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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
大鷲の雛たち
114/189

6

「強敵揃いだけれど、メインヒロインの座を譲るつもりはないわ……断じて」

              しおん

 戦うことは、嫌いだ。゛捕食者イーター゛と戦うのも、人と戦うのも、どちらにしたって、危険なことに変わりがない。ましてや、人と戦うともなれば、相手だって傷ついてしまうかもしれない。

 覚えたての攻撃魔法の魔法式を、周りの人たちが喜んで扱うのを、自分は複雑な目で見る事しかできなかった。

 よく言えば平和主義の優しい性格。ただ、別の言い方をすれば自信がない臆病者。それは自分と()()()()()が、自分に比べて大変アクティブだったことも関係あるのかもしれない。あと、あまり仲が良くなかったことから、彼女と同じようにはなりたくないと言う心理の表れで、そうなったのかも……。

 ヴィザリウス魔法学園に入学する前の自分だったら、間違いなく、フレースヴェルグの魔術師の一人にはならなかったことだろう。もっと言えば、極力関わらずに、静かに、穏やかに、学生生活を送っていたはずだ。

 しかし、今はこうして、彼らと同じ土俵に立って、一つ事を成さんとしている。昔の自分だったら、あり得ない事をしている。

 自分をそうさせたのは間違いなく、この魔法学園で一年間を共に過ごしてきた、友だちたちの存在だろう。中でも、唯一魔法が使えなくとも、それでも剣を持って戦いに身を投じる、憧れの人の存在が。

 ――まあ、そんなような人のあとを追いかけてしまうのは、妹とよく似ているところなのかもしれない。さすがは、双子である。

 


           ※


「え、《エクス》!」


 同年代の男子にすれば、か弱そうな、細い腕から放たれた攻撃魔法を、影塚かげつかは難なくかわしていた。

 影塚の指導を受けるのは、小野寺真おのでらまこと。自他共に認める、おおよそ戦闘向きではない性格と魔法技術を持った、少年だった。


「また簡単に、かわされてしまうだなんて……」


 真は自身の右手を見つめ、ため息を溢す。

 相手が強すぎるのもあるかもしれないが、それ以上に、自分の力量不足を痛感していた。


「君の為にもはっきり言わなければだけど……本当に、戦闘向きではないようだね……」

「は、はい……。どちらかと言えばやはり自分は、戦いに不向きなのでしょうか……」


 真は俯きかけるが、それでもめげずに、顔を上げる。


「いえ……。ここで自分だけが立ち止まって、足手まといになるのはご免です。後方支援を軸とした魔法戦の特訓というのは、如何でしょうか?」


 真剣な表情をした真は、急に、自分が今影塚に対して言った言葉を反芻はんすうし、慌てて手を振る。


「ご、ごめんなさい! 自分が影塚さんに意見するだなんて……」


 なんのことかときょとんとしていた影塚であったが、次第に理解したようで、微笑んでいた。


「いや、むしろ光栄な事だよ。君はどうやら知識が豊かなようだからね。ひょっとしたら、僕よりもその点では優れているのかもしれない」

「そ、そんなことは……」


 真は口籠りながらも、影塚を見上げる。


「隊長さんの件は、自分も聞きました。とても悲しい出来事だと思います……」

「うん……。僕は佐伯さえき隊長の仇を討とうと、無関係な人たちをも犠牲にする方法を選んでしまった。……でもようやく、気づくことが出来たんだ。悲劇は繰り返してはいけない。僕たちが力を合わせれば、どんな未来だって作れるはずだって」


 影塚はそこまで言うと、照れ臭そうに微笑む。

 そして、笑顔をそのままに、真に向けて手を差し伸ばす。


「僕自身も、責任と誇りをもって、フレースヴェルグの成人組リーダーを務めている。こんな僕がリーダーでもよければ、君も是非力を貸してほしい」


 かつてリーダーの座を辞した青年は、新たな決意を胸に、前へと進もうとしていた。

 

「あ、ありがとうございます」


 新たな決意を胸に、はっきりと顔を上げる影塚の勇ましい姿に、真は光栄です、と握手をしていた。


「実を言うとね、僕も昔は、君のように後ろ向きな性格だったんだ」

「え、あの影塚さんが、ですか……?」


 森林地帯を模した演習場のVR空間の中、真は驚いたように、影塚を見つめ上げる。鳥たちのさえずりが心地よく、また深く生い茂った木々の先からの木漏れ日が、綺麗な緑を照らしている。


「うん。どちらかと言えば目立ちたくなかったり、こうして皆の先頭に立つことなんて、考えられなかった」


 影塚は学生時代を述懐していた。日差しは彼を避けるようにして差し込み、彼は影の下にいる。涼しい風が、彼の端正な顔立ちの上の青みがかった黒髪を、そっと揺らしていた。


「でも、友だちに言われたんだ。魔法が得意であるのであれば、また、力があるのであれば、それ相応の責任、つまりはしなくちゃいけないことがあるんだって」


 日が傾き、彼の顔に日光が当たる。

 

「正直、負けてられないって思ったよ。こう見えて僕は、負けず嫌いだから、ね?」


 影塚はやはり照れくさそうに、また、嫌味のない笑顔を見せていた。


「君の性格はきっと、僕と似ているんだと思う。本当は戦いたくなんてないし、出来れば戦いとは無縁なところにいたい……。でもそれだと、身近で大切な人を守れないかもしれない……」


 だから、と影塚は真の髪の毛にそっと手を伸ばす。

 びくりと、身体を縮こまらせて、影塚に髪の毛を触られた真は、きょとんとした表情を見せる。どうやら、橙色の髪の毛に、枯れ葉がついてしまっていたようだ。


「僕もまだまだ未熟者さ。君と同じように怖いものは怖い。例えば、友だちや大切な人を失う事とか、ね。だから一緒に強くなろう。強くなって、皆を守るような魔術師になるんだ」

「は、はい!」


 きっとこの道は、間違っていないのだろう。

 男からすれば小さな身体。しかしそこには大きな気合と闘志を込めて、真は力強く頷いていた。


       ※


 五人の男子の中では、唯一女性に、それも最年長による指導を受けている誠次は、今日も目隠しをした状態で、迫りくる朱梨しゅりの徒手空拳の餌食となっていた。


「ぬわっ!?」

 

 ふわりと宙に舞う身体と、背中に感じる衝撃。もうかれこれ何度味わったことだろう。

 次は上手くやることを誓って何度立ち上がっても、再び朱梨には投げ飛ばされ、まともにレヴァテイン・ウルを振るうことすらままならず、仰向けで倒される。


「それでも私を矢で討った男か? 剣術士」

「身動きが、出来ない!?」


 すぐに立ち上がろうとする誠次であったが、手足を朱梨によって組み伏せられる。本当に七〇過ぎの身体なのかと思わせるほどの俊敏な身のこなしと力で、瞬く間に誠次を制圧する。

 誠次はがむしゃらに立ち上がると、周囲を見渡すようにして腕を振るい、朱梨の位置を探ろうとする。


「そこか!」


 暗闇の中、微かな気配を感じ取ったのだろうか、誠次が突撃する。


「お、おい剣術士!?」


 ――驚き戸惑う朱梨の声は、なんと、遥か後ろの方から聞こえた。

 即ち、現在誠次が向かっている方向、つまりは前方には、朱梨はいない。


「なっ!?」


 それに気が付いてすぐに止まれるのならば、大事にはならなかったことだろう。

 VRで作られた道場の柱に誠次は右肩を激しくぶつけ、尻もちをつく。嫌な痛め方をしてしまった、とすぐに直感できるほどの鈍い音と激痛に、黒い帯で目元を隠している誠次は顔を顰める。


「大丈夫か、剣術士?」


 朱梨が近づきながら、心配そうに声をかけてくる。


「は、はい。……すみません」

「嫌な音は私も聞いた。時間も時間だ。大事を見て、今日は休もう。無理もよくない」

「ありがとうございます……」


 ズキズキと痛む右肩を左手でそっと触りながら、誠次は気落ちして言っていた。


         ※


 夜のヴィザリウス魔法学園の女子寮棟の一室。明かりが灯っている部屋の中で、銀髪と金髪の長い髪をした二人の少女の言い争いが続いている。

 二人の少女。それは、ジャージ姿のお姫様である。


「ルーナ!? 貴女、スペース取り過ぎではなくて!?」

「何を言っているティエラ! 君は本来このヴィザリウス魔法学園女子寮、オルティギュア王国支部に足を踏み入れることすら許されてはいないんだぞ!」

「日本に勝手に自国の領土を作るだなんて、なんて傲慢なお姫様なのでしょう!」

「日本に勝手に来て雷振り落とす迷惑貧乏姫に言われたくはないな!」

 

 白と黒のジャージを、ルーナとティエラがそれぞれ着込み、リビングにて言い争いを繰り広げている。

 遠く離れた地中海のクエレブレ帝国から、はるばる再来日したティエラが寝泊まる場所。そここそが、なんとルーナとクリシュティナの寮室であったのだ。

 流石に危うい立場にいると言う状況にいることに変わりはなく、七海ななみ家に再び寝止まるのは危険だとの判断で、ヴィザリウス魔法学園の寮室に、ティエラは期間中寝泊まることとなっていた。


「私だって、本当はナギのお部屋にお邪魔したかったのですわ。ですが向こうには向こうのお友だちがおります。ですので仕方がなく、二人部屋のここにお邪魔したのですわ!」


 そんなティエラが体育祭までの期間を過ごす部屋となったのが、ルーナとクリシュティナの部屋であったのだ。転校生組ということでちょうど二人だけで空きがあり、尚かつ知り合いなので、配当は当然のものだと思われるが、いかんせんお姫様とお姫様の相性は悪かった。


「夜ご飯、出来ました。二人とも、席についてください」

「「はーい」」


 キッチンに籠っていた元メイドの作る御馳走が完成したとなれば、たちまち二人のお姫様は大人しく座席に座る。


「サラダにつけるのはルーナはマヨネーズ。ティエラはチャップですね」


 クリシュティナはルーナにもクリシュティナにも、平等に接している風であった。いや、もはやあまり気にしていないと言った方が正しいか。


「ルーナもティエラも、今は何よりもこのヴィザリウス魔法学園の勝利の為に手を組まなければならないはずです。思う事はありますでしょうが、手を組むべきです」


 クリシュティナの発言を受け、根は真面目である二人とも、何も言えなくなってしまう。


綾奈あやなにも言われました。私たちがいがみあっていても、困るのは誰よりも誠次です。私もティエラに思う事がないわけではありませんが、今は騎馬戦を共に戦う仲として、ご協力をお願いします」


 クリシュティナがティエラを見つめて言う。


「わかっていますわ。私も、もう迷惑をかけるつもりはありませんわ。仲よくとは言いませんけれど、協力いたしましょう。あと、お料理美味しいです。まあ、私とどっこいどっこいの腕と言って差し上げましょう」

「……こういうところで、一々言葉が多いと思うのですが……」


 クリシュティナがぐっと我慢するように、フォークとナイフを両手で強く握り締めている。


「クリシィもティエラも同じチームなんだし、頑張ってくれ。私も私で、誠次と詩音しおん千尋ちひろと共に鍛錬に励み、必ずヴィザリウス魔法学園に優勝をもたらそう!」


 ルーナが大好きなマヨネーズを野菜ごと口の中に入れてもぐもぐと胸を張っているのを、今度はクリシュティナとティエラが、ジト目で睨んでいた。


「「抜け駆け姫」」

「抜け駆けとはなんだ!? クリシィまで敵に回るのは何事だ!?」


 慌てふためくルーナを見つめ、たまには自分だって、お姫様のように何かの上に乗ってみたいと思う、クリシュティナであった。


       ※


 翌日も、特訓の日々は続く。

 時間割通りの授業を終えた後の、放課後の特訓。部活動は体育祭準備の為に中止しており、皆で体育祭の準備に向けた放課後練習が行われていた。

 体育祭本番まで、残り一週間を切った今日にもなれば、初期のころと比べて騎馬戦組の騎馬も、競技に向けた本格的な練習試合がこなせるほどに、練度を高めていた。

 

「みんな、良い調子だ!」


 先頭に立ち、ルーナを担ぎ、香月と千尋と手を繋ぐ誠次は声をかける。

 今日の他クラスとの練習試合でも、2-Aの二つのチームとも、善戦をしていた。


「よくやりましたわ、三人とも。さすがは私の騎馬に相応しい活躍です」

「「「それは素直に喜べないんですけど……」」」


 Bチームの面々も、綾奈のリーダーシップと桜庭さくらばの協調性の元、そして同じ屋根の下で過ごすクリシュティナとティエラの慣れにより、それなりに団結力を高めてきたようで、すぐ近くで試合を通しての手ごたえを掴んでいるようだ。


「……」


 そうして健闘を讃え合う四人の少女のうち、誠次とクリシュティナの視線が合い、彼女方がきょとんと首を傾げてくる。


「誠次、どうかされましたか?」


 クリシュティナを見つめていたこと、そしてそれを彼女に知られていたことにやや恥ずかしさを覚え、誠次は咄嗟に言葉を濁してしまう。


「い、いや。凄く進歩しているなって、思って。マーシェとも上手くやってくれているようで、ありがとう」

「私個人の感情で、皆さんに迷惑をかけたくはありませんから」


 クリシュティナもやや気恥ずかしそうに、茶色の髪をそっと触りながら言っていた。


「誠次の方も頑張ってください。ルーナを支えてくださるのに相応しい男の方は、貴男だと思いますから」

「ありがとうクリシュティナ。ルーナの為にも、全力を尽くす」


 誠次が喜んで言えば、クリシュティナは次にはやや小声となって、ぼそりと、このような事を言ってくるのだ。


「選手トレードは、いつでも受け付けています。……貴男を支えることは、私も出来ますから……」

「い、今からは少し無理があると思うのだが……」


 やっぱり裏ではまだまだティエラ相手へのわだかまりを解いてはいないようであった……。

 クリシュティナにもそのような事を言われ、誠次は至極申し訳なく、頭を下げながら言っていた。

 休憩時間となり、グラウンド上にいるジャージ姿の魔法生たちは、しばし思い思いの時間を過ごす。

 そんな中で、傾く夕日の日差しが差し込んでいる、魔法学園内の廊下の水道場。いわゆる、水飲み場だ。

 そこで一人、銀色の蛇口から流れる秋の冷たい水を、むき出しの上半身の右肩に当てていたのが、誠次であった。


「……っ。朝起きたら治っていると思っていたけど、練習を重ねるうちに再び痛みを感じてきたな……」


 険しい表情で、アイシングをした右肩を見つめる。

 昨日の朱梨とのフレースヴェルグの特訓で、誠次は道場の柱に右肩を強くぶつけてしまい、負傷したような状態だった。その後は朱梨の勧めもあって、保健室で養護教諭のダニエルに状態を右肩の状態を診てもらっていた誠次であったが、経過観察中である。

 自分が体育祭で騎馬戦出場選手であることを伝えれば、大事を取って休んでほしいと言われたが、朝起きて異常を感じなかったので、練習にそのまま参加していたら、この様である。


「参ったな……。クリシュティナの付加魔法エンチャントを受ければ、全快するだろうが、彼女を疲れさせるわけにはいかない……」


 まだ今日の特訓の時間は残っている。自分と所属の違うBチームの一人として頑張ってくれているクリシュティナに、魔術師の素たる体内魔素マナの多くを消費させてしまうことに大きな負い目を感じ、誠次は最後までこのことを切り出すことができないでいた。

 ましてや負傷の原因が、体育祭の練習ではなく、フレースヴェルグの活動での個人的な特訓によるものであるのであれば、尚更だった。

 我慢できる痛みであればまだ良かったのだが、実のところ、今日の特訓中に痛みのピークは訪れていた。


「――ここにいたのね、天瀬くん」


 どうにか応急処置を済ませようとしていた誠次の背後から、声が聞こえた。

 振り返れば、足元にぴょんぴょんと跳ねる白毛のウサギがおり、やや遅れて、その後ろから香月詩音こうづきしおんが歩いてきていた。

 ウサギはなにも言わずとも耳をぴんと立て、まるで心配そうに、こちらを見つめ上げているようだ。

 誠次はその場でしゃがみ、左手を伸ばしてウサギをそっと撫でてやる。もふもふの毛が、ふわふわとしていて柔らかく、気持ちよい。


「香月。心配かけてすまない。すぐにそちらに戻る」


 誠次が気丈に振舞おうとするが、香月にはジト目を向けられていた。


「今日の練習中で、貴男が右手を痛めているのは分かったわ。様子を見に来たのだけれど、案の定ね」

 

 右手は右後ろを支える香月と手を繋いでおり、香月は誠次の身体の異常を、察知していたようであった。


「それで、このまま無理に練習に参加してみんなを心配させるか。今ここでしっかり治してみんなに安心してもらうか、あなたはどっちがいいかしら?」


 香月に問われ、誠次は左手で後ろ髪をかく。


「……(かな)わないな、香月には。……すまない、右肩を診てくれると、助かる」


 誠次の弱音に、足元にいるウサギはくしゅくしゅと、鼻先を動かしていた。

 放課後の教室にて、香月に諭された誠次は、彼女の治療を受けることにした。治癒魔法は効かないこの魔法世界では不自由な身体も、誰かに診てもらう方が意味があるだろう。ましてや、凄腕の治癒魔法の使い手でもある彼女であるのならば、尚の更。


「どうしてまた保健室に行かなかったの?」


 夕日差し込む窓際の席。そんな普段自分が授業で使う椅子に誠次を座らせて、香月は尋ねる。


「ダニエル先生にこのまま診せると、体育祭本番まで保健室で過ごすのだッ! とか言われそうだし、出来れば我慢したかった……」

「まあ、その気持ちはわからなくもないけれど……」


 香月の指示によって完全に上半身を脱いだ状態の誠次は、右肩を冷たい指で触れながら、白状していた。


「持ち上げてみて……どうかしら?」

「痛む……」

「確実に炎症を起こしているわ。幸い、骨は外れていないみたいだけれど……」


 香月は入念に、誠次の右肩を診ている。

 

「本当にすまない。男の俺がみんなを引っ張らなくてはならないといけないのに……」

「謝らなくていいわ。この怪我はどうして?」

「朱梨さんとの特訓中に、柱に肩をぶつけた。受け身もとれなくて……。みんなは騎馬戦での特訓で大変そうだし、俺の問題は俺だけで何とかしたかった」

「あら、またビンタされたいの?」

「か、勘弁してくれ! ――て、痛たたた……」


 思わずぎょっとする誠次が、香月に支えられている右腕を無理に動かしてしまい、激痛を味わう。こうなればビンタを受けていた方がまだマシだったかもしれない、とも思えるような痛みであった。


「フレースヴェルグの活動は大事かもしれないけれど、私たちの願いも、絶対に忘れないで」

「願い……」

「ええ。誰一人として欠けないで、無事でいること」


 香月の言葉を聞き、夕日で横顔を明るく染めていた誠次は、真剣な表情で頷く。

 眼下に広がるグラウンドでは、騎馬戦の練習が再開していた。

 気がつけば、香月の手によって湿布が張られ、さらにその上に、氷属性の魔法で作られた即席の氷が、ビニール袋に入れて添えられる。痛覚を麻痺させるほどの低温でもってそれは、誠次の右肩の激痛を鎮痛してくれていた。

 あれほどまで痛かった右肩が、驚くほど楽になり、誠次は思わず感嘆する。

 そうしていると、香月が近場の椅子を引きずって、誠次のすぐ隣につけて、自身もそこに座る。


「……一体何を焦っているの、天瀬くん?」

「……っ」


 香月にそのような事を言われた誠次は、ハッとなる。

 自分は焦りを感じている――。それは、図星であった。

 なぜ、知られたのか、そう思ってすぐ隣の香月の顔をまじまじと見据えれば、彼女のアメジスト色の瞳は、全てを見透かしているような眼差しを、こちらに向けていた。


「話して頂戴、天瀬くん。私は、いつだってあなたの力になりたい。あなたがいなければ、今の私はここにはいないし、私はあなたの為に尽くしたい」

「……ありがとう」


 誠次は観念して、夕日から目を背けるようにして、話しだす。


「数週間前、四つ巴の戦いをした時に、力不足を痛感した。言葉では気になどしていない素振りはしていたはずだけれど、実際に俺は、内心で焦りを感じていたのだろう。……特に、一希かずきに対して」

星野ほしのくん?」


 香月に訊き返され、誠次は頷く。


「もう一人の剣術士として一希は、俺よりもその適正がある……。魔法が使えて、付加魔法エンチャントが自分で使える、言わば自己完結している存在だ……。対して俺は、いつまで経っても魔法が使えない……。朱梨さんとの特訓も、今のところは上手くいっていないし……」


 誠次は香月に支えられている右手をじっと見つめ、言う。


「一希にはどうにか勝ったけれど、いつかは、一希に追い越されてしまうかもしれないと思うと、どうしても焦ってしまって。もちろん、一希は大切な友だちであり、志を同じにする仲間だ。切磋琢磨する良きライバルとしても、大切な存在だ」


 誠次がそうして、眩しく感じる窓の外を、じっと見つめる。


「そして俺は、香織かおり先輩の事を強く求めた……。あの人の事を本当に考えていれば、俺はあの人の海外留学と言う道を、引き留めるような選択などしてはいけないはずだったと言うのに……」

「……」


 香月は誠次の右肩を支えたまま、彼と同じように、窓の外をじっと見つめる。眩しかったのだろうか、彼女はおもむろに魔法を使うと、カーテンを引っ張るように動かして、夕日を遮った。


「香月……?」

「あなたには今までも、今も、そしてこれからも、私たちが必要なはず」


 うす暗くなった教室の中で、そっと、香月が声を掛けてくる。眩しい夕日は消え、二人を遮るものは、なにもなかった。


「確かに、魔法が使えない俺には、香月やみんなが、いなくちゃいけない……」


 誠次は自身の右肩を支える香月の手の上に、自身の左手を添えて、言う。


「これからも、俺の傍にいてくれ、香月……。もう誰も、失いたくないから……俺は、全てを守りたい……そのためにも……お願いだ……」


 震えかける声で話す誠次の願いを聞き受け、やや驚いていた香月は、次第に穏やかな表情となり、うんと頷く。


「大丈夫よ、天瀬くん……。私はなにがあってもあなたの味方だから。またこうして、なにかがあったときは遠慮なく、素直に私やみんなを頼って頂戴。みんなだってきっと、全てを守るあなたを守りたいとおもうはずだから」

「ありがとう、香月……」


 大事をとり、誠次は香月に介抱されたまま、今日の特訓は静養することにした。

~シークレットガール笠原さん~


「ああ、彼女は素晴らしい女性だ」

せいじ

「俺と剣での一対一でも、圧勝していた」

せいじ

「リーダーシップもあるし」

せいじ

「正直、なにも勝てないよ」

せいじ

           「俺より運動神経あるんだ」

                  ゆうへい

           「力もあるし、スタミナもある」

                  ゆうへい

「頭もよくて、私よりも常にテストの成績が上です」

ちひろ

「全教科でいつも負けています……」

ちひろ

           「料理の腕も私よりあります……」

                 くりしゅてぃな

           「気立てもよく、お上品で、なんでもこなせます」

                 くりしゅてぃな

「魔法の腕も一級品だわ」

しおん

「私だって前に戦ったら、完敗だったもの……」

しおん

           「最強すぎませんその笠原さんとかいう人!?」

                 てぃえら

           「顔も話してるところもまだ一度も見ていないのですけれど!」

                 てぃえら

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