになってしまっているようだった。
「痛……っ。もう口上は良いのね……?」
「片手が使えない今の君にそれを言われても対等な戦いとは言えないと思うが、それでも受けた勝負には全力で応えよう」
ルーナもティエラに応え、不敵な笑みを浮かべる。
「そして私たちは、全力で勝利を掴む!」
「ルールはしっかり守りましょう二人共っ!」
慌てて千尋がそうしてこの場を宥めようとするが、彼女に対する恨みの目は、敵陣の先頭から送られていた。
「千尋ばっかり……いつもいつも……っ!」
「あ、綾奈ちゃん!?」
もはや向こうのチームからのこちらのチームへの殺意が留まることを知らない。
「さあみんな、突撃しなさい! 特にルーナを、蹴散らすのです!」
ティエラの号令の元、綾奈を先頭に、Bチームが接近してくる。
「俺たちは……分かり合えないのか……?」
「貴男がそれを言うの……?」
火種を撒きまくっていると言うのに俯いて悔しがる誠次に、右斜め後ろの香月がそっとツっこむ。
そんな誠次に、ルーナがそっと、頭上から声をかける。
「行こう誠次。私は君と共に勝利を掴みたい!」
「ルーナ……わかった」
今守るべき姫君にそのような声を掛けられ、誠次は首を左右に振り、迷いを振り払って、前を向く。
「行くぞ皆! 今は何としても勝たなくては!」
「行きましょう! 私たちの団結力を、綾奈ちゃんに見せつけるのです!」
「ええそうね。私たちが勝ち組だという事を、教えてあげましょう」
BチームもBチームであるが、AチームもAチームであった。
「「進めーっ!」」
極北と極西の姫が極東の地にて号令を発し、正面から衝突し合う。
その最初の接触点こそ、騎馬の先頭役を務める、誠次と綾奈であった。
「綾奈! 怪我しないようにな!」
「誠次! 怪我しまくるアンタに言われたくないんですけど!」
誠次と綾奈は直前で互いに立ち止まり、睨み合うようにして向かい合う。
その上ではルーナとティエラが、互いに手を伸ばし合い、頭に巻いているハチマキを取ろうと無我夢中に取っ組み合う。片手が使えないティエラであったが、そんなハンデをものともせずに、両脚だけでバランスを取り、ルーナの両手を次々と捌いている。
これにはルーナも驚き、唇を噛んでいた。
「な、何ていうバランス感覚……!」
「言ったはずですわよルーナ! 私は誠次と共に日本を駆け抜けた身。この程度の攻撃に、屈しませんわ!」
「やるな、マーシェ! だが今その誠次は、私の下にいる!」
頭上で姫が流す汗がきらりと輝く中、誠次は至近距離で向かい合う綾奈に、声を掛けられる。
「ちょっと誠次!? 私のデンバコにお祖母ちゃんとのツーショット写真が送られてきたんだけど! これ見よがしに!」
「え、は、はあっ!? あの人いつの間にツーショット写真なんて撮っていたんだ!?」
さすがは空間認識能力を極めし者。気配もなにもない……ではなく。
「特訓してるんじゃないの!? それとも、人のお祖母ちゃんに手を出そうとしてるの!?」
「と、とんだ誤解だ! あれはただの息抜きだ!」
「せ、誠次!? 身体が傾いてしまっているぞ!?」
頭上のルーナの声にハッとなり、誠次は慌てて姿勢を正そうとする。
その僅かな隙を見逃さなかったティエラが、ルーナの額に手を伸ばすが、咄嗟に上半身を斜め後ろへとしならせたルーナの機転により、ティエラの手は空を掴んだ。
「ち、ちょっとルーナ! その、ハチマキを前髪の下に隠すようにして結ぶのはルール違反ではなくて!?」
「ふふふ! 取り辛いだろうマーシェ! 私の白い髪と白いハチマキが重なって見える、私にのみ許される戦術だ!」
「なんて卑怯な姫ですこと!」
「どうとでも言うがいい! 君の金髪がアダとなったな!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人の少女の騎馬の周囲には、いつの間にかに空間が。
……そう。あまりの両者のこの練習試合に懸ける気迫の差に、恐れ戦いて近づけないのだ。
押しす押されつの取っ組み合いは、やがて時間切れと言う形で終息する。互いの覇権をかけた練習試合の後、残ったのは熱気の後の秋風だけ。
「き、今日のところは、これくらいで勘弁してあげますわ……」
「それ完全にこちらが悪者の台詞では……」
地面に足をつけ、ぜえぜえと息をつくティエラに、クリシュティナがそっと言う。
「思うのだが、私達同士で潰し合っても、意味がないのでは……」
「それ最初からずっと言っている気がしますけれど……」
上に乗っているにも関わらず、疲れ果てた様子のルーナに、千尋がぼそりと言う。
「みんな、お疲れ様……」
「本番、頑張ろうね……」
綾奈と桜庭も、地面の上にぺたんと座り込み、息を切らす。
「本当にこのままで大丈夫なのかしら……」
「まあ、本番ではこの勢いをアルゲイル魔法学園にぶつければ良いんだ。きっとなんとかなるさ」
あごに手を添える香月に、かいた汗を拭いながら誠次が答えると、香月はちらりと誠次を見た。
「貴男の特訓もよ。フレースヴェルグのね」
「あ……そっちも頑張ってるんだけどな……」
いまいち結果がついてこないと、誠次は悩ましく後ろ髪をかく。
「確かに私たちが傍にいてあげられないときの貴男の強化は、必要なことだと思うわ」
「うん。しかし強化、と言うのはやめて頂けないだろうか……。まるで人造人間のようだ」
「でも、貴男にとっての一番の武器は、私たちから受ける付加魔法のはず」
香月の言葉を受け、誠次は目の前にいる少女たちを見渡し、頷く。
「本当はもっと、貴男の傍にいてあげられたら、いいのだけれど……」
香月がすぐ隣で、そんな事を言ってきた。
「お互いの学園生活の事情もあるはずだ。そりゃあ、いつでも魔法を貸してくれるのは心強いし、感謝してる。でもそうはいかないことが、沢山あるしな。だから、なるべく自分自身の力もつけたいんだ。最終的にそれが、みんなを守ることに繋がるのであれば、やって損はないはずだ」
「私も、極力貴男の傍にいるように心がけるわ」
「本番は頑張ろう」
「ええ、本番はね」
誠次が右手の握りこぶしを掲げると、香月も口角を上げて、自分の左手の小さな握りこぶしを掲げる。
互いに自信を持って微笑みながら、手の甲と甲を合わせていた。
今週末はいよいよ、体育祭本番だ。
~YOUは日本に来てなにするの?~
「今日は私はアルバイトがありますので」
くりしゅてぃな
「午前中は二人きりです」
くりしゅてぃな
「くれぐれも喧嘩をしないでくださいね」
くりしゅてぃな
「「はーい」」
るーな&てぃえら
「ルーナ。私はお風呂に入りたいですわ」
てぃえら
「一緒に入って身体を洗いなさい」
てぃえら
「はあ!? ふざけるな!」
るーな
「なぜ私が君の身体を洗わねばならないんだ!?」
るーな
「だって、片手が使えませんもの」
てぃえら
「お供はどうした!?」
るーな
「第一この国にまた来られたのも」
るーな
「弱小クエレブレ貧乏帝国のお供のお陰だろう?」
るーな
「誰が弱小食いまくり貧乏帝国ですか!」
てぃえら
「いや、食いまくりとは言っていない……」
るーな
「あの人たちはもうとっくに帰りましたわ」
てぃえら
「いや、どこの国が一国の姫を輸送するだけして先に帰るんだ!?」
るーな
「だって予算の都合上……」
てぃえら
「この国にずっといることが出来ないんですもの!」
てぃえら
「だから私だけ置いていったのですわ」
てぃえら
「い、意味が分からない……」
るーな
「はあ……」
るーな
「……仕方がないから洗ってやる」
るーな
「それでこそ私のライバルですわ」
てぃえら
「洗い方は、ファフニールと同じで大丈夫だな?」
るーな
「え……それは竜の鱗の洗い方では?」
てぃえら
「ファフニールは心底気持ち良さそうだったが、人間相手はどうだろうな……?」
るーな
「きゃあああああーっ!」
てぃえら




