1 ☆
「特訓つっても身体がまず大事だっつーの。外出したらしっかりと手洗いうがい、忘れずに。先輩魔術師と約束な?」
ゆえ
――戦いが、始まる。お互いの意地とプライド、信念と情熱をかけた、引くに引けない戦いだ。
舞うは砂埃。流れるは汗と涙。狂喜乱舞の歓声の元、争いに参加する人々は一喜一憂をする。
いざ……決戦の時へ向かい、風を巻き起こせ――っ!
「――と言うわけで、来たる九月の中旬、アルゲイル魔法学園との決着をつけるときが来た! 体育祭だ!」
夏休み明けの九月二日。2ーAの教室内にて、朝帰り学級委員、天瀬誠次の号令が響き渡る。
「昨年はまさかの開催中止となってしまった、アルゲイル魔法学園との体育祭。今年は来たる九月ニニ日の日曜日に開催される!」
教卓に手を添え、誠次は握りこぶしを持ち上げ、高らかに宣言する。
「一昨年とその前では我らヴィザリウス魔法学園は、宿敵であるアルゲイル魔法学園に完敗を喫している。今年こそは、なんとしても優勝トロフィーを獲得しなければならない。それこそが先輩たちから託された、俺たちの使命だ!」
そう。ついには優勝旗とトロフィーを掲げることが出来なかった兵頭の無念を晴らそうと、誠次は躍起になり、クラスメイトたちへ激を飛ばしていた。
「そんな……。私、この間の弁論会で、せっかくアルゲイル魔法学園の彼氏が出来たのに……。彼と戦わなくちゃいけないなんて、嫌だよ……!」
クラスメイトの女子の一人が、胸に手を添え、そんなことを言ってくる。どうやら、弁論会でアルゲイル魔法学園の彼氏が出来たようだ。
そんな彼女に対し、良かったねという同情の心を送る生徒もいるが、誠次は心を鬼にしていた。
「甘えるな、藤森っ! 昨日の友は今日の敵だ! アルゲイル魔法学園の奴らはもう、俺たちを倒すことしか眼中にはないだろう……。ならば悔しいだろうが、戦うしかあるまい!」
「すげえ……。この間とは真逆のこと言ってやがる……」
志藤がボソリと、自分の席からツッコむ。
「俺たちの目標は、アルゲイル魔法学園の連中に勝利し、栄光をこの手に掴むことだ! 各員の検討を祈る!」
誠次はびしっと敬礼をした後、藤森をじっと見つめる。
彼女は悲しそうな表情をして、ぐすりと、涙を拭っていた。そんな彼女を、周りの女子生徒たちが慰めてやっている。
「そんな……私たちは、わかり会えたと思っていたのに……!」
「そこまで言うなんて、酷いよ、天瀬くん……っ! 朝帰りのくせして!」
「藤森……俺だって、出来ればアルゲイルとは戦いたくはなかった……。しかし、こうなってしまえばもう、戦う他あるまい……! それが、過去から続く宿命と言うものだ。あと、朝帰りは関係ない」
誠次もまた、悔し気に、握りこぶしを作っていた。
「……体育祭って、そんな殺伐とした行事だったっけ……?」
桜庭もそっとツッこみを入れる。
「俺からの言葉は以上だ。あとは、これから決める体育祭実行委員に託したい」
「「「いや実行委員、お前じゃないのかよ……」」」
檄を飛ばすだけ飛ばし、壇上を後にする誠次に向けて、クラスメイトたちがツッコみを送る中、実行委員決めは行われた。
来たる三週間後の、アルゲイル魔法学園との合同体育祭に向けて、実行委員はそれまでの準備をアルゲイル魔法学園側と連携して行わなければならない。
学級委員は他の実行委員にはなれない決まりなので、必然的に誠次は体育祭実行委員候補から、外される。
「天瀬が駄目だったら、無難に志藤か?」
「ああ悪い。俺もパスで」
志藤が申し訳なさそうに言い、代わりに窓際の席に座る男子生徒を名指しで指名する。
「神山で良いんじゃね?」
「ああ、困ったときの神山だな」
「なんだ俺のその扱いはっ!?」
誠次がうんと頷く中、神山が席を立ちながら、腕を振り払う。
「俺むしろ体育嫌いまであるんだけど!?」
「気にするな神山! 俺がサポートするからさ!」
グッと、指でグッドサインをしながら、彼のルームメイトである北久保が笑顔で言ってくる。
「いや、全然頼りにならねえんだけど!?」
「仕方がないな。この俺もサポートしてやろう、神山」
と、ぽっちゃり男子三ツ橋までもが言ってくれば、
「お前に至っては体育苦手だろうが!」
神山はますます頭を抱えてしまっていた。
「ってか、テメエ天瀬! 散々クラスメイト煽っておいてお前がやらねえのかよ!? 朝帰りのくせに!」
「安心してくれ神山。やってくれるからには俺も全力でサポートする。それに嘘偽りはない。俺や志藤は他のことで少し忙しいんだ。すまないが、体育祭ではリーダーを頼みたい。あと、朝帰りは関係ない」
「……ハア、たく……。ガラじゃねーんだけどな」
神山は浮かない顔で、髪の毛をぽりぽりとかいていた。
「わかったよ……やりゃあいいんだろ? ただし、あんまり働きには期待するなよな?」
神山が最終的に引き受けてくれ、クラスメイトからは拍手が巻き起こる。誠次と志藤もまた、ほっと一息つき、拍手を送っていた。
あまり体育は得意ではないが、神山が体育祭のクラスの代表を務めてくれ、誠次と志藤にも時間の余裕ができる。因みに女子代表はあの笠原さんである。本当、いつも頼りになる女性だ。あの笠原さんは何事も完ぺきすぎるので、心配いらないだろう。
「神山には少し気の毒なことをしてしまったかもしれないけど、俺たちは俺たちで、やらなくてはいけないことがあるしな」
休み時間。廊下を何気なく歩きながら、誠次と志藤は横並びで会話をしていた。
「だな。流石にこの時期にクラスの代表をするなんて、かえって迷惑がかかっちまいそうだ」
志藤もふぅと息をつき、早速体育祭に向けて合同練習を開始している後輩の一学年生たちが集まっている校庭を眺めて言う。
「……本当なら。こう言う行事にこそ、俺たちの青春ってやつを捧げるつもりだったんだけどな……」
「……だが今の状況では、何も考えずに遊んでもいられないんだろう」
誠次もまた、横目で廊下の窓の外に広がる、守るべき人々の姿を見守っていた。
そんな誠次の張り詰めた横顔を見た志藤が苦笑して、誠次の制服の肩に手を添える。
「はは。今度は俺も、もうお前の隣まで来たんだぜ? 一緒にやってやろうぜ、天瀬。俺たちの青春を取り戻すぞ」
「志藤……」
誠次は微笑み、うんと頷く。
「ああ。共に戦おう、志藤! 青春取り戻すぞ!」
「青春っ! 青春っ!」
二人は廊下の途中で手を合わせ、気合を入れ合う。
「あの二人、めっちゃ体育祭にやる気だしてるわね……」
「今時珍しいんじゃね……」
一年越しに青春を叫ぶ男子生徒二人組は、やはり相当目立っていた。
しかし、あくまで本業である学園生活が優先なのは、向こうからの言いつけでもあった。
昼休み。昼食を適当に済ませた誠次と志藤は、足早に演習場へと向かう。教師にも、自分たちのことは決して知られてはならないので、誰にも悟られないように、スマートにだ。
「――よし。誰にも気づかれなかったようだね」
演習場にて先に待っていたのは、元特殊魔法治安維持組織である影塚であった。
「演習場に入れたのですか? 学生証がないと、開かない仕組みでは」
当然、学園を卒業している影塚は学生証を返却しており、卒業生のものは使えないはずだ。演習場に入るには、不正利用――意味のない長期滞在や事件事故の恐れ――を防ぐために、使用者と履歴が入室の際の学生証スキャンにより登録される仕組みなのだが。
「八ノ夜さんが特別に貸してくれたんだ」
影塚は片手に隠していた偽装学生証を、ひらひらと漂わせて見せてきていた。
「理事長公認っスか。まあ、流石にあの人なしじゃ話にならないっスよね」
志藤が苦笑する。
「そうだね。ただ、あの人はあくまで多くの魔法生を請け持つ理事長の身分だ。表立って僕たちの活動を支援は出来ない。あくまでこのことは内密に頼むよ」
「言葉通り俺たちは、秘密組織と言うわけですね」
誠次が内心うずうずで言う。秘密組織と言うのは何というか、夏休みに作る秘密基地と同じような高揚感を感じるものだ。
かつて本城直正が率いていたレジスタンス同様、今の自分たちは表立っての活動を許されてはいない。それも魔法執行省大臣である直正同様、組織の長である八ノ夜に、ヴィザリウス魔法学園の理事長と言う肩書があるからだ。正義のためとは言え、国家組織に反逆する組織を率いることが明らかになれば、守るべき魔法生たちの安全が脅かされるという本末転倒な自体になりかねない。
だからこそ、信頼できる友にのみこのことは話すことができ、少数精鋭の力をつけなければならなかった。
「天瀬くんの言うとおりだ。僕たちはレジスタンス……名前をつけたほうがいいかな」
「スーパーアルティメットファイナルマジシャンズはどうでしょう!?」
「だからなんで自信満々に推せるんだよその名前っ! めっちゃ恥ずいわ!」
表情を明るく誠次が言った言葉に、志藤が頭に手を添えている。
影塚は苦笑しながらも、もう一つの提案をした。
「うーん。じゃあ、魔法世界を変えるぞ愉快な仲間たち、はどうだろう?」
「いやあの……大喜利じゃないっスよね……?」
真剣な表情で顎に手を添える影塚にも、志藤はツッこんでいた。
「まさか貴男までボケ側だったとは、思わなんだっス……」
呆気に取られる志藤は知らなかったのだ。
――実は影塚は大真面目な、相当な天然ボケの性格だと言うことを……。
「――フレースヴェルグ。風を巻き起こす者、と言う意味はどうだ?」
そんな声をかけてきたのは、影塚の後ろに立つ青年、波沢茜であった。
「フレースヴェルグ……格好いいですね!」
先輩のさらに先輩女性の提案に、誠次が握りこぶしを作り、うんと頷く。
志藤は一瞬だけツッこみかけたようであったが、よくよく考え、今までのよりはマシか……と呟き、頷いていた。
「じゃあ、決まりだね。日向や南雲たちには、僕が後から伝えておくよ」
(絶対色々と言われそうっスけどね……)
何気なく言う影塚に、志藤が内心でツッこむ。
「ならば俺は今から、フレースヴェルグの剣術士と言うわけですね」
「な、ならば私は、フレースヴェルグの魔術師だな。うん……いいな……フレースヴェルグの、魔術師……うん……いいな……うん」
と、自ら提案した手前、自らに言い聞かせるようにして、茜はうんうんとうなずいている。まさか、あれが採用されるとは、彼女自身も思っていなかったのだろうか、ものすごく嬉しそうにしている。
「さあ。名前も決まったところで、早速本題に入ろう。何も、名前だけ決めて満足しているわけにもいかないからね」
影塚が二人の魔法生を見つめ、真剣な表情で言う。
「数で劣る僕たちは、個人の質を高めていかなくてはいけない。そのためには、僕たちと魔法生による、マンツーマンの魔法戦指導を行う」
「では俺の相手は、影塚さんと言うことですか?」
定石通りに行けば、中学生の頃から八ノ夜のパイプにより、訓練相手を務めてくれた影塚が誠次の相手になるはずだ。
しかし、当の影塚は、首を横に振っていた。
「僕が君に教えられることは、もうないよ。こと体術や、近接戦闘関係においては、君はもう僕より上のはずだ」
「そ、そんなことはありません。俺はまだ未熟で、学ぶべきことが多くあると思います……」
間接的に影塚から褒められたような気がして、誠次は反射的に首を横に振る。
影塚はそんな誠次を見つめると、何か含み笑いをしていた。
「その心掛けは立派だと思うよ。そこで、天瀬くんには特別な人を用意した。まだここにはいないけど、後日到着するそうだ」
「後日到着……? 俺の特訓相手は、遠いところから、来るのですか?」
誠次が首を傾げて、問いかける。
「そうらしい。天瀬くんも知っている人、とのことだよ」
「俺も知っている人……? いったい、誰なんだ……」
影塚の口調を見るに、影塚自身とはあまり関係がない人物だそうだ。
色々な人物の顔を脳裏に思い浮かばせ、誠次は顎に手を添えて考えていた。
「俺の特訓相手は……日向さんっスかね」
「そのつもりだ。これから君たちは、学生生活と両立させて、秘密の特訓の日々を送ることになる」
「こんな状況に君たちのような学生を巻き込んでしまっていることは、例え元だとしても、特殊魔法治安維持組織として心苦しくは思っている……」
茜が視線を落として言っているが、志藤は構いませんよ、と首を横に振る。
「いや、むしろ歓迎っスよ。俺たちの為に特訓相手をしてくれて、感謝してますっス」
志藤の言葉に、誠次も頷いていた。
「みんな、今の状況は決して良くはないと思っています。俺たちの手でも、この魔法世界を変えられることを、証明したいのです」
「……ああ。私たちならばきっと、変えられるはずだ」
茜もまた、迷いを振り切り、自信に満ちた表情で頷く。昨冬に衰弱した身体はすっかりもとに戻っており、彼女にあるべき覇気も、その身に舞い戻っていた。
――とは言え、やはり学生生活を疎かにするわけにもいかない。それでも時間は惜しいもの。
昼休みが終わり午後の授業。誠次は後ろの席に座る悠平と、普通科の授業を行う先生の目を盗んで、手紙でやり取りをしていた。
【悠平へ。今日の放課後、部活はあるか?】
【今日から休みだ。運動部は、どこも体育祭準備期間と言うことで、この時期は休みになる】
【なるほど。それは好都合だな】
「天瀬誠次! 帳悠平!」
目立たぬように後ろの席の男友だちとそんなやり取りをしていたつもりだったが、突如男性教師が、誠次と悠平を名指しする。
怒鳴られてしまった誠次と悠平は共に、「「はいっ!?」」と返事をし、やましいことをしていたがための反射運動として、席を立っていた。
細心の注意を払って手紙回しをしていたはずだが、まさか、バレてしまったのだろうか!? それこそ魔法を使ったかのように、目ざとく誠次と悠平を名指しした男性教師に向けて、二人は、ほぼ同時に頭を下げていた。
「「授業中に手紙回しして、すみませんでした!」」
「手紙なんて回しとったんかワレ!」
「「へ……?」」
教師がホログラムの黒板に書いていたのは、計算式の途中のものであり、どうやらただそれを二人に解いてもらおうとしていたようだった。
いらない自白をした二人の男子生徒に、男性教師はぷるぷると怒りに身体を震わせていた。
「私が一生懸命授業をしていると言うのに……お前たち二人はいちいち席を立ってまで、そんなことを言ってくれるとは……」
なんだか、逆に許してくれる流れなのかもしれない。一縷の望みを胸に抱き、誠次はぷるぷると震えている男性教師を見つめ、ふっと微笑む。
「先生。その数式に当て嵌まるのは、9Xだと思います!」
――ガシャン!
すぐ背後で、教室のドアが勢いよく閉められる。
怒られに怒られた誠次と悠平は、二人して授業が終わるまで、廊下に立たされることとなっていた。
「……」「……」
どのクラスも授業中とあって、廊下は不思議なほどに静かだ。いつもは休み時間中に出歩き、他の魔法生の話し声がそこかしこで響いているような白亜の廊下で、気まずそうに横並びに並んで立っている、二人の男子生徒である。
途中、見知らぬ教師が歩いてきて、二人を眼鏡越しに注意深く見つめながら、何も言わずに通り過ぎていく。
誠次も悠平も、何も言わずに、去り行く教師を見送っていた。
「……その、すまなかった悠平……」
「別にいいけど……最後の答え、9Xじゃなくて、6Yだったな……」
「そこは、掘り返さないでくれ……。ドヤ顔で言ったのが、相当ハズイ……」
「はっはっは。まあ、俺も分かってなかったし……。大体なんで、数字の後ろに英語がつくのかわけわかんねえ」
「そこからか……」
虚しい思いを味わいながら、二人して再び無言となり、じっと真正面を見据える。
窓の外に見える木々の葉は濃い緑色をしているが、夏も終わり、いよいよ秋が到来する。そうなれば、次第に木々の色は移り行き、黄色や赤色へとなっていくのだろう。
罰のためにしばし廊下で立っていると、今度は廊下の遠く彼方から、足音が聞こえてくる。
「な、なんだ?」
「これって……」
誠次と悠平が、何事かと顔を見合わせる。
ざ、ざ、ざと、足音は次第に大きくなっていき、徐々にこちらに近づいて来ている。
そこで彼方を見ればなんと、赤いネクタイやリボンが目立つ、後輩たちである一学年生の集団が、列を作って迫ってきているではないか。
教師が先導しているあたり、何か授業の一環なのだろう。
「なあ悠平……あれってまさか……っ!」
「向原先生だな。ん……ってことはまさか、あの集団、1ーAか!?」
先頭を歩く新米女性担任教師の姿を見た途端、誠次と悠平は一瞬で顔を青くする。
「桃華がいる!?」「結衣がいる!?」
まさか、よりにもよって彼女とそのクラスメイトたちに、自分たちが罰のために廊下に立たされている姿を見られることになるとは。恥ずかしいことこの上ない。
そうして、急激に切羽詰まった二人は、頭を抱えだす。足音は迫り来て、先頭を歩く向原に至っては、無人のはずの廊下にぽつんと立たされている二人の男子生徒の姿を、すでに視界に入れているようだった。
「マズイ誠次! 《インビジブル》の魔法文字を教えてくれ! 今なら気合でいけそうな気がする」
「気合で自分の姿消せたら世話ないなっ! あんな難しい魔法すぐには無理だ! それに、そんなことされたら絶対俺一人ぼっちだ! そんなのは嫌だっ!」
そうこうしているうちに、後輩たちである一学年生の列が、二人の目の前にまで到達する。
「あれ、天瀬くんと帳くんじゃないですか? 今授業中なのに、二人で廊下で何してるんですか?」
先頭を歩く担任教師、向原が二人の名前を覚えていたようで、そんな言葉をかけてくる。
「い、いや、決して怒られて、廊下で反省しているわけではなくてですね……」
「廊下の掃除ですっ!」
きょどりながら言い訳をする誠次と、はっはっは……と笑いながら悠平は素手で床をさわさわする。
「授業中に掃除ですか……? します、そんなこと……?」
向原は首を傾げながらではあったが、一応は納得した様子で、再び担任クラスの魔法生たちを引き連れて、歩きだす。
そして後に続くのは、整列して歩く後輩たちから向けられる、奇妙なものを見るような目線たち。
せめて、せめて結衣にだけは、こんな恥の姿を見つかりませんようにと願う二人であったが、その凍てつく視線は、すでに向けられていた。
「お、お兄ちゃん……せ、誠次先輩……っ」
至極恥ずかしそうにして、結衣が二人を見つけていた。
よりにもよって、列の先頭を歩いていた結衣は、バッチリと向原とのやり取りを聞いていたのである。先頭ということはつまり、クラスでは学級委員なのだろう。
「な、なんで、学級委員……?」
身元がバレないように、目立つ行為は控えるべきだとは思ったのだが。
唖然とする二人の男子を前に、結衣は慌てて口元を手で抑えていた。
「し、しようがないじゃない……! 他にやる人いなかったから……なんか、しっかり物だって言われて……っ!」
「帳さん!? お兄さんとお話したい気持ちはわかりますけど、今は授業中です!」
そんなことを担任教師から言われれば、他のクラスメイトたちが一斉に、結衣の兄である悠平を見つめだす。そわそわひそひそと、話し声まで出てしまうほどだ。
「うぐ……」
悠平は極めて恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
そんな悠平の肩に、誠次は慰める意味で手をぽんと添えてやっていた。
「今時怒られて廊下に立たされてるとか、しっかりしてよ二人とも……」
不本意な形で堂々と兄を紹介された結衣もまた、恥ずかしそうに、赤く染めた顔をそっぽへと向けていた。
そんな悠平の特訓相手を紹介するため、誠次は放課後、悠平と共に演習場へとやって来ていた。因みに怒られた教師へは、授業終わりに職員室へ謝りに行き、どうにか許して貰えていた。
「――おう。お前が、俺の特訓相手っつーわけか」
特徴的な口調で二人の魔法生を迎えたのは、赤いバンダナの上を銀髪の髪に巻いた青年、南雲ユエであった。
「帳悠平です。貴方が、俺の指導相手ってことですか?」
やや緊張した様子で、悠平がユエを見つめる。
昨年の秋の文化祭関係な二人であるが、直接会うのはおそらく初めてなのだろう。声がよく響く広い演習場の中で、三人の男がぽつんと立っている。
「いっちょよろしくな、帳悠平。俺は南雲ユエ。ゲーム好きなんだってな? 誠次から聞いたぜ」
打点の高い握手を交わしてから、ユエは白い歯を見せ、悠平に対して笑ってみせる。
そうして人の良さそうなユエの笑顔を見た悠平も、やや緊張していた身体を、解していた。
「はい、好きです。ひょっとして、ユエさんも好きなんですか?」
「おう! 休みの日は毎日ゲーム三昧だったっつーの! お前とは気が合いそうだなっつーの!」
そういう意味では気が合いそうな二人は、会話の途中から笑顔を見せあっていた。
「――でさ! 最新作のあのゲームさ……」
「――はい! 面白いですよね……」
そうして、またたく間にゲームの話にのめり込んでいく二人の男を前に、誠次がそっとツッこむ。
「いや、あの、二人とも……ゲームの話ではなく、特訓の話を……」
「あ、悪かったつーの!」
誠次の指摘を受け、ユエが申し訳なさそうに、赤いバンダナごと髪の毛をくしゃくしゃする。
「んじゃ、俺の特訓のモットーから言ってやるっつーの」
バツが悪そうに苦笑していた次には、狼のようにギラついた青い瞳を、ユエは悠平へと向けていた。
「特訓のスローガンは……命大事に、だ。単純明快だろ? 何事も頑張りすぎても駄目だ。時には妥協して、ほどほどにな、っつーの」
人差し指をぴんと立て、ユエはにこりと口角を上げていた。
「はっはっは。お手柔らかにお願いします」
悠平もまた、豪快に笑ってから、はっきりとした表情で頷いていた。
(この二人ならば、ゲーム好きが共通してるし、スマートに行けそうだな)
二人の仲介役をしていた誠次は、ほっと一息つく。
こうして、体育祭の準備期間と言う名目で部活動がないこの三週間のうち、放課後などの暇を見つけて、帳悠平の特訓相手は南雲ユエが務めることとなっていた。
「そうだ悠平。ユエさん。俺たちの組織の名前、フレースヴェルグに決まりました!」
「お、フレースヴェルグか。かっけえな!」
「悠平もそう思うだろ!?」
「俺の使い魔のフェンリルにも関係してるよな。なら、俺たちにもピッタリだっつーもんだな。だろ、フェンリル?」
「ワフ」
大鷲の魔術師たちの指導相手とは、特殊魔法治安維持組織の面子だったのだ。
~今明かされる、名前の真実~
「ユエって、珍しい名前ですね?」
ゆうへい
「学生の頃はよくいじられたっつーの」
ゆえ
「それでいて由来もよくわかってねーし」
ゆえ
「うずうず……」
くりしゅてぃな
「お、どうしたクリシュティナ?」
ゆうへい
「せ、僭越ながら!」
くりしゅてぃな
「ユエと言うのはおそらく、中国語で月と言う意味かと!」
くりしゅてぃな
「へー。そんな格好いい意味だったのか」
ゆえ
「俺の両親日本人のはずだけど……」
ゆえ
「ま、細かいことは気にしないっつーの!」
ゆえ
「お、クリティカル出たっつーの! ラッキー!」
ゆえ
「はっはっは!」
ゆうへい
「あ、まさかクリシュティナの名前の由来は」
ゆうへい
「クリティカル、とかか?」
ゆうへい
「発音同じだし!」
ゆうへい
「私の名前の由来、危機的なのですか……?」
くりしゅてぃな(ゲーム知識無し)




